教えてっ!ヴィーシャ先生
続きです。
今回は久々に主人公サイドの話。
だけど、アキトは出ません(笑)。
しかも、説明回。
話の補完的な回なとで、飛ばしてもオーケーです。
◇◆◇
「うわぁ~、エゲツなぁ~。やっぱ、旦那はんを敵に回すんだけは勘弁願いたいわぁ~。」
【・・・確かに。まさか、こんな方法を思い付くとは・・・。】
一方、ところ変わってこちらは“大地の裂け目”内にあるアキトらが築いた仮の拠点である。
一人留守番をしていたヴィーシャは、ロンベリダム帝国で起こっていた事を観測しながら、そんな感想を呟いていたのであった。
「たっだいまぁっ~!!!」
「やっぱり、ここら辺の獣はかなり手強いよねぇ~。」
「確かに。しかし、今現在の我々の力量ならば、大した問題ではありませんでしたけどね。」
「まぁ~ね。」
「おおっ、皆、お帰りぃ~。首尾はどやいや?」
「バッチリバッチリ。当面は、食べ物に困らないと思うよぉ~?」
「こっちもだよ。やっぱり、“大地の裂け目”は珍しい鉱石が溢れてるよぉ~。早く、鉱石を加工してみたいなぁ~。あ、いや、調査が主な目的だったっけ?」
「こちらもです。“大地の裂け目”は、植物の宝庫でもありますね。薬草に用いるモノから食用に適したモノ。更には、あまり他の地方では見掛けない様な果実なんかもありましたよ。」
「ほぉ~、さよか。」
「あれ?ヴィーシャさん一人?アキトとエイルちゃんは?」
「あぁ~、何やウチもよく分からんのやけど、旦那はんは急に用事が出来たとか言って、飛び出して行ったで?多分、ロンベリダム帝国に行ったんやと思うわ。エイルはんは、何かそれに無理矢理着いてったわ。」
「へぇ~。」「ほぉ~。」「はぁ・・・。」
そこへ、ちょうど拠点を留守にしていたアイシャ、リサ、ティーネが帰還する。
仮とは言え、当面拠点で過ごす以上、生活面の確保をしなければならなかったからである。
宿となる場所は、これまでの活動によって得た経験から、あらかじめ持ち込んでいた組み立て式の簡易テントによって雨露をしのげる場所を確保している。
場合によっては、そこら辺の木材を加工して、掘っ立て小屋を造る事もある。
『リベラシオン同盟』時代の活動では、ロマリア王国内という比較的限定された場所を飛び回る事が多かった関係で、つまり長期的に何処かに留まる必要が殆どなかった事もあって、掘っ立て小屋まで建設する事はほぼなかったのだが、今回の場合は、この場所に長く居座る事となるので、皆の共通のスペースとして、今現在はヴィーシャが利用しているその掘っ立て小屋が建造されていた訳である。
水は、アキトやティーネによって生み出す事が可能であるし、今では『生活魔法』を各々が持っているので全く問題ないし、食糧に関しては、保存食に加えて、主にアイシャやリサらが狩りをする事によってタンパク質(主に肉)の確保が可能だ。
更には、ティーネの知識による、山菜や香辛料として利用可能な野草の確保、薬草として利用可能な野草の確保に加えて、食用として利用出来る果実なんかも見分ける事が出来ていた。
故に、高いレベルのサバイバル技術を習得しているアキトらにとっては、例え周りが大森林地帯である“大地の裂け目”内においても、流石に普段の生活ほどではないが、かなり快適な生活環境が整えられていた。
ちなみに、万が一の外敵の侵入に備えて、アキトお得意の『精霊石』と『結界術』を組み合わせた、アルメリアがシュプールに施していた様な『領域干渉』を、擬似的に再現しているので安全性も確保されている。
