ルキウス劇場
続きです。
◇◆◇
当たり前の話だが、ロンベリダム帝国民にとっても、皇帝であるルキウスは日常的に御目にかかれる様な存在ではない。
ルキウスの居城であるイグレッド城は、ロンベリダム帝国の政治(権力)の中枢であり、その場にて、日々政務や財政、軍務などに関わる重要な決定が成されているのであった。
当然、イグレッド城に集まる者達は、ロンベリダム帝国内でも位の高い者達であり、まさに帝国民達からしたら、イグレッド城に集う者達は、“天上の存在”であった訳である。
基本的に、ルキウスはこのイグレッド城で過ごす事がほとんどである。
故に、ルキウスが一般的な帝国民と関わる機会などほとんどないのであった。
とは言え、以前にも言及した通り、ルキウスは帝国民からもかなりの人気を誇っている。
それは、彼の打ち出す政策が帝国民達にとって有益なモノである事ももちろんあるのだが、それとは別に、ルキウスは、まるで“舞台役者”の様に、“パフォーマンス”も得意としていたからであった。
ルキウスは、基本的には独裁者ではあるが、その実、彼は帝国民、ないしは世論というモノを非常に重要視していた。
これは、ルキウスが国民や民衆の力を過小評価していないからである。
いや、もっと言ってしまえば、内心では恐れてさえいるのである。
実際、向こうの歴史においても、こちらの歴史においても、民衆が決起した事によって起こる“革命”という現象は、為政者を打ち倒してしまった過去もある。
天才的な頭脳を持つルキウスは、当然その事をよく理解していたのである。
故に、ルキウスは(分かりやすい)圧政を敷く事の愚かしさをしっかり理解しており、言い方は悪いが、帝国民の顔色を窺う、あるいは不満の捌け口を用意してやる事で、そうした機運を未然に防ぐ活動にも精力的に取り組んでいたのである。
さて、そんな訳もあり、イグレッド城周辺には、帝国民が多数集まれる様な広場が存在しており、また、イグレッド城の一角には、その広場を一望出来るバルコニーが存在していたのである。
この場は、普段は関わる事のない皇帝と帝国民が、唯一関われる窓口となっており、何かしらの政治的な演説、あるいは何かしらの御披露目の場として利用されていたのであった。
物事を共有する事は、一体感を生み出し、仲間意識、帰属意識を強くする事が可能である。
また、その広場が解放される時は、何かしらのイベント事となる訳で、広場にはまるでお祭りの様に屋台がところ狭しと立ち並び、帝国民達は普段の生活のストレスを解放出来る良い機会となる。
更には、弁舌にも優れたルキウスは、この場で行う御披露目やら演説を通して帝国民の支持を集める事も可能となり、先程述べた彼の人気の高さはこの場所が大きな要因となっていたのであった。
今回も、何かしらの重大な発表があるという事で、御触れを見たり聞いたりした一般的な帝国民達が、年に数えるほどの大きなイベント事として、この広場に集っていた訳であったがーーー。
・・・
「ヒュッ~♪︎あいかわらず、スッゴい人だなぁ~。」
「それはそうよ。皇帝陛下の御尊顔を拝する機会なんて、滅多にない事だからねぇ~。」
「・・・陛下って、面も良いよなぁ~?女達の人気も高いし・・・。あれで、ロンベリダム帝国始まって以来の天才的な頭脳の持ち主でもあるんだろ~?あ~あ、カミサマってのは、ほんっと不公平だよなぁ~。」
「アンタがうだつが上がらないのは、陛下とは関係ないでしょ?・・・けど、陛下がイイ男なのは、まぁ、認めるけどねぇ~?」
「うぐぅっ・・・!」
「はいはい、そんな顔しないの。陛下がイイ男なのは本当でも、結局アタシらの様な一般人には縁のないお人だよ。アタシには、アンタがいれば十分ってモンさ。」
「・・・お前・・・。」
「・・・まぁ、もうちょっと甲斐性を持って欲しいのはホントの事だけどねぇ~♪︎」
「お前なぁ~!」
「アハハハハッ♪︎」
広場にて、そんな会話を交わす、若い夫婦なのかカップルなのかは分からないが、の男女の存在があった。
彼らも、御触れを聞き付けてこの場に集まった者達の一人であった。
ロンベリダム帝国は、ハレシオン大陸の中でもかなり裕福な国ではあったが、当然、一般的な帝国民達が、遊んで暮らせる様な環境ではない。
