裏取引 2
続きです。
◇◆◇
「さて諸君。昨今の情勢はどう見るかね?」
「そうですなぁ~・・・。」
ジャンがハウゼリーら、ロンベリダム帝国内に居住している先住民族達に協力要請の打診をしていた頃、ロンベリダム帝国内に存在するもう一つの強大な勢力であるライアド教本部にて、教皇である聖マルコフと、枢機卿ら表向きのライアド教の上層部達も密かに会合を行っていた。
以前にも言及したかもしれないが、ライアド教の現体制は非常に複雑怪奇であった。
表向き、ライアド教を統べているのは、教皇である聖マルコフと、その補佐を務める枢機卿達である事には変わりないのだが、しかし、そこに信仰の対象たるハイドラスが間接的に干渉している事によって、特に『ハイドラス派』と呼ばれる一派は彼らの言葉や命令を全く受け付けないのである。
また、その対立軸である『セレスティア派』は、まだ彼らとの関係は良好ではあったが、こちらもある種独立した一派であり、彼らは彼らで独自に動く事が多い。
つまり、ライアド教上層部の存在は、ある意味形骸化しつつあったのである。
言ってしまえば、ライアド教という“くくり”でまとめられてはいるが、今現在のライアド教内には、『上層部派』、『ハイドラス派』、『セレスティア派』という3つの独自勢力が共に混在している状態なのである。
おそらく、放っておいても後々分裂する可能性は極めて高かったのである。
先程も述べた通り、『上層部派』が形骸化しているのは、これは単純に大きな収入源を『ハイドラス派』や『セレスティア派』に握られているからでもある。
『ハイドラス派』は、熱心な信者や信奉者、また、その選民思想が己の存在の正当性と合致していた貴族などの特権階級者の支持を得ていたから、その献金収入は言うまでもなく大きい。
『セレスティア派』は、それに対して市民や貧しい者達が支持していた事もあり、以前は『ハイドラス派』に比べたら献金収入自体は大した事はなかったのであるが、しかし、ククルカンの登場によってその状況は一変しており、献金収入に加えて大きな事業収入を得る事によって、今では『ハイドラス派』に迫る勢いとなっていた。
一方の『上層部派』は、収入自体が乏しい勢力である。
いや、本来ならば、『ハイドラス派』であろうと、『セレスティア派』であろうと、ライアド教という一つの組織であるから、それを統括する上層部自体が稼いでくる必要はないのだが、ここら辺はやはり宗教団体とは言え“組織”なのである。
稼ぎ頭の影響力や発言力は大きくなり、いつの間にか力関係が逆転していた、なんて事はよくある話であった。
そうなれば、面白くないのが人の心理というものである。
それに、組織として考えると、命令系統がごちゃごちゃしていたり、命令を一切受け付けない派閥の存在はあまり望ましい状況ではないだろう。
それ故に、『上層部派』は、いつしか自分達のもとに健全な体制が戻ってくる事を信じて、細々と、また日和見を続けながら存続していたのであった。
「まさか、この様な事態となる事は想定外でしたな。魔法技術の一部使用不可状態、ですか。まぁ、我々の持つ回復魔法は使用可能なので、直接的に我々に影響がある訳ではありませんが・・・。」
「しかし、ロンベリダム帝国にとってはその限りではなかろう?魔法技術、特に『魔道具』の存在は、ロンベリダム帝国の軍事や経済を支えている根幹だ。それが使用不可だとしたら、市民の生活は立ち行かなくなる。それは、ロンベリダム帝国にとっても、また我々にとっても、非常に悪い流れであろう。」
「確かに・・・。しかも、ロンベリダム帝国は『ロフォ戦争』まで抱えておる。それだけでも市民への負担は増していると言うのに、そこへ来て魔法技術が使用不可となれば、市民生活は益々厳しくなるだろう。それは、我々への献金が目減りする事にも繋がる、か・・・。」
「いやいや、それどころの騒ぎではありませんぞっ!?このまま状況が改善されなければ、最悪、ロンベリダム帝国が割れる事すら起こり得ます。そしてそれは、ロンベリダム帝国から大きな献金を受けている我々にも、当然無関係な話ではありませんぞっ!?」
「・・・それなのよな・・・。」
