不思議な縁 3
続きです。
◇◆◇
世の中には、わざわざ紛争地域へと訪れてしまう人々もいる。もちろんその中には、ジャーナリズム的な観点から、あるいは人道支援的な観点からそうした行動に出る者もいるので一概には良し悪しとは言えないのであるが、またその中には、本当に何の目的もなく、物見遊山で訪れてしまう者達もいるのである。
それで、仮に何からのトラブルに見舞われたとしても、ある意味自業自得なのであるが、ここが“自己責任”のややこしい点である。
そもそも“自己責任”とは、辞書の定義では自分の行動の責任は自分にある事や、自身の行動による過失の場合にのみ自身が責任を負う事、とされている。
しかし、実際には自分の行動の責任を自分で取る事は難しかったりもする。
何故ならば、そこには常に“誰か”が介在しているからであった。
実際、向こうの世界においても、無闇に紛争地域を訪れた末に、何らかのトラブルに見舞われる事件も起きている。
先程の“自己責任”という定義で考えると、仮にその末に命を落としたとしてもそれは本人の責任でしかない、のだが、そうはならないのが現実のややこしいところである。
世の中には、『人質ビジネス』なるものもある。
これは、読んで字の如く、人質を利用したビジネスである。
まず、紛争地域にて異国の者を捕える。
そして、ある程度の情報を引き出し、他国の人間、争っている人間ではないと分かると、捕らえられた者の所属する国と交渉するのである。
“彼、あるいは彼女を開放して欲しくば、身代金を用意しろ。”
と。
これで、上手く金銭のやり取りがあれば開放するし、なければただ単に殺すだけである。
彼らからしたら原資も何も必要としない、非常に美味しいビジネスであろう。
では、仮にそれで開放されたとして、その者は“自己責任”を負えるのだろうか。
答えは否である。
何故ならば、その場合、かなり高額の身代金のやり取りがある訳で、それだけでも相当な大事であるが、それ以上に“武力に屈した”というイメージは、その国にとっては場合によっては大きな痛手となるからである。
当然ながら、国家単位に影響を及ぼすほどの責任をその者が取れる筈もないのである。
と、この様に、自分の行動の末に周囲にどれほどの影響を与えるかも鑑みなければならないし、一個人の人間に取れる責任など、たかが知れている、という事もしっかりと認識して行動しなければならないのである。
まぁ、それが出来ない者達も多いのであるが。
で、件の紛争地域である“大地の裂け目”に突貫してしまったロンベリダム帝国の貴族のドラ息子であるが、彼は正しくアホであった。
言ってしまえば、“平和ボケ”しているのである。
しかし、それ故に、『戦争』という非日常の出来事に強い興味を惹かれ、こうした行動に出てしまったのであった。
では何故、向こうの世界の事例も含めて、彼らの行動を抑止出来なかったのか?、という疑問が出てくるかもしれないが、これはむしろ当然の事なのである。
何故ならば、人々の行動を完全にコントロールする事は難しいからである。
当然ながら、紛争地域への直接的な渡航は制限される事となる。
これは、国家としては国民を守る為であるし、引いては自国の利益を守る為でもあるから、ある意味当然の措置であろう。
しかし、旅行自体を制限する事はない訳であり(まぁ、感染症の蔓延など、非常事態宣言下でならば当然制限も掛かる事となるが)、紛争地域以外への渡航制限など不可能に等しい。
が、当然ながら“世界”は繋がっているので、本気で行こうと思えば、ルートなどいくらでもある訳なのである。
