終わりの始まり 2
続きです。
長くなりそうなので章を分割しました。
◇◆◇
「・・・はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・。」
「・・・も、もう、・・・ダメ・・・。」
「・・・す、スゴすぎる・・・。」
深夜のルキウスの別荘内。
タリスマンに宛がわれた一室にて、あられもない姿の美女達が息も絶え絶えな状況でベッドに転がっていた。
ここで何があったかは多くを語らないが、まぁ、つまりは色っぽい事である。
そんな中、タリスマンは、ズボンだけ履いた半裸の状態で、半ば満足げな表情をしながら窓の外に映る双月を一人眺めていたのだったーーー。
あの後、タリスマンとルキウスが仕留めた獲物をメインに、豪勢なディナーを楽しんだ後、今宵は解散という流れになった。
ルキウスは美女の一人を引き連れて自室に戻り、それを見届けたタリスマンは、護衛部隊へと引き継ぎを済ませ、彼も自身に宛がわれた自室に戻ったのだった。
基本的に、この世界の一般市民達の労働環境は過酷である。
もちろん、それも国や地域によっては多少の差異はあるのだが、この世界において一番多い職種である、所謂“農業従事者”を例に挙げてみると、彼らは陽がある時間は基本的にずっと働きっぱなしなのである。
もっとも、これは四季によって、陽の出ている時間に変化があるので、長い時で12時間は優に越える時間働く時もあれば、逆に短い時は、8時間に満たない時間しか働けない時もあるので、それも一律ではないのだが。
もちろん、今現在のこの世界でも様々な職業が存在するので、全部が全部そうという訳ではないが、例えば旅商人や冒険者は、ある意味では一攫千金を狙える可能性も高いが、と、同時にモンスターや魔獣、野盗の脅威があるので、生命の危険とは常に隣り合わせであるから、成り上がりを目指して冒険者に成った若者が、その短い人生に幕を下ろす事もよくある話であった。
もちろん、冒険者や旅商人だけでなく、“内側”で働いている農業従事者達も、そうした危険が全くない訳ではないし、当然の事ながら、長雨や、逆に干ばつなど、自然の脅威とも戦わなければならないので、どちらが良いという事はないのであるが。
と、この様に、基本的にこの世界は、市民、労働者に厳しい世界なのである。
贅沢な暮らしを享受出来るのは、貴族などの特権階級者や富裕層のみなのである。
まぁ、これは現代の向こうの世界でも同じかもしれないが。
そして、それは、騎士や憲兵、兵士や軍人達にも当てはまる事であった。
もちろん、戦時であれば、労働時間やら労働環境などを議論する余地もない場合もあるのだが、平時であっても、メチャクチャな環境で働かされる事もしばしばあった。
特に、貴族の私兵などは、もちろんその貴族個人個人の考え方にも寄るのだが、高い給金の見返りに、メチャクチャな労働条件で働かされる事などザラであった。
しかし、合理主義者、かつ効率主義者であるルキウスは、そんな兵士達の働き方に関してもメスを入れていたりする。
科学的データでも実証済みであるが、長時間労働、あるいは劣悪な労働環境下では、生産性が下がる、だけでなく、労働者の健康状態にも悪影響を及ぼす事が分かっている。
特に、所謂軍属というのは、特別な技能を必要とする人材であるから、せっかく育てた人材をすぐに使い潰す様では、ハッキリ言って時間と資金の無駄になりかねないのである。
そんな無駄を容認するルキウスではない。
故に、特にロンベリダム帝国の宮殿勤めの兵士達の労働環境は、他に比べたら格段に良い環境であったのである。
が、それでも、タリスマンは流石に特別であった。
この別荘でも、ルキウスとそう大差ない個室を与えられているし、まぁ、ルキウス自身がそう言ったから致し方ない部分もあるのだが、日中以外の時間はタリスマンの好きに過ごして良いからである。
