悪夢 6
続きです。
・・・
一方、アイシャやリサから更に離れた場所では、ティーネとN2が激しい撃ち合いを演じていた。
「クッ、近付けないっ・・・!」
「クソッ、決めきれないっ・・・!」
そんな中、お互いがお互いに焦りを募らせていたーーー。
以前にも言及した通り、ティーネはエルフ族である。
この世界のエルフ族は武器を選ばない。
つまり、その人間族以上の器用さを存分に活かして、様々な武器を扱う事に長けているのであった。
ただ、その中でも、やはり弓術と精霊魔法に優れた特性を持っている為、どうしても遠距離支援型の様な印象を持ってしまうかもしれない。
実際ティーネも、弓術の腕前、所謂“エイム力”は、アキト達の中でも群を抜いたレベルであった。
ただし、弓矢というのは、当然ながら“弾数制限”が存在する。
あらかじめ所持している矢を打ち切ってしまえば、当然弓は無用の長物となってしまうのである。
もっとも、その点をカバーする上で、他の様々な武器、武術にも精通している訳で、現場において矢のストックがなくなったからといって困る事はそうはないのであるが、今回の場合は相手との相性が悪かった。
N2は『砲撃手』である。
つまり、使っている道具の違いがあるまでも、ティーネと似た様な戦闘スタイルである事は間違いなかった。
ただし、N2が扱う『魔砲』には、所謂“弾数制限”が存在しないのである。
これは何故かと言うと、『魔砲』は物理的な“弾”を撃ち込む訳ではなく、魔法的な“弾”を撃ち込む関係上、理論的には無限にリロードが可能だからである。
もちろん、一応は“魔力切れ”、つまりは“MP切れ”という問題点はあるのだが、ただでさえ彼ら『異世界人』達は、『TLW』時はその世界最強クラスの使い手であった訳だし、多少の“仕様変更”が起こっていても、この世界においても、そのステータスは健在である。
更に言えば、こちらの世界には、“魔力”とか“MP”という概念が存在しない為に、一応は存在していた“弾数制限”が、この世界では完全になくなっていたのである。
(もちろん、リロードタイムや【チャージショット】などのスキルを使用した後に、一定のクールタイムがあるなどのデメリットも存在してはいるのだが。)
つまり、物理的な制限のあるティーネと、多少のデメリットはありつつもそうした制限のないN2では、圧倒的にN2の方が有利だった訳であった。
ただ、それでも一方的な展開にならないのは、これはN2が(ゲームならともかく実戦においては)素人に毛が生えた程度の使い手であると同時に、相手がただでさえ高い身体能力を誇るエルフ族、かつ“レベル500”の恩恵+豊富な経験を持つティーネであったからである。
少なくとも、“殲滅力”という意味では(つまり、狙いも何もないなく、ただ弾幕を張って“面制圧”をする事は)N2の力は優れていたが、一対一のタイマンにおいては、自分の手持ちの武器やスキルなどを遺憾無く発揮出来るだけの経験や技術が、圧倒的にN2には不足していたのであった。
とは言えど、今のところ戦況は膠着状態であった。
これは、早々にティーネが矢のストックを打ち切ってしまった為であり、後の彼女の手持ちの武器は、剣などの近接戦闘用の武器しかなかったからである。
もっとも、彼女には精霊魔法という奥の手があるのでその場は何とかしのいでいたが、先程も述べた通り、技術的には素人レベルとは言えど、その実質的にはほぼ無制限に近いN2の弾幕攻撃によって、中々近付けずにいたからである。
一方のN2としても、ティーネが遠距離用の武器、つまり矢を使い果たした事で俄然有利な状況になったにも関わらず、技術的にも経験的にも、ティーネには遠く及ばない事が災いして、決め手に欠けていた訳である。
仮に、N2に正確な“エイム力”と強かさ、経験があれば、ティーネの避ける方向を予測しつつ、弾丸を置いておく、誘導するなどの戦略を立てる事も出来たのであるが、残念ながらそんなものは彼に存在しておらず、結果、とにかく弾幕をバラまいて、相手が近寄って来れない様にする事しか出来なかった訳であった。
もっとも、この膠着状態は長くは続かない。
何故ならば、戦場における緊張状態と集中力を維持し続ける事が、N2には困難だったからである。
ここら辺も、N2ら『異世界人』達が持ち合わせていない経験値の差であった。
それに・・・。
「・・・やってやるっ!」
N2は、ここで切り札を使う事にした。
以前にも言及したかもしれないが、N2らは、この世界にやって来た事で、様々な“仕様変更”を受けるハメになった。
その中で、彼らにとって手痛い変更点は、『UI』を開けなくなった事である。
つまりは、ステータス画面が開けなくなった事によって、彼らが持っていた武器やアイテムを、新たに引っ張り出す事が出来なくなってしまったのである。
まぁ、ここら辺は現実的な観点から言えば当然の事である。
現実には『UI』など存在しないからである。
それ故に、自身が身に付けていた、つまりは召喚された時点で具現化していた物だけが、彼らの手もとに残る事となったのである。
当然ながら、中には今身に付けていた武具よりももっと良い物もあったかもしれないが、ないものねだりしても仕方ない。
そう思って、今日まで過ごす事となっていた。
ところが、ここで少しばかり疑問に思う事がある。
では、こちらも多少の“仕様変更”はあったものの、どうして彼ら『異世界人』達は、『TLW』時に習得していた魔法やスキルを、こちらの世界でも問題なく扱えるのであろうか?
