そのおじさん達はお節介を焼く 7
続きです。
◇◆◇
「・・・何故、我々が“宮廷舞踏会”に出席しているのだろうか?」
「俺が知るかよ。どーせ、ジジイの悪ノリだろ?」
「いえいえ、そんな事はありませんよ。今回の“宮廷舞踏会”は、これまでの王候貴族だけの閉塞していた社交界とは一線を画した集まりなのです。そもそも各国には、ロマリア王国とは違い、“貴族”という制度自体がない事も珍しくありませんので、その件をある種の口実に、ある程度の社会的立場を持つ者達、特に『ブルーム同盟』や各国の外交筋の関係者も広く出席して頂ける会として、間口を広げているのですよ。」
「あれ、ジュリアンさん?」
「やあ皆さん。」
ロマリア王国の中心地、王都・ヘドスに存在するロマリア王家の者達が住み、政治や経済、軍事の中枢でもある宮殿、その一画に存在する大広間の隅にて、そんな会話を交わしていたハンス達の姿があった。
今回の件では、それこそ八面六臂の大活躍を果たしていた彼らは、グレンやマルセルム、ヨーゼフの依頼を無事に完遂し、ロマリア王国へと帰還していた。
それでようやく一段落、と思ったのも束の間、今度はロマリア王家が主催した(実際には、『ブルーム同盟』とマルセルムが運営を担ったのであるが)“宮廷舞踏会”に出席せよ、との無茶ぶりを喰らっていたのである。
元々、各々がエルフ族ではそれなりの名家の出身者であるハンス達であるが(仮にも、エルフ族の最高意思決定機関、通称『十賢者』の一人であるグレンの孫娘であるティーネ、すなわち要人の親類を守護する上でも、その周りを固める者達もそれなりに名のある者達でなければならなかった事情が存在するのだが)、とは言え、彼らはあくまでも武人寄りの立場を持つ者達であるから、こうした政治方面の、それこそ社交界の様な場に出席した機会などこれまでなかった訳である。
故に、戸惑うな、という方が土台無理は話であるが、それを見かねたジュリアンが、そんな言葉を掛けながら彼らの一団に加わったところであった。
「しかし、そうは言っても、場違い感は半端ないのですが・・・。」
「それに、主様に聞いていた話だと、こうした場に自身の伴侶、“パートナー”を同伴させるのが普通だって聞いていたのですが・・・。」
「場違いなどとんでもない。むしろあなた方は、ロマリア王国では有名な、現代の英雄達ですよ?それこそ、この場に集まった紳士淑女の方々は、あなた方と御近づきになりたいと思っている事でしょう。それと、アキト殿でも知らない事があると思うと私も多少安心しますが、それも場合によりけりなのですよ。もちろん、アキト殿がおっしゃる様に、伴侶、“パートナー”でしたか?、を同伴させる事もあるのですが、今回の場合は、先程も申し上げた通り、広く交流する事に主眼を置いていますので、その限りではないのですよ。場合によっては、まだ伴侶、“パートナー”を持っていない者、まぁ、私もその一人ですが、は会に出席出来ない、なんて事態にもなりかねないですからね。」
「・・・なるほど。」
「注目されるのは慣れてないんだけどなぁ~。」
この世界ではかなり珍しいケースであるが、伴侶がいない、すなわちその名の通り“独身貴族”である者達も一定数いる(ジュリアンもその一人である)。
そうでなくとも、こうした場が、貴族の後継者(つまりは息子)、あるいはその御令嬢の御披露目の場として利用される事もある。
つまりは、もちろんその会の主催者の考え方や意向にも寄るのだが、こうした場が、一種のお見合いの場として機能するケースも存在しうるのである(それもあって、マルセルムやグレンが今回の“宮廷舞踏会”を利用して、ティオネロとディアーナのお見合いを画策する発想に至ってもいるのだが)。
故に、伴侶、パートナーの同行は必ずしも必須ではなく(もちろん、それもケースに寄るのだが)、招待状さえあれば参加出来る事も珍しくないのである。
ハンス達からは知識人、かつ知恵者であると認識されているアキトであるが(もちろん、それ自体は間違った認識ではないが)、何だかんだ言っても、アキトも元々向こうの世界では一般人として暮らしてきたし、こちらの世界でも(生まれ自体は確かな血統筋であるのだが)、本人が面倒くさがった事もあり、王候貴族とはそこまで積極的に関わらない様にしていた事もあって、実際にはその知識にも結構な偏りが存在するのである。
故に、当然ながらアキトにも知らない事は無数に存在するのである。
で、しかし一般市民とは一線を画した、所謂“上流階級”である王候貴族達とは言え、基本的には、その興味の対象や反応などは一般市民とそう大差はないのである。
