猫人族【キャットピープル】
続きです。
◇◆◇
・・・なんて思っていた時期が僕にもありました。
しかし、今現在の“大地の裂け目”の状況はそこら中にトラブルの種が転がっている訳で、『獣人族』の集落らしき場所を占領する集団を目の当たりにし、僕らはそれを改めて思い出していたのであった。
まぁ、目撃してしまった以上放ってもおけないし、一応情報収集という目的もあったので、僕らも介入する事にした訳であるが。
・・・あんまり僕も、アーロスくんの事は言えないかもしれないなぁ~。
まぁ、僕の場合は、これがただの正義感からの行動ではないので、また何とも言えないのであるがーーー。
『猫人族』とは、『獣人族』の種族の一つであり、その名の通り、“ネコ”の特徴を備えている種族である。
他の『獣人族』同様に、所謂“ケモ耳”と“尻尾”を備えている以外は、人間族とそう大差ない見た目をしている。
その一方で、これは他の『獣人族』と同様だが、平均的な人間族を軽く越える身体能力を有しており、特に“ネコ”の様な柔軟性、しなやかさは『獣人族』の中でもトップクラスである。
その他の特徴としては、耳も良いが、特筆すべきは目の方であり、明るさに順応するのが早く、更には暗所にも対応出来る点が挙げられる。
その為、基本的には夜行性であり、なおかつ単独行動を好む傾向にあるが、血縁関係にある個体で群れを形成する事もあるそうである。
基本的に『獣人族』は排他的な種族が多いが(これは、もちろん、それは各々の種族、部族、氏族の考え方にも寄るが、特に人間族から迫害を受けていた影響もあって、今現在の『獣人族』全体が他種族、特に人間族に対する警戒感が強い傾向にある)、その中でも特に他者への警戒心が強く、『獣人族』の中でも他者との交流には極端に消極的である。
その一方で、一度“仲間”と認識した者には非常に好意的であり、普段のクールな感じとはうってかわって、甘えん坊な面を見せる事もある。
この二面性が、特に愛玩奴隷として飼っていた者達には人気が高かった理由として挙げられる様である。
さて、こうした事もあって、『猫人族』達は今回の『ロフォ戦争』には参加せず、他の“大地の裂け目”勢力ともある程度距離を置いていた訳であるが、ルキウスの方針転換を受けて、ロンベリダム帝国の部隊が“大地の裂け目”各地に送り込まれた事により、なし崩し的に彼らも『ロフォ戦争』に巻き込まれる事となってしまった訳であったーーー。
・・・
「な、なんだテメェらっ!!??」
「おいおい、誰に手を出したか分かってンだろぉ~なっ!?」
色々と衝撃的な光景から立ち直った野盗の皆さんが、こちらに対して威勢の良い声を上げていた。
一応装備が統一されている様子から、彼らがロンベリダム帝国側の部隊である事はほぼ確定的な訳であるが、まぁ、その立ち居振舞いは完全に何処ぞの不良のそれであった。
「っつ・・・!!!」
「旦那はんっ!それよりこっちを何とかせんとっ!」
「そうだっ!お母さんっ!!!」
「了解ですっ!」
一方の僕らは、彼らのそんな様子はまるっと無視して、痛々しい傷を受けた『猫人族』の女性の状況の方に頭が行っていた。
僕ら『アレーテイア』は、アルメリア様の教えやエルフ族の薬学の知識なんかもあって、この世界においては、ライアド教を凌ぐ医療技術を持っているが、とは言え、『回復魔法』に通じているのはこの中では僕だけである。
故に、ヴィーシャさんも素早く僕を呼んだ様である。
それに、今現在僕の腕の中にいる女の子も、母親らしき女性の様子は気になるだろうしね。
「テッメ、無視してんじゃねぇ~よっ!!」
「ナメてんのかっ、ゴラァッ!!!」
「どうしやすか、隊長っ!?」
だが、それが彼らには気に食わなかった様である。
益々ボルテージを上げた彼らは、激昂した様子でこちらを威嚇してくる。