「「「「「・・・。」」」」」
以前にも言及したかもしれないが、ライアド教はロンベリダム帝国と蜜月関係にあった。
ライアド教の権威を利用したい思惑の存在するルキウス側と、ルキウスの持つ影響力を利用したい思惑の存在するライアド教とで、上手くバランスが取れていたのである。
しかし、ロンベリダム帝国の情勢が厳しい状況となってくると、話は変わってきてしまう。
もちろん、この状態はそれこそ神にでもすがりたくなる様な状況でもあるから、短期的にはライアド教の影響力を益々高める事に繋がる可能性もあるが、しかし、結局は物事が解決しない事にはそれも意味がない訳だ。
しかも、ライアド教としてもロンベリダム帝国側としても、残念ながらこの騒動を鎮圧する具体的なプランを持っていなかったのである。
(まぁ、そもそも、アキトが介入した時点で、それこそ他の神々、特に魔法体系や情報処理系に特化した神性でもないと解決を図る事は難しい事態となっているから、いくら天才と名高いルキウスや、魔法技術に深い造形を持つランジェロと言えど、ただの人間にどうにか出来る領域はとっくに通り過ぎているので当然と言えば当然なのだが。)
「実際、既に反政府勢力が動き始めているという報告も挙がっています。それも、市民が暴徒化する、という小規模な話ではなく、先住民族達や一部貴族すら取り込んで、徐々にその勢力を拡大している、とも。まぁ、どちらも正確は情報ではありませんが。」
「ふむ・・・。」
「いずれ、その者達は我々とも接触してくる可能性が高いですな。我々の権威を利用する為に。」
「で、あるな。・・・して、そうなった場合、我々はどちらにつくのが得策だと思われるか?諸君らの率直な意見を聞いておきたい。」
「「「「っ!?」」」」
「・・・ロンベリダム帝国を見限るおつもりで?」
「嫌らしい話、我々はあくまで独立した団体だ。ロンベリダム帝国に忠誠を誓っている訳ではない。それ故に、もし仮にロンベリダム帝国の現政権が倒れる事となれば、当然彼らとの関係を見直さなければならない。何も、共倒れする必要はないのだからな。」
「・・・確かに。」
「それに、大事なのは“国”という器ではなく、その中に暮らす市民、つまりは信者、あるいは信者に成り得る人々の存在だ。我々がロンベリダム帝国と蜜月関係を築いてきたのも、彼らの影響力が我々にとっても利用出来るからに過ぎん。仮に、その影響力が現政権から反政府勢力に移管する事になれば、我々としてはそちらにつく方が合理的、というものだろう?」
「ふむ・・・。」
ここら辺は聖マルコフの言う通り、ライアド教はあくまで宗教団体かつ独立した勢力なのである。
今はまだ、ロンベリダム帝国の現政権は健在ではあるが、昨今の情勢を鑑みれば、明らかに窮地に立たされている事は明白である。
ならば、ライアド教としては、今の内から自らの立ち位置を考えておかないとならない。
仮に、反政府活動が活発化し、現政権が倒れる事となれば、ライアド教としては、当然反政府側にすり寄る方が得策であるし、逆に現政権が盛り返す事があれば、現状維持の方が得策なのである。
「私は、反政府側につくのが良いと思います。」
「プロス卿・・・。して、その真意は?」
そこへ、これまで押し黙っていたプロス(上層部の者達は気付いていなかったが、彼は『セレスティアの慈悲』の一員である。すなわちある種のスパイであった。)がおもむろに言葉を切り出した。
「もちろん、ある程度情勢は見極める必要がありますが、仮に反政府側が優位に立つ様な事があれば、その影響力は現政権より大きい、と考えられるからですよ。」
「それはどういう・・・?むしろ逆ではないか?」
「いえいえ、そんな事は決してありませんぞ?結構簡単な話ですが、現政権は、良くも悪くも現皇帝の思想が色濃く反映されています。つまり、我々からしたら、その影響力も限定的である、と言わざるを得ないのです。」
「・・・?どういう事だ???」
「皆さんも、考えても見てください。彼の政策は、一見合理的に見えますが、その実、実際には結構細かいところを取り零しているのですよ。例えば、蛮人とか、“大地の裂け目”勢力、とかね?」
