アキト・ストレリチアの死 2
続きです。
おそらくですが、N2くんは女運が悪いタイプだと思われます(笑)。
◇◆◇
「きゃあぁぁぁぁ〜〜〜!!」
「よしっ!!!」
自身の持っているデータの中から、武具などを具現化出来ると気付いたN2は、【魔砲銃・アガーテ】を新たに呼び出す事に成功していた。
で、この【魔砲銃・アガーテ】の効果は命中率100%。
ただし、“絶対に当たる”が、流石に即死効果がある訳ではなかった。
ただ、これが現実的観点から言えば、多少勝手が違ってくる。
絶対に避けられない弾丸は、相手にとって脅威でしかない。
少なくとも、銃弾というのは、当たりどころが悪ければ即死してもおかしくない破壊力を秘めているのだから。
つまり、ゲームではないこの世界においては、この【魔砲銃・アガーテ】から弾丸が射出された時点で、N2の勝ちが決まり、相手にとっては負けが確定してしまう代物なのであった。
もちろん、これが“弾丸”という形を取っている以上は、迎撃する事によって撃ち落とす事は可能だ。
ただ、驚異的な速度で射出される飛翔体を迎撃する事など、それこそ“レベル500”に到達しているティーネの身体能力を持ってしても困難な事であった。
しかもこれには、射出数に制限がある訳ではない。
“魔砲”は、N2自身の魔力を弾丸に変換する、という性質がある以上、魔力の概念のないこの世界においては、魔素がその代わりとなるので、実質的には無制限で弾丸を射出する事が可能だが、当然、一度に魔砲銃にこめられる魔素量の関係で一度に射出出来る制限自体はあるのだが、そこら辺のデメリットはあってない様なものだ。
避けられない弾丸が一つでも厄介なのに、それが複数射出可能となれば、それを何とかする方法はもはや皆無と言っても過言ではなかった。
故に、N2の放った魔弾は、ティーネをアッサリと貫いたのであったがーーー。
「やったっ!」
物言わぬむくろとなったティーネを遠巻きから眺めながら、勝利を確信したN2はそう再度叫んだ。
いくら自身と同じく“レベル500”の身体能力を持つとは言えど、流石に心臓を貫かれては生きていないだろう、という訳である。
もちろん、そのN2の判断は間違っていない。
現実世界のスナイパーも、観測手という相棒がおり、望遠鏡などを用いて射撃結果、つまりターゲットの死亡確認だったり、外れたなどの判断を行う。
もちろん、その場までおもむき、直接ターゲットの状態を確認する事がもっとも正確な情報となるが、それを出来ない事もしばしばある。
故に、遠巻きからある程度の判断を下さなければならない、なんて事もザラなのである。
現代における機器の性能は極めて精密だ。
それ故に、わざわざ現場まで赴かずとも、ある程度正解な情報を得る事は可能だ。
ただ、その見えていたものが本物であるとは限らないのである。
ここで、ティーネの仲間にはどのような存在がいたのかを思い出して欲しい。
「ふぅ〜、おっかない武器やなぁ〜。」
「助かりました、ヴィーシャ殿。」
「いやなに。ウチも出番があって良かったわ。」
「・・・・・・・・・はっ?」
ティーネを仕留めた事で、緊張感から開放されていたN2の後ろ側から、たった今仕留めた、と思い込んでいたそのティーネと、ついでにヴィーシャが現れる。
そう、幻術を操る事の出来るヴィーシャがいたのである。
そのありえない事態に、N2は再び臨戦態勢に入る事も出来ずに、ポカーンとするしかなかったのであったーーー。
・・・
ここで、“絶対に当たる武具”、の解釈、というか性能を説明しておこう。
神話などに登場するそれらの武具は、以前にも述べた通り、現代的観点から言えば、“自動追尾弾”の様なモノとなる。
もちろん、神話などにおけるそれは、武具そのものに意思が存在するケースもあるが、では、その選定は誰がしているのだろうか?
当然ながら、戦いの場には、敵味方が入り乱れているものだ。
特に、決闘でもない限り、ティーネVSN2の様な、一対一の構図の方が珍しいと言えるだろう。
では、一度それを解き放てば、“敵”を仕留めるまで止まらないとして、では、その“敵味方”はどのように判断しているのか?
