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『英雄の因子』所持者の『異世界生活日記』  作者: 笠井 裕二
女神の怒り
185/382

逆鱗 1

続きです。


アラニグラ達の話を丁寧に書いていたら、予定よりも長くなってしまいました(笑)。

次の次あたりで、本来の主人公であるアキトに話を戻したいところですね。



◇◆◇



その凶行に、アラニグラは全く反応出来なかった。

これは、アラニグラがいくら“レベル500(カンスト)”に到達しているとは言え、また、この世界(アクエラ)で多少の経験を積んだとは言え、戦闘面では元々素人である彼では、他者の“害意”や“悪意”、“殺気”みたいなモノを感じ取る事が出来なかったからである。

もちろん、同じ『異世界人(地球人)』の中には、所謂『気配察知スキル』の様な、他者の“害意”や“悪意”、“殺気”みたいなモノを何となく感じ取れるスキルを持つ者も存在する。

だがアラニグラは、以前にも言及した通り、基本的に『TLW(ゲーム)』時は後衛からの魔法攻撃がメインの『魔法アタッカー』タイプであったので、そうした『前衛職』がいかにも習得していそうなスキルの持ち合わせがなかったのである。

(逆にある程度()()を感じる事は、こちらの世界(アクエラ)での経験によりそれなりに出来る様になっていたが、今回の場合にはこれはあまり役に立たなかった。

何故ならば、その襲撃者は、最初から()()にいたからである。)


それに、単純に彼を責める事も出来ないであろう。

その場には、アラニグラの他にサイファス(ついでにコーキンも、であるが)という、間違いなくこの世界(アクエラ)における強者である存在もいたにも関わらず、その凶行を未然に防ぐ事が叶わなかったのだから。

この様に、他者の“害意”や“悪意”、“殺気”みたいなモノを感知して、不意打ちを回避する事は、相当な達人でもかなり難しい事なのであった。

故に、この世界(アクエラ)においても、騙し討ちや闇討ちなどの奇襲は、有効な手段として用いられているのである。


もっとも、逆に言うと、そこまで大した使い手でなかったとしても、観察力や洞察力、所謂“感覚”に優れた者ならば、周囲の者達のふとした動作や仕草に違和感を持つ事もある。

それ故に、すっかり協議に夢中になっていたアラニグラとサイファスを尻目に、その襲撃者の凶行にいち早く気が付いたのが、アルカード家の家人であり、サイファスの従者兼今回のダルケネス料理のシェフを務めたニナであったという図式が成り立ったのであるーーー。



・・・



話は、絶賛混乱の真っ只中にあったカランの街の冒険者ギルドへと戻る。


「死ね、悪魔がっ!!!」

「「「「「・・・・・・・・・はっ???」」」」」

「危ない、サイファス様っ!!!」


不意に、“魔法銃(何か)”を懐から取り出したパリスの部下の男に違和感を感じていたニナは、それがサイファスに突き付けられた時に強烈な嫌な予感を感じて、とっさにサイファスを庇う様に彼の前に出る。


ドパンッーーー!!!!!