故に、全員が高レベル帯の実力者集団とは言え、『聖域』、つまりは“大地の裂け目”中心部にほど近い、他の高難度ダンジョンや危険地帯に比べても、より一層危険なエリアと化していた場所でも、ヴィーシャ達がこんな風に呑気に居られる、という訳もであった。
まぁ、それはともかく。
「まぁ、アキトなら、何か考えがあっての事だと思うし、そっちは心配ないと思うから、あまり気にしないでおこう。」
「そだねぇ~。」
「了解です。」
「せやなぁ~。」
ここら辺は、すでに彼女達も慣れたモノであった。
ああ見えて、アキトは普段はあまり饒舌な方ではない。
もちろん、大切な事はしっかり事前に伝えるのだが、それをしないまま飛び出していく事もまた多いのである。
気になったら、周りが見えなくなる癖がある事を見抜いていた彼女達は、そこは気にしても仕方ない、と判断したのであった。
「ところで、ハイドラス派の方の動きはどうですか?」
「せやなぁ~。そっちも、今のところあんまり進展はなさそうやで?リサはんも言ってたけど、“大地の裂け目”、それも、『聖域』とかゆー場所にほど近いここら辺は、ヤバいモンスターや魔獣の巣窟やからなぁ~。まぁ、それでも、上級~S級冒険者レベルの使い手なら、踏破する事も可能な程度の難易度やけど、残念ながらハイドラス派と言えど、そのクラスの使い手は極一部やからなぁ~。」
「・・・なるほど。」
色々変更点はあったものの、当初の予定ではアキトらはハイドラス派が某かの行動を起こす事を見越して、彼らの活動を妨害する事を主な任務として“大地の裂け目”にやって来ている。
それをしっかり覚えていたティーネは、一応そちらも監視していたヴィーシャに確認を取ったのだが、そちらは全くと言っていいほど大した進展がなかったのである。
以前にも言及したかもしれないが、アキトの周辺には上級~S級、果ては彼女達の様に(ヴィーシャだけはまだその域に達していないが)“レベル500”などという、この世界の有史以来、神話や伝承でしかその存在を語られない様な使い手がゴロゴロ居るが、実際にはそんな存在は極一部でしかない。
故に、いくらこの世界、特にハレシオン大陸では最大規模の一大宗教団体であるライアド教と言えど、そのレベルの使い手はそう多くは在籍していないのである。
少なくとも、ハイドラス直轄組織である『血の盟約』のメンバーがライアド教では最強の使い手達であり、まぁ、最近では、そこにウルカが加入しているので、戦力的な多少補強はされた訳だが、それでも、全体的なレベルの底上げがされた訳ではないのである。
つまり、ライアド教は、極少数で事を成す事は得意であるが、また、単純な人海戦術もある意味ライアド教のお家芸であるが、その実、こうした危険と隣り合わせな場所での大規模な発掘作業にはあまり向いていないのである。
これが、比較的安全な場所での発掘作業であった場合、その圧倒的信者数、つまり圧倒的な労働力がある訳であるから、その進捗状況はうなぎ登り、もちろん、ある程度の運も作用するだろうが、既に何らかの成果があったとしても不思議な話ではなかった。
だが、ただでさえ“大地の裂け目”は危険なエリアであるし、リサの発言にもある通りその中心部へ近付くほどその危険度は跳ね上がる訳であるから、ハイドラス派の作業は思う様には進んでいなかったのである。
もちろん、『ロフォ戦争』の勃発に伴い、“大地の裂け目”勢力はロンベリダム帝国軍への対応に手一杯となり、こそこそとハイドラス派が何かしているのを、この地に住まう獣人族が妨害する、という事態はなくなったのだが、逆に、それに伴う軍事的な衝突等による影響によって、縄張りを追われたモンスターや魔獣が各所に逃げる、などの現象が起こっている。
そうなればどうなるか?
