二人の英雄
続きです。
◇◆◇
「エイボンッ!」
「アラニグラさん・・・。」
会議室から出たアラニグラは、周囲に人の気配がない事を確認してから、元・仲間であるエイボンを呼び止めた。
その光景は以前の焼き増しであり、しかし、当時とは逆にアラニグラの方がエイボンを呼び止めた、という違いはあったが。
妙に晴れやかな表情で振り返ったエイボンに、アラニグラは一瞬戸惑いを見せたのだが、意を決して彼に改めて話し掛けた。
「あ〜、その、何だ・・・。その、さっきはフォローっつ〜か?助かったわ。」
「・・・いえ、礼には及びませんよ。アラニグラさんのお陰でこちらも動きやすくなりましたからね。それに、アラニグラさんのお話で、ロンベリダム帝国側の交渉団の皆さんも危機感を抱いた事でしょうし、こちらとしても説得がやりやすかったですよ。他国の者が認識しているくらいに、自国の事はヤバいんだと自覚させるキッカケとなりましたからね。」
「・・・?」
アラニグラは違和感を持っていた。
と言うのも、以前のエイボンとは、雰囲気が明らかに異なるからである。
「・・・お前、何かあったのか・・・?」
「・・・。ここでは何ですね。私の部屋に行きませんか?」
「あ、ああ・・・。」
先程の結論としては、結局のところ“停戦交渉”を一時停止する事でお互いに合意していた。
これは、アラニグラとエイボンが指摘した通り、まぁ、最初から茶番劇ではあったのだが、今現在の状況においては、戦略的に鑑みても、“停戦交渉”が無意味となっていたからである。
もちろん、アラニグラを縛り付ける事は、ルキウス的には意味はあるのだが、もはや本国のサポート、どころか、今後の自分達の立場すら危ういかもしれない交渉団の面々としては、これ以上ロンベリダム帝国に付き合う意味がないのである。
残念ながら、彼らにはルキウスやロンベリダム帝国に対する忠誠心は薄い傾向にある。
それに、あくまで彼らの立場は、職業として“大地の裂け目”側との“停戦交渉”を引き受けた“文官”である。
それ故に、沈みゆく船に居座る胆力も所謂“騎士道”も“武士道”も持ち合わせていなかった。
まぁこれは、向こうの世界で言えば、破綻が見えている企業などに最後まで付き合う様なモノだ。
企業が健在ならば、あるいは成長を続けているのならば、あえて裏切る事もないのだが、終わりが見えているのならば、それはさっさと逃げ出すのが正解であろう。
何せ、得する事は何もないからである。
こうして、エイボンの提案に乗って、この場での“停戦交渉”に一旦終止符を打ち、改めて反政府側に鞍替えして、本当の意味での“停戦交渉”を進める事としたのであった。
とは言え、やはりどこに衆目の目があるかも分からない中で、一応は敵同士であるアラニグラとエイボンが親しくしているのはあまり都合が良くない。
場合によっては、彼らが結託して今回の“停戦交渉”の破棄を画策したと疑われてしまう恐れもあるからである。
それ故にエイボンは、周囲の目を気にする事なく話せる場所、すなわち、自身の自室にアラニグラを誘った訳であるがーーー。
・・・
「・・・ふう。さて、改めて礼を言っておく。こちらの提案に乗ってくれた事に感謝する。」
「はい。謝意は受け取ります。しかし、それも先程も述べた通りこちらにもメリットのある事でしたので、“借り”とは思わなくても結構ですよ、アラニグラさん。」
「・・・みてぇだな。何だ?ロンベリダム帝国側の交渉団の引き抜きが狙いか?」
「それもあります。が、先程も述べた通り、彼らがどう判断するかは私にはあまり関係ありませんでした。私の中の結論としては、すでに反政府側につく事で決まっていましたからね。」
「・・・どういう心境の変化だ?お前、急に凛々しくなったぞ?」
「アラニグラさんのお陰ですよ。以前に、アラニグラさんに叱責された事は覚えておいでで?」
