異質な存在
続きです。
本作の主人公はアキトですが、実際には群像劇的に登場人物全てが主役の様な側面もあります。
◇◆◇
「『ブルーム同盟』はいかがでしたか、陛下?」
「ルドルフか・・・。うむ、それがどうも余も多少図りかねるところではあるのだが・・・。」
オーウェンらとの面会を終えたルキウスは、『ブルーム同盟』からの“贈り物”の処遇を部下に指示したり、オーウェンらがロンベリダム帝国の魔法技術を学ぶ為に帝都・ツィオーネに滞在する上での、その監視兼案内役の人選を決定するなどの諸々の仕事を終えてから自身の執務室へと引っ込んでいた。
そこへ、ルキウスからの指示を受けて、例の増税に関するあれこれの調整を終えたルドルフが執務室を訪れ、そんな事を尋ねてきたのであった。
ルドルフは、ロンベリダム帝国の内政を担う立場もあり、ある種のルキウスの相談役の様な立場を取る事も多い。
それに、ルドルフ自身、最近台頭してきた、また、その裏に『ロマリアの英雄』と名高いアキトが関わっているらしい『ブルーム同盟』の事は、個人的にも気になっていたのである。
「・・・と、申しますと?」
ルキウスにしては珍しく、どうも歯切れの悪い返答に、ルドルフは先を促した。
「実はな・・・。」
「ふむ・・・。こう言っては何ですが、思ったより無難な対応ですな・・・。いえ、もしかしたら、そうしておいて、こちらを油断させる狙いがあるのかもしれませんが・・・。」
「・・・やはりそう思うか?」
「はい。まぁ、もちろん外交を担う立場としては、それが当たり前な立ち回りであるとも言えますがね。我々はもちろん、おそらく『ブルーム同盟』もこちらのある程度の情報を得ているとは言え、実際には接触したのは今回が初めてです。それ故、その腹の内はともかくとしても、まずはお互いの関係を構築するのが最優先、と判断したのかもしれません。」
「ふむ・・・。」
外交の基本は、相手との良好な関係を構築する事に尽きる。
当たり前だが、腹の中でどう思っていようと、いきなりケンカ腰で挑む様なら、その人物はそもそも外交には向いていないだろう。
「しかし、それでももう少し直接的に『ロフォ戦争』に対する抗議の声を挙げてくると思っておったぞ。色々口上をまくし立てておったが、やはりロンベリダム帝国の台頭は奴らにとっては愉快な話ではないからな。」
「それでも、ですよ、陛下。彼らからしたら面白い話ではなくとも、今はまだ、ロンベリダム帝国と彼らの関係はまっさらな状態です。分かりやすく人間関係で申しますと、お互いの事は知っているが、突き詰めて言うとまだ赤の他人なのですな。では陛下は、見知らぬ他人に何か言われたとして、それを素直に受け入れると思いますかな?」
「それは・・・、まぁ、軽く無視するだろうな・・・。ああ、そういう事か・・・。」
「どうやら御理解頂けた様ですな。その通り。自分と全く関わりのない者の言葉など、普通は耳を傾ける事などありえないのです。しかし、これが仮に親子や友人、自身にとって近しい者の助言ならば、まぁ、陛下のお立場ともなると、対等な友人関係、と言うのが中々想像がつかないかもしれませんが、聞く耳も持つ様になります。もちろん、それを受け入れるかどうかはまた別の話ですがな。」
「・・・ふむ。現時点では、ロンベリダム帝国と『ブルーム同盟』の関係は、極浅いモノでしかない。故に、まずは関係を明確に構築し、自分達の発言力を高めようとした。と、言う事だな?」
「ええ。まぁ、先程も述べましたが、それが外交の基本ですからな。とは言え、武力を背景として、相手に自身の言葉を強制的に聞かせる手法もある事にはありますが・・・。」
「『圧力外交』か・・・。以前のロンベリダム帝国の常套手段であったな。」
