悪夢 4
続きです。
◇◆◇
アキトとアーロスが一騎打ちの構図になる中、アーロスの仲間であるドリュース、ウルカ、N2、そして、本来はアキトらと事を構えるつもりのなかったキドオカも、なし崩し的に戦闘に雪崩れ込む事となってしまった。
特にアーロスの近しい友人であるドリュースは、いち早くアーロスへの援護を敢行すべく動こうとした。
もっとも、その目論見は空振りする事となる。
何故なら、
「行かせないよぉ〜。」
「・・・できれば退いて欲しいんだけど・・・、それは出来ない相談なんだよねぇ〜?」
「クッ!」
「どうしても押し通りたいのならば、我々を倒してからにして下さい。」
「もっとも、あんさんらにその覚悟があるんなら、やけどな?」
そこには、アイシャ、リサ、ティーネの三人娘と、ヴィーシャが立ち塞がったからであるーーー。
・・・
ここで、一旦話は遡る。
それは、まだアキトらが仮の拠点にいた時の話である。
「私達が召喚士達の相手をするの?」
「普通逆じゃない?ま、ダーリンに苦手な距離がない事は知ってるけどさぁ〜。」
アーロスらの異変に気付き、彼らの進攻を止めるべく急遽作戦会議を開いたアキトは、仲間達にその概要を説明していたのである。
「まぁ、落ち着きや、アイシャはん、リサはん。旦那はんには何や考えがあっての事やろ。せやろ、旦那はん?」
「ええ。もちろんです。」
アキトの作戦に納得のいかなかったアイシャとリサが、そう不満を表明する。
それに、ヴィーシャが待ったをかけて、アキトに詳しい説明を促した。
「確かに、僕らの中で近接戦闘の専門家はアイシャさん、次点でリサさんでしょう。もちろん、シュプール式トレーニング方法によって、全体的なバランスを底上げしているので、皆どの距離も苦にしない様にはしてありますけどね。」
フムフムと頷くとアイシャら。
アキトの持論と経験則からであるが、戦闘における役割分担というのはもちろん大事なのであるが、しかし実際には、それが全て徹底出来ない事も往々にしてある。
ゲームにおける役割分担は明確である。
前衛や後衛などと、それぞれ得意・不得意がしっかりと特徴付けられており、その特徴を活かして例えば近接アタッカー、タンク、バッファーやデバッファー、遠距離アタッカー、あるいは魔法アタッカー、ヒーラーなどの役割を各々が担う。
そして、それで、戦闘も特に困った事にはならないのであるが、しかし現実的な問題としては、自身の得意とする仕事に終始出来ない事も往々にしてあるのである。
再三述べている通り、この世界は、ゲーム的な世界観を持っていても、あくまで現実の世界である。
故に、例えばヒーラー、つまり物理的にも魔法的にも、戦闘職でなかったからと言って、“私はヒーラーなので、戦闘には参加しません。”、という訳にはいかない。
もっとも、それも、先程も述べた通り、人間には得意・不得意が存在するので、ある程度は仲間内でフォローし合う事は出来るが。
ここら辺は、冒険者パーティーもやっている事なので、基本的にはゲームなどと同様に冒険者達も役割分担をする事でお互いをフォローし合っているのだが、では仮に、乱戦となった場合はどうすれば良いのであろうか?
