表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『英雄の因子』所持者の『異世界生活日記』  作者: 笠井 裕二
幕間話 お見合い大作戦
201/383

そのおじさん達はお節介を焼く 4

続きです。



◇◆◇



「宮廷舞踏会・・・、ですか?」

「ええ。」


一方その頃、マルセルムはティオネロと面会し、そんな提案をしていたのだったーーー。



一般的に王候貴族の間では、定期的にパーティーが開かれる事が普通であった。

これは、普段はあまり関わる事のない者達とも交流する為である。


人脈が如何(いか)に大事かは今更議論するまでもないだろう。

特に、政治や経済などの話に密接に関わる王候貴族の間では、こうしたパーティーを通して人脈を広げ、自身や家の勢力の拡大や、新たなるビジネスチャンスを掴もうとする思惑もあったのである。

ここら辺は、向こうの世界(現代地球)の会合やらパーティーなんかでもよくある話である。


もっとも、一口にパーティーと言っても、一般的なそれらとは違い、爵位や称号など、勲章や地位を持たぬ者は、基本的に出席する事すら出来ない集まりなのであるが。

所謂“社交界”であった。

そして、そのもっとも代表的なモノが、今回提案された“舞踏会”なのである。


ロマリア王国(この国)では、近年、他国との交流も盛んになって参りました。しかし、それはあくまで国対国の話であり、まだまだ人対人の交流の話にまでは及んでいないのが現状でしょう。」

「・・・はい。それは痛感しておりました。」

「もちろん、これは致し方のない事でしょう。何だかんだ言っても、まだ国交が再開されたばかりなのですからな。それ故、ティオネロ王がその事を気に病む必要はありませんぞ?」


マルセルムは、まだまだ歳若きティオネロ王の暗い表情を見やり、素早くそうフォローした。


『ブルーム同盟』という組織が正式に認められ、ロマリア王国、ヒーバラエウス公国、トロニア共和国、エルフ族の国、そして一部鬼人族の部族がそれに参加していると言っても、それぞれの国が正式に国交を再開し、あるいは国交を結び、交流が始まったのはつい最近の事である。

ロマリア王国も、ヒーバラエウス公国やトロニア共和国、エルフ族の国の外交使節団と会談し、国交の再開に合意してはいても、まだそれより更に上位、各国の首脳クラスとの会談はまだ実現出来ていない段階であった。


また、ティオネロ自身も、『ブルーム同盟』の同盟国、参加国から派遣された、『ブルーム同盟』の各国の代表(大使)と面会した事はあれど、それも挨拶程度のモノである。

もちろん、正式に国交が回復した事によって、これからどんどん交易や交流が盛んになっていく事は間違いないだろうが(それに、元々民間レベルでは、特に冒険者や商人の間では、交易や交流は普通にあったのだが、それが行政レベル、国家単位となると話は別である。何だかんだ言っても、冒険者や商人の数はそこまで大きな数ではないから、大規模な交易や交流の話、と言うのは、まさにこれからであったのである。)、また、アキトの影響もあって、ロマリア王国の一部では、特に他種族、異種族に対しても好意的な目を向ける者達もいるが、現時点では、その大半の者達は、まだ前時代的な差別意識を持っている事は否定出来ない事実なのである。


その事を、もちろん、マルセルムにはそうした意図があっての発言ではなかったのだが、指摘されて、ティオネロは、己の力不足を自覚してしまった訳であった。


「いえ、事実ですからね。それも、私の力不足が故です。」

「・・・一つだけ御忠告までに。御一人で、何でもなさろうとするのは、何でも御自身の責任であると考えるのは止めた方がよろしいかと。」

「・・・・・・・・・えっ?」

「ティオネロ王はまだお若い。当然、出来ない事や、分からない事も数多くある事でしょう。実際、私がティオネロ王と同じ時分は、まだまだ何も知らぬ若造でした。そこから考えると、ティオネロ王はよくやっていると思います。」

