悪夢 3
続きです。
◇◆◇
「シッ!」
「っ!!!???は、はやいっ!!」
ズガアァァァーーーンッ!!!
「アキトッ!?」「ダーリンッ!?」「主様っ!?」「旦那はんっ!!」「オ父様っ!!」
矢の様なアーロスくんの速攻に、僕は驚きの声をあげていた。
その後、剣での攻撃とは思えないほどの衝撃音に、アイシャさん達は焦りの声をあげて立ち止まってしまう。
・・・確かに、以前に比べても明らかにパワーもスピードも上がってはいるが、流石にそれで倒されるほど僕もヤワじゃない。
「大丈夫っ!予定通り行こうっ!!」
思わず引き返しかけたアイシャさんらに、土煙が上がる中僕はそう問題ないと答える。
それにホッとしたのか、アイシャさんらは再び踵を返して、ウルカさんらに向かっていった。
「おらっ!!」
「っ!!!」
「おらおらおらっ!手も足も出ねぇ〜だろっ!!!」
「クッ!!!」
先程も感じた通り、確かにアーロスくんの力は、以前よりも数倍増している。
少なくとも、単純な身体能力、戦闘能力で言えば、“レベル500”、かつ限界突破を果たしている今現在の僕よりも、更に上回っている印象である。
・・・あるのだが、だからと言ってそれがどうした、というのが僕の正直な感想であった。
その証拠に、最初こそ驚いたものの、すでに僕は彼の攻撃に対応しつつあった。
まぁ、端から見れば、それにアーロスくんからしたら一方的な展開に見えるのかもしれないが、実際には僕は彼の攻撃をことごとくさばいていたりする。
「クソッ!チョコマカと逃げ回りやがってっ!!この腰抜けヤローッ!!」
「そりゃ逃げますよ。僕はMではないので、わざわざ痛い思いはしたくありませんからねぇ〜。」
「クソがっ!!ムカつくヤローだぜっ!!これならどうだっ!!“二刀流”っ!!」
アーロスくんは、逃げ回る僕に痺れを切らしたのか、手数を増やす為にもう一方の獲物を抜いた。
所謂、『二刀流』である。
確かに、単純に攻撃の手数が二倍になるのは脅威なのだが、僕からしたらそれは悪手でしかなかった。
何故なら、
「ほらほら、簡単に挑発に乗っては行けませんよ。攻撃が雑になってますよ?それに、手数が増えるのは一見有利ですが、反面隙が生まれる事となりますよ?」
「テメェッ!!」
怒り、正確には興奮状態になる事は、物語やゲームなんかではバフになる事も多いが、実際にはデメリットの方が多い。
スポーツなんかでも冷静さを欠くと、仕事が雑になったり、思考が単純化されたりと、その人本来の持ち味を失う事もよくある話だ。
それに、二刀流と言うのは、一見するとカッコいいのだが、それを使いこなすのは非常に難しい。
何故ならば、単純に力が乗らないからである。
案外、刀剣というのは、実際にはそこまでの重量はない。
日本刀で平均1kg前後、西洋の剣も、片手剣でやはり平均1kg前後、両手剣で3kgほどなのだそうだ。
なので、両手に一本ずつ刀剣を装備するのは理論上可能なのだが、重さがない、という事は、もっとも重要な“速度”が乗らない、という事でもある。
逆じゃないか、という意見があるかもしれないが、ここで人間の“可動域”がネックとなるのだ。
当たり前だが、人間の手足は、軟体動物の様にグニャグニャとは曲がらない。
それ故に、動かせる範囲というのは限られてくるのである。
しかも、獲物を持たなければボクシングの様な素早いコンビネーションが可能だが、獲物、すなわち刃物を持つという事は、更にその動きに制限がつくのである。
(当たり前だが、右腕の軌道を無視して左腕を動かせば、下手したら自身の右腕をぶった斬る事となってしまう。
それ故に、『二刀流』の場合手数こそ増えるが、そのパターンはかなり限定されてきてしまうのである。
しかも、片方の腕を振る=遠心力も発生するから、もう片方の腕を振る場合、力が乗らない、なんて事も往々にしてある。
