ティアの闇落ち
続きです。
今回から新章です。
あいかわらず、人の心理を描くのは難しいですねー。
◇◆◇
突然だが、頭の良い人物にも大まかに二種類のタイプが存在する。
一つは、単純に“学力が高い人”。
そしてもう一つが、“思考能力に優れた人”、の事である。
両者は似通っているが、実際には全くの別物である。
今更語るまでもないのであるが、教育、学力が国家に与える影響は大きい。
何故ならば、高度な教育を受けた人材の方が、経済を回す上で優位に働くからである。
経済が豊かになれば、その分国も豊かになる。
当たり前だが、全くの専門知識のない素人と、高い専門知識を持った人材では、もちろん後者の方が仕事においては有用な人材である事は間違いないだろう。
ただし注意しなくてはならないのが、学力が高いだけではあまり意味がない事である。
実際、有名大学に進学するほどの学力を持つ人物達の中にも、カルト的な宗教団体に傾倒するとか、裏社会へと関わってしまう者達もいる。
もちろん、それらはその個人の問題でもあるのだが、その根底には“学力至上主義”があったりもする。
また、こちらは別の話になるが、エリートとして名を馳せた者達が、“現場”においては全く役に立たない、なんて事もある。
あるいは、プロの経営者、経営の麒麟児と呼ばれるほどの人物が、単純な読み違いによって会社を潰してしまう事も往々にしてある。
まぁ、それはともかく。
あまりにも当たり前過ぎる話なのであるが、“知識”、あるいは“経験”というのは、ただ持っているだけでは何の役にも立たない。
それらを組み合わせて、更には発展させる思考能力、あるいは応用力があるからこそ、初めて意味のある事なのである。
では、アキト・ストレリチアはどうであろうか?
彼は、完全に“思考能力に優れた人”に該当する存在だ。
もちろん、前世において市役所に勤めていた事から分かる通り、それなりに学力にも秀でていたが、彼の特筆すべき点は、やはりその思考能力と柔軟な発想力の方であろう。
だからこそ、前世での知識もあったとは言えど、また、『英雄の因子』という特殊な素養があったと言えど、この世界における魔法技術に深く精通する事が出来ていたし、それを更に応用する事にも長けていた訳である。
では、一方のティアこと、浅岡雫はどうであろうか?
彼女は、完全にただ“学力の高い(だけの)人”、であった。
もちろん、以前にも言及したかもしれないが、彼女の前世における経歴から言えば、彼女は所謂“引きこもり”であった為に、所謂有名大学に進学したという記録はない。
しかし、その幅広い知識と明晰な頭脳故に、独自にネットを駆使して個人的に事業を展開し、一応の成功を納めている。
また、『TLW』時もエイボンと並んで『LOL』のブレーン的存在として貢献していたので、他の『異世界人』達も、そしてアキトも頭が良い、と評価していたが、それも当然間違いではないのだが、しかしそこに大きな落とし穴があった。
そう、彼女には、圧倒的に柔軟な発想力と人生経験が足りなかったのである。
ここら辺は、アーロスと似通ったところであった。
ただし、アーロスらの場合は、まだ未成年かつ学生の身であった為に、社会経験や人生経験を積む期間がなかった為である、という違いが存在する。
ある程度経験を重ねれば、もしかしたらアーロスらも、アラニグラやエイボン、ククルカンの様な視点を持つ事も出来た、かもしれない。
一方のティアは、彼女の経歴からも、“社会”と“自分”を完全に分けてしまっていたのである。
もちろん、環境柄そうせざるを得なかった部分も存在するかもしれないが、言ってしまえば彼女は、コミュニケーション能力が壊滅的だった訳である。