当たり前だが、敵がご丁寧に順番待ちをしてくれる訳ではない。
故に、冒険者パーティーがとある魔獣やモンスターと争っている時に、他の魔獣やモンスターが乱入して来た場合、一気にピンチに陥ってしまう事だろう。
何故ならば、もう、それぞれが各々のポジションに付いているからである。
基本的な構図としては、アタッカーやタンクが前線に立ち、魔獣やモンスターの注意を引き付けている。
という事は、仮に他の魔獣やモンスターが乱入してきた場合、後衛の者達は、そちらは自分達で対処しなければならないという事である。
もちろん、後衛にはアーチャーを配置しておく事がある意味基本であるから(また、この世界の特殊な事情により魔法使いや魔術師が冒険者パーティーに在席している事は滅多にないが、仮にいた場合は魔法アタッカーとしての戦闘力は期待出来るが、やはり肉弾戦などの近接戦闘は苦手としている事が多い。)、一応の攻撃手段を持っている事も多いのだが、しかし、当然ながら弾数制限は存在するので、それだけではあっという間にやられてしまいかねない。
そこで、ベテランになればなるほど、そうした役割分担に縛られない訓練を積んでいるものなのである。
すなわち、前衛職であろうと、自身の得意な獲物の他にも、遠距離に対処する術を心得ているし、後衛職であろうと、近接戦闘に対処する術を心得ているのである。
これによって、いざと言う時に対処する事が可能となるし、結果それで生存率が上がる、という訳である。
もっとも、これはドロテオらも懸念を表明していた訳であるが、特に若手や初級冒険者は、こうした事を理解していない事が多い。
故に、パーティーを組んでも、そうした役割分担の罠に引っ掛かってしまい、想定外の事態に対処する事が出来ず(そうした術を持っておらず)、結果命を落としてしまう事故が多発してしまっている訳である。
(もっともこれに関しては、アキトらと協力し、冒険者育成学校を創設した事によって、ある程度はそうした若手冒険者や初級冒険者らの事故に歯止めをかける事が出来ている。
今はロマリア王国の一部での運動に過ぎないが、それが他の冒険者ギルドにも波及すれば、今後そうした事故は激減する事になるであろう。)
長年森での生活に慣れていたアキトは、その事を熟知していた。
それ故に、あらゆる武術、技術をまんべんなく鍛えており、結果として苦手分野、苦手な距離を作らない様にしていたのである。
そしてそれは、アイシャらにも徹底していたのである。
種族的特性などを踏まえると、間違いなくアイシャ、リサの得意分野は物理アタッカー、すなわち、近接戦闘に特化した前衛職である。
ただ、同時に遠距離戦闘は不得手になってしまい、それが弱点となってしまう事も往々にしてあった。
もちろん数の優位性があるとは言えど、圧倒的な膂力を備える鬼人族やドワーフ族と、曲がりなりにも人間族が渡り合えたのは、そうした弱点を上手く突いたからである。
では、その弱点がなければどうか?
当然、それは相手にとっては脅威であろう。
そして逆を返すと、これは、そのまま他の者達へと対処する手段となり得る。
つまり、相手のセオリーを打ち崩す事が可能となるのである。
改めて、今回の場合のポジションを考えてみよう。
アキトらからは、近接戦闘に特化した専門家はアイシャとリサ。
対して、アーロスらはアーロスが、近接攻撃に特化した使い手である。
数の上では、アキト、アイシャ、リサ、ティーネ、ヴィーシャ、エイルの6人対、アーロス、ドリュース、ウルカ、N2、キドオカの5人でアキトらの方が優位だが、ここで忘れてはならないのが、アーロスらが謎のパワーアップを果たしている点であろう。
故に、順当にアーロスにアイシャやリサをぶつければ、こちらは間違いなくアイシャらが有利だが、では、多彩な攻撃手段や防御手段を持つ召喚士であるドリュース、回復役であるウルカ、遠距離戦闘の専門家であるN2、独自の技術を持つニンジャであるキドオカはどうすれば良いだろうか?
ハッキリ言って、厄介なのはこちらの方だ。
少なくとも、まず回復役であるウルカは真っ先に潰しておきたい、と考える事だろう。
しかし、それは当然相手も分かっているから、彼女は後ろに配置されるし、その間にはドリュース、N2、キドオカが立ちはだかる事となる。
更には、アキトらの中では、ヴィーシャだけは“レベル500”に到達していない事も、大きな不安要素だ。
となれば、先程述べた相性の有無を考えると、アイシャとリサをアーロスではなく、こちらの後衛組の攻略に組み込むのが、もっとも安全性、確実性が高い訳である。
