嘘と真実
続きです。
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「存外、キミは過保護なんだねぇ~?あるいは、男に尽くすタイプだった、とか?まさか、自分の『船』をアキトくんに譲り渡してしまうなんてさぁ~。」
「からかわないで欲しいっスよ、ルドベキヤ先輩。まぁ、言いたい事は分かりますが、私の『生体端末』が失われた以上、アキトさんにも言いましたが、私の『船』の所有権は、ずっと空白のままでしたっスしねぇ~。それでも、万全のセキュリティは講じておきましたが、抜け道や裏ワザだってあるっス。ハイドラス様ほどの御方がそれに気が付かないとは考えたづらい。ならば、アキトさんに預けておいた方が、まだ安全と言うモノっスよ。」
「はははっ、ごめんごめん。アルメリアの言う事ももっともさ。だけど、後はアキトくんに任せようって言っていたのに、まだ介入するもんだからさぁ~。」
「まぁ、本来はそのつもりだったっスけどね・・・。」
アキトの心の中にて、アルメリアとルドベキヤが、そんな会話を交わしていた。
アキトの心の中ではあるのだが、それをアキトが知る事はなかったのだが。
「エイルと、そして『エストレヤの船』、だね?」
「そうっス。本当にエイちゃんの存在は面白いっスよ。彼女は、もう立派な自我を持つ、一種の生命体っスよ。まさか、無機物から造られた存在に、高度なアストラルが宿るなどと、私達にも予想外の事でしたからねぇ~。」
「これも、アキトくんの影響だね。もちろん、元々備わっていた素養、人工霊魂であった事もあったのだろうけれど、アキトくんは無自覚に色んな奇跡を起こしてしまうよねぇ~。」
「まぁ、アキトさんっスからねぇ~。」
そもそも、今現在はセレウス、アルメリア、ルドベキヤがそれぞれアキトの心の中にて好き勝手に生活してはいるが、それをアキトも把握しているはいるものの、彼が意識して“精神世界”に来ない限り、その中で彼らがどの様に生活し、会話を交わしているかは分からないのである。
故に、密談にはある意味適した環境であった訳であった。
「そして、『エストレヤの船』、か・・・。一応、ボクの方でも確認は取れていたけれど、やっぱりカエデスが関与しているのは、これで確定となった訳だね。」
「・・・その話っスけど、本当なんっスかね?あ、いえ、ルドベキヤ先輩を疑う訳じゃないんスけど・・・。」
「・・・まぁ、言いたい事は分かるよ。何で、彼が今さらここで出てくるのか、って話だからね。けど、ボク達は彼についてはあまり詳しく知らない。彼の面倒を見ていたのは、主にセレウス様とハイドラス様だったからね。しかし、だからこそ、彼が存在し得た事を鑑みると、様々な点で説明が付く。」
「・・・まさか、彼はあの禁断の技術に独力で辿り着いていた・・・?」
「まぁ、そう考えるのが自然だろう。流石は、セレウス様とハイドラス様の直弟子にして、この世界始まって以来の大天才だよ。その点においては、アキトくんすら凌駕するほどだからね。」
そこで語られている事は、今現在のこの世界の根幹に関わる事であった。
まぁ、今さらアキトにそれを知られたとしても、アルメリアやルドベキヤにとっては特に問題ないのだが、やはり『制約』の事もあるし、何よりその話をセレウスに聞かれる事を懸念した事もあり、あえてアキトが聞けない状況=セレウスが聞けない状況を作り出す必要があったのである。
「・・・これは、セレウス様にはお伝え出来ない事っスね・・・。」
「そ~だねぇ~。ただでさえ、セレウス様にはハイドラス様との事もある。それに加えて、彼まで関わっていたとなると、セレウス様がどう動くかも分からないからね。まぁ、アキトくんがいる以上、最悪の事態はないとは思うし、いずれは分かる事ではあるんだろうけれど・・・。」
「・・・もどかしいっスね。自由に動けない、ってのは・・・。」
「・・・確かに。まぁ、ボク達には、それ以外の選択肢がなかった訳だけれど、ね。」
ふぅっ、と疲れた表情を浮かべるアルメリアとルドベキヤ。
そこには、“カミサマ”としてではなく、一人の女性としての苦悩が見え隠れしていた。
「どちらにせよ、頼みの綱はアキトさんだけっスね。」
「そ~だねぇ~。そうした意味では、キミの判断が、後々大きな影響を与える事になると思うよ。・・・やっぱり、これもアキトくんの影響なのかもね。」
「かもしれないっスね。」
セレウスとハイドラスの間に何があったのか?