「もちろん、それが有効な場合もありましたが、後にしこりを残す可能性もありますからな。陛下の御判断により、すでにそれも過去のモノとなりましたし、もちろん、先程も述べた常識的な判断もあったのでしょうが、そもそも『ブルーム同盟』には、それをするだけの武力がない、という事かもしれませんな。」
「ふむ・・・。」
ルキウスとルドルフで、改めて『ブルーム同盟』との謁見で得られた情報を評価していた。
とは言っても、ルキウスの中ではすでに『ブルーム同盟』とその背後にいるアキトの評価を下方修正していたが。
もちろん、それでも注意すべき相手ではある事には違いないが、自身の命を狙われない限り、現時点ではどう転んでもロンベリダム帝国を脅かすほどの存在ではないだろう、と判断した為である。
そのルキウスの判断自体は、常識的に考えれば正解であるし、実際、『ブルーム同盟』にもアキトにも、現時点でルキウス自身をどうこうする気はさらさらなかった。
だが、だからと言って安心しても良いモノでもなかったのだが、残念ながらそれに気付くのは、ルキウスの命運は尽きていた後の話になる。
もっとも、これについては警戒していたからと言ってルキウスはもちろん、他のどの様な人物であろうとも、“人間”である以上防ぐ事は不可能なのであるが。
まぁ、こちらに関しては、後に詳しく語るとしよう。
「ですが、いずれにせよ、陛下の御判断は間違いではないでしょう。とりあえず表向きは彼らと友好関係を築きつつ、せいぜい利用してやれば良いでしょう。彼らもこちら側に影響を与えたい思惑が存在するでしょうが、例の兵器が量産化した暁には、もはや誰もロンベリダム帝国に逆らう事が出来なくなるでしょうし、彼らはそうとは知らずそのお膳立てをしてくれる訳ですしな。後にその判断を後悔するのが目に見えておりますよ。」
「うむ。で、あるな。」
ルキウスは、ルドルフが自分と同意見である事に内心安堵していた。
権謀術数に長けた印象のルキウスであるが、そのあまりに優れた頭脳故に、また、彼の特殊な生い立ちから言っても、彼は知ってはいても、究極的には真に他人の心理を理解出来ない弱点が存在したからである。
故に、まぁ、大国の宰相たるルドルフとて一般の人々とはかけはなれた価値観を持っていたが、それでもルキウスに比べたら普通の人々に近い訳で、そんなルドルフが太鼓判を押すのならば問題はないだろう、とルキウスは考えたのであったーーー。
・・・
「・・・と、いう風に、向こうは考えていると思われます。」
「ほう・・・。つまりあの無難な、いや、むしろ異常に下手に出た対応には意味があったという事ですね?ならば、その裏をかく策が貴方にはあるのか・・・。」
「いえいえ、そんなモノは初めから存在しませんよ、ティアさん。残念ながら私は平凡な男でしかありませんからねぇ~。アキト殿やマルセルム公などとは違い、策士と名高い皇帝と渡り合えるほど優れた計略など、私は持ち合わせておりませんよぉ~。」
「・・・・・・・・・は?」
一方、ルキウスとの面会を終えたオーウェンら使節団は、ルキウスの計らいにより用意された滞在場所、『迎賓館』と呼ばれた、周りの貴族の屋敷よりも一際豪華な屋敷の一室にて、謁見の場には同席していたが、最初のルキウスとの会話以降空気を読んで無言を貫いていたティアとそんな会話を交わしていた。
もちろん、ティアはオーウェンら使節団や『ブルーム同盟』とはまた別の立場であるから、ルキウスとの謁見が実現した今となっては、彼らと共に行動する理由はもはやないのであるが、そこはそれ、公式的な立場としても、ロンベリダム帝国との仲介を担っている事もあって、それらを無事終えた訳であるから、所謂“報酬”の話をする為に引き続き彼らと行動を共にしていてもさほど不自然な話ではなかった。
