革命をプロデュース 3
続きです。
◇◆◇
「さて、ジャンさんに反政府運動の指導者の件を御了承頂いたところで、ここからは具体的なプランについてお話させて頂きましょう。」
「分かりましたっ!」
・・・何だがこれまでの態度とは違い、凄く前向きな感じに変化したジャンさんだったが、ここら辺は上手い事スルーしておこう。
道を見失い掛けた時に、僕が示した新たなる道標が彼の琴線に触れただけであり、特に深い意味はないのだろう。
まぁ、おそらくは、僕の持つ『事象起点』が何やらイイ感じの仕事をしただけであり、元々持っていた気質が増幅、あるいは回復しただけなのだと思う。
・・・多分、きっと、メイビー。
いや、流石の『事象起点』と言えど、人格を丸々入れ換える様な効果はないだろう。
僕とエイルも、ジャンさんにはその様な仕込みをした覚えはないからね。
まぁ、あんまり自信はないのだが、こちらとしては悪い傾向ではないので、先程述べた通り上手い事スルーする事とする。
深く考えても仕方ないしねっ!
「と、言っても、結構簡単です。先程も述べた通り、ロンベリダム帝国の一部魔法技術を使用不可状態にしているので、それによって経済活動が停滞しており、それをキッカケとして、今まで溜まっていた不満などが市民、いえ、国民の皆さんの間に渦巻いています。そこに、行動を扇動、あるいは先導する者が現れれば、今までのうっぷんを晴らす契機になるでしょう。まぁ、逆に言えば、こうした状況でも何もしなければ、国民の皆さんが各々中途半端に立ち上がってしまい、せいぜい“一揆”程度の小規模の反乱になってしまう恐れもあります。当たり前ですが、指導者、すなわち強力なリーダーがいない状態では、どれほど大勢の人々が居ようとも、ロンベリダム帝国側としてはそれほどの脅威ではありません。逆に言えば、指導者のもとに纏まった組織や団体は、それだけで強いものですし、ロンベリダム帝国側としても見過ごせない事態となるでしょう。」
「ふむふむ。」
「ただ、これだけではまだ多少弱い部分が存在します。この時点では、これまでの政府の行動に対する不満を訴えるのに留まり、本格的な反戦やら政権交代を訴えるレベルには達していないでしょうからね。」
「では、どうするのですか?」
「大丈夫ですよ。その為に先程も述べましたが、“プレゼント”を御用意していますから。」
「「???」」
訳が分からない、という風な表情を浮かべて、ジャンさんとメルヴィさんは顔を見合わせていた。
「まず、ロンベリダム帝国上層部が訴えていた、『ロフォ戦争』の大義名分は何か御存知ですか?」
「それは・・・、確か、“大地の裂け目”勢力が、ロンベリダム帝国の住人を不当に拘束し、拉致・監禁していた事が発端であったと記憶しています。」
「そう。つまり、『拉致被害者救出』が『ロフォ戦争』の大義名分となります。そして、その事を事由に“大地の裂け目”勢力に対して侵攻する事は、“正義”の名のもとに国民からも一定の支持を得ています。・・・では、そもそもそれが嘘だったら、どうでしょうか?」
「何っ・・・!?」
「何ですって・・・!?」
うむ、流石のジャンさんの情報網を持ってしても、この事実は浮き彫りになっていなかった様である。
まぁ、これは、ロンベリダム帝国上層部にとっては何としても隠し通しておきたい事実であろうから、それも無理はないのだが。
「事実ですよ。そもそも、『ロフォ戦争』の発端となった事件は、ロンベリダム帝国側の人間が“大地の裂け目”側の人間を殺傷してしまった事がキッカケとなったのですが、しかし、これも、そもそも“大地の裂け目”側が、まぁもちろん事情があっての事ですが、ロンベリダム帝国側の人間を襲った事に対する報復でした。つまり、双方に非があったので、お互いに話し合いで解決する事も出来た筈ですが、その件を利用して、かねてから狙っていた“大地の裂け目”の利権を奪い取る為に、ロンベリダム帝国上層部は一芝居打ったのですよ。自作自演でね。つまり、本来ロンベリダム帝国側が主張する『拉致被害者』など何処にも存在していないのです。」
「た、確かに、それが本当ならば、それは国民に対する重大な裏切り行為ですが・・・、それを証明する方法があるのですか?」