カエデスとは何者なのか?
アルメリアとルドベキヤの目的は?
アキト達は、今後どうなっていくのか?
その全ての答えが、これからアキト達が向かう“大地の裂け目”に眠っているのかもしれないーーー。
◇◆◇
突然だが、“カミサマ”、所謂“高次の存在”を正確に知覚出来るのは、色々と特殊な環境であるこの世界ではあるものの、やはり極限られた一部の者達に限定された話であった。
まぁ、アキトなんかは、本物の“カミサマ”であるルドベキヤと出会い、極々身近にアルメリアが存在していたり、更には今現在ではセレウスやアルメリア、ルドベキヤが心の中に宿っている影響もあって、彼からしたら大して珍しい存在ではなくなってはいたのだが、本来は人生において出会う事などない存在なのである。
そしてそれは、ルキウスにとっても同様であった。
以前にも言及したが、ルキウスがライアド教と懇意にしているのも、ライアド教の持つ影響力やその権威が、ルキウスにとっても利用出来るからである。
それ故に、ライアド教の自治権や自由はある程度認められており、帝国内、あるいは周辺国家郡での布教に関しても、むしろ推奨してさえいた。
これは、ライアド教の布教が進めば進むほど、ライアド教の影響力が増すと共に、ルキウスの影響力もそれに比例する形で増していくからであった。
しかし、今まではそれで上手く立ち回っていたのだが、今回の事件は、ライアド教がロンベリダム帝国に手を貸さなかったが故に事態が大きくなっている、とルキウスは感じていた。
もちろん、自身の失策や、アスタルテが介入してしまったという、イレギュラー的な要因もあるのだが、ルキウスとしては、それ以外の選択肢が実質的にはなかったという事情もあった。
こちらも、以前に言及したかもしれないが、一国の長が、素直に頭を下げる事は、様々な事情のもと、かなり困難な事なのである。
一国の長が認めたという事は、それすなわちその国の総意であると受け取られる訳で、十中八九他国にナメられる事になるだろうし、国内の反ルキウス派を増長させる事にもなりかねない。
帝国内では割と人気のあるルキウスではあるが、だからと言って敵が一切いない訳でもなく、そうした様々な背景のもと、今回のダルケネス族との問題についても、頭を下げる事なくうやむやにする策を巡らせた訳であった。
もちろん、ルキウスの中では勝算もあったのである。
ところが、アスタルテというイレギュラーな存在が介入した事で、事態は思わぬ方向に進む事となった。
もし仮に、ライアド教から、何らかの情報提供、アラニグラ以外の強者の情報がルキウスに渡っていたとしたら、話はまた別のモノとなっていただろう。
実際には、“カミサマ”という存在に会ったこともなく、また信じてもいないルキウスではあるが、ライアド教が持つ独自の情報網に関しては、自身が持つ情報網よりも優れている事は認めていた。
(まぁ、実際には、その情報網の大半が、もちろんライアド教全体で収集したものであるものの、それを上手く使っていたのはハイドラスという“カミサマ”だった事まではルキウスも知らなかったし、それはあまり彼の中では重要ではなかったが。)
それ故に、アスタルテという存在についても、ライアド教ならば、何らかの情報を掴んでいたのではないか、と疑っていた訳である。
まぁ、端から見れば言いがかりも甚だしいし、他の組織の情報に頼ってしまった時点で、それはルキウスの敗北を意味するのだが。
だが、えてしてそうした事は起こりうるものだ。
先程も言及したが、今まではそれで上手く立ち回っていたのだ。
少なくとも、今回の件までは、ライアド教もルキウスに情報提供など、裏で力を貸していたのである。
そこに、一種の甘えと慢心、油断があった。
もちろん、ルキウスほどの男が、全面的にライアド教に依存する事の危険性を理解していない筈もないのだが、人はそれまでの経験則でしか判断出来ない面も持っているものなのだ。
それ故、どれほど優秀な人物であろうと、優れた才能や才覚を持つ人物であろうと、単純なミスを犯してしまう事がままあるのである。
