終わりの始まり 4
続きです。
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以前から言及している通り、ロンベリダム帝国はこの世界における魔法技術先進国である。
だが、“魔法技術”は元々“個人の技術”であるから、その事によってロンベリダム帝国が強国となるのは、些か違和感がある話かもしれない。
もちろん、それによって魔法士部隊を強化するなりし、軍事的に他国の優位に立つ、などの利用していたのも事実であるが、と、同時に、現実主義者、かつ効率主義者であるルキウスの意向として、ロンベリダム帝国ではもう一歩踏み込んで、魔法技術をある種の“テクノロジー”として、広く一般の市民生活にも活用していたのである。
もちろん、他国と同様に、ロンベリダム帝国でも魔法技術そのものは貴族以上、要は“支配階級”が独占している状況ではある事には変わりないのであるが(為政者側から言えば、国民の反発、所謂“一揆”は警戒すべき事態であるから、仮に平民にも広く魔法技術そのものが普及していたとしたら、それは大きな脅威となるだろう。故に、魔法技術そのものを平民にまで普及される様な真似はしていなかった。)、しかし、その利便性は国民の生産性を一気に引き上げる事が可能となる訳だから、他国ではそれすら躊躇っていた一方で、ルキウスとしてはそれに躊躇する理由がない訳である。
こうして、“魔法技術の秘匿”と“魔法技術の利便性”の双方を考えた結果、ロンベリダム帝国では、他国に比べて『魔道具』が広く一般的になっていったのである。
魔法技術そのものは秘匿しつつ(ブラックボックス化しつつ)、その結果だけを平民が享受するには、『魔道具』はまさにうってつけの代物だった訳である。
こうして、ロンベリダム帝国の国民は、魔法技術そのものを扱える訳ではないが、その一部技術を『魔道具』という“テクノロジー”を介して利用する事が可能となり、国内における生産性を一気に引き上げる事に成功した訳である。
これによって、ロンベリダム帝国は軍事的にも強固となり、なおかつ経済的にも豊かになっていったのである。
それ故の、魔法技術先進国、なのである。
余談だが、それでもアキトがロマリア王国の『魔術師ギルド』と共同開発した『生活魔法』の様な、基礎四大属性とは言え、一般人一人一人が擬似的に魔法を扱える様な代物は、ロンベリダム帝国ではあえて公開していなかった。
『生活魔法』が、より生産性の向上を可能とする事までは否定しないが、先程述べた通り、それを悪用される事によって、反乱を起こされる事を危惧したからである。
もっとも、アラニグラと行動を共にしている冒険者パーティー・『ウェントゥス』の例にもある通り、ロマリア王国を起点として爆発的に普及の進んでいるこの『生活魔法』は、特に旅を生活の一部とする旅商人や冒険者からの需要が高く、ロンベリダム帝国においても、その『模造品』が出回っていたりもする。
それが一般人にまで波及するのはもはや時間の問題であるから、ならばそれをコントロールする上でも、また、そうした『模造品』を造っているのは、当然まっとうな存在ではないから、裏側への資金源となる事を防ぐ上でも、ロンベリダム帝国でも、正規に『生活魔法』を発表する事を検討していたりする。
更に余談だが、もちろん、『生活魔法』には、アキトとロマリア王国の『魔術師ギルド』に特許権があるから、本来ならば彼らと“ライセンス契約”を結ばなければならない。
しかし、この世界には、現状その様な概念が存在しないので、明らかな『模造品』だろうと、取り締まる事は不可能であった。
もっとも、アキトの考えでは、平民の生活が向上すれば良いとの思いから、特許権に関しては、そう口うるさく言うつもりはなかった。
向こうの世界でもそうであるが、特許権を放棄する事によって、その技術が爆発的に普及するケースも存在する。
もちろん、共同開発者であるロマリア王国の『魔術師ギルド』に対する配慮もあって、特にロマリア王国を中心とした流通網に関しては、『模造品』が出回らない様に、つまり、『魔術師ギルド』の損とならない様にしているが、遠く離れたロンベリダム帝国までは流石に手が回らなかった事もあって、こちらに関してはあえてスルーしていたのである。
まぁ、それはともかく。
さて、そんな魔法技術、または魔法科学の結晶とも言える『魔道具』であるが、もちろん、テクノロジーの面においては向こうの世界の最先端科学には程遠いものの、しかし、それらよりも圧倒的に優れている点が実は存在した。
それは、“エネルギー”の問題である。