まぁ、その程度の殺気など、僕らにとってはそよ風の様なモノだが、『猫人族』の皆さんには効果的だった様だ。
「オメェら落ち着け。見たトコ、コイツら大した数じゃねぇ。まぁ、中々の実力者みてぇだから油断は出来ねぇ~が、数で押せば俺らが有利よ。それに、こっちには“魔法銃”もあるしな。・・・それよりも、よく見りゃコイツら、中々の上玉揃いじゃねぇ~か。ま、他種族なのが玉にキズだが、奴らにゃ人権なんざねぇ~から、逆に好都合かもなっ!」
「「「「「ヒィッ・・・!」」」」」
もちろん、悲鳴を上げたのは『猫人族』の皆さんであって僕らではない。
もっとも、下卑た視線に晒されたアイシャさん達も不快感をあらわにし、わずかに身動ぎをしたので、彼らはその悲鳴を僕の仲間が上げたモノだと勘違いしていた様だがね。
元々、彼らを見過ごすつもりはなかったのだが、こちらも襲われたらそれ相応の対処をするまでだし、なおかつ、幼い女の子を怯えさせた罪は重い。
故に僕も、重症を負っている女性に近付きつつ、素早くアイシャさん達に指示を出した。
「ま、元々分かってたけど、話し合いは通用しそうにないし、とりあえず無力化しておきますか。あぁ~、一応殺さない様に手加減だけしておいて下さいね。」
「りょ~かぁ~いっ!」
「主様の仰せのままに。」
「久々に鈍ってる身体を動かしますかっ!」
「処シテイイ?処シテイイ?」(悪ノリ)
「いや、処したらあかんやろっ!旦那はんの指示聞いとったっ!?」
「冗談デスヨ、ヴィーシャ・サン。・・・ケレド、死ナナキャ何シテモ良イノデハ?」(無慈悲)
「あぁ~、まぁ~、エイルはんの好きしぃや。」
「了解ッ!」(ギロリッ)
「おぉ~、威勢が良いじゃねぇ~かっ!オメェらっ!このねぇーちゃん達に、身の程ってヤツを教え込んでやんなっ!!」
「「「「「へっへっへ。へぇ~いっ!!!」」」」」
そんな会話を両者交わしながら、戦闘態勢に意向する。
僕は、『猫人族』の皆さんがそれに巻き込まれない様に、重症を負った女性と少女と共に、他の皆さんも下がる様に誘導した。
「お母さんっ!!!」
「っつぅ・・・!ア、アイラッ・・・!!」
僕の腕から離れ、母親の胸に飛び込んだ少女。
一瞬傷口が傷んだ様だが、それにも構わず我が子を抱き止める母親。
それは美しい光景であったが、僕はそれに構わず、母親らしき女性の患部を素早く診察する。
この世界では“輸血技術”は一般的ではないからね。
それ故に、傷によっては一刻を争う可能性がある。
「うぅ~む。こりゃ、派手にやられたなぁ~。確かにこれなら、薬草では間に合わないかもしれんか・・・。すみませんが御婦人。まずはコレを服用して頂けますか?」
「こ、コレは・・・?」
「僕特製の“体力回復ポーション”です。それで、とりあえず失われた血液の代わりとします。その後、回復魔法を施しますが、それで見た目的にはほぼ元通りになりますが、体内の栄養素は大量に失われる事となりますので、ご無理はなさらないで下さいね?」
「は、はぁ・・・?」
・・・うん、まぁ、何を言っているのか分からないだろうが、以前にも言及した通り、回復魔法は非常に優れた技術である一方で、危険性も非常に高いからなぁ~。
あくまで回復魔法は対象者自身の“自然治癒力”や“免疫機能”を高めているだけであって、何の代償もなく奇跡を起こせる業ではないのである。
例えば、回復魔法などなくとも、高度な医療技術などなくとも、軽い傷程度であったならば、適切な処置さえ施せば、時間は掛かるが人は自然と傷を治癒する事が可能である。
これは、人には“自然治癒力”や“免疫機能”が元々備わっている為であり、これによって人は、傷や病気などに対応する事がある程度可能なのである。