また、これもルキウスは知らない事ではあるが、この件の裏には、ヴァニタスという、別の神性も関与していたのである。
言ってしまえば、ハイドラスも、ヴァニタスが巻き起こした件に便乗しただけなのである。
それに、ある種子供っぽい感情論だけで、政治的な思惑など一切関係ないとばかりに、後先の事を考えないままに行動してしまったアスタルテの存在もあった。
気持ちは分からないでもないが、敵を討ち滅ぼせは、それで全て解決する訳ではもちろんない。
その選択の果てに、様々な人々が巻き込まれてしまう事も、本来は考慮しなければならないものなのである。
だが、えてして歴史が動く時には、そこに論理など、あってない様な事態が起こり得るものだ。
何故ならば、人は、結局感情で生きている生き物だからである。
最終的には、論理で動くルキウスと、感情論で動くアスタルテは、ある意味、相性が究極的に悪かったのであったーーー。
・・・
「申し訳ありません、陛下っ!!!」
「・・・良い。頭を上げよ、マルクス。」
「で、ですがっ・・・!!!」
「・・・良いと言った。お前に命令を下したのは余だ。故に、此度の失策は、余の失策である。お前に落ち度はない。」
「は、ハハァッー!!!」
場面は、アスタルテの手によって、拉致被害者救出部隊がほぼ壊滅した後の話になる。
当然ながら、その情報は、マルクスはもちろん、ルキウスの耳にも素早く入る事となった。
作戦の失敗は、その作戦の責任者であるマルクスの責任となる。
故に、マルクスはルキウスのもとを訪れ、その謝罪を行っていたのであった。
もちろん、謝って済む問題ではない、とマルクスは考えていた。
場合によっては、自らの命を持って、責任を取る覚悟であったのだ。
まぁ、ルキウスからしたら、いくら失敗したからといって、優秀な部下の命を奪う事など合理的ではないのだが、そこら辺は、軍人と政治家の価値観の違いであったのかもしれない。
それに、ルキウスの度量の広さもあった。
ロンベリダム帝国の軍務の責任者は、軍務長官たるマルクスではあるものの、更にその上に立つルキウスは、全てにおける最終責任者である。
向こうの世界においても、こちらの世界においても、責任からは逃げる者も多い中、ルキウスは独裁者として、好き勝手に振る舞う事と引き換えに、それに伴う責任についても全うする覚悟を持っている男なのであった。
それに・・・。
「・・・それに、まだ決定的な失敗ではない。少なくとも、救出部隊の生き残りは、多少はいるのであろう?」
「ハッ!それと、拉致被害者(スパイの男)の確保も、何とか成功しまして御座います。」
「・・・うむ。で、あるか・・・。」
そうなのだ。
アスタルテの怒りを買ってしまった拉致被害者救出部隊ではあったが、ほぼ壊滅したのは事実だが、その生き残りも存在したのである。
ここら辺は、凄まじい力を持つとは言え、こと戦闘面においてはアスタルテは素人同然であったが故の詰めの甘さが招いた結果であった。
当たり前だが、敵を全滅させるのが狙いなのであれば、一人一人確実に葬っていく方がより確実である。
まぁ、普通ならば、そんな手間を掛けてはいられないし、実際の戦争における“全滅”の定義も、損耗率が半数を越え、部隊の構成員である兵士が敗走、脱走するなどして、もはや戦闘を継続出来ない状況を指す場合が大半である。
もちろん、兵士や指揮官を皆殺しにする事を指して、文字通り“全滅”とする場合もあるが、こちらはあまり現実的な話ではないのである。
まぁ、それはともかく。
しかし、アスタルテほどの力の持ち主であれば、文字通り、全滅させる事も可能なのである。
だが、それは先程述べた通り、確実に一人一人を葬っていく事が絶対条件なのである。
今回の場合、アスタルテは、感情のままに、所謂“広域殲滅魔法”に該当する力を使った。
向こうの世界で考えるのならば、ミサイルを敵部隊にぶちこんだ様なモノだ。
当然ながら、それによって、多数の死傷者が出た訳である。
もっとも、爆心地から運良く離れていたり、物陰になっていたりと、それでも何とか生き残る者達もいない訳ではない。
