エリートの転落
続きです。
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『ロフォ戦争』の初戦、カランの戦い(通称『女神の怒り』)では、当初の想定を覆し、ロンベリダム帝国側は甚大な被害を被る事となっていた。
そこで、ルキウスは急遽方針を転換、アスタルテやアラニグラの力を警戒して正面からの大規模攻勢を中止、数で勝るロンベリダム帝国軍の利点を生かして、同時多発的に“大地の裂け目”の各地に部隊を送り込み、実効支配する戦略に切り換えたのである。
その果てで、『猫人族』の集落で起こっていた様な現象が各地で散発し、“大地の裂け目”勢力は、その対応に追われる事となってしまったのであった。
いくらアスタルテとアラニグラが人知を越えた力を有していると言っても、彼女らの身体は一つしかないので、物量で攻められた場合は弱い。
もちろん、二人の力ならば一発逆転を狙う事も可能だが、しかしその場合、ロンベリダム帝国軍だけでなく“大地の裂け目”勢力も同時に巻き込む事になるので論外であるし、アスタルテに関しては、空間を飛び越えて各地の部隊をチマチマ潰して回る事も可能であったが、“大地の裂け目”勢力の実質的指導者の立場を取ってしまった事から、そうした自由度の高い遊撃的行動を味方側から制限される事となってしまっていたのである。
戦においては、頭が潰されたらその時点で負けが確定する訳だから、その判断はむしろ当然の措置であろう。
まぁ、それも、アスタルテの我慢が続くまでの一時的な優勢、あるいは劣勢に過ぎなかったのであるが、こうして、戦況は膠着状態となってしまっていたのであった。
そこへ来て、エイボンを介してロンベリダム帝国側から停戦交渉の打診が来る。
それが、時間稼ぎの為の意味のない交渉だとはアラニグラ達も分かっていたが、自分達が拒否した場合、対外的な立場は“大地の裂け目”側に不利に働くし、アスタルテの事もあって、状況を鑑みれば、アラニグラ達はそれに乗るしかなかった、という裏事情も存在していた。
こうして、アスタルテは“大地の裂け目”勢力の中央司令部的な場所に縛り付けられる事となり、一方のアラニグラは、停戦交渉の名目のもと、ロンベリダム帝国側が指定したカランの街、ロンベリダム帝国側と“大地の裂け目”側の、ちょうど中間辺りに来るその場所にて行動を制限される事となっていたのであった。
ここら辺は、ルキウスのシナリオ通りであろうーーー。
・・・
「それでは、ロンベリダム帝国と“大地の裂け目”側との停戦交渉を始めたいと思います。」
アラニグラはうんざりしていた。
彼は、元々向こうの世界では営業マンとして活躍していたのでそれなりに交渉事には覚えがあるが、流石に国対国規模の交渉事に首を突っ込んだ経験はなかった。
そもそも、国対国の交渉の場合、その規模の大きさもあって、その落としどころが非常に難しくなる。
故に、やみくもに時間が掛かるだけで、少しも進展の兆しを見せず、かと言って話し合いの場を設けたのにも関わらずそれに応じないのでは、その実情はともかくとして、対外的にはロンベリダム帝国側に有利に働いてしまう可能性もある。
アラニグラも薄々は、この交渉事がアラニグラをカランの街に釘付けにする為の茶番劇であると理解していたが、そうした訳もあってこの無為な時間に付き合わざるを得なかったのである。
「・・・今回も、あまり有意義な話し合いにはなりませんでしたな・・・。」
一通りの儀式的な話し合いが済むと、今回もお互いの合意は得られず、ロンベリダム帝国側の交渉団の一人がそう呟いた。
“いや、そんなの当たり前だろ”、とアラニグラは思った。
そもそも、各々の主張はどこまで行っても平行線なのである。
ロンベリダム帝国側の要求は、『拉致被害者』の即時解放、並びに“大地の裂け目”連合軍の即時解散である。
更には、それらを背景として“大地の裂け目”の自治権の譲渡(つまりは、“大地の裂け目”勢力をロンベリダム帝国の管理下に置かせろと言っている訳である)を要求しており、当然ながらそんな事は“大地の裂け目”勢力としては聞き入れられない要求であった。
いや、百歩譲って今回の戦争の発端となった、所謂ロンベリダム帝国側が『拉致被害者』と認定しているエン爺達を解放する事は出来るかもしれない。