「うぐっ・・・!」

「ニナっ!?」


・・・出たのは良いのだが、残念ながら彼女に出来たのはサイファスの身代わりでしかない。

耳をつんざく様な銃声の中、ニナは凶弾に倒れた。


「な、何だ、何が起こったっ!」


サイファスは絶賛混乱中だった。

今現在のこの世界(アクエラ)には、銃という物が存在しない。

故に、その小さな筒から飛翔体が飛び出し、それがニナを襲った事に気付かなかったのである。


「貴様、何のつもりだっ!!!」


一方のアラニグラは、銃の事をもちろん知っていたので、ようやくその時になって不意打ちを受けた事に気が付き、パリスの部下の男に怒号を浴びせる。


「そ、そやつを拘束しろっ!!!」


マルコは状況がよく分からないまでも、やはり切れ者であった。

怪しい動きをしたパリスの部下の男を、お忍びでやって来たとは言え、やはり領主たるマルコを守るべく同行していた部下に命じて、即座にパリスの部下の男を拘束させる。

それに、この場の責任者たるコーキンも冒険者ギルドの職員共々加わった。


「・・・えっ?・・・えっ???」


その場で一番状況が分かっていなかったのは、パリスであった。

オロオロと所在なさげに間抜けな声を上げるばかりで、彼は何の行動も起こせなかったのだから。


「クソッ、邪魔されたかっ・・・!」


そして、襲撃を敢行したパリスの部下の男は、その成果に不満を漏らしながら、マルコの部下らや冒険者ギルドの職員達に拘束されていた。

その手からは、ゴトリッ、と魔法銃がこぼれ落ちる。


それは、小型の銃であった。

ルキウスがランジェロから見せられた魔法銃とは形状が異なり、言わば暗殺用に特化した銃だったのである。


その事から、これを作ったのはロンベリダム帝国()()()()事が窺い知れるのだが、それはアラニグラには分からない事実であった。


しかしその一方で、パリスの部下の男が落とした物を確認したアラニグラは、それが銃である事が確信出来た。

ユラリと、彼の中で怒りとも殺意とも形容出来ない感情が渦巻いた。


「テメェッ・・・!」

「「ひっ・・・!!」」

「「うっ・・・!」」


今までの人生の中で、圧倒的強者から殺気を向けられた経験のないパリスの部下の男は、そのアラニグラから発せられた()()に短い悲鳴を上げる。

その余波に巻き込まれたパリスも同様に悲鳴を上げ、似た様な状況であったマルコ、そしてコーキンは、悲鳴こそ上げなかったものの、やはり微かにたじろいだ様子だった。


今にも飛び出してパリスの部下の男を殴りそうな雰囲気の中、意外にもそのアラニグラを制したのはサイファスであった。

いや、正確には、サイファスがアラニグラを止めたのは、攻撃の中止を求めてではなかったが。


「アラニグラ殿っ!そんな事よりニナをっ!!」

「っ・・・!!!」


アラニグラはハッとした。

この場でニナの治療を施せる可能性があるのはアラニグラだけである。

そう思い至り、アラニグラは頭を切り替えて、素早くニナとサイファスのもとに向かった。


「ニナさんっ!?」

「うぅっ・・・!」


即座にニナに駆け寄ったアラニグラは、ニナの様子を確認した。

幸いな事に、当たりどころが良かった(?)のか、彼女の呻き声が聞こえる。

アラニグラはホッとした。

もし仮に、当たりどころが悪く、即死であった場合は、いくらアラニグラと言えども彼女を救う手段がなかったからである(仮に、“死”という状態だった場合は、それを救う手段を持っていたのは、『異世界人(地球人)』の中でも、回復魔法に特化したウルカとククルカンしかいなかったからである)。


「【復元(リセット)】っ!」


すぐにアラニグラは、カウコネス人達に襲われていた少女や、彼のパーティーメンバーであり、トロールによって致命傷を負わされたレヴァンをも救った呪文を唱える。

それに聞き覚えのあったサイファスは、“もう大丈夫だろう・・・。”と、ホッと一息吐いた。


復元(リセット)】の効果である、()()()()()()、すなわち健常だった頃の姿に戻ったニナに、アラニグラとサイファスはふと顔を見合わせて安堵の表情を浮かべていた。

もし仮にこれで解決すれば、ロンベリダム帝国と“大地の裂け目(フォッサマグナ)”勢力が全面対決するほどの火種とはならずに、ルキウスが頭を悩ます事もなかったであろう。

せいぜい、下手人と黒幕を炙り出し、謝罪と見舞金くらいで手打ちとなった可能性もある。

しかし、残念ながらそうは問屋が卸さなかった。


アラニグラの魔法は確かに効果があった。

故に、ニナは一見健常な状態に戻った、()()()()()

実際、彼女の身体からは、魔法銃による傷の痕跡は消えていた。


「う、うぅっ・・・うぅ・・・うあぁーーー!!!」

「「っ!!!???」」


にも関わらず、彼女の呻き声は一向に収まらない。

それどころか、すでに治った状態にも関わらず、彼女の呻き声はどんどん大きくなり、顔色も目に見えて悪くなっていったのである。


「あ、アラニグラ殿っ!!!」

「ど、どういう事だっ!?」


これには、アラニグラとサイファスも大いに慌てる。

特にアラニグラは、【復元(リセット)】が効かないのであれば、他に回復魔法のアテはないし、また、回復魔法によらない高度な医療技術は向こうの世界(地球)に存在したものの、彼は元・営業マンであって、医療関係者ではない。

