不思議な縁 1
続きです。
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突然だが、究極的に言えば人は人と真に分かり合う事は不可能に近い。
これは、哲学的、概念的な話とかではなく、もっと物理的な話である。
何故ならば、いくら言葉を紡いだとしても、相手に自分の考えている事を100%伝える事も、相手の考えている事を100%理解する事も出来ないからである。(もっとも、テレパシー的な能力があればまた話も変わってくるのかもしれないが、それに関しても、裏表のない本心をお互いにさらけ出される事にもなるので、それはそれで問題がありそうだが。)
それ故に、そこには当然、疑念やら疑心などが介在してしまう余白があるので、結果すれちがいや誤解が生じる事となるのである。
では、対話をするだけ無駄かと言われればそれも当然違う。
そもそも、“言葉”すら伝わらない生物とも共生する事は出来るのだから、“言葉”が通じる相手とも共生する事は可能だろう。
相手の事を、真に“理解”は出来なくとも、共に生きる事は出来る筈だ。
しかし、それがそうとも限らないのが人の世の愚かしいところである。
世の中には、シロかクロか、0か100かでしか物事を判断出来ない者達も多い。
言い換えると、敵か味方かでしか判断出来ないのである。
その結果、自分と別の意見の者達を許容する事が出来ずに、彼らを敵視していくのである。
そこに、“言葉”というツールがあるのにも関わらず、もはやそれを無視して、“暴力”という原始的な手段に訴えかけるのである。
これでは、分かり合えるモノも分かり合えなくなる、というものだろう。
結局は、価値観や主義・主張などは、国だけでなく、個人でもマチマチなのである。
そのどれもがある意味正解であるし、と同時にそれぞれ間違ってもいる。
その事を、正しく認識するべきなのである。
我々が出来る事、すべき事は、相手に自分の意見を押し付ける事ではなく、相手の考えを許容する事、互いの意見を尊重する事であろう。
その為にも対話は必要なのである。
しかし、世の中には“思考停止”に陥る者達が一定数いる。
自分の意見が100%正しい、と信じてやまない者達の事である。
そうした者達は、先程も述べた通り、もはや聞く耳を持たなくなる。
これは、大変危険な状態であろう。
そして、そうした事に陥る者達は、統計的に見ても“狭い社会”に生きている者達が大半である。
つまり、そうした事を意図的にシャットアウトしたのか、はたまた自然発生的にそうした社会構造となっていたのかは場合によってはマチマチであろうが、他者との関わりが極めて希薄になってしまっているのである。
先程も述べたが、当たり前の話として、世の中には違う価値観や別の意見を持つ者達もいるのである。
そうした者が共に生きていれば、当然別の価値観や意見とも触れる機会がある訳で、自らの価値観との違いを認識する事もあるだろうが、それが“狭い社会”であればあるほど、同じく様な価値観、意見が周囲にも蔓延しているので、結果自分達の意見が正しいのだと錯覚するのである。
これは、ある種の『集団心理』であるし、また、“群れ”の中で別の意見を持つと『異端』として排除されてしまう、などの要因もあるのだが。
逆に、こうした心理を逆手に取って上手く活用するのが為政者達である。
彼らは、よく意図的に思想統制や情報統制を敷く事がままある。
所謂、『プロパガンダ』である。
これによって国民は、与えられた思想や情報が正しいのだと誤認されられるのである。
また、意識的にそれに乗っかる者達も多いだろう。
自分達さえ良ければ、他がどれだけの不幸や不運な境遇にいたとしても関係ないからである。
もっとも、その考えは愚かしいと言わざるを得ないが。
アキトも言及している通り、“世界”は繋がっているので、回り回ってそうした選択肢が、自らの身に災いとして降り注いだとしても不思議な話ではないからである。
つまり何が言いたいかと言うと、“皆がそう言うから”、“それが社会の常識だから”、と思考を停止してはいけない、という事である。
