アキト・ストレリチアの死 1
続きです。
この世界のあらゆる物、物体には、固有の振動数というモノが存在する。
固有振動数とは、ある物体が自由振動した際に現れる、その物体が持つ固有の周波数の事。
外部から物体に強制振動を与えた際に、外部振動が固有振動数と一致すると、物体は共振(この時の周波数を共振周波数とも呼ぶ)して振幅が大きくなり、場合によっては物体の破損に繋がる。
これらは、一般的には建築分野において、耐震性を考慮する為に建築物の固有振動数が用いられる。
宇宙分野においても、ロケットの打上げ時に衛星を含む内部搭載機器に対して外部振動が加わる為、搭載機器の固有振動数を求め、強度に対する検討、評価を行う必要がある。(某百科事典より抜粋)
建築分野や宇宙分野など、安全性が極めて重要な分野では、何らかの外部からの影響で物体が破損しては極めて重大な事故に繋がりかねないので、こうした事まで計算する必要があるのである。
で、そうした話は、何も無機物に限った話ではないのである。
音、周波数が関連する機器として、身近な例では電子レンジが存在する。
電子レンジは、電磁波の力を利用して食品を温めている。
電子レンジの内部には「マグネトロン」という部品が組み込まれていて、このマグネトロンの先端から電磁波が放出されているのである。
この電磁波は、2,450メガヘルツ(MHz)という周波数。
つまり、1秒間に24億5000万回振動する。
これを「マイクロ波」と呼ぶ事もある。(某百科事典より抜粋)
このように、マグネトロンが発したマイクロ波が、食品内部の水分を細かく振動させているのだ。
それによって摩擦熱が生まれ、この熱が広がることで食品全体の温度が上がっていくのである。
これが、電子レンジが食品を温める仕組みである。
ちなみに、電子レンジが人体に悪影響を与える可能性はあるが、もちろん家庭用電子レンジなどは、所謂“低周波”なので、人体ほどの大きな物質を加熱する事は不可能である。
そもそも、庫内に入れるサイズがないだろうが。
しかし、このように、音、周波数は、この世界のあらゆる物、物質に影響を及ぼすのである。
ならば、中には、人体を破壊する事の出来る振動数があったとしても、何ら不思議な話ではないのである。
で、ティアの『TLW』時の最終的な職業は“巫女”。
それ故に、宗教的、呪術的な観点から、何らかの呪文、発声による言葉、つまりは“音”(周波数)とは関連が深い職業なのである。
(例えば、仏教においては、お経を唱える作法が存在する。
その言葉に意味がある事もあるが、音、周波数、振動数などの物理現象を知っていれば、実際には“音”そのものに何らかの作用があったとしても不思議な話ではないのである。)
特にティアの魔法、スキルの中には、【獅子の心】や【女神の癒し手】など、精神、つまり人の内部に干渉するモノが多く、『TLW』的観点から言えばサポート特化になってしまうが、現実世界として考えた場合、まさに人々を導くポジションとして優秀なスキル構成をしているのである。
(実際、古代の歴史では、シャーマンなどの所謂呪術的、宗教的指導者が、そのまま国家の代表となる例もしばしばある。)
そして、その中には、目には見えない“音”を使って、相手を倒す技も存在していたのであったーーー。
◇◆◇
「・・・殺ったのか?」
「うむ。儂の【死の呪言】によって、アキト・ストレリチアの心臓は、その鼓動を停止した。」
「そ、そうか・・・。へ、へへ、ざ、ざまあみやがれ・・・!」
アキトの心肺停止を確認して、ティアは静かに頷いた。
色々と規格外な存在とは言えど、アキトも自らの心臓が止まってしまっては流石に生きてはいられない。
もちろん、そうなる前に対処する方法はいくつかあったのだが、“音”という、目には見えない攻撃、かつ、可聴周波数帯域(人間の耳で聞く事が可能な帯域の事)外の音波攻撃だったが故に、その対処すらする暇がなかったのである。