故に、彼の持つ知識は、せいぜい応急措置レベルである。

つまり、打つ手がなかったのである。


「ニナさん、しっかり、ニナさんっ!!!」

「うぅっ・・・うぅっーーー!!!」

「あ、アラニグラ殿っ!も、もしや、毒が盛られていたのではっ・・・!?」


サイファスは、慌てる中でも冷静にそう分析した。

特にこの世界(アクエラ)では、矢に毒を仕込む者達も多い。

故に、ニナのこの苦しみ様は、毒が体内に入ってしまった為ではないか、と思い至ったのである。


「・・・い、いや、それなら、【復元(リセット)】で治る筈だっ!!!」

「な、何っ!!??」


しかし、アラニグラは即座にそれを否定する。

先程も述べた通り、【復元(リセット)】の効果は、()()()()()()、すなわち健常だった頃に戻す作用がある。

つまり、外傷であろうが、内傷であろうが、また、毒であろうが、有無を言わさず元の状態に戻してしまうのである。

そもそも、厳密には何事も起こっていない事になるのだから。

それほどまでにチート染みた魔法なのであるが、それ故に、原因が更に分からなくなっていた訳である。


「くそっ、もう一度だっ!【復元(リセット)】っ!」

「うぅっ・・・、うぅーーー!!!」

「くそっ、治れよっ!【復元(リセット)】っ!」

「うぅーーー!!!」

「【復元(リセット)】っ!【復元(リセット)】っ!!【復元(リセット)】っ!!!」


もう、アラニグラに残された手段はこれしかない。

それ故に、狂った様に同じ呪文を繰り返す。

しかし、それに効果がない事は明らかであった。


「頼むっ!【復元(リセット)】っーーー!!!」

「うぅっ、うあぁっ、うあぁーーーーーーーーーーーーーー!!!」


一際大きな声を上げたと思ったら、ニナの手がパタリと動かなくなった。


シーンっーーー。


一瞬の静寂の末、アラニグラは再び呪文を繰り返す。


「【復元(リセット)】っ!【復元(リセット)】だよっ!!【復元(リセット)】だっ!!!」

「アラニグラ殿・・・、もう良い・・・・・・・・・。」


必死な形相で呪文を繰り返すアラニグラの傍らで、サイファスは静かにニナの呼吸と脈拍を測った上で、悔しげにそう呟いた。


「・・・・・・・・・えっ?」

「もう・・・、死んでいる・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・はっ???」


アラニグラは、一瞬サイファスが何を言っているのか理解出来なかった。


ーモウ、シンデイル?ー


・・・


ーもう、死んでいる!?ー


「くそっ、くそっーーーーーーーー!!!」

「・・・。」


アラニグラは、悔しげにそう絶叫した。


この世界(アクエラ)は、危険と隣り合わせの世界である。

故に、先程までピンピンしていた者達が、次の瞬間には死んでいる、なんて事もザラである。


故に、もちろん自身の家人であり、従者であり、また、親しい相手でもあったニナに対する思いみたいなモノは存在するものの、サイファスは、割とすぐにその現実を受け入れる事が出来たのである。

そうやって、すぐに気持ちを切り替えられなければ、生きていけない世界なのだから。


一方のアラニグラは、元々地球、特に日本という、比較的治安の場所に住んでいた者である。

それ故に、“死”というモノが身近ではなかった為に、サイファスに比べてショックが大きかったのである。

特にアラニグラは、この世界(アクエラ)では圧倒的強者であり、少なくとも自身の身近な存在が死ぬという状況を、この世界(アクエラ)で体験するのが、実は今回が初めてであるから尚更であろう。


もっとも、彼は『テポルヴァ事変』の折に、カウコネス人達を大量にその手にかけているので、“死”に対する覚悟を持っている様にも見えるのだが、やはり他者と自身の身内では、そう簡単には割り切れない壁があった様であるーーー。



◇◆◇



「・・・お・・・お・・・・・・おのれーーーーーーーーーー!!っああああああーーーーーーーーーーーーー!!」



一方その頃、“大地の裂け目(フォッサマグナ)”のとある場所にて、密かにダルケネス族とアラニグラの様子を覗き見していたアスタルテは、大地が震えるほどの絶叫を上げていた。