「・・・ですがっ!」

「・・・もし、御自身を、()()と比べている様でしたら、そうした考えは即刻捨て去る事をオススメします。貴方様はティオネロ様であり、それ以上でもそれ以下でもありません。その()()も同様ですし、私も貴方様ではありません。誰も、貴方様には成り代われないし、それはその()()も私も同様でしょう。何かに憧れて、または羨んで努力する事は重要ですが、努力の()()()を見誤ってはいけませんよ?」

「・・・・・・・・・。」


ティオネロには焦りがあった。

いや、この年代の少年、青年特有の、理想と現実のギャップに戸惑っている、とでも言える事柄かもしれないが。


ティオネロは、心の何処かでアキトに強い憧れを抱いていた。

それはそうだろう。

アキトは、言うなれば生ける伝説、現代の英雄であり、実際にティオネロ自身も、彼らでは手に負えなかった『泥人形(ゴーレム)』騒動を、アキトが迅速に解決するところを目の当たりにしているし、その後のロマリア王国における『政権交代』の起点となったのもアキトなのである。


もっとも、ロマリア王国の『政権交代』に関しては、マルセルムやジュリアン、ティオネロ自身が主導した事ではあるが、アキトがその要因の一つとなったのは事実であるし、更にアキトはその若さにして、王候貴族達とも堂々と渡り合っていたし、何なら彼らを出し抜く事すらやってのけている。


聞けば、アキトとティオネロは同い年であるという。

まぁこれは、事情を知っている者にとっては当然の事であるが。

何故ならば、アキトとティオネロは二卵性双生児。

平たく言うと、双子だからである。

もっとも、ティオネロはその事実を知らないのであるが。


(ちなみに、二卵性双生児なので、一卵性双生児とは異なり、同時に生まれた兄弟姉妹の様なモノなので、アキトとティオネロはあまり似ていない。

まぁこれは、アキトがある種の“隔世遺伝”を発現しているのか、もしくは『英雄の因子(セレウス)』をその身に宿していたからかは定かではないが、アキトだけ黒髪である、という特徴もあるのだが。


更にちなみに、こちらの世界(アクエラ)のアキトの血縁上の家族であるマルク、エリス、ティオネロ、ギルバート、ノエルは、揃って金髪である。

その事から、“双子の禁忌(タブー)”がなかったとしても、アキトがある種の異端児である事は変わらなかったのかもしれない。)


そして、アキトとティオネロが同世代である事が、ある意味問題であったのである。


ここら辺は、アキトのこの世界(アクエラ)の幼馴染みであるレイナード達も一度は経験した事ではあるが、自分と同世代にそれほどの人物がいると、どうしても自分と比べてしまうのである。


これが、所謂伝説や伝承上の英雄、あるいは、自身の祖父、父、身近な年上の兄弟姉妹などであれば、まだマシな方かもしれない。

伝説や伝承上の英雄ならば、自分とは遠い世界の存在であるから純粋に憧れる事も出来るし、身近な存在ならば、自身よりも長く生きている分、自身より優れている部分がある事は納得出来る話な訳だ。