故に、現代の英雄たるハンス達に興味を抱いたり、熱い視線を向ける人々は、男女問わずこの場には存在していたのである。
今回の“宮廷舞踏会”の(表向きの)主眼は、先程もジュリアンが述べた通り、幅広い国家、種族問わずの交流がメインであるから、ハンス達を出席させたのも、実はそれが狙いだったのである。
もっとも、ハンス、ジーク、ユストゥスは既婚者であるから、貴族の淑女達に興味を抱かれても正直困ってしまうのだが、そこはそれ、昔から英雄たる者達は、男性からは羨望の眼差しを、女性からは熱い視線を向けられるモノであるから、それも致し方ない事であろう。
余談だが、伴侶、パートナーを同席させると、ハンス、ジーク、ユストゥスに近寄る女性達が減ってしまうのでは、と懸念したマルセルムやグレンの判断によって、先程の事情もあるのだが、伴侶、パートナーの同席を必須としない会にした、なんて裏事情も存在していたりする。
まぁ、それはともかく。
ジュリアンの言葉を肯定する様に、さりげなく周囲を見渡してみると、ハンス、ジーク、ユストゥス、メルヒ、イーナを遠巻きにチラチラと眺める紳士淑女達の視線が感じられていた。
ユストゥスの言葉通り、ハンス達は注目される事には慣れていないのだが、そこはそれ、先程も言及した通り、ある種の有名税の様なモノと割り切るしかない事であろう。
「と、まぁ、そんな訳ですから、皆さんには大変な事態でしょうが、愛想よく、とまでは言いませんが、エルフ族の代表者としては、なるべく無難な対応を心掛けるのがよろしかろうと存じます。」
「・・・もしかして、わざわざそれを助言する為に・・・?いえ、それもあるでしょうが、周囲の者達の為にも先んじたのでしょうか・・・?」
以前にも言及したかもしれないが、ジュリアンはロマリア王国でも有数の貴族家であるノヴェール家の現当主である。
まぁ、彼の父であり、先代当主であったフロレンツも、最終的には下手を打った訳だが、マルセルムとロマリア王国を二分するほどの影響力を持った有力貴族であった訳だ。
結果的には、フロレンツの事もあり、ノヴェール家の求心力や影響力は一時的に低下したものの、当時すでにロマリア王国、特に若手貴族の代表的な存在であったジュリアンや、ノヴェール家のガスパール、オレリーヌの尽力により、そして何より、フロレンツの件に関してノヴェール家全体が積極的に捜査に協力した事、マルセルムらとの裏取引などもあり、今現在では以前と変わらないほどの、いや、ジュリアンが『ブルーム同盟』の、ロマリア王国からの代表(大使)を務めている事もあって、むしろ以前よりもその存在感を増したと言っても良かったくらいである。
まぁ、その結果として、ジュリアンもマルセルムと同様に、ロマリア王国の政界からは退いた訳だが、当然ながら、その影響力がなくなった訳ではないのである。
そんな彼が(もちろん、実際には以前から親しくしていたのであるが)、『ブルーム同盟』の代表(大使)としての立場上当然の事ではあるのだが、他国の者達や異種族、他種族と親しげな様子で語らっていれば、少なくとも、周囲の者達の心理的なハードルは下がる事になる。
異種族、他種族に対して懐疑的な目を持っている者達も、“あのノヴェール家のジュリアン卿が親しくしているのだから、エルフ族は話の通じる相手なのではないか?”、という訳である。
それと同時に、こうした場に慣れていないハンス達を気遣って、社交界の先輩でもある彼が、自分達に助言をくれたのではないか?、とメルヒは思い至ったのである。
「さて、どうでしょう?何なら、私から皆さんにご紹介致しますが?・・・いえ、それも必要なさそうですね。」
「「「「「・・・・・・・・・えっ???」」」」」
「あ、あの、お話し中失礼致しますっ!私は、○○家の△△という者なのですがっ・・・!!」「ジュリアン卿っ!皆様に、私の事をご紹介頂いてもよろしいかしら?」「やはり、エルフ族の方々は、噂通り皆様美形でいらっしゃるっ!」「あ、あのっ、私、皆様の御活躍話を伺ってみたいと思っておりましたのっ!!」「『泥人形』騒動の折りに御活躍した噂を、かねてより伺っていたのですがっ・・・!」「噂の英雄様の従者であったとか?」「エルフ族の国ではどの様な暮らしをなさっておいでなのですか?」
イタズラっぼく、ウインクをしてはぐらかしたジュリアンが更にそう提案したところに、我慢出来なくなった、特に若手貴族や有力貴族の後継者、御令嬢がハンス達に殺到して質問攻めにする。
まぁ、通常であれば、些か礼を失する行いであるが、そこはそれ、ジュリアンが上手く取りなす。