一般の兵士達は、当然しっかりした交代制が採用されているが、日中だろうと夜中だろうと、四六時中ルキウスの警護を疎かにする事は出来ない。
また、休憩やら睡眠は、複数人で一部屋を使う事が普通であり、任務中に女を連れ込む事など出来よう筈もなく、これだけでもタリスマンの特別扱いが分かるというものだろう。
まぁ、今更そうしたえこひいきに不満を持つ兵士達ではないのだが。
タリスマンが特別な存在である事など、彼らも十分に承知しているからである。
まぁ、それはともかく。
さて、ここで一旦話は変わるが、ルキウスの別荘は中々面白い造りをしており、メインとなる屋敷とは別個に、宿泊する部屋はコテージの様なそれぞれ独立した造りとなっており、規模や豪華さは比較にはならないが、まるでどこぞのキャンプ場の様な感じになっていた。
もちろん、これもしっかり計算されて造られている。
一つの大きな屋敷であった場合は、それ相応に護衛する人数も増える訳だが、コテージであればそれも抑える事が出来るし、四方を囲めば、屋敷内とは違い、死角をなくす事が出来るので、護衛側から言えば守り易く、また刺客側から言えば攻めにくい訳だ。
しかも、部屋が独立している事もあり、ある意味プライベートが保たれる事となる。
もちろん、人為的な守りだけでなく、魔法的な処置も施しているので、二重三重の防壁を巡らせている様なモノである。
ルキウスが自信を持って、タリスマンに夜は好きに過ごして良いと言ったのは、こうした事もあっての事であった。
しばらくすると、ベッドの方から穏やかな寝息が聞こえてきた。
“レベル500”の恩恵は、こんなところにも現れている様だ。
女性3人を同時に相手して、なお尽きない体力と精力。
まさしく“絶倫”と呼ぶにふさわしいだろう。
そんなタリスマンであるが、彼女達を満足させた男としての達成感やら、日中の任務もあって、それでも心地よい疲れはあったものの、妙な胸騒ぎを感じて寝付けずにいたのであった。
まぁ、彼女達にベッドを占領されてしまった事もあるのだが、故に、とりあえず衣服を身に付け、備え付けのソファーに腰を下ろしていた訳である。
そして、そんなタリスマンの予感は的中する事となる。
何故ならば、ルキウスを狙う刺客が、すでにルキウス専用のコテージへと迫っていたからであったーーー。
◇◆◇
タリスマンこと、本名“山岸大志”は、向こうの世界においても真面目で成績優秀、スポーツ万能の、所謂“優等生”タイプの青年であった。
もっとも、真面目一辺倒という事もなく、ノリも良くコミュニケーション能力にも秀でていたので、始めはクラスの班長から、後に学級委員長や生徒会長を歴任するなど、徐々に“リーダーシップ”を発揮する様になっていったのである。
そしてそれは、『TLW』時にも遺憾なく発揮されたのであるが、とは言え、『LOL』を設立した当初は、実は彼がギルド長ではなかったのである。
と、いうのも、『TLW』の歴史はオンラインゲームとしては中々に長く、彼らがこちらの世界にやってくる事件があるまでに、優に10年を越える月日が流れていたからである。
つまり、『LOL』設立当初は、タリスマンはまだ10代の少年だったので、もちろん、オンラインゲームには年齢は関係ないのかもしれないが、“俺が俺が”、というタイプでもなかったタリスマンがでしゃばる真似をする訳もなく、また、当時は彼以上のリーダー的な存在がいた事もあって、タリスマンの立ち位置としては、『LOL』設立メンバーの一人、といった程度であったのである。
しかし、オンラインゲームを続ける事は、かなりハードルが高かったりもする。
少なくとも、“リアル”の世界が忙しくなってくれば、ゲームにインする時間も減る訳で、こうした事情も重なって、設立メンバーが一人、また一人と引退を余儀なくされる中、タリスマンはなしくずし的にギルド長を引き継ぐ事となったのであった。
