開戦
続きです。
◇◆◇
ルキウスの演説後、彼の宣言通り、ソラルド領・カランの街周辺地域には、ロンベリダム帝国軍が集結する事となっていた。
以前から言及している通り、この地は“大地の裂け目”への玄関口であるから、“大地の裂け目”へ侵攻する以上は、ここから部隊を送り出すのがもっとも合理的な作戦行動と言えるのだ。
まさに、マルコが懸念していた通り、ソラルド領が戦火に巻き込まれる事態となってしまったのである。
もっとも、すでにマルコはこの世界には存在せず、それを止められる者はいなくなってしまっていたのだが。
もちろん、他の経路もあるにはあるのだが、その場合は高い山々を越える必要があるとか、海路を行く必要があり、大規模な部隊を送り出すのには適した手段ではなかったのである。
ロンベリダム帝国北側の海には、“北海の主”と呼ばれる、大型船すら沈めてしまうほどの、巨大で恐ろしい水棲モンスターが生息しているし(それ故に、ロンベリダム帝国の海洋進出や航路を使った交易などは上手くいっていないのが現状である)、山脈なんかにも、それぞれ危険な魔獣やモンスターが分布しており、敵と戦う前に、部隊が壊滅してしまう恐れもあった為である。
まぁ、逆に言うと、それ故に周辺国家郡のある西側を除くと、比較的安全性の高いルートがこの“大地の裂け目”を通るルートだけとなる訳で、以前にも言及した通り、そちらの方面の国々と戦争をするにしても、交易をするにしても、ロンベリダム帝国側としては、是非とも“大地の裂け目”は押さえておきたいポイントだった訳でもあるのだが。
まぁ、それはともかく。
さて、そんなロンベリダム帝国軍であるが、今回は普段と違った部隊が一つ加わっていたのである。
まぁ、軍とは言え、直接的には戦闘に加わらない兵士達も存在するのだが、今回は主に戦闘を担当する部隊に限定して解説する事とする。
ロンベリダム帝国での主な戦闘部隊は、
歩兵部隊
騎兵部隊
弓兵部隊
工兵部隊
魔法士部隊
と、かなり(この世界においては)オーソドックスなスタイルであったのである。
その内、ロンベリダム帝国が魔法技術先進国である事もあって、魔法士部隊は、他の追随を許さないほどの強力な部隊でもあった。
ロンベリダム帝国が、今日まで強国として君臨してきたのは、この魔法士部隊の存在に寄るところが大きかったのである。
そんな、ある意味完成された軍隊を持っていたロンベリダム帝国軍だったが、今回は、ここにルキウス肝いりの、新設された『銃士隊』が加わっていたのである。
だが、“魔法銃”、ないしは、“銃”が強力な事は、ルキウスやランジェロ、あるいは向こうの世界の出身者であればある意味常識ではあるのだが、残念ながら、今現在のこの世界では、その事はまだ認知されるには至っていなかったのである。
それに加えて、貴族達を除けば、騎士や兵士といった軍属は、ロンベリダム帝国でも地位の高い者達であるから(実際、騎士の中には、準貴族とも言える『ナイト』の称号を賜っている者もいる)、やはりプライドにおいてもそれ相応に高かったのである。
更には、今日までロンベリダム帝国の平穏を守ってきたのは自分達であるという自負もある訳で、やはりルキウスが贔屓にしているとは言え、ごり押し(と既存の兵達は感じた)で突如として現れた新参者に対する当たりは強かったのであるがーーー。
・・・
「よお、“スティックマン”。初めての実戦だろ?ブルってないか?」
「え、ええ・・・。」
先程も言及したが、『銃士隊』は新設された部隊である。
それ故に、新しい物の取り扱いに習熟される為にも、あるいは、まだある意味常識に凝り固まっていない事もあって、ルキウスの判断により、所謂“新兵”を一から育て上げて創設していたのである(まぁ、裏の理由としては、既存の兵士達では、すでに経験があるだけに、教育に難儀する可能性も高かった点も挙げられるが。その点、“新兵”にはそうした経験がないだけに、新たなる試みを始めるには、都合が良かった事もあるのである)。