原因は言わずもがな、ニナの死であった。


彼女の他種族贔屓(びいき)は、ヴァニタスも言及した通り筋金入りであり、また、“自分の子供”と言って憚らない他種族、特に獣人族に対する思いは一際大きいモノだった。

その獣人族の一人が、彼女が嫌悪感すら抱いている人間族の男に殺されたとなれば、彼女の怒りを引き起こすには十分過ぎる理由となるだろう。


ーうわぁ~。凄い迫力だなぁ~、お母様。無意識的に、()()()()しちゃってるし・・・。ー


そんなアスタルテの様子に、ノンキな感想を心の中で呟くのは、ヴァニタスであった。

神、それも『始祖神』たるアスタルテの怒号は、それこそ自然災害の前触れを彷彿とさせるほどの恐ろしさを持っているのだが、同じく神性の一柱であるヴァニタスには、その危機感は薄い様である。

もっとも、そもそもそれを仕組んだのがヴァニタスだから、という理由も存在するのだが。


〈ま、まあまあ、落ち着いて下さいよ、お母様。〉

「これが落ち着いていられるかっ!!!あの人間、くびり殺してくれるわっ!!!」


が、一応表向きは、アスタルテを宥める様なセリフを吐くヴァニタス。

何故ならば、彼の計画には続きがあるからである。


〈し、しかし、そうは申しましても、我々には『制約』がありますでしょう?むやみやたらに物質界に介入するのはリスクも大きい。〉

「う、うむ・・・、しかしなっ!!!」


ヴァニタスの指摘は正しい。

以前にも言及したかもしれないが、この世界(アクエラ)の神々は、人間界、言うなれば物質界に、()()干渉する事が出来ない『制約』があるのである。


そもそも、人間界最強レベルの存在であるアキトや『異世界人(地球人)』よりも更に強力な(チカラ)を有するハイドラスが(まぁ、アキトは人間の限界を超えて神性のレベルに達しているが、流石に神と呼ばれる存在とガチンコで勝負出来るレベルではなかった。もっとも、様々な方法を駆使すれば、勝てる可能性はあるにはあるが、純粋な(パワー)では、やはりハイドラスに軍配が上がるのである)直接的にこの世界(アクエラ)に干渉していない事からもそれは明らかである。

ハッキリ言えば、他の神々の事を考えないのであれば、ハイドラスが直接手を下した方が早いのだ。

にも関わらず、それをしていない、いや、出来ないのは、やはりこの『制約』によるものなのである。


これは、当然アスタルテにも適用される。

もっとも、それにも様々な抜け道があるのだが、いずれにせよ、面倒なリスクを負う事になるのは確実である。

故に、ヴァニタスの言葉には、一瞬アスタルテもたじろいだのであった。


〈まぁ、お母様の怒りももっともですが、やはりそれは人間種同士で解決すべき案件でしょう。お母様が介入しては、返って話を大きくする事になりかねません。それに・・・、見て下さい、お母様。お母様の怒りに、森の生命達も怯えていますよ?〉

「う、うぅむっ・・・。」


自分で仕組んでおいて、ヴァニタスは素知らぬ顔でアスタルテを説得するヴァニタス。

それに、アスタルテは目に見えて狼狽した。


特に他種族贔屓(びいき)なアスタルテではあるが、同時に、人間族はともかくとして、生命に対する深い慈しみを持っている。

これは、全ての生命の母である『大地神』としての側面から来るモノだ。

実際、先程までは、アストラル体としてアラニグラらの様子を眺めていた際は、目に見える存在ではなかったのだが、動物などはそうした存在を感知する事が出来るので(例えば、向こうの世界(地球)においても、動物には人間には見えないモノを知覚出来る、という説もある)、それに惹かれていた動物達がアスタルテのもとに集まっていた。

しかし、アスタルテが怒りを爆発させると、まさしく母に怒られた子供の様に、怯えた様な表情で逃げてしまっていたのであった。


〈と、いう訳ですから、そう早まらないで下さいよ。争いを巻き起こすのは案外簡単ですが、それを収めるのはかなりの労力を必要とします。お母様ほどの存在が介入すれば、その規模は更に拡大するでしょう。そうなれば、勝つ・負けるはともかくとして、多くの生命、子供達の未来が脅かされる可能性すらあるのですからね。〉

「うぐぐ・・・。わ、分かった。お前の忠告を受け入れ、一旦は様子見をしよう・・・。」


内心、くすぶった憎悪の炎が心の中渦巻いているが、アスタルテはヴァニタスの忠告を受けて、一旦は矛を収める事にした様だ。

それに、ヴァニタスは満足気に頷き、再びアラニグラ達の様子を見るのだったーーー。



・・・



ーまぁ、お母様がここで介入しても問題はないのだが、そうなると何処かで冷静に戻ってしまうかもしれないしねぇ~。どうせなら、次の一手によってトドメを刺して、大いに暴走して貰った方がボクとしてはありがたい。ー