「「「「???」」」」
「あっ・・・!つ、つまり、蛮人や“大地の裂け目”勢力を、新たなる信者として獲得出来る可能性があるっ・・・!!!???」
「「「「っ!!!」」」」
聖マルコフを含め、他の枢機卿達もプロスの言っている事が理解出来なかったのだが、その中の一人の枢機卿は、失念していた、という風にプロスの真意に辿り着いていた。
「その通りです。もちろん、今現在のロンベリダム帝国では、周辺国家群、すなわち蛮人、いや、ここでは先住民族達、と呼ばせて頂きますが、と一見友好関係を結んでいます。それ故に、我々の教えを広める事は十分に可能だとは思われますが、しかし、それだけです。先程のお話が本当であれば、反政府側は、この国に存在する奴隷、いえ、元・先住民族達を取り込んでいるそうですし、こちらは確定した話ではないものの、“大地の裂け目”勢力とも対立する意図がない様に思われます。と、言うか、ぶっちゃけると対立するだけの力もないでしょうし、対立するだけ損だと考えると思われます。」
「何故だ?いや、こういう言い方は、宗教者としてはどうかと思うが、力付くで奪う方が良い場面もあろう?『大地の裂け目』は、豊富な地下資源が存在するそうだし。」
「仰りたい事は分かりますが、失礼だがそれは些か短慮であると申し上げなければなりませんな。確かに、力に寄る一方的な支配は非常に単純明快ですし、実際歴史的にも枚挙に暇がない事例でしょう。現に、それでロンベリダム帝国もある種成功していますからね。しかし、その一方で、そうした事が上手くいった試しが、実のところ一つもないのです。実際、歴史的にもそうした軍事国家、武装勢力が一時隆盛を誇る事もありますが、いずれもそうした国々、勢力は滅び去っています。まぁ、その後継の国々や勢力もない事はないので、完全に滅びた、とは言い難いのですがね。つまり、何が言いたいかと言うと、簡単に手に入る結果は、簡単に覆ってしまう、と言う事ですよ。実際、我々はどうしてここまで勢力を拡大する事が出来たのでしょうか?まぁ、中には汚い話もない事はないのですが、我々が力に頼り切らなかったからです。」
「う、うむ・・・。」
「それに、武力に寄る支配は、とてつもない弱点を抱えています。それは、相手に恨まれてしまう、という事ですね。当然、皆さんに愛されるべき我々がそれをしないのは道理ですが、それは反政府側にとっても同様です。少なくとも、現時点では反政府側の狙いは現政権側だけですし、“大地の裂け目”勢力と争っている余力はありません。ならば、現時点で“大地の裂け目”側とも敵対するのは悪手でしかない。まぁ、将来的にはどうなるかは不透明ですが、こちらも、先程も述べた理論から、可能性は極めて低いと言えるでしょう。それに噂では、反政府側の中心人物と目される者は、商家の出の様ですから、我々以上に損得勘定に敏感であろう者が、そんな危険を犯すとも考えられないからです。となれば、むしろ友好関係を結ぶ目算が高く、つまり、今の内から反政府側についておいた方が、我々にとって利が大きい、とも言える訳ですな。」
「ふぅ~む。」
「「「・・・。」」」
「し、しかし、プロス卿。仰りたい事は何となく理解したが、流石に時期尚早なのではないかな?現政権が健在である今の内から反政府側についていたら、仮に現政権が盛り返してきたら、我々の立つ瀬がなくなると思われるが?」
「それは確かにそうなのですが・・・、しかし、私が反政府側を推す理由は、実はもう一つあります。」
「それは・・・、何だね?」
「ククルカン殿と『セレスティア派』の存在ですよ。」
「「「「・・・?」」」」
「あっ・・・!か、彼らは、今現在、『ロフォ戦争』に従軍中でしたな・・・。まぁ、直接“大地の裂け目”勢力と争っている訳ではありませんが。」
「そうです。むしろ彼の性格、まぁ、私もそこまで詳しいほど親しくはありませんが、から鑑みれば、ロンベリダム帝国側、“大地の裂け目”勢力どちらも関係なく、治療を施している可能性が高い。まぁ、通常ならば考えられない事態なのですが、彼はその回復魔法だけでなく、武力も我々の想像力を遥かに超越しているレベルですから、絶対にない、とは言い切れないでしょう。そして、仮に私の想像通りだった場合、彼に救われた者達は、彼に大きな感謝の念を抱く事でしょう。まぁこれは、間接的にライアド教へも良い作用をもたらすかもしれませんが、その一方で、彼の影響力が益々高まる恐れもある。」
