魔戦車【マジックパンツァー】
続きです。
◇◆◇
二転三転する情勢の中、運命に翻弄されているのはこの人物達も同じであった。
「ーーー以上が、現在の状況ですっ!」
「・・・うむ。他には報告はないな?」
「はっ・・・?は、ハイッ、先程の報告で全てとなりますっ!」
「で、あるか・・・。うむ、報告ご苦労。下がって良いぞ。」
「ハッ!!!」
帝都・ツィオーネにあるイグレッド城。
その中にある皇帝の執務室にて、彼はロンベリダム帝国軍の伝令兵から『ロフォ戦争』の現在の状況を聞いていた。
その場には、ロンベリダム帝国の内務を司る宰相にしてルキウスの右腕たるルドルフ、ロンベリダム帝国の軍務を司る軍務長官であるマルクス、そして、ロンベリダム帝国の魔法技術を一手に担う、『メイザース魔道研究所』の所長たるランジェロの姿もあった。
彼らはいずれもロンベリダム帝国の中核を担う人物であり、ルキウスが真に信頼する数少ない人物達でもあった。
「・・・思ったより状況は厳しいですな・・・。」
「否定したいところではあるが、ルドルフの認識は正しいであろう。今や、我が軍は劣勢に立たされつつある。」
「・・・面目次第も御座いません、陛下。」
「良い、マルクス。どちらにせよ、お主一人の責任ではないだろう。」
「・・・一体何が起こったのでしょうか?この前の定例報告では、“大地の裂け目”各地の実効支配が着々と進んでいるとの事でしたが・・・。」
「余にも分からん。・・・しかし、逆に分かった事もある。」
「と、申しますと?」
「つまり、余の情報網にも引っ掛からないほどの存在が関与している可能性が高いという事だ。まぁ、該当する人物は何名か存在する為に、誰が何をしたのかまではあいかわらず謎に満ちているが、な。」
「なるほど・・・。」
今現在の『ロフォ戦争』は、以前の膠着状態から一変し、“大地の裂け目”勢力が反転攻勢を仕掛けていた。
これは、アキトらの関与を切っ掛けとして、アスタルテらがロンベリダム帝国側に占領された各地を地道に解放していたからである。
『猫人族』に関しては、その件を切っ掛けとしてアスタルテ率いる“大地の裂け目”連合軍へと正式に合流する事はなかったが、少なくとも協力はしてくれる様にはなったし、『猫人族』以外の連合軍とは距離を置いていた各地の部族や氏族は、解放と同時に連合軍に参加を表明する者達も現れ始めていた。
これは、むしろ当然の流れであり、あくまで『ロフォ戦争』には関与しない立場を取っていたにも関わらず、ロンベリダム帝国側から見たら、連合軍も自分達も一緒くたにされていた事実を知り、もはや無関係ではいられない事を悟ったからでもある。
まぁ、不当な占領を受け、ロンベリダム帝国に対する敵愾心を高めてしまった、という側面もあるのだろうが。
こうした流れもあって、連合軍の勢力は、むしろ以前よりも増大していたのである。
『ロフォ戦争』初戦のカランの戦い(『女神の怒り』)以降、アスタルテやアラニグラの力を警戒しての各地の実効支配という戦略であったが、途中までは確かに効果的ではあったのだが、これが完全に裏目に出た形となってしまっていた。
いや、ぶっちゃけてしまうと、これはそもそも最初から悪手だったのである。
確かに通常の戦争であれば、いくら規格外の存在が複数居たとしても、軍の総数、練度、物資、魔法技術などを総合的に考えた場合は、どうあってもロンベリダム帝国側の優位は崩れない筈なのである。
戦いの基本は数である。
いくら一騎当千の猛者であろうとも、体力などの物理的な制限がある以上、いつかは倒れる事となる。
逆に言えば、兵士の補充がいくらでも効くならば、理論上は絶対に負ける事はないのである。
実際、客観的に見た場合、ロンベリダム帝国軍と“大地の裂け目”連合軍の戦力差は(勢力を増した今現在の連合軍であったとしても)圧倒的にロンベリダム帝国軍の方が上であるし、ロンベリダム帝国軍には魔法技術に加え、新兵器である“魔法銃”まであるのだから、ロンベリダム帝国側が負ける要素がない、筈だった。