回復魔法は、この効果を加速、爆発的に高めているので、目に見えて傷が治っていく、様に見えるが、実際には、数日、場合によっては数ヶ月掛かる治療期間を短縮しているだけの事なのである。
まぁ、ある種の演出としては効果的ではあるのだが。
ただ、先程も述べた通り、体内の栄養素を大量に使用する事となるので、場合によっては生命維持に必要な栄養素まで使ってしまう事があり、衰弱、場合によっては命を縮めてしまう危険性もあるし、過剰に活性化した“免疫機能”によって自身を攻撃してしまう恐れも内包しているのである。
また、場合によっては、“ガン細胞”の様に、自身から産み出させた細胞が活性化してしまう場合もあるので、特に病気に由来する症状の場合には、回復魔法は逆に御法度であるケースも存在する。
結局は、正しい診断結果を割り出し、適切な治療行為をするのがベストなのであって、“医(薬)食同源”という言葉もある通り、まずはしっかりとした栄養を取る事、場合によっては薬学なども交えて治療を施す方が効果的な事もある訳で、何でもかんでも回復魔法を使用すれば良いという訳ではないのである。
まぁ、この世界における回復魔法の大家であるライアド教が、どの様な運用方法を用いているかは知らないのだが。
今回の場合も、いきなり回復魔法を使用した場合、すでに血を失っている=栄養を失っている状況では、逆にその寿命を縮めてしまう恐れがあった。
そこで、シュプール印の“体力回復ポーション”によって水分補給、栄養素の補給をしつつ、回復魔法を用いる治療法を提案したのである。
もちろん、時間を掛ければ回復魔法を用いずとも治療は可能であるが、場合によっては神経系を傷付けていた恐れもあるので、最悪片足の麻痺が残る可能性もある。
先程は、あくまで回復魔法は対象者自身の“自然治癒力”、“免疫機能”を高めている技術とは言ったが、実は回復魔法には普通の治療法では治らない事も改善させる可能性もあり、特に神性に達している今現在の僕の回復魔法は、死んでさえいなければ、対象者を完全に元通りに治す事すら可能なのである。
まぁ、そんな正に奇跡としか言い様のない治癒の力を持っていると分かったら、それはそれでまた色々面倒に巻き込まれる可能性が高いので、当然その事は内緒なんだけどね。
「ちょ、ちょっと待って下されっ!同胞を救って頂いた事には感謝するが、アンタは人間族だろうっ!?何故、我々を助ける様な真似をっ・・・!」
「大丈夫だよ、長老っ!」
「「「「「っ!!!」」」」」
と、そこへ、少女に長老と呼ばれた男性が間に入った。
人間族にヒドイ目に遭わさせていた『猫人族』の人達からしたら、急に割り込んできて自分達を助けてくれたとは言え、得たいの知れない人物、しかも人間族である僕に警戒心を向けるのは当たり前の話であろう。
しかも、その人物は、同胞に何やら施そうとしているのだから。
もっとも、何故か少女からの信頼を勝ち取っていた僕を少女が養護した事で、長老と呼ばれた男性や他の『猫人族』の人達も、渋々ではあるが、僕のやる事を受け入れてくれた様である。
「信じられないでしょうが、こちらとしてもあなた方に危害を加えるつもりはありません。御不安でしたら、治療を監視して下さっても結構ですよ。ああ、その前に、貴方も先程彼らから暴行を受けていましたよね?よろしければ、こちらをどうぞ。」
「・・・これは?」
「御婦人にも説明しましたが、これは僕特製“体力回復ポーション”です。エルフ族の薬学の知識などから開発した物ですね。」
「・・・確かに、アンタは他種族と行動を共にしておる様だ。アイラも何故かアンタに気を許している様だし・・・。ええい、ままよっ!(ボソボソ)」
何やら呟くと、長老と呼ばれた男性は、僕が手渡した“体力回復ポーション”を一気にあおった。
「っ!!!こ、これはっ・・・!!」