「「「「「あっ・・・!」」」」」
プロスの言葉に、聖マルコフと他の枢機卿達は、納得の表情を浮かべていた。
「つまり、ここで我々が反政府側につかなかった場合、仮に現政権が倒されると仮定すると、ククルカン殿と『セレスティア派』の影響力が益々強くなる。場合によっては、我々や『ハイドラス派』を取り込んで、あるいは排除して、新生ライアド教として生まれ変わる可能性が高い訳か・・・。」
「その通り。それを回避する為には、今の内から我々が反政府側を支持していた、と言う、一種の工作活動が必要なんですよ。何でもそうですが、黎明期から参入している者と、新規参入した者とでは、反政府側としても対外的にも心証が違います。よくあるでしょう?古参の味方と新参者とでは、扱い方がまるで違う事が。」
「ふむ・・・。」
「なるほど・・・。」
もちろん、日和見を否定するつもりはないが、むしろ状況をしっかり見極めた上で決断や行動する事は、特に大きな組織を率いる者にとっては重要なポイントとなるのだが、時に素早い判断が命運を分ける事もしばしばある。
当たり前だが、古くからの仲間と新参者では、古くからの仲間を重宝するのが人の心理というモノである。
まぁ、逆にいくら優秀な人材とは言えど、新参者を重宝してしまえば、古くからの仲間との関係にヒビを入れてしまいかねないので、仮にその者が無能寄りだったとしても、無下には出来ない、という悪い側面もあるのだが。
仮に、この時点で『上層部派』が反政府側を支持していた場合、後にククルカンや『セレスティア派』が影響力を増したとしても、その主導権を『セレスティア派』に奪われる事を回避出来る可能性が高い。
逆に言えば、ここで動かなければ、『上層部派』の命運は潰える、と言っても過言ではないのである。
「それしかない、か・・・。」
「そうですな・・・。」
「少々、危険な賭けではありますが、致し方ありますまい。」
プロスの言葉に納得した聖マルコフと他の枢機卿達は、プロスの意見を取り入れる方向に傾き掛けた。
「ですが、矛盾する様ですが、現政権側との繋がりを今すぐ断ち切る必要もありませんよ。」
「「「「っ!?」」」」
「いやいや、プロス卿。それは流石に虫が良すぎるのでは?第一、それを反政府側としても現政権側としても、認める事は・・・。」
「いえ、認めると思いますよ?まぁ、もちろん、かなり上手く立ち回る必要は当然ありますが、実はこれは反政府側としても現政権側としても渡りに船な事柄だからです。」
「・・・と、申しますと?」
しかし、ここで更にプロスが爆弾を投入した事で、聖マルコフや他の枢機卿らは困惑の表情を浮かべていた。
「当たり前ですが、現政権側とて一枚岩ではありません。中には、乗り換えを検討している者達も存在する筈です。しかし、それは現皇帝の手前難しい。逆に、反政府側としても、なるべくならば対立や衝突は最小限に抑えるのが望ましい訳です。少なくとも、現時点では、まだまだ現政権の武力や影響力は圧倒的ですからね。つまり、反政府側としても上手く立ち回って相手を切り崩したい、と言うのが本音でしょうな。そして、現政権側とも近い我々には、そうした工作をする事が比較的容易な訳です。少なくとも、いきなりやって来た得体の知れない者の言葉よりも、それなりの関係性を構築している我々の言葉の方が、すんなり受け入れやすいでしょう?」
「・・・なるほど。つまり、現政権側、反政府側双方に、恩を売っておこう、と言う訳ですな?」
「身も蓋もない言い方をするならばその通りです。まぁ、我々は宗教者ですから、無闇な殺生を見過ごす事が出来なかった、などといくらでも言い訳は立ちますしね。で、結果としては、仰る通り、双方に恩を売る事が可能な訳ですから、益々我々への扱いを無下に出来なくなる、という寸法です。」