それ故に、実戦は、今回が初めてとなるのである。
そもそも、『テポルヴァ事変』以降は、ロンベリダム帝国でも、表立った戦闘行為は久しぶりの事であったが。
それでも、実戦経験のあるなしは、その兵士の心の余裕の様なモノが如実に現れていたのである。
この“スティックマン”と呼ばれた“新兵”の若者は、端から見ても極度の緊張状態である事が窺い知れる。
からかうつもりで声を掛けたベテラン兵士も、逆に心配してしまうほどの状況であった。
ちなみに、“スティックマン”というのは、“魔法銃”の形状が、長い筒状の棒である事を揶揄って、既存の兵士達が呼び出した『銃士』達の俗称である。
「おいおい、顔が真っ青じゃねぇ~か。まだ、敵なんかいやしねぇ~よ。ほれ、深呼吸しなっ!」
「は、はいっ!スッ~、ハァ~。スッ~、ハァ~・・・。」
「“呼吸”ってのは大事だぞ?何か上手くいかねぇ~なぁ~って時は、もちろん他の要因もあるだがよ。大抵は息が荒くなってるからなんだよ。そんな時は、深呼吸。これ、豆知識な?」
「は、はいっ!覚えておきますっ!」
“新兵”の若者の様子に見かねたベテラン兵士は、軽くそんなアドバイスを贈る。
どうやら、結構面倒見の良いタイプの男の様であった。
「それによ。我等が魔法士部隊様が存在する以上、俺らが主戦力になる事なんてねぇ~よ。せいぜい、彼らの援護が関の山さ。だから、あんま気負いすぎんなよ?」
「は、はいっ!ありがとうございます、先輩っ!!」
「おうっ。」
それに彼の言う通り、兵士達の間でも、どこか楽観的に考えていた事もある。
このベテラン兵士の男は、歩兵部隊に所属する兵士であるが、以前にも言及した通り、戦には、ある種のセオリーが存在するのである。
まずは、遠距離からの掃討や牽制などを含めて、初手は魔法士部隊、あるいは弓兵部隊の出番である。
その後、騎兵→歩兵が定石のパターンであり、その時々に応じて、工兵による工作などが必要な場面がある、って感じなのである。
もちろん、『銃士隊』も、遠距離射撃が主な強みであるから、初手の魔法士部隊と弓兵部隊に合流するのが理想的なのだが、先程も言及した通り、いまだに『銃士隊』がどの様な強みを持っているかは分かっていなかった事もあって、今回は(あくまでこのベテラン兵士の頭の中ではあるが)その中に含めていなかったのである。
それに、何度となく言及しているが、とにかく魔法士部隊が強力過ぎるのである。
まぁ、当然ながら、アキトや『異邦人』、あるいは神々の様な“高次の存在”は更にとんでもない力を発現する事が可能ではあるが、それを除けば、一般的な『魔法使い』達や『魔術師』達、『魔法士』達も十分に強力な力を持っている為である。
アキトらが個人で発現可能な『広域殲滅魔法』などを、部隊という集団の力ではあるが、発現可能な魔法士部隊は、それは相手にとっては脅威でしかないだろう。
特に、“大地の裂け目”に住む獣人族や、西側の周辺国家郡の部族達は、『魔法技術』を持っていないのだ。
故に、有効な対抗策がない為に、魔法士部隊の投入によって、ほぼ勝敗が決してしまう、なんて事も珍しくないのである。
そんな事もあり、このベテラン兵士の様に、ロンベリダム帝国軍の者達は、緊張感のある戦とは言えど、何処か楽観的に考える者達が多かったのであった。
(ちなみに、一般的な『魔法技術』とは違うが、周辺国家郡の部族達は、独自の『魔法技術』を持っていたり、獣人族達は、特殊能力として『魔素』を利用した技術を持っているが、これは、どちらかというと、個人の資質に依存する技術なのである。
