終わりの始まり 1
続きです。
◇◆◇
オーウェンとティアがそんな会話を交わしていた一方で、ルキウスとルドルフも引き続き会話を交わしていた。
と言っても、彼らからしたら、もはや『ブルーム同盟』は脅威にあらず、という共通認識があり、ある種の雑談の様な緊張感のなさになってはいたが。
「ところで、その書簡にはなんと?」
「ああ、大方オーウェンの予測通りだったわ。散々美辞麗句が並び立てられておるが、要約すると、出来る事ならばロンベリダム帝国と仲良くしたい…。今回の余との謁見がその切っ掛けとなれば良い…。だが、『ロフォ戦争』に関する事には懸念を持っている…。そんなところだな。まぁ、異種族と共存しているらしいトロニア共和国だけは、もう少し強い表現で抗議の意思を感じるが、それでも最終的にはこちらの判断を尊重する、との事だ。」
「ふむ・・・。やはり、現時点では『ブルーム同盟』はさほどの脅威ではありませんな。唯一注意すべき相手は、やはり『ロマリアの英雄』と呼ばれる人物ぐらいでしょうか?」
「だな。まぁ、そちらに関しても、タリスマンがおれば問題ないだろう。」
「・・・彼が直接陛下のお命を狙ってくると?」
「それがもっとも効率が良いであろう?余はロンベリダム帝国の皇帝で、立場上ロンベリダム帝国軍の最高司令官でもある。戦いの基本は頭を潰すのがもっとも効果的だし、もし本気で『ロフォ戦争』を止めさせようとしたのならば、それも選択肢の一つに入ってくると思うが?」
「まぁ、分からんではありませんが、果たしてそんな直接的な手段に訴えてくるかどうか・・・。」
「では他にどの様な手段がある?確かに、計略を用いれば、ロンベリダム帝国のかなりのところまで食い込んでくる事も可能だろうが、それもせいぜいその程度だ。『ロフォ戦争』を止めるにはちと弱すぎる。それに、それらをする為には大量の時間と資金が必要となってくるし、資金は分からんが、それほどの時間があるとは思えんな。その前に、ロンベリダム帝国は『魔戦車』量産化が進む事だろうし、そしてこれはお主も申した様に、それで、もはやロンベリダム帝国に口出しする事は不可能となるだろう。」
「・・・確かに。」
とは言え、やはりアキトの不気味さ・得たいの知れない感じに、言い様のない不安感をルドルフは持っていたが、ルキウスは心配ないと豪語した。
頭脳明晰なルキウスだからこそ、あらゆる手段を鑑みても、ロンベリダム帝国を脅かす一手が向こうにないと判断していたのであろう。
それに納得したルドルフは、少し話題を変える事とした。
「では尚更、陛下は、先程も申し上げましたがタリスマン殿を引き連れて、休暇に入った方がよろしいかもしれませんな。イグレッド城は、物理的にも魔法的にも堅牢な造りとなっておりますが、とは言え、様々な人々も行き交う場所でもありますから、何処にネズミが潜り込むかも分かりませんし、そうした意味では、保養地の方が守りを固めるには向いていると思われます。」
「・・・ふむ。確かにそれはそうだな・・・。」
以前にも少し出た話題であるルキウスの休暇の件であったが、戦時という事もあって難色を示していたルキウスであったが、オーウェンら使節団との謁見の結果として、状況が少し変わってきていた。
オーウェンの無難な対応に逆に警戒感を持ち、おそらくその裏でアキトが何かしらの動きを見せるだろうと推測していた彼らは、その中で一番最悪なシナリオである“皇帝暗殺”を懸念していたのである。
ならば、いっそのこと“休暇”という名目のもと、より自分達の優位な場所にて防御を固める策に打って出ようとしたのである。
頭を潰されると、状況はあっという間に引っくり返ってしまう。
逆に言えば、“『魔戦車』量産化”というタイムリミットまで生き残れば、様々な意味でロンベリダム帝国の勝利となる訳だ。
瞬時にそう考えた彼らは、その方向で話を進める事とした。
「それが一番の安全策であるな・・・。しかし、そうなると余の判断を必要とする事柄は、多少の遅れを生じてしまうが・・・。」
「そこはそれ、陛下ならば多少離れた位置からでも指示を出す事が可能で御座いましょう?その為の“通信網”で御座いますし、それに、最悪陛下がいらっしゃらなくとも、当面の間はロンベリダム帝国の内政には大きな支障は御座いません。皆、陛下御自身が鍛え上げた人物達なのですからな。」