「えっ!?あ、あの、その・・・。」「何と申しますか・・・。」「す、すげ・・・。」「えぇ~と、あのぅ~・・・。」「ハハハハハァ~、中々賑やかだねぇ~。」
「これこれ皆さん。一辺に質問されても、ハンス殿達が困ってしまいますよ?私からご紹介致しますから、さあ、並んだ並んだ。」
「「「「「「「「「「はいっ!!!」」」」」」」」」」
その、よく統率の取れた彼らの様子に、ハンス達はポカーンとしてしまっていた。
その後、舞踏会そっちのけで(まぁ、まだダンスは始まっていなかったのだが)大広間の一画では、ジュリアンを司会者として、ハンス達と貴族やそれに類する各国の要人達が、まるでスターやアイドルのイベントのごとき賑わいを見せるのであったーーー。
・・・
「ふんっ!我が国の質も落ちたモノよ。」
「然り。他種族風情に尻尾を振るなどとっ・・・!」
・・・もっとも、当然それにも温度差があった。
特に、これはロマリア王国に限らないのであるが、やはり古くからの慣習や風潮、考え方に凝り固まっていた者達は、その様子を冷ややかな目で見ていたのである。
これは、当然老若男女問わずの事ではあるが、やはり若者は新しい価値観を受け入れる事が比較的容易である事から、何時の時代でも、何処の世界でも、こうした古い考えに執着するのは中高年以上と相場が決まっているモノである。
実際、この場でそんな言葉を忌々しげに呟いたのは、おそらくフロレンツと同世代か、それより少し下の世代、具体的には、50~40代くらいの貴族達であった訳である。
「・・・貴殿らがどの様な考え方を持っていようと自由であるが、この場でそんな会話を交わされるのは、些か礼を失するのではないかな?」
「マ、マルセルム公っ!?そ、それに・・・。」
「エ、グレン殿にティオネロ陛下・・・。」
「ハッハッハッ・・・。」
「・・・。」
もっとも、この場はマルセルムも述べた通り、所謂“公の場”であるから、これは失言以外の何物でもない。
とは言え、向こうの世界でも、政治家や、あるいは有名人や著名人達が、不用意な失言をした事により、世間から非難を浴びて失脚する例には枚挙に暇がない。
この場にいる以上、何処かの組織か、あるいは貴族家の代表として来ているのは自明の理であるから、その発言如何では、己や己の周囲の者達の立場も危うくするだけの事である。
何処に耳目があるかも分からないのだから。
しかも、それを聞かれたのが、ロマリア王国のトップであるティオネロ、『ブルーム同盟』の議長たるマルセルム、エルフ族の国の代表者たるグレンであったのだから、この貴族達が青い顔をするのも無理からぬ事であろう。
下手をすれば、この失言は外交問題に発展しかねないのだから。
「グレン殿。我が国の関係者の失言、この国の君主として謝罪しよう。」
「いえ、お気になさらずに、ティオネロ陛下。彼の方々も、大して意識しないままの発言に過ぎぬでしょうしね。」
「しかしっ・・・!」
故に、ティオネロは、素早くグレンに対して謝罪の言葉を述べる。
彼らの失言が、ロマリア王国の総意であると捉えられてはかなわないからである。
だが、グレンは、本当に特に気にした風もなくティオネロの謝罪を軽く受け入れる。
しかし、別に失言を許すとかそういう意味合いではなく、己の立場も分からぬ程度の人物など、この先がない事が分かっているからこその反応であり、その程度の人物の為に揉める事でもないとの判断からでもあった訳だが。
しかし、ティオネロは納得が行かない様で、なおも食い下がってくる。
「この場は、交流の場で御座いましょう、ティオネロ陛下?ならば、色々な意見をぶつけ合う事も、時に必要な事でしょう。様々な考え方があるのは至極当然の事です。言いたい事も言えないのならば、それは“真の交流”とは言えぬでしょうしな。私としましては、こうした考え方を持っている方々がいらっしゃる事が知れて、逆に良かったくらいですよ。」
「グレン殿・・・。」
もちろん、これはある種の方便である。
しかし、またある意味では、この貴族達とグレンとでは、役者の違い、器の違いが如実に現れてもいる。
方や、古くからの慣習や風潮、考え方に縛られて、あるいは決め付けて、状況に適応する事すら放棄した貴族。
方や、長い時を生きながらも、様々な悪い出来事を体験しながらも、それすらも受け入れて糧とし、未来を見据えるグレン。
端から見れば、単純にどちらが大人か。
あるいは、カッコいいか、である。
当然、それはグレンの方であろう。
失言をした貴族達も、それは感じ取れた様だ。
今はむしろ、己の矮小さに恥じ入る思いであった。
「・・・グレン殿に感謝する事だな。これからは、己の発言には気を付けられよ。」
「「・・・は、はい。」」