「もっとも警戒しなければならない点は、相手方に優位な環境を作らない点です。数の上ではこちらが有利ですが、個々の能力に加え、連携によって、その不利は容易に覆す事が可能ですからね。ならば、相手方を分断し、個々に撃破するのがもっとも理想的ですが、そうなると、当然ながらこちらも連携を上手く活用する事が出来ません。以前のままの彼らならば、それでも何とかなったかもしれませんが、“強制”限界突破を果たした彼らの力は未知数です。個別に対処するとなると、あるいはこちらの方が不利となりかねない。特に、ヴィーシャさんだけは、まだ僕らの中で“レベル500”に到達していませんからね。」
「なるほどね・・・。」
「なんや、ウチが足をひっぱってもーて、申し訳ないなぁ〜。」
バツの悪そうな表情のヴィーシャさんに、僕はフォローをする。
「いえ、そんな事はありません。そもそも、これは皆に言える事ですが、それぞれに得意分野や持ち味がありますからね。ヴィーシャさんの、その頭脳と幻術は僕らの大きな戦力となります。その事を気に病む必要はありませんよ。」
「そーそー、ヴィーシャさん。」
「ってか、そもそもの基準がおかしいからね?普通なら、S級冒険者相当に到達しているだけで十分とんでもない事だからさぁ〜。ま、ボクらが言えた事じゃないんだけどねぇ〜。」
「・・・ソウ考エルト、アイシャ・サン達モ十分ニ化ケ物デスヨネ〜。」
「ま、まぁ、主様に鍛えられましたからねぇ・・・。」
・・・何だか、言外に僕のせいの様な言い方が若干気になるが、まぁ、それは否定出来ないからここではツッコまない事にしよう。
「そこで、別のアプローチですよ。相手方の一部を、部分的に分断するんです。少なくとも、純粋な前衛職は彼らの中ではアーロスくんだけです。彼をパーティーから切り離す事で、彼らの連携能力を半減する事が可能です。少なくとも、彼なしに近接特化のアイシャさんとリサさんを相手取るのは、相手にとっては厄介極まりない事ですからね。」
「しかし、そう上手くいくんかいな?あ、いや、旦那はんの力量を疑っとる訳やないんやが、流石に相手も、パーティーの存在意義や連携の重要性なんか熟知しとる筈やろ。」
「おそらく、それは問題ないかと。少なくとも、アーロスくんは何故か僕の事を目の敵にしています。まぁ、その理由にはある程度察しは付きますが、今はそこは重要ではない。ここで重要なのは、ある程度挑発すれば、ほぼ間違いなく僕に向かってくる事です。それに、これはある種セオリーでもあります。相手からしたら、“魔法使い”である僕は、真っ先に潰しておきたい脅威ですからね。遠距離から大出力の攻撃をされたら、いくらパーティーの連携が上手く機能していたとしても、一気に戦況を覆されかねないですからね。彼への個人的な感情はともかくとしても、アーロスくんが僕を潰そうとするのは、戦略上間違った判断ではない・・・。と、相手方も考える事でしょう。」
「それで、アーロスをアキトが相手取ってる間に、相手の後衛組を私らで撃破しちゃおう、って訳だね?」
「そうです。アイシャさん、リサさん、ティーネ、ヴィーシャさんの4人で掛かれば、相性的にも人数的にもこちらが優位ですし、4人で連携すれば、ヴィーシャさんのレベル不足をフォローする事が可能です。それどころか、ヴィーシャさんの指揮能力と幻術を上手く組み合わせれば、非常に効率的に撃破する事すら可能でしょうからね。」
僕がそう総括すると、リサさんが疑問の声を上げる。
「え?けど、もう一人いるでしょ?あの、怪しげな感じの人。彼も合わせると相手も4人だよね?」
「ああ、キドオカさんですね。実は、彼がアーロスくん達の中で一番厄介な使い手だと思われます。おそらく彼が、ロマリア王国で起こった『泥人形騒動』の主犯である事は間違いありませんからね。で、それをどの様な手段で行っていたかまでは明確には分かっていませんが、もしかしたら僕らの知らない『失われし神器』を用いた可能性もありますからね。ただ、僕の見立てでは、それは彼自身の能力によって起こした事だと考えています。何故なら彼だけ、明確に霊能力の使い手であると思われるからです。」
「霊能力?では、彼には主様やアルメリア様と同じ様な事が出来る、という事ですか?」
「まぁ、彼が正規の限界突破を果たしている可能性は、それも無きにしもあらずですが、おそらく元々霊能者だった可能性が高いと思われます。いくら“レベル500”に到達していても、それをフルに活用する事が出来ないと、おそらく限界突破の試練を乗り越える事は不可能だと思われるからです。」