単純だが、別の場所を縄張りとする者達との生存競争が始まる訳である。
もちろん、ロンベリダム帝国軍による駆除なども行われる事となるが、彼らの任務はあくまで“大地の裂け目”勢力の一掃であるから、そちらに関しては片手間でしかない。
つまり、そんな更に危険なエリアへと変貌しつつある“大地の裂け目”内部で作業するには、ハイドラス派自身でその問題を片付けなければならない訳である。
しかし、先程も述べた通り、彼らの多くは、戦力的にはあまりアテに出来ない。
そうなれば、ハイドラスの意向に沿って、彼らと行動を共にしていたウルカや『血の盟約』のメンバーが、それらの対応に追われる事となる訳である。
彼女達がいくら強いと言っても、極少数の人員しかいない。
それに対して、守るべき対象、つまり、ハイドラス派の一般信者(人足、労働力)はかなりの規模である。
明らかにバランスが取れていないのである。
それは、作業が進行する訳もない。
それでも、徐々に発掘作業が進められているのだが、本当の地獄はここからである。
まぁ、現時点では、ハイドラス派がその事に気付いてはいないし、ここではまだ語る段階ではないので、後に語る事とするが。
「どっちにせよ、旦那はんが言う様に、現段階では介入する事もないで。まぁ、もちろん、しっかりと監視はするんやけどな?本音を言うたら、ここら辺で諦めて帰ってくれたら、ウチとしては文句なし、なんやけどなぁ~。」
「それはないでしょ~。ハイドラス派に取ったら“神託”は絶対だろうし、とにかく何か見付かるまでは帰れないってぇ~。」
「まぁ、せやろなぁ~。」
「それに、一旦帰ったとしても、また態勢を整えて、再度発掘作業に乗り出すだけなんじゃないの?まぁ、その前に『ロフォ戦争』が終結する可能性もあるから、色々と面倒なのは変わらないと思うけど・・・。」
ヴィーシャの発言に、リサがそう見解を述べる。
「いや、ところがそうでもないで?何故なら、ハイドラス派、っつーかライアド教全体の弱体化は決定事項やからなぁ~。まぁ、それでも、流石にツブれる事はあらへんと思うけども。」
「「えっ!?」」
「・・・一体、どういう訳でしょうか?」
しかし、それに対してヴィーシャが訳の分からない事を言い出す。
それに、すかさずティーネがその詳細を確認した。
「まぁ、皆も大体見当はついてると思うけど、旦那はんの仕業やで?前にも言っていたと思うけども、旦那はん、ロンベリダム帝国への“おしおき”ついでに、ライアド教に対しても上手い事仕掛けおったで。」
「・・・そう言えば、結局アキトは何をしたの?まぁ、私達が知ったところで、今さら意味はないかもしれないけど、さ。」
「いや、そんな事はないで?ある程度、情報は共有しておいた方がいいやろしな。まぁ、旦那はんが詳しく説明してくれんかったから、ウチの独自の解釈にはなってまうが、それでも良ければ説明するで?」
当然ながら、アイシャもリサもティーネも頭は悪くない。
しかし、元々頭脳労働はアキトの担当であった為か、これまではあまりややこしい事は考えて来なかったし、またそれを理解していたアキトがあえて説明しない事も多かったのだが、このままではいけない、と漠然と思い始めていたアイシャ達は、“アキトをもっと理解したい”、との思いが、より一層強くなっていたのである。
まぁ、アキト以外の頭脳労働役であるヴィーシャが加入した事によって、三人娘の心境にも某かの刺激があったのかもしれないが。
アイシャ達は一瞬顔を見合わせると、軽く頷いてヴィーシャに水を向ける。
「「「よろしくお願いしますっ!!!」」」
「お、おうっ・・・。」
どうやら、恋する乙女の向上心は、天井知らずな様であるーーー。
・・・
「ほんならまず、旦那はんが何をしたのかの説明からやけど・・・。」
「「「・・・。」」」(コクコク)
先程は、アイシャらは帰還したばかりであった為、改めて諸々の所用を終えてから、再度彼女達は掘っ立て小屋に集まっていた。