マルセルムは、小声で失言をした貴族達に語り掛ける。
それに彼らは、小さく頷き返した。
「さ、このお話は、ここでおしまいにしましょう。中々有意義な時間では御座いましたが、ティオネロ陛下には、主賓としての挨拶も御座いますからな。あまりお時間を取らせるのもよろしくないでしょう。」
「・・・分かりました。」
それを見やったグレンは、その話に終止符を打つ。
ティオネロも、それに渋々頷いたのだった。
「という訳ですから、お二方。御前、失礼致します。よろしければ、改めてご挨拶させて頂きましょう。」
「は、はいっ・・・!」
「よ、喜んでっ・・・!」
・・・それにこれは、実はある意味上手い手でもある。
例えば、向こうの世界にもよくある事であるが、ファンからアンチになる、あるいは、アンチからファンになる、なんて事象がある。
こうした事が起こるメカニズムは複雑なのだが、一つには、人は自分のフィルターを通してでしか他者を認識していない、という事にある様である。
当然ながら、人は自分以外の他者を、真に理解する事など不可能である(まぁ、これは、自分自身も含まれる事もあるのだが)。
何故ならば、これも当然の事ながら、自分はその人ではないからである。
故に、自分から見たその人、あるいは他人から見たその人の評価などから、自分の中でその人の“人物像”を何となく作り上げたりするのである。
もちろん、これにはギャップがある訳だから、“思ったより良い人だった”、とか、“思ったよりだらしない人だった”となる事もしばしばあるのである。
それが、特に清純派女優やアイドルの場合に多いのだが、非常に良いイメージを持っていたのにも関わらず、何かしらのスキャンダル(例えば、恋人がいたとか)による実際のその人のギャップに失望し、一転してファンからアンチになる、なんて事も起こり得るのである。
(まぁ、考えてみればおかしな話ではあるが。
勝手に自分の理想を押し付けて、その理想に反した場合、勝手に失望するのだから。)
そして、その逆も然り。
よくあるテンプレではあるが、所謂“不良と猫”理論ではないが、あまり良いイメージがなかった者達が良い行いすると、一転して評価がうなぎ登りになる、なんて事もしばしばある。
これが、アンチからファンになる現象である(心理学的には、これらをハロー効果によるロス効果、ゲイン効果と言うそうである)。
今回の場合、失言をしていた貴族達も、自分達の勝手なイメージから他種族を見下す発言をしてしまったのであるが、これは、特に自分達で考えた結果ではなく、ある種周囲の評価に流されていただけの事なのである。
故に、実際に接した他種族、グレンの対応如何では、その評価も180度変わる可能性があった。
そして実際に、自分達を咎める様なティオネロやマルセルムに対して、グレンは大人な対応でそれを問題視しなかったのである。
現金な話、それによって、この貴族達のエルフ族への見方が変わったのである。
“あれ?思ったより良い人そうだぞ?”、って訳である。
まぁ、先程も述べた通り、この貴族達にはそこまでの影響力は期待出来ないかもしれないが、人間族に差別意識を持たれている異種族、他種族であるエルフ族のグレンとしては、こうした小さな積み重ねによって、エルフ族に良いイメージを持って貰える方が良いに決まっているのである。
故に、そうした計算もあって、グレンはこうした対応を取ったのであった。
流石に長い時を生きているだけあって、グレンは中々に老獪な男なのであるーーー。
・・・
「見事な対応でしたな、グレン殿。」
「いえいえ、この程度。それよりも、マルセルム公の方こそ、私の考えを瞬時に見抜き、話を合わせて頂きまして・・・。」
「ハハハ、やはり見抜かれておいででしたか。」
「・・・・・・・・・えっ???」
その場を離れると、マルセルムがそんな言葉をグレンに向ける。
それにグレンも頷き、逆にマルセルムの対応を称賛した。
この場で意味が分かっていなかったのはティオネロだけらしく、彼は戸惑った様に頭に疑問符を浮かべていた。
「ど、どういう事ですかっ!?」
「あぁ~、それはですなぁ~・・・。」
先程の話と重複する部分もあるのだが、所謂“飴と鞭”が時には必要なのである。
あの場でマルセルム、グレン、ティオネロから糾弾されれば、あの貴族達には逃げ場がなくなってしまう。
その末で待つのは、更正ではなく更なる反発である。
人は、それがどれだけ正論であろうと、面と向かって“お前は間違っている”と言われて良い気はしないモノである。
その末で、益々意固地になり、誤った考え方に執着してしまう事もある。
ではどうするか?
