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『英雄の因子』所持者の『異世界生活日記』  作者: 笠井 裕二
女神の怒り
193/382

決起 2

続きです。



◇◆◇



「お、おいっ、嘘だろっ、ニナッ!目を開けてくれよ、ニナッ!!ニナぁぁぁぁーーー!!!嘘だぁぁぁぁっーーー!!!!」


その後、長老達の詰めている集会所にて、綺麗に安置されていたニナと無言の対面を果たしたカルが、彼女の遺体にすがり付き、泣き叫ぶ一幕があった。

同行していたルーク達も、アラニグラも、そしてサイファスも、カルに掛ける言葉が出てこずに、ただただ立ち尽くすしかなかったのであったーーー。



アルカード家にて、カル達に事の経緯を語って聞かせたアラニグラだったが、当初特にカルは、それを信じていなかった。

いや、より正確に言えば、信じたくなかったのであろう。


世界が違えど、人との別れは悲しい事である。

それが親しい者ならば尚更であろう。

故に、自身の親しい友人や恋人、家族の訃報を聞いた時には当初、“何かの間違いだ、いや、間違いであってくれ”、といった心理が働くモノなのである。


カルが、まさにその状態であった。

アラニグラの話を聞いて、すぐさま集会所に直行し、そしてニナの亡骸を見て、それが現実である事を否応なしに思い切らされたのであった。



その場には、ニナの家族らしきダルケネス族の男女の姿もあり、取り乱すカルの様子に、再び堪えていた涙を流す様子が見てとれた。

父親らしき男性の方は気丈に振る舞ってはいたが、微かに手が震えており、悲しみに必死に耐えている様子が窺えるし、母親らしき女性は、今にも倒れそうなほど憔悴しきっていた。


長老達は、それを沈痛そうに遠巻きに眺めていた。


「何故この様な事が・・・。我々の占術にも、不吉の相は出ていなかった筈なのだが・・・。」

「うむ・・・。確かにそれも気にはなるところだが、それよりも・・・。」

「うむ。それよりも、今後の展開によっては、方針を考え直さなければならんだろうな・・・。アラニグラ殿達が来てからは、良い方向に向かっていると思っていたのだが・・・。」

「やはり、帝国は油断ならんという事か・・・。まぁ、まだ、事件の詳細は分かっておらんがな。」


だが、彼らも同胞を殺された事に対する怒りはもちろんあったのだが、やはり彼らの立場は政治寄りの立場であるから、サイファスと同様に、求められるのは今後の展望を考える事であった。


ヒソヒソとそんな会話を交わしながらも、帝国に対する不信感を募らせていた。



その後、長い様で、短い対面の果てに、カルは静かにゆらりと立ち上がった。

それを見たアラニグラは、ハッとなってルーク達に矢継ぎ早に指示を飛ばした。


「マズいっ!お前ら、カルを止めろっ!!!」

「「「「っ!!!」」」」


その言葉に、ルーク達も一拍遅れてハッとなった。

そこには、明らかな()()をほとばしらせたカルがいたからである。


もっとも、その様子は、()()を感じ取れない一般人にとっても尋常ではない憤怒の形相をしており、カルの様子が明らかにおかしな事は誰の目にも明らかであっただろう。

そして、誰もが即座に思い付くであろう。

カルが、今から何をしようとしているのか、が。


「止めんじゃねぇっ!どけっ、お前らっ!!」

「どける訳ねぇだろっ!?お前こそ、何するつもりだっ!!??」


すぐにカルを拘束したルーク達に、カルはそれを振りほどこうと暴れる。

それに、少し強めの言動で、レヴァンがカルを叱責する。


「分かりきった事だろっ!?ニナを()った野郎をぶっ殺してやんだよっ!!!」


カルの目的は、単純明快であった。

ーーー報復。

ニナをその手に掛けた、パリスの部下の男にその身を持って罪を償わそうとしたのである。


もちろん、向こうの世界(現代地球)であれば、犯罪者であろうと基本的な人権を保証されているので、例え大罪人であろうと、報復をする事によって不利益を被るのはカルの様な立場の者となる。

故に、例え大切な存在をその手に掛けた相手がいたとしても、直接的な報復は御法度となる。

結果として、公権力による社会的、公的な責任を追及する事が限度であり、場合によってはその下手人がその罪を免れてしまう事のもしばしばあるのであった(例えば、被告人に精神的疾患があり、刑事責任を負う事が困難と見なされ、無罪となるケースも存在する。被害者の遺族などからしたら、到底受け入れられない結果であろうが、そうした司法の歪みや穴は現実に存在しているし、大罪を犯しておきながら実質的に無罪放免となり、そこら辺に野放しになっているケースも存在するのである)。