流石に、黒板やらホワイトボードがある訳ではないのだが、まるでその様子は、授業をする教師と、それを受ける生徒の様な感じになっていた。
「これは、結構単純な事や。もちろん、他の人にそれをやれって言われたら絶対に不可能やから、それでも凄い事なんやけどな?」
「・・・で、主様は何をされたんですか?」
軽く脱線しかけた話を、ティーネは素早く元に戻した。
「おお、せやったな。その答えは、“ロンベリダム帝国全土の、魔法技術をほぼ使用不能にした”、ってトコやな。ああ、どうやって?、とか言われても、ウチには分からへんで?まぁ、多分、旦那はんも、流石に一人では無理やろうから、セージはんの力を借りたんやろうけどな。」
【肯定です、ヴィーシャ嬢。確かに、マイマスターの御指示により、その様に仕掛けました。もっとも、私がやったのは“取捨選択”であって、実際に何らかの術儀を施したのはマイマスターです。故に、どの様な手法によってそれを成し得たのかは、私ですら分かっておりません。」
「だそうや。」
「「「ほぇ~。」」」
三人は、相変わらずぶっ飛んだ事をするアキトに、呆れ半分、感心半分、といった感じに声を上げていた。
「けど、その“魔法技術を使い物にならない様にした”、ってのは何となく理解出来たけど、それがどうして“ライアド教弱体化”に結び付くの?ああ、もしかして、回復魔法も使い物にならなくした、って事かな?」
「いいや、それはちゃうでアイシャはん。使えん様にしたんは、ロンベリダム帝国で使っている『魔道具』、それも、平民層が使っているそれらに限定している様やな。せやから、相変わらず通常の魔法技術なんかは使用可能や。もちろん、ライアド教が独占しとる回復魔法もちゃんと使えるで?」
「だったら尚更意味が分かんないよ。ってか、それだと平民の人達だけ大変な目に遭うだけじゃないの?」
「確かにそれはそうなんやけど、平民層だけが損を見る訳ではないんや。何故ならば、これは他の国々でも同様やけど、“経済”ってモノは、平民も貴族もなく、全てが繋がっとるからやな。」
「「「???」」」
これは、ある意味向こうの世界では常識であるが、しかし、それでも一般人にとっては遠い話の様に感じる事柄でもある。
それが、こちらの世界の住人、かつ、まぁ、最近ではそれなりに外の世界に対する知識や見識が広がっているとは言え、元々がそれぞれ閉鎖的な社会で過ごしてきたアイシャ達には、中々想像が付かないのは無理からぬ話であろう。
「まず前提条件として、ロンベリダム帝国が、今の強国やら大国として台頭しとるんは、“魔法技術”の存在が不可欠や。単純にその魔法技術を用いて、軍事力を強化しておる事もあるんやが、それ以上に、その魔法技術を利用して、自国の経済を強化しておるところが大きい。」
「「「・・・。」」」(コクコク)
しかし、分からないからこそヴィーシャに聞いている訳だから、三人娘は黙ってヴィーシャの講義の続きを聞く事にした様である。
「“経済”っちゅ~んは、中々説明が難しいんやけど、ここでは分かり易く、“食糧”を例に挙げるで?で、当たり前なんやけど、食糧生産が活発になれば、人々は食うに困らなくなる。ある意味、満ち足りた状態になるんやな。そうなると、人々には余裕が生まれる。で、そうなると、自分らの食べる分以上に生産された食糧は余る事になるんやが、それを貯蓄に回したり、交易に使われたりする訳や。すると、外国から食糧の買い付けに来たりして、交易が活発になり、外貨を獲得しやすくなる。つまり、経済的に更に豊かになる訳やな。」
「「「・・・。」」」(フムフム)
「で、さっきも言うたけど、人々には余裕が生まれとる訳やから、消費が更に活発になる訳やな。そんな事を繰り返しとると、ロンベリダム帝国には物や人で溢れる様になる。これが、ロンベリダム帝国の経済を強くしとるんやな。」
「で、その主な要因が、ロンベリダム帝国が上手く魔法技術を活用している事にある、って事ですね?」
