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『英雄の因子』所持者の『異世界生活日記』  作者: 笠井 裕二
ロンベリダム革命
229/383

裏取引 1

続きです。


政治的攻防が続きますが、アキトらの活躍も後に控えていますので、長い目でお付き合い頂ければ幸いです。



◇◆◇



「今更俺に何の用だ、ジャック・ニコライ?と言うか、こっちはなるべくならば貴様の顔など見たくもなかったのだがね?」

「返す言葉も御座いません、ハウゼリー殿。しかし、私も恥を忍んででも貴方にお願いしたい義が御座いまして、本日こうして馳せ参じた次第であります。」

「ふん・・・。」



以前にも言及したが、ロンベリダム帝国内では魔法技術の地域格差を埋める労働力として、先住民族達が“奴隷”としてかなりの数が流入していた。

もちろん、彼らが反抗しない様にと『隷属の首輪』で縛り付けた状態で、なのだが、こちらも以前にも言及した通り『隷属の首輪』もピンからキリまで存在し、メルヴィの例にもある通り、行動を抑制出来ても言動までは不可能なケースも存在していた。

また、当然ながら『隷属の首輪』も完璧な代物ではないので、場合によっては相手に通用しないケースも存在したのである。


ちなみに、もちろんアキトにも通用しない。

いや、もしかしたら以前の彼ならば、もちろん不意打ちでもしない限りは不可能に近いのであるが、上手く首輪を身に付けさせる事が出来れば通用したかもしれない。

しかし、既に神性の域に達している彼の強靭かつ強大な精神を縛るほどの『魔道具(マジックアイテム)』は、それこそ古代魔道文明時代の『失われし遺産(ロストテクノロジー)』でも存在しなかったのである。


そうでなくとも、魔法技術に深い見識を持つに至っている彼ならば、術式を狂わせるなどの対処法により、正常な動作をしない様にする事も可能である。

そして、それと同様に、現代魔法とは異なる発展を遂げた“呪術”の中には、現代魔法の術式を受け付けないモノも存在していたのである。


今現在、ジャック・ニコライことジャンと面会しているハウゼリーと呼ばれた男も、そうした現代魔法の術式を受け付けない珍しい“呪術”の使い手だったのであるーーー。



「しかし、素晴らしい邸宅ですな。」

「世辞は良い。さっきも言ったが、俺は貴様の顔など見たくもないのだ。さっさと用件だけ話せ。」

「・・・。」


取り付く島もないハウゼリーの態度に、ジャンは苦笑いを浮かべていた。

しかし、彼のこの態度も、事情を知っていればむしろ当たり前の反応なので、ジャンとしてもそうした態度を咎める事は一切なかったのである。



先程も述べた通り、ハウゼリーは、自身の“呪術”のお陰で早々に奴隷から自由の身分となったのだが、だったらさっさと故郷に帰れば良い、と思われるかもしれないが、事はそう簡単な話ではなかった。


と、言うのも、これも以前に言及した通り、彼が奴隷化してしまった理由は、同じ先住民族達との争いに敗れたからであり、つまり、もはや戻ったところで居場所など存在しなくなっていたからである。

それ故に、自由になったからと言っても、故郷、彼にとっては現周辺国家群に戻るに戻れない状況だった訳である。


そこで、ハウゼリーは、ロンベリダム帝国(この国)で細々と活動を始めたのである。

復興をするなり、復権をするなりするにしても、世の中何を置いても人材や資金が必要となってくる。

が、ほとんど身一つでロンベリダム帝国(この国)にやって来た彼には、そんなモノがある筈もない。

それ故に、それを蓄える為にも、合法、非合法問わず、それらをかき集める必要があった。


ちなみに、ハウゼリーの“呪術”は、所謂『精神干渉系』に属する魔法体系であった。

それ故に、同じカテゴリーに属する『隷属の首輪』の効果を脱する事が出来た訳だが、同時にかなりテクニカルな技術を要求される事もあって、事戦闘にはかなり不向きな技術でもある。