当たり前の話ではあるが、向こうの世界においては、主に使われるエネルギーとしては、“電気”が挙げられるだろう。
家電でも工業製品でも、オフィスでも、学校でも、この“電気”が大活躍を見せている。
これによって、向こうの世界の発展が成り立っている、と言っても過言ではないのである。
しかし、逆を返すと、“電気”がなければ、もはや生活もままならない、と言う事でもある。
実際、何かしらの災害や、あるいは事故によって、“電気”を始めとした所謂“ライフライン”、電気、ガス、水道(昨今では、ここに通信なども入る可能性もあるが)、が供給されない事態になれば、たちまち市民生活は立ち行かなくなる、なんて事が頻繁に起こっている。
それでなくとも、この“電気”は、当たり前だが、自然発生的に産み出される代物ではないから(もっとも、自然現象として、カミナリなどは存在するが、こちらは現在の向こうの世界の技術力でも利用する事は不可能である。まず、落雷が何処で起こるかをピンポイントで予想する事は現代の向こうの技術を持ってしても不可能であるし、仮に避雷針などを介してエネルギーを一ヶ所に集められたとしても、放電自体は一瞬であるから、安定したエネルギーとする事も出来ない。効率や安全面、コストの面を考慮すると、むしろリスクの方が圧倒的に高い訳である。)、それを発電させる為には、“別のエネルギー”を必要とする。
現代では、これは、主に原子力発電、火力発電などに大きく依存している。
もちろん、水力発電や風力発電、太陽光発電、地熱発電など、所謂“再生可能エネルギー”の技術も飛躍的に伸びてはいるが、とは言え、発電量を全体で見たら、これらは微々たるモノと言わざるを得ないのが実情なのである。
そうでなくとも、原子力発電なら放射能汚染、火力発電なら燃料や二酸化炭素の問題、水力や風力、太陽光や地熱などは立地の問題などと、それぞれ大きな問題点を抱えている。
その点、魔法技術には、“別のエネルギー”を必要としない利点があるのである。
そう、それが“魔素”である。
“魔素”の正体については、これは様々な仮説が存在するが、今現在でも分かっていないのが現状である。
しかし、正体自体が分からなくとも、利用されるケースはいくらでもあり、よほど魔法技術や魔法科学、あるいは古代魔道文明を深く探求している学者でもない限り、例え現代の魔術師や魔法使い達とは言え、あまり関心がないのが本当のところであった。
重要なのは、この“魔素”がこの惑星の大気に満ち溢れている事と、その“魔素”に何かしらの干渉をする事によって、様々な現象を引き起こす、という点である。
つまり、持続可能なエネルギーかつ利便性の観点から言えば、“魔素”の正体が何であろうとも、利用しない手はない訳である。
この様に、“魔素”は向こうの世界とは違い、わざわざ別のエネルギーを必要としないので、非常にクリーンでエコロジーなエネルギーとも言えるのである。
もっとも、二次的に環境汚染する可能性はあるので、例えば、魔法で火を起こしたとしたら、当然二酸化炭素などの温室効果ガスが発生する事となるので、現状では微々たる量な為自然の浄化作用によって何ら問題とはならないが、もし仮に、魔法技術が向こうの世界の科学技術並に発展したとしたら、今現在の向こうの世界の様に、温暖化やそれに伴う気候変動を引き起こす可能性も内包しているのである。
しかも、“魔素”は、そこら辺の大気にありふれた物質な訳であるから、向こうの世界とは違い、何かしらの要因で(例えば、発電所が占拠される、送電線に不具合が生じるなど)供給が停止する事もありえない訳である。
もちろんこれも、“魔素”の総量がどの程度なのかによっては、全世界の人々が一斉に魔法技術を使う事によって、“魔素”の過剰利用による一時的な枯渇、つまりは供給不足に陥る可能性は内包しているものの、“魔素”そのものは、魔法を発現させると同時に再び大気へと戻っていくので、深刻さで言えば向こうの世界とは比べ物にならないレベルで低いのだが。
まぁ、惑星の大気中に溢れている酸素や窒素、二酸化炭素などの、所謂“空気”を一瞬で使い切る事など現状不可能なので、その心配は皆無かもしれないが。
と、まぁ、ここまで長々と解説してきたが、これらの事から魔法技術が使えなくなる事態など、本来はありえない事態なのである。
あるとしたならば、『魔道具』の方が不具合、つまりは故障をして使えなくなる、という事はありうる訳だが、どうも今回の事は違う様である。
もちろんこれは、アキトによる策略だった訳であるが、果たしてその思惑はーーー?
