逆鱗 3
新年、明けましておめでとうございます。
さて、新年一発目の投稿になります。
今年もゆる~く投稿致しますので、よろしければ、どうぞお付き合いのほど、よろしくお願いいたします。
◇◆◇
もちろんそれは、マルコ達の考え過ぎであった。
何故ならば、この件はルキウスが画策した訳ではないからである。
むしろ今回の件は、ルキウスもどちらかと言えば巻き込まれた側の立場であった。
では、これを計画したのは誰であろうか?
答えは、すでに述べた通りヴァニタスである。
もっとも、確かに大筋はヴァニタスが画策した事ではあるが、その過程で、様々な勢力の干渉があった事もまた事実である。
ヴァニタスもそれは承知していたが、彼としてはそれも都合が良かったので、それはあえて黙認していたのである。
では、何処の勢力が干渉したのか?
それは、やはりライアド教ハイドラス派であった。
(後、ついでにキドオカとソラテスもそうだが、キドオカに関しては、彼のこの世界にはない“術儀”をヴァニタスが重宝し、ある意味立場は違えど協力という体の干渉を要請したのだが、ここでは割愛しておこう。)
もっとも、ハイドラスは『始祖神』であるアスタルテとソラテスとは違い、神としての格はそこまで高くない。
故に、ハイドラスは、信者、特に妄信的にハイドラスを信仰している信者の目を通してこの世界の事象を観測する事は出来るが、その一方で、アスタルテとソラテスの様に、自由にこの世界で起こっている出来事を見聞きする事は出来なかったのである。
まぁ、逆を返すと、それ故にハイドラスは、少ない情報から今後起こる事を予測する術に長ける様になったり、もっと簡単な方法として、自らで起こして、自らで解決するという、所謂“マッチポンプ”を得意とする様になっていったのであるがーーー。
・・・
「よろしかったのですか、我が主よ。ライアド教で開発していた“魔法銃”の一つを、横流しする様な真似をしても・・・。」
〈かまわん。いずれロンベリダム帝国も御披露目する予定であったのだ。それが早まっただけの事よ。〉
「はぁ・・・。」
『血の盟約』のメンバーであり、ハイドラスの信頼も厚いニルは、遠巻きにカロンの街の冒険者ギルドで開催された協議の一部始終を監視していた。
そして、例の不意打ちの後、一触即発の場面を経て、マルコの機転によりアラニグラとサイファスがニナや従者を引き連れてその場を去った後に、ニルはふとそんな疑問をハイドラスに呟いていた。
今現在は、密かにロンベリダム帝国で大量に生産、量産されている“魔法銃”ではあるが、その基となったN2の所持している“魔砲”のデータを直接奪い取ったのは、他ならぬハイドラスに唆されたウルカであった。
故に、当然ながらライアド教にも、“魔法銃”が存在したとしても何らおかしな話ではないのである。
もっとも、当然ながら“魔砲”の技術解析をしたのが別の人物であるから(ロンベリダム帝国ではランジェロが主体となって、今現在の“魔法銃”が誕生している)、そのコンセプトや形状が多少異なるのは当たり前の話なのである。
実際、パリスの部下の男が所持していた“魔法銃”は、ランジェロが開発した“魔法銃”よりも小型であり、護身用・暗殺用に特化している印象がある。
これは、やはり“魔法銃”をどの様に使用するかの想定が異なる事が、コンセプトや形状の違いに影響している。
ロンベリダム帝国は、国という組織であり、なおかつ武力として効率的な“魔法銃”の利用法を考えていたのに対して、ライアド教は、もちろん、向こうの世界でいうところの『十字軍』の様に、実はライアド教独自の軍隊を持っているのだが、こちらはあくまで宗教団体であるから、戦争を前提として“魔法銃”を開発していた訳ではない。