「その通りや、ティーネはん。で、その状態は、当然ながら国にもメリットがある。先程も述べた通り、平民の生活が豊かにあれば余裕が生まれる訳やから、多少税率が上がったとしても不満が爆発する事もない。もちろん、当然の事ながら、なるべくなら金を払いたくないのが平民の本音やろうけど、“税”ちゅ~んは、搾取されるだけの“死に金”ではないんや。例えば、“税”を使う事によって、軍事力が更に強化されたとする。すると、より安全性が増す訳やから、これは平民層にも当然メリットのある事や。他にも、街道を整備するとか、社会インフラを整備するとかは、平民層の生活をより豊かにする事にも繋がる。本来は、その為の“税金”なんやで。まぁ、もちろん、それを自分等の懐に入れてしまう不逞の輩が存在する事は否定せんから、何に使われとるかも分からん“税”に対して、平民層が懐疑的になるんは、分からん話でもないがな。」
「「「・・・。」」」(フムフム)
元々、この中ではヴィーシャだけ、かつて政治寄りの立場にいた者だ。
もちろん、アイシャもアスラ族の族長の娘だし、リサもドワーフ族の国においては、鍛冶職人の最高位、『偉大なる達人』の肩書きを持つ父・バルドゥルの娘であるし、ティーネなんかは、エルフ族の国における、最高意思決定機関である、『十賢者』の一人、グレンの孫娘と、それぞれが政治的な立場を持っている背景はあるのだが、本人達自身が政治に深く関わっていた訳ではないので、やはり政治的な話にはヴィーシャに一日の長がある。
もっとも、先程も述べたが彼女達は頭は悪くないので、しっかりとそこら辺を理解出来る理解力は持っていたが。
「なるほどぉ~。って事は、同じ様にライアド教に取っても、平民層が豊かになる事はメリットがある訳だね?例えば、献金が増える、とかさ。」
「せやせや、大正解や、アイシャはん。懐に余裕があれば、何時もより少し多めに包もうかなぁ~、って気持ちが芽生える訳やな。一人一人は微々たる量でも、ライアド教は信者数が圧倒的に多い訳やから、この“少し”、が膨大な金額に跳ね上がる訳や。せやから、経済が豊かになれば、平民も国もライアド教も、皆ハッピーな訳や。」
「けど、さっきの話だと、ロンベリダム帝国の豊かさの根底には魔法技術がある訳だから、それが機能しないとなると、その前提が崩れる事になるよねぇ~?」
「「・・・。」」(ウンウン)
リサが、その点を指摘する。
「その通りや、リサはん。さっきも言うた通り、ロンベリダム帝国の今現在の躍進には、その魔法技術が大きな原動力となっとる。せやから、その魔法技術を使い物にならんくすれば、回り回ってライアド教の弱体化にも繋がる訳なんや。しかし、その影響は実はそれだけやないんや。」
「と、申しますと?」
「人っちゅ~んは、これまでの生活水準を引き下げる事は容易ではないんや。例えばやけど、貴族と呼ばれる人が、いきなり一般的な平民層と同じ生活をしろ、って言われたら、どうなると思う?」
「それは・・・、すぐには適応出来ないでしょうねぇ~。贅沢が当たり前だった人が、いきなり質素倹約な生活が出来る筈もありませんからね。」
今度は、ティーネが、打てば響く様に答えた。
「その通りや。しかも、これは決してない話ではないんやで?例えば、何らかのやらかしをしてもうて、貴族の称号を剥奪されるケースなんかも存在する。当たり前やけど、貴族やから一生貴族っちゅ~訳やないのが本当のところや。しかし、それでもかつての生活を忘れられずに、同じ様な生活を送っとったらどうなると思う?」
「それは・・・、えっと生活が破綻するんじゃない?もう貴族じゃないって事は、当然収入も以前ほどではないだろうし、それなのに同じ様な生活をしていたら借金まみれになるだろうし・・・。」