そんな態度とは裏腹に、ヴァニタスはそんな恐ろしい考えを巡らせていた。

彼としては、アスタルテが暴走するのが規定路線な訳だが、その効果が最大限現れる様に、あえてこの場では引かせたのであった。


ーいやぁ~、それにしても、キドオカくんの“術儀”は見事なモノだねぇ~。確か、彼は“(しゅ)”と言っていたかな?精神的、霊的な“毒”は、流石のアラニグラくんでも対処のしようがない。それに、向こうの世界(地球)の技術だから、例えお母様でも、初見では見抜けなかった様だねぇ~。ー


ふと、ヴァニタスはそんな事を考える。



ニナが苦しんだ理由は、所謂“呪い”によるモノだったのだ。

以前にも言及した通り、『人間種』(だけではないが)は『肉体』・『精神』・『霊魂』の3つの要素から成り立っている。


この内、物質的な『肉体』の死がもっとも分かりやすいだろう。

出血多量や、重要な臓器の破損など、それらが物質的に傷付く、失うなどによって、『肉体』の生命維持が困難となるのである。

それが、所謂一般的な“死”である。


だが、目には見えない概念としての『精神』や『霊魂』も、当然傷付く事がある。


例えば、『肉体』には全くの異常がないのにも関わらず、『精神』的疲弊によって、逆に『肉体』に影響を及ぼす事がある。

これが、俗に言う『精神疾患』であり、総合失調病や鬱病などが例として挙げられるだろう。


まぁ、これは、正確には脳機能の障害であるとされているが(つまりは、『肉体』的障害である)、『精神』の事はいまだに分かっていない事も多いのである。

『霊魂』に関しては、言わずもがなであろう。


それらに対して影響を与える手法として、“呪い”があるのである。


“呪い”は、一般的には眉唾な都市伝説や伝承でしかないが、しかし、神話や童話、伝説などではかなり登場する頻度が高い。

もっとも、それらは所謂舞台装置としての側面があるので、本当にあるモノではない、とされている。


しかし、先程も述べた通り、『精神』に影響を与える事は不可能な話ではないので(例えば、“いじめ”や“パワハラ”などのストレスにより、『精神』に変調を来し、自ら命を絶つ者達もいる。これも、広義の意味では“呪い”の様なモノだろう)、精神的に追い詰める事で相手を追い込む事は出来るだろう。

そして、キドオカは本物の“陰陽師”、所謂『霊能力者』であったのだ(もっとも、キドオカは、ロマリア王国で『泥人形(ゴーレム)』騒動を引き起こしていたり、今回のトロール大量発生などにも関与しているところから、実際には幅広いオカルト的・呪術的知識、技能を持っている可能性が高いので、“陰陽師”、というカテゴリーだけに留まる存在ではない様だが)。


先程も述べた通り、『人間種』(だけではないが)は『肉体』・『精神』・『霊魂』の3つの要素から成り立っている。

つまり、『精神』や『霊魂』を傷付ける事によっても、相手を死に至らしめる事が可能なのである。


具体的には、パリスの部下の男が使用した銃の弾丸に、キドオカは“(しゅ)”を掛けたのである。

この“(しゅ)”は、霊基構造を乱す効果があったのである。


そもそも“陰陽師”は、飛鳥時代以降の日本で設けられた官職の一つであり、中国を起源とする陰陽五行思想に基づいて陰陽道があり、それを活用して律令規定を維持・運営する為の専門職であった。

後には政治の領域に留まらず、占術や呪術、祭祀(さいし)を司る様になった。

律令制下において“陰陽師”は、中務省の中にある『陰陽寮』という部署に所属し、占い・天文・時・暦の編纂(へんさん)を担当した。(某用語辞典から抜粋)