「明確に証明する方法はありません。いえ、ない事はないのですが、ロンベリダム帝国側が主張している『拉致被害者』とされている人物達は、まぁ、彼らは実はロンベリダム帝国側が追放した人物達なのですが、今現在も“大地の裂け目”勢力の保護のもと、生き延びていますからね。彼らが証言すれば、ロンベリダム帝国側が行った所業を明るみに出す事も可能です。しかし、それだけでは弱い。少なくとも、彼らの証言をロンベリダム帝国側が素直に認める訳がないからです。むしろ、“大地の裂け目”勢力側がそう言わせているというシナリオに持っていこうとするでしょうし、それによって益々“大地の裂け目”勢力に対する不信感を増長させる為の政治的道具にされてしまいかねないでしょう。」
「ふむ・・・。では、どうするのですか?」
「そこで、彼の存在が重要な意味を持ってくるのですよ。では、ブルーノさん。こちらに御越し下さい。」
「ヘッヘッヘ、旦那ぁ、待ちくたびれましたぜ。」
「これ申し訳ない。ですが、身体の方は問題ないと思いますが?」
「カカッ、これは手厳しい。一応俺っちは、一度死にかけたんですぜ?」
「まぁ、それはそうですが、貴方のこれまでの行いを鑑みれば、それも可能性としては考えられた事だと思いますよ?それとも、まだこちらに某かの要求がありますか、ブルーノさん?命を助け、大金を貰った程度では御協力頂けませんかね?」
「あ、いやいや、滅相もない、旦那ぁ。ここでアンタにまで見捨てられたら、俺っちは身の破滅でさぁ。」
「ふむ。まぁ、あまり欲をかきすぎない事をオススメしますよ、ブルーノさん?その結果が、今の貴方の現状なんです。こちらとしても、貴方の御協力は重要な意味を持ちますからある程度は目を瞑りますが、流石に貴方の行動が目に余る様ならば、こちらも容赦なく貴方を切り捨てる用意があります。最悪、貴方抜きでもこちらとしては問題ないのです。貴方の存在が絶対条件である、とタカをくくらない方が賢明ですね。」
「へ、へい、旦那っ!冗談が過ぎやした。」
「・・・そちらは?」
新たなる登場人物に、しかし、流石にもはや驚かなくなったジャンさんは、極めて冷静に質問してきた。
本来ならば、自身の屋敷内に見知らぬ人物が入り込んでいたらビックリするとは思うのだが、そこはそれ、僕らが引き込んだ事が分かっているのだろう。
僕とのやり取りに、ヘラヘラした態度から一転し青白い顔をした火傷の跡が痛々しい男性を、僕は改めて紹介した。
「こちらはブルーノ・デギオンさん。ロンベリダム帝国の諜報員だった方です。と、言っても、彼の任務は主に潜伏でした。もうお分かりかもしれませんが、彼はロンベリダム帝国が『拉致被害者』としている、実は自らが追放した者達の中に紛れ込んでいたのです。」
「えっと、何故そんな事をする必要があったのでしょうか?追放したと言うのならば、つまりはロンベリダム帝国にとってはさほど脅威と見なされなかった訳ですよね?ならば、放っておいても問題ないかと思われますが?」
「それについては憶測になってしまいますが、万が一の為の保険だったか、あるいは“大地の裂け目”勢力の内情を調査する為だったのかもしれません。現皇帝はかなりの策略家だそうですから、こうした“仕込み”を結構アチコチに仕掛けていた様なんですよ。で、先のカランの街にて起こった異変を契機に、“大地の裂け目”侵攻を思い描いた。そして、それを可能にするプランとして、『拉致被害者救出』という大義名分を思い付いたのでしょう。更には、密かに潜入させておいたブルーノさんの存在を思い出し、これを利用しようと画策したのです。彼を『拉致被害者』として救出した体でね。そして、彼にはこう証言して貰えば良い。“大地の裂け目”勢力の者達が、我々を不当に拘束し、奴隷化していた。”とね。」
「思い出したっ・・・!確か、ルキウスの演説において、『拉致被害者』の一人が証言した、との報告があった筈だ。その者は、見るも無惨な火傷の跡が痛々しい男だった、とも。それが彼ですかっ!?」
「その通りです。つまり、彼は本来ロンベリダム帝国側の人間なんですね。」
「で、では、何故そんな者がここにいるのですか?」
「それは簡単です。彼が、ロンベリダム帝国にとっても厄介な人間だからですよ。今回の『ロフォ戦争』の真実を知っている人間。しかも、ロンベリダム帝国側にとっては、ある程度利用価値はあるが、さほど重要な人物でもない。ならば、その後のシナリオは簡単に想像がつくのではないですか?」
「そうかっ!ある程度利用してから、その後は口封じの為に処理しようとしたのですねっ!?」
「その通りです。しかも、彼のこの姿を見れば一目瞭然ですが、突然命を落としたとしても不自然な状況ではありませんからね。現皇帝も、中々えげつない人物の様ですねぇ~。」
「オ父様ガソレヲ言イマスカ・・・?」(ボソッ)
「・・・何か言ったかな、エイルちゃん?」
「イエ、何モ。」(しれっ)
いや、流石に僕はそこまでひどい奴じゃないだろ?