それに、彼女としても、もう少しロンベリダム帝国に対して『ブルーム同盟』が食らい付いて行くと想像していただけに、今回のファーストコンタクトの内容が気になっていた事もある。
ちなみに、もし仮に、ルキウスとオーウェンら使節団との謁見の場面にアーロスが同席していた場合、ティアとは違い、早々にオーウェンの対応に噛みつき、大いに場を乱していた事であろう。
もちろん、アーロスの名誉の為にも明言しておくが、彼は決して頭が悪い訳ではない。
しかし、アーロスは年相応に未熟な精神性を持ち、なおかつ社会経験にも乏しいところもあり、それでいて、こちらの世界ではいきなりトップクラスの実力者となってしまった事もあって、多少チグハグなところが存在するのである。
言ってしまえば、急に自分が偉い存在になってしまったかの様に錯覚してしまっているのである。
誰でも、若い頃は調子に乗ってしまう事がある。
そしてアーロスは、これは他の『異世界人』も大なり小なりそうなのだが、その傾向がより一層強かった。
もちろん、人間的には未熟な面も存在するし、空気を読めていない事、政治方面には明るくない事もあって、彼にも弱点となりうる部分は無数に存在するのだが、残念ながらそれを指摘してくれる存在が、こちらの世界の人々は、そのアーロスの実力故に口出し出来ないし、仲間達も、色々あっていない状況になっていた。
唯一、彼に忠告をしてくれるティアはいるものの、見た目もそうだし、実際の年齢も近い事もあって、あまり彼の心には響いていなかったのである。
いや、アーロスはティアに一目置いているし、なんなら尊敬すらしているが、逆に住んでいる世界が違うと感じている部分も存在しており、“また姐さんの小言が始まったよ”、くらいの感覚でそれを真剣に取り合う事がなかったのである。
故に、これまでそれなりにこの世界に来て長くなっていたが、彼の精神が成長する事は、結果としてこれまで一ミリもなかったのである。
更に余談ではあるが、色々と境遇や立場、才能の違いが存在するものの、実際にはルキウスとアーロスは、極めて似通った部分が存在していた。
どちらも、周囲を圧倒する才能を持ち(先天的か後天的かの違いは存在するが)、それもあって周囲から口出ししづらい雰囲気を醸し出してしまい、結果として経験に勝る年長者の貴重な助言や提言に耳を傾ける、という傾向が希薄なのである。
まぁ、ルキウスは、次期皇帝として生を受けた事もあってか、下手に貴族達に弄ばれない様に、自身の才覚だけでどうにか生き抜くしかなかった部分が存在しており、つまり、意図的に他者の甘言に騙されない様に、そうした言葉をシャットアウトしてきた経緯がある一方で、アーロスに関しては、これはその年代特有の、まだ経験が浅い故に、それら金言の意味がまだ理解出来ていなかった、という違いが存在しているのだが。
もちろん、今現在のルキウスは、周囲に信頼出来る人材もおり、多少なりともそうした者達の言葉に耳を傾ける傾向になってきている。
一方のアーロス自身も、仮にこちらの世界に来ずに、向こうの世界で時間を過ごしていたのならば、ある程度経てば、“ああ、あの時の親、あるいは先生、大人が言っていた事はこういう事だったのか。”、と理解出来る日が来たかもしれないが、残念ながら、アーロスは、こちらの世界に来た時点で、余程の事がない限りすでに精神的成長は見込めない(もはや、彼の独断と偏見で物事を押し切れる状況になってしまった為、己を改める必要性がなくなってしまっている為)のだが。
まぁ、それはともかくとして。
「で、では、文字通り、オーウェン殿には、先程の謁見で語った以上の思惑が存在しない、というのですかっ!?」