先程も述べた様に、タリスマンは元々ある程度の“リーダーシップ”を持っているタイプの人物でもあったので、それに、ティアやエイボン、アラニグラ、ククルカンやキドオカのサポートもあって、どうにか最後までギルド長を勤め上げる事が出来た訳だ。
しかし、タリスマン自身は、先代のメンバー達の方がリーダーとしては上だと思っていたし、事実タリスマンにはカリスマ性の様なものはなかった。
もちろん、これもタイプに寄るものだし、圧倒的カリスマ性の持ち主であるリーダーの特徴としては、まず間違いなくワンマン体制となるので、不特定多数が集まるオンラインゲームにおいては、特に攻略ギルドとしては、それでは軋轢を生みかねないので、どちらかと言うと、全体の調整役を務めるタイプのリーダーであるタリスマンとの相性は悪くなかったのであるが。
だが、それはあくまで『TLW』の話であって、現実であり、本当の意味で自由度の高いこの世界においては、タリスマンのリーダーシップは鳴りを潜める事となった。
それに、『TLW』時には“攻略”という共通の目的意識があったが、この世界に飛ばされてからは、“帰還”、“適応”、“様子見”と、それぞれメンバーがバラバラな事を考える様になってしまった事もあった。
まぁ、これは、各々が個人の意思を持っている以上当たり前の話なのであるが。
その結果として、既に述べた通り、テポルヴァ事変を経て『LOL』は空中分解し、タリスマンは元・ギルド長として仲間達を纏め上げられなかった事、そしてそもそも、この世界に来る切っ掛けを作ってしまった事に対する責任を感じてしまったのであった。
もし仮に、タリスマンがカリスマ性に優れた圧倒的なリーダーシップを発揮するタイプの人物であった場合、そんな結果にはならなかったかもしれない。
まぁ、それはともかく。
そんな、心身共に弱っている時は、人は誰かにすがってしまうものである。
それは、時として宗教だったり、あるいは異性、あるいはアルコールだったりするが、タリスマンの場合は、その対象が、生まれながらの支配者であり、天才的な頭脳の持ち主にして圧倒的なカリスマ性を持つ、何処までも我が道を往くタイプのルキウスだった訳である。
“この人に付いて行けば安心だ。”
そんな風にタリスマンは、自分にはないモノを持っているルキウスに傾倒していった訳である。
また、彼の『職業』が『近衛騎士』であった事も影響しているのかもしれない。
他の『異世界人』達も、カルマシステムや仮の姿に引っ張られる形で、元々持っていなかった性質が発現している事例もある。
そんな『近衛騎士』の『職業』を持つタリスマンが、『皇帝』であるルキウスに惹かれるのは、これはある種必然だったのかもしれない。
こうして、ルキウスに心酔し、彼の個人的な護衛を引き受ける様になってからは、彼も、ウルカ同様に仲間達から距離を置く事となった。
まぁ、タリスマンに関しては、仲間達に対する負い目からかもしれないが。
さて、そんなタリスマンが心酔するルキウスであるが、彼も、その先進的な考え方や、天才的な頭脳、圧倒的カリスマ性によって彼を心酔する者達も多い一方で、当然ながら同時に敵も多かったりする。
少なくとも、ルキウスの改革などによって損を引いた貴族達や、彼の強引な政策によって故郷を追われた周辺国家群の中には、反ルキウス感情を根強く持っている者達も多いのである。
そして、そんな彼らからしたら、堅牢な守りに囲まれたイグレッド城からルキウスが離れた事は、それこそ彼を亡き者とするには絶好の襲撃機会だった訳であるーーー。
・・・
時間としては深夜に差し掛かる時刻なれど、ルキウスの護衛部隊の者達は、魔法技術先進国たるロンベリダム帝国が開発した『魔道具』の一つである“照明器具”によって、流石に昼間ほどではないが、しっかりと視界が確保されていた。