「「「「「ち、長老っ!!!」」」」」
よろめいた長老と呼ばれた男性の様子から、他の皆さんも僕に対して毒でも盛ったかっ!?と、一瞬疑惑を向ける。
だが、
「う、うおぉぉぉぉっーーー!!!み、みーなーぎーるっーーー!!!」
「「「「「ち、長老っ!!!???」」」」」
長老と呼ばれた男性は、劇的に元気を取り戻していた。
見れば、細かな傷が消え失せており、むしろ若返った様な印象すらあった。
・・・うん、普通はそこまで即効性の効果があるモンじゃないんだけど、獣に近い特性を持っている『獣人族』の皆さんには、もしかしたら非常に相性が良かったのかもしれない。
まぁ、ある種計算外の事であったが、これならば、この女性にも効果が見込めそうである。
「ふははははっ!素晴らしい、素晴らしいですぞ、人間殿っ!そら、ルイスッ!お前も早く飲み込むが良い。こちらの方は信用出来るっ!!!」
「は、はいっ!!!・・・ああっ、これはす、すごいっ・・・!!!」
すっかり信用してくれた長老らしき男性の後押しによって、母親らしき女性も“体力回復ポーション”を服用する。
こちらも、劇的な効果があった様で、流石に突き刺された足が治る事はなかったが、失われた血液分の体力は回復した様子であった。
・・・うん、これならば、回復魔法を施しても問題なさそうである。
「アキト・ストレリチアの名において命ずる。
水と原子の精霊よ。
古の盟約に基づき、彼の者達の傷を癒せ。
『ヒール』!」
「うわぁっ!」
「す、すごいっ・・・!!」
「「「「「おおっ!!!」」」」」
・・・うん、成功の様である。
女性の痛々しい傷は、みるみる内に治っていった。
「・・・これで、とりあえずは問題ありませんよ。しかし、先程も言いましたが、体内の栄養素は失われていますから、御無理はなさらないで下さいね。それと、回復魔法のデメリットとして、痛み、言わば“幻痛”の様なモノがしばらく続きます。とにかく栄養補給をして安静にする事が大事ですからね。」
「は、はぁ・・・。」
そうなのだ。
この世界の回復魔法のもっとも厄介な点が、痛みがすぐには引かない点なのである。
故に、特に戦場においては、即座に戦線復帰は望めないので、その他の特性を踏まえて上でも使いどころが難しい技術なのである。
だが、とりあえず重症は改善されたし、他の感染症に掛かるリスクは低下したので、命を失うリスクは脱したと言える。
「あ、ありがとう、人間様っ!」
「どういたしまして。お母さん(?)についていてあげてね。」
「うんっ!!!」
・・・うむ、少女に笑顔が戻っただけでも僕としては喜ばしい事だ。
だが、状況はいまだ終わった訳ではない。
「人間殿。感謝しますっ・・・!」
「いえいえ。」
「そ、それはいいんですが、人間殿。あの、あちらは放ってもおいても大丈夫なんですかっ!?」
そうなのだ。
謎(?)の占領部隊と僕の仲間との睨み合いは続いている。
数の上では圧倒的に僕らに不利な訳であって、『猫人族』の皆さんが心配するのも当然の事であろう。
しかも、相手は新兵器である“魔法銃”も持っているからな。
だが、もちろん僕の仲間達がその程度でやられる筈もない。
いや、むしろ相手を殺してしまわないかの方が心配なくらいである。
「ええ、大丈夫ですよ。戦いにすらなりませんから。それよりも、他に治療が必要な方々はいらっしゃいませんか?」
「は、はぁ・・・。あっ、それならっ・・・。」
そちらは仲間達に任せ、僕は治療に専念する事とした。
『猫人族』の皆さんも、僕の自信満々な様子に、多分大丈夫なんだろうと納得した様である。
あるいは、僕の回復魔法の力を目の当たりにして、同胞の治療を優先したのかもしれないが。
まぁ、こっちとしても、そろそろヴィーシャさんに指揮を任せる場面が増えても良い頃だからねーーー。