先程も述べた通り、武具そのものに意思があったとしても、実際の戦争においては、“敵味方”が入り乱れていたり、陣営が入れ替わる事はよくある事である。
つまり、最終的にはどう判断するかは、そうした武具の持ち主、使い手でなければならないのである。
そうでなければ、場合によっては、その戦場にいる自分以外の全てを抹殺してしまう可能性もあるからである。
当たり前だが、敵味方見境なく攻撃する武具など、怖くて使えたものではない。
少なくとも、現実の戦争などで、味方すら巻き込んだ攻撃をする様な者は、当然ながら軍法会議ものだろう。
つまり、それらの武具はどこかで“敵味方”の取捨選択しているのである。
そして、【魔砲銃・アガーテ】の場合、それはN2の認識によって決まるのであった。
では、その判断を下すN2の認識を誤認させる事が出来たとしたらどうだろうか?
人間の目は、極めて高性能だが、しかし、時として間違った情報を拾ってしまう事もよくある話だ。
実際、蜃気楼や陽炎などの現象もあるし、目の錯覚として、脳が騙されてしまう事もある。
当たり前の話として、見えてるものが全て事実であるとは限らないのである。
それを踏まえた上で、ヴィーシャがどのようにティーネをすり替えたのかを改めて解説しておこう。
ティーネとN2は、ティーネは弓矢で、N2は魔砲銃で、お互いに撃ち合いとなっていた。
つまり、かなりの距離を置いて、お互いに対峙していたのである。
そんな中、弾数制限のあったティーネの矢が尽きて、実質的に弾数制限のないN2の一方的な展開となった訳であった。
ただ、そこはティーネも歴戦の猛者であるから、地形などを上手く使い、射線を切るなどの対応で、N2の弾丸の嵐から生存していた訳であった。
つまりは、地形、着弾時の砂埃など、N2が一瞬でもティーネを視界から見失う機会など、それこそ無数にあった訳である。
業を煮やしたN2は、“絶対に当たる武器”であるところの【魔砲銃・アガーテ】を具現化する事に成功し、勝利を確信していた訳であるが、その時にはすでに、ティーネがヴィーシャと合流し、“幻影”、つまり偽物のティーネを作り出し、それを戦場に残し、二人はコソコソと戦場から離脱していた訳であった。
そうとは知らないN2は、“幻影”のティーネを本物であると認識し、それに向かって魔弾を射出したのである。
先程も述べた通り、撃つ相手を選定しているのはあくまでN2自身である。
故に、いくら“絶対に当たる武器”だと言っても、本物のティーネの方に魔弾が向かう事はなく、N2が本物だと思い込んでいた“幻影”のティーネの方に魔弾は向かっていき、本人は無事、という結果に終わった訳であった。
自身の置かれた立場に思い至ったN2は、急いで【魔砲銃・アガーテ】を構える。
これが射出されれば、今度こそ、ティーネの命を奪う事が可能だった事だろう。
そう、射出されてしまえば、であったが。
カキンッーーー!!!
「がっ・・・!!!」
「これほど近付いたのならば、飛び道具よりも短剣の方が早いですよ?」
「お見事っ!!!」
しかしここで、戦闘経験の差が如実に現れる。
時に、距離によっては、銃よりナイフの方が早いのは、これは実際にもそうである。
何故ならば、銃は、“構えて、狙いを定めて、撃つ”、という工程が必要となるからである。
もちろん、今現在N2が所持している武器は、何処へ撃っても対象者に飛んでいく性質があるのだが、一瞬その事を忘れていたのか、はたまた人間の心理として思わず目の前の相手を狙ってしまったのかは定かではないが、N2がそのままトリガーを引く、という行動を起こせなかった。
結果、ティーネの素早い一撃によって、【魔砲銃・アガーテ】をその手から取り落としてしまう、という失態をおかす事となる。
いや、腕ごと斬り落とされなかっただけ、ティーネに温情があったとも言える訳だが。
N2が【魔砲銃・アガーテ】をその手から取り落としてのを見るや否や、ティーネはそれを遠くへと蹴り飛ばした。
ティーネにとっても、【魔砲銃・アガーテ】は非常に危険な武器であるから、これは当然の判断と言えるだろう。
次いで、その手に持っていた短剣の切っ先をN2の喉元に突き付ける。
チェックメイト。
後は、一突きすれば、たやすくN2の命を奪う事が可能な状態である。
「くっ・・・!」
「動かないで下さいね?動けば、即座に短剣がアナタの喉を切り裂く事でしょう。」
「勝負あり、やな。大人しく降参しといた方が身の為やで?」
「や、殺るならやれ!」
「「・・・はぁ〜。」」
虚勢かもしれないが、自身の置かれた状況を認識したN2はそうのたまった。
それにはティーネとヴィーシャは、顔を見合わせて盛大に溜息を吐く。
「な、なんだよっ!!!」
それを笑われたと解釈したのか、N2は食って掛かる。
今、この場においては、自身の生殺与奪の権はティーネ達が握っている訳だから多少おかしな状況ではあったが。
「あんさんらは、ホンマに何も考えてないんやなぁ〜?もちろん、ウチらとて必要ならそうするけど、今この場においては、それはあまり良い手札ではないやで?」
