崩壊の兆し
続きです。
◇◆◇
以前から言及している通り、ライアド教はこの世界最大の宗教団体である。
少なくとも、ハレシオン大陸で最大規模の信者数を誇る団体である事は疑い様のない事実ではあるのだが、しかしその実態は、大半の者達は熱心な信者、ライアド教の熱烈な信奉者である、という訳でもなかったりする。
ここら辺はよくある話であり、向こうの世界、特に日本においても顕著な傾向にあるのだが、宗教が生活に密接に関わり過ぎている為に、逆に信仰心が薄くなってしまっているのである。
もちろん、中には熱心な信者や熱烈な信奉者も存在するし、自ら改宗した者達は熱心な信者、ライアド教の熱烈な信奉者に成り得るだろうが、元々家柄的にライアド教を信仰していた者達の子孫からしたら、相続に関連した話として、宗教に関しても何となく受け継いだだけであったりして、言い方はアレだが、押し付けられた感も否めないのである。
これは人の性かもしれないが、結局は自ら勝ち得たモノ、選択したモノでない限り、その人にとっての価値が薄くなる傾向にあるものなのだ。
そうした事もあって、伝統やら風習というのが、徐々に廃れていく事にも繋がるのかもしれない。
まぁ、それはともかくとして。
こうした事もあって、一部の者達を除き、ライアド教信者というのは、大半の者達が所謂“普通の人々”なのである。
アキトも以前言及していた通り、ライアド教全体が悪しきモノではないのはこの為である。
それ故に、ライアド教全体を敵に回す事は悪手でしかなく、半ば冗談ではあったが、ドロテオのライアド教(ハイドラス派)潰すか発言に、アキトが否定的だったのはむしろ当然の反応なのであった。
さて、そんなライアド教であるが、今現在では大まかに二つの派閥に分かれていたりする。
それが、以前から言及している『ハイドラス派』と『セレスティア派』であった。
宗教団体とは言え、組織を運営する以上は、当然ながら収入源が必要になってくる。
宗教団体の主な収入源は、信者からの寄付(献金収入)と、出版物や物品の販売による収入(事業収入)などに大別される。
その他にも、冠婚葬祭に関連した事業、税制面での優遇措置や、国家自体から献金を受けるケースも存在するが、それはとりあえず割愛しておこう。
で、やはり大きいのが献金収入なのである。
特に、『ハイドラス派』は貴族がメインであるから、そもそもその出資額の桁が違う。
そして、出資額によって大きな影響力を持つ様になるのも、これは当然の流れであろう。
『ハイドラス派』の母体は、元々熱心な信者や熱烈なライアド教の信奉者から成る。
そこから、ハイドラスの神託を受けられる巫女を中心とした体制が構築されていき、ハイドラスにとって“駒”として利用価値の高い貴族の信者なんかも取り込んで、特に選民思想の高い派閥となっていったのである。
“カミサマに選ばれた私達は、選ばれなかった者達を導く義務があるのだ。”
貴族にとっても、これは下々の者達を従える為の良い大義名分(言い訳)となったのである。
対する『セレスティア派』は、ダールトンやドロテオも言及していた通り、所謂“庶民”がメインとなるから、ハイドラスからしたら利用価値は低いと言わざるを得ない。
故に、『ハイドラス派』とは反対に冷遇される事となり、その反発から庶民から人気の高かったセレスティアを持ち上げて、『ハイドラス派』に対抗する派閥として成り立っていったのであった。
そして、本来はこの『ハイドラス派』の総本山とも言えるロンベリダム帝国内において、昨今、急速に『セレスティア派』が台頭してきたのである。
その要因の一つが、『神の代行者』として名の通っていた、ククルカンが現れた事によるモノであったーーー。
・・・
ククルカンこと、本名間宮玲司は、向こうの世界においては大手製薬会社に勤める研究員であった。
しかし、彼が本来志望していたのは、現場で活躍する医師などの医療従事者であったのだが、そんな彼が研究員となったのは、これは彼の生い立ちに関連している。
玲司は幼少期に、大規模な事故を経験しており、その影響によって、一時は命を失う可能性の高い危険な状態となってしまった。
しかし、医師などの医療従事者達の懸命な処置により一命を取り留め、結果として彼は、ごく普通の社会生活を送れるまでに回復したのであった。