もちろん、一般的な『魔法技術』も、個人の力量によって強弱が存在するが、それでも、学びさえすれば、誰でも似た様な力を発揮出来るのは、やはり大きな強みなのである。
向こうの世界においても、科学技術が今日の様な発展を遂げた大きな要因として、この“汎用性の高さ”が大きなポイントとなっているのである。)
・・・
「ランジェロ殿。何度もお聞きするが、本当に『銃士隊』は使えるのですかな?」
「もちろんですぞ、指揮官殿。“魔法銃”は、とても強力な兵器で御座いますれば。」
“魔法銃”に対して、懐疑的な意見を持っている者は、何も一般的な兵士達に限定的した話ではなかった。
今回の侵攻部隊の指揮官に据えられた男も、初めて見る『銃士隊』の扱いに困りあぐねていた訳であった。
ここら辺は、現場と上層部の意見の違いに寄るところが大きい。
ルキウスからしてみれば、“魔法銃”、ないしは、『銃士隊』がこれからの戦を変える可能性すら感じているが、先程も言及した通り、ある意味、今現在の戦ではセオリーが決まっているのだから、いくら強力な部隊とは言えど、いきなり持ってこられても困ってしまう訳である。
“はい。明日から、こうなったからっ!よろしくねぇ~。”
“えっ・・・!?あ、ああ、はい。分かりました・・・。(いきなり言われてもなぁ~・・・。)”
みたいな感じである。
もちろん、ルキウスもそれくらいは見越している訳で、故に、その助言者として、“魔法銃”を開発した責任者であるランジェロを派遣していたのである。
しかし、指揮官の男としては、せめて『銃士隊』の訓練風景の見学や、事前に説明に受けさせてくれても良かったのに、との思いもあったのである。
もっとも、ルキウスらの立場からすると、情報漏洩の観点から、“魔法銃”や『銃士隊』の存在を秘匿しておきたかった思惑も存在する訳だし、ある種の専門家であるランジェロを派遣しているのだから良いだろう、みたいな考えもないではなかったが。
ある意味、すれ違いである。
いくらルキウスが、天才的な頭脳の持ち主とは言え、彼もまた、細かいところで、真に人の心を分かっていない弱点が存在していたのである。
まぁ、それはともかく。
「まぁ、確かに、得体の知れない物をいきなり託された指揮官殿の戸惑いは分からんではありませんぞ?しかし、私は、“魔法銃”の開発者として断言します。“魔法銃”は、これからの戦を大きく変える代物となるでしょう。近い将来、魔法士部隊と、この『銃士隊』が戦場における主軸となりましょうぞ。」
「はぁ・・・。まぁ、ランジェロ殿がそこまで仰るのであれば・・・。」
なおも力説するランジェロに流される形で、指揮官は無理矢理今回の決定に納得する事とした。
“長いものには巻かれろ”。
現場のトップとは言え、結局はこの指揮官も悲しい中間管理職でしかなかったのである。
「結構。それで、具体的な運用方法ですが・・・。」
「ふむふむ。」
それに、今更ごねたところで、意味がない事も指揮官は理解していた。
故に、ならばこの指揮官も点数を稼がなければならない訳で、一旦頭を切り替えて、具体的に、現実的に、この『銃士隊』を活かした戦術の運用方法のレクチャーを受けるのだったーーー。
・・・
一方、アスタルテやアラニグラ、サイファス率いる“大地の裂け目”連合軍も、示し会わせたかの様に続々とカランの街周辺地域に部隊を展開していた。
この世界の今現在の外交儀礼として、国家間における戦争の場合、一応『宣戦布告』をする事がマナーとなっている。
もっとも、それは国際法上で定められた条約ではなく、あくまで『暗黙の了解』という程度のモノであり、実際には『宣戦布告』なしに戦争状態に突入する事も、さして珍しい事ではなかった。
ここら辺は、向こうの世界においても、よく見られる現象であろう。
今回の場合は、正式な『宣戦布告』は行われていなかった。