ちなみに【死の呪言】とは、所謂“即死技”の事である。
ゲームなどでお馴染みのこの“即死技”だが、通常の敵、モンスターなどには通用するが、どうした訳か、ボスとかには通用しない事が多い。
まぁ、メタ的な観点から言えば、ボス戦はある意味物語のもっとも盛り上がるところであるから、そうした敵がアッサリ死んでしまっては盛り上がりに欠けてしまう。
故に、ボスなどには即死耐性など、運営や制作側から優遇を受ける事が多いのであろう。
しかし、ゲームではないこの世界には、当然即死耐性などある筈もない。
しかも、『TLW』時の魔法やスキルは、この世界に来た時点で、この世界基準にアレンジされるので、特に【死の呪言】はかなり凶悪な魔法、スキルとなっている。
具体的には、人には聞こえない“歌”を歌う事で、周波数、魔素を介して相手の心肺機能を強制的に止める、あるいは破壊する。
心肺機能が停止すれば、必然的に相手は生きていられないので、それによって即死、となるのであった。
もちろん、現代魔法はもちろん、古代語魔法や竜語魔法など、魔素を介したあらゆる現象に精通したアキトならば、聞こえさえすれば、これを何とかする方法はある。
(例えば“音”とは、すなわち空気を介した物理現象であるから、何らかの方法で“音”を遮断するとか、周波数そのものを乱してやる事などである。)
しかし、流石に聞こえない“音”を何とかする事は、初見では不可能であった。
ここら辺は、奥の手を隠し持っていたティアを、見事と言わざるを得ないだろう。
「いてて・・・。」
「大丈夫か、アーロス殿?」
「ああ、ま、動けないけどな・・・。悔しいが、そいつは強かったよ。」
「我々の中でも前衛に特化したアーロス殿でそれか・・・。やはり、アキト・ストレリチアは危険だったな。」
「けど、ティアの姐さんが殺ってくれたんだろ?だったら、残りのそいつの仲間を殺れば、とりあえず脅威は去るだろうぜ。」
「しかし、儂の【死の呪言】は単体にしか効果がない。残りが一斉に掛かってきたら、これを使っている暇もないかもしれん。・・・それに、すでに勝負はあった。儂らは、すでにこの遺跡類を掌握しとるからな。」
「・・・・・・・・・えっ?」
ティアの言葉に、アーロスはポカーンとしていた。
何故ならば、アーロスらは、ティアとタリスマンが動いていた事を知らされていなかったからである。
それに、その続きを聞いている暇もなかった。
何故なら、アキトの異変を察知した彼の仲間達が、すでにアーロスらの周囲を取り囲んでいたからであったーーー。
◇◆◇
ティアが現れる少し前。
アイシャはドリュースを追い詰めていた。
考えなしのドリュースにアイシャがキレたのであるが、しかし、やはり戦闘の面では冷静だったアイシャは、彼の“召喚術”を警戒しながら、一つ一つ、丁寧に彼の手札を潰していったのである。
以前から言及している通り、アイシャの戦闘スタイルは、完全に前衛、近接特化である。(もっとも、レルフやアキトの助言によって、一応は苦手な距離は作らない様にしていたが、やはり得意分野としては近接戦となる訳である。)
それ故に、いくら“レベル500”、かつ謎のパワーアップを果たしたドリュースと言えど、近接戦では全く勝ち目がないのである。
しかも、アイシャには、魔素を利用した身体強化、すなわち、覇気、魔闘気と呼ばれるスキルも持っているので、その驚異的な身体能力を更に引き上げる事まで可能なのである。
純粋な戦闘技術に加えて、覇気、魔闘気を用いた戦闘技術まで高いレベルで使いこなすアイシャには、どうあってもドリュースでは手も足も出ないのである。
「や、やべぇ・・・!!!」
「・・・。」
ヒュッー、ヒュッーと、荒い息をしながら、ドリュースは血反吐を吐きながら焦燥感をあらわにしていた。