と、この様に、ある程度の注意喚起や誘導は出来ても、最終的に判断するのは、その個人、あるいは団体であるから、人々の行動を制限する事など事実上不可能に近いのである。
それ故に、一定数、こうした無謀な行動に出てしまう者達も現れてしまう訳であったーーー。
・・・
「い、イカルス様、お逃げ下さいっ・・・!ぐ、ぐはっ・・・!」
「げ、ゲオルグッ!!!」
“大地の裂け目”のとある場所。
そこには、それなりに立派に武装した集団が、すでに壊滅状態にあった。
その最後の砦である、ゲオルグと呼ばれた男も絶命し、彼、より一層格好だけは立派な騎士姿の青年、イカルスと呼ばれた男は、ガタガタと震えてへっぴり腰で真新しい剣を抜いた。
「ひ、ひいっ!く、来るなっ、来るなっ!!ぼ、ボクを誰だと思っているんだっ!!!」
「・・・知らねぇ〜よ。っつか、こっちからしたらただの侵入者でしかねぇ〜んだけど?しかも、武装してるとあっちゃ、見過ごす事も出来んだろ、この状況下なら。」
一方、相対する獣人族の一人は、呆れた様にそう言葉を返した。
これについては、彼らの言ってる事が正しい。
紛争地域に近付くだけでも無謀な事なのに、更に武装しているとあっては、敵勢力と判断するのが普通であろう。
しかも、その一団は悠々と“大地の裂け目”側の防衛網に近付いて来たのだ。
まぁ、これは内情を知らなかった愚か者の行動でしかなかったのだが、それ故に迎撃に出たとしても彼らからしたら責められる謂れはない訳である。
「ま、オメェみてぇな小物、斬ったとしても何の自慢にもなりゃしねぇ〜が、こっちもマジなんでな。恨むんなら、テメェの浅はかな頭を恨みな。」
「ひ、ひぃっーーー!!!」
獣人族の男達も、イカルスらが正規の軍属でない事はすでに理解していたが、ここで手心を加えるつもりはなかった。
何故ならば、ここで目の前の男を見逃したとしたら、彼自身は大した事がなくとも、また仲間を引き連れてやって来るかもしれないからである。
事戦争においては、その場は皆殺しにする事によって、その後の被害が少なく済む、なんて事も起こりうるのだ。
それ故に、イカルスの命運はその場で潰えるーーー、筈だった。
「ふんっ!」
「っーーー!!!」
獣人族の男がおもむろに振り下ろした獲物に、もはや悲鳴すら上げる事も出来ずに立ち尽くしていたイカルス。
走馬灯なのか何なのか、その動作はまるでスローモーションの様にゆったりとした見えていた。
もちろん、だからと言って彼が避けられる訳ではなかったのだが。
しかし、
ガキンッ!
「っ!?」
「っ!!!???」
「あぁ〜、わりぃんだけどよ〜、そいつは殺らせる訳にはいかねぇ〜んだわ。」
「な、何者だっ!?」
突如乱入してきた影によって、イカルスの死の運命は回避される事になったのである。
獣人族の男の質問に、その影は軽く返した。
「何、ただのしがない冒険者さ。」
もちろんそれは、イカルスを探しに来ていたレイナードであったーーー。
以前にも言及したかもしれないが、この世界で人探しをするのはかなりハードルが高い。
それは、映像媒体などがいまだ一般的ではなかったからである。
それ故に、人相書きや断片的な情報を頼りに探す他なく、その人の足跡を辿るのは容易ではないのであった。
しかし、それも場合によりけりである。
レイナードらが依頼された人探しは、そのハードルが非常に低いと言えたのである。
何故ならば、相手は貴族のドラ息子。
しかも、それなりに武装した護衛を引き連れていたからである。
当然、それほど目立つ集団ならば目撃情報も多数存在するだろう。
そして、レイナードらの情報収集能力ならば、それをもとに、どのルートで“大地の裂け目”入りしたのか、また集団で動いていた事もあって、広大な“大地の裂け目”エリアをどの様に移動したのかの痕跡を探す事が可能だったのである。