そして、幼いながらも、自分の命を救う為に尽力した医師や医療従事者達に対する感謝の念や憧れを抱く様になり、次第に彼は医学を志す様になっていったのである。
幼い頃の経験がもとで、将来の選択肢を決める事は割とよくある事であろう。
しかし、彼は結果として医療従事者になる道を断念せざるを得なかったのである。
いや、彼の学力が足りなかった訳でも、彼の家が極端に貧しかった訳でもなく(むしろ、世間一般に見た場合、割と裕福な家庭環境であったが)、もっと根本的な話であった。
それが、所謂“トラウマ”。
皮肉にも、彼が医療従事者を志す切っ掛けを作った事故の影響によって、同時に彼は精神的な傷痕も残ってしまっていたのである。
具体的には、彼は他人でも自分でもそうなのだが、血を見るとパニック状態に陥る様になったのである。
おそらく、事故の記憶がフラッシュバックするからであろう。
まぁ、それでも、彼が成長するごとにその症状は大分マシになってはいったのだが、医療従事者として見た場合は、これは致命的な欠点であると言わざるを得ないだろう。
何せ、医療従事者としては(もちろん、その専攻する科によっても異なるのだが)、患者の怪我や病気を治療する関係上、人体の損傷や流血などはそれこそ日常茶飯事な職業であるから、言い方はアレだが、そんな事で一々パニックになっていたらとてもじゃないが仕事にならないのである。
そして、彼が希望していたのは外科であり、当然ながら血を見ない訳には行かない科だった訳である。
もちろん、血を見ないで済む科も存在するらしいので、一人前の医師、医療従事者となる道はまだ途絶えた訳ではなかったのだが、結果として彼は、医療従事者となる道を断念したのである。
これは、彼が考え方を変えたからである。
一人の医療従事者に救える命は、当然ながら限界がある。
しかし、薬ならばその制限が広がる、と考えたのである。
現代医学においても、当然ながら薬学治療は大きなウエイトを占める。
実際、患者の症例に合わせて適切な薬を処方する事による治療方法はごく一般的である。
逆に言うと、そうした良い薬がなかった時代には、失われていた命も、薬学の発展によって大分救われる命が増えたとも言える。
この様に、薬学は現場の医療従事者達の活動をサポートする上でも欠かせず、そして、その発展によって、より多くの命を救う事にも繋がるのである。
こうして玲司は薬学に専攻を切り替え、後に大手製薬会社の研究員として就職する事となったのであった。
だが、幼い頃より憧れていた現場で活躍する医療従事者達への思いがなくなった訳ではなく、しかし現実的には自分にはそれが不向きである事も理解しており、その結果彼は一種の代償行為として、ゲームなどのロールプレイによって、その願望を満たそうとしていたのである。
その末で作られたのが、“孤高の神官”たるククルカンであった。
残念ながら医師の道を断念せざるを得なかった自身の経験を反映し、無免許ながら人々を救う為に闇医者として活動する青年。
結果として『教会』から破門となってしまったが、己の信念を貫く為に今日もどこかで陰ながら人々を救っているーーー、という独自の設定を付け加え、そのコンセプトに合わせたアバターを製作し、そうしたロールプレイを楽しんでいたのである。
ただ、それはあくまでゲーム上だけの話であり、表面上は玲司も、現実世界における己の境遇にはある程度納得していたのである。
しかし、彼は、仲間と共にこの世界に強制転移させられた事によって事態は一変した。
『仮の姿』のままこちらの世界に来た影響により、彼の抱えていたトラウマは鳴りを潜め、血を見ても動じる事がなくなった彼は、こちらの世界であれば自身の理想を体現する事が出来るのではないかと思い至る様になる。
そして、ある程度は納得していたが、しかしその実多少の不満を抱いていた玲司は、ままならなかった向こうの世界での生活に見切りを付けて、この世界で生きる事を決意する様になったのであった。
ここら辺は、事情が違うまでも、アラニグラと似た様な状況であろう。
そうして、先の『テポルヴァ事変』を経て、ライアド教の外部協力者として活動を始めた彼は、この世界の医療の実態を知る事となったのであったーーー。
以前から言及している通り、この世界における回復魔法の技術はライアド教が独占していた。