しかし、こちらの世界(アクエラ)では法整備が進んでいない実情もあって、昔の日本の様に、敵討ち、仇討ちが黙認されるケースも存在する。

また、それと関連した話であるが、冒険者による盗賊団の討伐なども、殺人罪が適用されない=罪に問われないケースとなる。


言うなれば冒険者は、公的権力から委託を受けて、国家や団体にとって不利益を与える盗賊団などを討伐する権限を与えられる訳であり、向こうの世界(現代地球)ならば基本的人権に守られた犯罪者なども、有無を言わさず処罰、討伐する事が可能となり、また、その上で発生した殺人は、殺人とはならないのである。


仮に、その盗賊団などに、親しい者を奪われた者からしたら、直接的な報復ではないものの、間接的な敵討ち、仇討ちが成立しているのと同じである。

もちろん、個人がそれを行う事は重罪であり、また、実力的に不可能な場合も存在するが。

もっとも、法整備が進んでいない現状の中では、密かにそれを行う事も可能ではあるのだが。


ただし、当然ながら、今回のニナのケースでは、カルがパリスの部下の男を殺害する事は色々と問題が生じてしまう。

何せ、パリスの部下の男は、盗賊団の様な無法者ではなく、歴としたロンベリダム帝国の関係者、しかも行政側の人間であるから、彼が犯した罪は、ロンベリダム帝国側に処罰する権限があるからである。


もっとも、カルは冒険者であると同時にロンベリダム帝国出身者でもあるから、今回のケースではある意味では内輪の話となり、ダルケネス族が報復する事とはまた意味合いが変わってくるのだが、その一方で、カルがダルケネス族と懇意にしている事実も調べればすぐに分かる事でもあるから、結果としては、カルが暴走する事によって、ダルケネス族に迷惑が掛かる可能性も十分に考えられるのである。


アラニグラとしては、カルの気持ちは痛いほど分かっていたが(そもそも、アラニグラ自身、すでに感情の赴くままに報復を図ろうとした経緯があるからだ)、マルコの必死の説得と、ロンベリダム帝国とダルケネス族との和平の道を閉ざさない為にも、一度はその矛を収めたのである。

流石にその状況で、カルの暴走を見過ごす事は、アラニグラには出来なかったのであった。


「気持ちは分かるが落ち着け、カルッ!相手を()ったところで何にもならんだろっ!!!」

「ハッ、アラニグラさんに何が分かんだよっ!?こっちは、大切な人を()られたんだぜっ!!??許せる訳ねぇ~だろっ!!!」

「っ・・・!!!」


アラニグラはハッとした。

カルの今の言動は感情が昂った上での発言に過ぎず、アラニグラを貶める意図はないのだが、その気持ちは至ってシンプル、かつ純粋であった。

確かに、自分がカルの立場であったなら、大切な人を奪った相手を許せるかと言われたら、アラニグラは答えに迷ってしまうであろう。


そもそもアラニグラは、“この身体(アラニグラ)”として生きる事を決めた時に、自身の理想である“ダークヒーロー”を体現出来ると思っていたのだ。

通常の正義や法では裁けない悪を、裁く“ダークヒーロー”。

本物の“ダークヒーロー”であるならば、そこにどんな政治的、常識的な思惑が存在しようと、今回の様な事件を起こした犯人を、見過ごす事はしないだろう。


だが、アラニグラ自身の、本来の根の善良な部分や、常識的な部分がある意味それを邪魔をしてしまい、どちらかと言うと、現状では良識的な範疇のヒーロー像に落ち着いてしまっている。

もちろん、今回のケースであれば、大局を見据えるならば、アラニグラやマルコの判断は間違っていない。

ただし、その結果として、個人や少数の声なき声は無視しているのである。


アラニグラが思い描いた“ダークヒーロー”は、そうした理不尽に対抗出来る存在だった筈である。

しかし、今の自分はどうだ?

全く、真逆の存在に成り果てているのではないか?


