悪夢 7
続きです。
・・・
N2の“魔弾”がティーネを貫いた頃、(見た目上は分からないが)“疑似霊子力発生装置”にもっとも近い位置にて、エイルとキドオカが対峙していた。
「一応確認なんですが、出来ればこの場から退いては貰えませんかね、お嬢さん?私は、あなた方と敵対する意図はないのですがね。」
「残念デスガ、ソレハオ断リシマス。」
「ですよねぇ〜。はぁ、面倒な事だ・・・。」
表向き飄々とした口調で問い掛けるキドオカは、答えの分かりきった質問をエイルに放った。
それに、にべもなく答えるエイルに、心底面倒くさそうに、大袈裟に首を横に振っていたーーー。
以前にも言及した通り、キドオカの目的は、あくまで自分をこんな目に遭わせたハイドラスに対する報復と同時に(まぁ、こちらはあくまで表向きの理由であるが)、まだ見ぬ霊能力の深遠に辿り着く事、あるいは自身が追い求めていた神秘、所謂“神霊”の存在を確認、あわよくば取り込む事であった。
その為に、ソラテスに近付き、彼の使徒として行動していた訳である。
(ちなみに、ソラテスと同様の存在としてハイドラスやヴァニタスがいるのであるが、ハイドラスはある意味キドオカに取ってもっとも警戒すべき相手であるし、下手に彼に近付く事で、むしろこちらが利用されては敵わない、と最初から彼に近付く事は選択肢になかった。
また、ヴァニタスとはある程度利害が一致したが、彼の思想はキドオカとしてはかなり危険だった為、彼をどうこうする事も除外していた。
そこへ来て、元々はこの世界の主神、始祖神に近い存在ではあるものの、“古き神々”に封印されて、大幅な弱体化をする事になったソラテスを、そのターゲットとして定めたのであった。)
そうした事もあって、流石に自分一人では打ち勝てないセシル、そしてその裏に存在するセシルの本体であるところの“疑似霊子力発生装置”をアーロスらと共に撃破する為に表向き協力するフリをしていたが、その実、アーロスら、ひいてはハイドラスを出し抜き、この遺跡類、つまりは『エストレヤの船』の所有権を奪取する隙を、虎視眈々と狙っていた訳であった。
もちろんキドオカ一人では、アーロスらとマトモにやり合っては勝ち目がないのだが、彼には『忍者』固有のスキルである【影縛り】(一定時間対象者の行動を制限するスキル。意味合いとしては多少違うが、相手の“時間”を擬似的に停止する事が可能なスキル)があるから、『エストレヤの船』の所有権を横から掻っ攫う条件は整っていたのである。
しかし、セシルを撃破し、“疑似霊子力発生装置”の場所も特定し、いよいよここからが本番、というところで、キドオカにとって、もっとも現れて欲しくなかった人物がこの場に現れてしまった訳である。
誰あろう、アキト、そしてその仲間達であった。
アキトとキドオカは、直接的な面識はない。
しかし、ロマリア王国での、『泥人形騒動』時に、お互いの存在を確認していた。
キドオカの主観になるが、彼からしたら強力な“神霊”を従え、忍者としてだけでなく、キドオカ自身の術儀すら容易に跳ね返してしまうアキトは、最大限警戒すべき相手だ。
それ故に、『泥人形騒動』以降はアキトに直接ちょっかいを掛けない様に、慎重に事を推し進めていた。
今回にしても、ソラテスの突然の無茶振りはあったものの、それでもアキトがこの場に現れる可能性は高かったが、しかし、ある程度の時間的猶予はあると思っていた。
ここら辺は、アキトがアスタルテから譲り受けたセージの情報収集能力、監視システムの存在が大きい。
アーロスらの異変を即座に確認し、大至急現場に向かった事によって、キドオカも想定外の速度でアキトらがこの場に現れる事となったのであった。
キドオカからしたら、『エストレヤの船』の所有権さえ奪えれば、それで全ての勝利条件が揃う。
しかしそこへ、アーロスらはともかく、最大限警戒すべきアキトらまで現れたとあっては、その勝利条件から遠のく事となる訳である。
それ故に、エイルに敵対する意思はない事を示したのであるが、それは軽く一蹴されてしまう。
流石にこんな簡単な嘘には騙されないか、と嘆息したのだが、そこへ続いた更なるエイルの言葉に、キドオカの警戒感と緊張感を一気に高めていた。
「・・・ソレニオ父様カラ、アナタ方ノ中デハ、特ニアナタニハ警戒スル様ニトノ指示ヲ受ケテイマスカラネ。」
