裸の王様
続きです。
今回で、一旦ロンベリダム帝国内の政治的な話は幕をおろします。
次回からは、主人公とハイドラス派の直接対決の話になる、かな?
◇◆◇
“天才”という存在は、世界を変える事が出来る。
俗に言う、英雄やら偉人と呼ばれる者達は、そうした意味では確かに“天才”だったのかもしれない。
しかし、その一方で、それが必ずしも良い結果をもたらすとは限らないのもまた事実である。
もちろん、何を持って“良い・悪い”と判断するか、もいう問題もあるのだが、そうした存在達は、変革をもたらす事は出来ても、維持・管理は非常に不得手である者達も多いからである。
そもそも、社会が安定するという事は、それだけ多くの人々の協力が必要なのである。
残念ながら、いくら“天才”と名高い英雄や偉人達と言えど、極少数の人物達だけで社会が動いている訳ではないのである。
つまり、何が言いたいかと言うと、人間一人に出来る事などたかが知れているし、本来はそうでなければならない、という事でもある。
“天才”が言っている事が本当に正しいのかどうなのか。
あるいは、その結果、より良い未来となるのかどうなのか。
自分で見て、触れて、考えて、そうして自分なりの意見を持つ事が一番重要なのである。
しかし、時に人は、そんな当たり前の事実さえ忘れる事もしばしばある生き物なのであるが。
では、ルキウスはどうかと言うと、彼は完全に“天才”の部類に入る人種であった。
それも、かなり幅広い方面にその才能を持っている、所謂“万能型の天才”であった。
政治的にはもちろん、経済への知識にも明るく、柔軟な発想力を有し、様々な方面へのリスクヘッジも出来る。
また、他人の才能を見出だす才にも優れ、そうした人物達を拾い上げる度量もある。
残念ながら、戦闘に関する才能はあまりなかったが、それでも策略家・戦略家としての才能は持っており、魔法技術に関しても、人並み以上の才能を有していた。
おそらく、ロンベリダム帝国の歴史上、他に類を見ないほどの天才だったのである。
だが、そんなルキウスとて、キャパシティには限界が存在する。
そして、そんな当たり前の事すら忘れて、彼は独裁政権を推し進めてしまったのである。
その結果巻き起こった事が、自分で考える事を放棄してしまった人々の量産であった。
一方、ルキウス以上に何でも出来るアキトなのだが、もちろん、一国を背負うルキウスとでは単純な比較は出来ないのだが、彼は何でも自分一人で抱え込む事はしなかった。
いや、アルメリアに指摘されていなければ、もしかしたらアキトもルキウスと同じ轍を踏んでいた可能性もあるのだが。
それ故、彼は他人に丸投げする事を躊躇しなかった。
まぁ、そもそもアキトは権力やらに興味が薄い、って事もあるのだが。
それが、結果的に良い方向に作用したのである。
先程も言及したが、人間一人に出来る事には限界がある。
逆を返せば、より多くの人々の力を借りれば、それだけ大きい事が出来る、という事でもある。
もちろん、ルキウスとて他者を使う事の効率性は理解していたが、彼はやはりどこまでも権力者なのである。
それ故、自身の知らぬところで何かが起こる事、つまりは新たなる利権やら権力が発生し、それを他者に握られる可能性を嫌って、完全に他の者に丸投げする事が出来なかったのであった。
立場の違い、考え方の違いもあるのだが、最終的には“他人を信頼する”、という本質的な部分で、両者の明暗は分けられたのかもしれないーーー。
・・・
「どうなっているのだっ!!!まだ、状況を改善出来んのかっ!!!???」
「も、申し訳御座いませんっ・・・!!!」
自身の切り札とも言えるランジェロらを派遣したというのに、ロンベリダム帝国内で発生した“(一部)魔法技術使用不可状態”は一向に改善されなかった。
まぁ、そもそも再三述べている通り、“魔素”そのものに干渉するという、この世界の魔法技術の根本的なところをアキトに抑えられてしまった為、それも当たり前の話なのであるが。
それ故、問題を解決する、とか以前の問題なのである。
もちろん、アキトとて鬼ではないので、ルキウスらが正解を引き当てれば、状況を元に戻す事も考えていた。(もっとも、それはルキウスらと言うよりかは、国民の為を思っての事だが。)
つまりは、『ロフォ戦争』の即時中止、引いては、それに投入する予定だった『魔戦車』の生産中止、あるいは凍結を決定すれば良かったのである。
しかし、一度始めた戦争を止める事など、ルキウスに出来る筈もない。
それは、引いてはルキウスの求心力を低下させる行いだからである。
少なくとも、『ロフォ戦争』の大義名分の一つである『拉致被害主救出』という結果を示さないまま軍を撤退する事は、ルキウスがビビって止めた、と周囲には映ってしまいかねないのである。
だが、『ロフォ戦争』を止めない事には状況が改善される筈もなく、残念ながら、この段になってようやくルキウスも気付きつつあったが、彼は既に完全に詰んでいたのである。