「・・・二枚舌外交か・・・。それ故、反政府側にすり寄りつつ、現政権側とも上手くやる、という訳だな?まぁ、言うのは簡単だが、達成するのは難しい・・・。しかし、やりきれれば、我々の存在は磐石なモノとなる。」
「もちろん、言い出した以上、私がそれを主導する用意があります。当然、皆様にお認め頂ければ、と言う前提条件はつきますがね。それに、場合によっては、皆様にも御協力頂きたい。」
「・・・うむ、であるか。・・・では、他の者の意見はどうだ?」
「・・・いずれにせよ、このまま座して何もせぬままでは、我々の立場はこれまでです。私は、プロス卿の提案を支持します。」
「私もだ。もっとも、些か厳しいところがある事は否定出来ないので、全面的に支持する訳ではないが・・・、大枠ではプロス卿の案が適当であると思われる。」
「異議なし。」
「右に同じく。」
「・・・。」
最後に、聖マルコフがその場の皆の意見を取りまとめに入った。
が、一部を修正する必要性は訴えたものの、明らかな反対意見は出てこなかった。
「決まり、だな。では、この件はプロス卿に主導して貰う事としよう。皆も、プロス卿から協力を要請されたら、なるべく便宜を図ってくれたまえ。」
「「「「「ハッ!!!」」」」」
「つつしんで拝命致します。それと、なるべく皆様のお手を煩わせる事は避けたいとは思いますが、とは言え、私一人程度にやれる事には限界が存在しますので、いざと言う時は皆様のお力添えを期待しております。どうか、よろしくお願いいたします。」
「「「「「「・・・。」」」」」」
プロスがそう締め括ると、聖マルコフと他の枢機卿達は無言で頷いたのだったーーー。
・・・
「やあやあ、プロスくん。面と向かって顔を合わせるのは、何だか久方ぶりだねぇ~。」
「これはヴァニタス様。この間連絡を取り合って以来ですなぁ~。して、直接赴かれて、私に何用ですかな?」
「もぉ~、決まってるでしょ~?キミがこの間言っていた事とは別方向に動き始めたから、気になって来てみたんだよぉ~!」
「ああ、なるほど。」
聖マルコフらとの会合を終えたプロスは、プロス専用の私室に戻っていた。
そこには、自身の名目上の真の主、ヴァニタスが我が物顔でふんぞり返っていたが、そこはそれ、プロスはそんな事で気分を害する事もなかったが。
「説明して貰える?キミに、どんな心境の変化があったんだい?」
それに、一見ヘラヘラとした態度を取ってはいるが、その実、目の前の存在が自身を軽く消し去る事が出来る力の持ち主である事も理解していたのもある。
今も、プロスに向けてニコニコとした態度ながら、その実、ピリピリとしたプレッシャーがプロスに投げ掛けられていた事を、プロスは肌で感じていた。
しかし、流石にヴァニタスとはそれなりに付き合いがあるプロスである。
その程度のプレッシャーはものともせず、彼の疑問に答えてみせる。
「ヴァニタス様は御存知だったと思いますが、私の真の目的は、ロンベリダム帝国を滅ぼす事にあります。」
「そういえばそうだったね。けど、いくらなんでもそれは無茶が過ぎる。それ故に、ロンベリダム帝国に対する嫌がらせにシフトした訳だよね?」
「その通りです。今回の『ロフォ戦争』にしても、それでロンベリダム帝国が滅ぶとは思っていませんでした。しかし、戦争を長引かせる事で、ロンベリダム帝国に対して間接的に嫌がらせが出来ます。」
「だから、ククルカンくんの“前線送り”に対しても、裏で手を回した。更には、アーロスくん達を唆し、『ハイドラス派』に合流する様に仕向けた。『ロフォ戦争』だけでなく、ライアド教内のゴタゴタも“大地の裂け目”内に持ち込む事で、更に混乱を増長させようとした、ってトコか。」
「流石にお見通しですな。その通りです。ライアド教は、ロンベリダム帝国とも関係の深い団体だ。そこもゴタゴタに巻き込めれば、ロンベリダム帝国にとっても痛手となりますからな。」
「ふむふむ。」
「それで満足か、と問われれば、まぁ、ハイ、と言う感じでしたね。まぁ、ロンベリダム帝国側の人間が、破滅していく様を想像すると得も言われぬ興奮が押し寄せて来ますが、それも、ただの代償行為に過ぎませんし。」
「アッハッハ~!」
“やっぱり、何処か壊れてるよねぇ~?”