しかし、そこにアスタルテという理不尽の塊の様な存在が関わってしまうと、話は大きく変わってしまう。
もちろんルキウスとて、アスタルテ(とついでにアラニグラもであるが)の力は過小評価している訳ではないのだが(実際に、彼女達の力を警戒し、正面からの圧倒的な物量にモノを言わせる単純な大規模攻勢から、同時多発的に各地を実効支配するという面倒くさい手続きを踏む戦略に切り替えていた)、とは言え、正確にその力の全容を把握している訳でもなかった。
彼女が一度本気になれば、また、他の様々な犠牲を鑑みないのであれば、それまでの常識など一切通用する事なく、ロンベリダム帝国そのものを皇帝ごとこの世界から消し去る事すら可能だった。
それをしなかった、出来なかったのは、以前にも言及した通り彼女が曲がりなりにも連合軍を率いてしまったからである。
それに、色々と例外的な存在ではあるものの、彼女にも一応『制約』が存在するのである。
神たる存在は、基本的に人間種への直接的な関与は御法度なのだ。
何故ならば、神たるアスタルテが全て解決したとしても、それはあまり意味のない事だからである。
誰かに与えられたモノは、それが例え平和であったとしても、価値が薄れてしまう傾向にある。
もし、万が一、アスタルテ一人で全てを解決したとしたら、それは連合軍が自ら勝ち取った勝利ではないので、そこには経験も教訓も生まれなくなってしまうだろう。
子供の成長の為には、あえて親が手出ししないのと似た様な事情なのである。
まぁ、アスタルテがそれを厳守しているかと言われれば些か疑問ではあるが。
少なくとも、アキトもアスタルテと同様に全てを解決出来るだけの力を有しているが、彼はその事をよく理解していた為に、所謂物語の“勇者”や“英雄”の様に、直接的に皇帝を倒す様な選択肢を取らなかったのである。
まぁ、先程も述べた通り、アスタルテがその事を理解して大人しくしていたかは謎ではあるが、ある意味皇帝は、そうした偶然にたまたま生かされていただけに過ぎないのであった。
それに、アキトらの関与による反転攻勢の兆しが見えた事も、アスタルテの癇癪を抑えた一つの要因となったのかもしれないが。
まぁ、それはともかくとして。
それ故に、どちらにせよそもそもルキウスは初めから“大地の裂け目”に手を出すべきではなかったのである。
あるいは、アスタルテが関与した事が分かった時点で、手を引くべきだった。
もし、仮に自身の野望の実現の為に何らかのアクションを起こす必要があったにせよ、時間は掛かるが既に周辺国家群に施している様な、友好関係を築きつつ、その実、経済的に支配する事による、事実上の属国化を推し進めた方がまだリスクも少ないし、現実的な策でもあったのであるが・・・、まぁ、それも今更詮ない事である。
ルキウスは、確かに天才的頭脳を持った支配者、為政者ではあったが、とは言え、全てを見通す事が出来る訳でも、全知全能の力の持ち主でもないので、自身の理解を越える事に対しては流石に判断ミスを起こす事もあったのである。
それに、今更己の采配ミスに気付いたとしても、一度動き始めてしまった流れを止める事は難しい。
少なくとも、今回の戦争に関しては、大々的に帝国民にも『拉致被害者救出』を御題目に掲げてしまっているから、その結果が伴っていないにも関わらず戦争を止める事は、ルキウスの求心力低下に直結するだろうし、場合によっては反ルキウス派を活気付かせる事にもなりかねない。
それ故に、ルキウスとしてはこのまま突き進まざるを得ない状況なのだ。
ここら辺は、『ロフォ戦争』を裏で仕組んだヴァニタス、そして『セレスティアの慈悲』の思惑通りであった。
「いずれにせよ、何らかの対策は考えなければならないだろう。今はまだ、我が軍の方が優位である事には変わりないが、このまま何の手立ても打てなければ、場合によっては敗北もあり得るからな。」
「・・・しかし、そうポンポンと妙案が浮かぶものではありませんよ、陛下。貴公はどうだ、マルクス?」