「そうですね。まぁ、ロンベリダム帝国と友好関係を結ぶ事によって、あるいは経済的な繋がりを持つ事によって、『ブルーム同盟』の発言力を高める事、あるいは『ブルーム同盟』を無視出来ない存在にする、という狙いがあった事までは否定しませんが、もちろんその程度の目論見、皇帝ならば気付いていたと思いますよ?」
「し、しかし、それだけとはっ・・・!!」
「逆に、それが狙いですよ、ティア殿。」
「・・・・・・・・・はっ?」
『ブルーム同盟』が、引いてはアキトが自信を持ってロンベリダム帝国へと送り込んだ人材、オーウェンが、まさかそんな平凡な男であるとはつゆとも思っていなかったティアは、目に見えて狼狽していた。
もちろん、オーウェンの名誉の為にも明言しておくが、『ブルーム同盟』の特命全権大使として彼がロンベリダム帝国に派遣された以上、彼が無能な訳はないのである。
実際、彼が今回ロンベリダム帝国と漕ぎ着けた約束事は、世間一般から見ても、また、大局的な視点で見てもかなり重要な一手であり、外交官として見た場合のオーウェンの能力は、極めて優秀であると言える。
ただ、そこはそれ、彼の裏側にアキトの影が見え隠れしている事もあり、これはルキウスもティアもそうであるが、知らず知らずの内に、彼に対するハードルを上げてしまっていたのである。
「頭の良い人というのは、逆に考えすぎる傾向にもあります。“この裏には、もっと意味があるのではないか?”、“こんな簡単な提案で終わる訳がないのではないか?”、とね。故に、自ら思考の袋小路に迷い込む事が往々にしてあります。勝手に、自分で問題を難しくしてしまいがちなんですね。そうした意味だと、私程度の存在でも、相手の目を欺く為には十分に意味があると言えますな。」
「・・・っ!?そうかっ!つまり貴方は囮なのだなっ!?本命は、やはりアキト殿っ!!??」
「まぁ、ある意味正解ですが、おそらくティア殿も、そして皇帝も気付いていないでしょうが、私に注意を引き付けておいて、これからアキト殿が何か仕掛けるつもり、という訳ではありません。いえ、正確には、とっくにもう決着はついている、らしいのですよ。」
「な、何っ!?」
「まぁ、正直、私にはアキト殿の仰っている事は分かりかねますが、ケント、ああ、私の友人なのですがね?、の手紙からも、彼は我々の推し量れる様な存在ではありませんので、まぁ、アキト殿からも連絡を頂いておりますが、“貴方は貴方の仕事を全うしてくれれば良い”、との事でしたので、その言葉通り、私は下手に策など用いず、真正面から交渉に臨んだだけなのですよ。ですから、私にはティア殿が想像していた様な奇策を必要としなかった、というのが本当のところです。」
「は、はぁ・・・。」
飄々としたオーウェンの言葉に、ティアはすっかり翻弄されていた。
スポーツなんかでもそうであるが、実際にはスタープレイヤーだけでチームが成り立つ訳ではなく、中には目立たないが“いぶし銀”的な立ち回りで地味に活躍するタイプのプレイヤーも存在する。
オーウェンは、まさしくそのタイプの人物であった。
しかし、今回の交渉が普通の結果に終わったからか、ティアは、そしてもしかしたらルキウスも多少勘違いしている部分が存在するかもしれないが、実際にはオーウェンの様な立ち回りをする事が出来る人材は実は貴重なのである。
何故ならば、特にこの世界の貴族は基本的に“野心(功名心)”を大なり小なり持っているからである。
もちろん、立身出世を志す事は悪い事ではない。
良い人材がより良い環境、立場、賃金等を与えられる事により、更なる活躍を期待出来る事からも、これは国、ないしは組織の上層部としても歓迎すべき事態でもある。
しかし、時として過度な“野心(功名心)”は、己どころか周囲の足を引っ張る恐れもある。