「あ、ああ・・・。ま、今考えると、中々生意気な事を言ったとは思うが・・・。」
以前のエイボンは、『神の代行者』としてはもちろん、素の能力、頭脳はかなり優秀な部類だったが、しかしその根底には自分なりの考えや自分の行動に対する責任感が薄い傾向にあった。
それ故に、周囲に流されてしまう印象は否めなく、それを危惧したアラニグラから忠告を受けていたのであった。
まぁ、アラニグラからしたら、同じ“レベル500”の身体能力や特殊能力を持ち、なおかつその頭脳が優秀なエイボンは、敵に回すと厄介極まりない存在だ。
それが、彼自身の哲学や考え方のもとにそうなるのならばともかく、結局は何の覚悟もなく他者に利用されるだけならば、それは正にエイボン自身はもちろん、誰にとっても不幸な事になりかねないからであった。
だが、今現在の彼には、その覚悟が備わっている様に見受けられる。
それは、先程のやりとりからも分かるだろう。
「いえ、そんな事は・・・。僕も、あの後一生懸命考えてみたのですよ。アラニグラさんの言葉の真意を。それと、僕とアラニグラさんの差って何だろう、って。」
「ああ・・・。」
エイボンの一人称が以前に戻った事にアラニグラは気付きつつ、アラニグラは彼の言葉の続きを促した。
「そして気付いたんです。いえ、考えてみたら結構単純でした。むしろ、当たり前とも言える事を、僕らは見過ごしていたんですね。」
「と、言うと?」
「アクエラが現実世界である、という事ですよ。」
「・・・ふむ。」
・・・何を当たり前の事を。
とは、アラニグラは思わなかった。
何故ならばそれは、アラニグラも、(アキトは多少の違いはあるものの)こちら側に飛ばされた全ての『異世界人』達が共通して抱いた感想、あるいは感覚だからである。
すなわち、こちらの世界の事を、どこか非現実的な世界、言ってしまえば、“ゲームの世界”であるかの様にどこかで錯覚してしまっていたのであった。
特に、アラニグラらは、『TLW』から直接こちら側に飛ばされた経緯がある。
故に、当初は彼らも、こちらの世界を『TLW』の延長線上の世界であると誤認していたし、その後、こちらの世界がゲームの世界ではない事、すなわち、別世界の現実である事を頭では理解したのだが、どこかその事に現実感がなかったのであった。
まぁ、その感覚もある意味当たり前なのである。
特に、アラニグラらは、こちらの世界にやって来た時点で、こちらの世界における最高峰の実力を備えた人物となっていたからである。
見方を変えれば、所謂“世界に選ばれた存在”であり、そしてそれは、彼らの身近なモノで例えると、正にゲームの主人公の様な存在となる。
それ故に、ある意味分かりやすく増長する事となる。
その良い例が、アーロスであろう。
彼は、向こうの世界においては、それなりに友人もいて、多少ゲームが好きな事や、それが高じてパソコンやプログラム関連にも造形が深いが、言ってしまえば普通の範疇から逸脱した存在ではなかった。
それ故に、普通の男子の様に、どこかに英雄願望がありつつも、自分は世界を変えられる様な存在ではない事を自覚していたのであるが、ところが、それがこちらの世界にやって来た事で、その価値観が悪い意味で壊される事となったのである。
先程も述べた通り、彼らの力はこちらの世界においてはほとんど無敵であり、何でも出来る、様な気がしてしまった。
それ故に、所謂“悪人”を成敗する事によって、己の内にあった英雄願望を知らず知らずの内に満たしていたのであった。
まぁ、これは、所謂仮の姿とカルマ値に引っ張られたところもあるのだが。
しかしそれは、すでにこの世界に十数年生きてきて、アルメリアからも一度その増長を指摘されたアキトにとっては、ナンセンスな話だったのである。
何故ならば、そこには本当の意味での“覚悟”がなかったからである。