以前にも言及したが、そして当たり前の話として、深夜帯はその“暗さ”もあって、襲撃やら密かに何かするには絶好のタイミングである。
しかし、これだけ煌々と照らされていると、その利点は失われてしまう事となる。
まぁ、その弊害として、護衛対象たるルキウスのコテージにもその明かりが届いてしまう為に、ルキウスの睡眠を妨げる事となる可能性もあるが、そこはそれ、遮光性に優れたカーテンなどをつけるなどの対策を講じているので、それらは問題なかったりするが。
これだけでも襲撃者にとっては厄介極まりない事であった。
当たり前だが、そんな中でルキウスに近付くのは容易ではないし、どれだけ優れた隠密スキル、気配遮断スキルを持っていたとしても、見られたら終わりだからである。
しかも、それを突破したとしても、更に二重三重の備えがあり、それこそこれらを突破してルキウスまで辿り着ける者は、アキトの様な非常識の塊でないと不可能な事であった。
しかし、ルキウスとしては残念な事に、そんな“常識”を覆せる者が今回の襲撃者だった訳である。
彼は悠々と護衛部隊の監視を掻い潜り、備え付けられた罠もものともせず、ルキウスの寝室にまで迫っていたのであった。
彼はほくそ笑んだ。
ベッドの上には、スースーと寝息を立てるルキウスと美女の姿が確認出来たからである。
後は、ルキウスを亡き者とするだけーーー。
そんなタイミングで、ルキウスが動いたのだった。
「・・・何者だ?」
「っ・・・!」
彼は一瞬たじろいだ。
自分の術儀や隠密スキルは完璧だった筈だ。
実際、ここまで潜入する過程で、護衛部隊の者達には誰一人として気付かれていなかったし、ルキウスの隣にいる美女は、ルキウスが起き上がった事に多少身動ぎをしたが、その後も不審者がこの場にいるにも関わらず、スヤスヤと穏やかな寝顔を晒している。
「・・・ふむ。某かの“虫の知らせ”を察知したのですかね?流石は皇帝陛下。一筋縄ではいきませんな。」
しかし、それも一瞬の事。
彼はその道のプロだった。
故に、ルキウスが予想外に起き上がったのは、罠でも何でもなく、全くの偶然であった事を看破していたからである。
「・・・暗殺者か。」
「ええ、まぁ、その様なモノです。皇帝陛下を恨む者は多いですからな。」
今度は、ルキウスが焦る番だった。
謎の襲撃者が指摘した様に、ルキウスが起きたのは全くの偶然であり、高レベル帯の者達が取得している、所謂“気配察知スキル”によって危険を察知した訳ではないからである。
いくらルキウスが武芸に秀でているのは言え、それはあくまで一般人レベルから見てであって、目の前の襲撃者は、ルキウスの手に負える相手ではないと、ルキウスはすぐさま感じていた。
不意にルキウスが起き上がった事に驚き慌てふためいてくれたら、まだ外の者達に異変を知らせる事も出来たかもしれないが、こうイレギュラーな事態にも冷静さを失わないとなると、ルキウスに打てる手はもはや無いに等しかった。
だが、そこで諦めるルキウスではない。
ここでルキウスがただ騒ぎ立て、護衛部隊に助けを求めるだけであったら、彼は即座にルキウスを殺害しこの場を離れるだけだ。
ならば逆に、その聡明な頭脳をフル回転して、どうにか生き残るチャンスを模索するべく、何とかその足掛かりを掴もうと、ルキウスはその口を開いた。
「ほう・・・。それは興味深いな。誰に依頼されたのだ?」
「もちろん、お教え出来ませんよ。それに、今更知ったところで無意味な事で御座いましょう?」
「っ・・・!」
暗に、“アンタはここで死ぬのだから”、と伝えられたルキウスは、表情には出さかったが、内心ゾッとしていた。
あるいは、謎の襲撃者から発せられた薄い“殺気”に当てられたのかもしれないが。
「では、話題を変えよう。どの様にして、ここまで辿り着けたのだ?」
「それも、企業秘密ですよ。それに、先程申し上げました通り・・・。」
