アキト流・捕虜の扱い方
続きです。
◇◆◇
その後、あらかたの者達は制圧出来たとは言え、別行動をしている者達がいる可能性も考えて、僕は引き続き『猫人族』の負傷者の救護にあたり、ヴィーシャさん達には『猫人族』の集落の調査をお願いしておいた。
するとまぁ、出るわ出るわ。
最終的には、拘束した野盗(まぁ、本来はロンベリダム帝国軍の兵士なんだろうが)の総数は約200人ほどに達していた。
あまり軍事関連の知識には明るくないのだが、確か“中隊”ってのがそのぐらいの構成人数ではなかっただろうか?
それでも、この集落に住む者達の総数の方が圧倒的に多い様であるが、まぁ、相手は曲がりなりにも暴力を生業とする者達であるし、なおかつ“魔法銃”などという未知の武器を持っていたのだから、制圧されてしまったとしても何ら不思議な話ではないが。
いくら『獣人族』が平均的な人間族以上の身体能力を有していようとも、それで戦えるかどうかはまた別問題だからな。
しかも、これが対人戦となると、話は更に難しくなる。
人を殺害する事は、本能的にストップがかかる行為である。
故に、ケンカ程度ならばともかく、命のやり取りも含めた対人戦を躊躇なく行える様になるには、それ相応の覚悟や訓練が必要になってくるのである。
まぁ、それはともかく。
ヴィーシャさん達には、この者達を殺さない様にお願いしていたので、怪我を負っている者達はいたが、幸いな事に死んだ者達はいなかった様である。
まぁ、仮に死んでしまったとしても、どの様な目的があれど、他者の平穏な生活を奪う様な者達に同情してやるつもりは毛頭ないが。
と、言うのも、今日治療を施せた者達は軒並み快方へと向かっているのだが、それ以前、僕らがこの集落を訪れる以前にも、当然ながらこの野盗達の何らかの犠牲になった者達がいる訳で、争った末なのか、ある種の見せしめの為なのかは定かではないが、少なくない数の『猫人族』の人々が彼らの犠牲になっている事実があるからである。
まぁ、ある程度予想はしていたし、僕もこの世界の生活は長いので、ぶっちゃけるとそこまでの衝撃は今更あまりないのだが。
しかし、だからと言って野盗連中に対する憤りがない訳ではない。
僕もそこまで人でなしではないつもりである。
そして、それ以上の怒りや憎しみが、当然『猫人族』の人々にはある訳で、この捕らえた野盗連中を巡って、『猫人族』の人々が引き渡しを要求してきた訳であるがーーー。
・・・
「アキト殿、とおっしゃいましたな?同胞に対する治療や、我らの危機を救って頂いた事には重ねてお礼を申し上げるが、その、申し上げにくいのだが、その連中をこちらに引き渡して頂きたいのです。」
ある程度落ち着いた頃、具体的には陽がそろそろ陰ってくる頃、『猫人族』の人々の治療を終えた僕は、アイシャさん達に捕らえて貰った野盗連中のもとを訪れていた。
もちろん、事情聴取の為である。
そこに、『猫人族』の長老と呼ばれた男性、ウーラと名乗った初老の男性も近付いてきて、僕にそんな事を要求してきたのだった。
「・・・一応聞いておきますが、何故でしょうか?」
うん、まぁ、今更聞くまでもない事であるが。
おそらく、同胞が殺された事に対する報復、まぁ、私刑か処刑かは知らないが、をする為であろう事は想像に難くないからね。
「もちろん、彼奴らに対する報復の為ですじゃっ!!!」
ウン、デスヨネー。
もちろん、この世界の法整備は、現状、かなり曖昧な部分も多い為に、仮にこの者達がただの盗賊団などの無法者であった場合、『猫人族』の皆さんが、独自の裁量で彼らを裁いたとしても何ら問題ないのも事実である。
だが、残念ながら彼らは、ただの無法者ではないのである。
「えっと、御気持ちは理解出来ますが、それは止めておいた方が良いかと思いますよ?」
「何故ですかっ!?こやつらは平穏に暮らしていた我らの集落を襲い、略奪と殺戮の限りを尽くした無法者ですぞっ!!??そんな者達を許せる道理がありましょうかっ!!!???」
ウーラさんは興奮した様にそう主張する。
いや、確かにそれはその通りなんだがね?