故に、表向きは儀仗用として、ライアド教の権威を示すお飾りの“魔法銃”がロンベリダム帝国とは別に開発されたのであるが、その裏で、『血の盟約』の様な、ライアド教の裏側の組織の為に、足の付きにくい護身用・暗殺用に特化した“魔法銃”が開発された経緯があるのである。
しかし、それが今回パリスの部下の男がライアド製の“魔法銃”を使用した事によって、ある意味ライアド教の優位性が失われた事を意味する。
ニルほどの使い手であれば、むしろ“魔法銃”など無用の長物なのであるが、ライアド教の裏側の組織は何も『血の盟約』だけじゃないし、いくらこの世界の巨大な宗教団体とは言え、ライアド教内でも、S級冒険者クラスの使い手であるニル達レベルの存在は中々いないのが実情である。
故に、ライアド製の“魔法銃”はライアド教内でも一定の利用価値がある代物なのであるが、それが今回の件で陽の目を見てしまったが故に、先程述べた通り、その“魔法銃”の実物が多方面に知られてしまう恐れがある為に、ライアド教の優位性が失われてしまったのである。
ニルがその点を懸念する事は、むしろ当然の反応と言えるだろう。
だが、ハイドラスはそれをさして問題視していなかった。
これは、ニルとハイドラスでは、見えているステージが違うからである。
ニルは、この世界の暗部に生きる男であるから、物事や情報などを隠すのが当たり前の価値観を持っているのに対し、ハイドラスも、もちろん機密情報や技術力の秘匿を理解しているものの、同時にそれを完全に隠し通せるとも思っていないのである。
故に、持っている手札を増やす事はするのだが、同時に手札を如何に見せるかについても造形が深い。
今回の件でハイドラスが狙っていたのは、“魔法銃”の出所をうやむやにする事であった。
これは、実際にN2から『魔砲』のデータを奪った実行犯であるウルカの立場を守ると共に、『異世界人』達の目をロンベリダム帝国へと向ける為である。
事実、マルコはパリスの部下の男が所持していた“魔法銃”を、ロンベリダム帝国製であると誤解していたし、逆に今回の件で“魔法銃”を公にした事によって、ロンベリダム帝国からライアド教へと流れた“魔法銃”があったとしても不自然ではない状況を作り出したかったのである。
この様に、あえて情報を流出させる事によって、事実を見えにくくする手法は、これは割とよくある手法なのである。
まぁ、ニルがそれを理解したかどうかは定かではないが。
「それで、この後の動きはどうされますか?」
ニルとしては、多少の疑問があれど、自身の主たるハイドラスが良いと言うのなら、それ以上何か言う事はない。
故に、その疑問を即座に頭の隅から追いやり、今後の動きについてハイドラスに指示を仰いだ。
〈うむ。この後は、おそらくもう一悶着あるだろう。この件を裏で操っている者は、ロンベリダム勢力と“大地の裂け目”勢力の争いをどうしても引き起こしたい様だからな。故に、この程度の火種で引き下がる事もあるまい。だが、我々にはあまり関係のない話だ。まぁ、仮に戦争となり、ロンベリダム帝国が勝利した暁には、ライアド教を広める良い機会となるだろうが、現時点ではライアド教が表立って目立つのは避けるべきだろうな。〉
以前にも言及したが、ライアド教としては、いや、この場合はハイドラスの都合としては、戦争を引き起こして貰った方が、ライアド教の布教の為には都合が良い。