・・・
「とりあえず、あの“魔法銃”が厄介やな。無力化してまうか・・・。」
「お願いね、ヴィーシャさん。」
「了解やっ!ティーネはんとエイルはんも、サポート頼むでっ!」
「「承知(了解)っ!!」」
一方のヴィーシャ達は、しばらく続いていた睨み合いに終止符を打つべく、某かの行動に移るところであった。
アキトから事前にレクチャーを受けていたヴィーシャ達は、銃、“魔法銃”の危険性についてしっかり理解していた。
多勢に無勢とは言え、“レベル500”に到達しているアイシャ達、そしてそれに近いヴィーシャではあれば、アキトの言う通り、戦いにすらならない一方的な展開にする事も可能だが、とは言え、絶対に傷付かないという訳ではもちろんない。
もちろん、防御力、耐久力、頑強さはレベルと共に上昇しているのだが、それを越える攻撃力を受けた場合は、やはり彼女達でも怪我をしたり傷付いたり、場合によっては命を失う可能性すらあった。
そして、銃、“魔法銃”には、高い防御性能を誇る『コモドドラゴン』すら屠った実績がある事から、アイシャらが持つそれらを突破する攻撃力を持っている事が確定している訳である。
故に、アキトらにとっても、銃、“魔法銃”は、十分に脅威となる代物なのである。
一方の、野盗化しているとはいえ元々はロンベリダム帝国の正規兵である『猫人族』の集落を占領していた集団も、そこら辺のゴロツキ連中とは一線を画した経験値や戦術眼を持っているので、むやみやたらにヴィーシャ達に突撃する様な真似はしなかったのである。
それでなくとも、アイシャの奇襲によって、すでに仲間の一人が殺られている(一応、死んではいないのだが)状況では、無策で突っ込む事の愚かしさを彼らはよく理解していたのである。
しかし、実力の程が見えないヴィーシャ達であっても、今現在の彼らの手には“魔法銃”という新兵器がある。
故に、威勢の良い言葉を吐きながらも、その実、慎重に睨み合いを続けながら、距離を取って“魔法銃”の展開準備を密かに行っていたのであった。
魔法技術先進国であるロンベリダム帝国にとっても『魔法士部隊』は数が少なく、ある意味で切り札でもあるので、今回の『大地の裂け目同時進攻作戦』においては、作戦に参加させずに、ロンベリダム帝国内にて待機させている。
また、同じ様な理由によって、“魔法銃”を専門に取り扱う新設されたばかりの部隊であるところの『銃士隊』も、まだまだその絶対数が多くないし、『女神の怒り』時に衝撃的なデビューを果たした事から、ロンベリダム帝国の新たなる切り札となりうる事を示し、こちらも今回の作戦には参加させずに、ロンベリダム帝国内にて待機となっていた。
その一方で、大量生産が可能となっていた“魔法銃”は、今現在のロンベリダム帝国には数多く存在している。
それ故に、今回の『大地の裂け目同時進攻作戦』に参加している数多くの部隊に、“魔法銃”が支給される事となっていたのである。
もっとも、彼らの“魔法銃”の練度は、新兵ばかりで構成された『銃士隊』よりも更に低い。
しかし、こちらは以前にも言及した通り、“魔法銃”の最大の利点は、取り扱いや習熟が比較的容易な点であるから、『女神の怒り』時にその存在感を確かなモノとした“魔法銃”の有用性を彼らもしっかり認識しており、少なくとも“使える”レベルまでには何とかなっていた。
「隊長っ!“魔法銃”展開準備完了しやしたっ!(ヒソヒソッ)」
「応っ!了解だっ!!(ヒソヒソッ)」
腐っても正規兵である。
短期間の内に戦闘準備を整え、それを素早く指揮官に報告する。
ヴィーシャ達は、あいかわらずこちらを睨んだまま動く気配はない。
ニヤリッーーー。
隊長格の男は、それによって勝利を確信していた。
「オメェら、足元を狙えよっ!撃てっ!!」
ドパンッーーー!!!!!