「いえ、その主張は分かりますが、そうしてしまった場合、逆にあなた方が不利益を被る可能性があるのですよ。」
「・・・・・・・・・はっ?」
「・・・おう、にぃ~ちゃんは俺らの正体に気付いてやがるワケか。中々のキレ者じゃねぇ~の。」
「・・・何っ!?」
・・・いや、正体も何もないだろう。
昨今の事情を鑑みれば、あるいは彼らの様子、装備、練度なんかを注意深く観察すれば、自ずと答えは導き出されるからなぁ~。
そもそも、ただの無法者集団が“大地の裂け目”という難易度の高いエリアで活動出来る筈もないからね。
っつか、バレないとでも思っていたのかね?
「おい、獣野郎。よぉ~く聞きやがれ。俺らはただの無法者じゃぁねぇ。歴とした、ロンベリダム帝国の正規部隊よっ!!」
「なっ・・・!!!」
・・・うん、知ってた。
しかし、ウーラさんは、その隊長格の男の発言に衝撃を受けていた様である。
ここら辺は、他者との交流が希薄である『猫人族』文化の弊害かもしれない。
無法者の扱い方は先程述べた通りだが、それが他国の軍人であった場合、その扱い方を一歩間違えると、自分達にとって不利益を被る恐れがある。
とは言え、所謂“捕虜”の扱い方は様々である。
向こうの世界においても、捕虜の扱い方を定めた規定が設けられたのもわりと近年に入ってからであり、それ以前は、その裁量を侵略を受けた側の人々が独自に決めていた事も多々あった様である。
大抵の場合は、処刑、あるいは奴隷としての地位を与える事が大半であったらしいのだが、能力を認められた者達は、そのまま自国に引き入れる事もあった様である。
もちろん、その他にも、身代金と引き換えに捕らえている捕虜を解放する、あるいは、敵対国などに捕らえられている自国の捕虜となっている者達と交換する(人質交換)などの、所謂“外交カード”として利用する事もあったそうである。
そして、ある意味ではもっとも多い選択肢としての処刑なのだが(ここら辺は、ある種人の心理であろう。法整備が整っておらず、その処遇を自分達で決めてよいとなったならば、短絡的な判断を下してしまいかねない。すなわち、報復として、自分達の生活を脅かした者達の命を奪う事で、ある種の精神的な釣り合いを取ろうとしたのである。)、それも、相手によっては悪手になりかねないのである。
今回のケースの場合、相手国はあのロンベリダム帝国であるから、この者達の身柄が特別なモノでなくとも(つまり、ロンベリダム帝国にとってはそう重要な人物でなかったとしても)、所謂“面子”の問題もあって、仮に彼らをこの場で処刑してしまった場合、ロンベリダム帝国からの更なる報復が待ち受ける事となる。
もちろん、これは理不尽な話である。
この『ロフォ戦争』のキッカケはどうあれ、今回のケースに限っては、先に手を出してきたのは間違いなくロンベリダム帝国側なのだから。
故に、『猫人族』の人々が、降りかかる火の粉を払いのけ、それに対する報復措置を取ったとしても本来は問題ないのだが、
“よくもウチのモンを殺ってくれたなぁ~!”
“何言ってんだっ!先に手を出してきたのはそっちだろっ!!”
“あっ!?そんなのカンケーねぇ~よっ!こっちも、ナメられたらおしまいだからよぉ~!!テメェら、叩き潰してやるから覚悟しやがれっ!!!”
“ふ、ふざけんなっ!!”