もっとも、表向きそれは、ルキウスとのやり取りやアキトとのやり取りを見るに分かり辛い部分も存在するのだが、アーロスやウルカとのやり取りからも分かる通り、それはどこかビジネスライクで表面的、つまり、深い部分で他者に干渉する能力がなかったのである。
これは、“引きこもり”の弊害だ。
先程も述べた通り、環境柄仕方ない部分も存在したかもしれないが、彼女は“社会”の中で生きる術、思いの外大事になってくる“人間関係”の重要さを理解していなかったのであった。
当たり前の話として、人は色々な意見、主義・主張を持っているものだ。
それに、その能力もマチマチで、中には学力が低い者もいるだろう。
では、学力が低ければ、高い学力を持つ者よりも劣っているか?、といえば、実はそうでもない。
そもそも学力とは、ある種の指針の一つでしかないからである。
それ故に、それだけでは推し量れない能力を持っている事もしばしばあり、それが重要となる事もあるからである。
例えば、サッカーなどにおいて、チームの雰囲気を決定づける“ムードメーカー”の様な存在がいる。
もちろん、彼らが優秀である場合も存在するが、そうでない事もあるかもしれない。
しかし、ムード、つまり全体の雰囲気を変えられる、という意味では、かなり貴重な存在だったりするのである。
個々の能力が高いからチームとして優秀か?、と言われれば、実はそうでもない。
それでチームがバラバラなら、総合力は決して高いとは言えないからである。
逆に、個々がそこそこの能力だったとしても、チームとしてまとまっているところは、かなり強いと言えるだろう。
所謂“士気の高さ”、“ビジョンの共有”は、それだけで価値のあるものなのである。
つまり単純に、組織を作り出す上で、学力が高い人だけを集めれば良いという訳でもないのである。
先程も述べた通り、学力は一つの指針に過ぎず、自らの持つ能力、パーソナリティやスキルを全て示したモノではないからである。
しかも、時として学力が高いだけの人は、“世界”、あるいは“社会”が見えていない事がしばしばある。
それ故に、妙な選民思想や理想論に傾倒してしまう事も、これまたしばしばあるのであるーーー。
・・・
アキトと袂を分かった後、ティアは憤りを感じていた。
それは、自分に対して、ではなく、アキトの強引なやり方に対して、である。
これについては、言い訳のしようがない部分も存在する。
何故なら、アキトは、確かに“何の罪もない”ロンベリダム帝国の一般市民を多く巻き込んでいるからである。
そう、アキトが仕掛けた“(一部)魔法技術使用不可状態”の事である。
確かにこれは、見方によっては酷い行いの様に映るだろう。
特に、ロンベリダム帝国の関係者にとっては、冗談じゃない、と言いたくなる案件であろう。
しかし、また別の見方をすると、これは、アキトが彼らの“ツケ”を支払っている事でもあった。
再三述べている通り、ロンベリダム帝国は大国、かつ強国だ。
周辺国家群や他種族・異種族、“大地の裂け目”勢力などを武力で侵略、あるいは抑えつけてきた歴史がある。
それ故に、周辺国家群や“大地の裂け目”勢力からしたら、ロンベリダム帝国こそが全ての元凶、悪の国家な訳である。
また、これはハレシオン大陸の国々にも影響のある事であるが、ロンベリダム帝国、特にルキウスは大陸統一の野望を抱いており、その準備を着々と進めていった訳である。
こちらも、他の国々からしたら、冗談じゃないと言いたくなる案件である。
では、そんなロンベリダム帝国の暴走を国民が止めただろうか?
