闇より這い出でし混沌
続きです。
最近は冒険譚というよりは、政治闘争って感じの展開が続きますね・・・。
まぁ、完全に作者の趣味なのですが、そろそろアキト達の活躍も描きたいなぁ~(笑)。
◇◆◇
「何を考えておるのだっ、皇帝めっ!!!」
「お、落ち着いて下さい、マルコ様。あまり興奮されると、その、血圧がっ・・・!」
「フゥーッ、フゥーッ・・・!!!」
ダルケネス族達の集落近辺で起こった謎の発光現象と大爆発に関する報告は、当然ながらソラルド領の現領主であるマルコの耳にもいち早く届いていた。
だが、マルコにとっては、その謎の発光現象と大爆発の原因を究明する事よりも、その裏で起こっていた事の方が気がかりだったのである。
以前にも言及したが、マルコは、その見た目からは想像も付かないし、逆にマルコ自身もそれをカモフラージュに利用している節があるが、実際には相当にキレる人物であった。
まぁ、それでも、幼い頃より高度な帝王学を学び、強い野心と優れた才覚を有していたルキウスに比べれば多少劣るのであるが。
ただ、ロンベリダム帝国広しと言えど、ルキウスと正面切って知能戦を展開出来る者は限られている。
マルコは、その数少ない一人であったのだった。
さて、そんな切れ者であるマルコは、当然ながら様々な場所に独自の情報網を築いており、今回の件に関しても、その数少ない情報の中から、その輪郭を正確に把握しつつあった。
そう、ルキウスが、ダルケネス族の集落に、拉致被害者救出部隊を差し向けた事を、マルコはある程度見抜いていたのである。
皇帝の立場からしてみれば、その選択肢も分からなくはない、とマルコも一定の理解はあった。
だが、マルコからしてみれば、それを鑑みた上でも、今回の選択は悪手でしかなかったのである。
少なくとも、ニナの事件があったその日の内に、ロンベリダム帝国側が秘密裏であったとは言え、ダルケネス族に対して明確な軍事行動を起こしてしまった点は、ダルケネス族側からしたら感情を逆撫でする行為であり、マルコからしても、どう考えても擁護出来るモノではなかったのである。
そんな訳で、元々、ロンベリダム帝国の中でも穏健派であったマルコは、今回のルキウスの選択にひどく失望し、憤慨していたのである。
ちなみに、マルコが穏健派である理由は、彼の複雑な立場に起因している。
マルコの領地であるソラルド領は、以前にも言及した通り、“大地の裂け目”に面した土地柄である。
故に為政者としては、軍事的にも政治的にも、非常に難しい立ち回りを要求されるのである。
当然であるが、ロンベリダム帝国と“大地の裂け目”勢力が、万が一衝突した場合、まず矢面に立たされるのは、ある種の“玄関口”であるこのソラルド領なのである。
ルキウスをしても、ロンベリダム帝国の一部であるソラルド領が傷付けられる事はかなりの打撃ではあるが、さりとて彼自身に直接的な痛みがある訳ではない。
故に、ルキウスは、政治家として、また独裁者として、ある種の冷酷な選択をする事も可能なのである。
そこには、やはり温度差があった。
しかし、そうした事に巻き込まれる(可能性のある)当事者であるソラルド領の住人達、また、その領主であるマルコからしたら、それは堪ったモノではないだろう。
それ故にマルコは、自領を守る為に、“大地の裂け目”勢力であるダルケネス族とも仲良くしようとしたり、ロンベリダム帝国内においても、同じく穏健派である者達と連携しつつ、ルキウスの帝国主義的な行動を抑制しようと働き掛けていたのである。
ルキウスからしたら、マルコ達の存在は目障りであったのだが、粛清する訳にもいかず、また、それを出来るだけの理由が存在せずに(ルキウスが、かつて敵勢貴族達の粛清を行ったのは事実であるが、彼らにはそれをされても文句が言えない理由、つまり、不正や裏取引など、実際にロンベリダム帝国に対する明確な裏切り行為があった)、せいぜい彼らには対しては圧力を掛ける程度であったのだ。
まぁ、昨今は、ルキウス自身も、『テポルヴァ事変』を経て、ティアとエイボンからもたらされた知識のもとに、軍事的行動に寄らない合理的な経済的支配に舵を切っていたので、マルコら穏健派からも一定の支持を集めており、表面上は、彼らとの関係は悪くはなかったのだが、今回の件を受けて、その関係にも変化がもたらされようとしていたのである。
さて、どうするか?