いや、もちろん、幻術を得意とするアキトらの様に、立ち回りさえキッチリ理解していれば戦闘にも応用が可能なのだが、しかしそれはあくまでアキトらが特殊なのであって、また、素の身体能力や戦闘能力が高いからこそ活かせる事でもある。

特殊な能力さえ持っていれば戦闘に勝利出来るほど、世の中甘いモノではなかったのである。


こうした特徴もあって、彼は他の先住民族達との争いには敗れた訳だが、しかし、別の場面では、これは非常に強力な手札となる。

それが、所謂“交渉事”であった。


ここら辺は、かつてアキトらと対決した事もあるニコラウスとも似通った部分が存在するかもしれない。

生まれつき魔素との親和性の高かったニコラウスは、『魔眼』という特殊な能力を持っていて、しかし、それすなわち戦闘に活かせる訳ではなかったが、人々の精神に干渉する事で、人々を意のままに操る事が出来た訳だ。

その末で彼は、最終的には国を裏側から操ったり、巨万の富を得る事すら出来た訳だから、『精神干渉系』の技術は場合によっては非常に凶悪な代物となる事が分かる事だろう。


ハウゼリーも、その点はよく理解していたのである。

少なくとも、自身の戦闘能力がさほど高くはない事も理解していたし、また、やはり人一人に出来る事は限られている事も理解していた。

そんな状況でも何とかするとしたら、自身の能力を活かして、相手を騙すのがもっとも手っ取り早い手段だったのである。


『隷属の首輪』の効果からいち早く脱した彼はまず、自分を買い取った貴族の精神に介入し、その貴族家を乗っ取る算段をつけた。

もちろん、表向きは不審に思われない様に、その貴族らは生かしたままであったが。

こうして、ハウゼリーは、密かにとある貴族家を乗っ取り、一緒に捕らわれていた同郷の者達も密かに解放していたのである。


その後、その貴族を操り、同胞達と共に独立を果たす。

と、言っても、実際はこれはあまり不自然な事ではなかったりもする。


もちろん、それは奴隷の所有者によってはその考え方もマチマチではあったが、一言に奴隷と言っても、彼らは物ではなく、すなわち生きた存在だ。

つまりは、彼らを労働力として働かせる為には、当然、その所有者らは、少なくとも、彼らの衣食住を整える必要があるのである。


当たり前だが、人は食べないと生きていけない。

更に、せっかく高い金で買い取った奴隷に早々に死なれては、それこそ金の無駄となる訳だ。

それ故に、よほどの道楽者か大金持ちでもない限り、奴隷化した先住民族達を無下に扱う事など、それこそ愚の骨頂なのである。


もちろん、ルキウスのプロパガンダによる差別意識はあるかもしれないが、更には、所謂“虐待”の様な行為がなかったとは言わないが、遊び半分で虐殺する事などはなかったのである。


いや、むしろ、優秀な労働者には、開墾した土地を与え、自由身分とまでは行かなかったが、独立と一定程度の自由を与える事すらしていた者達も多い。

まぁ、これは、先程も述べた奴隷を養う必要があった事の裏返しであり、つまり、自分の食い扶持は自分で稼いで貰う方が所有者の負担を減らせる事もあって、そうした方策を打ち出した者達も多かったのである。

この様に、自由身分ではないモノの、農業従事者として独立を果たす事自体は、決して珍しい事ではなかったのであった。


まぁ、ハウゼリーがその事を知っていたかどうかは定かではないが、こうしてハウゼリーは、農業従事者として独立を果たし、一緒に解放した仲間と力を合わせ、その地域ではかなりの大きな豪農となっていったのであった。