そうした思いが、ふと頭をよぎり、カルに対して咄嗟に反論出来なかったのである。


「カルッ、お前っ!!!」

「ッ・・・!」

「はっはっはっ・・・。」

「「「「「「「「「「っ???」」」」」」」」」」


だが、流石にその言動を見過ごせなかったレヴァンは、咄嗟にカルに手を出しそうになる。

しかしそこに、一人の男の笑い声が響き渡り、それは未遂に終わった。

その笑い声は、誰あろう、サイファスの笑い声であったのだ。


「ど、どうしたのだ、サイファスっ!?」


そのあまりの場違いなサイファスの反応に、気でも触れたかと長老の一人は問い掛ける。

この状況下で、ダルケネス族を率いる立場であるサイファスがおかしくなるのは、長老達にとってはマイナス要素でしかないからである。


「・・・いえ、失礼致しました。私自身、今のは場違いだとは分かっていましたが、自分自身の浅はかさに自嘲してしまいましてな。」

「う、うむ・・・?」


その言葉は、長老には理解不能な事ではあったが、どうやらサイファスの気が触れた訳ではない事は、何となく理解出来た。


「アラニグラ殿。そしてカル、殿()。私は、あなた方をまだまだ侮っていた様だ。あなた方は、我が同胞(ニナ)の為に、本気で悲しんだり怒ったりしてくれた。まぁ、その末で、あなた方がぶつかり合うのは、こちらとしても少々悲しい事だがね?」

「うっ・・・!」

「ッ・・・!」


冷静にそう指摘されて、頭に血が上っていたカルも、理想と現実の狭間で揺れ動いていたアラニグラも、冷静さを取り戻した。

確かに、ここで彼らが揉めていても、良い事は何もない。

むしろ、仲間としての絆にヒビが入るだけである。


「カル殿。本気で我が同胞(ニナ)を愛してくれていたのだな・・・。貴方の気持ちは、少なくとも私達には分かる、つもりだ。私もアラニグラ殿も、一度は我が同胞(ニナ)をその手に掛けた下衆を葬り去るつもりだったのだ。」

「・・・・・・・・・えっ!?」

「・・・。」


カルは、ハッとなってアラニグラとサイファスを見やる。

そうだ。

自分の知っているアラニグラなら、そんな事を仕出かした奴を、見過ごす筈がないではないか。

そう、思い至ったのである。


「だが、すまない、カル殿。貴方は間違っていないが、正しい訳でもない。少なくとも、政治的、良識的には、その下衆を葬り去ったところで、何の解決にもならんのだよ。むしろ、その事が切っ掛けとなって、ロンベリダム帝国とダルケネス族(我々)との間に埋まらない溝が出来てしまい、最悪戦争に発展しかねない。・・・そう、必死にロンベリダム帝国(向こう)の関係者に頭を下げられてな。」

「・・・。」


そうだ。

自分以上に、ダルケネス族にとって、同胞であるニナを奪われておいて、怒りや悲しみがない筈がない。

だが、怒りに任せて下手人を葬ったとしても、その先にあるのは、血で血を洗う戦争であろう。

そうなれば、多くの人々を巻き込む事になる。

だから、アラニグラもサイファスも、必死に怒りを抑えて、この場に立っているのではないか。

今更ながら、そんな簡単な事に気が付いたカル。


「もちろん、私自身、その下衆を許すつもりは毛頭ないが、それとロンベリダム帝国との関係を悪化させる事とは、ダルケネス族を率いる者として分けて考えなければならないのだ。だから、この通りだ、カル殿・・・。堪えてくれまいか?何とか、良い方向に取りまとめる故。」

「っ・・・!?」

「「「「「「「「「「・・・。」」」」」」」」」」


そして、サイファスが頭を下げた事に、いよいよもってカルは衝撃を受けた。


サイファスは、アラニグラに対しては一定の敬意を払っている様子だったが、カル達に関しては、何処かアラニグラのオマケ扱いであったのだ。

もちろん、サイファスも表立って贔屓するつもりはなかったのだが、そうした空気感は、相手に伝わってしまうモノなのである。


だが、今回の事が切っ掛けで、サイファスは己の認識が誤っている事に気が付いたのだ。

確かに、カル達の(チカラ)は、アラニグラには遠く及ばないが、しかしそのダルケネス族を思って行動する事に、その気持ちに大した違いなど存在しなかったのである。

故に、カル達をオマケ扱いなどせずに、仲間としての尊敬や敬意をしっかり払うべきであったのだ、とサイファスは思い至ったのである。

まぁ、その事に気付く為に、ニナを代償としなければならなかったのが何とも皮肉な事ではあるが、得てして人というのは、何かの代償なしに、何かを得る事が出来ない生き物なのかもしれない。