落ち着きを取り戻したマルコは、素早く頭を回し始めた。
今回の件を受けて、ロンベリダム帝国と“大地の裂け目”勢力が軍事的衝突に発展する可能性は極めて高い。
だが、先程言及した通り、マルコからすれば、それは何の旨味もない話である。
もちろん、戦争によって得られるモノもあるにはあるが(敵方の技術力とか労働力とかであるが)、それは結局、直接傷付かなかった者達が得られるメリットであって、最前線に立たされる立場の者達からしてみれば、それをせずに平和的に解決出来た方が、それに越したことはないだろう。
故に、マルコの今後の立ち回り方は、極めて難しいが、極めてシンプルでもあった。
両者の緩衝役。
あるいは、その仲介役である。
今までも、似た様な立ち回りを演じてはいたが、今後はそれが更に重要になってくる。
と同時に、これに失敗すれば、ソラルド領の未来は極めて暗いモノになってしまうだろう。
マルコは、そう考えながら、自身の肩にのし掛かった重圧に耐え、数少ない明るい未来の可能性に懸けて、その明晰な頭脳を回転させるのだった。
「まずは、ダルケネス族との折衝だな・・・。幸い、例の下手人とパリスはこちらの手にある。多少危険ではあるが、奴らを引き渡す事によって、ダルケネス族の怒りを和らげる事に繋がらないだろうか・・・?その後は、ロンベリダム帝国内の世論の誘導か・・・。もっとも、皇帝も一手を打ってくるだろうが・・・、うむ、こちらも武器が欲しいな・・・。いや、アラニグラ殿の存在が使えないだろうか・・・?」
今回の発端は、まず間違いなくニナの死が起因している。
その下手人であるパリスの部下の男を(ついでにパリスも、であるが)手土産に、ダルケネス族の怒りを緩和して、まずは話を聞いて貰える状況に持っていかなければならない。
もちろん、それはロンベリダム帝国に対する裏切り行為に等しいが、ここで何もせずにいたら、マルコとソラルド領は、まず間違いなく戦乱に巻き込まれる事は確定な訳であるから、多少の危ない橋を渡る覚悟は必要だろう。
それに、いくらルキウスが独裁者であるとは言え、世論というのは極めて重要でもある。
故に、もしマルコがルキウスの立場であるならば、今回の争乱の正当性を帝国民に喧伝して、帝国民の支持を取り付ける可能性が高い事も読んでいた。
マルコはそのカウンターとして、『テポルヴァ事変』の折に、その名声が高まり、帝国民からも人気の高い『神の代行者』であるアラニグラを利用出来ないか?、と考えていたのである。
帝国内の意見を上手く二分する事が出来れば、ルキウスとて容易に事を起こす事は不可能となる。
少なくとも、時間を稼ぐ事は出来るであろう。
その間に、様々な方面と交渉して、今回の件を平和的に解決する腹積もりなのであったのだ。
マルコは、それが出来る、数少ない策略家であったのである。
「いやいや、それをされると困るよねぇ~。せっかく、いい感じに事が進みそうだって言うのにさぁ~。」
「だ、誰だっ!!!???」
「マルコ様っ!!!」
しかし、マルコには残念な事に、それを喜ばない気まぐれな神性が存在していたのである。
そう、誰あろう、ヴァニタスであった。
「いやぁ~、帝国にも、君みたいな存在がいるんだねぇ~。いやはや、盲点だったよぉ~。君、歴史に名を残すほどの傑物なんじゃないかなぁ~?」
「・・・もしや、私を狙った刺客か?」
「御安心下さい、マルコ様。賊は一人の様です。我等にお任せをっ!」
「う、うむ。」
その立場上、マルコの命を狙う者も多い。
そうでなくとも、貴族は基本的に独自の自衛手段を持っているモノなのである。
突如として現れたヴァニタスに驚きながらも、マルコの身を守る精鋭の私兵達が、素早くマルコとヴァニタスの間に立った。