「そうですな・・・、正直自分は陛下やルドルフ殿ほどの策略家ではありません。故に、現状を変えるとしたのならば、更なる兵力を投入する事くらいしか思い付きませんな。」
「いやいや、確かにそれは出来ない事ではないが、そんな単純な・・・。」
「・・・いえ、そうでもありませんぞ?」
「・・・はっ?」
「・・・むっ?」
「・・・どういう事だ、ランジェロ?」
連合軍の反転攻勢によって変化し始めた戦況に対する対策をルドルフとマルクスが協議していると、それまで押し黙っていたランジェロがポツリッと呟いた。
「いえ、私は戦争に関しては専門外ではありますが、マルクス殿の発言の通り、今現在の状況ならば、戦力を増強させるのが単純ながら一番効率的であると思います。」
「いやいや、ランジェロ殿も、確かにそれは分からんではありませんし、出来ない相談ではありませんが、それだと消耗が激しくなるばかりで・・・。」
「もちろん、それも分かっております。故に、技術屋と致しましては、別視点からの御提案が御座いますれば。」
「・・・もしや、“新兵器”があるのかっ・・・!?」
「なっ・・・!!!???」
「ほうっ・・・!」
ルキウスの発言に、ニヤリッとランジェロは妙にやつれた様子ながらも薄暗い笑みで頷いた。
「『ロフォ戦争』の初戦、カランの戦いに、私も“魔法銃”の開発者として現地に赴いておりました。そしてそこで、私は“魔法銃”の有効性を再認識すると共に、とんでもない存在と出くわしました。」
「・・・ふむ、例の女指導者であるな?」
「ええ。技術屋であると同時に、魔法技術の使い手でもある私には、今でもあの光景が信じられません。見た事もない様な大規模魔法陣に、数万の兵を一瞬で壊滅させるほどの超極大魔法。幸い、私はある程度の知識を身に付けていたお陰で、いち早く撤退する判断が出来ましたが、しかし、あの衝撃は今もこの目に焼き付いて離れません。私もそれに巻き込まれる事を悪夢として見るほどです。」
「うむ、それは知っておる。お主ほどの人物がそれほどの衝撃を受けているのだ。それ故に、余も、例の女指導者とアラニグラを正面から相手をする事は危険と判断し、別の戦略に切り換えた訳だからな。」
「少なくとも、陛下のその御判断は正しいと断言出来ます。仮に無謀にも彼らと対峙していた場合、もっと早く『ロフォ戦争』は終結していた事でしょう。もちろん、我々の完膚なきまでの敗北という形で、ですが・・・。」
「「「・・・・・・・・・。」」」
この中で、実際の現場を目撃したのはランジェロだけである。
しかも彼は、先程も述べた通り、ロンベリダム帝国の魔法技術を一手に担う、『メイザース魔道研究所』の所長にして、本人も高位の魔法技術の使い手であるだけに、その発言には妙な重みや説得力があった。
「しかし、そうはなっていない。陛下やルドルフ殿、マルクス殿の御判断により、戦略の変更を行ったからです。それに伴い、私には今までに、随分な時間的余裕がもたらされる事となったのですっ!!!」
「・・・ふむ。」
危機を知らせる時間的余裕がなかった事もあるのだが、結果として味方を見捨てて、這う這うの体で逃げ帰ったランジェロは、しばらくの間その事による罪悪感や、アスタルテに対する恐怖心から引きこもりの様な生活を送っていた。
それほどまでに、アスタルテの放った魔法は、彼の人生において最上位に入る衝撃だったのである。
しかし、それもしばらくすると、恐怖心と共に、ある種の嫉妬や羨望の様な感情が沸き上がってくる事となった。
先程も述べた通り、ランジェロは、魔法技術先進国であるロンベリダム帝国の最新魔法技術を一手に担う、『メイザース魔道研究所』の所長にして『主席魔道研究員』でもあり、彼自身も高位の魔法使いとして、ある種の自尊心の様なモノを持ち合わせていたのである。
自分は、この世界の魔法技術の分野では、トップクラスの位置に立っているのだ、と。
しかし、その自尊心が、アスタルテとの邂逅によって完膚なきまでに叩き潰される事となった。