◇◆◇
「あら、リーズレットさん?おはようございます。」
「シャールさん。おはようございます。」
時は、ルキウスの別荘内にて、密かにルキウス暗殺未遂が起こる前の当日の朝に話は戻る。
場所は、帝都・ツィオーネの、所謂“平民街”と呼ばれる、平民が集まって出来た住宅街の一画での事であった。
“平民街”とは言っているが、ここに住んでいる平民達は、ロンベリダム帝国内でも特に生活水準の高い者達である。
その仕事内容から見ても、宮殿での役人だったり、警備兵、衛兵だったり、貴族家の使用人だったり、あるいは技術者や職人など、ロンベリダム帝国の政治や経済、魔法技術の根底を支える者達であるから、所謂農業従事者とは収入の面から言っても、そこには大きな開きがあるのは当然の話なのであるが。
もちろん、食という面において、生命活動の根底を支えている農業従事者の存在はなくてはならないモノなのであるが、そこはそれ、ある程度国が豊かになると、より収入を得られる職業の方が偉いとする風潮がある事は致し方ない部分であろう。
まぁ、本来は、職業における貴賤などないので、これは勘違いに過ぎないのであるが。
で、生活水準も収入も高いこの平民街の者達は、当然『生活魔法』(の『模造品』)を所持していたとしても何ら不思議な話ではない。
残念ながらいくらロンベリダム帝国内においても、まだ各家庭に水道が通っている訳ではなかったからである。
当然であるが、人は水がないと生活がままならなくなる。
単純な生活飲料や食事の場面でも水を使用するし、洗濯や入浴などの衛生面、あるいは仕事の内容によっては(例えば、鍛冶職人ならば、金属を冷やす過程で水を大量に必要とするし、服飾関連で言えば染め物をする時にも大量の水を必要とする。農業従事者ならば、食品の生産には水は不可欠である。)、大量の水を必要とする事も多い。
もちろん、先程も述べた通り、流石のロンベリダム帝国と言えど各家庭まで水道インフラが進んではいないのが現状であり(もちろん、単純に川などから水を引き込む事はしており、それを農業用水などとして活用する事はあるものの、浄化装置が発達していた訳ではないので、生活用水とするのは、衛生面の観点から不向きであった。下水に関しては言わずもがなであろう。)、生活用水に関しては各所に整備された井戸を利用しているのだが、これをわざわざ汲みに行くのは結構億劫なモノだったりする。
何故ならば(もちろん、その家庭によっては、一日に使用する水量も変わってくるのだが、また、仕事内容によっては大量の水を使う者達もいるので、また状況も違ってくるのだが)、水汲みが一仕事になってしまう、なんて事も往々にしてあるからである。
実際、向こうの世界の発展途上国の間では、水汲みだけで一日の大半を過ごす事となってしまう子供達などが実際に存在している。
多少の事情の違いはあれど、もし仮に、各家庭で自由に水を使用出来る設備なり環境が整っているのであれば、それだけでその時間を別の事に割り当てる事が出来る訳である。
そして、現状では各家庭にまで水道インフラが整っていないロンベリダム帝国において、水を任意の量産み出す事の出来るこの『生活魔法』(の『模造品』)は、まさに画期的なアイテムだった訳である。
こうした背景もあって、特にロンベリダム帝国の裕福な平民層にも、『生活魔法』(の『模造品』)の普及が爆発的に進んでいた。
つまり、本来ならば、こうして公共の井戸に奥様方が集まる光景、と言うのは、一昔前の光景となってしまっていた筈だったのであるが・・・。
「珍しいですね、リーズレットさん。こちらでお会いするなんて。」