これは、ロンベリダム帝国側が、“大地の裂け目”に住む住人達、すなわち獣人族達の集団を、『国家』として認めていなかったという理由もあるのだが、ルキウスとしても不本意ではあるが、すでにダルケネス族側に対する軍事行動が露呈してしまっていた事もある。
そうした状況下である以上、このまま戦争状態に意向するか、今回の件は誤りであったと謝罪をするかしかなく、これまで述べてきた通り、ルキウスは前者を選択した訳である。
ダルケネス族側も、すでに手出しされた事は認識している訳で、戦争状態に意向する可能性が極めて高い事は察している訳であるから、当然ながらロンベリダム帝国の出方は注視していた。
そして、ロンベリダム帝国側が、カランの街周辺地域に部隊を展開していると分かると、それに呼応する形で、ダルケネス族を中心とした“大地の裂け目”連合軍も部隊を展開したのである。
「いよいよ、か・・・。」
「ふん、奴らめ。厚顔無恥にも軍隊を派遣してきおったわ。まぁ、今更素直に謝罪するとは思っておらんかったがな。」
「そうですね・・・。」
続々と準備が進む中、ロンベリダム帝国側の部隊を見やりながら、そんな会話をアスタルテ達は交わしていた。
「やはり、ロンベリダム帝国の兵力は、相当な数ですね・・・。」
「うむ。確かに、奴らの軍事力は侮れんだろう。しかし、こちらも負けてはおるまい?」
「そうですね・・・。と言うか、よくこれほどの獣人族達が合流してくれたものですね?彼らにとっては、あまり関係のない話ではありませんか?」
「いや、そうでもないよ、アラニグラ殿。確かに、今回の件は、直接的にはロンベリダム帝国と我等ダルケネス族との因縁ではあるが、仮に我等が敗れる事があれば、そのままなし崩し的に“大地の裂け目”に攻め込む事は大いに考えられる。と言うか、それは規定路線だろう。故に、他の部族達にとっても、今回の事は他人事ではないのだよ。」
「その通りだ。もちろん、我が子らを巻き込む事は私としても本意ではないが、時に人は、自らの生存を懸けて戦わねばならぬ時があろう。それが、今だという事なのだよ。」
「・・・なるほど。」
元々アラニグラは、向こうの世界にいた頃は、幸運にも争いとは無縁な生活を送っていたが、しかし同じ世界では、今現在でも自らの誇りや自由を懸けて戦う者達もいたのである。
故に、彼にとっては遠い世界の話だと思っていたが、しかし同時に、そういう“現実”が存在する事を理解もしていたのである。
それが、ダルケネス族にとって、“大地の裂け目”の住人達にとっては、すぐ目の前の“現実”であった訳である。
故に、今回、こうして他の部族の者達がダルケネス族に合流したのは、至極当然の流れだった訳である。
もっとも、実際には、裏でヴァニタスらが根回ししていた結果であるという事実もあるのだが、それは彼らは知らない事であったが。
それに、他の部族の者達も、当初はダルケネス族に対する義理的な感覚ではあったのだが、アスタルテの存在を認識してからは、彼女に付き従う事に無上の喜びを感じるに至っていた。
やはり、神性たるアスタルテには、他の者達にはない“カリスマ性”が存在するのだろう。
故に、“大地の裂け目”連合軍は、様々な部族の混合部隊である割にはまとまりがあり、士気も非常に高かったのであった。
「アスタルテ様っ!是非とも、一番槍の誉れは我が部隊にっ!!」
「何を言うっ!?一番槍の誉れは、我が部隊に決まっておろうっ!!!」
「いやいや、私達にこそ一番槍の誉れはふさわしいっ!」
「「なにおうっ!!??」」
「ま、まあまあ・・・。」
とは言え、今度は逆に、アスタルテに良いところを見せたい、という思いからか、先陣を切る栄誉を求めて軽く揉め出してしまう。
それには、流石のアラニグラも仲介に乗り出すが、どうやら聞こえていない様である。
「落ち着きなさいな、我が子らよ。」
「「「はいっ、アスタルテ様っ!!!」」」