もちろん、これはアキトやユストゥスの訓練を受けたレイナードらであるから可能な事でもあったが。
こうした事もあって、比較的スムーズにイカルスらに追い付いたレイナードらだったが、運の悪い事に、と言うか、紛争地帯ではあったので時間の問題でもあったかもしれないが、件の探し人が“大地の裂け目”勢力に襲われている、という場面に遭遇してしまった訳であった。
「チッ!わり、バネッサッ!先行するっ!!」
「了解っ!」
木々の上を、軽やかに移動していた二人は、その場面を目撃するやいなや、短くそう言葉を交わすと、素早く二手に分かれる。
ここら辺は、阿吽の呼吸であった。
こうして、間一髪、イカルスに向けられた凶刃を防いだレイナードは、改めて獣人族達に向き直っていた。
「冒険者だとっ!?今現在の状況でこんな場所にいるなんてっ・・・!」
「ま、こっちにも事情があってね。もちろん、戦争に介入するつもりはこれっぽっちもないがな。」
「ならば、その男を引き渡して貰おう。関係ないのであろう?」
「あぁ〜、そういう訳にも行かねぇ〜だ。もちろん、変な義侠心からじゃねぇ〜ぜ?俺らの目的が、コイツを連れ帰る事なモンだからよぉ〜。」
「何っ!?」
「っつ〜訳だから、退いちゃくれないかい?ああ、言っとくが、コイツは軍属でもなんでもない。ま、身分はそれなりに高いみてぇ〜だが、それでも一般人と何ら変わらねぇ〜。コイツにこだわる理由はねぇ〜だろ?」
「・・・そうもいかん。こやつらは、紛争地域にて武装して押し入ったのだからな。ここは、ロンベリダム帝国ではない以上、“大地の裂け目”のルールで裁くべきだと思うが?」
「お固いねぇ〜・・・。」
「貴様ら冒険者が、自由過ぎるんじゃないのか?」
「フッ、ちげぇねぇ。」
表面上は穏やかに会話を交わしながらも、その実、レイナードと獣人族達は、一触即発な雰囲気であった。
それは、お互いに退けない理由があったからである。
内心、戦りたくないと思っていたレイナードだったが、向かってくる以上迎撃しない訳にもいかない。
まぁ、今現在のレイナードとバネッサの力量ならば、相手を殺さずに無力化する事は可能だったが。
しばらくの沈黙の睨み合いの後、どちらかともなく獲物を抜くーーー、という絶妙な瞬間に、またしてもここに介入する存在があった。
「あいや、しばし待たれよ。」
「っ!?」
「・・・誰だい、アンタ?」
獣人族達は、その存在に気付いておらず、若干驚いた様子を見せていたが、すでに彼の存在を感知していたレイナード(とバネッサ)は、獣人族達から目を離さずにそう質問した。
「何、ただのしがない生臭坊主さ。」
「っ!?・・・へぇ。」
その言葉は、先程のレイナードの言葉の焼きましであった。
それで、レイナードは彼がただ者ではない事を悟る。
つまりは、この男、先程のレイナードと獣人族のやり取りをどこかで聞いていたのである。
聞こえる範囲となると限られてくるが、少なくともレイナード(とバネッサ)の感知範囲内である事はほぼ間違いない。
にも関わらず、彼の存在を感知出来たのは、この男が言葉を発した少し前、となると、今現在のレイナード(とバネッサ)にすら悟らせないほどの隠形を使いこなしている事となる。
当然ながら、ただ者である筈がないのであった。
「まぁ、冗談はともかく。獣人族の皆。私の顔に免じて、この場は退いて貰えないだろうか?」
「・・・。」
何をバカな事を、とはレイナードは思わなかった。
ただ者ではないと感じた男が、自信のある風に獣人族にそう提案したのだ。