いずれは自分も同じ領域(フィールド)に立ちたいと思うかもしれないが、まだそこまでの焦りが出る事もないだろう。

まぁ、それも、個人差や状況もあるだろうが。


だが、それが同世代になってくると話は変わってくる。

片や、名実共に、ロマリア王国、どころかこの世界(アクエラ)に影響を与えるほどの英雄。

片や、名目上はロマリア王国の王となったが、経験、実力が伴っていない若き王である。


憧れとは、悪い事ではないのだが、時に“呪い”や重荷になる事もある。

結局は、その人はその人なりの生き方をするしかないのだ。


当たり前だが、ティオネロがアキトになる事は出来ないし、逆もまた然り。

良い部分を参考にする事、見習う事までは否定しないが、それもあくまで“自分”という枠組みの中での話である。

その認識を見誤ると、全てが中途半端になりかねない危険性があるのである。


例えば、スポーツにおいても、憧れの選手などが各々に存在する事だろう。

だが、当たり前の話として、その選手と自身は、全く別の存在である。


まだ、()()()が似通っているならば、その憧れはプラスに働く事だろう。

テクニックに優れたプレイヤーならば、テクニックに優れた憧れの選手のプレイは、大いに参考になるかもしれない。

もっとも、その持ち味も、やはり多少の差は出てくるのであるが。


ところが、テクニックに優れた憧れの選手に対して、本人の良さが他の部分であったならば、それはマイナス要素となるかもしれない。

もちろん、ある程度のテクニックは必要であるが、極論を言えば、それに終始した結果として、本人の良さが押し殺されて、中途半端になってしまう事もよくある話である。


ここら辺は、ゲームにおけるステ振りに似通っているかもしれない。

全体をバランス良く振り分けるのは、ある種理想的であるが、そうなると、何かに特化した者には劣る事にもなりかねない。

まぁ、アキトの場合は、全体を全て極めるといった、ある種究極的な万能タイプだが、これは極めて特殊な例である。


それと同様に、ティオネロの立場、また持ち味は、政治方面に向いてはいるが、彼は強力なリーダーシップを発揮するタイプではなかった。


ティオネロの場合は、経験の浅さもあり、言い方はアレだが、誰かに頼った方が良い結果をもたらすタイプである。

一方のアキトは、本人にはそんな気はさらさらないのであるが、いつの間にか周囲の中心になっており、持ち前のカリスマ性やリーダーシップを自然と発揮するタイプであり、その点ですでに明確な違いが存在するのである。


故に、ティオネロがアキトの様に、と奮闘したところで、やはり持ち前の才能が違うのであるから、思う様には行かないのも道理である。


その現実に打ちのめされて、またはまだまだ努力が足りないのだと足掻き続けて、ますます袋小路に陥る事は、これもよくある話である。

結局は、最終的に自分の持ち味を理解し、それを伸ばすのが最善であるのだが、その事には、特に若さ故に中々気付けないモノなのである。


(まぁ、そもそも、アキトは『前世』というアドバンテージがあり、言ってしまえば実年齢的にはティオネロやレイナード達と同い年であるが、『前世』も加味すると、精神年齢的には50歳を越えているから、最初から立っているステージが違うとも言えるのである。

まぁ、それでも、この世界(アクエラ)でスタートを切ったタイミングは同じくらいであるし、『前世』というアドバンテージを活かしているのは、やはりアキトの持ち前の柔軟な発想力や応用力に寄るところが大きいが。)


その事を、マルセルムは、やはりそれなりの経験を重ねてきた年長者として理解し、そう忠告したのであった。


「・・・まぁ、とにかく慌てない事ですな。少し話が逸れてしまいましたな。それで、“宮廷舞踏会”の件なのですが・・・。」

「はぁ・・・。」


ティオネロが納得していない事にマルセルムは気付いていたが、こうした事は、最終的に自身で気付くしかないのである。

どれだけ優れた金言も、的を射た助言(アドバイス)も、結局は本人に響かなければ、それは戯れ言とそう大差はないのである。


そうでなければ、“歴史”という、ある種の人生の教科書があるにも関わらず、同じ過ちを繰り返す人々が生まれる筈はないのだから。

まぁ、それはともかく。


マルセルムは、ある種の親心から、ティオネロの焦りに対して助言(アドバイス)をしたが、それ以上は過度な干渉はせずに、見守る方向に舵を切った様である。


「先程申し上げました通り、国際交流の第一歩として、ロマリア王家主導で“宮廷舞踏会”を開催し、それに他国の要人達をお招きするのです。そして、“舞踏会”を通じて、他国の方々との相互理解を深めるのが狙いです。形式張った会合だけでは見えてこない事もありますからな。欲を言えば、それを契機に、その後もそうした流れに持っていきたい思惑も存在しますが・・・。」

「なるほど・・・。しかし、そのお考えは理解出来ますが、正直我々にはそれだけの余裕が・・・。」

「それは問題ありません。ティオネロ王がお忙しいのは私も理解しておりますからな。準備や日程、調整などはこちらで進めます。我々としても、『ブルーム同盟』の同盟国、参加国が互いにより仲を深める事は利がありますからな。ティオネロ王とロマリア王家には、名目上“主催”である事をお願いしたいのですよ。」