自身のそれまでの常識を軽く越える魔法技術を操るアスタルテに、己がいかに井の中の蛙であったかを思い知らされる事となったのである。
しかし、その事が逆に、ランジェロを発奮させる要因となったのである。
そして彼は、アスタルテとの邂逅を切っ掛けとして、これまで以上に魔法技術の研究に没頭する様になったのであった。
「その末で、ようやく私は“新兵器”の試作品を完成するに至ったのですっ!!!」
「「おおっ・・・!!!」」
「ふむ・・・。」
「まずは見て貰った方が早いと思います。急ではありますが、皆様広場にお集まり下さい。」
・・・
ランジェロに促されるまま、ルキウス、ルドルフ、マルクスは、“魔法銃”御披露目の時にも使用した、普段は近衛騎士団や魔法士部隊が訓練に用いている広場に移動していた。
そこには、ランジェロの部下である『メイザース魔道研究所』の研究員らや、魔法士部隊、銃士隊が勢揃いしており、ものものしい雰囲気に満ち溢れていた。
広場中央には、天幕で覆われた詳細の見えない物が鎮座しており、その存在感を主張している。
これが、おそらくランジェロの言っている“新兵器”なのだろう、とルキウスらは察していた。
「さて、ランジェロ。早速、その“新兵器”とやらを見せて貰おうか?」
「ハッ!」
ランジェロが指示を飛ばすと、天幕で覆われた物体が早速御目見えとなった。
「「「おおっ・・・!!!」」」
そこに現れたのは、どう見ても戦車の様な物体だった。
もちろん、今現在のこの世界には戦車という物がないので、ルキウスらにはそれが何かは分かってはいなかったのだが、アキトがヒーバラエウス公国の才女・リリアンヌと共に共同開発した『農作業用大型重機』をベースとして、周囲を完全に金属の装甲で覆っており、“魔法銃”によって培った技術を応用した砲門を備えた物体には、何故か強烈に惹き付けられたのである。
元々は、特に魔法技術に関する事にはことさら自尊心の高いランジェロであったが、“魔法銃”開発の時から、自身が開発したモノではない技術を吸収する事に躊躇する心理は鳴りを潜めており、アスタルテとの邂逅を切っ掛けとして完全にそうした心理は吹っ飛んでいた。
故に、つまらない自尊心はかなぐり捨て、誰かが開発した既存の優れた技術を積極的に吸収し、新たな物を造り出すという、ある意味技術屋としては当然の境地に達していたのである。
「明らかに力強さを感じますな・・・。」
「ええ。見た目の重厚感だけでも、相手を威圧するには十分でしょう。」
「いえいえ、マルクス殿、ルドルフ殿。コレの真骨頂は、こんなモノではありませんぞ?」
「ふむ・・・。」
「ハッ!準備開始っ!!!」
「「「「「ハッ!!!」」」」」
まるで、新しいオモチャを自慢するが如く目を輝かせるランジェロに、目線で先を促したルキウスにランジェロも頷き、続けて指示を飛ばした。
その“戦車もどき”に、2~3人が乗り込むと、天幕を撤去しつつ、『メイザース魔道研究所』の研究員は退避していく。
間を開けて、その“戦車もどき”と魔法士部隊、銃士隊が対峙する様な格好となった。
「まずは、アレの防御性能を御覧下さい。」
「「「・・・はっ???」」」
その攻撃性能でもなく、機動力でもなく、いきなり防御性能を推してきたランジェロに困惑するルキウスらであったが、これにも歴とした理由が存在する。
「どれだけ優れた兵器でも、敵に壊されたらあまり意味がありますまい?我々が相手しなければならないのは、あの悪夢の様な力を持った存在や『異邦人』です。ならば、まずはアレがいかに生き残れるかが重要になってきます。」
「・・・なるほど。」
そうなのだ。
ランジェロにとって一番重要だったのは、この“戦車もどき”が壊されない事だった。
これは、アスタルテの力を間近に見たランジェロだからこそ、思い至った事でもある。
更には、カランの戦いにて、連合軍が用いていた『コモドドラゴン』の、驚異の防御性能に触発された部分もあるかもしれないが。
ドゴォォォォーーーンッ!!!!!