そこには、レイナード達には分からない何らかのからくりがあるのだろう、とレイナードは当たりを付けていたからである。
「・・・退くぞ。」
「「「「「お、応っ!」」」」」
しばし男の顔をマジマジと見ていた獣人族のリーダー格の男がそう告げると、戸惑いながらも仲間達も応じ、レイナードから目線を切らずに徐々に後退。
その後、やはり森に住む者故の特徴なのか、木々に紛れると、まるで霞の様にその姿を消していた。
フウッ、とレイナードは抜きかけていた獲物を鞘に納めると、ややあって男に向き直った。
「誰だか知らないが助かったよ。」
「いや何。こちらもこちらの事情があるのでね。ま、もしかしたら介入するまでもなかったかもしれないけど、その場合も怪我人が出ていたかもしれないし、ね。」
「・・・、アンタ、マジでナニモンだい?」
「あ、いや、すまない。ゆっくり話している場合ではない様だ。」
「・・・へっ?」
レイナードが真剣にそう問い掛け様とすると、男はその場を駆け出した。
いや、別に逃げて行った訳ではない。
何故か、すでに絶命している筈のイカルスの護衛達のもとに向かっていたのである。
「お、おいっ!」
「話は後だ。今は、彼らの救命が最優先だからね。」
「いや、救命って。すでに事切れてるだろ?」
「いや、虫の息だが、まだかろうじて生きている者達もいる。」
だとしてもだ。
と、レイナードは思ったが、彼の身形を思い出してレイナードは一つの可能性に辿り着いていた。
「『回復魔法』かっ!」
「キミも救出活動に協力してくれたまえっ!」
「えっ!?あっ、応っ!」
有無を言わさぬ男の迫力に、思わずそう返答するレイナード。
なんだかんだ言って、レイナードは、かなりお人好しの部類なのかもしれないーーー。
・・・
「・・・あの者達を見逃して良かったのか?」
「・・・あの坊さんには同胞が何人も世話になった。流石にあの人の前では殺しは出来んさ。」
「・・・ま、そうだがな。」
「・・・と、言うのは半分建前だ。本当は、あの坊さんの登場は渡りに船だったのさ。」
「・・・何?」
「あの冒険者、並の力量じゃなかったからな。」
「・・・それは、俺らも感じていたが。それに、今現在の状況で、こんな場所をうろついているんだ。それなりに腕に覚えがないとそんな真似は出来んだろ。」
「それもあるが、完全に斬ったと思ったところに、彼は割って入って来た。それも、我らに気付かれる事なく、だ。」
「あっ・・・!」
「それに、彼の口ぶりだと、仲間も何処かに潜んでいた様だ。こちらも、我らに気付かれる事なく、な。」
「・・・。」
「あまり想像したくないが、あのままぶつかっていたら、もしかしたら倒れていたのは我らの方だったかもしれん。あんな小物の為に、そこまでの被害を出す必要もないだろう?だから、渡りに船、なのさ。」
「・・・なるほど。」
「助けられたのは我らの方だったのかもしれん。やはりあの坊さん、ただ者ではないぞ。」
「・・・。」
・・・
「ガハッ、ゴボッ!!はっー、はっー、はっー!」
「よしっ!これで彼はもう大丈夫だろう。キミッ!彼を頼むっ!」
「う、うっすっ!」
「そこのキミもっ!今は周りは安全だ。その坊っちゃんについている必要はない。手伝ってくれたまえっ!」
「あ、はいっ!」
「ぼ、ボクの安全はどうなるっ!?」
「不安なら、私の側へ。それと、貴方に何かを期待する訳ではないが、せめて自分の部下の汗を拭う事くらい出来るでしょう?」
「な、何でボクがそんな事をしなきゃならんのだっ!」
「「っ!!!」」
「・・・でしたら、しばし黙っていて下さればそれで結構。」
「ボ、ボクに命令するなっ!!ったく・・・。」
「て、テメェッ・・・!」
「レイナードッ!」