「うぅっ・・・!くそっ!!くそぉぉぉぉっーーー!!!」

「カル・・・。」

「カル殿・・・。」

「「「「「「「「「「・・・。」」」」」」」」」」


サイファスが自らの心情を吐露し始めた時から、ルーク達のカルを拘束する手はとっくに緩んでいた。

それ故に、カルはその気になれば何時でも抜け出せたのである。

だが、彼自身、自分の行動が間違っている事を心の何処かで感じていたのか、誰かに自分を止めて欲しかったのかもしれない。


そうして、サイファスの言葉にカルは膝を付き、何処へぶつければ良いのか分からない悲しみや怒りを、ただただ地面にぶつける事しか出来なかったのであったーーー。



・・・



「・・・カルは?」

「しばらく一人にして欲しいそうです。まぁ、あの様子なら、もう暴走する事もないでしょう。長老達とニナさんのご両親も、カルに気を使って引き上げて行きましたし、アラニグラさんとサイファスさんも、色々あってお疲れでしょうし、アルカード家に戻って休んで下さい。」


その後、集会所を出たアラニグラとサイファスは、レヴァンからそんな話を聞いていた。


散々泣き叫んだ後、流石にカルも疲れたのか、ニナの遺体に寄り添う様に座り込んでいた。

声を掛けるのは(はばか)られたアラニグラとサイファスは、一旦外へと出ていたのだが、しばらくするとレヴァン達も出て来たのである。

そして、状況を聞くとレヴァンはそう答えたのだ。


「お前らはどうする?」

「万が一を考えて、一応カルを見ておきますよ。長老達に聞いたら、集会所には仮眠室みたいな施設もあるみたいですから、交代交代でね。」

「なら、俺らもっ・・・。」


そう言い掛けたアラニグラに、レヴァンはそっと首を横に降った。


「しばらくそっとしておいてやって下さい。アイツにも、気持ちの整理が必要なんですよ。そこにアラニグラさんやサイファスさんがいたら、アイツも変に気を使ってしまうかもしれません。その点俺らは、付き合いも長いですからね。」

「・・・アラニグラ殿。レヴァン殿の言う通り、我らも引き上げよう。下手に我らがいると、カル殿も気が削がれてしまうかもしれん。」

「そう・・・、だな・・・。すまん、皆。カルを頼む。」


誰にだって、一人になりたい時がある。

ましてカルは、大切な人を亡くしたばかりなのである。


もっとも、暴走する危険性は今は極めて低いとは言え、現状では、カルを一人にしておくのも不安が残るのも事実である。

暴走しなくとも、もしかしたら、後追い自殺する可能性もあるからである。

故にレヴァン達は、カルの監視も兼ねて、彼を見守る事としたのであった。


アラニグラとしては、レヴァン達にばかり負担を掛ける事を気にして、そう申し出たのであるが、言い方は悪いが、今のカルにとっては、アラニグラとサイファスの存在は目障りでしかない。

時に人間関係は、空気感や距離感を見定める必要がある。

アラニグラとサイファスは、現時点では、自分達が役立たずである事を感じ取り、そう素直にレヴァン達の提案を受け入れたのであった。


そうして、その後、それぞれが眠れぬ夜を過ごす事となるのだがーーー。



・・・



ドゴォーーーーーーーーーンッ!!!!!!!!!!