ただ、先程述べた通り、それではもはや戦闘継続は不可能であるから、勝敗としては言わずもがな。
だが、これは判断がかなり難しい事でもあるが、それで良しとする場合もあれば、文字通り全滅させる必要がある時もあるのである。
今回の場合は、後者が正解であった。
だが、先程も述べた通り、アスタルテは戦闘面においては素人同然であったが故に、それをせずにその場を後にしたのであった。
「・・・ならば、大義は我らにある、という事に出来るな・・・。」
「・・・・・・・・・はっ?と、申しますと・・・???」
突然、訳の分からない事を言い始めたと、マルクスは戸惑ってしまった。
ここら辺は、以前にも言及した通り、彼が軍人であるが故に、政治的な策謀においては門外漢であったが為の反応であった。
「なるほど・・・。拉致被害者。その存在を全面に押し出す訳ですな?その末で、我らの正当性を主張する・・・。」
「うむ。」
が、ルキウスの政治面を補佐する宰相であり、こと権謀術数に優れたルドルフは、ルキウスの言葉からそう先読みしてみせた。
「この際だ。ダルケネス族側の事情は一切考慮しないものとしよう。先のカランの街の一件も、帝国民の支持を集めれば、後でどうとでもなる。」
「ええ、それしかありますまいな。」
「え、えっーと・・・。」
若干、蚊帳の外にされてしまったマルクスは、戸惑いながらも、必死に頭を動かしていた。
失点したばかりなのだ。
ルキウスからの許しがあったとは言え、何とか挽回したい、という思いもあっての事であった。
だが、そんなマルクスの様子に、ルキウスは苦笑しながら言った。
「ああ、すまんすまん。お前にも、分かる様に説明しよう。」
「まず、今回、拉致被害者の件を用いて、交渉を有利に進めようとした・・・。これは、理解出来るな?」
「ええ。その為の、今回の作戦でしたからな。」
「うむ。だが、結果として作戦は失敗。謎の存在によって、我らの部隊は壊滅的な打撃を受ける事となった。・・・もちろん、この存在についても気になるところではあるが、もっと問題なのは、この件が隠し通せる状況ではない事なのだ。」
「まぁ、あれだけの被害でしたからな。他の帝国民ならばともかく、現場にほど近いカランの街の住人達には、多数の目撃者がいる事でしょう。」
「うむ。と、なれば、いずれ帝国民にも知れ渡る事は、もはや時間の問題だ。箝口令を敷くにしても、誰の口を塞げば良いかも分からん。逆に、下手に圧力を掛けると、更に状況は悪化しかねない。故に、これに関しては手の打ち様がない。」
「ならば、この状況を最大限活用するべきなのです。」
ルキウスとルドルフが、マルクスに状況を説明し始めた。
もっとも、様々な策や準備を仕込んでおくタイプのルキウスとしては、これも代替案として当初から想定していたものの一つではあったのだが。
筋書きはこうである。
先の作戦は、すでに言及した通り、カランの街での一件をうやむやにする為の、一種の茶番劇であった。
その概要は、ロンベリダム帝国の者が犯してしまった殺人を、ダルケネス族側が抱えていたスキャンダル(拉致被害者、つまりはエン爺達の存在)を持って相殺する事であったのだ。
まぁ、その詳細を知っている者からしたら、ひどいマッチポンプである(何せ、エン爺達を追放したのは、他ならぬルキウスであったからである。まぁ、その後、エン爺達がダルケネス族と合流する事までは、流石にルキウスとて想定していた訳ではないのだが)と思うかもしれないが、政治というのは綺麗事だけではないので、こういう策も有りなのであった。
ただ、その作戦は、アスタルテが介入した事により、失敗に終わってしまった。
何故ならば、その作戦の絶対条件としては、相手方、つまりダルケネス族側に知られては意味がないからである。
スキャンダルはあれど、同胞を殺された矢先にロンベリダム帝国から攻撃を受けたと知れば、それはもはや感情的な話になる。
ダルケネス族側からしたら、先に手を出して来たのはロンベリダム帝国側である、という大義名分も成り立つのである。