「・・・何っ!!??」
キドオカは面食らっていた。
と言うのも、キドオカの中では、アキトらに自身の情報が出回っている事は完全に想定外だったからである。
もちろん、先程も述べた『泥人形騒動』の折に、『神の眼』を介してアキトらを監視していた事、その時に、一瞬目が合った様な気がしていた事実はあったまでも、それで自分を特定する事など不可能だと思っていたからである。
しかし、今のエイルの発言から推察するに、どの様な手段を用いたから不明だが、アキトには自分の情報や思惑を大分掴まれている可能性が高い事を察したのである。
「ト、言ウ訳デスノデ、私ハココヲ退クツモリハアリマセンシ、アナタヲ見逃スツモリモアリマセン。」
「これは・・・、どうやらやるしかなさそうですね・・・。」
キドオカの呟きに、両者の緊張感は最高潮に達していた。
そして、戦いの火蓋が、切って落とされたのであるーーー。
「『ウォーターカッター』射出!」
「っ!?か、【影渡り】!!」
先に仕掛けたのはエイルであった。
しかも、極めて殺傷力の高い『古代語魔法』の一種である『ウォーターカッター』だ。
金剛石すら容易に撃ち抜くその超強化版水鉄砲は、いくら“レベル500”の身体能力、防御力を持ってしても防ぐ事は不可能である。
論理的には、相手を完全に沈黙させた方が安全な訳だから、そのエイルの判断も間違ってはいないのだが、言ってしまえばかなり高い殺意が見え隠れする。
ここら辺は、エイルがアストラルを持つ存在とは言え、元々は“機械”である事の名残かもしれない。
倫理的な事はともかく、非常に合理的な考え方を持っているのである。
もっとも、それは避けられる可能性が高い事も、エイルは計算に入れていた。
再三述べている通り、相手はアキトらと同等の“レベル500”の化け物染みた身体能力を持っているし、更には、この世界とは異なる体系の魔法技術、スキルなんかを持っているのだから。
しかも、アキトが警戒せよ、と言っていた以上、手加減をする余裕はない。
それ故に、エイルのこの判断は少しも間違ってはいなかったのである。
一方のキドオカは、『TLW』時の経験も然る事ながら、他の『異世界人』達とは異なり、向こうの世界ですでにある程度は裏や荒事に通じていた。
それ故に、エイルの“殺気”を瞬時に察して、【影渡り】、“影”を使った一種のテレポート、によって、エイルの殺意の高い攻撃を即座にかわしてみせたのであった。
「ッ!?対象者ロスト。」
「危ない危ない。えらくおっかない攻撃を初手に使ってきますね、お嬢さん。こちらを殺す気満々ですか?」
「ッ!?後ロカッ!!」
「遅いっ!【影縛り】!!」
「ッ!!!???」
エイルの“影”に移動してエイルの攻撃をかわしたキドオカは、軽口を叩きながら【影縛り】、相手の行動を一定時間制限するスキル、を発動する。
それには、表情を変える機能がないエイルも、まるで驚愕した様な雰囲気を漂わせていた。
「そう何度も殺されかけてはたまりませんからね。しかし、これでチェックメイトです。お互いに、初見殺しのスキルでしたね。」
勝ちを確信したキドオカは、飄々とした雰囲気でそう軽口を叩いていたが、その実、冷や汗が止まらなかった。
と言うのも、実際エイルの『ウォーターカッター』の危険性に気付かずに回避行動が遅れたら、キドオカの命はすでになかったからである。
正に初見殺しの攻撃。
キドオカに様々な経験値がなかったら、この場には立っていなかった事だろう。
もっとも、それはエイルとしても同じ事が言える訳だが。
「さて、残念ですがこれでお別れです。私は臆病なんで、ね。」
エイル捕縛に成功したキドオカもまた、人(エイルは“人”ではないが)を殺める事に一切の迷いがなかった。
と、言うのも、彼、キドオカこと本名“倉橋紀彰”は、前世における職業柄、暗殺を請け負った事も一度や二度ではないからである。
キドオカの前世での肩書は、内閣の特務機関、『超常現象対策本部』の捜査員兼工作員であった。
ここは、現代科学では対処の難しい案件を請け負う部署であり、しかも内閣、所謂“政府中枢”にも関わる事から、この部署に来る案件は社会の闇やきな臭い案件が多い訳だ。
その中には、所謂“悪しき霊能者”による政府関係者の“呪殺”なんかもある訳で、要人を守る為に“呪詛返し”だったり、下手人が特定出来ていた場合は、先制で“呪殺”する事も珍しくなかったからである。