故に、こうしたイベント事は珍しく、お祭りとかこうした催し物は、日々の忙しい生活を忘れさせてくれる一服の清涼剤となるのであった。
ちなみに、この男女の会話でも分かる通り、ルキウスは、所謂“イケメン”の部類に入る人物でもあり、更には、皇帝という立場、知謀に優れている点も事実ではあるが、これが一般的にも認知されているのは、実はルキウスの巧妙なプロモーションに寄るところも大きかった。
先程も述べたが、ルキウスにとっても一般大衆からの支持は無視出来ないモノである。
ならば、彼らの心を掴む手法を用いるのは当然の判断であり、その見た目も駆使しつつ、少しずつ“噂”として、自身の仕事の成果を大衆にもアピールしていたのである。
当然ながら、自分達の指導者である存在が優れている、頼りになる存在であれば、民衆の安心感は全然違ったモノとなる。
実際、向こうの世界においても、各国の指導者達は、こうした広報なんかを専門とする機関を持っていたりもするくらいには、やはり(自分にとって都合の良い)情報発信が如何に大事かが分かるというモノだろう。
まぁ、それはともかく。
更にちなみに、この広場の収容人数は、正確な数値は明らかではないものの、今現在のこの場に集まった者達の総数は軽く一万人を越えている事からも、かなりの広さを誇っている事が分かるだろう。
故に、まさにイベント事を開催するにはうってつけのスペースだった訳である。
人でごった返した広場は、活気に満ち溢れていた。
と、そこへ、盛大な音楽隊の演奏と共に、遠目に見てもきらびやかな衣装に身を包んだルキウスが、満を持して登場した。
「「「「「きゃ~!!ルキウス様ぁ~!!!」」」」」
「「「「「うおぉ~!!皇帝陛下ぁ~!!!」」」」」
黄色い声援や歓声に、まさに“舞台役者”の様ににこやかに手を振って応えるルキウス。
舞台の主役の登場に、この場のボルテージは最高潮に達していた。
一通り“ファンサービス”が済むと、ルキウスはよく通る声で、演説を開始する。
「我が親愛なる帝国民諸君よ!よくぞ集まってくれた。ルキウス・ユリウス・エル=クリフ・アウグストゥスである。」
先程も述べた通り、この広場には軽く一万人を超える人々が集まっている。
それ故、いくらルキウスの声量が並外れて大きかったとしても、当然、広場の端の方には彼の声は届かない、筈である。
ところが、彼の声は、間違いなくこの場の全員のもとに届いていた。
これは、“魔法技術”による応用であった。
ルキウスお抱えの、『メイザース魔道研究所』では、様々な魔法技術が日夜研究・開発されている。
その中の一つに、風系複合術式を応用した、“声”を遠くに届ける技術もあったのである。
“音”とは、つまりは空気の振動である。
故に、その媒体となる空気、または大気(風)を利用する事によって、より遠くに声を届ける事も可能なのである。
実際、風に乗って、かなり離れた場所の音声が届く現象があるが、実はこれは珍しくもない現象である。
しかし、魔法技術の存在を知ってはいても、一般的な帝国民達は、その詳しい内容を知っている訳ではもちろんない。
故に、この魔法技術は、実用的な技術であると同時に、ルキウスの“神秘性”を高める演出、舞台装置の一つともなっていたのであった。
まぁ、それはともかく。
「今回集まって貰ったのは他でもない。諸君に伝えておかなければならない事があるからである。」
「「「「「「「「「「・・・。」」」」」」」」」」
大袈裟な身振り手振りを加えたルキウスのパフォーマンスに、この場の者達は固唾を飲んで見守る。
「知っての通り、我が帝国を取り巻く状況は決して良いモノとは言えないだろう。しかし、近年では、諸君の協力によって西側の周辺国家郡とは良好な関係が築けている。彼らは、我が帝国の理念に賛同しており、今はまだ別々の国ではあるが、いずれは我が帝国の一部に加わる事となるであろう!」
「「「「「「「「「「おおっ!!!」」」」」」」」」」
一般的な帝国民にとっては、もちろん争いなど、あまりありがたくない状況ではあるが、それでも自分達が勝っている、良い状況になっていると言われれば、悪い気はしないモノなのである。
そしてそれは、決して嘘ではない。
事実、以前はロンベリダム帝国とその西側の周辺国家郡は敵対関係にあった。
しかし、『テポルヴァ事変』の勃発後、アラニグラら『神の代行者』達の活躍によって、西側の周辺国家郡の勢いはどんどん衰えていった。