戦争によって、物質的・精神的な文化が破壊される事となる訳だから、その弱っているタイミングを見計らって、自分達に都合の良い教えを広めるには格好のシチュエーションであるからである。
それ故に、先程の狙いもあったのだが、それとは別に、戦争を後押しする意味でも、ライアド製の“魔法銃”を横流しする事を黙認した経緯もある。
「では、当分は静観、という事でしょうか?」
〈いや、我々は独自に動く。だが、いずれにせよロンベリダム勢力と“大地の裂け目”勢力が戦争を始めたら、という話になるがな。・・・ニル。お前は、引き続き、ダルケネス族の監視を続けよ。追って、また神託を下す。〉
「ハッ!御心のままに。」
それともう一点。
ハイドラスには、別の狙いもあったのである。
まぁ、これに関しては、現時点では謎に包まれているのだが、この混乱に乗じて、虎視眈々と準備を進めるのだったーーー。
◇◆◇
人の心ばかりは、いくら厳しい法律を敷こうとも、いくらカリスマ性のある指導者がいようとも、そう簡単に一つの方向へ纏める事は難しい。
実際、各国の冒険者ギルドにも、所謂“はみ出し者”、“跳ねっ返り”が存在するし、各国の政治を司る貴族階級の者達の中にも、様々な考え方を持つ者達が存在する。
そしてそれは、ハレシオン大陸随一の強国にして大国であり、天才的指導者であるルキウス率いるロンベリダム帝国と言えども例外ではないのである。
いや、むしろ、ロンベリダム帝国が強国であり大国であるが故に、その帝国民の中には、所謂“選民思想”を潜在的に感じている者達が多いのかもしれないが。
まぁ、それはともかく。
さて、ルキウスから指示を受けたマルクスは、カランの街の駐留軍を密かに動かしていた。
とは言っても、当然ながらカランの街に駐留している部隊全体を動かす訳ではもちろんない。
そもそも、カランの街の駐留軍の主な任務は、“大地の裂け目”勢力の監視と牽制、つまりは防衛任務がメインであるから、駐留軍全体を動かしてしまった場合、当然ここに戦略的な穴が出来てしまうし、今回の目的は、あくまで襲撃に見せ掛けた拉致被害者の確認と確保であるから、むしろ少数精鋭の部隊でもって、素早く目的を達成させる事が重要になってくる。
故に、カランの街の駐留軍の中から、選りすぐりの兵士、騎士達を選出し、密かにダルケネス族の集落へと進行させていたのであった。
ちなみに、改めて今回の作戦は、ある意味ダルケネス族の感情を逆撫でにする作戦ではあるのだが、ここら辺が“国”という組織の難しい点であった。
これが、個人と個人のいざこざ、あるいは、小さな集団同士のいざこざであった場合、自分達に非があるのならば、それを謝って手打ちとする事も出来るのだが(もちろん、己の非を認めずに衝突する事もあるのだが)、これが大きな集団になればなるほど、そうした単純な手段は用いれないものなのである。
もっとも、昨今の向こうの世界の、特に企業関連では、某かの問題があれば、速やかにその情報を開示し、誠心誠意謝罪をした方が企業としてのダメージが最小限に抑えられるパターンも多いのだが、相変わらず“国”という組織においては、そうした対応をするより、隠蔽や工作が先に来てしまうものなのである。
ここら辺は、立場の違いや、抱えてるものの大きさにも関わってくるのだが、要は、“国”という組織は、そう簡単には謝る事が出来ないのである。
場合によっては、それをする事によって逆にナメられてしまい、戦争を吹っ掛けられてしまう恐れもあるからである。
今回のケースだと、ただ全面的に非を認めて謝罪しただけだと、
“謝って済むならケーサツはいらねぇ~だよっ!
誠意を見せろや、誠意をっ!!
それとも、やんのかっ!?
ああんっ!!??”