ドパンッーーー!!!!!ドパンッーーー!!!!!
ドパンッーーー!!!!!ドパンッーーー!!!!!ドパンッーーー!!!!!
耳をつんざく様な轟音と共に、“魔法銃”から弾丸が射出される。
隊長格の男が指示した通り、それらはヴィーシャ達の足元に撃ち込まれていたので彼女達に直接命中する事はなかったのだが、それによって生じた土煙や砂利などによって彼女達に間接的にダメージを与えていた。
初めて聞く轟音。
それによって生じた周囲の変化に彼女達は動く事が出来ないでいた様である。
隊長格の男はほくそ笑む。
ヴィーシャ達が、“場の空気に呑まれた”のを確信したからである。
こうなれば、一方的な展開が可能であった。
「おらっ、降参するなら今の内だぞぉ~!次は当てちゃうぞぉ~!!」
「「「「「ギャハハハハッ!!!」」」」」
「今なら、部下の一人の事は忘れてやんよっ!たっぷり可愛がってやっから、さっさと降参しやがれっ!!」
勝利を確信した隊長格の男は、そんなセリフをのたまう。
若干頭の悪い感じではあるが、恐怖と混乱を引き起こしておいて、冷静な判断力を奪っておいてから選択を迫る事は、ある種理にかなっている。
本来ならば、これで大抵の者達は降参を余儀なくされるだろう。
仮に反抗の意志が残っていたとしても、再度攻撃すれば良いだけの話。
隊長格の男や、この部隊の者達が油断するのも無理からぬ話なのであった。
・・・そう、本来であれば、だがーーー。
「えっ?嫌だけど?」
「・・・・・・・・・えっ・・・!?」
「ってか、負ける要素がないのに、降参するワケないじゃん。」
「「「「「・・・・・・・・・はっ・・・!?」」」」」
予想外の方向から声がした事により、この部隊の者達は完全に虚をつかれていた。
そんな隙を見逃すヴィーシャ達ではなかった。
「「「「「ギャアァァァァッーーー!!!」」」」」
「なっ・・・!?」
一瞬にしてこの部隊の者達は瓦解した。
少なくともこの初撃により、“魔法銃”を持つ者達は、アイシャとリサによって間違いなく無力化されたのである。
「・・・さて、形勢逆転やな。そっちこそ、さっさと降参した方が身の為やで?」
「な、なにがっ・・・!?」
「別に貴方が理解する必要はありません。貴方が取れる手段は、潔く投降するか、痛い目に遭うか、だけですからね。」
「なっ・・・!ふ、ふざけんなっ!!他種族風情がっ・・・!調子に乗るなよっ!!!」
「・・・状況ガ分カッテイナイ様デスネ?実質的ニハ、貴方ニハ選択肢ナドナイト言ウノニ。」(威圧)
「ギャアァァァァッーーー!!!」
「これこれ、エイルはん。殺したらあかんで?」
「承知シテイマスヨ、ヴィーシャ・サン。眠ッテ貰ウダケデス。・・・タダ、ソレ相応ニ、痛イ目ニハ遭ウ事トハナリマスケドネ?」(しれっ)
「ハハハ~、こわぁ~・・・!」
隊長格の男は、エイルに頭を捕まれてから電撃を流し込まれて昏倒していた。
その様子に、無表情なエイルの様子も相まって、ヴィーシャは薄ら寒いモノを感じていた。
「ヴィーシャさぁ~んっ!こっちは終わったよぉ~!!」
「こっちも片付いたよぉ~!結構時間掛かっちゃったかな?やっぱり少し鈍ってるかもねぇ~。」
そんな事をしている内に、状況は終了していた。
「了解やっ!ほな、拘束してから連行しよか。」
「「「「了解っ!」」」」
・・・
終わってみれば、アキトの言う通り、まさに一方的な展開であった。