「な、何だっ!!!???」


時は、深夜帯に差し掛かる頃。

突如、静寂を突き破る様な轟音が、ダルケネス族の集落一帯に響き渡ったのである。


様々な思いを巡らせていたアラニグラは、眠れぬまま時を過ごしていたのであるが、流石にその轟音と異変に、現実に引き戻される。

ダルケネス族の集落にいる時の定宿であるアルカード家の、すでにアラニグラ専用となりつつあった寝室のベッドから飛び起きたアラニグラは、即座に表へと駆け出していた。


「な、何だ、ありゃ・・・。」


表に出ると、カランの街とダルケネス族の集落のちょうど中間地点辺りに、巨大な光とキノコ雲が発生しているのが見えた。

アラニグラは思わずそんな言葉を呟いたが、実際には彼自身、一度この世界(アクエラ)で、似た様な現象を引き起こしている。

そう、カウコネス人達を蹂躙した時の『広域殲滅魔法』である。


だが、あの時のアラニグラは、少しばかり冷静ではなかったし、怒りや興奮に任せての行動であったから、現場を冷静に、客観的に眺める事もなかった。

しかし、客観的な視点で似た様な現象を目の当たりにすると、それがとんでもない事だったのだと改めて認識していたのであった。


「何だっ!?何が起こったのだっ!!??」

「サイファス・・・。俺にも分からん。」


少し遅れて、サイファスも表に出てくると、アラニグラが見ている方向を見やり、アラニグラ以上に狼狽していた。

サイファスにとっては、それは初めて目の当たりにする現象であるが故に、それも致し方ない事であろうが。


「とにかく、現場に向かってみよう。何か分かるかもしれん。まぁ、とんでもない事が起こっている事は確かだろうがな。」

「う、うむ・・・。」


見ると、騒ぎを聞き付けた他のダルケネス族達も、一人、また一人と表に出て、その光景に震えていた。

サイファスは族長として、アラニグラはその協力者として、事態を把握するべく、情報収集に務めなければならない。

そうでなければ、下手したら、ダルケネス族達がパニックを引き起こしてしまう可能性が極めて高いからである。


幸い、アラニグラもサイファスも、何時でも出られる様な格好であった。

これも、ニナの件があって、二人も眠れなかったからであり、とりあえずベッドには潜り込んだものの、就寝用の服に着替えるのも億劫だったので、そのままの服でいたからであったが。

(ちなみに余談だが、特に上位の冒険者などは、何時なんどき何があっても対応出来る様に、常に動ける服装で眠り、武器や装備なども、枕元に一式揃えておく者達も多いのである。)


「・・・それには及びませんよ、異郷の英雄よ。そしてダルケネス族の若き(おさ)よ。」

「「っ!!!???」」


だが、二人が行動を起こす前に、一人、いや、一柱の女神が舞い降りてくる。

あまりに出来事の連続に、二人も理解が追い付いていないが、その女神の圧倒的な存在感、そして、後光すら差した雰囲気に、二人も息を飲んだ。


「あ、貴女様はっ・・・!?」

(わたくし)はアスタルテ。こんな成りですが、一応、神々の一翼を担う者ですわ。」

「カミサマ、ですか・・・?」


突然現れて、“私が神だ。”、などとのたまったところで、本来は笑われて終わるところであるが、彼女から発せられる雰囲気、所謂“神威(かむい)”とか“神気(しんき)”とでも言う様なモノを正確に感じ取った二人は、それが本当である事を頭ではなく心で理解していた。

その証左ではないが、彼ら二人以外の現場に居合わせたダルケネス族達も、その彼女の雰囲気に思わず平服していたほどである。

ここら辺は、アキトの生誕の際に、アルメリアがマルク王やエリスのもとに現れた時と似た様な光景であった。


「い、一体何がっ・・・!?それに、何故突然貴女様が現れたので・・・?」

「混乱するのも無理はありませんが、どうか落ち着いて下さい。(わたくし)が間違っていたのですわ・・・。」

「は、はぁ・・・?」


アスタルテは、どうやら怒りが頂点に達すると、逆に冷静になるタイプの様である。

先程までは、むしろそういう彼女の方が冷静ではなかったのだが、まぁこれは、アラニグラとサイファスには分からない事であった。


「あの爆発は、あなた方を守る為に(わたくし)が起こした事ですわ。何故なら、彼らは卑劣にも、同胞を殺され、それでも必死に怒りを抑えたあなた方の気持ちを踏みにじり、その日の内に侵攻を開始する、という暴挙に出たからですわ。その結果として、残念ながら、また一人、尊い命が犠牲となってしまいました・・・。」

「「・・・・・・・・・えっ?」」


アラニグラとサイファスは、最初、アスタルテが何を言っているのか理解出来なかった。

だが、彼女の(チカラ)により、ロンベリダム帝国の拉致被害者救出部隊に目撃者として始末された例のダルケネス族の男性の亡骸と、複数人の少しばかり焼け焦げた遺体がその場に()()されると、二人も再び息を飲んだ。


「誰か、確認して欲しいのですが、冒険者の様に巧妙に偽装してはいますが、彼らは、間違いなくロンベリダム帝国側の軍人です。そんな彼らが、何故、こんな時間に、ダルケネス族の集落付近にいたのでしょうか?」

「・・・アスタルテ様のおっしゃる事は、おそらく本当でしょう。コイツら、服装は冒険者っぽいが、装備が統一され()()()()()。まず間違いなく、同一の組織に属していた事が窺えます。」