「それなんですけど、聞いてくださいよ、シャールさん。ウチの『魔道具』が、今朝急に使い物にならなくなってしまったんですよっ!きっと、旦那が安物を掴まされたに違いありませんわっ!!」
「えっ!?お宅もですかっ!!??」
「・・・えっ!?って事は、もしかしてお宅も・・・?」
「そうなんですよっ!今朝、料理を始めようと『魔道具』を使おうとしたんですけど、ウンともスンとも言わなくって・・・。とりあえず、水瓶に貯めてあったお水で今朝はしのいだんですけど、それだけだと足りないから、こうして井戸にやって来たってワケなんですよぉ~。けど、アレがないともう不便でしょうがないですから、早い内に買い換えなきゃ、って。」
「へぇ~、珍しい偶然もあるものねぇ~。けど、その意見には賛成だわ。わざわざお家から出なくて済むのは、本当に便利だものねぇ~。もう、『魔道具』無しの生活なんて、考えたくもないわよ。」
「お水を運ぶだけでも重労働ですもんねぇ~。まぁ、私達のお家は、井戸からそう離れた場所でなかった事が、まだ不幸中の幸いですけど。」
「まったくね。」
二人の若奥様は、挨拶もそこそこに、矢継ぎ早にそんな会話を交わしていた。
まぁ、先程も述べた通り、こうした光景は以前はよく目にした光景なのであるが、今現在では、特にこの平民街では見なくなった光景であった。
そんな事もあって、二人の若奥様は多少の不満はあれど、この非日常となった光景を、そこそこ楽しんでいたのである。
最近では、毎日の様に顔を合わせる事もなかったので、旦那に対する不満や愚痴、各家庭内で起こっている様々なトラブルを吐き出す、良い機会でもあったからである。
しかし、時間が経つにつれて、どんどん人だかりが増えていっている事に、二人も気が付いた。
それに、待てど暮らせど、前に並んでいた人の列が、全く動きを見せない事にも違和感を持つ。
先程も述べたが、爆発的に『生活魔法』(の『模造品』)が普及しているとは言え、まだ全家庭にまで行き渡っている訳ではないので、こうして井戸を利用する者達もそこそこ存在したのである。
「何だか、人が多くないかしら?」
「そうですね。まぁ、以前なら珍しくもない光景でしたけど、最近じゃ見ない光景ですよねぇ~?」
「もしかしたら、彼らも私達とおんなじ様な事情じゃないかしら?ほら、彼らのお家の『魔道具』も壊れたのよぉ~。」
「そんな、まさかぁ~。いくらなんでも、そんな偶然が重なる事なんて・・・。」
冗談めかした片方の若奥様の言葉に、もう片方の若奥様はやんわりと否定する。
彼女が本気で言っていない事は理解出来たので、まぁ、会話の中のちょっとしたエッセンスだったのだ。
しかし、まさかそれが正解だったなどと、この時点では思いもしなかった事であろうが。
「おいおい、高々水汲みに何時まで掛かってんだよっ!こっちは忙しいんだっ!!早くしてくれよっ!!!」
そうこうしていると、いよいよイライラしてきた、おそらく職人らしき若奥様方の後ろにいた一人の男性が、そんな不満を口にしだした。
「あらやだ。怖いわねぇ~。」
「けど、あの人の言う事ももっともですよ。全然順番が回って来ませんし・・・。」
「・・・それは確かに。一体、何をしているのかしらねぇ~。」
その男性の言葉を皮切りに、集まっていた他の者達からも、口々に不満が漏れ始めた。
「何モタモタやってんだいっ!さっさとしないと、日が暮れちまうよっ!」
「早くしろよぉ~!帰りが遅れると、こっちは親方にどやされるんだっ!」
「い、いや、違うですよっ!この取水装置が、ウンともスンとも言わなくてっ・・・!!」
「なにぃっ・・・!?」