以前にも言及したかもしれないが、“ゲーム”ならいざ知らず、“現実の世界”を変える事など個人に出来る筈がないのである。
もちろん、向こうの世界における偉人や英雄と呼ばれた者達は、そうした事を成し遂げた、と言われているが、それは単なる誇張表現である。
確かに、そうした存在が世の中に与えた影響は計り知れないが、しかし、実際に一人で万の、億の敵を倒した訳でも、世界の構造を作り替えた訳でもない。
当然ながらそこには、そうした存在に賛同した、所謂“普通の人々”の尽力があってこそ、初めてそうした偉業が成し遂げられたのである。
これは、向こうの世界における企業なんかと同様である。
代表者が発起人となっているかもしれないが、実際にその企業を大きくしたのは当然ながら従業員の力である。
つまり、何かを成し遂げたいと思ったのならば、様々な人々を巻き込む“覚悟”が必要なのである。
そこが“現実世界”ならば尚更であろう。
だからこそ、すでにそこを乗り越えているアキトからしたら、アーロスらのやっている事は稚拙に映る訳である。
何せ、彼らの行動は、ただ単に己の英雄願望を満たすだけの自己満足の行動に過ぎないからである。
本当に世の中をどうにかしたいと考えているのならば、“悪人退治”で満足せず、様々な人々を巻き込んだ社会的活動が必要なのである。
それに、言ってしまえば“悪人退治”とは少し違うが、そうした事をする組織、あるいは個人や集団は、すでにこの世界に存在しているのだ。
言わずと知れた、各国の軍隊や治安維持部隊、そして冒険者ギルドや冒険者である。
言ってしまえば、アーロスらの行動はそれの焼き増しに過ぎない。
もちろん、その実力は雲泥の差はあるのだが。
もっとも、彼らにその事に気付けと言う方が難しい注文でもある。
何せ彼らは、基本的にこの世界を“ゲームの様な世界”という認識があるし、そもそも社会経験に乏しい事もあって、“社会の構造”というモノに造形が深くないからである。
しかし、そんな中にあって、年長組のアラニグラやククルカン、キドオカらは、割と早い段階でこの世界が“ゲームの世界”であるという先入観から脱していた。
まぁ、そのキッカケは三者三様であるが。
アラニグラに関しては、『テポルヴァ事変』において、治安維持の名目のもとであったが、大量殺人に加担してしまった事がキッカケだ。
もちろん、ルキウスのお墨付きもあり、それにカウコネス人達の事情はともかく、彼らがテポルヴァの街の住人達を虐殺したり陵辱した事は事実であるから、ロンベリダム帝国の法的にはカウコネス人達を処刑する事は特に問題ではなかったが。
しかし、その事がキッカケで、アラニグラにある種の罪の意識と責任、そして覚悟の様なモノが芽生える事となった。
そして自覚したのである。
この世界が現実世界であり、自分が殺したのは、ゲームの中のモブではなく、“生きた人間”であった事を。
だからこそ、(まぁ、巻き込まれた側からしたら当たり前の感覚かもしれないが)どこかこの世界に無関心な仲間らと別れて、この世界で生きる覚悟、あるいは自身の行動の責任や贖罪も兼ねて、独自に活動を始めたのであった。
ククルカンも、やはりテポルヴァ事変がキッカケであったが、彼の場合は、“紛争”を目の当たりにした事と、多数の負傷者達を救護した事がそれを自覚させる契機となった、という違いがある。
そして、キドオカに関しては、彼の場合は、所謂“霊能者”であった事から、こちらの住人達が、所謂“霊魂”を持つ存在、すなわち生きた人間種である事を早い段階で自覚していた。
まぁ、彼の場合は、それ以上に“高次の存在”がこの世界では色濃い存在だった事に興味を惹かれた結果、仲間達と袂を分かつキッカケとなったのであるが。