今回のロンベリダム帝国との謁見、『ブルーム同盟』の特命全権大使は非常な大役であり、普通の貴族から言えばまたとないチャンスであろう。
仮に、無事にロンベリダム帝国との交渉を成功させたとしたならば、一気にステップアップをする道が拓けるからである。
しかし、ロンベリダム帝国などという大国の皇帝と、曲がりなりにも対等に渡り合い、相手に呑み込まれる事なく平常心を保ちつつ、しかも終始自身のペースで事を進められるか、と言われたら、それはかなり難しい注文と言わざるを得ないだろう。
それ故に普通の貴族達では、功を焦るあまり、自分のキャパシティを越えた立ち回りをしようとする可能性も否定出来ないし、そもそも上手く交渉を進められない可能性すらあったのである。
“野心(功名心)”に関連した話であるが、この世界の貴族達は、権威に弱いところもあるからである。
その一方で、オーウェンは、ロンベリダム帝国に大きな譲歩を引き出した訳でもなく、結果平凡で無難な対応に終始していたが、これが他の貴族達に出来たかと言えば、上記の通り答えはおそらくNOなのである。
まず他の貴族達ならば、何と言ってもルキウスと対面した時点で、その圧倒的な雰囲気に呑み込まれて大きく萎縮してしまっていた事だろうし、先程の“野心(功名心)”云々もあって、それでも己を奮い立たせて出来もしない策を巡らせたとしても、結果ルキウスに足元を掬われる可能性の方が高い。
だが、オーウェンには一切の気負いがないのである。
だからこそ、大きな結果は求めないし、粛々と自身の仕事を全うする事が出来た訳である。
策を巡らせる事が普通の環境であったルキウスや、アーロスほどではないが、頭は良いが、普通の社会経験に乏しいティアにとってオーウェンは、これまで出会った事のない珍しい存在だったのである。
故に、ルキウスもティアも、彼の才覚や能力を正確に推し量る事が出来ずにいたのであった。
これは、おそらく彼の特殊な生い立ちが関係しているのであろう。
オーウェン・ターフルは、所謂“妾の子”であった。
今現在では変わってきているが、オーウェンが生まれたら当時は、ロマリア王国では貴族派閥の天下であり、ある種圧倒的な貴族社会、貴族主義が横行していた。
それに伴い、貴族の間では、所謂“愛人”を囲う事がある種の社会的ステータスとなっていたのである。
もっとも、“愛人”は大抵の場合所謂“平民”であって、貴族の子女に手を出す者は、同じ貴族とは言えほとんどいなかったのである。
これは何故かと言うと、相手が立場のある貴族家の人間であった場合、正式な婚姻ならばともかく、所謂“火遊び”で手を出した結果トラブルに発展する恐れがあり、最終的には自身の立場を悪くする可能性が極めて高いからであった。
そこで白羽の矢が立ったのが“平民”であり(あるいは異種族、他種族を囲う事もあった様だが)、つまりは、弄んだとしても文句を言える立場になく、なおかつ切り捨てる事も容易であったからである。
そんな好き勝手が横行していたのが現実なのだが、しかしそうした事をしていた者達は、アキトが現れた事によって、ほとんどが自滅という形で失脚していた。
残念ながら、アキトに掛かれば、貴族という立場など意味を成さず、自業自得、因果応報の業から逃れる事は叶わないのである。
まぁ、それはともかく。
故に、そんなオーウェンの様な、所謂“私生児”は一定数存在した訳だが、しかしオーウェンの様に、後に貴族にまで成り上がった事例は極めて特殊な例であろう。
まぁ、そこら辺の紆余曲折はここでは割愛するが、つまりそうした特殊な生い立ち故に、オーウェンは、貴族としての礼儀作法をしっかりと学んではいるが、その根底には一般人としての市民感覚も同時に併せ持っていたのである。