もっとも、今現在のアーロスくんの化け物じみた力、腕力や膂力ならばそのデメリットは無視出来るかもしれないが、それでも人間である以上“可動域”の問題から逃れる事は出来ないのである。)
これが分かっていると、例えば一撃目が袈裟斬り(自分から見て、左肩→右腰)だったら、当然剣の軌道的に相手の右側は死角となるし、“可動域”的にももう片方の手では対応出来ないので、上手くかわす事さえ出来れば(まぁ、それが一番難しい事なのであるが)、絶好の隙を捉える事が可能なのである。
逆に一刀流の場合、獲物を両手で扱っているので、素早く回転斬りへと移行する事も可能だ。
この様に、一見すると有利そうに見えても、実はデメリットが多い事柄は結構ある。
よほどの達人でもないと、二刀流を使いこなす事など不可能なのである。
それに、
「クソっ!なんなんだよ、その杖っ!?全然斬れやしねぇっ!こっちは、両手とも神話級装備だってのにっ!!」
「神話級・・・?“神話級”装備、ってところですか。確かに、神々が鍛えた武器なら自信を持つのは分かりますが、こちらも神々に由来する武器なんでね。ただの木材と侮らない方がいいですよ?」
「クソがっ!!」
一応、僕の得意分野は魔法技術だが、それと同時に棒術、杖術、槍術、つまり“魔法使い”として持つ“杖”を使った近接戦闘術も、一通り習得済みである。
そして、剣に対して槍や棒、杖などの長物は、かなりの優位性を持っているのだ。
しかも、『ルラスィオン』は、祖霊の樹をベースに作られている。
祖霊の樹はそんじょそこらの鉱物よりも硬いし、ある意味こちらの世界の神話に由来する背景も存在するから、おそらくこれを破壊するとなると、本物の神々の武具でない限り不可能に近いかもしれない。
少なくとも、あくまでゲーム由来の武器では、傷付ける事すら敵わないだろうなぁ〜。
完全に形勢を逆転させる僕とアーロスくん。
ま、元々前世では武術に関しては素人同然だった僕だが、こちらの世界ではもう15年以上戦う術を研鑽してきたのだ。
驚異的な身体能力、こちらの世界では見られない様な珍しいスキルはあるものの、同レベル帯ならば、当然各種技術に勝る僕がアーロスくんに負ける道理がないのである。
まぁ、逆に言えば、いくら武術や技術があっても、彼ら『異世界人』と同程度のレベルや身体能力がなければ、その圧倒的な身体能力故に、戦いにおいては素人同然でも、これまでは何とかなってしまったんだろうけどね。
「何でだっ!パワーアップした筈なのにっ・・・!!」
アーロスくんはそう呟いた。
彼とやり合うのは二度目だが、以前は決着がつかなかったものの、僕に劣っていた事は自覚していたらしい。
だが、パワーアップを果たした事で、今度こそ僕を圧倒出来ると思っていたのだろうが、実際にはそう単純じゃないんだよねぇ〜。
「確かに、貴方の力は以前よりも数段増しています。単純な身体能力なら、今の僕よりも勝っている事でしょう。しかし、圧倒的な身体能力だけで何とかなるほど、スポーツも武術もそう単純ではないのですよ?大事なのは、一瞬の判断力、つまり思考能力とバランス感覚です。」
「クソッ!エラソーにっ!!オメェは親や先生かよっ!!!」
「おっと、これは失礼。」
思わずそう説教じみた事を言ってしまった僕に、アーロスくんは益々反発する。
確かに、戦いの中で無駄口を叩くべきじゃなかったかもしれないなぁーーー。
・・・
突然だが、アーロスら『異世界人』達は非常に未熟な精神性を持っている者達が多かった。
もちろん、アラニグラやエイボン、ククルカンの様に、それでも自分の出来る事を探したり、自分のやりたい事をこの世界で導き出した者達もいるので、『異世界人』と一緒くたにまとめるのは些か失礼な話かもしれないが。
では、精神の成長にもっとも必要となるものは何だろうか?