もちろん、『TLW』が、世界初のVRMMORPGであり、仮想空間にどっぷりと浸かれる事をコンセプトにしている、現実と遜色ないほどの没入感をコンセプトにしているといっても、やはり使い勝手が悪いのはプレイヤーにとってはマイナス要素でしかない。
故に、こちらも本来ならば『UI』を用いて操作する類のものなのである。
その答えは、実はどちらももはや『UI』が必要ない事と、後はある種の思い込み、なのであった。
ここで、彼ら『異世界人』をこちらの世界に喚んでしまった『失われし神器』・『召喚者の軍勢』の効果を改めて整理しておこう。
大雑把に言えば、『召喚者の軍勢』の効果は、データを基に、それを再構築する事なのである。
それ故に、旧・ルダ村を襲った『モンスター災害』の様に、どこからか引っ張ってきた魔獣やモンスターのデータから、それを再構築、すなわち顕現、出現させる事を可能としていたのである。
例えるならば、『3Dプリンター』の様なものだ。
データと素材さえあれば、似た様な物を作り出す事が可能なのである。
この場合は、データは『異世界人』達のアカウントか何か、素材は、おそらく魔素であろう。
で、あるならば、様々なデータは、『異世界人』達に付随していてもおかしな話ではないのである。
その証拠に、先程も述べた通り、彼らは魔法やスキルは問題なく使用している。
では、何故、『異世界人』達は、魔法やスキルは使えるのに、アイテムや武具は使えない、いや、正確に言えば、引っ張り出せないと思っているのか?
その答えは、先程も述べた『UI』が開けない事によるある種の思い込みと、そもそも“覚えていない”、である。
ゲームを経験した者ならば分かると思うが、案外、ゲーム上のデータはかなり膨大である。
スキル一つ取っても、覚えられる、身に付けるスキルはかなりの数となる。
もっとも、その中で使うもの、使用頻度の高いものというのは、意外と限られてくるものなのであるが。
もちろんこれは、各々のプレイスタイルによって変わってくるのだが、自分がもっとも多様するスキルや魔法は、空で覚えていても不思議な話ではないのである。
逆に言えば、あまり使わない、使用頻度の低い魔法やスキルの事は、正直覚えていないのである。
ここら辺が、『UI』が使えない事の弊害でもあった。
当たり前だが、魔法でもスキルでもアイテムでも武具でも、持っているだけではあまり意味はない。
特にアイテムや武具は、『UI』を介して視覚的に確認出来ないので、本来は“アバター”に付随してデータとして彼ら『異世界人』達にはそれらのデータも一緒に持っているのだが、それを覚えていないので(それに、『UI』を使えないので、アイテムや武具を変えられないだろう、というある種の思い込みもあって)、引っ張り出す事が出来なかったのである。
だが、実はN2は、その思い込みから脱却する事が出来ていたのである。
これは何故かと言うと、謎のパワーアップによる身体的な変化と、そもそも彼のスキンが、エルフ族っぽかった事に由来する。
以前にも言及した通り、彼のスキンは、この世界においては良い影響をもたらさなかった。
何故ならば、この世界の住人、特に人間族にとっては、他種族・異種族は差別の対象だったからである。
もちろん、それは国によっても大分価値観は異なるのだが、特に異民族や他種族・異種族に挟まれる格好となっていたロンベリダム帝国では、他種族・異種族に対する差別意識がより顕著だったのである。
そして、その“エルフ耳”のスキン上、N2は『神の代行者』としての名声がありつつも、他の者達がチヤホヤされる中で、自分一人だけ奇異の目で見られる、腫れ物に触る様に避けられる、という経験を味わったのであった。
それによって、彼は自身のスキンをエルフ族っぽくした事を後悔し、どうにかスキンを変えられないかと考えていた訳であった。
そこへ来て、例のパワーアップによって、アーロスらに現れた様に、“金色の瞳”、つまりは原因は不明だがスキンが変化した事を目の当たりにした訳である。