・・・ないよね?
ま、まぁ、確かにある程度非合法な手段を厭わないところはあるのは認めるが、流石に暗殺とかした覚えはないよ?
話がややこしくなるので、ここではエイルの発言はスルーする事にしたが。
「散々人を利用しておいて、用が済んだら切り捨てようってんですぜ?まったく、まいっちまいやすぜ。」
「ブルーノさんの場合、ある程度戦意高揚のプロパガンダに利用した後、全身火傷の後遺症を理由に死んだ事にするシナリオだった様ですね。いつ、ブルーノさんの口から真実が語られるか分からない以上、ロンベリダム帝国側からしたらこれがもっとも安全策だった訳です。しかし、その動向を掴んでいた僕らは、それを未然に阻止、はしなかったんですが、後で救出したのですよ。彼らにとって都合が悪いと言う事は、こちらにとっては都合が良い、という事ですからね。」
「なるほど・・・。」
「っつか、旦那ぁ。事前に知ってたんなら、殺られる前に助けてくれても良かったじゃねぇ~ですか。」
「「・・・えっ?」」
「それについては、もう説明した筈ですよ?下手に助けたら、ロンベリダム帝国側に貴方が生きている事を悟られてしまう。逆に死んだと思い込んでいれば、相手の油断を誘う事が可能です。・・・それとも、ロンベリダム帝国側から一生つけ狙われる人生が望みでしたか?」
「あ、いや、そう言う訳じゃありやせんけど・・・。」
「まぁ、少し意地悪を言いましたが、相手が暗殺を躊躇なく行った以上、これが一番安全策でした。それに、こちら側に来れば、流石のロンベリダム帝国側も、もはや貴方に手出しは出来なくなる。これから貴方が自分のした事、させられた事、された事を訴えれば、仮に貴方を再び暗殺しようとすれば、逆に信憑性を増す事となってしまいますからね。まぁ、こちらの意図が分かっていないと、安易な手に打って出るかもしれませんが、現皇帝は頭が良いそうですから、まずそこら辺の心配はありませんよ。逆に言えば、貴方の生きる道は、もはやここにしかない。残念ですが、僕らは今後の貴方の面倒を見る余裕はありませんからね。」
「へ、へいっ、それは重々承知しておりやすっ!」
・・・うん、いまいち不安なんだよねぇ~、こういうタイプは。
まぁ、彼の生業を鑑みればそれも致し方ない部分は存在するのだが、要は“裏切り者”な訳だからねぇ~。
僕は、基本的に裏切り者は信用しない事にしている。
何故ならば、人を簡単に裏切る様な精神性を持つ人物は、一時的にこちら側についたとしても、また簡単に裏切り行為を行う可能性が否定出来ないからだ。
おそらく、現皇帝も、そうしたブルーノさんの不安な部分を見抜いていたからこそ、安全策を取って処分しておこうとしたのだろう。
ちなみに、話の流れから推察出来るかもしれないが、実はブルーノさんは一度死んでいる。
いや、より正確に言うと、死んだ様に見せ掛けたのである。
これは、先程も述べた通りロンベリダム帝国上層部の油断を誘う為である。
ブルーノさんは、現皇帝の『ロフォ戦争』開戦前の演説時に登場し、救出した『拉致被害者』の一人として大々的に有名になった。
その後、『ロフォ戦争』の正当性を訴える手段としてプロパガンダに利用され、国民を騙す為に一役買ったのであった。
しかし、その後、少々調子に乗ってしまったブルーノさんは、ロンベリダム帝国側に対して、色々要求する様になっていったのである。
最初の内は、ロンベリダム帝国側もブルーノさんの機嫌を損ねない様に、ある程度は容認していた様なのだが、次第にエスカレートしてきた要求に対して、ロンベリダム帝国側から不満や不安が高まってしまったのである。
その末で、ブルーノさんを、全身火傷の古傷が原因で死亡してしまった、という体で処分しようとしたのである。
で、流石に外傷があると不自然になってしまうと言う事もあって、また、古くから存在し、また確実かつ、一見すると自然死の様に装える事もあり、毒殺によってそれを成そうとした訳であった。