「見たところ、お主は“蛮人”であるな?では、得体の知れない“呪術”とやらを使ったか?」
「・・・ほう。」
彼から発せられる“殺気”が一段階上がった様に感じられた。
しかし、今更吐いた言葉を取り消せる訳もないので、ルキウスは背筋に冷たい汗を感じながらも努めて冷静さを装っていた。
当然ながら、襲撃を仕掛けるのであれば、万が一に備えて、顔を隠したり正体を隠すのは、これは当たり前の措置であろう。
にも関わらず、彼は驚くべき事に、自身の姿を隠すなどの対策を一切していなかった。
これは、見ようによっては、姿を目撃される事などありえない、という自身の力量に対する絶対の自信の裏返しの様にも感じるが、実際には、これは彼にベストスタイルだっただけの話なのである。
ルキウスのいう“蛮人”とは、これはロンベリダム帝国側が一方的にそう呼んでいる蔑称であり、以前にも言及したかもしれないが、ロンベリダム帝国が建国される以前からこの地に住んでいた先住民族達、所謂ロンベリダム帝国西側の周辺国家群に住まう者達の事である。
で、そんな先住民族達は、『テポルヴァ事変』にてロンベリダム帝国に対して一斉蜂起したカウコネス人達と同様に、各々特殊な魔法体系を持っていたのである。
(余談だが、ロンベリダム帝国側が西側の先住民族達との争いに発展したのも、この地の覇権を巡って、というのも事実ではあるが、彼らが持っていた独自の魔法技術を危険視した、あるいは取り込もうと画策した、なんて背景もあったりする。
まぁ、結局は、彼らの持っていた魔法技術が、ロンベリダム帝国側が持っていた魔法体系とは根本から異なった為に、それを取り込む事には失敗した訳であるが。)
それが、“呪術”と呼ばれるモノであり、ロンベリダム帝国側が持つ魔法技術が、どちらかというと科学的体系に近い部類の技術であった事に対して、彼らの持つ魔法技術は、より精神的、超自然的な方面に特化していたのであった。
実際、カウコネス人が持っていた『呪紋』は、自身の身体に直接的に術式、『刺青』を入れる事によって、自然界の強者(つまりは、野生動物など)や、自然現象そのものの力を自身に取り込もうとした、ある種のアニミズム(自然崇拝)思想と結び付いた魔法体系であり、実際に身体的補正の効果のある技術である。
まぁ、洗練された魔法技術を持つロンベリダム帝国側からしたら、彼らの魔法体系(身体に直接術式を刻み込む事)が野蛮に映ったとしても不思議な話ではないし、実際、先住民族達の持つ魔法体系は無駄も多く、同じく身体的補正を可能とする技術で言えば、(身体に直接術式を刻み込む事なく発現出来る)『魔闘気』や『覇気』といった上位互換が存在している。
(もっとも、こちらは、一部の才能を持った者達にしか習得出来ない、といった条件があるので、『刺青』さえ刻み込めば、ある程度の力を発現出来る『呪紋』の方が優位な場面も存在する為に、一概にどちらが優れているという訳でもないのであるが。)
で、先住民族達は、ある種親戚関係に近い訳だから、そうした魔法体系も似たり寄ったりな部分が存在する。
実際、彼にも、見える部分で言えば、身体から顔を掛けて、『刺青』がある事から、ある程度の事前知識のあったルキウスが彼を“蛮人”の一人と判断したのも無理からぬ事であろう。
しかし、そんなルキウスも、先住民族達が持つ魔法技術に細かい差違がある事までは判別がつかなかったのである。
考え方としては似ているが、彼の部族が持っていた魔法技術は、カウコネス人達の持っていた単純な身体能力強化の技術とは違い(まぁ、それだけでも、部族全体がそれを施していればかなりの脅威となるだろうが)、より隠密寄りの技術だったからである。
一口に“狩り”と言っても、実際には様々なスタイルが存在する。
その中には、所謂“擬態”をする事によって、獲物に近付き、あるいは獲物が近付いた瞬間に仕掛けるスタイルも存在する。