「ハハハッ、そう警戒しないでよぉ~。僕は、『制約』によって、直接人間種に危害を加える事は出来ないからさぁ~。まぁ、お母様やソラテスは別だけどね?」
「な、何の話だっ・・・?」
「シッ、マルコ様っ!相手の戯言に惑わされないで下さいっ!!」
「う、うむ・・・。そうだな。」
屈強な私兵達に取り囲まれていながらも、ヴァニタスは余裕の表情でそんな事をのたまわっていた。
これは、事情を知っている者には極めて重要な情報であるのだが、残念ながら、マルコ達には関わりのない話でもあった。
私兵の隊長格の男は、ヴァニタスの言葉に疑問を呈したマルコに注意を促し、マルコもそれに納得をした。
「しかし、残念だなぁ~。君の存在は、僕の計画に支障をきたしてしまう恐れがあるよ。それ故、君には退場して貰うしかないよねぇ~?人々の願いを叶える為にもさぁ~?」
「・・・?」
「皆、一斉に取り掛かるぞっ!」
「「「「「応っ!!!!!」」」」」
しかし、ヴァニタスは、そんな事はお構い無しに、ペラペラと言葉をしゃべり続ける。
会話が、噛み合っている様で、噛み合っていない。
それに、私兵達は、相手が狂人か何かの類いであると判断し、職務を遂行すべく、ヴァニタスの言葉を無視して拘束を試みるのだった。
だが、彼らには残念な事に、腐ってもヴァニタスは人間を遥かに超越した存在である。
故に、彼らのその行動は不発に終わる。
「残念だったねぇ~。・・・それに、もう遅いよ?」
「な、何がっ・・・!?」
彼らの攻撃は、確実にヴァニタスを捉えている筈なのに、何故かその攻撃のことごとくが、まるで実体がないかの様にヴァニタスの身体を通り抜けていった。
そんな訳の分からない現象に、その場の者が一様に驚愕の表情を浮かべていると、今度は別方向から、突然轟音が鳴り響いた。
ドパンッーーー!!!!!
「・・・・・・・・・へっ?」
「こ、今度は何だっ!?」
「・・・えっ、マ、マルコ様っ!!??」
「すいませんすいませんすいませんすいませんっ・・・!!!」
その音に、私兵達が慌てて辺りを見渡すと、マルコの恰幅の良い腹から鮮血が飛び散っているのが見えた。
マルコ自身も、何が起こったか分からなかったが、突如足に力が入らなくなり、グラリッとその場に崩れ落ちる。
その後方では、何かの道具を持ってガタガタと震えながら、ブツブツと謝罪の言葉を繰り返す、マルコの腹心の執事が立っていた。
慌てて、護衛対象であるマルコに駆け寄る私兵の隊長格の男。
「き、貴様っ!!何をしたっ!!!???」
「ひ、ひぃっ・・・!!!」
また、別の私兵の一人は、その執事に怒鳴り散らした。
見た事もない道具ではあるが、状況から考えて、この執事がその道具を用いた事によって、マルコが倒れたのだと推測出来たからである。
その私兵の迫力に、思わずペタリと尻餅をついた執事に、ヴァニタスは場違いながらも助け船を出した。
「はいはい、御苦労様、執事くん。さっきも言ったけど、僕じゃ直接人間種に危害を加える事は出来ないからさぁ~。だから、彼に手伝って貰った、って訳さ。」
「・・・な、何だとっ・・・!?」
「喋らないで下さいっ、マルコ様っ!!!」
「貴様、裏切ったのかっ!!!」
「ちがうんですすいませんしかたなかったんですごめんなさい・・・。」
「ああ、彼をそう責めないでやってくれよ。彼も、やりたくてやった訳じゃない。けど、自分の大切な家族の命と、主人の命とを天秤にかけたとしたら、君達ならばどちらを選択するんだろうね?」
「・・・人質かっ!?下衆めっ・・・!!!」
ヴァニタスは、マルコの執事の裏切りのカラクリを、いともアッサリバラしてみせる。
「もっとも、そっちも僕が直接やった訳じゃないけどね?ほら