そもそも、彼らは『拉致被害者』ではないし、エン爺達としても、障害者に対する差別意識の強いロンベリダム帝国よりも、人間族の血液が必要である故に彼らに対して親切に接しているという側面はあるが、ダルケネス族と共に生きる方がずっとマシであると考えていたからであった(そもそも、エン爺達はロンベリダム帝国側が追放した訳だから、ロンベリダム帝国に対する不信感があるのは当たり前の話であるが)。
故に、とりあえずエン爺達を解放し、ロンベリダム帝国側に引き渡したとしても、その後、改めてエン爺達は、“大地の裂け目”勢力と共に生きると主張すれば、少なくとも“『拉致被害者』の解放”という御題目は消え去る事となる。
しかし、これは悪手である。
何故ならば、解放したらそれ以降、エン爺達が“大地の裂け目”に帰れる可能性は極めて低くなるからである。
エン爺達が、いくらダルケネス族と共に暮らしたい、彼らとの生活では不自由はなかったと主張したとしても、それを、“はい、そうですか”、とロンベリダム帝国側が聞き入れる筈もないからである。
少なくともロンベリダム帝国側は、エン爺達がダルケネス族にそう洗脳されている、というシナリオに持っていこうとするだろうし、その件を引き合いに、自分達の主張の正当性を訴えてくるだろう。
つまり、相手に新たなる交渉の手札を与える様なモノなのだ。
交渉事は、足元を見られたらおしまいである。
故に、それは出来ないし、ロンベリダム帝国軍が“大地の裂け目”勢力圏内にて暴れまわっている現状の中では、連合軍を解散される事など出来よう筈もない。
そして、自分達の生活圏である“大地の裂け目”の自治権を明け渡す事などもっての他なのである。
一方の“大地の裂け目”勢力の要求は、ロンベリダム帝国軍の即時撤退、および不当な侵攻に対する賠償金の請求であった。
ここで一旦話は変わるが、実は『獣人族』達が“大地の裂け目”で生活圏を築いていたのは、ロンベリダム帝国が建国されるずっと以前からの話なのである。
これは、ロンベリダム帝国西側の周辺国家郡も同様であるが、要するに彼らは、元々この地に住み着いていた原住民であり、そこに後から入植してきたのがロンベリダム人だった訳である。
ただ、ロンベリダム人は当時から極めて高い魔法技術を持っており、建国や開拓に際して多くの労働力を欲していた事もあって、周辺国家郡や“大地の裂け目”の『獣人族』達と争い、結果として一部の地域を制圧し、更には敗北した周辺国家郡の部族や“大地の裂け目”の『獣人族』達を、奴隷として捕らえる事に成功した過去があった。
こうした背景もあり、ロンベリダム人達は周辺国家郡の部族の者達や、“大地の裂け目”の『獣人族』達への差別意識を持っており、なおかつ、一部とは言え支配地域を持っていた事から、周辺国家郡や“大地の裂け目”は自分達の領土である、との意識が芽生えていた訳でもあった。
もっとも、ロンベリダム帝国がある程度安定してくると、今度は更なる自身の権力の拡大を目論む貴族達が現れ始め、ロンベリダム帝国内にて権力争いに発展する。
その末で、内乱状態となり、その混乱に乗じて奴隷として無理矢理働かされていた周辺国家郡の部族の者達や『獣人族』達はロンベリダム帝国から脱出し、自分達の故郷である地域にそれぞれ落ち延びていった訳である。
まぁ、その権力争いも、ルキウスの代となって沈静化した訳であるが。
彼が、敵勢勢力であった貴族達を粛清していたのも、自身の権力を磐石なモノとする意味もあったが、自分に逆らうとこうなる、という、一種の見せしめの為もあったのである。
こうした歴史的背景もあり、ロンベリダム帝国と周辺国家郡、“大地の裂け目”勢力は敵対関係にあり、ロンベリダム帝国側からしたら、周辺国家郡の部族の者達や、“大地の裂け目”の『獣人族』達は、自分達の支配地域を不当に占拠する者達である、との認識がある一方で、彼らからしたら、元々この地域は自分達の生活圏である、との認識の違いがあった訳であった。
もっとも、今現在の周辺国家郡に関しては、先の『テポルヴァ事変』をキッカケとして、実質的なロンベリダム帝国の属国化が進んでおり、周辺国家郡の部族達の自治権は認められているものの、実際にはロンベリダム帝国が支配している様な構図になっていたが。