「・・・で、あるか。」
ルキウスとしては多少複雑な心境もあったが(アンタがいなくとも大勢に影響はないと言われた様な気分だった)、しかし、いざと言う場面で、ルキウスの判断待ちによる状況の遅れを出さない為にも、また、いくら彼が天才的な頭脳を誇る傑物とは言え、人一人に出来る仕事量には限界がある事もあって、実際にはある程度ルキウスがいなくても回る様な体制作りをしてあった。
故に、ルドルフやマルクスといった人材に加え、大臣相当、もしくは事務次官相当の者達の指揮のもと、ある程度は国政を粛々と続けていく事が可能であったのである。
もちろん、国の一大事な場面での判断は皇帝たるルキウスがしなければならないし、彼にしか出来ない仕事も無数に存在するが、それ以外は特段ルキウスの判断をいちいち仰ぐ必要もなかったのである。
とは言え、自分でそうした体制作りをしておいて何だが、ルキウスは、どうも全て自分の耳に入ってこないと落ち着かない性分なのである。
ある種の“ワーカホリック”なのかもしれない。
だが、ここで我を通す事は、あまり意味のない事でもあると、ルキウスは同時に理解していた。
故に、ルキウスは、条件付きで休暇を受け入れる事とした。
「ならば、せめて状況だけは逐一報告してくれ。お主らを侮っている訳ではないが、余の不在を狙って、何処かの誰かが内政に干渉する恐れもある。それに、状況を把握しておらんと、どうも落ち着かんのでな。」
「・・・かしこまりました。では、久々の休暇を、どうぞお楽しみ下さい。」
「うむ。」
“陛下にも困ったものだな…。”と、内心感じていたルドルフであったが、確かにルキウスの発言も一理あるので、そこは譲歩する。
リラックスの方法は人それぞれだ。
ルキウスが、そちらの方が落ち着くと言うのならば、その方が、精神衛生上いいのだろう、との判断からであった。
こうして、膠着状態から多少動き出した戦時の真っ只中であったが、様々な思惑のもと、ロンベリダム帝国の皇帝の休暇、という、特殊な“イベント”が発生するのだったーーー。
◇◆◇
基本的に、今現在のこの世界の行政区分というのはかなり大雑把であり、また、それに関連した人事の話も、かなり曖昧な部分が存在していた。
とは言え、所謂“都道府県”に当たる大まかな領地に関しては、各々その領地を管理する領主家に一任されており、ほとんどの場合は、その任に宛がわれるのは“貴族”という特権階級者である事はどの国でも似たり寄ったりな状況である事はまず間違いないのだが。
また、その下の大きな街や集落などの場合、そこまで貴族が管理する事もあるが、小さな街や村、集落などの場合は、その中から専任された一般市民が代表者となるケースがほとんどであった。
これは、貴族の相対数が多くない事もあって、そこまで貴族が面倒見切れない、という事情もあるのだが、こうした事もあって、国家の目の届かない“隙間”が存在しており、仮に国民が国家に対して不満を持った場合、そうした小さな集落などから、所謂“一揆”が起こる可能性も内包していたのである。
まぁ、とは言え、この世界ではそうしたケースはかなり稀である。
何故ならば、“平民”と“貴族”の間では、どうしても越えられない壁、魔法技術を持っているか、持っていないかの違いが存在するので、単純な武力だけで“何か”を変える事は不可能に近いからである。
その前に、アッサリ鎮圧されて終わりである。
なるほど、“支配”という一点で考えた場合、(主に)貴族が魔法技術を独占しているのは理にかなっているのかもしれない。
ここまでは、所謂“貴族”、あるいは“貴族”以下の行政区分に関する話であるが、それ以外にも国家、あるいは王、ないしは皇帝が直接的に管理する、所謂“直轄領”というモノも存在する。
もちろん、ロンベリダム帝国にも、そうした“直轄領”が存在していた。
とは言え、領主家が管理していない、つまりはいまだ開拓の進んでいない地域もある種国家が管理する場所であるから、広義の意味では、ロンベリダム帝国には皇帝の“直轄領”がかなりの割合を占めているのだが、そちらに関しては今は割愛しておこう。