「そうや。実際、それで裏に沈んでしもうた人もおるで?借金のかたに取られたんかどうかは知らんが、風俗街なんかに元・貴族の奥さんや娘がゴロゴロいた、なんて話もあるくらいやからな。この様に、生活水準を下がる事は、中々容易ではないんや。ほんなら、魔法技術が使えん様になってしもた今現在の、特に魔法技術に依存しとった平民層はどうなると思う?」
「それは当然、さっきの貴族の例と同じ様に、生活が苦しくなるんじゃないかな?もちろん、魔法技術無しで、他の国々と同じ様な生活をしていた人達にはノーダメージだろうけど。って、あっ・・・!」
「なるほど・・・。」「そういう事ね・・・。」
今度はアイシャが答えて、何かに気が付いた様な反応を示した。
それに、リサとティーネも同様に、何かに気が付いた様である。
「その通りや、アイシャはん。魔法技術なんかなくても、生活する事は出来るんや。実際、他の国々では、そっちの方が普通やからな。しかし、一度、“魔法技術の有る生活”をしとると、“魔法技術の無い生活”に戻る事は容易ではないんや。それに、そもそもロンベリダム帝国がそこまで大きくなれたんは、さっきも言うた通り、魔法技術が大きなアドバンテージを占めとる。せやから、魔法技術が使えん様になれば、ロンベリダム帝国の経済成長率は格段に下がる事となる。そうなれば、同然、戦争どころやないやんな?戦争をする金があったら、自分等の救済に充てんかいっ!ってのが、国民の本音やろうからな。しかも、それを無視して戦争を継続した場合、国民の不満は一気に爆発する事になるやろう。そもそも、ロンベリダム帝国とて一枚岩ではないんや。帝国上層部、ルキウスのやり方に反対しとる人だっておらん訳やない。それがこれまで表面化してないんは、単純に押さえ付けられとっただけやし、経済が上手く回っとったら、反乱を起こす必要もないからや。わざわざ、自分の生活を賭けてまで、危ない橋を渡る必要もない。しかし、これが自分等の生活と直結するとなると、途端に人々は動き始める。ここら辺は、まぁ、人の心理やろうな。どっちにせよ、ロンベリダム帝国上層部は、今回の件を皮切りに、『ロフォ戦争』を継続すべきか、続行するかの選択肢を迫られる訳やな。もちろん、その選択肢によっては、下手すれば内乱に発展する可能性もあるんやけど。」
「それは・・・。」
「エゲツないねぇ~。ちょっと平民の人達が可哀想だし・・・。」
先程もヴィーシャが言及していた通り、一度引き上げた生活水準を、過去の生活水準に引き下げる事は容易ではない。
向こうの生活で言えば、電気のない生活に戻る、という事だ。
これは、生まれた時から便利な生活に慣れている“現代人”には、中々酷な事であろう。
そうなるとどうなるか?
国民の不満が爆発するのは目に見えている訳だ。
「アイシャはんの言う通り、今回の件は平民層が一番割を食ってると思うかもしれんけど、これも致し方ない事やで?いや、もちろん、ウチも当初は平民層が可哀想やな、って思っとったけど、よくよく考えてみれば、旦那はんの言う通り、彼らもある種同罪なんや。」
「「???」」
「・・・と、申しますと?」
これまでの生活状況を一変させられたロンベリダム帝国の平民層にアイシャが同情の声を上げると、ヴィーシャはそれを一部否定した。
「これは、大きな話やから複雑に見えるんやけど、また、ロンベリダム帝国は大きな国やから、実際ホンマに複雑ではあるんやが、しかし、その根底にあるんは、結構シンプルな話や。例えば、アイシャはんの部族ぐらいの規模感で話をすると分かり易いと思うわ。アイシャはんの部族では、部族を率いとるんは誰になるんや?」
「それは、まぁ族長である父さん、だね。もちろん、族長だけじゃなく、有力な男衆で話し合って色々決める事になってるけど。」
「ほんなら、その族長と男衆が決めた事には、他の人らは絶対に従うかいな?例え、それがどんなに無謀な事でも?」
「そんな訳ないじゃ~んっ!仮に父さんや男衆が無謀な事を言い出したら、母さんや女衆が黙ってないよぉ~。って、あっ・・・!」
「あっ・・・!」「・・・なるほど。」