以前に、アキトがオーウェンを評して“およそ貴族らしからぬ言葉遣いをする人物”であるとしていたが、それはこうした経歴に関係していたのである。
この、ある種ハイブリッドな存在であったオーウェンの異質な才能にいち早く気付いていたのが、彼の『ロマリア王立魔法学院』、並びに『ロマリア王立大学』時代の友人であったケント・スピーゲルであり、そのマルセルムの懐刀として有名なケントを介してオーウェンもマルセルムの教え子の一人となっていたのであった。
貴族だが、普通の貴族とは一線を画した価値観・精神性を持つ貴族。
その武器が、今回のルキウスとの謁見に効果的だと、マルセルムらは考えた訳である。
それ故に、今回の件では、オーウェンを特命全権大使という大役に抜擢した、という裏事情が存在していたのである。
それが、上手く今回の件ではハマった感じである。
相手を普通の優秀な貴族だと思い込み、それ相応の駆け引きをしてくると踏んでいたルキウスとティア。
しかし、オーウェンには普通の優秀な貴族とは違い、一切の野心(功名心)がないので、与えられた仕事を黙々とこなすだけであり、結果それが、ルキウスのペースを乱す事に繋がったのである。
なるほど、色々とお節介な面もあるが、マルセルムの人を見る目、人を上手く扱う術は見事と言わざるを得ないだろう。
とは言え、ある意味ルキウスの虚をつく事は出来たが、結果としては無難で平凡な内容となってしまったので、交渉自体が上手くいったかどうかはまた別問題であるが、そこはそれ、『ブルーム同盟』にはアキトという切り札があるので、そこら辺はマルセルムも、そしてオーウェン自身も、今回のロンベリダム帝国との交渉自体に大きな意味を求めていなかったのだが。
そんな事は露知らず、考えなくても良い考え事をさせられ、しかもそれを読み切ったと勘違いさせられたルキウスは、後に自身初めての大きな敗北を喫する事となるのだが・・・。
「まぁ、私の事などどうでも良いでしょう。それよりも、ここまでお付き合い頂いたお礼ではありませんが、もちろん、貴女には難しい判断を迫る事にもなりますが、あえて助言させて頂きます。ロンベリダム帝国は、そう遠くない内に混乱の中心となる可能性が極めて高い。貴女は、特にロンベリダム帝国では特別な存在の様ですから、それらに巻き込まれる可能性も極めて高いでしょうね。そうなる前に、ある程度ロンベリダム帝国に見切りつけ、そうそうにロンベリダム帝国から離れた方がよろしいかと存じます。」
「・・・アキト殿は何をされるおつもりなのじゃ?」
これまでの飄々とした雰囲気から一変し、真剣な表情でそうティアに訴えるオーウェン。
そのオーウェンの様子に、ティアもゴクリッと息を飲んでそう問い返した。
「さあ?先程も申し上げましたが、私にはアキト殿がしようとしている事や仰っている意味は分かりかねますが、“オシオキ”がどうこう仰っていましたし、アキト殿もティアさんには忠告をする様にと仰っていました。まぁ、それと同時に、それでも聞き入れられない場合は、仕方ない、ともね。」
「っ・・・!し、しかし、儂には仲間達がっ・・・!!」
「ティアさん。御自身の優先事項を取り違わない事をオススメしますよ?仲間が貴女のお命より大事なのならば、私ももはや何も言いませんが、ね?」
「・・・・・・・・・。」
「忠告はしましたよ?聡明な貴女ならば、この言葉の意味がお分かりな筈だ。」
それは、アキトやオーウェンからの最終通告だった。
頭脳明晰なティアには、その事が瞬時に理解出来たが、それを受け入れるかどうかは、彼女自身の選択次第であろうーーー。
「ところで、アーロス殿達はどちらへ?」
「・・・そういえば、城でも見掛けなかったのぅ・・・。」
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