自分で気付く様に仕向けるのである。
ここら辺は、よく子供の叱り方にも例えられる話である。
両親から一斉に叱られたら、当然だが子供には逃げ場がなくなる。
これは後に、その子供の人格形成に多大な悪影響を与えかねない。
だが、片方が子供を叱り、もう片方が子供を擁護する姿勢を見せれば、子供の逃げ場がある状態となる。
それと同時に、何で怒られたのかをその擁護した方が言い聞かせれば、まだ子供も言う事をすんなりと受け入れやすい、という寸法である。
今回の場合は、マルセルムとティオネロが叱る立場。
そして、グレンがそれをなだめる立場であった。
そして、結果は今見た通りである。
もちろん、これは事前に打ち合わせた事ではないが(それに、ティオネロにはそもそもそんな考えは存在しなかったのであるが)、それはそれ、マルセルムもグレンも長年の経験則がある訳だから、お互いの考えを瞬時に見抜き、お互いの役割を即興で演じて見せた訳であった。
「な、なるほど・・・。」
軽くマルセルムとグレンから説明を受けたティオネロは、納得の言葉を呟いていた。
「外交とは、究極的にはある種の騙し合いですよ、ティオネロ王。自分の考えを、如何に相手に受け入れさせるか。真正面から訴え掛けるのも一つの手ではありますが、時には搦め手も友好的な手段なのです。」
「長年培ってきた考え方を改めてさせるのは、それほどまでに難しいのですよ。まぁ、それでも、現在はアキト殿の影響によって、それも比較的容易な状況とはなっておりますがね。」
「・・・ふむ。」
当たり前だが、先程の貴族達の話は氷山の一角に過ぎない。
今現在でも、こうした異種族、他種族に対する偏見などは、ロマリア王国だけでなく、各国でも深く浸透している考え方の一つなのである。
それを是正する事は、極めて困難な事である。
しかし、未来を見据えるのであれば、それは避けては通れない道でもあった。
そうした考え方を、ある種利用した例が、ロンベリダム帝国のルキウスであり、ヴァニタスである訳だが、対するティオネロ達は、異種族、他種族との共生を訴え掛けていかなければならない立場な訳だ。
「さて、それはともかく、ティオネロ陛下。演説の内容は、すでにお決めになられておいでで?」
「え、ええ。と、言っても、あまり自信はないのですが・・・。」
少し物思いに耽っていたティオネロに、マルセルムはそう水を向ける。
それに、ティオネロはそう返したが、それを微笑ましそうにマルセルムとグレンは見やる。
「肩肘を張る必要はありませんよ、ティオネロ王。貴方様は、率直な考えを述べれば良いのです。」
「そうですな。もちろん、時には計算が必要な場面もあるでしょうが、今のティオネロ陛下には似合わぬ事でしょうからな。」
「ええ、分かっています。」
この年代の青年の成長は早い。
だが、まだ自分の長所を理解していない事、それを上手く表現出来ない事もしばしばある。
ならば、小難しい事は抜きにして、率直な自分の意見をぶつけた方が良い事もあるのである。
ティオネロは、すでにその事に気付いており、様々な出来事に圧倒される事もありながら、自分の軸の様なモノが、朧気ながらに見えていた。
それを、マルセルムとグレンも見抜いていたのである。
後に“慈愛の王”と呼ばれるティオネロの物語が、今、ここに始まろうとしていたのであったーーー。
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