もっとも、以前にも言及した通り、キドオカは主に『サイバーオカルト』を専門に取り扱っていたから、他の工作員達よりそうした経験は少ないが。
しかし、“霊能力”という極めて特殊な能力が必要な以上、そこに在籍している人材はそう多くないから、そうした経験も少なからずあったのである。
日常的にそうした環境に身を置いていた以上、もちろん、一般市民に手を掛ける事などなかったのであるが、いざとなれば迷わない様に訓練されており、そうした事をする忌避感は薄い傾向にあった。
そして、その精神性はこの世界でも健在であったのである。
いや、むしろ悪化していると言っても過言ではないかもしれない。
前世では、あくまで“仕事”の一環でそうした事に手を染めていた訳であるが(もちろん、超法規的措置的として『超常現象対策本部』がやった事は殺人などには該当しないし、そもそも“霊能”に関する事を殺人などとして立件する事すら困難ではあるが。)、彼自身に目的があったとは言えど、また間接的とは言えど、『泥人形騒動』時に何の罪もないロマリア王国民を多数虐殺している。
もちろん、こちらも立件する事はほぼ不可能だが、ある意味ではこうしてキドオカは、ある種の一線をとっくに飛び越しているのである。
もっとも、彼の中にも一種のルールはある様だ。
その証拠に、アキトと敵対する事は避けたかったというのもあるかもしれないが、有無を言わさずエイルを排除するのではなく、一応は撤退する事を提案している。
が、それをエイルに断られ、交渉が決裂した以上、キドオカ的には迷う理由はないのである。
しかも、エイルの側も、初手から極めて殺意の高い攻撃を繰り出してきている訳であるし。
忍者固有のスキルである【影縛り】でエイルの動きを封じた後、キドオカは“霊能者”としての能力を用いてエイルを“呪殺”にかかる。
もちろん、邪神にも有効だった忍者のスキルの中には、相手に毒を撃ち込むスキルも存在していたが、より確実に相手を始末する方法として、ダルケネス族のニナを死に追いやった、言わば“霊的な毒”を選択した訳であった。
こちらならば、万が一物理的な毒に耐性があったとしても、霊能に関わる者でもないと防ぐ事は実質的に不可能であったからである。
「“縁切り”!」
「ナンノ、“アストラルシールド”!」
「なっ!!!???」
だが、残念ながらキドオカの思惑は空振りに終わる。
何故ならば、エイルには【影縛り】も“呪殺”も効かなかったからである。
「た、確かに【影縛り】は成功した筈っ!それに、精神障壁だとっ!?貴様も霊能者かっ!!??」
「・・・2点、訂正ガアリマス。マズ第一ニ、確カニアナタノ“スキル”ハ効果ガアリマシタガ、シカシ実際ニハ、ソレヲ上回ル“干渉力”ガアレバ、“魔法”デアロウト“スキル”デアロウト打チ消ス事ガ可能ナノデス。アナタノ“スキル”ガドノ様ナ“メカニズム”デ発動シテイルノカハ私デモ解析出来テイマセンガ、シカシコノ世界デ使用スル以上、“魔素”ヲ介シテイルノハ間違イナイデスカラネ。オ父様曰ク、“魔素”ノ特性ハ、情報ヲ書キ換エル事ニアル。ナラバ、一度発動シタ“スキル”ヲ、更ニ“上書キ”スル事モ可能ナノデスヨ。モチロンソレニハ、相手ノ力量ヲ上回ッテイルカ、“魔素”や“魔法技術”ニ対スル、深イ見識ガ必要ナンデスガネ。」
「なんだとっ・・・!?」
以前にも言及した通り、この世界の魔法技術は、あくまで“魔素”を媒介にしている。
しかし一度具現化すると、それ以降は物理現象に準ずる事となるのである。
だから、“魔法”で“魔法”を打ち消す事は(所謂“エネルギー波”同士がぶつかり合う現象は)、基本的には起こり得ない。
もちろん、物理現象に準ずる訳だから、例えば“火”に対しては“水”が有効などの“相性”はあるのだが。
しかし、“魔素”の本質、特性を深く知っていると、通常は不可能とされる、所謂“魔法の無効化”が可能となる。
つまり、エイルが語った通り、相手が起こそうとした現象を更に上書きする事が可能なのである。
実際、これはセレウスやアルメリアの力を借りたとは言えど、アキトはキドオカが出現させた『泥人形』を打ち消す技として披露している。
当たり前だが、しっかりとした手順、プロセスが必要である以上は、それを少しでも狂わせてしまえば“エラー”を起こす事となる。