「それはそうやろうな。アイシャはんの部族の規模感ならば、それは自分等の生活に直結しとる訳やから、仮に指導者達が暴走する様な事があれば、それを抑止せん事には自分等も被害を被る事になる。これは、ある種健全な状態や。ほんなら、何故ロンベリダム帝国では、そうした抑止が働かなかったんやろうな?彼らが直接行った事ではないとは言え、実際『ロフォ戦争』ちゅ~モンが勃発しており、それまで普通に生活していた“大地の裂け目”の獣人族達の生活を一変させとる。彼らからしたら、ロンベリダム帝国上層部も平民層も関係なく、“ロンベリダム人”として一緒くたに恨みの対象になるんで?それを、知らんでは、済まん話や。」
「け、けど、平民層からしたら、ロンベリダム帝国上層部に逆らうのは難しいでしょ?」
「それはそうやけど、出来ない事ではないんや。ただ、やらないだけやな。何せ、彼らに取っては自分等の“生活”が一番やからな。故に、どんなに他人が迷惑を被っとったとしても、その現実から上手く目を逸らす。ホンマは関係大有りなのに、自分には関係ない、と思い込むんやな。なら、その根底を覆したったら良い。その為の、魔法技術のほぼ使用不能、なんや。」
「「ほぇ~・・・。」」
「改めて、主様はとんでもない策略家ですね・・・。」
「せやな。しかも、旦那はんがした事は、これはさっきも言うたけど、普通は誰にも出来ひん。けど、やった事自体は単純に魔法技術をほぼ使えん様にした、って事のみや。それも、あえて魔法技術そのものや、貴族層の魔法技術に関してはノータッチやから、平民層の怒りを煽る状況も自然と作り出しとる。一見すると、自分の手を汚さん卑劣な行いの様にも見えるが、旦那はんは、ただ自分等の責任を果たさせようとしとるだけなんやで。身内の不始末は、身内で解決せなあかんからな。」
「「「おぉ~!」」」
“国家”というのは、一見よく分からない存在だが、簡単に言えば一種の巨大な集合体なのである。
その為、それをコントロールするシステムとして、それを運用する議会、あるいはそれを構成する政治家などの代表者が必要となるが、本来は国民一人一人が“国家”の責任者なのである。
ならば、上層部が暴走した時には、それを止める義務と責任が存在する訳で、しかし、そこで権力などの壁に阻まれてややこしい話になってしまう訳だ。
しかし、それで諦めるのならば、自分達も上層部と同罪であり、少なくとも他者から見ればその様に映るだろう。
少なくとも、今回の『ロフォ戦争』では、“大地の裂け目”勢力から言えば、ロンベリダム帝国の者達皆が戦争を支持している、と思う筈である。
それが嫌ならば、国際社会から孤立したくない、白い目で見られたくないなら、自分達で上を叩き潰さなければならないのである。
まぁ、それは中々に過激、かつ難しい話であるが、それ故に、アキトはそれをする理由付け、言わば“切っ掛け”を与えた訳である。
「まぁ、どっちにせよ、今回の件でロンベリダム帝国が混乱するのは確定事項や。しかも、ライアド教の弱体化を実現し、『魔戦車』の量産凍結、ってか、生産そのものを凍結される可能性のが高いし、『ロフォ戦争』もそれどころではない状況になるやろな。たった一手、しかも、直接関与しないままの一手で状況を180度変えてしもた。流石旦那はんや。恐ろしいお人やで。」
「「「おぉ~!!!」」」
まぁ、実際には、それが出来るだけの力量や技術があるとは言え、アキトの発想自体は、本人の歴史好きの知識から来るモノに過ぎない。
国の在り方を変えるなら、革命起こせばいいんじゃね?、って感じの単純思考から、それを実行に移す具体的なプランを用いただけなのである。
かくして、アキトの投じた見た目には大した事ない、巨大な一石は、ロンベリダム帝国を混乱の渦へと飲み込んで行く事となるがーーー。
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