で、当たり前かもしれないが、帝都・ツィオーネは、皇帝のお膝元である事から、当然ルキウスの“直轄領”の一つとなるのだが、正確にはその帝都含めた“ツィオネリア領”一帯が、ルキウスの“直轄領”だったりする。
で、そのツィオネリア領の外れの方、この世界ではかなり高度な発展を遂げていた大都市ツィオーネを遠く離れた場所に、ルキウスの別荘、保養地となる施設が存在していた。
ロケーションとしては、自然豊かな森林に囲まれた場所であり、なおかつレジャーを楽しむ事の出来る、しかも大型の水棲モンスターも存在しない湖が隣接していたりする。
もっとも、この惑星は、全体的に比較的温暖な気候であるが、それでもロンベリダム帝国は寒冷地に該当する地域であるから、流石に泳ぐのには適していないのだが、そこはそれ、釣りを楽しんだり、クルージングを楽しんだりと、楽しみ方の幅はそれなりに広い。
他にも、もともと“狩猟”は王侯貴族のたしなみの一つだったりするので(もちろん、危険な魔獣やモンスターをターゲットとはしないのであるが)、それを楽しむ事も可能であり、娯楽の乏しいこの世界には珍しく、それなりの余暇を過ごす上では事欠かない環境だった訳であるーーー。
・・・
「ハァッーーー!!!」
「グギァァァァッーーー!!!」
ザシュッーーー!!!
「「「「「キャ~~~!カッコいい~~~!!!」」」」」
「おおっ!!!やはり見事な腕前だぞ、タリスマン。」
「お褒めに与り光栄に御座います、陛下。」
「何だが堅苦しいぞ。今の余は休暇中の身だ。お主もそう肩肘を張るでない。」
「は、はぁ・・・。」
「とは言え、余の出番がちっともないではないか。“魔法銃”の性能を体感しておきたかったのだがなぁ・・・。」
「そ、それでしたら陛下。向こうの方にちょうど良い獲物が・・・。」
「ほう、どれどれ・・・。」
絶賛休暇中であったルキウスは、タリスマン、それと極上の美女達を従えて、ただいま“狩猟”の真似事に勤しんでいた。
一度休暇を取る事を決めると、全力でそれを楽しむ事の出来るルキウスなのである。
その切り換えの早さが、彼の有能な部分をよく表しているかもしれない。
デキる人物こそ、仕事一辺倒ではなく、こうして息抜きの重要性を認識しているものである。
とは言え、それに付き合わされる身になればたまったものではないのだが、そこはそれ、タリスマンはルキウスに心酔しているので、そこに不満はなかったのであるが。
ちなみに、この美女達は、名目としてはルキウスの側仕えだが、本当のところは“夜伽”の相手役も兼ねているのであった。
残念ながらルキウスは、今現在30そこそことこの世界ではかなりいい歳なのであるが、いまだに婚姻を結び正式な妻を娶るには至っていなかった。
まぁ、これは、彼の経験に由来する話でもあり、また政治云々にも関わってくる話なのだが、独裁者たるルキウスの子供となると、当然、その子が次期ロンベリダム帝国を率いる者となる訳で、そこには様々な思惑が混在してしまう事となる。
そうでなくとも、ルキウスが皇帝に即位した当時は、まだロンベリダム帝国内は磐石な体制ではなく、一部貴族の勢いも強かった事もあって、下手に婚姻を結ぶ事は悪手になりかねなかったのである。
婚姻を切っ掛けとして、ルキウスの独裁体制に歪みを生じさせる可能性もあったからである。
故に、まずは磐石な体制作りを優先した結果として、ルキウスはこの世界の為政者には珍しく、この歳まで独身を貫く事となってしまったのである。
もっとも、“英雄色を好む”ということわざをある通り、ルキウスは精力も人一倍旺盛だった。
故に、それを解消させる為にも、所謂“夜伽”の相手役が必要だった訳である。
世の男性の多くが夢見る、所謂“ハーレム”を、ルキウスは持っていた訳である。
まぁ、もちろん、彼女達を養っていく甲斐性や、彼女達を平等に愛する心やら体力やらも必要となるので、現実的にはそれが良いものかどうかはまた話は別なのであるが。
まぁ、それはともかく。
とは言え、今回の休暇に同行している彼女達は、実は一部を除いてルキウスの“ハーレム要員”ではなかったりする。
どちらかと言うと、タリスマンの“ハーレム要員”だったのである。