もちろん、所謂薬学治療に関しては民間においても発達していたのだが、薬学に造形の深いエルフ族ほどの効果的な薬学治療を人間族は持っていなかった事もあり、お世辞にも高いとは言えないレベルであった。
一方の回復魔法は、見た目からも効能が分かりやすく、もちろん、アキトが何度か言及している通りリスクもそれなりにあるのだが、医療や魔法技術に疎い者達から見れば、まさに神の御業としか言い様のない技術であった。
それ故に、ライアド教の権威付けにはうってつけの技術だった訳である。
玲司の例もある通り、人は己の命が懸かっている状況の中でそれを救われると、相手に対して好意的な感情を向ける様になる。
その心理を利用したのがライアド教であり、回復魔法を上手く活用する事によって、今日における信者数獲得の大きな要因となっていた。
しかし、その実態は、所謂“寄付額”によって治療の優先度に違いが存在していたのである。
もちろん、社会的奉仕という名目のもと表向きは流石に露骨な差別はしないのであるが、しかし、回復魔法を使用出来る人数にも制限がある訳で、本来ならばトリアージ的な治療の優先度で区別するところを、ライアド教上層部ではそれを“寄付額”の大小によって区別してしまったのである。
こうした末に、貴族を優先する風潮が生まれ、庶民に対する治療は後回しとなり、結果として先程も言及した通り、『ハイドラス派』、『セレスティア派』の生まれる一つの要因となってしまったのであった。
だが、その風潮に風穴を開けたのが玲司であった。
彼は、向こうの世界で培った医学知識、薬学知識を総動員し、己の力もフルに使い、貴族、庶民分け隔てなく治療を施していったのである。
もちろん、その行いはライアド教上層部や『ハイドラス派』からしたら面白くはなかったのだが、『神の代行者』の異名を持つ彼に対して、表向き文句を言える筈もなく、しかも、やはりライアド教とて一枚岩ではないから、そうした風潮に不満を持っていた者達も玲司に賛同し、先程も述べた通り、徐々に『ハイドラス派』の総本山たるロンベリダム帝国内においても、『セレスティア派』が台頭する大きな下地となっていったのである。
更に玲司は、直接的な治療行為だけでなく、薬学知識や予防法などを纏めた出版物を発行し、大きな収入源を確保する活動にも従事していた。
先程も言及したが、ライアド教も宗教団体であると同時に一つの組織であるから、どうしてもそれを運営する上で収入源が大事になってくる。
こうして玲司、そしてそれに賛同した『セレスティア派』の勢力を、ライアド教上層部としても無視出来なくなってしまったのである。
以前にも言及した通り、ククルカンが教皇に次ぐ扱いや影響力を持つ様になったのはこの為であった。
(ウルカもククルカンと同じく教皇に次ぐ扱いや影響力を持っているが、彼女の場合は、もちろんククルカン以上の回復魔法の使い手である事実もあるのだが、どちらかと言うとハイドラスや『ハイドラス派』が彼女を持ち上げた事に寄るところが大きい。個人の努力によって成り上がったククルカンとはある種対照的であった。)
さて、そんな折に『ロフォ戦争』が勃発。
戦によって生じるだろう負傷兵を治療する為に、ロンベリダム帝国はライアド教に協力を要請したのであった。
本来、宗教団体と国家は各々独立した組織であるから、それを断ったとしても何ら問題ないのだが、そこはそれ、言い方はアレだが、ロンベリダム帝国とライアド教はズブズブの関係であるから、ライアド教上層部は回復魔法の使い手達を現場に向かわせる事を一方的に決定してしまったのであった。
もっともこれは、実際はハイドラスとルキウスの計略であり、ロンベリダム帝国側に無断で『ハイドラス派』が密かに“大地の裂け目”にある遺跡群を調査、発掘している事実から目を逸らす為、また、万が一それがバレてしまったとしても、現場にライアド教関係者が存在したとしても不自然ではない状況を作り出す上でも、更には最近勢いを増している『セレスティア派』の者達に仕事を与え、良からぬ事を企まない様にとの牽制の意味も含めた一手であった。
戦争に対しては否定的は意見を持っていた玲司、そして『セレスティア派』だったが、それと人の命とを天秤にかけた結果、彼は救える命は救うべきだとの己の信念に従い、その決定を受け入れる事にしたのであった。