「“大いなる力には大いなる責任が伴う”。特別な力があるから“英雄”なのではない。その力をどう使うかによって、“ヒーロー”にも“ヴィラン”にも成りうるんだ。アラニグラさんが指摘したかった事は、そういう事ではないですか?」
「スパイディか・・・。ま、言語化すればそうだわな。彼らが“ヒーロー”なのは、スーパーパワーがあるからじゃない。己なりの哲学や考え方、それに由来した具体的な行動があるから“ヒーロー”なんだよ。これは、現実世界でも同様だ。特別な才能があるから偉人や英雄なのではない。彼らがそう呼ばれるのは、実際にそうした行動を成し遂げたからなんだ。そして、その為には、様々な人々の協力は必要不可欠だ。特別な力や才能にあぐらをかいてる奴らは、その辺の不良や“ヴィラン”と大差ない、ってこったな。むしろ、下手に力がある分、その力を利用されれば、その被害も尋常ではない。それは、普通に生きる者達にとっては、ただの“破壊者”と何ら変わらないだろう。そこが現実世界ならば尚更だな。」
「だからこそ、何の覚悟もなく、また自覚もなかった僕の行動をアラニグラさんは危惧した訳ですよね?いつか、その力で自分や仲間達はもちろん、この世界に生きる人々を巻き込んで、盛大に自爆するかもしれない、と。」
「・・・だが、お前はどうやら目が覚めたみてぇだな。」
「貴方のお陰でですよ。貴方に指摘されたからそこに気が付いた。でなければ、一人で抱え込んで、結果どうしようもなくなって癇癪を起こしていたかもしれません。」
「フッ・・・。」
ハッキリ言えば、“社会”、あるいは“秩序”という枠組みから見れば、“強さ”と言うのは大した意味を持たない。
もちろん、武力、兵力が優れていた事によって、“社会”を牛耳っていた時代もあるが、それでも、当然ながら資本や経済力、つまり、それらを支えられる力がなければ、当然ながらそれも機能しないのである。
だからこそ、向こうの世界では、政治家や資産家が台頭する事となる。
彼らは、“強さ”で言えば、それこそ今現在のアラニグラらからしたら、正しく赤子の手をひねるくらい弱い存在であるが、しかし、“社会”に与える影響力はアラニグラらの比ではない。
それこそ、彼らの行動、あるいは決断次第では、数千、数万、いや、場合によっては数億の人々の人生を狂わせる可能性すらあるからである。
だからこそ、彼らは、それに見合う覚悟や責任を持たなければならない。
まぁ、そんな当たり前の事も出来ていない者達も多いのであるが。
「んで、結局お前は反政府側につく事にしたって訳か?」
「まぁ、これは偶然でしたけどね。アラニグラさんに指摘され、僕も色々と考えた結果、やはり『ロフォ戦争』を止めさせたいと感じました。皇帝や一部の上層部には思うところはありますが、それでもロンベリダム帝国の人々にはお世話になりましたからね。そこで、有志を募って、皇帝や一部の上層部に対抗しようと考えた矢先、件の“魔法技術使用不可”現象が起こりましたから。」
「なるほど・・・。それによって巻起こった反政府活動に合流しようと考えた訳だな。」
「ええ。以前はアラニグラさん、つまりは“大地の裂け目”側に働き掛けるのが一番の近道だと考えていましたが、それって酷い話ですもんね。」
「まぁなぁ〜。言っちまえば、被害者に狸寝入りしてくれ、って言ってる様なモンだからな。それが一番面倒がないかもしれんが、確実にそこに遺恨が残る。場合によっては、“大地の裂け目”側の過激派が、テロリストになってロンベリダム帝国で暴れまわる可能性もある。結局は、何らかの決着は着けなきゃならんのよ。」
「ですね。」
朗らかに笑うエイボンに、アラニグラも久しぶりに心からの笑みを浮かべた。
元・『LOL』の仲間とは言え、二人はあくまでネット上の知り合いでしかなかったが、それでもそれなりに長い年月を一緒に過ごした間柄である。
それに、なんだかんだこちらの世界に引き込まれるという、ある種同じ境遇に置かれた者同士だ。