人を従える方法はいくらか存在するが、その中でカネとオンナ、権力は、古来から現代にかけて長らく存在している、ある意味王道の手法とも言えるだろう。
実際、ルドルフやマルクス、ランジェロらは(もちろん、彼らが優秀である事もあるのだが)、それに見合った地位につける事でルキウスへの強い忠誠心を持つに至っているし、ルキウスは使える人材には投資を惜しまない傾向にある。
タリスマンは、『異邦人』の中では珍しく、ロンベリダム帝国、ないしはルキウスに傾倒している人物であるから、彼を更にあの手この手で繋ぎ止める為に、ルキウスも色々と考えていたのであった。
また、この女性達にとっても、ルキウスはもちろん、タリスマンからの寵愛を受ける事は、ある意味大きなチャンスでもあった。
ルキウスは、基本的に貴族嫌いであり(これは、彼の独自の考え方である“能力至上主義”とは貴族が真逆の立ち位置にいるからである。もちろん、中には能力的に優れた人物達もいるが、貴族は所謂“世襲制”で引き継がれている事もあり、中には全くそれだけの能力を持たないにも関わらず、血筋だけで社会的な地位に就いてしまっている者達も存在している。合理的な考えの持ち主であるルキウスとしては、これは面白い状況ではなかった。)、また、政治的なあれこれもあって、側に侍らす女性達が貴族家出身である訳もない。
これは、以前にも言及した貴族家出身の子女に手を出す云々と近い話であるが、仮にルキウスがそうした女性に手を出した場合、これ幸いにと、そのバックボーンである貴族家がロンベリダム帝国の中枢に切り込む隙を与える事になるからである。
“娘を傷物にして、そのままって訳にはいかないよね?
正式な妻として娶ってもらいましょうか?
それが嫌なら、何かしらの保障をして頂かない事には…。”
という感じである。
故に、この女性達は、所謂“平民”であり、もちろん、ただ見目麗しいだけの存在ではなく、知性に優れ、教養も身に付けた、ある意味貴族の子女に匹敵する存在でもあった。
とは言え、貴族ではない事には違いなく、つまり彼女達にとっては、ルキウスやタリスマンの寵愛を受けられれば一気に出世街道が拓かれる訳なのである。
当然ながら、皇帝の側室にでも収まれれば、それこそ一生安泰であるし、タリスマンに関しては貴族ではなかったが、ルキウスの覚えもめでたいし、『神の代行者』としてロンベリダム帝国内でもその名を轟かせるほどの英傑である。
ルキウス次第、そしてタリスマン次第であるが、近い将来貴族の地位が与えられたとしても特段不思議な話ではないし、そうでなくとも、一般人よりも遥かに大きな経済力を持つ事には変わりない訳である。
故に、タリスマンを落とせば、こちらも一生安泰な訳である。
それに、この世界では特にその傾向が顕著であるが、強い男に女性は惹かれやすい傾向にある。
故に、ルキウスの思惑も存在していたのだが、彼女達自身の思惑も絡み合い、タリスマンを巡って“オンナの戦い”が水面下で起こっている状況だった訳である。
一方のタリスマンは、彼もそこまで鈍感な男ではなかったが、“皇帝の護衛”という名目のもと、つまりは仕事の一環としてルキウスの休暇に同行していた事もあり、何処かそんな雰囲気にたじろいでいた側面があった。
まぁ、ここら辺は、元・日本人としての生真面目さが関係してくる話なのだが、逆にそんな雰囲気が、ルキウスからしたら愚直で武人気質な人物に映るし、女性達からは、ミステリアスでストイックな、まさしく物語の英雄の様な孤高の存在に映り、むしろより一層彼に惹かれるポイントとなっていたりもするのであった。
ちなみに余談だが、タリスマンも他の『異邦人』同様に、“アバター”を自分好みにカスタマイズしており、彼のコンセプトとしては、精悍で屈強な男への憧れもあって、“ガチムチイケメン”という感じに仕上がっていた。
もちろん、女性の好みも千差万別であるから、“マッチョはちょっと…。”という女性もいる事だろうが、先程の強い男に惹かれやすい云々もあって、彼の容姿は、その雰囲気も相まって、むしろこの世界においてはプラス要素だったりするのである。
まぁ、それはともかく。
ドパンッーーー!!!!!
「ギャッ!!!」
ドサッ!!