で、どんな事でも同じだが、また、出身の有無はあるのだが、ある程度の力を有する様になった者達を、周囲も無視は出来なくなるモノだ。

そもそも、その地域一帯を治めていた貴族家はハウゼリーの手の中でもあったし、これもあって、実質的にハウゼリーは、その地域のトップとなっていったのであった。


今現在では、その地域一帯の顔役となり、一般の農業従事者達からの相談や、貴族家との仲介を頼まれるまでになっていた。

彼が求めていた、人材と資金が、少しずつ集まってきていたのである。


そんな折に、ハウゼリーのもとにジャンが現れた訳である。

ハウゼリーは、メルヴィとは違い、周辺国家群に住んでいた頃は特別な立場を持たない男だったが、先住民族達とも友好的に接していたブルック家の存在は知っていたし、また、幼い頃のジャンを遠目に見た覚えがある。

更には、後に成長したジャンと、これもメルヴィと同様であるが、奴隷商と奴隷という立場となって(一方的な)再会を果たしており、少なからず、ジャンに対する嫌悪感を持っていたのであった。


それが、今の様な態度となって現れていたのである。

今現在のジャンは、自分自身の罪と向き合う覚悟が出来ていた為に、ハウゼリーの態度に逆ギレする事もなく、しっかりと真正面から受け止める事が出来ていたがーーー。



「では、単刀直入に申し上げます。ロンベリダム帝国(この国)の現政権を打ち倒す為に、あなた方のお(チカラ)をお貸し頂きたい。」

「なっ・・・!!!???」


ハウゼリーの言葉を受けて、下手なおべっかは逆効果と見たジャンは、本当に単刀直入に切り出した。

それには、流石にそんな言葉が出てくるとは思っていなかったハウゼリーも素で驚いた表情を浮かべる。


「・・・貴様、気でも狂ったか?いや、それもそうだが、我々を奴隷に陥れた貴様が、どの口でそんな事をのたまってるのだっ!?」

「私は冷静ですので御心配なく。それと、その事を言われると心苦しいのですが、しかし、私としてもそれが一番最良の手でもありました。また、まぁ、私が言えた立場ではありませんが、これはあなた方にとっても悪くなかった事でしょう。」

「それこそどの口でモノを言ってるのだ、貴様っ!我々がどれほどの屈辱を味わったと思っているっ!!くびり殺してやろうかっ!!!???」


まるで反省していないかの様なジャンの態度に、ハウゼリーは激高する。

しかし、対するジャンは、極めて冷静にハウゼリーに返した。


「では逆にお聞きします。仮に私があなた方を奴隷化しなかった場合、あなた方の命運がどうなっていたかはお分かりですか?」

「・・・何ぃっ!?」

「おそらくですが、あなた方の大半は既にこの世には存在していなかった事でしょう。何故ならば、もちろん、直接的な要因はロンベリダム帝国(この国)との争いに寄るモノでしたが、その後、まぁ、考え方の違いなど、表向きは政治的な理由もあるのですが、本質的にはロンベリダム帝国(この国)によって、かつて住んでいた土地を追いやられた結果、先住民族達同士で争う事となってしまったからです。当たり前ですが、農業をするにしても、狩りをするにしても、ある程度の領域が必要となる。しかし、その土地が狭くなり、それに対して先住民族達の数が多くなってしまった。そうなれば、先住民族達は己の食い扶持を確保する為には、他の部族を排除する必要性が出てしまったのです。これが、周辺国家群の内乱の正体なのです。」

「っ・・・!」


思い当たる節のあったハウゼリーは、ジャンの言葉に二の句がつげなかった。


ここら辺は、向こうの世界(現代地球)でも簡単に起こり得る現象である。

ここでは先住民族達は争いに果ての出来事であったが、例えば災害などの現象により、これまでの生活から環境が変わってしまった結果、食糧の奪い合いが起こる事はよくある事である。