少なくとも、今ある物事の本質を見抜く力を身に付けなければ、“誰か”に利用されてしまうリスクが常に存在するのだからーーー。
・・・
「チッ、坊さんよぉ〜。何だってロンベリダムヤローと同室なんどよぉ〜。こんなヤローと同じ空気も吸いたくねぇ〜んだけど。」
「それはこっちのセリフだ、悪魔ヤロー。ほとんど怪我は治ってんだろ?さっさとこの悪魔を追い出して欲しいんだけどよぉ〜?」
「・・・アッ!?」
「・・・アッ!!??」
「ク、ククルカン先生ぇ〜。どうしましょ〜!!」
「ふう、やれやれ・・・。」
ハイドラス派が『エストレヤの船』の占拠に向けて動き始めそうな頃、それを察知したアキトらがその阻止に乗り出そうとした頃、『異世界人』の一人であるククルカンもまた、“大地の裂け目”内に居たのだった。
これは、以前にも言及した通り、ライアド教上層部、つまりは教皇派から要請を受けた結果である。
ウルカに次ぐ回復魔法の使い手であり、また、ライアド教内にもその影響力を増していたククルカンは、上層部としても、またハイドラス派としても扱いにくい存在だったが、ロンベリダム帝国内に居られても厄介だった事もあって、ロンベリダム帝国の要請をそのまま彼に丸投げしたのである。
すなわち、“医療班として従軍せよ”、との事である。
これは、ルキウスやハイドラスの計略の一つであったが、ククルカンも、その事は理解した上でこの要請に応じたのであった。
何故ならば、彼の信念と、そして今や彼がほとんど代表に近い『セレスティア派』の為、あるいは、『セレスティア派』に見限られない様に、などの思惑もあったのだが。
当たり前の話として、人は人の“行動”に信頼を寄せていくものであるからだ。
それ故に、理想を語るだけの存在に付いていく者は(まぁ、それに騙されてしまう者達も一定数いるが)ほとんどいないし、逆に有言実行する者に対しては、その本気度を感じる事もあって、徐々に人は付いてくる様になる。
ククルカンの思想は、ある意味単純明快である。
この世界に本格的な医療を導入する事、である。
これは、以前から言及している通り、この世界、特にライアド教が牛耳っているハレシオン大陸においては、ライアド教が『回復魔法』を独占していたからである。
当然ながら、生死を左右する技術を持っていれば、ライアド教の権威が盤石なモノとなるという狙いがあっての事だ。
ただ、そうした政治的は話はともかくとして、一般市民の目線から言えば、ライアド教で治療してもらう、以外の選択肢がない、という事でもある。
もちろん、アキトらが習得している薬学などの抜け道もあるにはあるが、残念ながらそちらは『エルフ族』の専売特許であり、人間族が一般的に持っているそれらは、所謂『民間療法』の域を出ないレベルのモノでしかない。
結局は、本当にマズい状況となれば、ライアド教を頼る他なかったのである。
当然、今現在のロマリア王国では和平交渉が進んではいるが、人間族に隷属させられていた過去を持つ『エルフ族』が薬学の知識を素直に授けてくれる筈もない。
これらの事から、医術に関する事は『回復魔法』を独占しているライアド教の独壇場となっていた訳である。
しかし、ある意味それが当然の事として生きてきた者達と違い、異世界の出身であるククルカンからしたらこれは奇妙に見えた訳である。
もちろん、向こうの世界においても、高額な医療というものもあるので(もちろん、手術が難しいとか、それ相応の治療器具が必須などの理由があるものの)、流石に全ての一般の人があらゆる治療も受けられる訳ではないが、少なくとも、どこか具合が悪いからちょっと病院に行ってくる、くらいの事は出来る。
だが、こちらの世界では、どんな人でもそんなに気軽に治療を受ける事が出来ない状況な訳だ。
そもそも、そこに“宗教”が関わってきてしまうのだから当然といえば当然であるが。
(まぁ、人間族ならば、ほぼライアド教の信者であるから特に問題はないが、とは言っても、それ相応の治療費としての寄付は当然求められるし、場合によっては熱烈な勧誘を受ける可能性もあるから、気軽さは皆無と言っても良いだろう。
また、異種族、他種族は、ライアド教的には劣った人種であるから、治療を受ける事さえ出来ないのである。