「お見事な御手前です、陛下っ!」
「「「「「キャ~~~!陛下も素敵ぃ~~~!!!」」」」」
「ハッハッハ。まあ、そう誉めるでない。」
先程に続けて、“狩猟”の真似事に勤しんでいたルキウスは、タリスマンが見付けた獲物、“シカ”に類似した草食動物を見事に仕留めていた。
タリスマンと美女達の称賛の声に、満更でもない笑みを浮かべていたルキウスであったが、ふと、今しがた使用した“魔法銃”に目を向けていた。
「・・・しかし、改めて“魔法銃”は便利な代物よな。武芸にはあまり明るくない余でも、簡単には使いこなせたわ。」
「いえいえ陛下。それは陛下の技能が優れているからですよ。確かに“銃”は、誰でも簡単に撃つ事は出来ますが、それでしっかりと的を狙えるかどうかは別問題ですからな。」
「まぁ、元々弓矢は得意であったからな。・・・そうか。そうした意味では、“魔法銃”は、弓矢との親和性が高い訳か・・・。」
「狙いを定める、という点では似通っているかもしれませんな。」
「ふむ・・・。」
これはもはや職業病なのかもしれないが、ルキウスはそのやりとりから改めて“銃士隊”に起用する人物は、所謂“エイム”に優れた人物である方が良いと理解していた。
新たなる超兵器・『魔戦車』を量産化させている真っ最中ではあったが、とは言え、“魔法銃”の出番が全く無くなった訳ではない。
むしろ、これからの事を考えると、“銃士隊”の区分なく、全ての兵士に“魔法銃”を携行させても良いかもしれない、とルキウスは考えていた。
もちろん、既存の歩兵隊や騎兵隊、魔法士部隊は存続される可能性は高いが、そう遠くない将来、弓矢隊は銃士隊に取って変わるかもしれなかった。
そうなった場合、弓矢隊が職を失う恐れもあったが、それらが丸々銃士隊へと異動出来るならば、その心配は無用となる。
むしろ、基本的に新兵が多い銃士隊に、多少畑は違うが、ベテランの兵士が新たに加わる事で、“魔法銃”の価値は更に跳ね上がる可能性もあった。
そんな事を、ルキウスは素早く計算していたのであった。
ちなみに余談だが、ルキウス自身は謙遜していたし、実際、正規の軍人達や、ある意味戦闘のプロたる冒険者達には敵わないが、一般人の枠から見れば、ルキウスは十分に武芸にも秀でていた。
まぁ、王侯貴族は、有事の際には軍を率いる事もありうるので、幼い頃より“嗜み”として武芸を一通り学んでいる。
故に、ある程度“戦う術”を知ってはいるのだが、それも得意不得意が存在するし、運動神経云々も関係するので、軍事色の強い貴族家でないと、ルキウス並に武芸を使いこなせる貴族は中々いなかったりする。
天才的な頭脳に加え、ある程度の武芸も使いこなせるとは、ルキウスは中々の万能っぷりである。
まぁ、あくまで、一般人レベルから見れば、という前提条件が付くが。
「さて、陛下。獲物も無事に確保致しましたし、そろそろ引き上げませんか?」
「うむ、そうだな・・・。」
タリスマンの言葉で思考の海から舞い戻ったルキウスは、ふと空を見上げてタリスマンの提案に頷いた。
そろそろ陽が傾く頃合いだ。
夕方、そして夜まではまだ時間もあるのだが、比較的安全な場所とは言えど、森の中は危険が一杯である。
故に、陽のある時間にさっさと引き上げるのがセオリーであり、ルキウスはその事をしっかり認識していたのである。
「では、今日はここまでとしよう。皆の者、屋敷へと戻るぞっ!」
「ハッ!」
「「「「「ハァ~~~イッ!!!!!」」」」」
ルキウスを中心に、キャイキャイと美女達のおしゃべりを聞きながら別荘に戻る一行。
一方のタリスマンは、当然ではあるが、“狩猟”の真似事とは言え、いたずらに森の生命の命を弄んだだけではなく、仕留めた獲物は今宵の食材となる。
故に、遠巻きにルキウスを護衛していたタリスマン以外の護衛達に声を掛け、仕留めた獲物の回収を指示して、ルキウスらに少し遅れて彼らの後を追っていた。
余談だが、タリスマンは、名目上はルキウスの個人的な護衛という事で、護衛部隊への直接的な命令権を有している訳ではないのだが、そこはそれ、タリスマンはロンベリダム帝国では『神の代行者』として有名であったし、ルキウスの信頼も厚い人物であるから、命令系統への混乱が生じない限りは、護衛部隊の者達はタリスマンの言葉に耳を傾ける様にとのルキウスからの指示があった。