「・・・ふむ。」


話を元に戻したマルセルムは、ティオネロの説得を試みる。

『ブルーム同盟』のメリットも交えつつ、ティオネロやロマリア王家の名を借りたいと申し出たのである。


こうした事は、実はさして珍しい事ではない。

言うなれば、自身の名を冠しているが、実質的な運営は他者に委託する、という事だからである。

まぁ、だからと言って、勝手に名前を使う訳にも行かないし、その進捗は主催者に報告する義務は発生するのであるが。


リーダーの究極的な資質とは、どれだけ人を上手く使えるかに懸かっていると言っても過言ではない。

そうした意味では、今回の件は、図らずもティオネロの方面性を決定付ける契機になるかもしれなかった。


「いかがですかな?」

「・・・分かりました。マルセルム候のお顔もある事ですし、その件はお任せ致します。」

「おおっ!ありがたき幸せ。」


ティオネロの決断により、こうしてロマリア王家主導による“宮廷舞踏会”の開催が決定するのであった。

まぁ、実はマルセルムのその真の狙いは、ティオネロとディアーナを引き合わせる事にあったのだが、果たしてーーー。



◇◆◇



一方その頃、ロマリア王国のお隣の国、ヒーバラエウス公国でも動きがあった。


「いたかっ!?」

「いや、こっちには来ていないぞっ!!!」

「よく探せっ!まだ、そう遠くには行っていない筈だっ!!・・・ここで賊を逃がす事でもあれば、我々の首が飛ぶぞっ!!!」

「わ、分かっているさっ!おいっ!手が空いている奴は手伝ってくれっ!!!」

「「「「「お、応っ!!!」」」」」


ヒーバラエウス公国の首都・タルブにある、とある貴族の屋敷内にて、そんな会話を交わしている私兵の姿があった。

どうやら、賊が侵入した様である。


「・・・まずったなぁ・・・。まさか、あそこで見回りが来るなんてなぁ・・・。」


屋敷の庭先にある木陰から、小声でそんな独り言を呟く影が一つあった。

どうやら、この影が(くだん)の賊である様だったーーー。



・・・



ヒーバラエウス公国では、アキトの提案によって、新たに大公家直属の諜報機関が秘密裏に誕生していた。

その構成員は、モルガナガル元伯爵を頂点に、ザルティス元伯爵家の人材がごっそりと異動していたりする。


ザルティス元伯爵家は、元々ヒーバラエウス公国を裏から守る家であり、そもそもが諜報機関の様な部分を担っていた家でもあった。


だが、長らく歴史が積み重なる事で、大公家の者達ですらザルティス元伯爵家の存在意義を知らなかったり、ザルティス元伯爵家はザルティス元伯爵家で独自の裁量で動いてしまったりと、すれ違いや連携に問題が生じてしまったのである。


その結果として、これは後々にディアーナや大公家を守る意味合いがあった事が判明したのだが、『公女暗殺未遂』(実際には、『反戦派』の最重要人物であったディアーナを軟禁し、本当の暗殺者から保護する目的があったのだが)という事件を引き起こしてしまい、処罰の対象になってしまったのである。


ただし、後に『タルブ政変』の折に、ザルティス元伯爵家の存在意義をアンブリオやドルフォロらは再発見し、彼らの存在を惜しいと感じたアンブリオやドルフォロらによる裏工作によって(アキトの知恵を借りたりもしたのだが)、グスタークやシュタインら『主戦派』の者達の処罰の影に隠れて、ザルティス元伯爵家には“御家取り潰し”という罰を与えつつ、実際にはその人材をこっそりと新設した諜報機関に移す事でその存続が図っていたのである。