いや、もっと言ってしまえば、『カウコネス人』達を軽く蹂躙してしまった『神の代行者』の力を恐れた周辺国家郡が、ロンベリダム帝国への反抗心を、牙を抜き取られてしまったのである。
当然ながら、彼らも滅びたい訳ではもちろんない。
故に、己の誇りや自由か、それとも滅亡かと問われた時に、周辺国家郡は、ロンベリダム帝国への恭順を選択した訳であった。
元々ロンベリダム帝国の軍事力や技術力は脅威ではあったが、それでも戦えない相手ではなかった。
しかし、それに加えて『神の代行者』というチート染みた力を持つ者達の存在は、彼らの心をおるのには十分過ぎる理由となったのである。
そして、その後の圧政を覚悟していたのであるが、ここでティアやエイボンの知識を吸収したルキウスが、周辺国家郡に対する『宥和政策』を打ち出した事で、良い意味でその考えは裏切られる事となった。
ロンベリダム帝国から経済的支援(まぁ、実際には、その後の経済的支配を見据えた布石ではあるのだが)を受けた事によって、周辺国家郡の生活は、それ以前よりも遥かに向上したのである。
そうなれば、ロンベリダム帝国に対する敵愾心も徐々に薄れていき、周辺国家郡は、ロンベリダム帝国を徐々に受け入れる様になっていったのである。
そしてそれは、今現在では、ロンベリダム帝国への併合を望む声として現れていた。
もちろん、ロンベリダム帝国に対する疑念を払拭出来ていない者達の反対意見は根強いものの、やはり人は、実利には抗えないものなのである。
故に、もちろん時間は掛かるかもしれないが、いずれ周辺国家郡がロンベリダム帝国の一部に加わるのは、もはや規定路線となりつつあったのである。
「だが、東に目を向ければ、“大地の裂け目”には、我等の保護下から逃げ出した獣人族達が、我が物顔でその地を占領しておる。彼らとは、いまだ話し合いすら実現出来ていないのが本当のところ・・・、であった。」
「「「「「「「「「「っ!!!???」」」」」」」」」」
ルキウスは、わざとそう一旦区切った様なセリフ回しを行う。
民衆の意識を誘導し、期待感を誘発させる為であった。
「そう!我が盟友、ソラルド領領主、マルコ・フュルスト・フォン・ソラルドの尽力により、獣人族の一つであるダルケネス族との会合に漕ぎ着けたのである!!」
「「「「「「「「「「おおっ!!!」」」」」」」」」」
実際には、ルキウスとマルコは、そこまで親しい関係ではなかった、どころか、政策においては、敵対関係にすらあったが、すでにマルコはこの世には存在しない。
故に、“死人にくちなし”、ルキウスはその状況を最大限利用しようとしていたのである。
「だがしかし・・・、だかしかし!余は諸君の期待を裏切る事実を報告しなければならない。結論から言うと、その会合は失敗に終わってしまったからである!!」
「「「「「「「「「なっ!!!」」」」」」」」」
「な、なんだってそんな事にっ!?」
群衆の中から、そんな質問の声が上がった。
「報告によれば、これは我が帝国に原因があった様だ。その場には、ソラルド領内のカランの街の町長も同席していたそうなのだが、その部下が、あろう事か、ダルケネス族の一人を殺めてしまったそうなのだっ!!!」
「な、なんだってぇ~!!!」
「「「「「「「「「っ!!!」」」」」」」」」
衝撃的なルキウスの発表に、群衆がザワザワと戸惑い始める。
「もちろん、そんな状況では、話し合いどころではない。しかし、その場は我が盟友たるマルコが何とか取りなし、衝突には至らなかった様だ。」
「「「「「「「「「「っ・・・。」」」」」」」」」」
緊張状態である事には変わりないが、とりあえず猶予は与えられたとの情報に、群衆はホッと一息吐く。
「その後、マルコは彼らを詰問した。何故、そんな事を仕出かしたのか、とな。そうしたら、・・・ここからが重要だ。そやつの発言では、ダルケネス族に家族を奪われた報復だ、と証言したそうなのだ!」
「家族を、奪われたっ・・・!?」
「一体どういう事ですかっ・・・!!??」
「「「「「「「「っ!!!???」」」」」」」」
今度は、別の方向から、まるで会話を交わしているかの如く、流れに沿った質問の声が上がる。
もちろん、これはルキウス側が用意した、所謂“サクラ”であったが。