それ故に、弟、とはまた違うが、アラニグラの中では後輩の行く末を心配をする程度には、エイボンの事を気にかけていたのである。
まぁ、立場は違えど“停戦交渉”にて直接顔を合わせた、という事も大きいのだが(逆に言えば、自ら元・仲間達と袂を分かった身としては、わざわざ『DM』を送る事はしなかったのであるが)。
しかしエイボンは、アラニグラの懸念を正確に理解し、見事に成長を遂げていたのである。
それは、アラニグラからしたら、やはり嬉しい事だったのかもしれない。
「ま、いずれにせよ、立場は違えど、お互いにやれる事をやろうや。」
「ええっ!それに、上手くすれば、今回の場合はアラニグラさんと対立しなくて済みそうですしね。」
「まぁ、それはお前次第だけどな。しかし、仮にそうなったらいいな。」
「はいっ!」
人は、成長する生き物である。
もちろん、肉体的な成長はある一定の期間に限定されるのであるが、一方で精神的な成長に限度はない。
もっとも、その人次第では、若くしてその成長が止まってしまう者達も多いし、逆にある程度の年齢に達したとしても、まだまだ進化を遂げる者達もいる。
結局は、その人の心持ち次第なのであるーーー。
「・・・しかし、焦ったぜ。」
「ん?何ですか?」
「あ、いや・・・。これは適当に流して欲しいんだが・・・、俺自身、あんまり確信を持った事は言えないからよ?何せ、夢、みたいな事だったからな。しかし、お前の変化が、その・・・。」
「・・・もしかしてですけど、それって向こうの世界の神様を匂わす存在が登場した不可思議な夢の事ではありませんか?」
「っ!!??も、もしかしてお前も見たのかっ!!!???」
「ええ。・・・そうですか。やはり僕だけじゃなかったんですね・・・。」
「じゃ、じゃあ、ズバリ聞くが、お前は何らかの力を受け取ったのか?」
「・・・。」
一通り話が終わり、何気ない会話を交わしていたアラニグラとエイボンは、ややあってそんな事を話していた。
これはもちろん、アーロスらの身に起こった事と同様のイベントの事であった。
しかし、
「心外ですねぇ〜、アラニグラさん。僕の精神的な成長が、まさか誰かに力を与えられたから起こった事だとでも思ったんですか?」
「・・・へっ?」
一瞬押し黙ったエイボンに、アラニグラはまさか正解かと思ったが、その後エイボンから発せられた言葉はアラニグラの予想とは違う回答だった。
「ち、違うのか?」
「ええ、もちろんです。と、言うより、僕は力を貰う事を断りみしたからね。もちろん、それを得る事によって、今よりも状況が良くなる可能性は否定しませんが、おそらく、今更新たなる力を得たとしても大した意味はないと思われます。何故ならば、“個人”がどれほどの力を得たとしても無意味だからですよ。そんな程度の条件で世の中が良くなるのならば、とっくに良い世の中になっているでしょうしね。特に、この世界には、神々と呼ばれる存在がいるみたいですが、彼らの力を持ってしても、いまだ争いは絶えない訳ですし、人々の考えを一つにまとめる事すら出来ていません。彼らに出来ない事が、僕らに出来るとは到底思えませんしね。それに、今ですら自分自身の力を持て余しているのに、更に強力な力を得ても、使いこなせる自信はありませんよ。それは、アラニグラさんも同様の考えでしょう?」
「あ、ああ。俺も、同じく力の譲渡を断った口だ。」
確かに、以前のエイボンならばその提案に飛び付いたかもしれない。
そうは言うものの、強大な力が人々に与える影響は大きいからである。
実際、『テポルヴァ事変』の折に見せた彼らの力の片鱗によって、それを恐れたルキウスの方向転換により、彼らはある種の自由を得た。
それまでは、その力を利用する気満々であったが、逆に予想以上の力を彼らが持っていた事が、ルキウスの考え方を改めるキッカケとなったのである。