で、彼の部族は、この“擬態”に特化した魔法技術を持っていたのである。
(考え方やスタイルとしては、アキトやヴィーシャの得意とする『幻術』に近いが、『幻術』が相手へと影響を与える技術に対して、彼らの“擬態”は、自分自身が周囲に溶け込む事を基本としているので、魔法技術をトリガーとした罠にも引っ掛からなかったのである。まぁ、“呪術”は、現代魔法とは体系が異なる為に、相手も“現代魔法”を使ってくると想定して作られた罠には、そもそも引っ掛からなかった可能性も高いのであるが。)
更には、そもそも狩人系のスキルを持つ者達は、これは以前にも言及した通り、暗殺用にも転用が効くスキルであった為に、ロンベリダム帝国との争いに敗れて故郷を追われた先住民族の中には、彼の様に裏家業に身をやつした者達もいたのである。
もっとも、彼は、そうしたスキルに加えて、彼の部族特有の“擬態”の魔法技術を持っていた為に、その中でも飛び抜けた凄腕としてその筋では有名だった訳である。
今回も、その技術は遺憾無く発揮されていた。
隠密スキルと“擬態”を駆使して、ルキウスの護衛部隊の目を掻い潜り、更には魔法的な罠も彼の“擬態”の前では効果を発揮しなかったのである。
「その呼ばれ方をするのは、あまり好ましくないのですが、まぁ、その様なモノですよ。やはり、皇帝陛下は侮れませんなぁ~。・・・しかし、無駄話はここまでにしましょうか?貴方にとっては時間稼ぎの意味もあったのでしょうし、まぁ、気付かれた気配は今のところありませんが、万が一という事もある。仕事は手早く、が私の主義でしてね。」
「くっ・・・!!!」
残念ながら、彼はルキウスのペースには乗らなかった。
仮に、ルキウスの口車に乗って激昂でもしようモノならば、流石に異変に気付いてルキウスの護衛部隊が駆け付けてくる可能性は高い。
単純な力量では勝てないのならば、それに賭けるしかなかったルキウスであるが、その目論見も、彼の冷静さの前に潰えたのであった。
「貴方に恨みは、まぁ、ない訳でもありませんが、こちらも仕事なんでね・・・。では、さようなら。」
“こんなところでっ・・・!!!”
ルキウスは、内心そう思っていたのであるが、案外人生とはそんなものである。
実際、西嶋明人時代のアキトも、まぁ、彼の場合は、ハイドラスの干渉など様々な要因が重なったとは言え、また、子供を助ける、という、ある種ドラマチックな展開はあったものの、本当にアッサリと人生を終えてしまっていた。
また、『異世界人』達も、ある日ゲームをしていたら、急に人生が終わってしまった、などという馬鹿げた展開を経験している。
どれだけ優れた人生を歩んでいようと、一寸先は闇である。
これは、英雄だろうと偉人だろうと、天才だろうと変わらないのである。
しかし・・・。
彼は、ルキウスへと一気に距離を縮めると、愛用の短剣がルキウスの喉元に突き刺さる瞬間をスローモーションで見ていた。
“仕留めたっ!!”
そう確信した彼だったが、ここで不可思議な現象が起こる。
ガキンッーーー!!!
「・・・なっ!!!???」
「・・・はっ!!!???」
何故か、彼の得物はルキウスに突き刺さる事なく、不可視の壁に遮られたかの様に弾き返されてしまったのである。
「くっ・・・!!!」
イレギュラーな事態に、ここに来て焦りを滲ませた彼だったが、すぐさま気持ちを切り替えてもう一度ルキウスに突撃する。
「何度やっても無駄だ。・・・それに、二度目は流石に俺が許さんしな。」
「だ、誰だっ!?」
「そ、その声っ・・・!タリスマンかっ!?」
「ええ、陛下。駆け付けるのが遅くなってしまい、たいへん申し訳ありませんでした。」
どうやら、ルキウスの天命はまだ潰えた訳ではなかった様であるーーー。
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