周りからの非難に耐えかねた、井戸で何かしら格闘をしていた一人の男性が、そんな言葉を伝えた。
それに、最初に不満を口にした男性が反応し、列を無視してその男性のもとに駆け寄っていった。
多少マナー違反ではあるが、今はそんな事を言っている場合じゃない。
何からのトラブルが発生しているのであれば、まずそれを解決しない事には、何時まで経ってもこの行列が解消される事もないからである。
「何言っていやがるっ!お前さん、お上りか何かかっ!?こんなモンは、ここを押せば自動的に地下水を汲み上げる仕組みにっ・・・!って、アレッ!?」
「ど、どうしたんですかっ!?」
「あ、いや、おかしいなっ?あれっ、あれれっ・・・!?」
「ねっねっ!本当でしょうっ!?僕は悪くないですよねっ!!??」
「ま、マジかっ!?ちっとも動かねぇ~ぞっ!!??」
「「「「「っ!!!???」」」」」
この井戸の形式は、魔法的な力でポンプを動かし、自動で汲み上げる方式である。
向こうの世界で言えば、電動式のポンプに該当する。
つまり、手動で動かすタイプ(桶を縄でくくりつけて落とし、水を汲み上げる仕組み、“釣瓶”という、や、大気圧を利用して手動で水を汲み上げる仕組み、“手押しポンプ”など)ではないので、その部分が動かなければもはやどうしようもないのである。
ここら辺は、向こうの世界における、電化製品なんかも抱えている問題点である。
先程も述べた通り、今現在の向こうの世界では、電気がある事が前提となっているので、何かしらの要因によって電気が供給されない事態になれば、それら電化製品は“便利な道具”から一転して“全く使い物にならない道具”に早変わりする事がしばしば起こっている。
それ故に、特に災害などを想定して、電気を必要としない、電気がなくとも動かせる旧来の道具類が、再び見直される事となっていたりもする訳だ。
一方、こちらの世界の、特にロンベリダム帝国内においては、先程から述べている通り、言わば“魔化”が進んであるのが現状であるから、何らかの要因によって、魔素が供給されない事態となれば、当然ながら『魔道具』は使い物にならない。
更にマズい事に、先程も述べた通り、魔素はこの世界の大気に溢れている訳であるから、そもそも“魔素が供給されない”、なんて事態を、最初から想定すらしていない訳である。
で、あるならば、当然『魔道具』の方が、何らかの不具合を生じたと考えるのが自然な流れなのだが、とは言え、一斉にそんな事が起こりうるかと言われれば、流石に偶然にしては不自然過ぎる。
しかし、そう考えたところで、そもそも魔法技術の知識すらない平民達では、この事態に対応が出来ない訳である。
「い、一体どうなってやがんだっ・・・!?」
カチカチッと、全く動きを見せない取水装置に戸惑いながら、最初に不満を述べた男も弱り果てていた。
「と、とにかく、これを直さない事には始まりませんよ。とりあえず、『魔術師ギルド』に連絡を取ってみましょうっ!」
「そ、そうだなっ・・・!」
・・・
「この様な事態が、各所から報告されているのですっ!!」
「ふむ、なるほど・・・。ロンベリダム帝国の各所で、一斉に『魔道具』が使えない事態が巻き起こっている訳か・・・。まぁ、普通に考えれば、そんな偶然はあり得ないので、何者かが干渉している事は明らかであるが、まぁ、そちらも気になるが、ひとまず復旧の方が先であろうな・・・。しかし、それならば、『魔術師ギルド』や『メイザース魔道研究所』が対応しているのであろう?」
以前にも述べたかもしれないが、一応独立した組織である『魔術師ギルド』であるが、その在り方は国によっても大きく異なる。