そうとは知らないブルーノさんは、出された豪勢な食事を疑いもせず完食し死亡してしまったのである。
と、言っても、これは所謂“仮死状態”であり、セージを介してロンベリダム帝国の情報を仕入れていた僕は、彼が何らかの手札になると思い、オーウェンさんらに協力を依頼し、ティーネやエルフ族のみんなのお陰で薬学に深い造形を持つに至った僕の知識を最大限活かした中和薬を事前に食事に混ぜ込んでおいて、事なきを得たのであるが。
そうとは知らないロンベリダム帝国側は、ブルーノさんが死んだと思い込み、さっさと土に埋めてしまったのだ。
それをオーウェンさんらが掘り返し、蘇生(まぁ、死んではいなかったのだが)し、密かに匿っていたのであった。
(ちなみに、オーウェンさんらはあくまで特使とその使節団ではあるが、冒険者はもちろん、旅商人と同様、厳しいこの世界の“外”を旅する関係上、僕らやティアさんらが護衛として同行していたとは言え、彼らもそれなりの戦闘訓練を積んでいる者達で構成されていた。
それに、多少、まぁ、これは様々な思惑もあったのだが、ロンベリダム帝国への旅の道程で密かに鍛えておいた事もあり、この程度の工作活動は朝飯前の腕前となっていた。
まぁ、あくまで、諜報活動の範囲内の事で、バカみたいにレベルが爆上がりしている訳ではないのだが。)
ここら辺は、先程も述べた通り事前にセージを介してロンベリダム帝国の情報を集めておいた結果である。
ロンベリダム帝国では、“土葬”が一般的である事も、その時に把握していた。
こうして、中々良い手札がこちらの手に入った訳だが、先程も述べた通り、ブルーノさんは中々一癖も二癖もある人物であると判明した訳であった。
まぁ、流石の彼も、今現在の自分の置かれた立場は分かっていると思うから、下手な事はしないとは思うのだが・・・。
「と、まぁ、手札としてはかなり優秀なのですが、少々人格に問題がありましてね。しかし、彼の協力を得られれば、反政府運動を加速させる事が可能ですから、ジャンさんの方で上手い事使って下さると助かります。(ボソボソ)」
「なるほど・・・。分かりました、お任せ下さいっ!(ボソボソ)」
多少、厄介払い感は否めない僕の発言に、しかしジャンさんはハキハキと了解の言葉を呟いた。
「・・・ほう。何やら自信がお有りの様ですね?(ボソボソ)」
「ええ、まぁ。いえ、流石にまだ彼の人となりについては図りかねていますが、これでも商人のはしくれですからね。欲深い者や手癖の悪い者なんかの扱い方は、結構慣れているんですよ。それに、相手がそういう人物であると分かっているのならば、それならそれで対応のしようもあります。(ボソボソ)」
「ああ、なるほど。(ボソボソ)」
僕は納得していた。
確かに、商人の世界も、政治の世界以上に海千山千の猛者が渦巻く環境か。
中には、かなり厄介な人物達も存在するだろうが、しかし、ジャンさんは、それらを抑えてロンベリダム帝国の経済界のトップクラスに君臨しているのである。
そうした意味では、ジャンさんは、そうした人々との付き合い方、あるいはあしらい方を、相当熟知しているのかもしれない。
・・・うん、本当に、思った以上にジャンさんは“当たり”だったかもしれない。
「後、ちなみになんですが、対立を煽る為にわざと貴族以上の魔法技術は使用可能状態にしています。それによって、国民の皆さんの不満は更に高まる事になりますからね。ロンベリダム帝国では、特に経済活動の為に、中途半端に魔法技術を利用していた事もあって、他の国以上に、国民の皆さんの魔法技術に対する依存度が高い。故に、自分達は魔法技術が使えないのに、貴族以上が魔法技術を使える事は、不満でしかないでしょう。ここら辺は、他国でも起こりうる現象なんですが、魔法技術が下手に市民生活に根ざしているロンベリダム帝国ほどではないでしょう。」
「・・・それに関しては、少々不安要素となりそうですね。いえ、アキト殿の意図は分からんではありませんが、仮に反政府運動を推進する以上、場合によっては武力衝突も視野に入ってきます。その時に、魔法技術がないとなると、明らかにこちら側に不利ではありませんか?」