先程も述べたが、人は(これは人に限らずではあるが)食べないと生きていけない生き物だ。

そして、“衣食足りて礼節を知る”という故事もある通り、逆に衣食が足りなければ、人の道徳心などすぐに吹っ飛んでしまうモノでもあるのだ。


その結果として、政治的な云々という建前はあったのだが、先住民族同士で争う事となり、そして、その根底にあるのが食糧危機であるから、争いの結果、()()()()()()相手を滅ぼすのがもっとも効率的な訳である。

先程も述べたが、食い扶持が減れば、それだけ自分達が生き残れるチャンスな訳だから、生死がかかっている場面では、もはや倫理観や道徳心などない訳である。


ところが、ここに()()すべき敵対者を買い取る、という者が現れれば、状況はかなり変わってくるだろう。

少なくとも、今までは邪魔者でしかなかった敵対者が、商売道具へと早変わりするのだ。

そうなれば、なるべく敵対者を殺さずに確保する方が利益を生み出せる訳だから、争いの毛色が変わってくる。


その結果として、先住民族同士の争いに敗れた者達が、口減らしの為にただ殺されるのではなく、捕らえられ、奴隷化される、という現象が起こった訳であった。

で、以前にも言及したが、ロンベリダム帝国側でも、魔法技術の地域格差もあって、労働力の需要が高まっていた事もあり、この商売が成り立っていた訳だ。


この様に、方法は決して誉められた手段ではないものの、また、奴隷化するという、ハウゼリーらに取っては屈辱以外の何物でもない事とは言え、結果としてジャンは、ただ殺されるだけの運命だった彼らを救い出した事ともなる訳であった。

まぁ、ジャンにしてみてもそれは決して誇れる事ではないから、アキトと接触するまでは、それを交渉の手札とする事など考えもしなかったのであるが。


「だから感謝しろ、とでも?」

「いえいえ、私もそこまで厚顔無恥ではありませんよ。それに、結果としてあなた方の命を救った事も事実ですが、またその一方で、あなた方に屈辱や負担を強いたのも事実でしょう。まぁ、それに関しては、私としても色々と事情があったのですがね。ルキウスに一矢報いるにしても、私一人の(チカラ)では到底太刀打ち出来ませんでした。ならば、手っ取り早く(チカラ)を身に付けるには、金の(チカラ)に頼る他ありませんでしたからね。」


言い方は悪いが、奴隷商は初期投資が容易でもある。

もちろん、ジャン自身でハウゼリーらを捕らえるとしたならばその限りではないが、あくまでハウゼリーらを捕らえたのは同じ先住民族の者達であり、ジャンは先住民族達からハウゼリーらを買い取ったに過ぎない。

それ故に、“蛮人(バルバロイ)狩り”をする必要がないので、武力に寄る先行投資が必要なく、もちろん、ハウゼリーらを買い取る資金は必要なものの、それは他の商売でも同じ事である。


しかも、先程から何度となく述べている通り、ロンベリダム帝国(この国)の魔法技術の地域格差もあり、労働力の需要は、特に地方を中心に高かった訳だ。

それ故に、利益率が極めて高かった事もあり、当時復讐心に取り憑かれていたジャンが、自身の倫理観とか道徳心を無視してでも奴隷商を始めた訳であった。


「・・・ブルック家の解体、か。」

「流石に御存知でしたか。そうです。ブルック家は、ルキウスの粛清を受けて一族郎党皆殺しにされています。運良く私は生き残りましたが、しかし、言うなれば私は後ろ楯を一気に失ってしまった事となる。泣いても喚いても、その事実が変わる事がありませんでした。ならば、私は、悪魔に魂を売ってでも成り上がるしかない。」

「ふざけるなっ!貴様の復讐に我々を巻き込むつもりかっ!!??」


ハウゼリーとて、奴隷となった時点では知るよしもなかったが、後に自由の身となった後、ブルック家の末路に関しては知る機会があった。

それ故に、ジャンの行動に関しては、ある程度納得がいっていたのである。

まぁだからと言って、それが許せるかどうかは、また話が別なのであるが。


「・・・あるいは()に出会わなければ、確かに貴方が懸念している通り、私はあなた方を巻き込んで盛大に自滅していたかもしれません。しかし、今はそんなつもりはない。私は本気で現政権を打ち倒そうと考えています。」