つまやら、そこに平等さはないのであった。)
こうした現状は、ククルカンからしたら不満以外の何物でもない。
以前にも言及した通り、彼は幼少の頃に事故による大怪我を負い、それを社会生活可能なところまで回復してもらった過去もあって、医療や医療従事者に憧れを抱いていたのである。
もっとも、皮肉な事に、医学を志したキッカケとなった事故によって心的外傷後ストレス障害、所謂『PTSD』を植え付けられてしまい、結果、医療従事者となる夢を絶たれたのであるが。
まぁ、間接的に医療に関わる職業として、彼は製薬会社への勤務する事となり、表面上はそこまでの不満のない社会人生活であった。
だが、期せずしてこちらの世界に飛ばされた事により、微かにその胸の中にくすぶっていた炎が再燃し、今度こそ、医療従事者として生きる夢を叶えようとしたのである。
一番の懸念点であった『PTSD』も、仮の姿となったからなのかは定かではないが、発現する事もなく、今日まで来ていた。
だが、今度は、この世界の実態が、彼にとっての大きな課題となってしまった訳である。
彼の中の(やや美化された)向こうの世界の医療とは、誰もが皆平等に治療を受けられるモノである。
しかし、先程も述べた通り、こちらの医療は、ライアド教が独占しており、まぁ、それ自体は特に問題ないが(向こうの世界においても、医療従事者となるには、『医師免許』なり『看護資格』などが必要となる。つまり、ある種の技術の独占、とはまた違うまでも、独自の業界となっている事は否定出来ないからである。)、ただ、“誰でも平等に治療を受けられる”、という点においては、先程の例の様な生活に余裕のない者達や、そもそも異種族、他種族は門前払いである事から、とてもじゃないが実現出来ているとは言えないからであった。
そこで彼は、ライアド教の外部協力者として内部に入り込み、自身の夢を語り、徐々に志を同じくする者達の支持を集める事に成功。
そしてそれは、最終的には『セレスティア派』という大きな母体を吸収し、彼の夢への実現に一歩近付いた訳であった。
そんな彼にとっては、『ロフォ戦争』に医療班として従軍する事は、ある意味では願ってもないチャンスであった訳だ。
何故ならば、彼の思いをこの場でなら体現する事が出来るし、ルキウスやハイドラス、ライアド教上層部は想定していなかったが、異種族、他種族である獣人族にも分け隔てなく医療を提供する事によって、こちらも“誰でも平等に治療を受けられる”という理想を体現する事が出来るからであった。
これによって、自分の理想を語るだけでなく実際に行動が伴っている事もあって、『セレスティア派』に対する責任と、ある種見限られる事もなくなる訳であった。
彼は知っている。
どれだけ優れた力を持っていても、人一人では医療が回らない事を。
それ故に、彼にとっても『セレスティア派』の後ろ盾を失うのは大きな損失なのであった。
と、まぁ、こうした経緯もあって、ククルカンと『セレスティア派』の一部の者達は“大地の裂け目”入りをはたして活動を開始した訳であったが、しかし、思った以上に“人種差別”の根は深いという事を改めて実感していた訳であったーーー。
「まあまあ、この場でのケンカはお止め下さい。この地は“中立地帯”だと何度も申し上げていますでしょう?」
「け、けどよぉ〜!」
「残念ながら、ベッドの空きに余裕はありません。精神衛生上、ある種の敵同士が同室である事はこちらとしてもあまり好ましい状況ではありませんが、どうかご理解頂きたい。・・・それと、残念ながら回復魔法も万能ではない。表面上は、お二人とも傷は治っている様に見えますが、その実、体力は大幅に低下していますよ。おそらくですが、今の状態で退院したとしても、日常生活もままならないでしょうね。現場への復帰など、それこそ夢のまた夢、でしょうな。」
「「・・・チッ!」」
「ホッ・・・!」
ロンベリダム側の兵士と、“大地の裂け目”側の兵士を何とかなだめるククルカン。
二人も、ククルカンの言う通り、自身の身体がまだ万全でない事は理解していたのか、渋々その矛を収めた。
以前にアキトも言及していた通り、この世界の回復魔法は破格の性能を備えている。