そんな事もあって、“『拉致被害者』の解放”という名目と共に、自分達の支配地域の奪取という意識もある訳で、“大地の裂け目”勢力が要求するロンベリダム帝国軍の即時撤退や、不当な侵攻に対する損害賠償請求などは、ロンベリダム帝国側からしたら、盗人猛々しい主張である訳だ。
当然ながら、そんな要求が聞き入れられる筈もないのである。
故に、お互いに譲歩するつもりがないのだから、そもそも交渉の足掛かりがない状況なのであった。
停戦交渉が進む筈もないのである。
本国との協議の為もあって、数日から十数日の間を開けて、また実りのない停戦交渉を再開する事で合意した。
その後、どちらともなく、停戦交渉の場となっていた会議室から退出して行く。
“持ち帰るべき成果もないのに、何を協議すればいいんだ”、とアラニグラは考えていた。
そんな事が、既に何回も行われているのだ。
アラニグラがうんざりするのも無理からぬ話なのであった。
「アラニグラさんっ!」
しかし、その日はそれで終わらなかった。
今回は、ロンベリダム帝国側の停戦交渉団の助言者として、エイボンが同行しており、その彼がアラニグラを呼び止めたからである。
「・・・。」
しかし、アラニグラはその呼び止めを無視した。
エイボンは慌てて、アラニグラの前に立ち塞がる。
「ちょっ、何で無視するんですかっ!?」
「・・・これは、エイボン殿。ロンベリダム帝国側の関係者が、私に何か御用でしょうか?」
他人行儀なアラニグラに訝しげな表情を向けるエイボンだったが、とりあえず反応が返ってきた事に安堵する。
「いやいや、アラニグラさん。僕はあくまでロンベリダム帝国側の助言者であって、ロンベリダム帝国側の代表団の一員ではありませんよ?」
「だとしてもだよ、エイボン。そうと知らぬ者から見たら、対外的にはお前はロンベリダム帝国の関係者だ。そんな者が、“大地の裂け目”勢力の代表団の一員である俺に個人的に声を掛けていれば、あらぬ疑いをお互いが向けられる事となるだろう?」
「・・・確かに、それはそうですが・・・。」
アラニグラは、ふぅとため息を吐き、自身の感知スキルによって周囲に人目がない事を素早く確認し、普段の調子で話し始める。
「っつか、お前は何だってロンベリダム帝国側の助言者なんて引き受けてんだ?いや、それもそうだが、わざわざ『DM』まで使って俺らを停戦交渉に引っ張ってきたよな?その真意は何だ?俺をこの場に釘付けにする事が狙いか?いつの間に、お前、ロンベリダム帝国に組み込まれたんだ?」
「い、いえ、そんなつもりはありませんよ。僕、いや、『LOA』はあくまで独立した組織ですし、ロンベリダム帝国の客分である身分は変わっていません。今回の事に関しても、ロンベリダム帝国からの要請を引き受けただけに過ぎませんし・・・。」
「・・・。」
“だとしても、だよ。”
と、アラニグラは心の中でそう呟いた。
先程もアラニグラが言及していたが、それはあくまで内情の話であり、対外的に見た場合は、間違いなくエイボンはロンベリダム帝国に仕えている、様に見えるだろう。
ここら辺は、ルキウスの作戦勝ち、いや、もっと言ってしまえば、キドオカにハメられた感じでもあった。
エイボンこと、土谷孝太は、向こうの世界においては、某有名一流大学に現役合格を果たした秀才であり、それだけに留まらず様々な知識を持ち、頭の回転も非常に良い青年であった。
実際、それは『TLW』時にも遺憾なく発揮されており、元・『LOL』のメンバー間では、ティアと並んで彼らの頭脳として活躍していた程である。
そしてそれは、こちらの世界に来ても変わらなかったのだが、しかし、最近になってようやく、彼の弱点が露呈し始めたのであった。
それは、孝太は対面での交渉事、あるいは騙し合いが不得意である、という点であった。
これは、学力や知識と引き換えに、この年代で経験するだろう多くの体験をスルーしてしまった事による弊害であった。
この弱点は、特にこの世界で生きるには致命的な欠点である。
いや、それは向こうの世界においても同様であろうが、社会で生きる上では、実際には学力以上にコミュニケーション能力や危機管理能力などが非常に重要になってくるのである。
何故ならば、世の中には良い人ばかりではないからである。
まず、前提条件として、人は案外簡単に騙される生き物である。
実際、向こうの世界においても、高齢者だけに留まらず、若者の間においても詐欺の被害が多発している。