「アッハッハッハッ!やはり貴様、気でも狂ったかっ!?そんな事、出来る筈がっ・・・!」

「出来ますよ?いえ、もちろん、それが(いばら)の道である事は否定しませんが、不可能である、とは最早言えない状況になっています。」

「・・・何っ!?」

「実はですね・・・。」


ない、と言い切ろうとしたハウゼリーの言葉を遮り、ジャンは自信満々にそう言い切ってみせた。

それに、訝しげな表情を向けながらも、徐々にハウゼリーはジャンの言葉に耳を傾け始めたーーー。



ここら辺は、ハウゼリーもそれなりに責任を負う立場になった事も大きいだろう。

当たり前だが、完全に個人だけの事を考えれば良い者と、家族、友人、恋人、だけでなく、仲間、しかもその家族などを背負う立場、つまりは企業や組織のトップに立つ者が、同じではないのと同様である。


少なくとも、個人的な好き嫌いで物事を判断したり、深く物事を考えずに言葉を発する事など出来よう筈もなく(まぁ、実際にはそんな事すら出来ない者も多いのだが)、あくまで仲間や組織全体の事を考えた末での判断や結論を下す必要が生じる。


仮にジャンが言う様に、ロンベリダム帝国(この国)の現政権が倒れる事となれば、ハウゼリーらにとっても悪い話ではないかもしれないのだ。

少なくとも、どうにか自由の身となったハウゼリー自身や仲間達の様な奴隷化されてしまった同胞を助け出す事が容易となるかもしれない。


先程も述べた通り、ハウゼリーらは故郷(周辺国家群)に居場所がないのだ。

それ故に、自分達が安心・安全に住まう事の出来る地を得る為には、もっと人材や資金が必要となってくる。


まぁ、今現在の豪農の立場もある程度は安全なのであるが、それも何時破綻するとも分からない状況でもある。

もっとも、これに関してはハウゼリーもジャンも気付いていなかったが、『ロフォ戦争』や(一部)魔法技術使用不能状態などの対応に手一杯であり、ルキウスがジャンやハウゼリーらの様な、ロンベリダム帝国にとって危険分子となる存在を認識していなかった(情報が挙がって来たとしても、ルキウスへの報告は忖度が働いて後回しにしていた)のだが。


アキトも述べた通り、既にロンベリダム帝国の内政は破綻しかけているのである。

少なくとも、いくら天才と名高いルキウスと言えどキャパシティには限界があり、今現在の状況は、彼のキャパシティを越えているし、ルキウスが動けなくとも、他の者達で対応すれば良いと思われるかもしれないが、ここら辺はワンマン経営や独裁政権の悪いところであるが、部下がルキウスありきで物事を考えた結果、自分達で処理すべき案件でもルキウスの判断を仰ぎ、逆に報告すべき事を自身の保身を考えて報告しなかったり、などの御粗末な対応が散見されていたのである。


それ故に、ジャンやハウゼリーらの様な存在が見過ごされる事となってしまっていたのだ。


「・・・なるほど、状況はおおよそ理解出来た。だが、本当にその者が言っている事が事実である確証はなかろう?」

「確かにその通りですが・・・、貴方も直接()と会ってみれば分かります。理屈や理論云々ではなく、見た瞬間、()が特別な事を魂で理解出来ますから。まぁ、()が言うには、もはや直接的にロンベリダム帝国(この国)に関わる事はない様なので、それも難しい話かもしれませんけどね。それに、信じるに足る要素はそれだけではありません。少なくとも、メルヴィの魔法技術、いえ、“呪術”を簡単に解除して見せましたし、重要人物をこちらに送り込んでもくれました。更には、早々に莫大な活動資金をポンッと出してくれましたよ?それも、私が長年必死になってかき集めた資産に匹敵する額で、当初は私も自分の目を疑いましたがね。しかし、そのお陰で、こんな物も用意出来ました。」