って感じである。
国だ何だ言っても、結局はそうした不良みたいな理論で動いているのが実際のところなのである。
故に、同じ“国家”として見た場合でも、明らかに国力の劣る相手に対して、武力をチラつかせて強気の姿勢に出る事もしばしばある。
国家ですらない集団に対しては、それはより顕著となるであろう。
「と、まぁ、そんな訳ですから、彼らを処刑してしまった場合、あなた方に対して、ロンベリダム帝国側からの更なる報復が待ち受けている可能性が極めて高いのですよ。」
「そ、そんな、理不尽なっ・・・!!!」
そんな風に説明した僕に、ウーラさんはそんな感想を呟いた。
・・・うん、気持ちはよく分かる。
しかし、
「はっ、理不尽でも何でも、これが世の中ってモンよっ!獣なんだからよく分かんだろっ?いわば、“弱肉強食”ってヤツよっ!!」
「なっ・・・!」
「・・・まぁ、彼の発言はともかくとして、それもまた一つの事実ですね。残念ながら・・・。」
「そ、そんなっ・・・!」
世の中は理不尽な事だらけなのもまた事実なのである。
僕がそう肯定した事によって、ウーラさんは絶望的な表情を、野盗連中の隊長格の男は勝ち誇った表情をしていた。
・・・いや、アンタが勝ち誇る事柄でもないのだが。
「で、では、儂らは、同胞をみすみす殺されておいて、何の報復措置も取れないと言う事ですかっ・・・!?」
「だからそう言ってんだろっ!?ったく、これだから獣風情は頭が悪くてどうしようもねぇ~・・・!」
「いえ、そんな事はありませんよ?」
「「・・・・・・・・・はっ!?」」
だが、それは一般的に見た場合である。
残念ながら、僕らに、そんな常識は通用しないのであった。
「もちろん、彼らを処刑するのはあまり得策ではありません。これは、先程のご説明の通りですが、もっと言ってしまえば殺してしまった場合、利用価値がその時点でなくなってしまうからですね。まぁ、あなた方のお気持ちを考えると、この提案も非常に心苦しいのですが。」
「え、えっと・・・?」
「・・・おいおい、何を言い出すかと思えば・・・。おい、にぃ~ちゃん。それは、俺らを奴隷として働かせるって事か?いや、あるいは、ロンベリダム帝国に対する交渉の手札にするつもりかもしれねぇ~けど、まぁ、どっちにしてもそりゃあまり得策じゃねぇ~ぜ?にぃ~ちゃんは知らねぇ~かもしれねぇ~が、今回の戦争の理由の一つに、ロンベリダム帝国側には『拉致被害者救出』って名目があんのよ。“大地の裂け目”勢力の一部で、俺らの同胞が不当に取っ捕まってるんだな。俺らがこの場に居んのも、その調査も任務の一つってワケよ。つまり何が言いてぇ~かっつ~と・・・。」
「・・・つまり、あなた方をここで奴隷化するって事は、そうした理由もあって、ロンベリダム帝国側の神経を逆撫でする行為である。交渉するにしても、僕ら程度の集団では、足元を見られるだけである・・・。つまりは、そう言いたいのですか?」
「お~、そうそう。何だ、分かってんじゃねぇ~か。」
なるほど・・・。
そうした裏事情があったのね。
まぁ、ハッキリ言って、バカ正直に彼らの言い分を信じるほど僕は純粋ではない。
おそらく、その大義名分は、言いがかりに近い事柄であろう。
所謂、“マッチポンプ”、というヤツである。
ロンベリダム帝国自ら追放か何かをした者達がおり、その者達が“大地の裂け目”勢力へと流れ、その件を利用し、今回の『ロフォ戦争』の大義名分の一つにしたのであろう。
あるいは、自分達の息のかかった者達をあらかじめ送り込んでおいたのかもしれないが。
つまり、ロンベリダム帝国側からしたら、同胞が“大地の裂け目”勢力に不当に拘束されている。
そんな同胞を解放する事がロンベリダム帝国側の目的であり、しかし、“大地の裂け目”勢力はその事を認めず、むしろ言いがかりであると突っぱねる。
この時点で、話し合いは決裂している。
そもそも、そうした認識が“大地の裂け目”勢力にはない可能性もあるので、いずれせよ、話に食い違いが出来てしまい、そもそも正常な話し合いにすらならないだろうからね。
その末で、交渉に応じない“大地の裂け目”勢力に対して、ロンベリダム帝国側は武力を持ってこの件を解決しようと試みた、というところだろう。
で、その本当の目的は、単純に戦略的価値の高い“大地の裂け目”を手中に収める事であろう。
他にも、豊富な地下資源、古代魔道文明時代の遺産が数多く残されている可能性が高い事など、ロンベリダム帝国側が“大地の裂け目”を欲する理由はいくらでもあるだろうしね。
そして、それを更に裏側で支援しているのが、いや、むしろ真の黒幕とも呼べるのが、ライアド教ハイドラス派という訳だ。