って感じである。
まぁ、こんな不良みたいな言葉遣いはしないのだが、基本は似た様なものであり、相手を調子付かせるのは悪手でしかない。
故に、ルキウスはその選択肢を即座に除外した訳であった。
そうなると残る手段は、逆に相手を叩き潰して、問題自体をなかった事にする方法だが、これはあまり旨味がない。
もちろん、それによってダルケネス族が占有している土地や地下資源などを簒奪する事は可能な訳だが、その場合、今度は他の“大地の裂け目”勢力の怒りを買うだけだ。
それどころか、以前にも言及した通り、ロンベリダム帝国南西部の周辺国家郡の、ロンベリダム帝国に不満を持っている者達が活気付いてしまうし、ロンベリダム帝国内に存在する反ルキウス派の台頭を許してしまう切っ掛けにもなりかねない。
故に、ルキウスとしては、この選択肢も除外せざるを得なかったのである。
と、言う訳で、もっとも落としどころが良いのが、お互いのカードでもって相殺する事であった。
こちらのスキャンダルと、あちらのスキャンダルを握り合う事でバランスを取り、その末でこの件自体をうやむやにするのである。
言わば、シロともクロとも言えないグレーゾーンであるが、こういったケースは、特に国同士の話では無数に存在するのである。
この様に、“国”の舵取りは、非常に複雑怪奇であり、様々な事を想定した上で、もっともベターな選択肢を選び取らなければならないので、非常に難しいのである。
一時的にダルケネス族の感情を逆撫でにする行為であったとしても、上手くすればこの一手がもっともお互いにとってダメージの少ない方法であるから、必然的にルキウスはこの一手を選んだのであった。
もっとも、先程も述べた通り、上の方の苦労を現場が理解していない事も往々にしてあるし、逆に現場の苦労を上が理解していない事もある。
ここら辺は、どんな組織にもある根深い問題点の一つであったーーー。
・・・
「・・・。」
「「「「「・・・!」」」」」
カランの街の駐留軍の独立部隊、今回の作戦の為に編成された拉致被害者救出部隊は、ニナの死のその日の夜に、ダルケネス族の集落に迫っていた。
これは、ニナの死にダルケネス族全体が少なからずショックを受けているだろうから、ダルケネス族側の警備が手薄になっている可能性が高い事を計算に入れた上での行動であった。
事実、拉致被害者救出部隊がいくら慎重に動いていたとは言え、ダルケネス族の集落まで問題なく進行出来た事から、ダルケネス族側も相当に動揺している事が窺い知れる。
救出部隊の指揮官は、無言でハンドサインを示す。
闇夜によって、それを視認する事は困難であったが、この部隊の者達は元々斥候や偵察を得意とする者達を意図的に選んでいるので、それを問題なく理解した様である。
そして、救出部隊は、遂にエン爺達が住んでいる場所まで辿り着いていたのだった。
以前にも言及したが、ルキウスお抱えの諜報部門の暗躍によって、すでにダルケネス族内にエン爺達がいる事はルキウスの知るところであった。
とは言え、これは一部の者達しか知らない事実であるから、この指揮官はともかく、一般兵達はその事実を知らされていなかったのである。
故に、兵士達は、この作戦の本当の意義を知らなかったのであるが(今回も、ダルケネス族側の偵察が任務であると言われていた)、とは言え、こうした事は珍しい事でもない。
情報漏洩防止の観点から、末端には情報が降りてこない事はむしろ当たり前の話であり、兵士達もそれについて理解している。
彼らは、ただ言われたまま行動する事を求められているのだ。
これが、軍隊という組織の有り様なのである。
もっとも指揮官は、先程も述べた通り、ここに拉致被害者が捕虜となっている事を事前に知らされていた。
そして、その情報通りに、この場まで移動してきたのであった。
「皆、静かに聞いてくれ。この場所には、我らが同胞が捕虜となっているそうだ。」
「「「「「っ!!!???」」」」」
ある意味敵地のど真ん中であるから、ここまで無言を貫いてきたその指揮官も、当然ヒソヒソ声ではあるが、ようやくその口を開いた。
当たり前だが、いくら情報漏洩防止の観点から情報規制を敷いていたとしても、何をしたら良いかも分からぬままでは、この先は兵士達も動き様がない。
故に、この場に至って、ようやくその本当の作戦内容が兵士達にも知らされたのである。