少なくとも、見た目上の傷などは即座に治った、様に見えるので、そうした誤解が生じる要因ともなっているのだが、しかしその実、実際には対象者自身の自然治癒力を回復魔法によって劇的に高めているだけに過ぎず、結果、対象者自身の持つ体内の栄養素、最悪は寿命そのものを削って治療に充てている、というデメリットも存在するのである。
もちろん、『異世界人』であるククルカンの用いる回復魔法はこの世界の技術体系とは異なるので、そうしたルールが適用されない可能性も高いが(実際、ウルカなどは、それによって“奇跡の体現者”の如く持ち上げられているが)、結局は確かな休息と栄養補給を行う事が現代医療においても大事な要素であると理解しているククルカンにとっては、“回復魔法をかけたからはいさよなら”、という事にはならなかったのである。
まぁ、彼ら二人の反応を見るに、ククルカンの判断は間違っていなかった様だが。(むしろ、ある種の思い込みと医療知識に乏しいウルカの患者となった者達の方が、もしかしたら将来的に何某かの問題が表面化する恐れがある、かもしれない。)
ククルカンの助手を務めていた修道女は、あからさまにホッとした表情を浮かべていた。
これは、ここではこうした諍いが頻繁に起こっていたからであった。
先程も述べた通り、ククルカンの思想としては、怪我人、病人であるならば、それが誰であろうと受け入れる事としている。(もっとも、先程も述べた通り、これはルキウスやハイドラス、教皇派の思惑とは別物であったが。)
これは、『セレスティア派』の者達も了解しているのだが、そもそも戦争をしているくらい、ロンベリダム帝国側の人間族と、“大地の裂け目”側の獣人族は仲が悪いのだから、衝突しない訳もないのである。
もちろんククルカンもその事は理解していたので、まぁ、最終的にはお互いのわだかまりが解消すれば良い、とは考えていたが、今現在の情勢を鑑みれば、彼らを同室(と、言っても、あくまで“野戦病院”なので、テントなどを用いた簡易的な病室でしかなかったが)にしない様に配慮していたのであった。
しかし、ククルカンも語った通り、昨今ではアキトらの介入によって『ロフォ戦争』も膠着状態となってはいたが、それでも停戦が実現した訳ではないから、必然的に小規模な衝突は起き、こうして怪我人や病人は続出している現状であった。
それに伴い、ベッドに余裕がなくなってしまい、結果、ロンベリダム帝国側の兵士と、“大地の裂け目”側の兵士が同室となってしまう、という事が巻き起こってしまっていた訳である。
しかし、こうした口喧嘩程度で収まっていたのは、もちろんククルカンという医師にして圧倒的強者である存在がいる事も大きいのだが、実はもう一つ、彼らのストッパーとなる要因があったのである。
「ったく、こんだけ元気なら、コイツらの言う通り退院させたらどうですか、ククルカン先生?」
「いやいや、そういう訳には・・・。」
「多少の栄養状態程度なら、別にこっちで面倒みる必要はないよねぇ〜?」
「だよなぁ〜。先生はマジメだよなぁ〜。」
「ゲッ・・・!」
「あ、アンタらはっ・・・!」
「「『神速』と『閃光』っ・・・!?」」
「・・・何か、結構恥ずかしいぞ、これ・・・。」
「私らはまだ良い方だよ。世の中には、もっと酷い“二つ名”もあるからねぇ〜。」
「いや、“二つ名”自体が恥ずかしい、っつってんだけど?」
「何よぉ〜、レイナード。昔は、“俺も二つ名欲しい〜!”とか言ってたのにぃ〜。」
「ありゃ、若気の至りだ・・・。それに、アキトやユストゥス師匠達を知ってるのに、俺が『神速』って・・・。」
「まぁ、それはねぇ〜・・・。」
「わわっ!ほ、ホンモノですかぁ〜!?私、『双月』のお噂は、かねがね伺っていたんですよぉ〜!!!あ、握手して貰ってもいいですかぁ〜!?」
「ハハハ、ど、どうもどうも。・・・けど、『神速』とか『双月』ってのはやめてくれ。俺はレイナード。んで、こっちが・・・。」
「バネッサです。よろしくね、シスターさん。」
そうそれは、あのアキトの幼馴染みであった、レイナードとバネッサであったーーー。
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