「・・・。」
「・・・アラニグラ殿。」
だが、アスタルテの言葉には即座に反応を示し、何だかやり場のない感情を抱えたアラニグラに、同情した様にサイファスが彼の肩に手を置いていた。
「お前達の気持ちは有り難く思うが、私は徒にお前達を危険に晒すつもりは毛頭ないのだ。」
「し、しかし、アスタルテ様。戦争において、犠牲をなしに、というのはいささか都合が良すぎると思われますが・・・。」
「もちろん・・・、そうだろう。私としても心苦しいが、これだけの兵力がぶつかり合えば、双方に甚大な被害が生じるのは分かっておる。」
「「「アスタルテ様・・・。」」」
獣人族達は、この心優しいアスタルテの気遣いに感激する。
彼女の為ならば、この命、惜しくはない、と逆に奮起してしまうほどに。
「しかし、私とアラニグラが開幕から大魔法を使用すれば、流れを大きくこちら側に有利にする事が可能だ。」
「「「・・・えっ!?」」」
確かに、どれほど計算を尽くしたとしても、“戦争”、という、ある種細かいコントロールの効かない状態においては、イレギュラーな事態は実は多数起こり得る。
敵対者に討たれる事だけでなく、実際には事故などによって、所謂“フレンドリーファイア”や、武器のメンテナンスを怠るとか、極度の緊張状態により、自分で自分を傷付けてしまう、なんて事も起こり得るからである。
戦場では、人は狂騒状態に陥りやすくなる。
そうなれば、人の行動は制御不可能になってしまうのである。
実際、戦場から逃げ出す兵というのは、負けているとか、そうした客観的な事実もあるのだが、実は、目の前で起こった事、敵に討たれた同僚を目撃してしまうとか、敵味方混戦の中、流れ弾にやられる、自らの武器が暴発するなどによって、途端に恐怖が襲ってくる故に逃げ出す事も多いと聞く。
当たり前だが、どれほどの義侠心や愛国心を持っていようとも、死の恐怖を克服する事など不可能に近いのである。
だが、逆を返すと、ロンベリダム帝国軍がどれほど精強な軍隊であろうとも、そうした人の心理を持っている集団である事には変わりがないのである。
ならば、意図的にそうした状況を引き起こす事によって、彼らを瓦解させる事、敗走させる事も可能なのである。
もちろん、通常の方法ではそれは不可能に近いのだが、“大地の裂け目”勢力には、規格外の存在であるアスタルテとアラニグラがいるのである。
彼らが開幕に大魔法を使用すれば、先程述べた人の心理もあって、少なくとも戦況は大きく“大地の裂け目”勢力優勢に傾く目算が高いのである。
もしかしたら、それだけで、少なくともこの戦場における勝敗が決してしまう可能性すらあった。
「故に、一番槍は我々に任せて貰おう。お前達は、その後に敵を蹴散らせば良い。」
「・・・なるほど。確かにそれならば、こちら側の被害は最少限に抑える事が可能ですね。」
「「「う、むぅっ・・・。」」」
アスタルテの事はともかく、アラニグラの力の事を知っているサイファスは、アスタルテの言わんとする事を即座に理解し、そう彼女の意見に賛同する。
他の獣人族達は、アスタルテの手前何も言わなかったが、やはり多少の不満が表情に滲み出していた。
ここら辺は、戦士としての矜持に関わる事であろうから、何とも言えない事だが。
「そんな表情をするな。何も、戦場はここだけではないのだ。この先、お前達の力が必要な事もあろう。だが、その時になって、動けませんでした、では私としても困ってしまうのだよ。」
「そ、それはっ・・・!」
「・・・まぁ、そうですな・・・。」
勇敢と蛮勇は、似ている様で全く別物である。
時には策を巡らせる事、あるいは逃げる事すら、必要な場面はいくらでもある。
当たり前だが、いくら勇敢な戦士であろうとも、死んだら“次”はないのだから。
ならば、“次”に備えて、戦力を温存する選択も、時には有りなのである。