かくして玲司ことククルカンと、そして『セレスティア派』の者達も、“大地の裂け目”に赴く事と相成ったのであるがーーー。
◇◆◇
「よく彼は、我々の決定に大人しく従ってくれましたな・・・。」
「うむ・・・。おそらく彼としては、戦争はともかくとしても、それによって生じた負傷者を放っておく事が出来なかったのであろう。これは、彼の信念的な話であると同時に、自身の求心力低下を懸念した上での計算などもあっての事だと思われる。万が一、ここで彼が我々の決定を無視した場合、彼を慕う者達から幻滅される可能性もありうるからな。」
「なるほど・・・。」
「逆に言うと、それを見越した上で皇帝は、この一手を打ってきたのだろう。今の彼は、それほどの影響力を持っているのだ。下手をすると、皇帝を脅かすほどの影響力を、な。」
「それで、“前線送り”、ですか・・・。『ロフォ戦争』によってロンベリダム帝国軍の多くが国内を空けている瞬間を狙って、自身の寝首をかかれない様にする為に?」
「そこまでは分からんし、彼がそれを容認するとは思えないが、『セレスティア派』とて一枚岩ではないからな。中には、過激な思想を持っている連中が居ないとも限らん。慎重で狡猾な皇帝は、少なくともそう考えたのではないかな?」
ところ変わってライアド教本部内に存在する荘厳な会議室にて、ライアド教・教皇の聖マルコフと主だった枢機卿達がそんな会話を交わしていた。
以前にも言及したが、ライアド教の聖職者の位階は、
教皇
枢機卿
総大司教
首座大司教
大司教・・・司教の中の有力者で他の司教を監督する。
司教・・・司教区を受け持つ。
司祭・・・日本では「神父」とも。「教区」を担当。
助祭
となっている。
故に、表向きのライアド教全体のトップは、教皇である聖マルコフとなるのだが、ここがライアド教のややこしい点なのであるが、実際には彼の立場はお飾りでしかなかったのである。
もちろん、一般的な信者から見れば、聖マルコフこそライアド教を率いる者な訳だが、本物のカミサマたるハイドラスが間接的に介入している関係で、向こうの世界の企業で例えると、
ハイドラス・・・会長(実質的な実権を握っている真の黒幕)
ハイドラス派・・・会長派(ハイドラスの意向に沿った行動を起こす事を是としている一派)
聖マルコフ・・・社長(表向きのトップだが、実際にはあまり権限がない)
枢機卿達・・・社長派(会長、並びに会長派を退け、ある意味正常な運営体制を築きたいと願っている)
ククルカン、並びにセレスティア派・・・第三勢力(ある意味会長派と対立している。会長、並びに会長派の影響力を退けたい考えは社長派と同じだが、一番の違いは、顧客第一主義(患者第一主義)を掲げている点である)
と、言った具合である。
もちろん、高次の存在であるハイドラスは、いくらライアド教の信者とは言えど、殆どの者達が彼を正確に認識出来る訳ではないのだが、自分達ではない誰かがライアド教を牛耳っている認識はある訳で、それは彼らからしたら面白くはない事であった。
さりとて、ハイドラス、並びに『ハイドラス派』に逆らう事は、例え彼らの様な立場にある者達と言えど、容易に切り捨てられてしまう可能性もあるだけに中々難しい事であった。
故に、ハイドラス、並びに『ハイドラス派』の顔色を窺いながら、粛々とライアド教の運営をするのが、これまでの彼らに課せられた仕事であった訳である。
そこへ来て、昨今、ククルカン、並びに『セレスティア派』が台頭してくる。
ハイドラス、並びに『ハイドラス派』の影響力を一掃したい彼らからしたら、これはある種の朗報であったのだが(もちろん、思想としては相容れない部分も存在したが、得たいの知れないカミサマや、『ハイドラス派』に従属しなければならない状況よりは幾分マシであると考えていた訳である)、日和見生活が長かった事もあってか、積極的な接触は控えていたのである。
それが、ある意味では功を奏したが、裏目にも出てしまう結果となってしまったのである。
「せめて、彼だけでも無事に戻ってくれば良いのだが・・・。」
「心配はありますまい。実際にはこの目で見た訳ではありませんが、彼は回復魔法だけでなく、その戦闘力においても常軌を逸しているレベルであるとか。よほどの事がない限り、彼を葬る事は困難と言わざるを得ないでしょう。」