「それは重々承知しています。そこで、先住民族の皆さんの協力が必要となりますし、『ブルーム同盟』からも支援という形でサポートする体制を整えようかと考えています。メルヴィさんの件を思い返して頂くと分かるかと思いますが、彼らが扱う“呪術”に関しては、魔法技術使用不可の対象外となっていますし、それに、僕がこの現象を巻き起こしている以上、解除は実は容易なんです。しかし、あたかもロンベリダム帝国上層部が、国民の皆さんに対する圧力の為に、わざと魔法技術使用不可状態にしたかの様に装う為に、そうした手続きを取る事でこの件の信憑性を補完する意図があります。また、現政権のプロパガンダにより、国民の皆さんにも先住民族の皆さんに対する差別意識が根付いていますが、強力な戦力となると分かれば、それも多少なりとも緩和する事となります。イヤらしい話、人は追い詰められた時に、初めて人の言葉に耳を傾けるものですからね。」
「耳が痛いですな・・・。しかし、それは理解しましたが・・・、『ブルーム同盟』としては、それでもよろしいので?そちらは、ロンベリダム帝国側とも和睦を結んでいるのではないですか?」
「それも問題ありません。まぁ、僕がどうこう言う立場にはないのですが、『ブルーム同盟』としては和平を望んでいる以上、覇権主義的な現ロンベリダム帝国側よりも、それに成り代わる穏健的な新政権との間に改めて平和条約を結ぶ方が得策ですからね。そもそも、『ブルーム同盟』がロンベリダム帝国を訪問した理由も、『ロフォ戦争』の停止を求めて、でしたが、まぁ、ロンベリダム帝国側が聞き入れない事も視野に入っていましたし、実際全くその件は聞く耳を持ち合わせていなかったですからね。で、あるならば、別口から攻めるのは当たり前の話ですよ。」
「なるほど・・・。」
ここら辺は、所謂“二枚舌外交”であった。
もちろん、『ブルーム同盟』としては表立って反政権団体に支援するのは危険だが、内密にそうした団体とも繋がりを持つ事は、これは向こうの世界でもよくある話であろう。
「と、まぁ、諸々の条件はある程度こちらで整えておきましたが、最終的にはあなた方の手腕次第となります。完全にロンベリダム帝国を壊して新たに再生するのか、上層部だけ排除して国を立て直すのか・・・。まぁ、それも、ロンベリダム帝国側次第では流動的になりますが、いずれにせよ、この国の事はこの国の人間にお任せします。」
「分かりましたっ!」
「・・・まぁ、何かあれば、僕やオーウェンさんにお知らせ下さい。これ以上直接介入する事は難しいかもしれませんが、相談くらいには乗れるでしょうからね。」
「はいっ!」
最後に、僕はそうまとめ、僕謹製の『通信石』をジャンさんに手渡した。
ここら辺は、所謂“アフターサービス”である。
指導者、リーダーは結構孤独なモノだ。
もちろん、仲間となる者達と話し合う事も出来るかもしれないが、一番のトップであれば、対等な立場でモノを言う存在がいない事も珍しくない。
その末で、下手にツブれて貰っても困るし、変に暴走されるのもアレなので、そのガス抜きを狙っての“アフターサービス”である。
まぁ、単純に『通信石』が、現状この世界におけるもっともスピーディーな連絡手段、って事もあったのだが。
「それでは、そろそろお暇させて頂きます。遠くからにはなりますが、貴方の御武運をお祈りしております。」
僕がそう締めくくると、コクリッとジャンさんは、決意に満ち溢れた様子で頷いた。
僕もそれに応じると、エイルとメルヴィさんに目配せをして、その場を去っていくのだったーーー。
「さて、ブルーノさん、と仰いましたな?手始めに、貴方とは専属契約を結ばせて頂きたい。」
「・・・はっ?け、契約?」
アキトらが去った後、残されたジャンは、ブルーノの対してそんな提案をしていた。
それに、ブルーノは面食らった様子でオウム返しに聞き返す。