もはや苛立ちを隠せなくなったルキウスは、報告を挙げた兵士にまで当たり散らす始末であった。
彼に当たったとしても、全く意味のない事だと言うのに。
「で、ですが、“魔法技術使用不可状態”の原因は特定は出来た様です・・・。」
だが、この伝令兵も伝令兵で、ルキウスの怒りに恐れをなして、言わなくても良い事を言ってしまう。
まぁ、これも彼の職務の一つであるから、致し方ない部分もあったのだが。
「何っ!?それを早く申せっ!して、その原因と言うのはっ!!??」
「そ、それが、どうやら敵は、“魔素”そのものをどうこうしているらしく、・・・つまり、ランジェロ殿が仰るには、完全にお手上げ状態、だとか・・・。」
「~~~っ!!!」
“報連相”は大事な事ではあるが、時として無意味な報告は上司の怒りを更に買う可能性も高い。
まぁ、情報の共有、という意味では、この伝令兵の行動自体は間違っていなかったのだが。
しかし、ルキウスが聞きたかったのは、状況改善の情報であり、最悪な現状報告など今は聞きたくなかったのである。
「・・・誰か、この者の首をはねよっ!」
「・・・・・・・・・はっ?」
「へ、陛下っ!?お、お許しをっ!!!」
「陛下、流石にそれは横暴が過ぎるかと・・・。」
「余の決定に従えぬと言うのかっ!?」
「い、いえ、決してその様な事は御座いませんが・・・。」
追い詰められたルキウスの横暴な振るまいに、流石のタリスマンも彼を諌める。
そもそも、この伝令兵は職務を忠実にこなしただけであり、もちろん、アドリブや空気を読む事が出来なかった部分は存在するにしても、処刑されるいわれは全くないのである。
もっとも、独裁政権下であるロンベリダム帝国内では、ルキウスの言う事は絶対なので、本来ならばここでは速やかにルキウスの命令に従う場面なのだが、やはりここにも綻びが生じ始めていたのであった。
「では、さっさとせんかっ!!!」
「御言葉ですが陛下。それに何の意味が御座いますか?仮にこの者を処刑したとて、一時貴方様の溜飲が下がるだけで、全く無意味で御座いましょう?現実は一切変わりませんぞ?」
「~~~!!!」
タリスマンは、事ここに来て、ようやく己の失策を理解していた。
自分は、ついていく相手を見誤ったのではないか?、と。
しかし、残念ながら、それは時すでに遅し、であったが。
「それよりも、それを踏まえた上でどう対応するかを協議するべきではありませんかな?」
「・・・タリスマン殿。それは陛下も分かっておいでです。しかし、それは考えたくないのですよ。何故ならば、それすなわち、自身の破滅への秒読みを、自らで行う事と同義だからです。」
「あ、貴方は・・・。」
「ニルッ!貴様、今まで何をやっておったのだっ!!??」
タリスマンが現実的な案を進言していたタイミングで、これまで姿をパタリと消していた『血の盟約』のニルがフラリと姿を現したのだった。
「いえいえ陛下。私はあくまでライアド教の遣いですよ?貴方様の部下でもなんでもありませんので、何処で何をしようと自由だと思われますが?」
「くっ、まあ良い。ちょうど良いところに来た。お主とライアド教の力を貸せっ!!」
自身に対する挑発的とも取れる発言をどうにか飲み込み、ルキウスは横柄にそうニルに命じた。
「残念ですが陛下、それは出来かねます。」
「な、何だとっ!!!???」
それに、ニルは即座に断った。
全てが思い通りに行かず、ルキウスは更に激高する。
「貴様らにいくら出資したと思ってるのだっ!?つべこべ言わず、余の言う事を聞けっ!!!」
「・・・それはしっかりとした契約のもとに行われた事でしょう?しかも我々は、それに見合う対価、つまりは貴方様に協力する活動を果たしております。追加で御命令したいのであれば、それ相応の代価をそちらも支払って頂きませんと・・・。」
「何だとっ・・・!」
まるで駄々っ子の様なルキウスに、ニルは呆れた様にそう返した。
これは、完全にニルの言っている事が正論である。
以前から言及している通り、ロンベリダム帝国とライアド教(その中でも特にハイドラス派とは)“蜜月関係”を築いてきた。
それは、ライアド教の権威を利用したい思惑の存在するルキウス側と、ルキウスの影響力を利用したい思惑の存在するライアド教側、双方の利害が一致していたからである。
その為に、ロンベリダム帝国側は献金と表した資金提供をしていた一方で、ライアド教側はそれに見合う活動、仕事をこなしている訳である。
つまり、すでにそこで話は完結している訳であるから、新たに仕事を依頼したいのであれば、当然新たに契約を結び直さなければならない。
これは、むしろ当たり前の話である。
しかし、もはやルキウスには、こんな当たり前の判断も出来ないほど精神的に追い込まれていた訳である。
「それに、私が今日現れたのは、貴方様にお別れを告げに参ったからですよ。」
「・・・・・・・・・はっ?」
「・・・お別れ、ですか?」
「ええ。」