ハイドラス派の狙いは、ロンベリダム帝国と“大地の裂け目”勢力が争っている裏側で、“大地の裂け目”に存在するらしい、『エストレヤの船』の発着ステーションかアクセスポイントかは知らないが、それを占拠する事。
最終的には、『エストレヤの船』そのものを手中に収める事が、ハイドラス派の目的である。
ここら辺は、アルメリア様が開示した情報と一致する、と。
いずれにせよ、ロンベリダム帝国も、良い様に利用されているだけなんだよねぇ~。
まぁ、ロンベリダム帝国側はロンベリダム帝国側で、それでも得られるメリットは大きいので、分かっていながら流れに乗っている可能性もあるのだが・・・。
まぁ、それはともかく。
さて、話が少し逸れてしまったが、どっちにせよ、“大地の裂け目”勢力側からしたら、そうしたロンベリダム帝国側やハイドラス派の思惑に巻き込まれてしまっただけなのである。
少なくとも、“大地の裂け目”勢力とも距離を置いているらしい『猫人族』の人々からしたら、正に“寝耳に水”状態である。
それなのに、被害に対して何の対処も出来ないのは、あまりにも理不尽極まりない話なのは間違いない。
しかし、
「いえ、それでも問題ありませんよ。僕は、何もあなた方を無理矢理従える訳ではありませんからね。あなた方が自発的に自分達の行いを反省し、その証明として、自ら破壊してしまった『猫人族』の皆さんの集落の復興に尽力するのですから。いくらロンベリダム帝国側としても、自らの意思で協力する者達を、“奴隷”と認定するのは些か無理がありますからね。」
「「・・・・・・・・・はっ?」」
先程も述べた通り、僕らには常識など通用しないのである。
僕の発言に、ポカーンとした隊長格の男は、その言葉を徐々に理解した様である。
「・・・えっと、話聞いてた?どうやったら俺らがそんな事すると思ってんの?・・・そ、それともまさか、もしかしてオメェは、『隷属の首輪』でも持ってんじゃねぇ~だろ~なっ!?や、止めとけ止めとけ。確かに『隷属の首輪』なら、俺らの意思をねじ曲げる事が可能かもしれねぇ~が、アレは何処の国でも禁じられている類いの代物だ。その件がバレれば、結局はロンベリダム帝国側を刺激する事になるぜ?」
『隷属の首輪』の可能性を鑑みたのか、隊長格の男は怯えた様な表情を一瞬浮かべていた。
確かに、自分の意思をねじ曲げられる事、自分が自分じゃなくなる事は恐ろしい事態であろうから分からない話じゃない。
しかし、任務の一環だったかもしれないが、他者の人生を踏みにじった者達に、僕も慈悲を与えるほど心は広くない。
もっとも、『隷属の首輪』を使うなど、愚かな選択を選ぶ僕ではない。
アレは、少なくとも物証が残ってしまうからね。
まぁ、フロレンツ候の件では、上手く『隷属の首輪』を周囲に認識出来ない様に細工を施していたので、それも不可能な話じゃないんだけど。
「そんな事しませんよ。」
「・・・だよなぁ~?」
ハハハと、乾いた笑いを漏らす隊長格の男。
最悪の可能性が回避され、安心したのかもしれない。
「いえ、より正確に言うと、僕にはそんな物が必要ないのですが。」
「・・・・・・・・・はっ?」
いや、まぁ、今更逃がす訳もないのだが。
「他者の意思、あるいは人格をねじ曲げる事は、実はそこまで難しい事ではありません。実際、『隷属の首輪』などなくとも、“催眠”や“洗脳”という手段を用いる事でそれらをねじ曲げる事は可能です。もちろん、これらは一時的なモノであり、半永久的に効果のあるモノではありませんので、ふとしたキッカケで効果が切れてしまう事もありますがね。他にも、『魔眼』という『催眠術』に特化した特殊能力を有している者もいますし(まぁ、より正確には、魔素との親和性が非常に高いだけなのだが)、魔法技術でもそれらを再現する事は可能です。そして、もうお気付きかもしれませんが、僕はそれを扱う事が可能です。」
「・・・なっ!!!???」
『幻術系魔法』は、僕の得意分野の一つだからね。
「もっとも、先程も申し上げましたが、それらは一時的なモノに過ぎませんので、本来の使い方としては、対象者の意識を逸らす、一時的に誘導する程度が関の山で、もちろん、それがあるだけでも荒事には役に立ちますが、対象者の意思や人格を半永久的にねじ曲げるほどの効果はありません。しかし、そこに他の技術を組み合わせる事で、それも可能となるのですね。エイルっ!」
「・・・居マスヨ、オ父様。」
僕がエイルを呼ぶと、僕の思考を読んでいたのか、既にすぐ側に彼女は控えていた。
「そう、彼女の力を借りれば、ね。」
「ハハハ・・・、そ、そんな事出来るワケねぇ~。そんな技術があるなんて、俺は聞いた事もねぇ~・・・!」
隊長格の男は、まるで自分に言い聞かせる様にそう呟いた。
いや、魔法技術は奥が深いし、世界は思ったより広いよ?