ドパンッーーー!!!!!
ドパンッーーー!!!!!ドパンッーーー!!!!!
ドパンッーーー!!!!!ドパンッーーー!!!!!ドパンッーーー!!!!!
「おわっ!!!」
「むぅっ・・・、凄まじい威力だっ・・・!」
「おおっ・・・!!!」
“戦車もどき”と対峙していた魔法士部隊と銃士隊は、容赦なく“戦車もどき”に攻撃を仕掛ける。
ロンベリダム帝国軍御自慢の魔法士部隊の放つ魔法攻撃は、流石にアスタルテやアラニグラには及ばないものの、高威力の爆撃の様な効果を発揮しており、最近のもう一つのロンベリダム帝国軍の代名詞ともなっている銃士隊の“魔法銃”も、雨霰と銃弾を撃ち込んでいる。
その衝撃は凄まじく、遠くで眺めていたルキウスらにも風圧が感じられるほどであり、彼らは改めて、自軍の誇る魔法士部隊と銃士隊の有用性を再認識するほどであった。
しかし、逆を返すと、これほどの攻撃に晒されているのだから、ランジェロが自慢気に見せてきた“新兵器”も無事では済まないだろうと、朧気ながらに感じていたのである。
しかしーーー、
「む、無傷、だとっ・・・!?」
「な、なんというっ・・・!!!」
「す、すごいっ・・・!」
そうなのだ。
攻撃が止み、土煙が風で流されると、そこには悠然と佇む“戦車もどき”の姿が確認出来たのである。
しかも、ルキウスらの発言通り、一切の傷を負う事なく、である。
「成功、ですな。まぁ、あの時見た光景よりも、今の攻撃程度は大した事はないですからな。そうでなくては困ります。」
「あ、あれほどの攻撃で大した事がない、ですか・・・。」
「・・・敵は、それほどの力を有している、という事か・・・。」
「むぅっ・・・。」
百聞は一見に如かず。
正に必殺の一撃であると思った今の光景すら、ランジェロが見た光景には遠く及ばないのである。
ルキウスらは、この時になって、ようやくアスタルテやアラニグラの持つ力の恐ろしさを、朧気ながらに実感していた。
「ですが、これ以上となると、現状の我々の力では不可能ですし、訓練所も持たなくなりそうですから、とりあえず次の試験にかかりますか・・・。」
「「「・・・。」」」
そら恐ろしい事をブツブツと呟くランジェロ。
その様子は、完全に“マッドサイエンティスト”然としており、ルキウスらも軽く引いていたほどである。
「次っ!」
「「「「「ハッ!!!」」」」」
そんな事はまるっと無視して、ランジェロは、御披露目からいつの間にか“戦車もどき”の“性能テスト”に姿を変えたかの様に、淡々と次の指示を飛ばしていた。
それに、研究員らも淡々と頷き、素早く次の準備に取り掛かる。
新しいオモチャに夢中なのは、どうやらランジェロの部下の研究員達も同じ様である。
出番を終えた魔法士部隊と銃士隊は、ルキウスらに優雅に一礼し、次いで見事に統率された様子で素早く退避する。
その間に、研究員らは何やら準備に奔走していた。
「・・・次の出し物は何だ、ランジェロ?」
「お次は、アレの攻撃力と機動力を御覧頂きます。先程御覧頂いた様に、アレの圧倒的な防御性能は御理解頂けたと思いますが、やはり動けぬのでは、ただの的になってしまいますし、攻撃出来ぬのでは意味がありますまい。」
「・・・それはそうだ。」