何度も言うけど、僕は人間種を直接どうこう出来ないからさぁ~。」
カラカラと、本当に場違いな笑い声を響かせるヴァニタス。
そんなヴァニタスの様子に、もはやこの場の誰もがゾッとして、言葉を発する事も出来ずにいた。
「まぁそんな訳で、邪魔なマルコくんは始末出来たし、ほら、僕の言った通りでしょ?その“魔法銃”なら、君みたいなあまり武芸の心得がない者でも、簡単に人を殺める事が出来るってさ。ああ、もちろん、君は仕事を完遂してくれたんだから、家族は無事に解放すると約束しよう。ああ、心配せずとも家族は無事さ。・・・まぁもっとも、君自身が今後どうなるかは、こちらの預かり知らぬところだけどね?」
「っ!!!」
「き、貴様の、目的は何だっ・・・!」
「マ、マルコ様っ・・・!!!」
マルコは、内臓に著しい損傷を受けていた。
向こうの世界の医療技術であれば、早急に処置を施せば、まだ助かる見込みはあったかもしれないが、残念ながらこちらの世界の医療技術は向こうの世界の医療技術よりも遥かに劣っているし、また回復魔法(自然治癒に依存した技術)では手の施し様がない致命傷であった。
マルコ本人も、自分が助からない事は薄々気付いていた。
だが、自身が事切れる前に、この突然現れて、場を引っ掻き回したこのヴァニタスの目的を明らかにしようとした。
マルコが優秀なのはすでに言及した通りだが、彼の友人や仲間達の中には、ルキウスとも対等に渡り合える人物は、数少ないがいる事はいる。
故に、そんな彼らの為にも、マルコはその命と引き換えに情報を残そうと考えたのである。
「目的・・・?ん~、そうだなぁ~・・・。さっきも言ったけど、人々の願いを叶える事、かな?なんだかんだ言っても、本当は皆戦争を望んでいるからさぁ~。ロンベリダム帝国の人達は“大地の裂け目”の住人達、獣人族達を見下しているでしょ?出来る事なら、対等に付き合おうなんて思っていない。どちらかと言えば、力で無理矢理屈服させれば良いのに、って思っているのさ。“大地の裂け目”の住人達にしたって同じ様なモノさ。散々君達に虐げられてきて、表面上は君達と対等に渡り合う事を望んでいる様に見えるけど、その実、復讐する機会が訪れないかと、心の底では思っているのさ。」
「そ、それは、一方的なモノの見方であろう・・・。確かに、そう思っている者達も中にはいるだろうが、そんな考えの者達だけではない筈だっ・・・!」
ヴァニタスの論理は、マルコには破綻したモノであると感じていた。
実際には、ヴァニタスの様な論法、思考のもと、何かを成そうと試みる者達は一定数いるが、それは所謂“過激派”と呼ばれる連中であり、言うなれば力による一方的な現状を変更する愚行である。
もちろん、そうした事が必要な場面、争いによって勝敗を決するしかどうしようもない局面もあるにはあるが、どちらにせよ、それは最終手段であって、最初の手段ではないのである。
何故ならば、それには大きな歪みが生じてしまうからである。
武力による一方的な支配、力と恐怖による支配は、非常に効果的な手法である一方で、長期的に見た場合は悪手でしかない。
そうした手法を用いた者達は、強力な反発を生む事となり、その後、そのことごとくが淘汰される事となるだろう。
それは、長い歴史が証明している。
だからこそ、面倒だし、一目では効果的とは分からない“外交努力”というモノが必要になってくるのであるが。
マルコは、その答えに多少安堵していた。
この突然現れた人物が何者かは知らないし、その裏にどれほどの組織が控えているかは分からないが、もちろん、彼自身を謀殺しようとした事からも、極めて危険な思想を持った人物、あるいは組織であると分かったが、それでも、マルコの仲間達ならば、そうした戯言に惑わされないと理解出来たからである。