もちろん、モルゴナガルの爵位や称号などは消え去ってしまった訳ではあるが、それも彼らは受け入れたのである。


さて、そうして新たに動き始めたザルティス元伯爵家、改めヒーバラエウス情報局(Hyblaeus Intelligence Agency,略称:HIA)は、手始めに混乱したヒーバラエウス公国国内の貴族達を調査し始めた訳である。


政治体制に大きな変化があった局面で、己の勢力拡大を図ろうと画策する者達が出る可能性が高いのは、これは当然想定されて然るべき事柄である。

『主戦派』が一掃されたと言っても、『反戦派』の中に『主戦派』の息のかかった者達が存在するかもしれないし、『反戦派』の立場を取っていたからといって、必ずしも大公家にとって有益な存在であるとは限らないからである。


ここら辺は、ロマリア王国(隣国)の、フィーエルやマイレン、パッフルやアイゼングラード家の話と似通っているかもしれない。


そして、今現在、タルブのとある貴族の屋敷に侵入していた賊は、実はこのHIAの工作員(エージェント)だったのである。


ただ、このHIAの工作員(エージェント)はまだまだ年若き男であり、貴族の屋敷の使用人として潜入を果たしたまでは良かったのだが、功を焦った結果として、機密文書などを物色しているところを見付かってしまい、私兵達に追われる立場となってしまっていたのである。

もっとも、この男の経験不足や調査不足もあるのだが、HIA全体として、大公家に対する負い目もあって、早く彼らの役に立ちたいという空気感があった事も、これは否定出来ない事実であったが。


ちなみに、当然の話として、アキトらが苦もなく行っていた潜入任務スニーキングミッションであるが、これはアキトらが特殊なだけで、本来は敵方の施設に兵士や何かしらの仕事関係者として潜り込むのが一般的であり、いきなりやって来て、極短期間に目的を遂行する事はあまり一般的な手法ではないのである。

ここら辺は、以前、アキトの調査を担当していたロマリア王国の魔術師ギルドから派遣されていたヴィアーナも使っていた手法である。


そうした訳もあって、以前から言及している通り、この世界(アクエラ)においては、セキュリティの極めて高い貴族の屋敷にて間諜(スパイ)行為がバレてしまったこの工作員(エージェント)にとっては、この状況は絶体絶命のピンチであった訳である。

・・・もっとも。


「へぇ~、中々やるモンだねぇ~。」

「そうだなぁ~。まだまだ荒削りだが、中々の隠形(おんぎょう)だ。ヒーバラエウス公国の諜報機関は中々レベルが高いな。」

「・・・・・・・・・へっ?」


HIAの工作員(エージェント)が隠れ潜んでいる木陰の裏側に、苦もなく現れた二つの影の存在により、そのピンチはアッサリ終わりを告げたのであるが。


「・・・あ、アンタら、何者だい?いや、いきなり()られていないところを察すると、敵ではなさそうだけど・・・。」


HIAの工作員(エージェント)は、もちろん驚愕や恐怖を感じてはいたのだが、現状を確認する為に、意を決してこの二つの影に話し掛ける。


「・・・状況判断も悪くないね。」

「ああ・・・。お察しの通り、我々はキミの敵ではない。いや、怪しいのはお互い様だとは思うが、我々もキミの持っている機密文書に用があってね。」

「・・・“ご同業”ってところか。で、俺をどうするつもりだい?」


殺すか?、と暗に問うHIAの工作員(エージェント)

状況を鑑みれば、このHIAの工作員(エージェント)から機密文書を奪い取り、彼を囮にしてこの屋敷から脱出するのが最善手だろう。

苦もなくHIAの工作員(エージェント)の裏を取ったところから、彼らにはそれが出来る力量がある事を、この工作員(エージェント)は正しく理解していた。


お互いに間諜(スパイ)であるならば、ある意味敵ではないかもしれないが味方でもない訳で、状況によってはそうした判断をこの工作員(エージェント)もすると考えた訳であった。