アイシャの無言の圧力に、ここに来て、初めて死を意識し始めたからである。
一方のアイシャも、少し困っていた。
基本的にアイシャは脳筋ではあるが、優しく朗らかな性格であるから、種族特性として戦いそのものは好きでも、相手をいたぶる事や相手を殺傷する事自体が好きな訳ではないからである。
もちろん、自分の力を自覚せず、周囲の環境に対しても無頓着なドリュースに対する憤りはあるし、その危険性はすでに理解していたのだが、だからといって殺したいほどではない。
もっとも、アキト同様に、いざとなれば躊躇しないのであるが、実力差がはっかりと浮き彫りになった事で、ある種の甘さが出てしまった感はある。
「アンタじゃ私には勝てない。これ以上やらないなら、今回は見逃してあげるけど?」
「ふ、ぶざけるなっ!!」
遠回しに、さっさと撤退しろ、と提案するアイシャに、ドリュースは反射的にそう反発した。
アキトの時にも述べたが、この世界の厳しい環境で生き抜いてきた者達ならば、その提案に一にも二にもなく飛びつくところだが(何故ならば、プライドも何も、死んでしまっては元も子もない事を痛いほど理解しているからである。もっとも、ドリュースと同じく、それを聞き入れない者達も一定数いるが)、下手に実力がありプライドや相手に対する反発心もあって、ドリュースはせっかく生き残れるチャンスをフイにしてしまったのである。
ふぅ、とアイシャは溜息を吐いた。
「じゃあ、ここでお別れだね。」
「っ!!!」
ただ、アキトと違う点は、アイシャには『異世界人』達に対する思い入れがない事である。
アキトは、彼らとは同郷、かつ同じ『異世界人』同士であるから、なんだかんだ言っても甘さが拭いきれなかったところであるが、アイシャにはそうしたバックボーンはない。
せいぜい、顔見知り程度の間柄である。
だから、なるべくなら人を殺傷したくない、という思いはあれど、相手がそれでも戦闘を続行する様なら、これ以上躊躇う必要性はなかったのである。
ドリュースはゾッとした。
先程から感じていた死の意識が、アイシャの決意によって、より一層その“濃さ”みたいなモノがより濃厚になったからである。
所謂“殺気”である。
そして、今更後悔した。
勝てない相手を、更に本気にさせてしまった事によって、生き残れるチャンスを棒に振ってしまった事に対して。
「っ!!!」
「ひっ・・・!!!」
死ぬーーー!
アイシャが再び臨戦態勢に入ったのを見て、ドリュースは反射的にその言葉が脳裏をよぎった。
「・・・・・・・・・?」
しかし、待てど暮らせど、その瞬間は訪れなかった。
時間としてはほんの短い時だったが、ドリュースにとっては幸運で、アイシャらにとっては信じがたい事態がこの時進行していたからであった。
「・・・え?何、この感じっ・・・!?」
「・・・?」
アイシャの呟きにドリュースは困惑する。
それもその筈、特に何も感じなかったからである。
むしろ、アキトすら感知出来なかった異変を、第六感的に、所謂“虫の知らせ”の様に感じ取っていたアイシャの感覚の鋭敏さの方が特筆すべき事柄であったかもしれない。
「こうしちゃいられないっ!」
「はっ・・・?」
妙な胸騒ぎを感じ取ったアイシャは、ドリュースにトドメを刺さずにその場を後にした。
そのアイシャの行動に一瞬ポカーンとしたドリュースだったが、その後、ドッと疲れもあったのか、はたまた自分の命の危機を脱した事に安堵したのか、その場に倒れ伏したのだった。
「た、助かったぁっ〜〜〜!」
ドリュースは、情けなくそう一人、思わず叫んでしまった。
この世界最強格の存在だと、どこかで増長していた彼の自尊心を、粉々に打ち砕いた存在から逃げおおせた、生き残った事による、ある種の本来の彼の性質が出たからかもしれない。