「落ち着きなさい、キミ。子供の癇癪に一々反応していてはきりがないぞ?」(ボソボソ)
「っ!?・・・了解。」
「さっ!モタモタしていると、魔獣やモンスターが匂いに釣られてやって来てしまうかもしれない。手早く済ませてしまおう。」
「「・・・。」」
その後、手際良く負傷者の治療に当たっていた法衣姿の男と、それを手伝うレイナード、それにイカルスの傍らで彼を護衛していたバネッサが更に加わり、多少のトラブルもありながらも何とかそれを終える事が出来たのだった。
「ふぅ・・・。半数は助けられたな。・・・残念ながら、すでに半数は事切れていたが。」
「ああ・・・。」
「・・・。」
ようやく落ち着きを取り戻した現場で、法衣姿の男はそんな事をひとりごちていた。
それに暗い顔をしつつ、レイナードはそう返事を返していた。
もちろん、レイナードとバネッサとて冒険者の端くれだ。
この世界の現状を鑑みれば、人の死に立ち会った事は一度や二度ではない。
しかし、それでもやはり、そうした事に慣れている訳ではなかった。
もっとも、こうした事は、慣れてしまってはいけない事なのかもしれないが。
「では、負傷者はこちらで一旦預かろう。回復魔法をかけたと言っても、当然すぐに全快とはいかないからね。」
「こちら・・・?」
「ククルカン先生っ!」
「ああ、すまないメリンくん。こちらだよ。」
「「!!!」」
男の発言に、レイナードが訝しげに問い返すと、男と似た様な姿の男女複数人が足早に現れる。
「すでに回復魔法はかけている。負傷者はすぐに病院に運んでくれたまえ。ついでに、ご遺体も一緒に運んで貰えると助かる。」
「「「「「は、はいっ!」」」」」」
「ああ、心配せずとも、私も同道する。魔獣やモンスターの脅威は心配せずとも良い。」
「「「「「了解しましたっ!」」」」」
男の発言に、他の男女達はあからさまにホッとしていた。
と言っても、レイナードとバネッサにはこの男の実力が抜きん出ている事はすでに見抜いている訳で、それ故に彼・彼女らに同行してくれると言う彼の発言に安心感を得たとしても不思議な話ではないと思っていた。
「チッ、役立たず共めっ・・・!」(ボソッ)
「っ・・・!!!」
終始空気の様なイカルスであったが、忌々しげに呟いたセリフに、流石のレイナードも堪忍袋の緒が切れる、ところであった。
しかし、それよりも早く、法衣姿の男がいつの間にか彼の前に立っていた。
「どうやら、思った以上に貴方は愚か者の様だ。貴方は、ご自身の立場をお分かりではない様ですね?」
「な、何だとっ!?ボ、ボクは大貴族の跡取り息子だぞっ!!??そのボクを、愚か者とは何事だっ!」
「愚かだから愚かと断じただけの事。それに、そんな肩書はここではあまり意味がありませんし、そもそも、おそらくですがその肩書も、持って数日、といったところでしょうな。何故ならば貴方は、すぐに勘当される事となるからです。」
「ハッ、何を世迷い言をっ・・・!」
「では、貴方はこの件をどう収拾しますか?いたずらに紛争地域に踏み入り、両者の緊張をより高めてしまった。少なくとも私が国のリーダーならば、貴方、あるいは貴方のご実家に、何らかの罰則を与えるでしょうな。」
「っ!!!」
「それと、貴方の不用意な行動の為に、こちらの方々は帰らぬ人となった。もちろん、貴方の護衛ですから、ある意味職務を全うされたのでしょうが、それでも死ななくても良いのに今日死ぬ事となってしまったのです。当然ながら、彼らのご遺族に対しても、何らかの賠償をする必要が出てきます。少なくとも、大貴族に仕える護衛騎士が、名もなき一般人である筈もありませんから、賠償もそれなりの額となるでしょうな。」
「あ、ああっ・・・!」