故に、こうした伝達事項がスムーズに事が運べる様になっているし、タリスマンの真面目な仕事ぶりもあって、彼と護衛部隊の者達との連携や関係性は、かなり良好だったりするのである。
まぁ、それはともかく。
“レベル500”の驚異的な身体能力によって、それでもルキウスらにすぐに追い付いたタリスマンに、スススッと美女の一人がさりげなく近寄ってくる。
どうやら、タイミングを見計らっていた様である。
「あの…、タリスマン様…。」
「はい。どうされましたか?」
彼女は、黒髪の清楚そうな女性であり、集団でいると姦しい印象を持つものの、一人一人は、先程の説明云々もあって、実際には奥ゆかしく、大人しい印象に様変わりする。
タリスマン自身は、これでもルキウスよりと多少年下ではあるが、それでも向こうの世界では大人として、片手で数えられるほどだが、女性との付き合いが全くなかった訳ではない。
しかし、ルキウスの御眼鏡にかなうだけあって、彼女はタリスマンがこれまで付き合ってきた女性達とは一線を画する美女であり、彼の内心はバクバクであったが。
もちろん、100%女性を容姿で判断するタリスマンではないが、彼とて男であるから、“キレイなおねえさん”が嫌いな筈もないのである。
「あの…、はしたないとお思いにならないで頂きたいのですが、今宵、皆さんが寝静まったら、貴方のお部屋にお邪魔してもよろしいでしょうか…?」
「・・・っ!?」
ゴクリッ・・・。
タリスマンは思わず生唾を飲み込んだ。
美女達が自分にアプローチしている事には、流石にタリスマンも気付いていた。
それでも、ルキウスの護衛の仕事があるので、その事を極力考えない様にしていたのだが、流石にこうして直接的なアプローチがあると、タリスマンとて意識しない訳にもいかない。
深夜の男性の部屋に女性が訪問する意味、いや、まぁ、逆でも同じだが、当然ただのおしゃべりではないだろう。
まるで、10代の頃の様なドキドキにタリスマンがフリーズしていると、いつの間にか他の女性達が黒髪の娘を取り囲んでいた。
「ちょっと、抜け駆けはズルいんじゃない?(ボソボソ)」
「い、いえ、私はそんなつもりは…。(ボソボソ)」
「まぁ、それも仕方ないわよねぇ~。あれほどの男性は、中々いないもんねぇ~。(ボソボソ)」
「な、何が何だかっ・・・。」
「ハッハッハ、モテるではないか、タリスマン。」
「あ、へ、陛下。職務中に申し訳ありません。」
緊急開催された美女達による会議にタリスマンは置いてきぼりを食らっていると、ルキウスが踵を返してタリスマンに近付き、そんな言葉を掛ける。
「・・・良い。どうもお主は生真面目で良くない。いや、それも護衛としては間違っておらんのだろうが、お主の他にも護衛はおる。先程も申したが、そう肩肘を張るものでないぞ?」
「は、はぁ・・・。」
「・・・それに、女性からの誘いを断るのは、男としてはいかがなものかな?それと、余にも個人的な時間がある。それとも、お主も余達に混ざるかね?」
「きゃ~ん。陛下のエッチィ~!」
「っ!こ、これは失礼致しましたっ!」
タリスマンの取り合いに加わらなかった女性の一人に目を向けて、ルキウスはタリスマンをそうからかう。
それを察したタリスマンは、己の浅慮さに謝罪をしつつ、続くルキウスの言葉に頷いた。
「そういう訳で、夜はお主の好きに過ごすがいいわ。お主に倒れられると余も困ってしまうからな。それに、“息抜き”は必要だぞ?」
「ハッ!そういう事でしたら・・・。」
「うむ・・・。とりあえず皆の者。さっさと引き上げだ。」
「ハッ!」
「「「「「ハァ~~~イッ!!!!!」」」」」
先程の焼き直しのセリフを吐き、今度こそ別荘へと向かうルキウス一行。
まぁ、先程とは違い、その内心には、各々様々な“大人な思惑”が存在していたのだが、はたしてーーー。
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