虚を突かれた格好のルキウスは、まるで鳩が豆鉄砲を食らったかの様な表情を浮かべながらポカーンとしていた。
「我々ライアド教は、少なくとも私達“ハイドラス派”は、貴方様との契約を終わらせて頂きたく存じます。今後、貴方様に御協力は致しませんし、逆に貴方様に御協力を要請する事もありません。」
「な、なにを言っておるのだっ・・・?」
「おや、ここまで申し上げても御理解頂けませんか?ーーー要するに、“ハイドラス派”は貴方様を見限る事にしたので御座いますよ。ぶっちゃけてしまうと、これ以上貴方様についても、こちらに旨味がないから、なのですが、ね?」
「き、貴様ぁーーー!!!これまで目をかけてやったと言うのにっ!!」
「ですから、それもこれまではお互い利害が一致したから、でしょう?それに、先程も申し上げましたが、一方的にこちらが助けて頂いた訳では御座いませんので、正当な取引の上での話になりますので、恩義を感じるいわれは御座いませんな。それに・・・。」
「・・・それに?」
まだ、何やらわめき散らすルキウスを尻目に、タリスマンは冷静にニルの言葉の続きを促した。
「貴方様の天下も、すでに終わりが見えております。貴方様に付き合って、共倒れするつもりはこちらにはないのですよ。」
「よ、余の、ロンベリダム帝国の後ろ楯をなくしたら、貴様らなどすぐにっ・・・!」
「それも御心配いりません。我々は、すでにとある物を発見しております故。我が主が仰るには、それさえ手に入れてしまえば、ロンベリダム帝国を気にする必要もない、と。“世界”を手に入れる事も出来るから、とね。それ故に、これからは大きな足枷になりかねないあなた方を、ここに打ち捨てる事としたのですよ。残念ながらこれは、“ハイドラス派”全体の総意であります。覆す事はもはや出来ませんよ。」
「なっ・・・!う、うそだっ・・・。この余がっ・・・?」
まるで、路傍の石でも見るかの様な、ニルの冷たい視線に、プライドの高いルキウスは現実を受け入れられずにいた。
すなわち、自分が利用価値もないほど没落しつつある、という現実に。
「さて、お伝えしましたからな?まぁ、まだライアド教には、“上層部派”と“セレスティア派”が残っておりますからな。そちらをアテにされてはいかがですかな?・・・もっとも、そちらも貴方様の事は見限っておいでかもしれませんが、な。」
「うそ、だ・・・。うそだ、うそだ、うそだ・・・。」
「天才と名高い皇帝陛下と言えど、逆境には脆かったですな・・・。さて、タリスマン殿。貴方には一つ御忠告と御提案を。」
「・・・なんでしょう?」
「我々と共に来るつもりは御座いませんか?残念ながら、現皇帝についていってもこの先未来は御座いません。ロンベリダム帝国は、もはや末期なのです。事ここに至れば、逆転の芽はありませんし、現政権の崩壊は確定事項です。ですが、貴方までそれに付き合う必要はありませんよ。」
「それは、本当に確定事項ですか?あなた方が勝手にそう御判断しただけでは?」
「残念ながらそれはありません。すでにロンベリダム帝国内では、反政府勢力が台頭しつつありますし、それに支援する他国の存在も確認されております。国民の心も離れていく中、現皇帝にそれを打開する一手はありえませんよ。そう理解したからこそ、我々はこうした決定をした訳ですからね。」
「・・・。」
「“世界”というのは、一人の人間が形作っているモノではありません。多くの人々、多くの生命が、様々な考えのもと息つく世界なのです。ならば、それを維持・管理する事は容易ではなく、それをする為には、多くの人々の協力が必要不可欠です。我々が何故ここまでの大きな組織となったのか?その意味を、現皇帝陛下は真に理解していなかったのでしょうな・・・。」
「・・・。」
先程も言及したが、人一人に出来る事はたかが知れている。
それは、どれだけ優れた能力や才能、力を持った者達とて同様である。
ルキウスは人を動かしたり、人を使う事には長けていたが、人々の心に寄り添う事は出来ていないのが実情である。
故に、権力や権限という前提条件が崩壊してしまうと、単純な人望が薄い分、案外脆い存在なのであった。
「まぁ、無理強いはしませんがな。貴方の力は惜しいが、無理矢理従えても、お互いの為にもなりませんし。沈み行く船に居座り続けるのもまた一興。では、私はこれにて。」
「っ・・・!」
来た時と同様、消える時もあっと言う間であった。
ニルが消える直前、タリスマンは何かを言い掛けたが、それを彼は飲み込んだのだった。
こうして、権力や権威などの“衣”が徐々に剥がされたルキウスは、まさに“裸の王様”状態であった。
そんな彼のもとを離れていく貴族や資産家達も多くなり、彼の求心力も一気に低下していった。
そんな状態で事実上の内乱状態に突入する事となる訳であるが、その結果がどうなるかは、これは火を見るよりも明らかであろうーーー。
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