「さて、それらの事を踏まえた上で、まだ貴方を庇うメリットが貴方のご実家にあると思われますか?いいえ、流石にそれはありえません。いくら貴方を溺愛していたとしても、家そのものが危ういとなると、どうしても貴方を切り捨てるのが得策ですからね。ロンベリダム帝国の皇帝は、無能には厳しい方だと聞き及んでいますよ?」
「・・・・・・・・・。」
「さて、それでは、役立たずで無能な愚か者は一体誰の事でしょうね?」
「っ〜〜〜!!!」
「は、ハハッ!」
「ヒュッ〜♪」
完全論破とはこの事だった。
顔を真っ赤にして、そして最終的には真っ青になって沈むイカルスを目の当たりにしたレイナードとバネッサは、一応は彼を助ける名目でこの場にいる事もすっかり忘れてスカッとした気分になっていた。
「さて、先程は子供と言っておきながら私がこの体たらくではあまり格好がつきませんな・・・。しかし、彼の言い分は、些か度が過ぎていた。ここらで一発、引導を渡した方が良いかと思いましてね。」
「いや、アンタが先にキレてくれて助かったぜ。俺だったら、すでに一発お見舞いしてたかもしんねぇ〜。」
「レイナードも、これでも気が長くなった方なんだけどねぇ〜。」
「う、うっせ。流石にバネッサも、さっきのあの野郎のセリフは見過ごせねぇ〜だろ?」
「まぁ、ね。一体どういう教育を受けてきたのか・・・。」
「ま、お貴族様のやる事は俺らには分からんよ。けど、あれでもしかしたら将来は国を背負って立ってたかもしれないっつ〜んだから、空恐ろしいってモンさ。」
「確かに。」
イカルスの存在は、必ずしもマイナス要素だけでもなかった様だ。
少なくとも、この三人の間では、一種の潤滑油の様な影響を与えたからである。
「ああ、そう言えば自己紹介もまだだったね。私はククルカン。一応は、ライアド教セレスティア派を率いる代表の様なモノ、を務めされて貰っている。ここへは、戦争によって負傷した者達の治療の為に赴いている。」
「俺はレイナード。こっちはバネッサ。見ての通り、冒険者だ。ここへはコイツの捜索で訪れてる。」
「そうか。では、仲間が待っているので、私は行く事とするよ。縁があれば、また会えるだろう。」
「あ、おいっ!」
短く自己紹介すると、法衣姿の男、ククルカンは足早に仲間ももとに掛けて行ってしまう。
それに、レイナードは声を掛けたが、確かに紛争地域の真っ只中でのんびりしている場合でもない、と思い直した。
自分達にも、今は足手まといがいる訳であるし。
「またすぐ会えるよ、レイナード。少なくとも、彼を送り届けた後、負傷者やご遺体を回収しなきゃならないし。」
「あ、ああ。そうだな・・・。」
バネッサの発言に、レイナードはすでに現実逃避気味のイカルスの方を目を向け、自分の仕事を思い出していた。
「ククルカン、先生にセレスティア派、か。中々どうして、世の中には面白い人達がいるモンだな。」
・・・
「ククルカン先生。どうされたんですか?何か、嬉しそうですけど・・・?」
「いや、先程の二人組の事を思い出していてね。」
「はぁ・・・。確かに、こんな場所に二人ってのは、相当な凄腕だとは思いますが・・・。」
「それもあるんだが、いや、まぁ、私自身、言語化は難しいんだがね・・・。」
「は、はぁ・・・?」
「レイナードくんとバネッサくん、か・・・。中々どうして、この世界にも凄い人物がいたモンだね・・・。」
これが、レイナードとバネッサのククルカンとの出会いの一幕であったーーー。
誤字・脱字がありましたら御指摘頂けると幸いです。
いつも御覧頂いてありがとうございます。
よろしければ、ブクマ登録、評価、感想、いいね等頂けると嬉しく思います。