「・・・何だこれは?」


おおよそ信じられない言葉の数々に戸惑いながらも、ハウゼリーはジャンが差し出した羊皮紙の束に目を向けた。


「奴隷の売買契約書です。私がかつて売りさばいた先住民族の皆さん全員分ですね。」

「何だとっ・・・!?」

「私の資産だけで全て買い戻しました。提供された活動資金には手を出していませんので、御安心下さい。まぁ、残念ながら、それなりに時が経過していますので亡くなられた方々もいらっしゃいますが、それらを除くと本当に全て、です。こちらは、貴方に預けます。」

「・・・罪滅ぼしのつもりか?」

「いえいえ、今更こんな事で、あなた方に対して許しを乞うつもりもありませんよ。これは、先程も申し上げましたが、あなた方の御協力を得る為です。」

「ふん・・・。で、仮に貴様についたとして、我々にどんな利があるのだ?ロンベリダム帝国(この国)にはそれなりに恨みもあるが、それだけで動くほど我々も愚かでないつもりだが?」


流石に、奴隷化された同胞の解放を示されては、ハウゼリーもジャンの言葉を無視出来なくなっていた。

まぁ、だからと言って、先程も述べたが、仲間達を預かる身となっていたハウゼリーが、そうホイホイとジャンの言う事を聞き入れる事も出来よう筈もない。

トップとして、当たり前の判断をハウゼリーは口にした。


当然、その事はジャンも想定済みだ。

ようやく交渉のテーブルについたハウゼリーに対して、ジャンはおもむろに切り出した。


ロンベリダム帝国(この国)の一部領土、でどうでしょうか?具体的には、インペリア領一帯を考えていますが。」

「何っ・・・!?」

「もちろん、まだ手に入れてもいない土地の話をするの些か早計ではあると思いますが、しかし、事前に約定を結んでおく事は割とよくある事だと思います。それに、事前に合意に至っていれば、後に揉める事もありますまい?更には、あなた方に取っても、安寧の土地が手に入る事は、十分に利がある事だと思いますが?」

「それはそうだが・・・、しかし、仮にそう仮定して話を続けるが、それで貴様にどの様な利がある?言ってしまえば、今現在のロンベリダム帝国(この国)の領土が狭くなる訳であろう?」

「もちろん、その通りですが、しかし、私はむしろ今のロンベリダム帝国(この国)の領土は広すぎると考えています。何故ならば、これはあなた方の存在や魔法技術に依存している事とも通じる話ですが、人口に対して土地が広いものですから、それを活かす為には、魔法技術を利用するしかない。しかし、単純に魔法技術を扱える様になるまでにはかなりの年月を要しますし、国民が魔法技術を手にする事は為政者側からしたら危険でしかなかった。故に、その中間を取って、『魔道具(マジックアイテム)』という形での魔法技術の普及に踏み切った訳ですが、こちらに関しても、実は非常に高い技術と専門的知識が必要になってきますから、その生産量には限界がある。その末で、魔法技術の地域格差に繋がり、結果その補填として労働力、奴隷が必要になってしまった訳です。つまり、自分達の手に負えないにも関わらず、拡大路線を続けた事の弊害があなた方の様な存在を生み出してしまったのですね。そして、それは、あなた方から土地を奪った結果でもある。一方では土地を持て余し、一方では土地が足りずに争いとなった。商人としての私から言わせれば、非常に馬鹿馬鹿しい話です。もちろん、成長を続ける為には、ある程度の拡大は必要だとは思いますが、しかし自分達に出来る事の限界を考えておかないと、いずれ破綻するのは目に見えている事ですからね。そして、私の(チカラ)では、仮に現政権を打ち倒しロンベリダム帝国(この国)()()()を手にしたとしても、確実に持て余してしまう事は明白です。ならば、あなた方に土地をお返しすると同時に、領土整理をしておきたい、と言う訳ですよ。」