「今は落ち着いてはいるが、かつてのカランの街では、獣人族と散発的に争う事があったそうだ。そんな折りに、奇妙な出来事が頻発していたそうだ。それが、カランの住人が行方不明となる事件である。」
「そ、それってっ・・・!!!」
「も、もしやっ・・・!!??」
「「「「「「「「っ!!!」」」」」」」」
もちろん、そんな事実はない。
いや、ダルケネス族が、人間族の血を狙ってカランの住人達を襲った事は事実ではあるが、カランの住人達を拐ったというのは、事実無根である。
しかし、与えられたピースだけを鑑みると、あたかもダルケネス族がカランの住人達を拐っていたかの様な出来事が、事実として誤認される事となる。
「もちろん、真偽は不明だった。故に、マルコは、その事実を確認しようとした。しかし、当然ながら、正面切ってそんな事を確認出来よう筈もない。そもそも、帝国の人間が、ダルケネス族の者を殺害してしまった事実もあるし、もし本当の事であれば、ダルケネス族側が素直に事実を話す筈もないからである。」
「・・・そりゃそ~だ!」
「子供だって、イタズラした事は隠そうとするモンなぁ~!」
「「「「「「「「・・・。」」」」」」」」
「そこで、マルコは密かに調査隊を派遣した。それが事実なら問題だし、そうでないなら、その下手人の誇大妄想である。だが、いずれにせよ、その事実が確認出来ない事には、対応の取り様がないと判断したのであろう。これは、余でもそうしたであろうな・・・。」
「「「「「「「「「「・・・。」」」」」」」」」」
もちろんこれも、捏造された話である。
そもそも、調査隊(拉致被害者救出部隊)を派遣したのは、ルキウスの命令によるモノだったし、それにマルコは関わっていない。
だが、先程も述べた通り、今回の場合は都合が良かったという事もあり、そういう風に、シナリオが出来上がっていたのである。
「そして、それは事実であった!ダルケネス族は、卑劣にも我等が同胞を、無理矢理拉致していたのであるっ!!!」
「な、なんだってぇ~!!!」
「ほ、本当かよっ!!!???」
「何が、どうなっているのかしらっ!!??」
「「「「「「「っ!!!???」」」」」」」
「論より証拠。諸君、彼の話を聞いてあげて欲しい!」
「「「「「「「「「・・・???」」」」」」」」」」
そう言って、一旦ルキウスが脇に下がった。
その様子に、不思議そうな表情を浮かべていた群衆達は、新たに登場した人物を見るや否や、思わず息を飲み込むのだった。
「みなさ、皆さん、聞いて下さいっ!」
そこに現れたのは、拉致被害者救出部隊が接触した、エン爺達の中に紛れ込んでいた、あのロンベリダム帝国側のスパイの男だったのである。
彼は、アスタルテが引き起こした大爆発を奇跡的に生き延びており、何とかロンベリダム帝国へと生還を果たしていた。
拉致被害者救出部隊はほぼ全滅していたが、彼と同様に、その一部は生還していたのである。
だが、その代償として、彼らには様々な障害が残される事となったのである。
このスパイの男は、奇跡的に四肢を失う事はなかったが、その代わりではないが、全身にひどい火傷を負っていたのである。
今は治療も済み、それなりに身綺麗な格好をしてはいるものの、それでも、遠目から見てもその痛々しい様は、群衆達の言葉を奪うには十分過ぎるほどの光景だったのである。
群衆が、思わず息を飲み込むのも道理というものであろう。
「わた、私は、ダルケネス族に囚われの身となっていた者です!幸いにも、私は調査隊の皆さんに救って頂く事が出来ましたが、いまだにダルケネス族には、私の様な者達が多数囚われております!!どうか、皆さん、我々を助けて下さいっ・・・!」
「「「「「「「「「「あっ・・・!!!」」」」」」」」」」
一息にそう捲し立てると、スパイの男はよろめいた。
それに群衆が、悲鳴の様な声を上げると同時に、ルキウスの側に控えていた近衛兵に抱き留められる。
そのまま、男は短いながらも群衆に大きなインパクトを残す事に成功しながら退場していき、再びルキウスが群衆の前に立つ。