当たり前だけど、自分の知っている事だけが全てじゃない。
そもそも、実際に『隷属の首輪』などというトンデモ『魔道具』が存在している以上、魔法技術でそれを再現出来ない道理はないだろうに。
「まぁ、別に貴方に信じて頂かなくても結構ですが、そうですね。ウーラさんにもご理解頂けないのはこちらとしても不都合ですから、ここで実演しておきましょうかね?・・・じゃあ、そこの貴方で。」
「お、俺っ・・・!?」
僕は、目に付いた男の一人を指差した。
僕らの話を、聞くともなしに聞いていたのだろう。
若干怯えた様な表情を浮かべていた。
「ええ。まぁ、どちらにせよ、貴方のお仲間も例外なく同じ処置を施しますので、そんなに怯えなくとも結構ですよ。では・・・。」
「・・・や、止めろっ!止めてくれっーーー!!」
「『マインド・トリック』!」
「『上書キ』!」
悲鳴めいた絶叫を上げた男に、僕らは無慈悲に魔法を発動させる。
『マインド・トリック』は、言わば思考操作、相手の意識を操る魔法技術の事である。
『ヒュプノ』の派生系の『幻術系魔法』であり、『ヒュプノ』にある程度耐性があった場合にも利用出来、『ヒュプノ』よりも更に複雑な命令を下す事を可能としている魔法である。
ただし、これは『幻術系魔法』に共通する事ではあるが、確固たる意思を持つ者達には効き目が薄い傾向にあり、また、あくまで一時的な効果のモノに過ぎず、他にも、『精神防壁』を持つ者達には効果を発揮しない、などの注意点が存在する。
もっとも、これらは相当な精神修養を納めている必要があるので、全体で見た場合はほんの一握りの人々だけが、所謂『精神干渉系』の魔法に打ち勝つ事が出来るのである。
それに、本人には効かなくとも、『幻術系魔法』は他にも応用が効くので、それでも全く問題とならなかったりもする。
そして、古代魔道文明時代の技術の結晶たるエイルには、相手の精神にコネクト出来る特殊スキルが存在した。
彼女の場合、主となる者の精神や魂へとリンクし、情報を共有、あるいは読み取るなどして自身へと還元。
その末で、自身の『人工霊魂』を、より完全なモノとして昇華するプロセスの為にも、そのスキルは必須だった訳である。
まぁ、彼女の場合は、僕とリンクを繋いだ時点で、完全なる自我や自由意思を持つ『人工霊魂』が誕生した結果として、今現在では無用の長物となってしまったスキルでもあるのだが、他者の精神や魂を読み取る事が出来るという事は、逆を返すと、他者の精神を上書きする事も可能という事でもある。
もっとも、本来の使い方としては、完成した『人工霊魂』を他へとコピーする為の機能みたいだが、僕の『幻術系魔法』と組み合わせる事で、他者の意思や人格を強制的に書き換える、といった、全くもって非人道的な事も可能なのであった。
もちろん、僕としても、よほどの事がない限りこれを他者へと使うつもりはなかったのだが、まぁ、今回の場合は例外中の例外である。
「ああっ!心が洗われる様だっ・・・!!」
「な、なにがどうなってっ・・・!?」
僕とエイルの魔法が発動し終えると、そこには清々しい顔をした男が立っていた。
そして、側に立つウーラさんに気が付くと、すぐに頭を垂れてこう発言した。
「『猫人族』の長老殿、でしたな?此度の件は、全面的に我らの過失であります。申し訳ありませんでしたっ!・・・今更謝ったところで、過去の過ちをなかった事には出来ませんが、もし、お認め頂けるのでしたら、あなた方への償いを、この身が朽ち果てるまで、誠心誠意尽くす所存です。」
「・・・・・・・・はっ?」
「・・なっ!?」
すっかり別人の様な男の発言に、ウーラさんと隊長格の男は驚愕の表情を浮かべていた。
うん、問題なく成功した様だな。
「と、まぁ、こんな感じです。この人は、もうウーラさんへの(正確には、『猫人族』へのだが)忠誠心を植え付けてありますので、他の事で打ち消さない限り、あなた方を裏切る事はありません。ロンベリダム帝国との関係を考えると、彼を処刑する事はオススメしませんが、彼が自発的にこう言っているのですから、足りなくなった労働力の補填として考えてはいかがでしょうか?」