だが、この状況に持っていくまでには、やっている事自体は至って単純だが、実際には高度な戦術があったのである。
先程も述べた通り、アキトらにとっても“魔法銃”は脅威である。
しかし、逆を返すと、当たらなければどうという事はない代物でもあった。
もちろん、“レベル500”、あるいはそれに準ずるレベルを持つ者達の“俊敏性”や“素早さ”は驚嘆に値するが、とは言え流石に弓矢ならばともかく、銃弾を避けられるほどではない。
故に、ヴィーシャ達は銃弾をかわしてから(まぁ、今回の場合は威嚇射撃に過ぎなかったが)この部隊の鎮圧を図ったのではない。
最初から、そこに居なかっただけなのである。
ここで重要になってくるのが、ヴィーシャの持つ『幻術』であった。
『幻術』の持つ応用範囲は非常に広い。
今回の様に、囮を瞬時に作り出す事も可能だからである。
もちろん、地形やティーネ、エイルの協力もあったのだが。
時系列で追っていこう。
まず、睨み合いを続けながら、相手が“魔法銃”を展開準備していた一方で、ヴィーシャ達も囮の用意をしていたのである。
相手に自分達がそこにいるかの様に誤認させる『幻術』。
その成功率を更に高めたのが、ティーネの持つ『精霊魔法』とエイルの持つ『古代魔道技術』であった。
この場が『猫人族』の住む集落であるとは言え、大森林地帯である“大地の裂け目”内部である事は言うまでもない。
故に、森の持つ独特の薄暗さ、木々から差し込む木漏れ日、薄い霧が発生したとしても不自然ではない環境など、だだっ広い場所とは違い、視界が完全に確保されている訳ではないのである。
ここで、ティーネの持つ『精霊魔法』とエイルの持つ『古代魔道技術』の凶悪さが相手を襲う。
さりげなく発せられた薄い霧、時折差し込む光などを意図的に相手に当てる事で、わずかな時間視界を奪い、そのほんの一瞬の間に、囮と本体が入れ替わっていたのである。
後は、ヴィーシャらの持つ隠密技術、『気配遮断スキル』などを駆使して、地形などを上手く利用して、本体は自分達にとって有利な地点に移動するだけである。
そうとは知らない相手は、銃弾をヴィーシャらの囮に撃ち込む。
そこで完全に自分達の優位を確信し、わずかな油断が生じていたのである。
それでなくとも、今現在のこの世界の“魔法銃”は連射性に難があり、なおかつ反動などにより、一発撃った後に再度射撃を敢行するまでには、早く見積もっても数秒から数十秒のタイムラグが発生するデメリットがあった。
“魔法銃”の取り扱いに慣れていない者達ならば、もっと時間が掛かるかもしれない。
また、乱戦になった場合、“フレンドリーファイア”の危険性があるので、近距離の場合は逆に扱いづらい側面もある。
もっとも、距離が確保出来ていた場合は相手にこちらの脅威を一方的に示す事は出来るし、普通の人々ならば、本来動く事も出来ない状況であるから、そんなデメリットはあってない様なモノなのだが、残念ながらヴィーシャ達は、そんな普通の人々とは一線を画した存在であった。
そんなヴィーシャらの作戦によって生じたわずかな油断と隙を突かれて、一気に制圧されてしまった、という事である。
最小の労力で、最大の戦果を上げる。
アキトが『幻術』を多様するのは、こうしたメリットがあるからである。
そして、そうした考え方や技術は、しっかりとヴィーシャにも受け継がれていた様であるーーー。
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