「本来ならば、今すぐにでも全員救出したいところだが、今回の目的は、その情報の確認が第一だ。そして、可能であれば、数名を確保する事にある。」
「「「「「・・・。」」」」」
兵士達は、指揮官の言葉に無言で頷く。
内心では、全員救出したいところだが、兵士達もそれが非常に困難な事は理解出来たからである。
潜んで来た以上、これが隠密活動である事は言わずもがなであるし、指揮官の言葉から、その情報が不確定な情報である事も読み取れる。
現時点では、そんな情報によって、ダルケネス族と正面切って戦う訳にも行かず、それ故に、指揮官がそう指示した事を瞬時に理解したのである。
「当然だが、これはダルケネス族側に悟られては、任務は失敗となる。故に、この先はより慎重に行動する様に。」
「「「「「・・・。」」」」」
コクリッ、と指揮官の言葉に、兵士達は無言で頷いた。
それに指揮官も頷き、いよいよ作戦が決行されるーーー。
・・・
意外なほどすんなりとエン爺達の拠点に侵入を果たした彼らは、その足で、エン爺達の捜索を進める。
とは言え、時間にしたら深夜帯であり、この世界の常識ではすでに寝静まっている頃合いである。
彼らもそれは理解しているので、周囲を警戒しながらも、建物内の捜索に向かう。
建物の数自体は、そう多くはないのだが、とは言え、彼らの人数も限りがある。
当然ながら、大部隊で進行すれば、その分ダルケネス族側に察知されやすくなる訳だから、すでに言及した通り、彼らは少数精鋭でこの場に臨んでいるからである。
ここからは時間との勝負であるからか、指揮官は最小のユニットである二人一組を組ませ、方々に散らばる様に指示を出した。
素早く指示を受けた兵士達は、続々と建物内部の捜索を進めていった。
「マジかよ・・・。」
「シッ、声を立てるな。」
「ああ、すまない・・・。」
その内の一組、まだ年若い二人の兵士は、建物内にて寝息を立てている人物を視認すると、思わず言葉を呟いてしまった。
厳密には、ダルケネス族と人間族の見分けは付けづらいのだが、ダルケネス族は美形揃いであり、多少青白い顔色をしており、なおかつエルフ族ほどではないにしても、耳が尖っている特徴がある。
故に、見る人が見れば、一発でそれがダルケネス族か人間族かの区別が付くのである。
その二人の兵士も、多少経験が浅いとは言え、この作戦に選出させている以上、それなりの腕を持ち、そして、裏の選出事由として、観察力や洞察力に優れた者達でもあった。
故に、その場に居たのが、まず間違いなく人間族であると即座に理解出来たのである。
「・・・。ロンベリダム帝国の方ですかい?」
「「っ!?」」
と、その時、寝息を立てていた人物が、おもむろに起き上がり、そんな事を呟いた。
「ああ、慌てねぇ~でくだせぇ、旦那方。俺っちは、旦那方の協力者でさぁ。」
「・・・どういう事だ?」
その男の言葉に、若手兵士の片割れが思わず聞き返していた。
「いや、何、所謂“間者”って奴ですよ。もっとも、俺っちは、軍属じゃねぇ~ですぜ?ただの一般人でさぁ。」
「ふむ・・・。」
先程も言及したが、組織というものは一枚岩ではないものなのである。
それは、ロンベリダム帝国を追放されたエン爺達とて例外ではない。
そもそも、敵方にスパイを送り込んでおくのは、ある意味戦略の基本である。
ルキウスがそれを仕込んでいたとしても、何ら不思議はなかった。
「で、アンタは何で俺らと接触しようとしたんだ?」
「何、簡単な話でさぁ。お迎えを待っていたんですよ。」
「・・・迎え・・・?」
「ああ、旦那方は知らされていませんでしたかい?この集落にゃ、人間族が存在するですよ。その情報の確認と、可能ならばその人物達の確保が、旦那方の任務の筈だ。」
「「ああっ!」」
「そうです。俺っちが、その確保される人物でさぁ。何せ、何にも知らない奴を確保しても、場合によっては誘拐されると思い込んで、変に騒がれちまいますでしょ?特に、この集落にいる連中は、変にダルケネス族と仲が良いですからね。」
「なるほどな・・・。」
そう、これは初めからシナリオが大筋で決まっていた事なのである。
もっとも、この男が単独でダルケネス族の集落から離脱して、拉致被害者がいると証言したところで、証拠を隠されたら、難癖を付けていると突っぱねられるだけである。