「おおっ、是が非でもお願いしたいっ!」
「・・・な、なんとまぁ・・・!」
もはやウーラさんは、驚愕を通り越して呆れている様だった。
「・・・な、何が自発的に、だっ・・・!魔法で無理矢理従えておいて、よく言うぜっ!!!」
「他者の人生を蔑ろにした貴方に言われたくありませんねぇ~。僕も、当然こんな手段は用いたくないのですが、彼らを鎮める為には、ある意味必要な措置でしたし、逆にあなた方には、僕に感謝して欲しいほどなんですがね?」
「何を世迷言をっ・・・!」
「・・・も、もしや、アキト殿は、人間でありながら彼らが見えるのですかっ・・・!?」
「ほぉ・・・。」
「・・・・・・・・・はぁっ!?」
と、そこへ、部下の男の変貌に対して、隊長格の男は、そんな恨み言を呟いていた。
まぁ、気持ちは分かるが、お前が言うな、って感じだな。
それと、ウーラさんの発言には僕も多少びっくりしたが、よくよく考えてみると、獣、動物に近い性質を持つ『獣人族』、とりわけその中でも、向こうの世界においても、神や妖怪にもその名を連ねるほど霊感が高いと言われる“ネコ”に類似した性質を持つ『猫人族』に見えていたとしても不思議は話ではないと思い直した。
「ええ、少し事情がありましてね。まぁ、普段は意識しないと見えない程度ではありますが・・・。」
「・・・なんとっ・・・!!」
「さっきから、ごちゃごちゃ何言ってやがんだっ!」
ごちゃごちゃうるさいのはこの隊長格の男の方なのだが、まぁ、気持ちは分からんでもない。
先程から、彼の常識を大きく逸脱する事ばかり話している訳だからね。
「・・・まぁ、百聞は一見に如かず。貴方も自分の行いの結果を自覚しても良いでしょうからね・・・。」
「今度はなんだっ・・・!?ひっ・・・!!な、なんだこれっ・・・!!!こ、これは、幻覚かっ・・・!?」
ふむ、案外図太い神経を持っている様だ。
おびただしい数の悪霊や生霊(正確には、『残留思念』と呼ばれるモノなのだが)が自身の身に纏わり憑いている事を目撃してもなお、その程度の反応で済んでいるのだから。
まぁ、ある種修羅場鳴れしているだけかもしれないけどね。
「これは幻覚ではありませんよ?これが、貴方の行いの結果であり、僕があなた方を捕縛させた理由でもあります。彼らは、あなた方が殺してきた者達が悪霊化、生霊化した、正確には『残留思念』と言うのですが、モノであり、あなた方が間違いなく『戦争犯罪』を犯した証拠でもあります。もちろん、あなた方が主張する様に、あなた方が軍人さんと言うのであれば、少なくとも、普通の人々とは違い、他者を殺傷する事も多くあるでしょうが、それでも同時に他者を守る事にも繋がる筈ですから、本来ならばこれほどの数の悪霊や生霊に取り憑かれる事はありません。他者を守る事による『良感情』によって、『悪感情』を打ち消す事が出来るからですね。しかし、そうではなく、これほどの数の悪霊や生霊に取り憑かれていると言う事は、あなた方が本来必要ではない略奪や殺戮などに手を染めている事の何よりの証左なのです。」
「・・・な、なんの話だか・・・、ひ、ひぃっ・・・!く、くるなっ・・・!!」
「で、ここからが本題となりますが、彼らは貴方を最終的に取り殺す事となりますが、これほどの数となると、それだけには留まらず、この地にも様々な悪影響を及ぼす可能性が非常に高いのです。ウーラさんがあなた方を処刑しようとしたのも、彼らの怒りや憎しみを鎮め、なおかつこの地や生き残った『猫人族』の皆さんにまで影響が波及しない様にする為なのですね。少なくとも、あなた方が死ねば、彼らはあなた方にくっついて浄化される事になりますからね。もっとも、あなた方は、彼らを鎮める為に、死後も永遠に近い罰を受ける事になりますけどね。」