「それは私も承知しているが、最近では『ハイドラス派』も本部ではあまり見掛けないのが、どうにも不可解なのだ。もしかしたら、奴らも、“大地の裂け目”に赴いているかもしれんぞ?」
「そ、それはっ・・・!」
「ただの『ハイドラス派』であれば、お主の言う通り、彼を亡き者とする事は困難だろうが、あちらには同じ『神の代行者』の一人がついているのだ。おそらく同レベルの者同士で争った場合、彼一人では生き残れるかどうか・・・。」
「「「「「・・・。」」」」」
「それならば心配は御座いませんよ、皆さん。すでに対策を打っておきましたので。」
「プロス卿?どういう事だね?」
と、そんな感じに頭を悩ませていたところに、枢機卿の一人がおもむろに発言する。
「最近ゴタゴタしていたせいで、御報告が遅れた事は謝罪致しますが、実は私は、彼以外の『神の代行者』の方々と接触したのですよ。彼らも我々の活動に興味を持っていた様でして、彼の居場所を探していた様でした。それ故に私は、彼らに彼の居場所を伝え、彼の活動に協力する事をそれとなく後押ししておいたのです。」
「おおっ・・・!!」
「それはっ・・・!!!」
「うむ、それならば希望が出てくるな。同じ『神の代行者』が彼の活動に協力してくれるならば、向こうとて容易に手が出せなくなる。」
「ええ、その通りです。まぁ、後は我々も表立って動けないので、彼や彼ら次第となってしまうのですが・・・。」
「・・・しばらくは様子見といったところであるか・・・。いずれにせよ、『ロフォ戦争』が終結しない事には、今後が見通せないからな。」
「ええ。今は我々に課せられた仕事をまっとうし、いずれ来るべき時に備える段でしょうな。」
「うむ・・・。」
そうプロス卿が締めた事で、その会議という名の相談事がお開きとなった。
微かに、ほんの微かにプロス卿がほくそ笑んだ事に、その場の者達は気付いていなかったーーー。
□■□
「えっと・・・、何となく勢いで来ちまったけど、どうやってウルカさんに取り次いで貰う?」
「あぁ~・・・。」
「そうですよねぇ~・・・。」
無事に帝都・ツィオーネに辿り着いたアーロス、ドリュース、N2らは、帰還の報告とティアからの伝言をルキウスに伝え、その後、その足でライアド教本部を訪れていた。
だが、ライアド教本部が、ルキウスの居城であるイグレッド城に匹敵する様を間近に見やり、自分達の無計画っぷりをようやく思い知っていた。
いや、本来ならば、『異世界人』である彼らには、他の誰にも知らせていない通信手段である『DM』によって、直接アポイントを取る事が可能であった。
しかし、ウルカは仲間達から離脱した後、仲間達からの『DM』を拒んでいた為に繋がらなくなっていたし、彼らの目的を考えると、なるべくならククルカンに知られない方が良かった事もあって、彼にも連絡をしていなかったのである。
それに、ぶっちゃけると回復魔法の使い手ではなくとも、少なくともロンベリダム帝国内では『神の代行者』として名高い彼らを拒む理由はライアド教にはなかったので、彼らの行動を全く無意味でもなかったのであるが。
故に、彼らはその事に気付いていなかったが、堂々とライアド教本部に乗り込み、ウルカの所在を確認する事は可能だったのである。
しかし、本来の一般人としての感覚が抜けきっていない彼らからしたら、目の前の建物の立派さに二の足を踏んでしまう事態となってしまったとしても、不思議な話ではなかった。
しかし、
「ようこそ御越し下さいました、『神の代行者』の皆さん。」
「「「っ・・・!?」」」
そこに、立派な法衣姿の30代ぐらいの男性に声を掛けられた事で状況に変化が訪れていた。
「あ、あの・・・、貴方は・・・?」
「ああ、これは申し遅れました。私は、ライアド教の枢機卿の一席を賜っております、プロスと申す者で御座います。とある筋からの情報によって、あなた方が本日訪れる事を知っていたのですよ。」
「「「っ・・・!!!」」」
訳知り顔な男性、プロスと名乗った男の言葉に、アーロス達は何かを察していた。
おそらく、“カミサマ”と呼ばれる存在が、自分達の訪問を察知して彼を寄越したのだろう、と勝手に納得していたのである。
まぁ、本来は、その事実確認をしっかりするべきなのだが、残念ながら彼らはアドリブに弱い面が存在していた。
故に、一見噛み合っている様で、その実全く噛み合っていない会話を交わす事となってしまっていたのである。