「な、何故だっ!?俺らとアンタらは、今や敵対してる関係だろっ!!??それとも、敵に手心でも加えよう、ってのかっ!?」
「ちゃうちゃう。そもそもその前提条件が間違っとるんや。っつかあんさんらは、ホンマに先を全く考えとらんやろ?」
「考えてるさっ!俺達はこの遺跡類を手に入れる。それで向こうの世界に帰るんだよっ!!」
「それは知っとる。あんさんらの事情や、旦那はんの前世については多少聞いとるからな。けど、それはええんや。それよりも、もっと後の事をウチは言うとるんやで?」
「・・・は?・・・後?」
ヴィーシャの言葉に、思わずN2はポカーンとしていた。
何故ならば、彼はその事を、今の今まで考えもしていなかったからである。
「まぁ、旦那はんの言葉を信じるなら、あんさんらが“元の姿”で向こうの世界に帰る事は不可能や。」
「そ、そんなの、やってみなきゃ分かんねぇだろっ!?」
「そうやな。それに関してはウチも同感や。旦那はんはもっすごいお人やけど、彼の予測を超える事も起こらんとは限らんしな。古代魔道文明の技術力の中には、旦那はんの想像すら超える代物があったとしても不思議な話やないやろ。」
「だったらっ・・・!」
「しかし、仮に全てが首尾よく行ったとしても、帰った先にあんさんらの“居場所”はあるんか?」
「・・・はぁ?そんなの、家族とかがっ・・・!」
「ちゃうちゃう。そういう話やない。もっと現実的は話や。つまり、帰ってから、あんさんらの戸籍とかはどないするんや、って話や。」
「・・・・・・・・・えっ?」
ヴィーシャの思わぬ発言に、N2は困惑する。
「その様子やと、やっぱその事を考えとらんかったんやな?仮に旦那はんの話を真実とするならば、あんさんらはすでに“向こうの世界”では死んだ人間や。つまり、当然戸籍なんか存在する筈もない。」
「そ、それがどうしたってんだ!」
「いや、めちゃくちゃ困るやろ。ウチも元々行政側の人間や。その“戸籍”ってシステムには明るくないが、しかし、“身分証”が重要な事くらいは分かる。で、こっちの世界でも何らかの事情で国を追われたり、戦争で国を亡くした者達、所謂“難民”は存在するんや。じゃあ、そうした者達をすぐに他の国が受け入れられると思うか?」
「そ、それはっ・・・。」
「答えは否や。国家としても、なるべくなら労働力は多いに越した事はないけど、それをすると国家の治安が悪くなってしまう可能性もあるし、彼らをサポートする為には、現実的な話として予算、つまりは何をするにも金が必要になってくる。将来性を見据えて先行投資する事も出来るかもしれんが、リスクがあまりに高過ぎるわ。」
「・・・。」
「ただ、こっちの世界には特殊な事情としてモンスターや魔獣の存在がある。それ故に過去の難民達は協力する事によって、一種の相互扶助組織、具体的には“冒険者ギルド”を設立した経緯がある。軍や治安組織も手を焼くそれらに対処する代わりに、自分らの価値を認めさせる事によって、“職”と“身分”を確保する事が出来た訳やな。今現在においても、“冒険者ギルド”の発行する“冒険者カード”が、一種の“身分証”代わりになるのは、こうした積み重ねがあっての事や。もっとも、流石に一般の国民が持っとる“身分証”ほどの効力はないんやけどな?」
「・・・。」
「あんさんらの国に、そうした組織やシステムはあるんか?当然ながら、“身分証”がなければマトモな職には就けんで?ここら辺は、旦那はんも認めとったからな。」
「詳しくは知らないが、ない、と思う・・・。」
「まぁ、せやろな。そもそもあんさんらの事情は特殊に過ぎる。一度死んだ筈の人間が、実は生きてました、なんてのは、行政側としては何の冗談や、って思うやろ。マトモな職に就けんと、食うに困ってまう。つまり、あんさんらは“向こうの世界”に無事に帰れたとしても、今よりももっとハードな人生が待っとる訳やな。」
「っ・・・!!!」
地球の世界各国には、様々な制度が存在する。
その中には、当然、国籍やら身分を証明する制度、というものも存在する。
特に日本においては、それは所謂“戸籍”と呼ばれるものである。
そして、これについては、ほぼ100%生まれた瞬間に届出されるのでほとんどの人々が意識しないが、実際にはこれがないと、すなわち“無戸籍”状態だと不利益しかないのである。
具体的には、“無戸籍”状態だと、各種行政サービス(例えば、当然“国民健康保険”も適用されないので、医療費の窓口負担は全額負担となるなど)が受けられないし、公的に身分を証明する手段がないので、各種契約も(もちろん、嘘をつけば可能であるが、それは当然犯罪である)も実質的に不可能。
更には、進学や就労にも戸籍に基づいた住民票が必要など、早い話が、学校にも行けないし、就職する事も困難を極めるのであった。
(もちろん、そうした身分証などを必要とせずに働ける方法もあるが、言い方は悪いが当然マトモなものではない。)
当たり前だが、今現在の世の中において、金銭を稼ぐ手段がなければ飯を食う事も出来ないので、これは非常に困った状況であろう。
実際、無戸籍で困っている人々もいる。
それらの人々は、様々な事情でそうなっているのだが、では、N2らはどういう状況になると仮定出来るであろうか?