故に、軍属を動かし、多数の者達が目撃した状況の中から、彼を救出する事によって、ダルケネス族側に有無を言わせない状況を作り出す必要があった。
それを理解し、若手兵士二人は、思わず頷いていた。
「って訳ですから、俺っちを指揮官様のところまで連れってくだせぇ。」
「ああ、了解した。」
・・・
その後、合流した救出部隊は、スパイの男を確保して素早く離脱を図ろうとしていた。
先程述べた通り、シナリオは大筋で決まっており、それを他の一般兵はともかく、指揮官は事前に知らされていたからである。
他の一般兵達は、人間族を確認する事自体は出来た様だが、下手に彼らを叩き起こして騒ぎになるのを嫌ったのか、連れてきた人間族は皆無であった。
元々、先程指揮官の口から、情報の確認が第一であり、なおかつダルケネス族に悟られてはおしまいであると言われていたからか、慎重さを優先させた結果の様である。
このまま何事もなくこの集落を脱出出来れば、この作戦は成功であり、なおかつルキウスの思惑通りに事を運べる筈だったのだがーーー、残念ながら、ここでイレギュラーな事態が発生したのだった。
「なっ・・・!?だ、誰だっ、貴様らっ!!!」
「「「「「っ!!!???」」」」」
いくら慎重に行動したとしても、人の緊張感は何時までも続くものではない。
離脱という、ある意味もっとも緊張感から緩和される瞬間が、人はもっとも油断しやすくなるものだ。
それ故にか、ダルケネス族側の男が近付いてきた事を気付かずにいたのである。
もっとも、これは指揮官や救出部隊の油断もさる事ながら、このダルケネス族男性の気まぐれもあったのである。
先程も述べた通り、今夜はニナの死によって、この集落は悲しみに包まれていた。
その動揺によって、警備は手薄となったのだが、逆にそれ故に中々寝付けない者達も出てくるものだ。
寝付けないのであれば、また、悲しみをまぎらわせる意味でも、何か行動する事がある。
そうした理由から、この男は何となしに散歩がてらエン爺達の住むエリアに来ていただけなのである。
「チッ・・・!」
「ハッ!?・・・カヒュッ・・・。」
己の失態に気付いた指揮官は、素早く動いた。
再三言及しているが、基本的にダルケネス族の身体能力は人間族のそれを上回っているのだが、だからと言って絶対的な差ではない。
特に、動揺や困惑が勝っている状況の中で、軍属としてそれなりに訓練を積んでいる救出部隊の者の不意打ちに対応する事は、流石のダルケネス族の男も出来なかったのである。
隠密活動であるならば、目撃者を消し去る選択はある意味当然であろう。
指揮官の判断に、一般兵達も驚きの表情を浮かべながらも、納得はしていた。
「長く留まるのは危険だ。さっさと撤退しよう。」
「「「「「っ・・・!」」」」」
次いで、緊張感のある指揮官の指示に、兵士達は無言で頷く。
多少のイレギュラーはあったが、目撃者は始末したし、スパイの男も確保した。
まぁ、無用の殺生をしてしまった事は失点ではあるが、作戦上は特に問題のない範囲である。
そのまま素早く離脱した彼らは、作戦の成功を確信していたのだったーーー。
だが、それを人知を越えた存在が目撃していた事は、流石の彼らも埒外であっただろう。
「っ~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!」
〈お、お母様っ!!!???〉
ニナに続いて、更にもう一人ダルケネス族の男を殺されたアスタルテは、ヴァニタスの制止も今度は効かず、その場から消え去った。
〈・・・まぁ、概ね予定通りかな。簡単には罠に掛かってくれるよねぇ~、お母様は・・・。〉
アスタルテが、ダルケネス族の集落から離脱した救出部隊のもとへと顕れた事を感じ取りながら、ヴァニタスは面白そうにそう呟いていた。
ドゴォーーーーーーーーーンッ!!!!!!!!!!
遠くで、大地を揺るがすほどの衝撃を感じながら、ヴァニタスは己の計画が上手くいった事を確信していた。
〈さて、これで皆が望んでいた争いが巻き起こるだろうねぇ~。さてはて、皆は、そしてアキトくんはどう動くのかなぁ~?〉
クックックと、底意地の悪い笑みを浮かべ、ヴァニタスはそう呟くのだったーーー。
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