ある意味、魔法技術の大家として、単に魔法技術の管理を行っているギルドもあれば、ロンベリダム帝国やロマリア王国の例にもある通り、魔法技術そのものは秘匿しつつ、それを『魔道具』へと加工を施して、市民生活に還元しようとするギルドもある。
で、当然ながらロンベリダム帝国内においては、『魔術師ギルド』は実質的にルキウスの傘下に収まっており、ルキウスお抱えの『メイザース魔道研究所』で研究、開発された魔法技術をもとに、新たなる『魔道具』を量産化し、管理、運用などを主な業務としていた。
もっとも、具体的に製品を作るのは、そこから各種職人系ギルドに委託される事が大半であるが。
故に、どちらにせよ、魔法技術そのものに理解がある訳ではない平民達が、この様な事態に際して、『魔術師ギルド』などに連絡を取るのは至極当然の流れなのである。
しかし・・・。
「もちろん、市民達の報告を受けて、『魔術師ギルド』や『メイザース魔道研究所』も迅速に対応しましたが、状況は一向に改善しておりません。そもそも、彼らの話では、『魔道具』に不具合など一切なく、逆に何で動かないのか、と困り果てているほどなのですっ!!!」
「何だとっ・・・!?」
そう、これが非常に厄介な点だったのである。
そもそも、今問題となっているトラブルは、原因が明らかになっていないのである。
仮に、単純な経年劣化などによる『魔道具』の不具合などが原因であれば、新たに取り替えるなり、修理するなりして対応が可能である。
しかし、
“壊れたから直してくれ”
と言われて行ってみれば、
“いや、壊れてませんよ?”
“はっ・・・!?じゃあ、何で動かないんだよっ!”
“あ、いや、それは分からないですけど・・・。”
と言った具合に、完全にお手上げ状態だった訳である。
魔法技術の専門家がそれならば、もはや状況を改善させられる者は皆無であった。
「幸いな事に、使えなくなったのは、現状では市民達が利用する『魔道具』に限定されている様で、魔法技術そのものに関しては利用出来る様です。ですから、とりあえず場当たり的に魔術師の皆さんが魔法を使う事で、今のところ大きな混乱にはなっておりませんが・・・。」
「しかし、それも時間の問題、と言う訳か・・・。そもそも、その根本的な原因が分からんではな・・・。」
「そうです。魔法技術を扱える者達は限定されていますからね。しかも、毎日の生活に水は不可欠ですから、仮に早期に『魔道具』の復旧が進まないとなると・・・。」
「その内、魔術師や魔法使いだけでは手に追えなくなる、か。そうなれば、経済活動は大きく停滞する事となるな・・・。」
「それもありますが、市民の皆さんの不満が高まる事となるでしょう。今まで出来ていた事が、急に制限される事になりますからね。」
「ふむ・・・。」
「どうされるので、陛下?」
ルキウスと共に報告を聞いていたタリスマンが、そうルキウスに水を向けた。
「そうだな。とりあえず休暇は終わりだ。すぐにイグレッド城に戻る。そして、ランジェロらと協議のもと、その異変に対応する為の専門の調査部隊を結成し、各所へ派遣する。」
「ハッ、即座に準備致しますっ!」
「お主も、引き続き情報収集に当たれ。何かあれば、逐一余に報告せよ。」
「ハッ、かしこまりましたっ!」
一通り支持を出すと、タリスマンと伝令兵はその場を後にした。
一人取り残されたルキウスは、若干疲れた様子で独り言を呟くのだった。
「やれやれ、せっかくの休暇だったと言うのに、全く休めた気がせんな・・・。」
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