アキトやアルメリアらの推察が正しければ、N2らこちらの世界に飛ばされてしまった『異世界人』達は、フルダイブ型VRMMORPG、“The Lost World~虚ろなる神々~”にアクセスした状態で、つまり魂が紐付いた状態でアバターごとこちらの世界にやって来る事となってしまった。
つまり、当然ながら元の肉体には魂がない状態、いうなれば脳死状態と判断されている可能性が高いのである。
そうなれば、当然、速やかに処理をしなくてはならない。
悲しい、悲しくないという話ではなく、死体遺棄や放置は普通に犯罪だし、衛生的観点からも非常に危険性が高いからである。
故に、普通に死亡診断書を貰い、葬式をつつがなく終わらせて、火葬の後に埋葬される運びとなる。
で、当然ながらその過程で、行政側にも手続きをしなければならない訳だ。
すなわち、“死亡届の提出”である。
これによって彼らの死亡と同時に、公的に存在を削除されるのである。
つまり、いくら彼らが元の肉体で向こうの世界に戻れたとしても、公的にはすでに死亡扱い、存在しない人、となる訳である。
では、そんな人が、再び戸籍を得る事が可能であろうか?
親の関係で、戦争の影響で、何らかの事件、事故の影響による行方不明扱い、あるいはみなし死亡扱いとは全く異なり、すでに彼らは間違いなく死んだ事になっているのである。
つまり、“実は生きてましたぁ〜”、という物語のお約束の様な方法が全くが通用しない状況なのである。
少なくとも、役所でそんな事をのたまおうものなら、頭のおかしな人として軽く門前払いが関の山であろう。
先程も述べた通り、戸籍がなければ不利益しかない。
すなわち、彼らにはもはや向こうの世界に居場所などどこにも存在しないのである。
このように、アキトらが彼ら『異世界人』達をこの場から退けたい理由は、『エストレヤの船』がハイドラスに渡る事によりこちらの世界に多大な悪影響があるから、というのも理由の一つではあるが、実は元・役人であるアキトや、トロニア共和国にて行政に携わっていたヴィーシャは、そうした事まで想定の範囲内であった事もあるのである。
少なくとも、ただのイジワルで彼らの行動を妨害していた訳ではなく、色々と先を見据えた行動なのであった。
まぁもっとも、色々とタイミングや印象も悪かった事も重なったからか、結局はアキトらの言葉に彼らが耳を傾ける事はなかったのであるが。
「・・・どうして・・・。」(ボソ)
「「・・・はい???」」
しばしの沈黙の後、N2は小さく呟いた。
それを上手く聞き取れず、ティーネとヴィーシャは思わず聞き返していた。
「どうしてもっと早く教えてくれなかったんだよっ!じゃあ、結局帰っても意味ねぇじゃんか!」
「はぁ〜・・・。あんさん、自分がとんでもなく身勝手な事を言っとる事自覚してるか?この世の中、そんなに甘くはないで?自分が知らん事を、わざわざ誰かが懇切丁寧に教えてくれるとは限らんのや。せやから、慎重さが求められるんやで。それにそもそも、この程度は大人なら理解しとかなあかん。少なくともあんさんは、あのアーロスはんらよりは大人やろ?だったら、普通は経験しとる筈なんやけどな・・・。って、旦那はんも言っとったで?」
「っ!!!」
アーロスらは、まだ未成年者であるから、世の中の仕組みに明るくなくても不思議な話ではない。
しかし、曲がりなりにもN2は、まだまだ社会人としては若輩であっても、大人の世界に足を踏み入れている。
つまり、就職活動に際して、住民票が必要な事など常識の範囲内なのである。
そして、住民票の大元は、結局は戸籍となるから、これの重要性も併せて理解しておかなくてはならない。
それが、社会人としての常識であるからである。