もちろん、それは人によって変わるだろうが、その中でもやはり“経験”というものは、一際大事な要素となってくるであろう。
それは、必ずしも良いものばかりではないだろう。
時に、つらい経験などが、その後の生き方を決める指標にもなったりするからである。
そして、そうした意味では、アーロスらは、その生きた経験が圧倒的に不足していたのである。
いや、誤解を恐れずに言うのであれば、それらを上手く活かす事が全く出来ていなかったのであるーーー。
さて、アキトとアーロスは、見た目こそ同年代だが、その実際の年齢感は親子、下手すればおじいちゃんと孫ほど離れている。
これは、アキトが前世にて没したのが、すでに30代半ばであったからである。
その後アキトは、こちらの世界に転生した訳であるが、ご存知の通り、前世での記憶や経験は、そのまま持ち越す事となっていた。
そこから、15、6年の時を経て“アキト・ストレリチア”として成長し、少年、青年となった訳であるが、一応は肉体年齢に引っ張られる形で精神年齢も若返っている訳であるが、しかし、同時にその全てがリセットされた訳でもないのである。
故に、その見た目とは裏腹にアキトの精神性は、老獪であったり達観していたりするのである。
もし仮に、西島明人として普通に生きていたとしたら、50歳オーバーのオッサンなのだから、それも当然と言えば当然なのだが。
そして、その事が、特にアーロスを苛つかせる要因となっていたのである。
世間一般的に、十代、特にティーンエイジャーと呼ばれる年代の若者達は、特に親や先生などの“大人”に反発する事が往々にしてある。
これは、様々な要因が考えられるが、肯定的に捉えるならば、自分なりの価値観、独自性を育んでいる過程で生じた現象とも言える。
そしてこれは、実際には誰しもが経験する事なのである。
例えば、これは歴史の話になってしまうが、幕末期に黒船来航から倒幕運動に発展した背景には、旧態然とした体制側への不満や弱腰な外交が、特に若者を中心に危機感を募らせた為に起こった事とも言える。
また、1960年〜70年代に巻き起こったヒッピーカルチャーも、既存の道徳観や生活様式に反抗したカウンターカルチャーとして、当時の若者を中心として隆盛を極めている。
ここで重要なのは、どちらも“大人”に対する反発がその根底にある、という事である。
もちろん、若ければ良いと言う訳でも、大人だから悪いと言う訳でもない。
ただ、世代によっては、重要視している価値観に違いが存在しているだけなのである。
もっとも、それが分からずに、“これだから今の若者は・・・。”とか、“汚い大人になりたくねぇ〜・・・。”と、自身の(勝手な)価値観を押し付ける事や、実像も知らずに自分の想像の中の“大人(若者)”を語るのは間違っている。
何故ならばそれは、より一層の対立や反発を生み出す事となってしまうからである。
まぁ、それはともかく。
話を戻そう。
先程も述べた通り、アキトとアーロスは、(トータルで見たら)その見た目とは裏腹にそれこそ親子以上の年の開きがある訳であり、そこには圧倒的な経験値の差がある。
それ故に、アキトからしたら彼ら『異世界人』達は、子供の様に見えてしまう訳であった。
これは、レイナードらにも同じ事が言える訳であるが、彼らの場合は、この世界の特殊な環境柄、精神の習熟が早い事や、自身の知らない事を知っている者を尊敬、尊重する下地が出来上がっている、という違いが存在する。
何故ならば、何度となく言及している通り、この世界にはモンスターや魔獣、盗賊団などの脅威が身近に存在している為に、生き残る為の知識や知恵は、自身の生存に直結するからである。
だから、もちろんアキトにそのつもりはないのだが、仮に上から目線、とまではいかないまでも、相手を子供扱いしてしまったとしても、レイナードらはそれを素直に受け入れる度量、謙虚さがあるのである。
ところが、あくまで向こうの世界の現代社会で生まれ育ったアーロスらには、基本的にそうした下地がない。
故に、口調こそ丁寧だが、妙に達観していて謎の上から目線でマウントを取ってくる(と感じる)アキトに反発する事となってしまったのであった。
これは、先程から述べている、大人に対する反発に似た様な現象であると同時に、ある種の嫉妬心も実は存在していたのである。
ここで、一旦話は変わるのであるが、アキトが前世の西島明人時代に出会ったチームメイトと、実はアーロスらは非常に似通った部分が存在していた。
それは、自身を客観視する事が著しく欠落している点である。
その人物は、高校生時代の明人とサッカーを通じて知り合った人物だ。
当時の明人は、そこそこ名の知れたサッカープレイヤーだったが、その人物とは互角ぐらいの力量でしかなかった。
ただ、ここでとある現象が起こったのであるが、その人物と明人は、徐々に実力差が生まれる事となってしまったのである。
その理由は単純明快である。
それは、練習量の違いだった。
その人物は、サッカーの並外れたセンスと才能を持っていた。
だから、大して練習しなくても他を圧倒出来てしまったのである。
それが、勘違いの元となった。
元々練習嫌いもあって、練習もサボり気味。
しかし、下手に実力があったので、それが許されてしまったのである。