まぁ、本来ならば、それでもそこですぐに戦争とはならないのだが、そうした機運が高まるのは目に見えているし、少なくとも謝罪や損害賠償を求めて、ダルケネス族側から猛烈な抗議の声が挙がるのは確定的であった。
そうなると、先程の策は使えない策に早変わりしてしまうのである。
ならばと、ルキウスは方向転換を図る事としたのであった。
先に手を出したのはロンベリダム帝国側である分かれば、国内からも批判の声が挙がる可能性が高い。
先程も言及したが、アスタルテが起こした事態は、カランの街の住人達も多数の目撃者がいるのだ。
流石に、その詳細までは分からないまでも、更にそこへカランの街の冒険者ギルドで起こった一件も噂が流れたとしたら、勘の良い者ならば、ルキウスが何か仕掛けたと気付いてしまう事だろう。
そして、人の口に戸は立てられないという言葉通り、様々な憶測や噂がロンベリダム帝国内へと流れてしまう事になる。
少なくとも、反ルキウス派は、ルキウスを蹴落とせるその絶好の機会を逃す事はないだろう。
そこで、ルキウスはいち早くその事態を、自分の都合の良い方向に変えてしまおう、というのである。
作戦自体は失敗したが、ルキウスは拉致被害者の一人を救出する事には成功している(まぁ、実際には、その男はスパイであったのだが、ダルケネス族側にいた事は事実であるし、他の者達には分からない事でもある)。
そして、今回の作戦にしても、カランの街の一件の下手人、パリスの部下の男の情報から、それを確認する為に立案したものであるとすり替えるのである。
つまり、
Q.何故、その男が犯行に及んだのか?
A.自分は、妻をダルケネス族に殺され、子供を拉致されている。それに対する報復であった。
という証言を得て、ロンベリダム帝国側は、密かにその事実を確認すべく、部隊を派遣していた、という体にするのである。
もちろん、ダルケネス族側に事前に知らせなかったのも、もしそれが事実であった場合、ダルケネス族側が素直に本当の事を言わない可能性が高かったからである、という言い訳も成り立つのである。
そして、その矢先に、その部隊が壊滅状態になったのである、と吹聴する訳だ。
そうなると、当然ながら、それを行ったのがダルケネス族側であると予測出来、
何故そんな事をしたのか?
知られたくない事があるからじゃないか?
と、いう事は、それは事実である。
という具合に、連想ゲームの様に、帝国民達の意識を操作する事が可能となるのだ。
更には、何とか救出した拉致被害者が生存しており、その話の真実味は、より一層高くなる事となる。
そこで、大々的にルキウスから、演説の一つでもあれば、帝国民の感情は一つの方向に誘導する事が出来るのである。
すなわち、ダルケネス族は、帝国民を拐っていた悪。
悪に対して、正義の鉄槌を与えるべきである、と。
人は、“正義”という甘言に弱い。
が、実際には、絶対的な“正義”など幻想である。
何故ならば、人の数だけ“正義”がある訳で、自分達に敵対する者も必ずしも“悪”ではなく、また別の“正義”でしかないからである。
だが、しばしば人はその甘言に踊らされる事があるものだ。
“正義”という、ある種の免罪符のもと、他者を糾弾するのは、言い知れぬ快感があるからである。
ここら辺は、イジメや差別に似通った部分かもしれない。
実際、そうした例には枚挙に暇がないのである。
まぁ、それはともかく。
「そうすれば、帝国民の支持を集める事も出来、更には帝国内の反対勢力を抑え込む事も可能です。」
「更には、他国に対しても帝国の正当性を主張出来る、という訳だ。まぁ、本来ならば、こうなる前に何とかしたかったのであるが・・・、今更過ぎた事であるな。」
「・・・なるほど。」
ルキウスとルドルフの説明に、マルクスは納得していた。
政治面に関しては門外漢である彼も、軍務面に関してはその道のプロである。
国力の損耗を鑑みれば、避けられる争いは避ける事も彼には理解出来たし、それ故に先の作戦も納得していた。