「ありがとう。ゆっくり休んでくれたまえ・・・。さて、諸君!聞いての通りだ!!ダルケネス族は卑劣にも、我が親愛なる帝国民を拉致し、先程も見て貰ったが、ひどい扱いをしていたのである!!!更に残念な事に、我が盟友、マルコが派遣した調査隊は、謎の襲撃を受けてほぼ壊滅状態であった!!!!何とか生き残った者達がいたからこそ、余は、そのおぞましい事実を知るに至ったが、そうでなければ、今も何も知らぬままであったかもしれない!!!!!」
「「「「「「「「「「っ!!!」」」」」」」」」」
ルキウスの狡猾なところは、実際には様々な事を明言していない点である。
先程も述べたが、スパイの男が全身に火傷を負ったのはアスタルテによる大爆発が原因であるし、ダルケネス族が、ロンベリダム帝国側が“拉致被害者”としている者達、すなわちエン爺達を非人道的扱いをしている、などという事実はない。
ダルケネス族にとっても、エン爺達の存在は必要不可欠という事もあり、ロンベリダム帝国時代より今の方が、むしろ手厚い扱いを受けているくらいである。
しかし、先程と同様に、与えられた限定的なピースだけを組み立てていくと、あたかもダルケネス族が拉致被害者を奴隷の如く扱っているかの様に、更にはその真実を知った調査隊を、ダルケネス族が葬り去ろうとしたかの様に錯覚してしまうのである。
当然ながら、この場に集まった者達の、ダルケネス族に対する不信感は、うなぎ登りに高まっていた。
「更に、更にだ、諸君!決して誉められた手段ではなかったが、我等にその事を知る機会を与えてくれた例のダルケネス族を殺めてしまった男は、カランの街の町長と共に、行方不明となっているのだ!そして、それらの事実を踏まえた上で、それでも我が親愛なる帝国民を巻き込まぬ様にと、話し合いで解決しようと試みていた我が盟友たるマルコも、あろう事か、消息を絶ってしまったのである!!」
「お、おいっ・・・!」
「そ、それって・・・!?」
「ま、まさかっ・・・!!??」
「「「「「「「っ!!!???」」」」」」」
もちろんそれも、嘘である。
パリスの部下の男(ニナを撃った男)と、ついでにパリスは、ルキウスが裏で関与しつつ、実際には『掃除人』の手によって闇へと葬り去られているし、マルコに関しては、ヴァニタスが裏で手を回して、彼の腹心の部下によってその命を奪われているのだから。
しかし、ルキウスは、使える手札は何でも使う合理的な考えの持ち主であり、そうした事実もダルケネス族に全て責任を押し付けて、帝国民のダルケネス族に対するヘイトを更に高める事に成功していたのである。
「それらの事から、余は、もはやダルケネス族とは話し合いが通じないと判断した。そして余は、我が親愛なる囚われの帝国民を解放すべく、ダルケネス族の集落に向けて、軍を動かす事を決定したのである!」
「「「「「「「「「「っ!!!」」」」」」」」」」
「もちろん、これは諸君にとっても負担を強いる決定である。だが・・・、だかしかし、ダルケネス族の暴挙をこれ以上見過ごす事は出来ないのだっ・・・!!!」
「「「「「「「「「「・・・!」」」」」」」」」」
最後は芝居じみたルキウスの訴えに、群衆はシーンッと黙り込んでしまった。
先程も言及したが、善良な一般市民にとって、争いなど起きない方がいいに決まっている。
何故ならば、それによって、彼らの生活にも、何かしらの影響が及んでしまうからである。
まぁ、何事にも良い側面もあれば悪い側面もある訳で、逆に争いが起こる事によって儲かる者達も出てくるのは事実ではあるが、大半の者達にとっては、様々な事を制限されたり、搾取されたりするのだから、そう考えるのが当たり前なのである。
だが、とかく人は“正義”という言葉に弱い。
今回のルキウスの演説の内容を聞けば、ロンベリダム帝国=正義、ダルケネス族=悪という図式が成り立つ事だろう。
もちろん、そんなモノはまやかしに過ぎないし、それぞれ様々な立場があるのだから、絶対的な“正義”も“悪”も存在しないのであるが、こうしたシンプルな内容の方が、人々は騙されてしまうモノなのである。
もちろん、ロンベリダム帝国の一般市民の為に明言しておくが、ルキウスの演説を、何処か俯瞰して、冷めた様子で見ている群衆もいる様に、全ての人々が、ルキウスの仕掛けた情報操作に騙されていた訳ではないのであるが。
「ロンベリダム帝国ばんざーいっ!皇帝陛下ばんざーいっ!!」
「「「「「「「「「っ!!!」」」」」」」」」
「我等が同胞を救う為、ルキウス皇帝陛下が武力の行使を決断して下さったぞぉー!!!」