〈シネシネシネシネ……。コロスコロスコロスコロス……。クルシイクルシイクルシイクルシイ……。〉
「ひ、ひゃあぁぁぁぁっーーー!!!」
残留思念の皆さんの怨嗟の念に、ようやく恐怖が浸透したらしい隊長格の男には、もはや僕の声は届いていない様だが、僕は構わず続ける。
「しかし、先程の述べた通り、あなた方をただ処刑してしまうと、ロンベリダム帝国側を刺激してしまう恐れもあります。そこで代替案として、多少非人道的ではあるとは言え、あなた方の意思や人格を改変させてでも、あなた方が自発的に『猫人族』の皆さんへと奉仕する事を選択した事にする訳ですね。自発的という事であれば、ロンベリダム帝国が干渉する理由がなくなりますし、『猫人族』の皆さんとしても、あなた方の行いに対する怒りや憎しみはこの際置いておくとして、単純に失ってしまった労働力の補填となります。更には、他者に奉仕する事によって、彼らの心を鎮める事にも繋がりますので、あなた方の意思や人権さえ無視すれば、全てが上手く事を運ぶ訳です。まぁ、どちらにせよ、今更あなた方に拒否権はありませんけどね?」
〈ナンデナンデナンデナンデ……。ドウシテドウシテドウシテドウシテ……。ニクイニクイニクイニクイ……。〉
「うぎゃあぁぁぁぁっーーー!!!」
隊長格の男は、恐怖のあまり白目を剥いて失禁していた。
その尋常ではない様子に、他の捕縛している者達も、見えてはいないだろうが、明らかに何かがおかしい事を察していた様であった。
「いずれにせよ、これはあなた方が選択した結果です。貴方がおっしゃった“弱肉強食”は世界の真理の一つですが、同時にそれらには自己責任や自業自得も含まれるのをお忘れなく。まぁ、それも今更なんですがね?では・・・。」
「うぎゃあぁぁぁぁっーーー!!!く、くるなぁぁぁぁっーーー!!!」
「「「「「・・・・・・・・・あ、あぁ・・・。」」」」」
その後、有無を言わさず僕とエイルは、この野盗連中、もとい占領部隊の人格改変を完了させた。
「と、まぁ、そんな訳ですから、ウーラさんもこれで手打ちにしてもらえませんか?」
「え、ええ。分かりました。・・・しかし、同胞への説明が難しいですなぁ~・・・。」
「それは、まぁ、そうでしょうねぇ~。別に、今見たままを伝えて下さっても結構ですが、納得されるかは分かりませんしね。」
「・・・まぁ、それはこちらでどうにか致します。実際、復興の為には労働力が必要なのも事実ですからな。」
「申し訳ありませんが、よろしくお願いします。」
「あ、いや、助けられたのは儂らの方ですし・・・。」
そんな感じで、その後の対応はウーラさんに丸投げする僕。
こういう事は出来る人に任せるのが一番だからね。
まぁ、ここまで介入しておいて、今更何言ってんだ、って感じだが、僕らには他の目的があるから、この地にずっと留まれる訳でもないので、そこは納得して貰うしかない。
「・・・ところで、アキト殿達は、何故“大地の裂け目”へ?見たところ、どうやらロンベリダム帝国の関係者ではない様子ですが。」
「そうですね。僕らはただの冒険者であって、ロンベリダム帝国とは一切関係がありません。もっとも、こんな御時世にこの場にいる事をウーラさんも不思議に思われている事でしょうが、それもこちらには少し事情がありましてね。」
「はぁ・・・。して、どの様な目的で?」
「“大地の裂け目”に眠る遺跡群。それを、彼らの手に渡さない様にする為です。」
「なんとっ・・・!ふむ、そうですか・・・。いや、確かに、ロンベリダム帝国が『聖域』を狙ったとしても不思議ではありませんが・・・。」
・・・ふむ、当たりだったかな?
今回の事は、偶然介入しただけの事なのだが、ウーラさんの口振りだと、何か思い当たる節がある様子であった。
これも、僕の持つ『事象起点』の影響だろうかねぇ~・・・?
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