だが、それが失敗に終わり、ダルケネス族側との緊張状態が一気に高まりも見せていた事も考慮すれば、逆に戦に備える場面でもある。
実際、ロンベリダム帝国では、魔法銃を専門に扱う部隊を新設しており、軍備の増強はすでに済みつつあった。
だが、そうした実質面とは別に、ルキウスとルドルフは、政治面からそうした機運に備えようとしているのである。
まぁ、本来ならば、ルキウスの発言通り、そうなる前に対処すべきであったのだろうが、すでにその局面は過ぎ去っている。
ならば、彼らのやるべき事は、過ぎ去った過去を悔やむ事ではなく、近い未来に起こり得る事に現実的に対処する事なのである。
「そうした訳で、マルクス。お前には、引き続き軍務の指揮を任せるぞ。そして、ルドルフ。お前は、政治面から、その様に仕込むのだ。」
「ハッ、お任せ下さいっ!!!」
「御意に。」
こうしてルキウスも、方針を二転三転されつつも、“大地の裂け目”勢力との争いに向けて、準備を進めるのであった。
何となく、誰かに操られるままに、そう仕向けられている様な不快感を感じつつ、であったがーーー。
「ところで、陛下。少々懸念も御座いまして・・・。」
「うむ・・・。パリスと例の下手人、の事であるな?」
「ええ。」
マルクスが去った後、残されたルドルフは、そっとルキウスにそう進言していた。
「お前の懸念はもっともであろう。帝国民の感情を操作する為とは言え、ある意味では奴らは、今回の件で英雄視される恐れがあるからな。」
「左様で御座いますな。」
ここら辺は、中々ややこしい問題である。
例えば、ただの犯罪者であろうと、何故か一定の人気を集めてしまう事もままある。
これは、ある種の社会に対する不満をその者が代弁してくれた、と感じるからかもしれない。
パリスとパリスの部下の男にしても、最初の時点では、ただ事態をややこしくした大罪人ではあるのだが、ルキウスの今回の策を用いると、一転して英雄的所業に早変わりする可能性もある。
何せ、帝国民がそれまで知らなかった、“拉致被害者”という存在を明るみに出した者達となるからである。
そうなると、彼らの処遇は面倒な事になる。
帝国民から下手に支持を集めてしまえば、簡単には彼らを処分出来なくなる。
下手すれば、彼らは英雄の如く持ち上げられる懸念があるのである。
それは当然、為政者側として面倒でしかない。
だが、その点に気付かぬルキウスでは、当然なかった。
「だが、その懸念は無用だ。奴らは、今回の件に巻き込まれた、という事にする。名目としては、先程の件と同様だ。ダルケネス族側に家族を拉致されたという証言のもと、自分達も同行すると強く要望したからである。現場指揮官は、難色を示したが、結局は折れた。その理由は、まぁ、同情とか、そうした理由でも良いが、詳しい事は後で考えるとして、そして事件に巻き込まれた、という事にな。」
「ふむ、なるほど・・・。では、彼らは素早く始末してしまう必要がありますな。」
「うむ。奴らには生きていられては面倒だ。だが、逆に死んでくれていたら、如何様にも使い勝手が良くもなる。」
「分かりました。では、その様に処理しておきましょう。」
「うむ、頼むぞ。」
「ハッ!!!」
パリスとその部下の男にとっては悪夢の様な話だが、こうして彼らの処遇は、アッサリ決まってしまったのであった。
もっとも、そうでなくとも、少なくともパリスに関しては、元々体の良い“身代わり”として飼われていただけの存在に過ぎず、本人はそれを知らないものの、今まで散々好き勝手やってきているので、ある意味では自業自得である。
また、パリスの部下の男にしても、彼に実際にどの様な事情があったかまでは分からないが、ニナを殺害し、事態をややこしくしてしまった責任は免れない。
それも、ある意味では自業自得と言えるだろう。
後日、パリスとその部下の男は、密かに行方不明となり、帝国側から、カランの街近辺で起こった謎の大爆発に巻き込まれて亡くなった、と正式に公表されたのであったーーー。
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