「まぁそうだよねぇ~。けど、別にそれでも僕は構わないのさ。僕の真の目的は、特に何もないんだ。今回の事だって、本当は争いが起ころうが起こるまいがどっちだっていいんだよ。ただ、その過程で人々が混乱の渦に飲み込まれる事が面白いからさぁ~。まぁ、僕の仲間達の中には、本気で人々の願いを叶える事が目的の人もいるんだけどねぇ~。」
「・・・・・・・・・はっ?」
しかし、聡明なマルコをしても、ヴァニタスという存在を見誤ってしまう。
いや、そもそも、“高次の存在”であるヴァニタスの思考を真に理解する事など、人間には出来よう筈がないのであるが。
「・・・で、では、貴様は、これほどの事を仕組んでおいて、本当は目的などない、と言うのか・・・?」
「やだなぁ~。さっき言ったでしょ?目的ならあるよぉ~。
ーーーその方が面白いからさぁ~。」
「っ!!!???」
マルコは、思わず思考が停止してしまうほどの衝撃を受けた。
マルコの価値観ならば、いや、人間種の価値観ならば、何かを成す事は、そこに目的が存在する筈である。
例えば、今回の危機の話でいうならば、戦争を引き起こしたい者の立場から言えば、それによって何らかのメリットがあるからであり、逆に戦争を止めたい者の立場から言えば、それによって何らかのメリットがあるからである。
しかし、ヴァニタスの言を借りるならば、彼にはこれだけの労力を割いておきながらも、そこに損得勘定がないのである。
ただただ、これらの出来事によって、人々が混乱の渦に巻き込まれる事だけが目的なのだと言う。
ある種の、究極的な愉快犯である。
もっとも、ヴァニタスには、それをするだけの力があり、実行力と行動力が伴ってしまっているのがまた厄介なところであるが。
「けど、まぁ、今回の場合は、やっぱり戦争が起こってくれた方が僕としても面白いし、その障害になる可能性の高い君は邪魔だったから退場して貰う事にしたんだけどね?」
「・・・。」
ーーー話が、交渉が通じる相手ではない。
マルコは、急速に身体から力が失われていくのを感じながら、ヴァニタスの存在をそう結論付けた。
それは、ある意味で正解である。
ヴァニタスは、ある意味理不尽そのものであり、誤解を恐れずに表現するのであれば、正に“神”そのものなのである。
そんな存在が、今回の事に裏で関わっている事が分かったのだが、残念な事に、マルコには今感じた事を正確に仲間達に伝える術も時間も、もやは残されていなかったのである。
まぁ、仮に仲間達にこの事を警告出来たからと言って、“神”などと眉唾の話を信じるかどうか疑わしいし、実際には本当に“高次の存在”であるヴァニタスに何か対処が出来るかと言われたら、答えはNOであるが。
「・・・む、無念・・・。」
「マ、マルコ様っ!?マルコ様ぁーーー!!!」
「おや、どうやらようやく逝ってくれた様だねぇ~。まぁ、僕も鬼じゃないから、彼の冥福は祈らせて貰うよ。」
自分で仕組んでおきながら、いけしゃあしゃあとそうのたまうヴァニタスだったが、彼にしてみれば、それは本心からの言葉であった様だ。
ヴァニタスは、何事かブツブツと呟いて祈りを捧げている様な仕草をする。
「さて、じゃあ、用も済んだし、僕はこれで失礼するよ?じゃあねぇ~♪︎」
「まっ・・・!」
その後、場違いながらも神聖な雰囲気を漂わせていたヴァニタスは、一変して元の飄々とした調子でまた突如として消え去ってしまったのであった。
マルコの私兵の隊長格の男が、ヴァニタスを引き留めようと行動を起こしていたが、それは空しく空を切ったのである。
こうして、気まぐれな神性の介入によって、人知れずルキウスに対抗出来る数少ない人材であるマルコの命は奪われる事となってしまったのである。