「・・・しかし、アレの重厚感から言えば、攻撃力はともかく、そこまでの機動力は期待出来ないのではないですかな?もちろん、私とて『農作業用大型重機』の噂くらいは聞いた事がありますが・・・。」
「・・・。」
「御心配なく、ルドルフ殿。きっと貴方の想像力を軽く越える成果を発揮してくれる事でしょう。」
研究員らが準備に取り掛かってる間に、そんな会話を交わすランジェロら。
その自信に満ち溢れた様子のランジェロに、ルキウスらは期待半分、不安半分で、とりあえず準備が済むのを待っていた。
「準備完了でありますっ!!!」
「よし、では、試験開始っ!!!」
「「「「「ハッ!!!」」」」」
ゴゴゴゴゴッーーー!!!
「なっ・・・!!!」
「・・・速いっ!」
「あれほどの重量感だと言うのに、人の足はもとより、通常の荷馬車よりもむしろ速いではないかっ・・・!」
研究員らが設置した、簡易的な競技走行路をスイスイと快調に走る“戦車もどき”。
流石に、“キャタピラー”という概念がまだないので、向こうの世界の実際の戦車ほど悪路を走行出来る様な性能は備えていないが、『魔素結界炉』の驚異的なパワーによって、ある程度の路面状況であれば、それに勝るとも劣らない速度を見せていた。
それには、ルキウスらも、先程の防御性能と同様に驚きを見せていた。
「まだまだですぞ。お次はアレの攻撃力ですっ!!!」
「「「・・・(ゴクリッ)。」」」
続くランジェロの言葉に、もはやルキウスら余計な事は言わず、ただ“戦車もどき”の行動を固唾を飲んで見守る。
ドパンッーーー!!!
・・・ドゴォォォォーーーンッ!!!
「「「ッーーー!!!」」」
“戦車もどき”に搭載されていた砲身から放たれた砲撃は、いつの間にか設置されていた鉄製の的を、一拍遅れて容易に粉砕する。
これ自体は、“魔法銃”の発展系であるから、ルキウスらにもどうにか理解出来たが、その威力は“魔法銃”を遥かに上回っていた。
「「「・・・・・・・・・。」」」
「・・・いかがでしょうか?」」」
“戦車もどき”の主な三つの性能の御披露目が終わると、場違いながら、爽やかな笑顔でランジェロが振り返ってそう言った。
「・・・不満などあろう筈がない。見事だ、ランジェロ。」
「ありがとうございます。」
いち早く再起動したルキウスは、ランジェロにそう賛辞を送る。
ルキウスの頭の中では、既にこの“戦車もどき”の力がロンベリダム帝国軍へと組み込まれていた。
安全保障上の観点には、抑止力という考え方が存在する。
乱暴に要約すると、仮に相手に手を出した場合、こちらもただでは済まない事をお互いに理解・認識し、逆にお互いが争いを回避しようとする、という概念である。
実際、アスタルテやアラニグラの存在は、ある種の抑止力となっていた。
彼らと直接的に戦り合う事を避けた(つまり、ロンベリダム帝国軍が一方的に損害を被る事を避けた)のも、それが故である。
逆を返すと、アスタルテやアラニグラに対抗する為には、これまでは彼らと同等の存在に登場して貰うしかなかったのだが、残念ながらルキウスが完全に掌握としている『異邦人』と言えばタリスマンだけであり、その彼も、近接戦や防衛戦には無類の強さを発揮するが、遠距離への攻撃方法は持ち合わせておらず、正に『近衛騎士』としてルキウスを守る“盾”になる事は出来るが、“矛”の役割を担うには不足していた。