当たり前だが、彼を含めての『異世界人』の大部分は、元々はただの一般人である。
故に、命のやり取りや修羅場を経験する事など、そう多くなかったに違いない。
もっとも、こちらの世界に来てからは、そうした経験をする事は何度かあったかもしれないが、それも、自身が圧倒的な優位な状況での事だし、“カルマシステム”の影響もあって、彼の“一般人”としての部分が鳴りを潜めていた部分も大きいだろう。
その外殻が剥がれ落ち、素の彼が表面に出た事によって、ようやく自身がいかにヤバい状況に陥っていたのかを自覚したのかもしれない。
「だ、大丈夫ですか、ドリュースさん?」
「生きてるか・・・?」
「あれ?ウルカさん?N2さんも?」
そこに、心配げな表情のウルカとN2が顔を見せる。
彼らも、かなりズタボロの状況であったが、その表情はどこか穏やかに映った。
もしかしたら、ドリュース同様、危機的状況に陥った事で、色々と彼らを縛っていたモノが剥がれ落ちたからかもしれない。
「・・・何とか生きてますよ。少し、いえ、かなり疲れていますが、ね。」
「大変っ!【大回復】!」
仰向けに寝転んでおり、血反吐を吐いて倒れ伏していたドリュースに、ウルカは慌てて回復魔法を使用した。
やがて、落ち着きを取り戻した彼らは、ややあって口を開いたのであった。
「一体、何が起こったんですか?」
「分かりません。私も、戦っていた相手が、急に退いていったものですから・・・。」
「私も同じく。いや、正直助かりましたが、ね。」
「・・・どういう事です?」
「それは・・・。」
・・・
ドリュースらが再び合流する少し前、リサVSウルカの戦いも佳境に入っていた。
「おらっ!!」
「ほいっ、と!やるねっ!!」
ドゴーーーーンッ!!!!
ウルカの一撃によって、小さなクレーターが出来る。
食らってしまえば、それこそ“レベル500”、かつ頑強な肉体を持つドワーフ族のリサと言えど大ダメージは必至の一撃であったが、そこはそれ、鍛冶師でありながらも、アキトのパーティーの中ではアイシャに次ぐ前衛アタッカーであるリサは、それを軽やかに回避する。
「ちょこまかちょこまか逃げ回りやがってっ!挑発してきたのはそっちだろっ!!」
「それはそうだけど、何もノーガードで殴り合いたい訳じゃないからねぇ〜。貰ったらヤバそうな攻撃なんか、当然避けるさ。ボクはMじゃないんでね。」
「チッ、ウゼェッ!!」
そう軽口を叩くリサに、聖女の仮面を脱ぎ捨て、ギラギラと好戦的な瞳をしたウルカが、再びリサを殴り飛ばす為に突進してくる。
以前から述べている通り、ウルカの『TLW』時の最終的な職業は“大司教”であり、なおかつその役割は回復役であった。
しかし、当然ながら全く戦えない、と言う訳ではないのである。
もちろん、こちらも以前から再三述べた通り、それぞれに役割分担をする意味合いやメリットはあるものの、特に『TLW』開始直後など、まだ職業特性が顕著でない時点では、誰もがダメージソースになるし、誰もがアイテムなどを駆使して回復役になり得るのである。
(まぁ、そうでなければ、ある程度のサポートがあるとは言えど、攻撃職でなければソロプレイをする事もままならなくなってしまうからである。)
それに、現実世界においても、宗教団体が武装集団を持つ事は特段珍しい事ではない。
有名な話で言えば、キリスト教における『テンプル騎士団』(騎士修道会)とか、仏門における僧兵などがこれに該当する存在だ。
もっとも、彼らは公的には騎士(あるいは武士)ではなく、あくまで修道士であるが。
で、ウルカは職業的に宗教と関連付けられており、刃物を持つ事は出来ないが、その代わり格闘術、棒術などの打撃などを駆使した戦闘術、すなわち『修行僧』として戦う術を持っていたのであった。