高齢者に比べ、様々な情報を取得するスキルに優れているにも関わらず、である。
これは、想像力の欠如と、圧倒的な経験値不足故の事である。
何でもそうであるが、情報を活かせるかどうかは、その人の資質に寄る。
正しい情報があったとしても、それを活かせなければ意味がないし、交渉事はやはり経験値がモノをいう。
“交渉事”というと難しく聞こえるかもしれないが、言ってしまえば、自分にとって優位に事を進める為の手段の一つであり、生きていれば普通に行う事の一つでもある。
例えば、詐欺ではなかったとしても、一般的な買い物として衣料品店に赴いた時に、店員さんに勧められるまま服を購入してしまった、なんて経験がある方も多い事だろう。
これも、言うなれば一種の交渉事だ。
それが、自分の目当ての物であった場合はまだ良いのだが、自分の目的とは違った物であった場合は、これは完全なるその人の敗北であろう。
自分の目的、手持ちの予算、その他もろもろを勘案し、その中でベストの選択をする。
これが、交渉事の勝利条件である。
故に、自分の意志を相手に伝える伝達力は必須になってくるし、時にはハッキリ断る勇気も必要であり、そしてそれはコミュニケーションの経験値を積まないと出来ない事でもあるのだ。
買い物で失敗した程度では、自分の懐が痛む程度であるが、これがもし、もっと大きな買い物だったり、人生を左右する選択だった場合、その損害は計り知れないモノとなるだろう。
この様に、その場の雰囲気に呑み込まれる事なく、一旦持ち帰る、冷静になって改めて考える期間が必要な時もある。
それ為の、コミュニケーション能力や危機管理能力である。
そして、残念ながら若者は、様々な面において経験値が浅い傾向にある。
故に、断れない雰囲気に呑み込まれて、あるいは先輩に言われたから、友達もやっているからと軽く考えてしまい、知らず知らずの内に詐欺に遭ってしまう、あるいは犯罪の片棒を担がされてしまう、なんてケースが続発している訳である。
もちろん、大前提として、騙す方が悪いに決まっているのだが、結局のところ自分を守れるのは自分だけなので、自己防衛のスキルを身に付けておかなかった己にも非がない訳ではないのである。
もっとも、孝太に関しては、これまでティアが交渉事を担っていた事もあり、矢面に立つ事も少なく、これまでその弱点が露呈する事もなかったのである。
(ティアに関しては、孝太と同様に学力の高い側面がある一方で“引きこもり”という更にハンデがある様に見えるが、逆に彼女は、自身の力だけで生活費を稼いでいた事もあって、実際には社会的経験値や交渉術、必要最低限のコミュニケーション能力や危機管理能力を身に付けており、そこに孝太とは大きな違いがあったのである。)
しかし、ティアがアキトの捜索の為にロンベリダム帝国を空けた事により、孝太はその弱点を突かれる事となってしまったのである。
いや、本来は、そこにキドオカがフォローに回る事で、最悪のケースは未然に防ぐ手筈になっていたのだが、生憎キドオカは、その時は既にヴァニタスやソラテスと手を組んでおり、孝太を助ける事もなかったのであった。
こうして、孤立無援となってしまった孝太を手のひらで転がす事など、話術にも優れ、稀代の策士であるルキウスに取っては造作もない事であった。
もっとも、孝太もバカではないので、ロンベリダム帝国やルキウスに対するある程度の警戒感は持っていたが、何も人を操る方法は直接的な方法だけではないので、結果として彼はいい様に踊らされる事となってしまったのであった。
具体的には、とある少女との出会いがキッカケとなった。
先程も述べた通り、今回の停戦交渉に初めて赴いている事から、孝太もある程度は危機管理意識は持っていたのである。
これは、アラニグラが指摘している様に、仮に停戦交渉団の一員としての立場を取ってしまった場合、内情はどうあれ、ロンベリダム帝国側の人間であると周囲に印象付けてしまう恐れがあったからである。
故に、ルキウス側から停戦交渉の話を聞かされた当初は、アラニグラとの仲介役は引き受けたものの、それ以降は自分達でどうにかしてくれ、というスタンスだったのである。
そしてそれは、ある意味ではもっとも正解に近い選択でもあった。