そして、今回の場合は、アスタルテの策の方が、戦略としては非常に合理的だった訳である。
だが、同時に、不安要素もあった。
「ですが、アスタルテ様。貴女様の意見に反対するつもりはありませんが、ロンベリダム帝国側は、あの“得体の知れない武器”を持っていますぞ?」
「ああ、そうだよなぁ~。」
「む・・・?」
しかし、話が纏まりかけていたところで、サイファスがそんな意見を出してくる。
アラニグラは、当然ながら、元・仲間達であるエイボンらの報告から、N2の『魔砲』のデータが奪われた可能性がある事、それに関連して、“魔法銃”をロンベリダム帝国側が密かに量産、それを扱う部隊を育成している事を聞き及んでいた。
更には、ニナの一件の折に、実際に“魔法銃”の存在を、サイファスとアラニグラは確認しているのである。
故に、この戦場において、遠目からとは言えど、『銃士隊』、そして“魔法銃”が実戦配備された事をすぐに理解したのであった。
当然ながら、その脅威を十分に理解している二人にとっては、これは不安要素でしかない。
もっとも、【物理障壁】を使えば、物理攻撃に対しての完全無効化が実現可能ではあるのだが、残念ながらアラニグラは、以前から言及している通り、『TLW』時の最終的な『職業』は『暗黒間道士』、魔法攻撃をメインウェポンとする『魔法アタッカー』タイプであり、つまりは、攻撃系魔法は山程覚えているが、その反面、回復系魔法や支援系魔法はほぼ壊滅状態なのである。
まぁ、『TLW』時は、回復系魔法の使い手であるウルカやククルカンなどや、支援系魔法の使い手であるティアなどの支援があったのでそれでも問題なかったのだが(それに、パーティーにおける役割としては“何かに特化する”のが正解だったのである。下手な器用貧乏は、特に『TLW』においては、足手まといでしかない。)ただ、今は一人である事から、装備品の効果を考慮したとしても、少なくとも物理攻撃には不安が残るのであった。
まぁ、その反面、魔道士系の利点として、【対魔障壁】を成長の流れで覚えるので、魔法攻撃には無類の強さを誇るのであるが。
つまりは、“魔法銃”という、魔法の力を利用してはいるが、実は純粋な物理攻撃であるモノに関しては、ある意味天敵なのである。
まぁ、“魔法銃”の射程がどの程度かは分からないし、もしかしたら、アスタルテならば、それすら大した問題ではないのかもしれないが。
「ああ、それなら・・・。」
「ならばアスタルテ様っ!せめて、我等を壁役としてお側に控えさせて下さい。」
「うむっ!そうだなっ!!」
「・・・いや、それならいっそ、『コモドドラゴン』達を使ったらどうだ?奴らの機動力と、固い鱗ならば、矢も魔法も通さんからな。」
「・・・む?」
そんなサイファス達の懸念に、アスタルテが何かを言おうとした矢先、再び獣人族達が息を吹き替えした様にそう提言してくる。
彼らも、アスタルテの作戦内容は理解したのであるが、それでもアスタルテ(とついでにアラニグラも、であるが)を真っ先に戦場の矢面に立たせる事をよしとはしなかったのであろう。
・・・まぁ、単純に彼女と共にありたかっただけかもしれないが。
「いいな、それっ!それなら、撹乱にもなるし、アスタルテのお心遣いにも応える事が出来るっ!!」
「「いかがですか、アスタルテ様っ!!??」」
勝手に盛り上がる獣人族に多少頭を抱えたアスタルテであったが、彼らの主張を素早く計算し、また何かを期待する表情の彼らに諦めの境地もあったのか、深い溜め息を吐いてこう言わざるを得なかった。
「・・・お前達の好きにするが良い。」
「「「ハッ、有り難き幸せっ!!!」」」
「「ハハハハハッ・・・。」」
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