「まさかっ・・・!?奴ら、俺達を亡き者とする為っ・・・!!??」


アラニグラが、拉致被害者救出部隊の遺体を検分し、そうアスタルテの発言を肯定する様に結論付けた。

それに、一人のダルケネス族の男性がそう小さく呟く。

それが、その場にいた者達に徐々に伝播していき、その推論は、その場の者達の共通認識となっていったのである。


「まぁ、真相は分かりかねますが、これが軍事行動である事は間違いないでしょう。更に重要な点は、それによって、また一人の尊い命が奪われてしまった、という点です。ロンベリダム帝国側には、おそらくダルケネス族との対話を望んでいない者もいるのでしょう。それも、()()()()()()()、です。」

「「「「「「「「「「っ!!!」」」」」」」」」」


ロンベリダム帝国も、当然ながら一枚岩でない事は、一般的なダルケネス族にも理解出来る事ではあるだろうが、それでも軍属を動かせる者となると、当然限られてくる事も同時に理解出来た。

ーーー皇帝。

今回の騒動の裏に、ルキウスがいる事を、その場の者達は感じ取っていた。


「さて、皆さん。あなた方は、ここで選択をしなければなりません。一つは、ダルケネス族の自由と誇りにかけて、ロンベリダム帝国と徹底抗戦するのか。もう一つは、全てに目を瞑り、同胞の死からも目を逸らし、ただただダルケネス族の生存にかけて、自由と誇りを捨て去り、ロンベリダム帝国に(こうべ)を垂れるか、です。ただ、(わたくし)としましては、尊い命を犠牲にした者達の存在は忘れ去って欲しくはありませんが・・・。」

「「「「「「「「「「・・・。」」」」」」」」」」


事、ここに至れば、単純な和平路線は難しい事は、誰の目にも明らかであろう。

だが、抗戦、戦争となると、二の足を踏んでしまうのも、また事実であった。


「・・・もちろん、徹底抗戦っすよっ!そうだろっ、皆っ!!!」


だが、それに檄を飛ばしたのは、いつの間にかこの場に駆け付けていたカルであった。

人間族であり、ロンベリダム帝国出身者でもある彼は、ロンベリダム帝国に対してそれなりに帰属意識を持っていたが、ニナの件、そして今回の騒動によって、完全にロンベリダム帝国を見限っていた。

そうして、もちろん、ニナの件の報復という意味合いもあったのだが、ロンベリダム帝国の考え方を改めさせるには、何かの行動を起こすべきであると思い至ったのである。


「そ、そうだっ!!!」

「降伏したって、奴らがマトモな扱いをするとは到底思えんっ!!!」

「俺はやるぞっ!!!」

「打倒、ロンベリダム帝国っ!!!!」

「「「「「「「「「「応っ!!!!!!!!!!」」」」」」」」」」


それは、当然ながらダルケネス族にも火を着けた。

彼らからしたら、散々煮え湯を飲まされてきた相手なだけに、ロンベリダム帝国には、やはり一定の敵愾心があったのだ。


「よく言いました、皆さん。ならば、(わたくし)(チカラ)を貸してあげましょう。」

「「「「「「「「「「う、うおぉぉぉぉっーーーーーー!!!!!!!!!!」」」」」」」」」」


それに、多少の打算もあった。

ダルケネス族の人口は、ロンベリダム帝国には遠く及ばないが、彼らにはアスタルテ、そしてアラニグラという規格外の存在が味方に付いているのである。

その内、アスタルテは、明確にダルケネス族の側に付く事を明言した事によって、彼らは更に勢いづく事となったーーー。



「もはや、争いは避けられんだろうな・・・。私自身、族長としての立場は別にしたら、ロンベリダム帝国と事を構えるのは望むべきモノだ。・・・して、アラニグラ殿はどうする?」

「・・・。」


狂乱の渦中から少し外れた場所にて、冷静にそう分析していたサイファスは、考え込んでいたアラニグラにそう問い掛ける。

押し黙ってしまったアラニグラに、サイファスは頭を降ってその場を離れ、ダルケネス族達を纏めるべく、狂乱の中心に歩を進めるのだったーーー。



そうだな・・・。

俺はっーーー。





















その後、ダルケネス族を含めた“大地の裂け目(フォッサマグナ)”勢力が次々と決起し、ロンベリダム帝国と争う事となったのである。

その発端となったニナは、後の歴史家によって、『ニナ・エヴァンスの悲劇』としてハレシオン大陸(この大陸)の歴史の一ページにその名を刻む事となる。

まぁ、本人がそう望んだモノではないだろうが。


更にその背後に、一柱の女神と、一人の“ダークヒーロー”が存在していた事も、併せてここに追記しておこうーーー。



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