と、言うのも、実はブルーノの生業である間諜の関係上、もちろん、ロンベリダム帝国へと士官した段階では当然しっかりとした雇用契約を結んだ訳だが、間諜となった時点で、表向きは存在しない者として経歴が抹消されていたからである。
故に、文書に残る様な契約更新など出来る筈もなく、そこら辺は曖昧なままとなっていたのであった。
ここら辺は、ルキウスが冷酷なまでの現実主義者で合理主義者である事も影響していた。
ブルーノの方もそうだったが(すなわち、損得次第では裏切る気満々だった訳だが)、ルキウスの方もブルーノの様な重要情報に触れる機会の多い間諜を“使い捨ての道具”と見なしている側面がある為、そこに下手に資金を割く事もない、と考えていたからである。
もちろん、ブルーノが凄腕の諜報員であったのならば、ルキウスとて重宝していた可能性も高いのだが、残念ながらブルーノのそこまでの腕ではなかった。
一方のジャンは、商人としての生活が長い為に、契約を重く見ていた。
何故ならば、商人にとって信用が一番だからである。
もちろん、政治の世界と同様に、商人の世界でも騙し合いは日常茶飯事であるが、それと同時に“信用”は疎かに出来ない部分でもある。
当たり前だが、結んだ約束すら守れない商人は信用されない。
信用されないと、当然商売にならない。
騙し合い、とは表現したが、あくまで交渉を有利に進める手段であって、契約が成立した後にあれこれする事とはまた別の話なのである。
ジャンにとって、ブルーノはまだ図りかねる存在だ。
もちろん、ルキウスらの弱みを握っている利用価値の高い存在であるとの認識はあるが、その人となりを理解している訳ではないのである。
ならば、逆にさっさと契約を結んでしまい、商人のルールで彼を縛り付けてしまおう、という訳である。
ブルーノがジャンに従う限り、ジャンは彼を重宝し、高い給金を支払う用意があるが、逆に裏切る様な事があれば、商人のネットワークを駆使し、少なくともロンベリダム帝国の表側では生きていけなくなるだろう。
ルキウスを裏切り、ジャンまで裏切る事となれば、もはやブルーノの居場所はロンベリダム帝国にはない。
その事を、ブルーノに強く認識されるのがジャンの狙いであった。
「い、いやだなぁ、旦那ぁ。俺っちが旦那を裏切る訳ないじゃないですか。アキトの旦那も言ってやしたが、俺っちはこちら側にまで見放されたら生きていられなくなるんですぜ?」
「いえ、それは私も理解していますが・・・、申し訳ない。これは、私の性分な様なモノでしてね。商人としては、キッチリ契約を結んでおきたいのですよ。私の持論ですが、口約束ほど信用出来ない事もありません。何故ならば、後々になって言った言わないの水掛け論になる事が往々にして起こり得るからです。それを回避する為には、お互いに合意した事をしっかり契約文書として残しておいた方が安心でしょう?そうすれば、お互いに気持ち良く付き合えるというモノですからね。」
「は、はぁ・・・。いや、しかしですね・・・。」
「・・・それとも、ブルーノさんには、私と契約を結ぶと何か不都合な事でも?」
「あ、いや、そんな事はありやせんが・・・。」
「ならば問題ありませんよね?」
「・・・・・・・・・へぃ。」
ニコニコと笑顔で圧力を掛けるジャンに、ブルーノは断りきれないと悟り、遂には頷いたのであった。
残念ながら、今現在の自分の状況もあって、ジャンの要求を拒む事はブルーノには出来なかったのである。
こうして、アキトが偶然見出だしたジャンは、その後、反政府運動の中心人物となっていったのである。
その影には、渋々ジャンに従う事となったブルーノの存在があったのだが、裏切りの連続による破滅的な人生を送る未来よりかは、反政府運動の立役者の右腕として生きる未来の方が、まだマシな人生となる事を、この時の彼はまだ実感していなかったのであるーーー。
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