そこで、N2は思い至った。
もしかしたら、『UI』なしでも、スキンを変えられるのではないか?と。
更には、もしそれが可能ならば、もしかしたら装備類なんかも変えられる可能性があるのでは?、と。
そして、その結果が、今、という事であった。
「やったぞっ!思った通りだっ!!」
N2は、今まで存在しなかった武器を具現化出来た事に喜びの声を上げていた。
そこに現れたのは、今までN2が所持していた『魔砲銃』と似た様な代物であったが、それに見覚えのあった彼は、自身の仮説が正しかった事を確信していた。
「これならっーーー!!!」
・・・
「なに・・・?今、何もなかったところから、急に物体を出した様に見えたけど・・・。」
「なんやぁ〜、何かマズそうやなぁ〜?ありゃ、ウチの幻術とはおそらく別モンやな。」
「あ、ヴィーシャ殿。」
「手ぇ貸すで、ティーネはん。」
「助かります。中々近付けないので、少々困っていたところですからね。・・・しかし、あれを見て、迂闊に近寄っても良いものかどうか・・・。」
「確かにな。とりあえず、あれがどんなモンか見極めといた方が良さそうや・・・。んじゃ、耳かしや。」
「く、くすぐったいのですが・・・。」///
「そんな場合とちゃうやろっ!」
・・・
もちろんN2とて、流石にアイテムや武具を全部覚えていた訳ではない。
そもそも、最強装備を持っている現時点では、レベルの低い装備などに変えるメリットもない事であるし。
しかし、その中において、使い勝手の良いアイテムとか、最強装備には劣るが、耐性とか性能面で優秀な武具なんかも存在しており、それについては、完全にN2も覚えていたのである。
ここで、“The Lost World~虚ろなる神々~”における、武器、特に遠距離用の武器における仕様について簡単に説明しよう。
『TLW』では、特に遠距離用の武器には、攻撃力の他に、“命中率”というモノが存在する。
現実的に考えれば、これは当然の事である。
当たり前だが、どれだけ“エイム力”に優れた者でも、百発百中で的に当てる事は出来ないし、武器の種類によっては、そもそも“最大有効射程距離”が違う事もあるからだ。
それを『TLW』に落とし込んだのが、この攻撃力と命中率なのである。
攻撃力は簡単だ。
これが高ければ高いほど、相手に与えるダメージ量が増える。
故に、攻撃力が高ければ高いほど優れている様に見えるが、しかし、ここでもう一つの命中率が重要な要素となってくる。
命中率が低ければ、それだけ相手に当たりづらくなる。
例えば、命中率が90%と、命中率60%では、前者の方が相手に当たる期待値は高くなる訳である。
では、命中率90%かつ攻撃力が50と、命中率60%と攻撃力が100ならば、どちらの方が優れているだろうか?
もちろん、これはプレイヤーの考え方によっても変わる。
攻撃力は低いが命中性能が高い方が良い、という者もいれば、攻撃力が高い方が良いに決まっている、という人もいるからである。
実際、ゲームにおける数値は、もちろん感覚的な事にはなるかもしれないが、命中率90%のわりに全然当たらない、という事も起こりうるし、逆に命中率60%のわりには、かなり当たっている、という事も起こりうる。
で、N2が現時点で持っている『魔砲銃』は、『TLW』時の最強のレイドボス・“邪神”を最後に相手取っていた関係で、攻撃力・命中率共に最高性能のモノであった。
とは言えど、先程から何度となく言及している通り、“銃”、すなわち“道具”そのものの性能はともかくとして、またN2自身のスキルは、いくら“アバター”自体は優れた性能を持っていても素人に毛が生えた程度だ。
それ故に、せっかくとんでもない性能の武器を持っていても、ことごとくティーネに避けられる事となってしまっていた訳である。
では、絶対に当たる武器があれば、どうであろうか?