もちろん、いくら“レベル500”と言えど、最終的には回復役、すなわちサポート役に徹していたので、純粋な前衛職に比べれば、当然力や耐久、体力はかなり劣るものの、そこはそれ、謎のパワーアップの恩恵と、相手もメイン職業が『鍛冶師』であるリサということもあって、どうにか戦いの体にはなっていたのである。
もっとも、これはアーロスらと同様に、現実世界における戦闘技術は全くの素人だった訳だが。
その証拠に、猪突猛進に突き進むウルカに対して、リサの方はかなりの余裕を見せている。
普通に戦うのならば、もうとっくに決着がついていてもおかしくなかったのである。
「さあさあ、どうしたの?その程度でおしまい、って事はないよね?それとも、アナタの“想い”ってのは、その程度のモノだったのかな?」
「まだまだぁっーーー!!!」
リサの挑発に、ウルカは再び発奮する。
わざわざそんな事せずとも、さっさとケリをつければ良いのに、と思うかもしれないが、これにはリサなりの考えやスタンスがあったのである。
リサことリーゼロッテ・シュトラウスは、アキトの仲間の中では、特に世の中の理不尽に振り回される人生を歩んでいる。
これは以前にも言及した通り、彼女はドワーフ族の掟によって、『ドワーフ族の国』内では『鍛冶師』を名乗る事を許されなかったからである。
(ちなみにドワーフ族の掟とは、女性は鍛冶師になってはいけない、というものである。
一応、ドワーフ族の見識、伝承では、女性は穢れ、すなわち月経が存在する事によって、現実的な体力的な問題点や、ドワーフ族にとって、『鍛冶』とはある種神聖な行いである事もあって、女性には向かない仕事である、という一応の理由も存在する。
もちろん、これは、ある意味男女差別であるし、ある種の因習ではあるが、これが今現在のドワーフ族の常識なのであるから、変と言われようとこれを覆す事は困難な状況であった。)
もっとも彼女は、これは師匠であるドニや家族の後押しもあって、別角度から、つまりドワーフ族の掟の外側、すなわち人間族の領域で鍛冶師となっている。
それによって彼女は、一応の自身の夢、すなわち一端の鍛冶職人になる夢は叶えている。
しかし、彼女の夢には実は続きがあった。
そう、それはいまだに古い因習にとらわれているドワーフ族全体の意識改革する事である。
つまり、『ドワーフ族の国』においても、女性の身でありながら『鍛冶師』を名乗る事を認めさせよう、というものであった。
もちろん、これは茨の道である。
良いか悪いかはともかく、伝統とか風習というのは、その種族の文化を支えているものであるからである。
それを変えようとするならば、当然大きなパワーが必要だし、世間を納得させるだけの実績もなければならない。
もちろん、そんな事は当のリサ本人が一番分かっている。
分かっているが、彼女にはそれをするだけの覚悟や才能、技量はすでに備えているのであった。
で、そんな壮大な夢を持ち合わせている、現状を変えるべく足掻き続けている彼女からしたら、同じく何かに挑戦する者達は、ある種の同志でもあるし、と同時に、ある種のライバルでもあった。
だから彼女は、その覚悟を問う。
誰にも譲れない願いがあるのならば、時としてそれは、誰かとぶつかり合う事もあるかもしれない。
しかし、それで折れる程度ならば、その者はその程度の覚悟と“想い”しか持ち合わせてない訳である。
それは、ある意味“世界”と戦うリサにとっては、非常に不愉快だし失礼でもある。
逆にそれでも折れない覚悟や“想い”ならば、立場はどうあれ、リサとしては応援する気持ちがあった。
想いだけでも力だけでもダメである。
それは、彼女がこれまでの人生に培ったある種の真理である。
だからこそ、彼女はわざわざ試す様な事をしていた。
アーロスらの事を。
ウルカの事を。
彼女達の“想い”が本物ならば、この戦闘の結果はどうあれ、場合によっては彼女達の願いの為にアキトに進言する用意もあった。