答えは否である。
もちろん、再三述べている通り、ロンベリダム帝国は独裁国家であり、なおかつルキウスは敵性貴族を粛清するという行いもしている。
すなわち、ルキウス、ひいてはロンベリダム帝国に歯向かうという事が難しいのは分かりきった事でもある。
だが、それはロンベリダム帝国内部の理論であって、他から見ればトップの暴走を許したのは国民の怠慢とも映る訳だ。
少なくとも、実際に被害を被った側からしたら、皇帝も国民も、皆一様にロンベリダム帝国な訳である。
それ故に、アキトが何かせずとも、いつかは必ずロンベリダム帝国は破滅の道を辿る事となる。
当たり前だ。
覇権主義的に誰彼構わず支配していったら、様々なヘイトがロンベリダム帝国に向かう事となるからである。
何年か先、もしかしたら数百年先かもしれないが、ロンベリダム帝国へと立ち向かう国家、あるいは勢力が誕生するのはある意味既定路線なのである。
もっとも、ロンベリダム帝国は、途中で政策を転換しており、力による支配から、経済的支配にシフトチェンジしているが、それでも同じ事である。
勢力図というのは、時代によって移り変わるものだ。
いずれロンベリダム帝国を猛追してくる国家が現れるのは、これはある意味当然の流れなのである。
では、その時になって、私は無関係です、などとロンベリダム帝国の国民が言えるだろうか?
答えは、当然否である。
それは、もしかしたら“戦争”という手段ではないかもしれない。
もう少し、平和的な手段かもしれない。
それでも、長年凝り固まった組織としての動脈硬化は、自浄作用が難しくなる。
となると、それは一度解体、という形になるかもしれないのである。
それが不幸だ、と言うのならば、他者ではなく、自らの先祖を恨むべきだ。
何故なら、彼らは、自分達の役割を放棄していたのだから。
再三述べている通り、もし仮に、自分達が変な方向に向かっていると分かっているのなら、声を挙げなければならない。
それはもしかしたら、非常に勇気のいる事かもしれない。
場合によっては反逆者と言われる可能性も。
しかし、自分の不始末の責任も取れない者は、結局他者に不始末を何とかしてもらうしかなくなる。
そして、そうなった場合、もはや自分達の自由などありはしないのである。
これが、“ツケ”である。
そして歴史的、政治的な話の“ツケ”とは、大体支払うのは自分達ではなく、未来の子供達になる。
だったら、今の内から流れを変えるべきだろう。
少なくとも、自らの保身を考えて、結果将来の自分の子供や孫達に“ツケ”を残さない為にも、彼らは立ち上がるべきなのである。
と、アキトは考えた訳である。
それで、“(一部)魔法技術使用不可状態”、である。
情けない話、人は追い詰められないと中々立ち上がらない生き物だ。
逆に言えば、自らの生活が懸かっているのなら、命がけで行動を起こす様になる。
そして、ロンベリダム帝国において魔法技術とは、生活に直結する社会基盤の一つとなっていた。
で、あるならば、ここを潰してしまえば、ロンベリダム帝国の国民達は危機感を抱く事となる訳である。
残念ながら、世の中綺麗事ばかりではない。
なので、時には痛みを伴う改革も必要となるし、人を動かすのならば、こうしたやり方もあるのである。
そして、アキトはそれを、社会人としての経験、どちらかと言えば行政側の立場に立っていた役人として、痛いほど理解していたのである。
そうでなくとも、歴史的に国家のトップの暴走、圧政などに対しては国民が決起する事例は枚挙に暇がない。
アキトは間接的に、そのキッカケ作りをしたに過ぎないのである。
しかし、下手に理想が高過ぎたティアには、これは受け入れられない事態だった訳である。
しかも、自分自身が具体的に何か行動を起こした訳でもないのに、相手を非難している始末である。
ティアの能力ならば、本来はロンベリダム帝国の改革をもう少し違う角度から推し進める事も出来た筈だ。
実際、この世界で生きる事を決めたエイボンなどは、ロンベリダム帝国中枢へと食い込んでそれを成している。
だが、ティアは、中途半端な形でしかロンベリダム帝国に関わっている訳ではなかった。