この事が、今後の混乱に、更に拍車を掛ける事となるのであるがーーー。
◇◆◇
「よぉ、MJ。最近、羽振りが良いみたいじゃねぇ~かっ!!!」
「ハハハッ、まぁ、ちょっとなぁ~。」
光があるところには闇もある。
ロマリア王国の首都・ヘドスにも存在していたスラム街は、当然ながら各国に存在していた。
ここ、ロンベリダム帝国の首都(帝都)・ツィオーネにも、当然ながらスラム街が存在する。
そこには、様々な事情のもと様々な国から集まった者達が、日々、必死に生きているのであった。
ただ残念ながら、その場に集まった者達は、所謂“貧民”であるが故に、スラム街はとてもじゃないが治安が良いとは言えない場所でもあった。
そうした土地柄もあって、スラム街は犯罪の温床となる場所であり、事実、その場所には、所謂“闇ギルド”や“犯罪組織”が根を下ろしている場所でもあったのである。
もっとも、スラム街に住む者達の名誉の為に明言しておくが、大半の住人達は、所謂善良な者達であったが。
ちなみに、“闇ギルド”とは、正式に国の認可を受けている“冒険者ギルド”や“商人ギルド”、各種“職人ギルド”といった、所謂“合法的な組織”とは対極に当たる“非合法な組織”の総称であり、実際にはその種類は様々である。
その中には、以前にアキトの命を狙っていた、冒険者崩れの『掃除人』が主に集まって出来た組織、“『掃除人』ギルド”、なんてモノも存在していたのである。
MJと呼ばれたこの男も、そんな“『掃除人』ギルド”に所属する『掃除人』の一人なのであった。
「何だよぉ~。上手い話にでもありつけたのか?俺にも一枚噛ませろよぉ~。」
「・・・残念だったな。確かに上手い話にはありつけたが、もう終わっちまった依頼なんだよ。」
「ちぇっ、何だ、そうなのかぁ~。」
『掃除人』の依頼内容は、ある意味では冒険者と重複する部分もあるのだが、やはり非合法な内容の方が圧倒的に多い。
彼らも、そんな風にノンキに会話している様に見えて、実際には周囲に気を付けながら言葉を交わしていた。
まぁ、スラム街の酒場であるこの場所には、他人の事情に詮索する様な命知らずはあまりいないのであるが。
「・・・ただ、まぁ、それがかなり妙な依頼でよぉ~・・・。」
「あんっ・・・?」
「まぁ座れよ。一杯奢るぜ。少しばっか、話を聞いてくれや。」
「おっ、マジかっ!ラッキー。オヤジ、俺ツィオーネウイスキーねっ!」
「あいよっ!」
MJがそう言うと、顔見知りの男はすぐに注文を酒場のマスターに伝える。
彼らには、遠慮なんて言葉は存在しないのである。
すぐに、注文した酒が男のもとに届く。
スラム街にある酒場とは言え、その酒は上等な代物であった。
一口、軽く口に含むと、男は上機嫌でMJに先を促した。
「・・・んで、どんな依頼だったんだよ?」
「それがよぉ~。とある家族を拐ってくれって内容だったのよ。」
MJ達は、更に小声で、顔を近付け合って会話を進める。
そのMJの返答に、顔見知りの男はしばし考えて、言葉を続けた。
「・・・それの何処が妙な依頼なんだよ?そんな仕事、俺らには珍しくも何ともねぇ~じゃねぇ~か。」
「確かにそうなんだが・・・。」
非合法な仕事が多い『掃除人』達は、殺人や誘拐など日常茶飯事であった。
それ故に、顔見知りの男の言葉は、至極当然の反応だったのである。
「ただ、そこからが妙なんだよ。拐った者達には危害は加えない。ハナシが上手く付いたら丁重に解放する。」
「ほぉ~ん?条件が結構厳しいのね。けどまぁ、そうした神経質な依頼人もいるだろう?」
「俺らもそう思った。だから、まぁ、面倒だが、小遣い稼ぎ程度にはなるだろうと、軽く請け負った訳よ。そしたら、まぁ上手く行ったらしいんだけど、その報酬が一番の謎な訳だ。」