そんなチート武器があれば、N2自身のスキルが素人レベルであろうと確実に相手に当てる事が可能であろう。
しかし、現実的観点からも、また『TLW』のコンセプト的にも、“絶対に当たる武器”、すなわち命中率100%、という武器は表向き存在しない。
せいぜい高くても、命中率90%前後が関の山で、それも含めて戦略性の一つだった訳である。
しかし、向こうの世界の神話において、神々の扱う武器の中には、“絶対に当たる武器”、“自動で敵を打ち倒す武器”という、何ともチート染みた武器が存在する。
そして、『TLW』、すなわち“The Lost World~虚ろなる神々~”は、ある種『神話』が題材の一つとなっているから、そうしたぶっ壊れ武器があったとしても特段不思議は話ではないのである。
もちろん、物語、ゲームのバランス上、そうしたぶっ壊れ装備は、所謂“隠し要素”・“やりこみ要素”の一つである。
何せ、そうした武器が簡単に手に入ってしまえば、“もうアイツ一人でいいんじゃないかな?”という、多くのプレイヤーのやる気が削がれる要因となってしまうからである。
で、腐ってもN2は、『TLW』時はトッププレイヤーの一人であった。
それ故に、“絶対に当たる武器”、すなわち【魔砲銃・アガーテ】を所持していた訳である。
もっとも、この武器はとてつもない性能を備えているが、弱点としては、使用者の“魔力”・“MP”を非常に食う、という点が存在する。
神々の武器を人間が扱う事のデメリットと、ぶっ壊れ装備をむやみに扱わない様にとの運営の調整が垣間見える案件である。
で、そんな事もあって、N2も所持していたものの、全体的なバランスや、“魔力”・“MP”切れ、すなわち、弾丸を射出出来なくなる可能性に対するデメリットを考えれば、最強のレイドボスである邪神とは相性が悪い。
そもそも、“絶対に当たる”が、現実的には当たった時点で致命傷となっても、あくまでゲームではせいぜいダメージを与えるだけだ。
それに、流石に“即死効果”までは付いていないので(というより、“絶対に当たって即死する”となると、バランスブレイカーが過ぎると判断したのだろう)、実際には使い勝手の悪い武器でもあった。
だが、以前にも言及した通り、こちらの世界には“魔力”、“MP”という概念が存在しないので(これは、おそらく魔素に置き換わっているから、周囲から無限に魔素を供給出来るからである)、燃費の悪さは無視する事が出来る。
更には、自身のスキルとは関係なく、百発百中となる性能は、今現在のN2にとっては、正に理想的な武器なのであった。
自身の左手に、それまでなかった武器が具現化し、それに見覚えのあったN2は歓喜していた。
「これならっーーー!!!」
早速それを使用したN2。
引き金を引くと、問題なく“魔弾”が射出された。
遠巻きにそれを眺めていたティーネは、油断なくそれを回避する。
縦横無尽に森を駆け回るスキルを持っているティーネからしたら、天然の防壁を利用して射線を切る事など造作もない事である。
もっとも、セシルとの戦闘の結果、この場の地形はかなり様変わりしているので、森の真っ只中にありながら、木々が一切ない開けた空間となってしまっていたが、それでも岩や土のくぼみなど、隠れられる場所はいくらでもあった。
この事が、N2が苦戦を強いられた事の最大の要因であるが、しかし、今回の場合は違った。
現実的観点から言えば、“絶対に当たる弾丸”とは、すなわち“自動追尾弾”の事である。
標的が動き回って避けても、どこまでも追いかけていくーーー。
これなら、“絶対に当たる”し、“自動で敵を打ち倒す”事が可能だろう。
「えっーーー!!!???」
ティーネは驚愕していた。
一度避けた筈の弾丸が着弾せず、不自然に方向を変えたからである。
もちろん、かなり目の良いティーネと言えど、もの凄い速度で放たれる弾丸を完全に見る事は出来ないのだが、着弾時の衝撃や音などで、弾丸がまだ健在である事は判断出来たのである。
「くっーーー!!!」
すぐに、回避行動に移る。
理解出来ない事が突然起こったとしても、冷静に対処法を思い付き、即座に行動に移せるティーネの経験値は、やはり尋常ではないだろう。
しかし、そこでティーネを絶望させる事態が再び巻き起こる。
「まだまだっーーー!!!」
「えっーーー!?」
放たれる“魔弾”が一発とは限らない。
アガーテの効果を確認したN2は、続けざまに複数発弾丸を射出する。
もの凄い速度で迫りくる、しかも複数の避けても追ってくる弾丸に、流石のティーネも次第に追い込まれていった。
そもそも、ここまで避けきる事が出来てる時点で、ティーネの能力の異常性を物語っているが。
「きゃあぁぁぁぁ〜〜〜!!!」
プシュンッーーーー!
しかし、さしものティーネもいよいよ避けきれなくなり、その凶弾が彼女を貫いてしまう。
「よしっ!!!」
N2はそれを確認すると、短く勝利の咆哮を上げるのだったーーー。
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