しかし、今見た“戦車もどき”ならば、それに成り代わる新たなる“矛”と成り得るだろう。
しかも、ルキウスにとっては都合の良い事に、一々『異邦人』を頼らなくても済む方法で、である。
ただ、懸念も当然あった。
「・・・ちなみに、アレはどの程度の期間で増産する事が出来るのだ?」
「そうですな・・・。」
そう、その数である。
“魔法銃”に関しては、比較的簡単な作りをしていた為に、ある程度の大量生産が可能となっていた。
が、それが“戦車もどき”ともなれば、見た目からも増産する為にはそれなりの期間が必要であろう事は想像に難くないのである。
いくら今現在のこの世界の常識を遥かに越える性能を誇る“戦車もどき”とは言え、アスタルテやアラニグラの事を考えると、一台では心許ない部分が存在するのである。
「誠に口惜しいのですが、アレ一台を造り上げるにはどう早く見積もっても一ヶ月は掛かってしまいます。もちろん、ある程度の生産体制や簡素化が進めばもっと早く出来るかもしれませんが、それでも確実に数週間は掛かるでしょうし、もっとも問題となるのは、その生産費用でしょうな。アレ一台生産するのに、大金貨で約500枚(日本円にして約5億円)ほどの費用が掛かっております。もちろん、こちらもある程度の生産体制や簡素化が進めば、その費用をグッと抑える事は可能でしょうが・・・。」
「で、あるか・・・。」
「だ、大金貨で約500枚、ですかっ・・・。」
「むぅ・・・。」
当然ながら、兵器に掛かる費用は超高額となる。
しかも、今示した数値は、“戦車もどき”一台の値段であって、それまでの開発費用は含まれていない。
強国、かつある程度裕福な国であるロンベリダム帝国とは言え、バカみたいに“戦車もどき”を大量生産すれば、すぐに財政を圧迫する事は想像に難くないし、また、時間的にも大量生産が望めない事は明らかであった。
しかし、ルキウスはすぐに頭を切り換える。
先程も言及した抑止力の観点から考えれば、それほどの強力な兵器を所持している、それを開発出来るほどの技術力を持っている事が相手に認識させれば良いのである。
「ルドルフ、財務担当の者と協議し、財源の確保に取り掛かれ。とりあえず、ある程度の頭数は確保しておきたい。マルクスは、ランジェロと協議し、アレを組み込んだ新たなる戦略を練っておけ。ランジェロは、アレの量産体制を確立。必要なら、余の名において労働力の確保をしておくが良い。」
「は、ハイッ!・・・はぁ、中々骨が折れそうな話ですな・・・。」
「了解致しましたっ!」
「ハッ、即座にっ!」
次々と指示を飛ばすルキウスに、3名はそれぞれ異なる反応で返事を返した。
「・・・ところでランジェロ。アレの名称は何と言うのだ?」
「そうですなぁ~・・・。魔法的な装甲を纏った兵器という事で、私は勝手に『魔戦車』と呼称しておりますが・・・。」
「『魔戦車』、か・・・。ならば、我が軍の新たなる希望、『魔戦車』増産に向けて、各員準備に取り掛かれっ!」
「「「ハッ!!!」」」
こうして、近代兵器の存在しなかったこの世界に突如として現れた『魔戦車』の登場により、『ロフォ戦争』は、より一層の混迷を極めていく事になったのであるーーー。
「・・・うん。完全にアウトだねぇ~。」
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