先程も述べた通り、リサにとって現状を変えるべく足掻く者は自分と重なる部分があるからである。
こうした彼女なりの基準、考え方が存在する為に、リサは少々回りくどい方法を取っていた訳であった。
ところが、残念ながらウルカ達には、リサが納得する様な理由は存在しない。
何故ならば、彼女達の行動原理は、どこまでも自分本位であるからである。
もちろん、その点においてはリサもある意味同様なのだが、リサの場合は、ドワーフ族の価値観を覆す事ではあるが、しかしその結果はメリットも大きいのである。
もしかしたらこの先、リサ以上の才能を持つ者が、女性に現れるかもしれない。
その時になって、ドワーフ族の意識や価値観が改善されていれば、その才能を埋もれさせずに済むかもしれないのである。
ドワーフ族全体のレベルが上がれば、当然対外的にもドワーフ族の評価は更に高まる可能性も高い。
少なくとも、現時点で『鍛冶』に関してはドワーフ族の専売特許に近いが(この点も、ドワーフ族と人間族が友好関係を結んでいた要因である)、その価値が更に高まれば、種族としての価値は盤石なモノとなるだろう。
一方のウルカ達の目的は、ただただ自分(達)が向こうの世界に戻る事だけである。
それさえ叶えば、後の事は知らないとばかりに、何も考えていない。
少なくとも、『エストレヤの船』を手に入れて、目的は世界征服、とかならまだ理解も出来るのであるが、あくまで彼女達の目的は帰還であり、『エストレヤの船』を手に入れてたいのも、ハイドラスとの契約でしかないのである。
その結果、この世界に住まう者達にどの様な影響があるのかなど考えもしていないので、とにかく彼女達の覚悟や“想い”は、ある意味チグハグでアンバランスなのである。
もちろん、各々に向こうの世界に戻りたい理由は存在するのだろうが。
リサも、すでにウルカ達のその思考は透けて見えていた。
先程も述べた通り、場合によってはアキトに掛け合う事も辞さない独自の考え方を持っていたリサだったが、彼女達には、力はあっても、肝心な“想い”の方が希薄である事が理解出来てしまったのである。
で、あるならば、いくら彼女が他の仲間達とは一歩引いたスタンスを取っているとは言えど、これ以上ウルカ達に付き合う理由はない。
〈こんなものか、な・・・?〉
リサはそう判断した。
独自の基準を持っていても、それでもあくまでリサはアキトの仲間である。
アキトに掛け合うべき価値も見出だせないのなら、これ以上は時間を無駄にすべきではなかった。
そして、ウルカを撃破すべく、その鎚を握りしめる。
「っーーー!!!???」
その時、一瞬漏れ出てしまった殺気に、ウルカは大きく狼狽える。
少なくともウルカは、アーロスとは違い、生物としての生存本能はしっかり持ち合わせていた様だ。
しかし、ウルカとしては幸いな事に、自分を叩き潰すと決意したリサの攻撃が、彼女に届く事はなかったのである。
何故ならば、
「っ!?な、何っ!!??この嫌な感じっ!!!???」
「・・・・・・・・・はっ?」
先程までの余裕の表情から一変して、急に焦り始めたリサが、自分の事には目もくれずに走り去って行ってしまったからである。
その様子を、追撃するでもなくポカーンと見守るウルカ。
その後、戦闘の疲れもあったのか、はたまた極度の緊張状態が解けた故かは定かではないが、その場にペタリと座り込んでしまったウルカ。
「・・・えっ?逃げた、の・・・?いや、助かった、のか、な・・・?」
呆然と呟くウルカのもとに、一つの影が近付いてくる。
「ウ、ウルカさん・・・!ご無事ですかっ・・?」
「あ、アナタはっ・・・!?」
それは、手酷くズタボロになり、息も絶え絶え、歩くのもおぼつかない様子のN2であったーーー。
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