「・・・確かに。今の私達も“レベル500”に到達してるけど、それでもエキドラス様に勝てる未来が見えないもんねぇ〜。」
アイシャさんは、僕とエキドラス様の死闘を思い出したのか、そんな感想を呟いていた。
まぁ、正直今のアイシャさん達ならやってやれない事はないかもしれないが、その場合も相当綿密な作戦を立て、準備を怠らず、彼女達のこれまでの経験や応用力を駆使して、ようやく勝率は五分五分ってところかもしれない。
逆に言えば、アイシャさん達ですらそれなのであるから、単純にレベルの上でそこに到達しているだけの素人では、エキドラス様には歯が立たない、と僕は思ったのである。
まぁもっとも、限界突破の試練が、エキドラス様に打ち克つ事だけとは限らないので、それもおそらく、になってしまうんだけどね。
「まぁ、そうした事もあって、僕はともかく、彼がアルメリア様ほど霊能力の使い手ではないと思われますが、しかし、そうなるとこちらでも対処出来る人材は限られてきます。つまり、僕かエイルだけが、彼の霊能力に対応出来る訳ですね。もっとも、僕は先程も述べた通り、アーロスくんの対応に手を取られる事となるでしょうから、必然的に彼の相手はエイルにお願いする事となりますが。」
「了解シマシタ、オ父様。」
「ああ、そういう事。道理で、エイちゃんの名前がないと思った。」
僕の言葉に、皆納得していた。
以前にも言及した通り、エイルは見た目こそ人間種にそっくりだが、あくまで『魔導人形』、すなわちロボットである。
だが、彼女が特筆すべき点は、神々へと対抗する為に造られた存在であり、アストラル、すなわち霊能関連へと対処する術を持っている点である。
もっとも、彼女自身は、それが未完のまま現代まで眠り続ける事となった訳であるが、何の因果が、現代で僕と出会った事で、僕のアストラルと繋がり、その人工霊魂を完成させるに至っている。
その事によって、彼女はその製造コンセプトを真に果たす事となった。
すなわち、実体を持たない神々に対抗する為の兵器として完成した訳である。
まぁ、そうした難しい話はこの際置いておくとしても、つまり僕やアルメリア様方を除いて、僕の仲間の中で対霊能力分野に対応に出来るのは彼女だけなのであった。
もちろん、仲間達もその事は知っているので、キドオカさんにエイルが対処する事に納得していた、という訳である。
「では、作戦をまとめます。まず、僕が一人でアーロスくんと戦います。そして、その間に、ドリュースくん、ウルカさん、N2さんの3人は、アイシャさん、リサさん、ティーネ、ヴィーシャさんの4人で攻略して下さい。そして、残りのキドオカさんを、エイルが抑え込みます。」
「了解!」「分かった。」「御意。」「任せてや。」「リョ。」∠(`・ω・´)
「なるべくなら、殺傷せずに追い返せたらそれに越した事はありませんが、これは出来たらで構いません。僕らにも譲れない理由がある様に、向こうにも譲れない理由があるでしょうからね。下手な仏心を出して、こちらがやられてしまっては元も子もないですし、彼らが強制“限界突破”を果たしている以上、こちらも手加減する余裕はないですからね。」
「見知った顔だから多少やりづらいけど、そこは任せてよ。」
「戦う以上は、命のやり取りだからねぇ〜。」
「まぁ、彼らに武人としての覚悟があるかどうかは分かりませんが・・・。」
「そりゃ関係ないで、ティーネはん。戦いは遊びやないんやからな。」
「逆ニ言エバ、後退シタラ深追イスル必要ハナイ、ト?」
「まぁ、多少甘いとは思うけど、その通りだよ。別に僕らも、殺戮が好きな訳じゃないからね。もっとも、話し合いで解決出来ればそれに越した事はないんだけど・・・、まぁ、望みは薄いだろうね。」
「リョ。」∠(`・ω・´)
・・・うん。
前から気になっていたんだけど、エイルのそれは何なんだろうか?
最近のお気に入りのポーズなのかな?
などと、割とどうでもよい事を考えながら、僕は仲間達の顔を見回した。
皆一様に僕に頷き返す。
そこには、すでに覚悟の表情が窺える。
相手が顔見知り、知り合いとは言えど、仮に殺し合いに発展したとしても、それを躊躇する事なく返り討ちにする覚悟である。
僕は、それに頷き返し、そして宣言する。
「決まり、ですね。では、速やかに撤収の後、“聖域”に向かいます。一応、最初は対話を試みますが、それが決裂したら、後は予定通りで。」
僕の言葉に皆、力強く頷いた。
こうして、話は現在に繋がる訳であるがーーー。
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