一方の明人は、センスや才能こそその人物には劣っていたのかもしれないが、コツコツと練習を重ねる事を苦にしないタイプであり、徐々のその事が二人の実力差を広げていったのである。
当たり前だが、世の、特にプロのスポーツ選手は、才能なんてあって当たり前であり、なおかつ並々ならぬ努力を積み重ねてその高みに到達している。
生まれ持った才能だけで何とかなるのは、せいぜい初期段階でしかないのである。
仮にその事に危機感を抱いて、あるいは自分と同レベルの存在に感化されて彼自身も努力を積み重ねたとしたら、明人とその人物は、良い意味でお互いを高め合っていけるライバル関係になっていたかもしれない。
“コイツには負けたくない”というのは、特にスポーツにおいては良い成長作用をもたらしてくれるものである。
しかし、彼が抱いてしまったのは、それこそ見苦しい嫉妬心であった。
つまり要約すると、“アイツがいるから、俺は正当に評価されない。”と思い込んだのである。
そうして、自分のこれまでの努力不足を棚に上げて、徐々に華々しく活躍し始めた明人に仄暗い感情を抱いていたのであった。
そして、ついにはサッカー部からフェードアウトしていってしまった。
まぁ、それは残念な話だが、本人にやる気がないのならそれも致し方ない話であろう。
ところが話はそれで終わらず、悪い友人とつるんで、本人的には目の上のたんこぶであった明人に対する嫌がらせを敢行したのであった。
まぁ、そこでの経緯は割愛するが、元・サッカー部の部員と現役部員のトラブルという事で、加害者であったその人物らはもちろんの事、被害者であった明人もその責任を取る形でサッカー部を去った。
仮に、それが外部に漏れてしまった場合、サッカー部全体への影響を考えた結果であった。
その後、その人物らは高校を中退し、結局は裏社会へと消えて行ってしまった様だ。
表向き、明人も、“青春を謳歌する為”という口実をでっち上げて、その実はサッカー部の皆の為に泥をかぶったのである。
結果として、一番割りを食ったのは明人であったが、その経験が、その後の明人の一つの指標となったのである。
すなわち、“どれだけ言葉を尽くしても、分かり合えない人もいる”、という事であった。
さて、では“アーロス”という人物はどうであろうか?
アーロスこと香坂拓海は、特別素行が悪い訳でもなく、ゲームが好きなだけのごく普通の少年であった。
ところが、ルキウスやライアド教が巻き起こした現象によって、アバターの姿でこちらの世界にやって来る事となってしまった訳である。
当初は、妄想の中でしかなかったゲームの様な世界、しかも最強レベルの力を有した状態でこちらの世界にやって来た事で、“自分がヒーローになれる世界”に内心ワクワクしていた訳であるが、その後、アラニグラを介してヴァニタスからもたらされた情報によって、向こうの世界への帰還が絶望的な事実を知った訳だ。
何度となく言及しているが、それは真実である。
少なくとも、すでに向こうの世界での香坂拓海としての肉体は失われているので、仮に帰れる可能性があったとしても、それはアバターである“アーロス”としてである。
だが、アーロスらはその事を信じなかった。
いや、誤解を恐れずに言うのであれば、自分の都合の良い様に解釈してしまったのである。
何故ならば、自分達を呼んだこちらの世界の技術が、自身の想像を遥かに超えた代物であったからである。
だからこそ、その技術があるのであれば、本来は不可能な筈の向こうの世界への、しかも元の肉体での帰還が可能なのではないかと考えてしまった訳である。
それと同時に、アキトが自分達に嘘をついていたと思い込み、悪い意味で、アキトの中の大人の部分への反発と、そして、ある種の嫉妬心(自分よりも優れた力を持っている事)が混じった結果、変な方向にこじらせてしまった訳である。
すなわち、本来敵ではないアキトらを、敵として見なしてしまったのである。
ここら辺は、先程も述べたアキトの元・チームメイトと似通った部分だった。
まぁ、アキト的にはそうした個人の意思は尊重しているし、それで人々に迷惑さえかけなければ、別に自分に賛同してくれなくても構わなかったし、どこでどう生きようとそれは文句がなかった。
だが、あろう事かアーロスらは、ある意味アキトの最大の敵であるハイドラスへと傾倒し、更には、特に深く考える事もせずに、『エストレヤの船』の眠る遺跡類を確保する活動に協力し始めてしまった訳である。
再三述べている通り、アキトは別に英雄になりたい訳でも、変な正義感や使命感を持っている訳ではない。
が、同時に、少なくとも、こちらの世界の友人や知人を見捨てるほど冷たい人間でもなかった。
ライアド教、ひいてはハイドラスの表向きの活動も裏の活動も知っているアキトからしたら、アルメリアに言われるまでもなく、彼らが強力な古代魔道文明時代の技術を手にすれば、間違いなく今現在のこの世界に災いをもたらす事は目に見えていた訳である。
故に、不本意ながらも、こうしてアーロスらとアキトは対立する事となってしまった訳であるがーーー。
誤字・脱字がありましたら御指摘頂けると幸いです。
いつも御覧頂いてありがとうございます。
よろしければ、ブクマ登録、評価、感想、いいね等頂けると嬉しく思います。