逆にその“エラー”を上手く活用したのが、アキトお得意の幻術なのであるが、まぁ、ここでは関係ない話なので割愛しよう。
以前にも言及した通り、キドオカら『異世界人』達は、こちらの世界に来た時点で、魔法やスキルの“仕様変更”を受けている。
これは言わば、『TLW』時の理論、システムを、この世界に適合、最適化させた結果なのである。
で、あるならば、彼らの扱う魔法もスキルも、当然“魔素”の影響を受ける事となるのである。
そして、となれば、現代魔法よりも遥かに高い技術を持った古代魔道文明の遺産たるエイルの方が、魔法技術に関する見識は遥かに上なのであった。
まぁそもそも、キドオカらは自分達が扱う力の正体(どのようにして発動しているのか)も知らないで使っているのだが。
「ソレト、モウ1点ハ、私自身ハ霊能者デハアリマセン。タダシ、ソレヲ扱ウ者ノアストラルト“リンク”シテイマスカラ、対霊能機能ヲ備エルニ至ッテイルノデスヨ。アナタヲ相手取ル以上、コレハ絶対条件デスカラネ。」
「・・・変な言い方をする。アストラルをリンク?まるで私の式神の様だな。」
「アル意味近イカモシレマセンネ。アナタガ低級霊ヲ素材トシテ作ッタ式神。ソレト同調スル事デ、アナタハ様々ナ術儀ヲ使用可能ミタイデスガ、ソノ逆バージョンデスヨ。私ガオ父様ニ“リンク”スル事デ、オ父様ノ術儀ヲ使エルノデス。マ、正確ニハ、ソノ“コピー”デスカラ、“オリジナル”トハ異ナル進化ヲ遂ゲテイマスガネ。」
「ちょっと待てっ!・・・では、お前は自分が式神だとでも言うのかっ!?」
「コレハ申シ遅レマシタ。私ハ、『魔道都市ラドニス』製造ノ『魔道兵量産計画』ノ試作機デス。正式名称ハ、『自律思考型魔道人形 試作13号機』。愛称ハ、エイルデス。ツマリ、“ロボット”デスネ。」
「何だとっ・・・!?」
キドオカは驚愕していた。
何故ならば、エイルは彼の常識をいとも簡単に覆す存在だからである。
キドオカ自身、式神という存在を使役する者ではあるが、もちろん式神には自律思考は不可能である。
いや、一応原理的には不可能ではない様だが、そうなると、主人たるキドオカに反抗してしまう恐れもある事から、極めて危険なのである。
(実際に、過去の文献などには所謂“本物の鬼”あるいは“神”に準ずる存在を式神とし、使役していた陰陽師もいるらしい。
当然彼らは、元々は独立した存在であったから、自律思考が可能なのである。
もっともキドオカは、いくら霊能者とは言えど、その技術力は過去の偉大な陰陽師達の領域にまでは辿り着けていなかったのである。)
また、向こうの世界の現代科学でも、これほど流暢にしゃべったり思考したり、戦闘したり出来る人工知能など存在しない。
まして、アストラル、“霊魂”までしっかり持っている存在など、少なくともキドオカは聞いた事すらなかった。
ある程度キドオカは頭の中で情報を整理すると、俄然エイルに大きな興味を抱いていた。
と、言うのも、先程も言及した通り、キドオカの目的は(一応はハイドラスに対する復讐もあるが、こちらは実際にはついでに過ぎない。)霊能力の深遠に辿り着く事、つまりは自身の力を更に高める事だからである。
その為に、“神霊”たるソラテスに近付いた訳ではあるが、それとはまた別ベクトルで極めて完成した存在に近いエイルは、キドオカの興味を惹くには十分過ぎる存在なのである。
「俄然、やる気が出てきましたよっ・・・!何とか貴女を捕獲したいところですねっ!!」
「アナタニソレガ出来マスカネ?スデニアナタノ“魔法”ヤ“スキル”ハ私ニ通用シマセンシ、アナタノ操ル術儀ニモ、私ハ対応出来マスガ?」
「ふふふ、舐めないで頂きたい。私とて、それなりに修羅場を潜り抜けてきた自負があります。この程度の逆境など、乗り越えてみせますよっ!!!」
「ホウ・・・。」
エイルやアキトが意図したのかは定かではないが、エイルの正体を明かした事やエイル自身の挑発めいた言葉がキドオカに刺さったのか、キドオカは当初の目的である『エストレヤの船』の確保から一旦脇道に逸れて、エイル確保を現時点での優先事項に据えた様であった。
その判断が吉と出るか凶と出るか。
それは正に、神のみぞ知る、というところであろうかーーー。
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