まぁ、プロスが、意図的にそう仕組んでいた側面もあるのだが。
「さて、本来ならば、建物内で盛大な歓待をすべきところなのでしょうが、あなた方はお急ぎの御様子。故に、必要な情報だけ御伝えする御無礼を御許し下さい。」
「ああ・・・、いえ・・・。」
「ご配慮、ありがとうございます。」
先程も述べた通り、彼らはそうした扱いに慣れていない。
いや、正直チヤホヤされる事に対しては、普通の者達同様に心地よい気持ちとはなるだろうが、ライアド教でそれをされる事は、厳かな雰囲気もあって、なるべくなら遠慮したかったのである。
故に、プロスの対応は、彼らにとっては渡りに船であった。
「では、早速ですが、残念ながらウルカ様は、今現在こちらにはおいでではありません。『ロフォ戦争』勃発に伴い、前線で活動する軍隊や巻き込まれた市民を支援すべく、“大地の裂け目”へと赴いておいでです。お帰りになるのがいつになるかは不透明な状況ですね。」
「あっ・・・。」
「そうなんですね・・・。」
実際には、その役割を担っているのはククルカンの方であるが、別の目的であるとは言え、ウルカも“大地の裂け目”に居るので、プロスの発言は完全に嘘ではなかった。
「そこで御提案なのですが、よろしければあなた方も、ウルカ様の活動の御手伝いをしては頂けないでしょうか?少なくともそうすれば、あなた方の望みのモノが手に入る可能性は高くなると思います。我が主は寛大な御方です。きっと、恩には恩で報いる事でしょう。」
「・・・なるほど。」
「・・・どうする?」
プロスの発言に、完全にアーロス達は彼が事情をある程度理解していると判断してしまう。
「行くっきゃねぇ~だろっ!ここで待っていてもしょうがねぇ~しなっ!」
「おおっ、有難いっ!でしたら、現地に着きましたら、我が部下をお訪ね下さい。ウルカ様のもとまで案内させましょう。」
「分かりました。ありがとうございます。」
「いえ、お礼を申し上げるのは私共の方で御座います。あなた方の御活躍、並びに御健勝を、私もこの地にてお祈り申し上げております。」
「「「ありがとうございます。」」」
□■□
〈やぁ、プロスくん。上手い事誘導出来た様だねぇ~?〉
「おお、これはヴァニタス様。御無沙汰しておりました。」
〈いやいや、こっちこそぉ~。〉
教皇らとの会議を終えて、プロス専用となっている部屋へと戻ると、タイミングを見計らった様にヴァニタスの声が響いた。
そう、プロスは、ライアド教に潜入している『セレスティアの慈悲』の一人だったのである。
とは言え、以前にも言及したかもしれないが『セレスティアの慈悲』は各々が独自に活動をしており、その主義・主張もバラバラであった為に、横の繋がりはほぼないと言っても過言ではなかった。
唯一、彼らに指示を与える事が出来る存在がヴァニタスではあったが、ヴァニタスはヴァニタスで、思い付きやその場のノリで動いてしまう側面もある為、彼らとの上下関係や主従関係はあってない様なモノだったが。
〈しかし、何だってライアド教を混乱させる様な事をしたんだい?いや、もちろん責める訳じゃないんだけどね?それに、アーロスくん達にも事実とは違う説明をしていたよねぇ~?〉
「ハハハッ、何を仰います、ヴァニタス様。その方が面白いでしょう?運命に翻弄される人々というのは、得も言えぬ表情を見せてくれます。私は、それを眺めるのが大好きなのですよっ!」
〈・・・ハハハッ!やっぱり君も、いい感じに壊れているねぇ~!!けど、嫌いじゃないよ、そういうのさぁ~!!!〉
ハイドラス配下の『血の盟約』も、中々の性格破綻者揃いであったが、どうやら『セレスティアの慈悲』の方も、それに匹敵するレベルの者達が集まっている様であった。
〈じゃあ、種まきは終わったってところかい?〉
「ええ、そうですね。私としましても、そろそろ現場に復帰するつもりですよ。やっぱり、特等席で破滅を眺めて見たいですからねぇ~。」
〈ハハハ、了解、了解。じゃあ、僕らも“大地の裂け目”に行くから、そこで合流しようじゃないか。〉
「おお、かしこまりました。」
かくして、様々な思惑を持った役者達も、続々と“大地の裂け目”に集結していくのであったーーー。
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