再三述べてきた通り、『LOA』はあくまで独立した組織であって、ロンベリダム帝国傘下の組織ではないので、ロンベリダム帝国側に立って交渉する義務はなかった。
そしてそれは、ルキウス側も容認していた。
戦争を早期解決するには話し合いが必要不可欠であるが、しかし、話がここまで拗れてしまった現状では、相手を交渉のテーブルにつかせる事が一番の難問だったからである。
故に、アラニグラとの仲介役は引き受けたものの、それ以降はそちら次第である、との孝太の言い分に同意していたのである。
しかし、待てど暮らせど、停戦交渉が進む事はなかった。
これは、先程の述べた通りの事情に寄るものであって、互いに譲歩するつもりがないので当然の事だったのである。
ぶっちゃけると、もう少し戦局がどちらかに傾かない限り、相手からの譲歩は引き出せないし、実際にはこの停戦交渉は、アラニグラをその場に釘付けにする為のルキウスの罠だったのである。
故に、ルキウス側からしたら、停戦交渉が長引けば長引くほど有利になる訳なのだが、こずるい政治の話には疎い孝太は、一向に進まない停戦交渉に違和感を持っていたのであった。
そんな折に、ルキウスはとある少女を孝太のもとに派遣した。
彼女は、一応準貴族の家柄の出身ではあったが、立ち位置としては一般的な帝国民と変わらなかった。
で、準貴族という事は、つまり彼女の父が『騎士』、つまりは今回の『ロフォ戦争』に駆り出された兵士の一人であり(まぁ、『騎士』の称号を賜っている以上は、それなりの指揮官クラスであろうから、一兵卒とは待遇は違うのであろうが)、『神の代行者』としてロンベリダム帝国内にて名の通っていた孝太(まぁ、これは、他の『異世界人』も同様であったが)にこう訴えてきたのである。
曰く、“父の身が心配である。”
曰く、“戦争などなくなればいいのに。”
曰く、“貴方様なら、戦争を止められるのではないか。”
などなどである。
孝太の『TLW』時のカルマ値は中立であり、他の者達とは違い、カルマシステムの影響をあまり受けていなった。
が、逆を返すと、元々持っていた価値観から逸脱している訳でもないので、それが必ずしも彼に取っては良い方向には働かなかったのである。
まだ年若い青年が、涙ながらに窮状を訴える少女に対して、同情的な心が芽生えたとしても不思議な話ではなかった。
しかも、そうした窮状を訴えてきたのはその少女だけではないのだ。
もちろん、一般的な帝国民にとっては、『神の代行者』として名高い孝太は中々近寄り難い存在ではあるが、流石に皇帝であるルキウスほどではない。
自分達の不満や不安を訴えられる存在がある程度身近に存在すれば、それを訴えてしまうのが人間の心理であろう。
しかも、確かに今現在の彼には力があるのだから、帝国民としては、これ程頼りがいになる存在もいないのだから。
こうして、遠回しに非難されている様な心地悪さもあったし、進まぬ停戦交渉への違和感などもあって、結果として彼は、変な正義感を発揮してしまったのである。
それが、“自分がこの戦争を止めてみせる”、というモノであったのであるーーー。
「ですから、アラニグラさんもこの戦争を終わらせる為に協力して下さいよ。我々の力なら出来るでしょう?この戦争によって被害を被る人々の為にも、どうかっ・・・!」
「・・・。」
一通り、事情を聞いたアラニグラは呆れていた。
最初に抱いた感想が、“こいつ、こんなにアホだったか?”、という事である。
いや、言いたい事自体は理解出来る。
この戦争によって、双方共に甚大な被害が出る事は明白であるし、現時点でもかなりの死傷者をお互いに出している。
故に、戦争を止める事自体はアラニグラも賛成ではあるが、しかし、それが、いくら人知を越えた力を持っている自分達であったとしても、一人、ないしは複数人で達成する事は、極めて困難なのは、これは火を見るより明らかな事であった。
「いや、だったら、こんなところで停戦交渉の助言者なんてしてないで、皇帝を討っちまった方が早くないか?」
「な、なんて事を言うんですかっ!!!???」
「いやいや、それが一番現実的な解決策だぜ?ロンベリダム帝国は独裁政権なんだ。もちろん、皇帝以外にも有能な人物は多数存在するだろうが、皇帝が頭である事には変わらないし、奴に成り代われる人物がいるとも思えない。そんな奴がいたら、既に頭角を現しているだろうからな。頭を叩くのは戦略の基本だぜ?故に、戦争を本気で止めたいのなら、それも選択肢の一つに入ってくる筈だろ?」