「「「「「「「「っ!!!」」」」」」」」
「我等に手を出した事の愚かしさを、あの悪魔共に思い知らせてくれるわっ!!!」
「「「「「「「っ!!!」」」」」」」
「ロンベリダム帝国ばんざーいっ!皇帝陛下ばんざーいっ!!」
「「「「「「「「「ロンベリダム帝国ばんざーいっ!皇帝陛下ばんざーいっ!!」」」」」」」」」
「同胞を解放せよっ!ダルケネス族に制裁をっ!!」
「「「「「「「「「同胞を解放せよっ!ダルケネス族に制裁をっ!!」」」」」」」」」
それでも、集団心理や同調現象に抗う事は難しいのである。
ルキウスの用意した“サクラ”の掛け声に合わせる様に、その広場には、群衆によるそんな“スローガン”の様な唱和が木霊する。
「諸君、ありがとう!余は約束しよう。我が親愛なる囚われの帝国民を見事解放してみせるとっ!!我が帝国が、見事勝利してみせるとっ!!!」
「「「「「うおぉぉぉぉっーーー!!!」」」」」
「「「「「ロンベリダム帝国ばんざーいっ!皇帝陛下ばんざーいっ!!」」」」」
こうして、無事に帝国民達からの支持を取り付けたルキウスは、その後、ダルケネス族を始めとした、“大地の裂け目”勢力に対して軍事侵攻を開始するのであったーーー。
「上手くいきましたな、陛下。」
「キドオカ殿か・・・。お主も協力、ご苦労であった。」
広場の大合唱を尻目に、“舞台”から降りたルキウスを待っていたのは、『異邦人』の一人であるキドオカであった。
今回キドオカは、マルコの一件を、ヴァニタスに代わってルキウスに伝えていたのである。
「いえ、私は協力者からのメッセージを伝えただけに過ぎませんよ。」
「ふむ、協力者、か・・・。その者の目的は何であろうな・・・?そして、お主の目的も気になるところではあるが・・・。」
「さあ?彼の思惑は、私にも分かりかねますね。それと、私の目的は単純明快ですよ。」
「戦争、であるか・・・。」
「ええ・・・。」
ルキウスは内心、キドオカにうすら寒いモノを感じていた。
元々、『異邦人』を以前から知っていたルキウスにとっては、キドオカの変化は、よく分からない現象の一つであった。
もちろん、聡明な彼は、環境に適応した事で、元々持ってはいなかった資質に目覚めたとしても不思議はないと考えてはいたが(実際、ルキウスの側には、彼に感化され、彼を心酔するに至ったタリスマンがいるだけに、そうした事例には心当たりがあったからである)、キドオカの場合は極端であったからである。
まぁ、キドオカに関しては、もちろん『カルマシステム』の影響もあったが、彼は元々『霊能力者』でもあり、この世界における『神霊』たる存在を観察・解明する事で、『霊魂の力』の深淵に到達する事が真の目的なのである。
その為には、ソラテスを復活させる必要があり、その一番の近道として、今回の騒動を利用しようとした目論見があるのだが、そんな事は、ルキウスの知り得ない情報であったのである。
「ですが、まぁ、私の協力者はともかく、私自身は、陛下の邪魔をするつもりはありませんよ?それに、彼が得体が知れないとは言え、ライアド教に借りを作るよりかは幾分マシではありませんか?」
「ふむ・・・。一理ある、か。」
「ね?利用出来るモノは、何でも利用すれば良いのですよ、陛下。」
「・・・。」
確かに、ライアド教はロンベリダム帝国とは同盟関係にあるが、彼らに借りを作るのは、ロンベリダム帝国にとっても負担となる部分も多い。
故にルキウスは、今回の場合に限っては、彼らに協力を求めない手法、すなわちキドオカの話にあえて乗っかる事を選択したのである。
「さて、それでは、陛下もこれからお忙しい事でしょうし、私はこれで失礼します。また、何か御座いましたら、お目に掛かりたいと思います。」
「ああ・・・。」
一方的な物言いではあるが、『異邦人』の力を知っているルキウスは、ここでは何も言わなかった。
スッ、と消え去ったキドオカを尻目に、ルキウスはひとりごちる。
「ふん、食えない男だ・・・。だが、最後に勝つのは、このルキウスであるぞ?」
そう呟きながら、ルキウスはイグレッド城の廊下を再び歩み始めるのだったーーー。
誤字・脱字がありましたら、御指摘頂けると幸いです。
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