いや、下手に干渉した結果、ルキウスに要らぬ知恵を与えただけ、とも取れる行動を起こす結果ともなっている。
いくら能力が高くとも、結局は覚悟のない無自覚な行動は、様々な人々に被害を及ぼす可能性があるのである。
もっとも、いくらティアの能力が高くとも、一度決定付けられた“流れ”を覆す事はもはや不可能だった。
結果としてロンベリダム帝国は内乱状態となり、ルキウス打倒を掲げた反政府勢力が勢いを増し、もはやルキウスの運命は決定付けられていた。
独裁国家としてのロンベリダム帝国は、そう遠くない内に終わりを告げ、新生ロンベリダム帝国へと生まれ変わる事だろう。
ここら辺は、アキトの目論見通りであった。
しかし、それを目の当たりしたティアは、より一層アキトに対しての印象を悪くしてしまったのである。
しかも、ティア自身が何か直接的な不利益を被った訳でもなく、ただ、自身の理想にそぐわなかったから、やり方が気に食わなかったから、という理由で、である。
もちろん、アキトの行動自体は褒められたものではない部分も存在するが、具体的に行動している分、また、様々な場所に根回しをしている分、幾分マシと言えるだろう。
少なくとも、何もしなかった人々が彼を非難するのはお門違いである。
具体的には行動を一切起こさず、理想論だけ語るティアと、現実的な観点から、今現在の問題点、将来的な悪意の連鎖を断ち切るべく、様々な手段を排除する事なく行動に移せるアキトでは、どちらがより大人であるかなど、今更語るまでもないだろう。
えてして能力の高いエリートほど、理想と現実をごっちゃに考えてしまう事がある。
そして、そうした人ほど、変な方向へと突き進んでしまう事も往々にしてある。
ルキウスに進言すべく彼のもとを訪れたティアは、すでにロンベリダム帝国が末期である事実を知った。
ルキウス自身はそれをすでに受け入れ、為政者としての最期を迎える覚悟を決めていた訳である。
なるほど、稀代の天才詐欺師にして絶対的な独裁者ではあったが、やはり歴史に名を残すほどの傑物であるルキウスは、普通の人々とはその覚悟、度量が違う様である。
そして、ルキウスの最後の願いとして、ルキウスに最後まで付き従う覚悟だったタリスマンを連れて、ティアはロンベリダム帝国から脱出した訳であった。
男の覚悟を見届けて、アキトに対する更なる憎悪を募らせながら。
ここまで様々なお膳立てが揃っていれば、ルキウス以上の詐欺師にして、数多くの者達の人生を狂わせてきたハイドラスからしたら、ティアを自らの駒とする事は造作もない事である。
当たり前の話として、人間は精神的に追い詰められた時、あるいは自らのキャパオーバーな事態に遭遇した時には、冷静な判断力は低下しているものだからである。
それ故に、アキトをして頭の良い女であると評価されていたティアは、アッサリとハイドラスの軍門に下ったのであった。
本来は、ハイドラスこそが諸悪の根源である事実すらも忘れ去って。
その後、アーロスらが『エストレヤの船』が眠る遺跡類確保へ向けて動き出す裏側で、ティアとタリスマンは彼らにも気取られない様に密かにそれを監視していた。
これは、ハイドラスの予測では、アーロスらが仮に『エストレヤの船』が眠る遺跡類を確保しようとすれば、アキトらが必ず妨害に来ると読んでいた為である。
敵を騙すにはまず味方から。
故に、駒の一つであるアーロスらにもその事実を伝えずに、ティアらはじっと息を潜めていた訳であった。
そして、ハイドラスの予測通り、セシルを撃破した途端、アキトらが現れる事となった。
そして、ティアらは動き出す。
アキトらとアーロスらがぶつかる最中、ハイドラスから強制“限界突破”の儀式を受けた彼女らは、そのパワーアップを利用してアキトらにも気づかれぬ様にセシルの本体であるところの“疑似霊子力発生装置”を支配下に置いたのだ。
そして、諸々の準備を終えると、アキトを抹殺すべく彼の前にその姿を現したのであったーーー。
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