「・・・いくらだ?」
「金貨で、100だ。」
「・・・・・・・・・はっ!!!???」
以前にも言及したが、ハレシオン大陸では、主に『交易共通通貨』で売買のやり取りをしている。
その中で、金貨1枚は日本円に換算すると約10万円であり、それが100という事は、およそ1000万円という事になる。
いくら『掃除人』が非合法な仕事だからと言っても、当然それほどの大金を日常的に受け取る事などほぼ無いに等しい。
前に、アキトの命を狙った『ノクティス・フィーリウス』が、似た様な金額(およそ1500万円)で法外と述べていた通り、暗殺という仕事でもそれほどの金額が動く事はほとんどないのに対して、誘拐でその報酬は、MJ達にとっても訳が分からない事態だったのである。
「そりゃ・・・、確かに妙だな・・・。」
「だろ?・・・だけど、詮索する訳にもいかんのよ。」
「そりゃそ~だ。それほどの金額を動かせる人物か組織かは知らんが、の不興を買えば、俺らなんかあっという間に消される。『掃除人』に、欲は御法度だからな。」
「ああ。」
『掃除人』は、非合法な仕事を請け負う関係上、ある意味では依頼者の弱みを握る事も可能であった。
それ故、中には依頼者を逆に脅迫して、報酬の二重取りを狙う連中も存在するのである。
だが、そうした事をする連中は、そのほとんどが闇に消される事となる。
彼らの存在は、所謂“グレー”な存在であるから、いなくなったとしてもさして問題ではないからである。
それ故に、自分達の命の値段が軽い事を自覚している『掃除人』だけが、裏の世界で生き残れるのである。
「まぁ、何にしても、妙な依頼だが、あんま気にすんなよ。深入りしなきゃいいだけの話だ。」
「だな。」
「ああ、そうそう。それで思い出したんだけどよ・・・。」
「ん?どうした?」
「こっちは、俺も小耳に挟んだだけだから詳しくは分からねぇ~だけどよ?他でも、妙な依頼が舞い込んだらしいのよ。」
「ほぉ~?どんな話だ?」
「何でも、とある二人の人物を拐って、始末して欲しいって内容でな?もちろん、それも珍しい話じゃないんだが、その依頼主は相当細かい奴らしくて、確実に始末する為に、“北海の主”に食わせてくれって、指定付きだって話なんだ。しかも、こっちも、具体的な報酬額までは知らないが、目が飛び出るほどの金額らしいって噂でよぉ~。」
「ほぉ~・・・。俺らの話といい、その話といい、ロンベリダム帝国で何か起ころうとしてるのかねぇ~?」
「・・・かもな。けど、俺らにとっては、何かゴタゴタがあった方が、飯のタネになるってモンだろ?」
「・・・ちげぇねぇ。」
「「ハッハッハッハッ!!」」
『バタフライ・エフェクト』という言葉がある。
バラフライ・エフェクト(バタフライ効果)とは、ほんの些細な事が様々な要因を引き起こした後、非常に大きな事象の引き金に繋がる事があるという考え方の事である。
元は、気象学用語だったそうだ。
その後、物語のテーマとして人気の題材となり、些細なキッカケによって、登場人物達や物語のその後の展開が大きく変わる事の例えとして徐々に一般的になっていった言葉でもあった。
そしてそれは、何もフィクションの話に限定した話ではなく、現実的に起こり得る事象でもあったのである。
今回、MJ達、ロンベリダム帝国の『掃除人』が何気なく引き受けた依頼の結果として、ロンベリダム帝国の今後を左右する事態に発展していたのであるが、残念ながらそれを彼らが知るよしはなかったのであるーーー。
誤字・脱字がありましたら、御指摘頂けると幸いです。
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