「っ・・・!」
孝太は信じられない、という表情を浮かべているが、中々過激な発言ではあるが、アラニグラのその発言はある意味で正論でもある。
敵の司令官を叩くのは戦略の基本中の基本である。
何故ならば、指示系統が潰されれば、手足となる部隊は瓦解するからである。
実際、これは歴史的にもよくある事であるし、それは、高度な情報化社会となった向こうの世界においても、変わらず使われている手段の一つである。
政治の世界、大人の世界は綺麗事だけではない。
ならば、本当に平和を願っているのならば、時として己の手を汚す覚悟も必要になってくるのである。
しかし、孝太は、それに対して不快感を示している。
その事から、知能の程度の差はあれど、周囲からの評価の上下はあれど、本質的な部分では、孝太とアーロスは変わらないのである。(逆に、そうだからこそ、友人関係にあるのかもしれないが。)
すなわち、真実を見据える、受け入れる覚悟が圧倒的に足りていないのである。
覚悟がないから、全て中途半端になってしまう。
そしてそれは、時として周囲に甚大な被害を及ぼす恐れがあった。
「そ、そこまで仰るのなら、アラニグラさんがすれば良いのでは?あまり誉められた手段ではありませんが、最悪それでも、僕も戦争が止められれば良いですし・・・。」
「それは無理だよ、エイボン。いや、やる気がねぇって意味じゃねぇ~ぜ?皇帝だってバカじゃない。それくらいは計算に入れて、周囲に護衛を侍らしているだろうし、何て言っても、今はタリスマンさんが向こう側についちまってるんだ。魔法特化型の俺と、防衛特化だが、身体能力は俺を遥かに凌駕する『近衛騎士』であるタリスマンさんとでは、近接戦ではどうあっても勝ち目がない。最悪、遠距離からイグレット城ごと破壊しようとしても、あそこには強力な防衛魔法が施されてるんだ。聞いた話だと、それは『失われし神器』の遺産らしいけど、もしかしたら、俺らの力なら、破壊出来ない事はないかもしれないけど、俺らをこちらの世界に転移させちまうほどのチート染みた力は未知数だ。仮に失敗した場合、“大地の裂け目”勢力の一員として見なされている俺は、彼らに迷惑をかける事になるからな。」
「でしたら、やはり正攻法しかないじゃないですか。なら、アラニグラさんも“大地の裂け目”勢力を説得するのに協力して下さいよ。」
「一方的に攻撃されて、それで生活圏まで明け渡してそれで納得しろって?そんな事無理に決まってるだろ?それに、俺には無理でも、あの女性の我慢が続くまでの猶予でしかないぜ?皇帝は俺を警戒している様だが、真に警戒すべきは俺じゃない。あの女性の方だぜ?奴もそれは織込み済みの様だが、残念ながら彼女は、計算が通用する相手じゃない。お前が本気で戦争を止めたいのならば、こんなところにいないで、俺なんかに構ってないで、ロンベリダム帝国内にて、皇帝の説得を試みるなり、反ルキウス勢力の活動を本格化させるなり、やり様はいくらでもあると思うけどな?」
「・・・そ、そんなっ!そんな存在がいるワケ・・・。」
「・・・ない、か?現に俺らがここにいるのに?」
「・・・・・・・・・。」
論戦は明らかに孝太の不利であった。
当然である。
アラニグラと孝太では、根本的に見えているモノ、覚悟が違うのだから。
孝太の沈黙に、話はここまでだな、とアラニグラは感じて、その場を後にしようとする。
「ああ、元・仲間のよしみで、一つだけ忠告しておくぜ、エイボン。」
「・・・何でしょうか?」
「お前も、いい加減覚悟を決めな。それが出来ないなら、何に対しても関わるな。」
「っ・・・!」
「俺は、お前の為を思って言ってるんだぜ?中途半端は覚悟の奴は、大抵誰かに利用されるか、周囲に迷惑だけかけて結果が伴わない事も多いからな。」
「・・・。」
「じゃあな。」
最後に、アラニグラは少し立ち止まって、そう孝太に忠告した。
アラニグラは、既に選んだ人間である。
故に、そこに言葉の重みがあった。
それが孝太に響いたかどうかは定かではないが、彼は立ち去るアラニグラの背中を、何も言えず見送るしか出来なかったのであるーーー。
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