だが、この二つの影の答えは、もう少しななめ上の回答であった。


「・・・ん?一緒に脱出すればいいんじゃない?僕らも頼まれただけだしね。」

「機密文書が大公家に渡れば良い訳だから、キミのサポートをするのがもっとも効率が良さそうだしね。」

「・・・・・・・・・へっ?」


今度こそ、HIAの工作員(エージェント)は絶句した。


確かに、苦もなく彼の裏側を取ったところから、この二つの影の実力が抜きん出ている事は火を見るより明らかであるが、それでもこの屋敷内は絶賛厳重警戒の真っ最中である。

そんな状況の中では、脱出は極めて困難な事は、これは誰が考えても明らかであった。


「ア、アンタら、状況が分かってるのか!?いや、この状況を作り出した俺が言うこっちゃねぇ~けど、今の状況で、無事に全員脱出出来るワケねぇ~だろっ!?」


もちろん、周囲にバレない様に小声ではあったが、この工作員(エージェント)は二つの影に抗議の声を上げる。

それに対して、二つの影はあっけらかんとこの工作員(エージェント)の言葉を否定する。


「確かに、以前の僕達ならば、()()()()()()()()()脱出する事は困難だったかもねぇ~。まぁ、それでも、何らかの方法で私兵達を混乱させて、その混乱に乗じて脱出する事くらいは出来ただろうけど。」

「そうだな。例えば、屋敷に火を放つ、とかな。」


屋敷内には、当然貴族や高価な物品も多数存在するので、もし火災が発生したとしたら、私兵達の注意はそちらに向かう事になる。

その混乱に乗じて脱出する、という訳である。


もっともそうなれば、侵入者自身も危険に晒される事になるし、何も知らない屋敷内に働く一般的な使用人達も多数犠牲になる可能性は否定出来ないので、倫理的な観点からはあまり推奨出来ない訳だが。


人殺しは忌避すべき事態ではあるが、工作員(エージェント)であるならば、時にはそうした判断も必要になってくるだろう。

場合によっては、この貴族家の働く悪事によって、この場で発生する以上の犠牲者が出る可能性もあるからである。


それ故に、この工作員(エージェント)も、二つの影から淡々と語られる脱出案に、青い顔をしながらもどうにかそれを受け止めていた。


「・・・じゃあ、今回もそうするのか?」

「いや、しないけど?」

「・・・・・・・・・へっ?」

()()我々ならば、わざわざそんな事しなくても、簡単に脱出出来るからな。主様(あるじさま)から教わった()()があればね。」

「っ!?」


魔法技術は、ヒーバラエウス公国においても、ある意味貴族の専売特許である。

もちろん、ヒーバラエウス公国における魔術師ギルドなんかも存在する為に、貴族だけが使える技術ではないし、アキトとロマリア王国の魔術師ギルドが共同で開発した『生活魔法(ライフマジック)』も存在する為、一般人であっても、魔法の真似事をする事は出来るのだが。


しかし、この場面では、基礎四大属性魔法は、それこそ火を放つ事は出来るかもしれないが、簡単に脱出する方法には程遠い。

この工作員(エージェント)も、いざという場面の為に、元貴族であるモルゴナガルから簡単な魔法技術を伝授されているが、それ故に、この二つの影が言う方法に心当たりがなかったのである。


「『()()()()()()()』っ!!!」

「・・・おいっ!いたぞっ!!こっちだっ!!!」

「「「「「応っ!!!」」」」」

「っ!!!???」


二つの影の内、一つの影がそう呪文を発すると、それまで周囲にいた私兵達が、まるで“幻術”でも見ている様に明後日の方向へと向かっていった。

そして数分の後、彼らの周囲にはすっかり誰も居なくなっていたのだった。


「・・・・・・・・・っ!?」

「さっ、これでもう安全だね。」

「さっさと脱出してしまおう。さっ、キミも行くぞ!」

「・・・もう、何が何やら・・・。」


何が起こったのか理解出来なかったHIAの工作員(エージェント)だったが、二つの影の声に促される様に、木陰から飛び出して、屋敷の外に向かうのだったーーー。



誤字・脱字がありましたら、御指摘頂けると幸いです。


ブクマ登録、評価、感想、いいね等頂けると幸いです。よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