と、ヴァニタスは密かに呟いたが、プロスの独白の続きが気になり、あえてそれを指摘する事もなかったが。
「当初は、以前にも言及したかもしれませんが、そこで私も現場に赴いて、それらを眺めながら己を慰める、つもりでした。しかし、その矢先、ロンベリダム帝国で奇妙な現象が起こり始める。」
「(一部)魔法技術の使用不可、か。アキトくんが仕掛けた罠だねぇ~。」
「やはり、彼の英雄が一枚噛んでいましたか。おそらくそうではないか、とは思っていましたが・・・。まぁ、しかし、これを誰が仕掛けたか、などは些細な問題です。重要なのは、これが使える、と言う事ですからね。」
「なるほどなるほど。ようやく話が見えてきたよ。この件を利用すれば、キミの長年の宿願が果たされるのではないか、ってキミは考えた訳だね?」
「そうです。魔法技術は、ロンベリダム帝国を象徴するモノである、と同時に弱点とも成り得る。軍事や経済、果ては市民の生活にも、魔法技術は深く浸透していますからね。そんな、ある種の社会の根幹が揺らぐ事となれば、ロンベリダム帝国は大混乱を引き起こす事でしょう。もっとも、そんな事が可能だとは、流石の私でも予測がつきませんでしたがね。」
「それはボクもさ。アキトくんがやった事は、ボクでも再現が不可能だからね。いくら神性のはしくれって言っても、ボクは情報処理は専門外だし。おそらく、お母様やハイドラスにも不可能だね。」
「それほどの“術儀”をっ・・・!まぁ、彼の英雄がどれほど並外れた存在である事は、今は置いておきましょう。重要なのは、先程も述べた通り、この件を利用すれば、私の宿願を果たせる可能性が極めて高い事です。」
「・・・ふむ。」
「そう考えた私は、当初の予定を変更する事としたのですよ。後は知っての通り、『上層部派』を焚き付けて、ライアド教としてもこの件に関与する様に仕向けた、という訳ですな。」
「なるほどねぇ~。」
「まぁ、当初の予定を反故にした事は申し訳なく思いますが、しかし、ヴァニタス様としてもこれは面白い事ではありませんか?言ってしまえば、この件は、ロンベリダム帝国の内乱です。と、なれば、良い悪いはともかくとして、ロンベリダム帝国の人間が、それこそ現政権の人間も反政府側の人間も、己の思惑を抱えながら右往左往する事となりますからな。」
「・・・それもそうだねぇ~?言ってしまえば、己の“正義”を懸けた、人と人のぶつかり合い、か。『ロフォ戦争』もある意味そうだけど、こちらは“大地の裂け目”側は巻き込まれた感が否めないから、むしろ率先して自分達で争う、って意味なら、こちらの方が面白いかも。」
「・・・でしょう?」
歪んだ表情を浮かべるプロスに、ヴァニタスは笑いながら謝罪した。
「ごめんごめん。確かにこれは、キミの言う通り、非常に面白そうなショーだよ。いやぁ~、ボクはキミが裏切ったんじゃないかと心配でね。」
「そんな滅相もない。」
「いやいや、むしろ良くやってくれたよ。『ロフォ戦争』に加え、ロンベリダム帝国の内乱騒動だ。いやぁ~、退屈しないねぇ~。しかも、何だか、『ハイドラス派』の方も動きがあった様だし、アキトくんもまた何か仕出かしてくれそうだしねぇ~。逆に、ボクはどれを見れば良いのか迷っちゃうほどだよ。」
「ほう、そうなのですか。」
「うんうん。まぁ、キミは『ハイドラス派』の事は気にしなくても良いよ。どうせ、あちらはアキトくんとの因縁が深いからね。むしろ、下手にあちら側に関与しようとすると、手痛いしっぺ返しを食らう可能性のが高い。キミはキミで、ロンベリダム帝国の崩壊に注力するといいさ。」
「ハッ、仰せのままに。」
むしろ、ヴァニタスは、予想外の事が起きた事に対して、上機嫌となっていた。
ヴァニタスからのプレッシャーが鳴りを潜めた事で、プロスは内心安堵していた。
「必要なら、ボクも何か手助けしても良いけど・・・、その様子なら必要ない、かな?」
「そうですな。必要ならそうさせて頂きますが、おそらくヴァニタス様のお手を煩わせずとも、ロンベリダム帝国はもはや終わりであると思います。ヴァニタス様はその様を、面白おかしく眺めていられればよろしいかと。」
「そうかい。黒幕を気取るのも面白いけど、傍観者として眺めるのも、確かにそれはそれでオツかもねぇ~。了解了解。じゃあ、キミの思う通りにやってみると良いよ。」
「ハッ。」
「うんうん。来てみて良かったなぁ~。じゃあ、まったねぇ~。」
嵐の様に去っていったヴァニタスを見送り、プロスは、ややあってひとりごちた。
「・・・さて、ヴァニタス様のお墨付きも頂けた事だし、せいぜい暗躍するとしますかね。」
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