つまり、“陰陽師”とは、元々は現代的観点から言えば公務員であり、なおかつ自然科学者でもあったのだ。

もっとも、平安時代に入ると、“陰陽師”は貴族階級から厄払いを求められる様になっていく。

暦や天文という仕事柄、時の帝や国家の為に吉凶を占い、厄災を避ける為の方策を考える必要が出てきたのである。

こうした変化を受けて、“陰陽師”は、(けが)れを清める者としてとらえられる様にもなってきたのであった。


本来は公務員かつ自然科学者であったのだが、現代では妖怪や悪霊と戦う者達、というイメージは、この様にして固まったのである。


もちろん、大部分がそれは誤解ではあるのだが、中には本当にそうした存在を退治出来る者達もいたのである。

キドオカは、そうした者達の末裔だったのだ。


故に、キドオカには、所謂『霊能力』が、先天的にか後天的な修行の末かは定かではないが、扱う(すべ)を身に付けていたのである。

何故ならば、そうした存在は、目に見える様な実体を持たない存在だからである(そもそも、誰の目にも明らかに見えるのであれば、そうした存在を信じない方が無理な話だ)。

故に、そうした存在に対峙する上で、それらに対抗出来る手段がなければ、そもそも退治する事も退ける事も不可能だからであった。


そうした存在は、実体を持たない代わりに、『精神体』、『霊体』を持っている(『アストラル体』も、分類としてはこれらに近しい関係にある)。

『霊能力』は、そうした『精神体』や『霊体』に影響を与える事が出来るのであった。


もっとも、そうした存在は非常に危険であり、物理的に近付けば、取り憑かれる、取り殺される事もある。

彼らは、『肉体』を持たない代わりに、『精神』や『霊魂』に直接ダメージを与えられる存在であるから、先程述べた通り、その影響は『肉体』にも現れるのである。

つまり、よほど優れた使い手でない限り、そうした存在と近距離で()()うのはリスクが高いのである。

故に、そうした難点を補うべく、様々な“術儀”が開発された訳であった。

先程述べた、“(しゅ)”も、その内の一つである。


そもそも、“(しゅ)”とは、様々な解釈があるが、ここではこの世界(アクエラ)の魔法技術における『魔法式』の様なモノであり、どの様な効果を発揮させるのかを命令する事である。

例えば、有名な『急急如律令』や『九字』も“(しゅ)”の一つであり、言わば呪文の様なモノである。


キドオカがパリスの部下の男が使用した弾丸に掛けた“(しゅ)”は、それを受けた者の霊基構造を乱す様に命令していたのである。

霊基構造とは、『霊体』を構成する元となるモノで、『肉体』における細胞の様なモノだ。

当然、細胞が上手く機能しなければ、『肉体』は損傷してしまう。

例えば、アレルギーなんかは、自分の『肉体』の中にある細胞が、自分を攻撃してしまう為に起こる現象だ。

これは、『霊体』においても起こる現象なのである。


そして、『肉体』と『精神』と『霊魂』は密接に関係するので、例え『肉体』に異常が見られなくとも、『精神』や『霊魂』が傷付けば、『肉体』にも影響を与えられるのはこれまで述べた通りである。

この様に、元々は実体のない超常の存在に対する対抗手段として生み出されたそうした“術儀”は、実は普通の人達にも影響を与える事が可能であった。


故に、“陰陽師”の様な『霊能力者』は、そうした“術儀”を悪用しない様に、それらを秘匿する事や、己を律する必要があるのである。

まぁもっとも、彼らも人である以上、それらが悪用される事もしばしばあった様だが。


さて、長々と説明してきたが、ニナはこうした“(しゅ)”を受けた事により霊基構造を乱されて、『霊体』が自壊を引き起こしてしまったのであった。

いくらアラニグラによって、『肉体』を治療したとしても、アラニグラの扱う魔法では、『精神』はともかく、『霊魂』の治療は不可能だったのである。


また、ある意味自身も超常の存在であるアスタルテではあったが、キドオカが使用した技能は、向こうの世界(地球)にて発展した技術であるから、それを初見で即座に看破する事も困難なのであった。

まぁ、彼女の場合、気性が激しい一面があるので、冷静さを欠いてしまう事も往々にしてあり、こうした見落としがある事も珍しい事ではないのだが。

そこら辺は、アスタルテの性格などをよく熟知していたヴァニタスの計算通りだったのである。



ーさて、向こうの方はどうなったかな?ー


一瞬、考え事に耽っていたヴァニタスは、ふと我に返り、アラニグラ達の動向を注視する。

ここまでは計画通りであるが、この後の展開は、アラニグラ達の行動によって大きく変わるからである。

もっとも、アラニグラ達が感情の赴くままに行動したとしても、ヴァニタスの計画に大きな影響はないのだがーーー。



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