「ふむ・・・。」


確かに、それは利にかなっている理論である。

ルキウスほどの天才を持ってしても、既にロンベリダム帝国(この国)の運営は立ち行かなくなりつつあるのだ。

もちろん、部下に任せるなどの対応はしているものの、やはりむやみやたらに領土を広げてしまった事の弊害がここに来て現れてしまったのである。


仮に、ジャンが言う様に現政権を打ち倒したとすると、必然的にロンベリダム帝国(この国)の行政権などはジャンら反政府に移行する事となる。

しかし、ジャンがそれなりに有能な人物だとしても、ルキウスでさえ手に負えなくなっているそれらを何とかする技量はなかった。

ならば、その中から出来る事、出来ない事を整理して、商人で言えば、事業整理や事業の売却を検討する事は当然の判断であろう。

何故ならば、仮にそのまま事業を継承したとしても、結果手に負えず破綻するのは目に見えている事であるからである。


そして、ハウゼリーにとっては、これは非常に魅力的な提案でもあった。

もちろん、反政府活動に協力する、という労力が必要ではあるが、上手くすれば、自分達の安寧の土地が手に入れられるかもしれないからである。


もちろん、失敗した場合は何も手に入れられない、どころか、ルキウスの悪評を買ってしまう恐れもあるが、何もしなければ何もないままである事は、ハウゼリー自身がよく分かっていた。


「・・・如何でしょうか?」

「・・・うむ。とりあえず、一旦持ち帰って検討したい。流石に、俺だけの一存で決められない事だからな。・・・しかし、ジャック・ニコライ、殿()。あくまで俺個人としての意見ではあるが、()()()に乗っかっても良いと考えているぜ。まぁ、あまり期待し過ぎないで欲しいがな。」

「そうですかっ・・・!いえ、もちろんその通りだと思います。事はあなた方の未来にも関わる事。皆さんと是非協議してみて下さい。」


内心、ホッとしながらも、前向きな意見が引き出せた事にジャンは安堵していた。

彼からしたら、ハウゼリーら先住民族らとの交渉が一番の難題だと考えていたからである。


「・・・アンタ、変わったな。前見た時は、何つーか、闇に飲み込まれる寸前、みたいな感じだったが、今のアンタは、何つーか、結構イイ感じだぜ。俺も、上手くは言えねぇ~んだけどさ。」

「そうですか?自分では、あまり分からないのですが・・・。」

「そりゃ、自分の事は案外自分でも分からんモンさ。」

「・・・ふむ。」


以前にも言及したが、アキトの持つ『英雄の因子』のもっとも特筆すべき点は、他者の“英雄化現象”であった。

実際、アイシャらはこの世界(アクエラ)の有史以来、ほとんどその存在を確認されていない“レベル500(カンスト)”に至った稀な存在であるし、他にもレイナードら幼馴染みやら、マルセルムやジュリアン、ティオネロやディアナなど、アキトに関わった事で、本来持っていた以上の(チカラ)を有する事になった者も多いのである。


そしてジャンも、そんなアキトの“英雄化現象”に影響を受けていたのであった。

まぁ、彼は、アキトと接した時間としては短時間でしかなかったが、そこはそれ、今のアキトの影響力が以前に比べても格段に強くなっていた事もある。


その結果として、ジャンは、以前のままなら、闇堕ちしたままだったかもしれないが、アキトの介入を経て、“光堕ち”、という、世にも奇妙な現象を体験していた訳であった。

まぁ、“英雄化現象”、すなわち偉人や英雄になる事が、本人にとって良い事なのか悪い事なのかは定かではないのだが。


こうして、ジャンは、反政府活動に必要な足固めの大きな一歩を、確実に進めていたのであったーーー。



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