「もちろん、これはあくまで仮定の話や。もしかしたら全てが上手くいく、かもしれん。もっとも、かなり確率は低いやろうがな。それでも帰りたい、ってんなら、ウチらも止めはせん。それに、すでに旦那はんに喧嘩売っとる訳やから、こっちに留まるのもかなりしんどい話になるで?ま、本来ならそうならんように立ち回るべきやったんやけど、それも今更詮無い話やで。もうあんさんらは行動に起こしてしもうとる訳やからな。」
「あ、ああっ・・・!!!」
ヴィーシャの鋭い口撃が、N2にじわじわとダメージを与える。
今更語るまでもないが、この世界におけるアキトの影響力はかなりのものである。
まぁ、彼にそんなつもりはないのであるが、彼に牙を剥いた者に、容赦はしない者が少なくともこの場に一人はいる。
N2らの見積もりの甘過ぎる想定では、向こうに帰れさえすれば全てが上手く行くと思い込んでいたが、ヴィーシャから示された話は、曲がりなりにも社会人であるN2には、有り得る話、いや、もっと言ってしまえばかなりの高確率でそうなっていると理解出来てしまう。
つまり、帰ったら、今よりもっと状況は悪くなる可能性が極めて高いのである。
むしろ、この世界でなら、仮の姿の力もあって、事“生きる”という一点においては、非常に優位な状況である。
言うなれば、今現在はベリーイージーモードなのだ。
ならば、わざわざベリーハードモードになると分かっているのに、帰る必要はないだろう。
もちろん、会いたい人、家族だったり恋人だったり対する未練はあっても、結局のところ、再会出来れば初めは嬉しいかもしれないが、徐々に負担となるし、邪魔者となる可能性は極めて高い。
何故ならば、戸籍がないからである。
先程も述べた通り、戸籍がなければ、マトモな職に就く事も難しい。
職がなければ、食べていく事も出来ない。
では、その負担は誰が背負うのか?
当然、彼らの身近な存在である。
では、こちらの世界に留まるのが正解か?
答えは、すでに状況は変わった、である。
彼らは、すでに考えなしの行動を起こしている。
少なくとも、ハイドラス派に加担して、『エストレヤの船』の眠る遺跡類を確保する計画に手を貸している。
つまり、アキトの中で、彼らの危険度はかなり上がっているのである。
先程はベリーイージーモード、と言ったが、それは大人しくしておけば、という前提条件がつく。
今現在の状況は、すでにベリーイージーモードではなく、向こうの世界に帰る事以上に、ベリーハードモードになってしまったと言っても過言ではないのである。
しかし、それも彼らが選んだ事だ。
かくして彼らは、“進むも地獄退くも地獄”の状況と相成った訳であった。
「けど、安心しいや。ウチの言う通りにしてくれるなら、あんさんらの悪い様にはせんよ?」
「・・・・・・・・・えっ?」
眩しいまでのヴィーシャの微笑に、N2は確かに一筋の光を見た。
「別にウチらは、あんさんらとやり合いたい訳やないし、目障りだからと言って、消したい訳でもない。あくまで、ここで退いてくれたら文句はないんやで?せやから、あんさんの仲間を説得してこの件から手を引いてくれるんなら、それでこの件はチャラとしようやないか。そう、旦那はんを説得してやるわ。どないや?」
「あ、ああっ・・・!!!」
その後、救いの手を差し伸べたヴィーシャの腕を、N2が取るのにそう時間は掛からなかったのであったーーー。
「う〜ん、流石はヴィーシャ殿。主様並みの手練手管ですなぁ〜・・・。」
うんうんとその様子を眺めていたティーネは、ヴィーシャの口八丁手八丁にしきりに頷くのであったーーー。
誤字・脱字がありましたら御指摘頂けると幸いです。
いつも御覧頂いてありがとうございます。
よろしければ、ブクマ登録、評価、感想、いいね等頂けると非常に嬉しく思います。
ぜひ、よろしくお願いいたします!