だが、だからと言って、その力を利用しようとする者達がいなくなる訳でもないのである。
事実、ハイドラスは、向こうの世界への帰還を匂わせて、その交換条件として、アーロスらの力を利用する事に成功しているからである。
と、この様に、強大な力を持つという事は、良い側面もあれば、悪い側面もあるのである。
そして、だからと言って、絶対的な優位が確保出来る訳でもない。
特にアラニグラは、アスタルテという今現在の自分よりも遥かに大きな力を持つ存在と出会っているが、残念ながら、彼女の力を持ってしても戦争を終結するには至っていない。
もちろん、彼女が本気でロンベリダム帝国を滅ぼす事自体は可能なのであるが、それは無意味な事でもある。
当然であるが、彼女一人の力によって得られた勝利は、“大地の裂け目”側の勝利でなく、彼女の勝利でしかない。
つまり、自分達で勝ち得た勝利ではないので、それを大事に思えない訳で、下手をしたら、彼女の所有権を巡って“大地の裂け目”内でも争いが勃発する可能性すらあるのである。
この様に、強大な力は、目先の勝利には貢献する事は出来ても、根本的に物事を解決する手段にはなりえないのである。
『ロフォ戦争』がいまだ終結していないのは、その事を心のどこかで“大地の裂け目”側の人々も理解しているのかもしれない。
まぁ、総大将という地位に祀り上げているアスタルテがいなくなっては困る、という事情もあるのかもしれないが。
こうした事をすでに理解しているアラニグラとエイボンが、力の譲渡を断るのは、ある種必然であったのである。
「・・・それに、力を与える事の条件が不明でしたしね。残念ながら、今の僕は、親切心からそんな事をする筈がないと思っていますし。」
「そりゃそーだ。言っちまえば、これは“契約”だ。無条件で力を得られる訳がねぇ〜わな。」
「とすれば、確実にそこには何らかの思惑が潜んでいる筈です。以上の事から、僕は力を貰わない選択肢を取りました。」
「そうか・・・。じゃあ、お前の変化は、本当にお前自身の成長によるモノなんだな・・・。」
当たり前だが、“ただでお金をあげますよ。”なんて輩がいれば、それは裏を疑うべきであろう。
もちろん、善意からの寄付などもあるので一概には言えないのだが、少なくともそうした観点からあの謎の存在が力を与えているとは考えない方が無難だろう。
もしかしたら、そこには、とんでもない罠が仕掛けられているかもしれないのだから。
そうした考えのもと、アラニグラとエイボンは丁重にその申し出を辞退した訳である。
そして、その判断は、紛れもなく正解であった。
感慨深げなアラニグラの言葉に、エイボンは若干くすぐったい様な気持ちになりつつも、そろそろ、と二人だけの時間を切り上げる事とした。
「では、これから忙しくなりそうですし、僕もそろそろ行こうと思います。」
「ああ、分かった。ま、何だな。多分今後も顔を合わせる事もあんだろーし、この件が片付いて、お互いの立場的に問題ねぇ〜様なら、一杯やろうや。」
「それはいいですね。」
先程も述べたが、アラニグラとエイボンは、向こうの世界ではネット上の付き合いでしかなかったので、オフで会って飲み交わす事もなかったのである。
しかも、今はお互いに立場もあって微妙なところではあるが、仮にこの後、ロンベリダム帝国、もとい反政府側と“大地の裂け目”側が、何らかの合意に至れば、その縛りもなくなる訳である。
色々あったが、一個の人間としてお互いを認め合った二人の関係は、少し年の離れた友人、とも呼べる領域に至ったのかもしれない。
こうして、後に本当の意味での“英雄”と呼ばれる二人の道は、再び交わり合う事となったのであったーーー。
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