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『英雄の因子』所持者の『異世界生活日記』  作者: 笠井 裕二
女神の怒り
184/383

その時、ルキウスは

続きです。


今回から、新章突入です。

それでは、どうぞ。



『霊子力』とは、簡単にいえば、所謂『魂の力』の事である。


以前にも言及した通り、『人間種』(だけではないが)は『肉体』・『精神』・『霊魂』の3つの要素から成り立っている。

この内の、『肉体〈フィジカル〉』は、普通の人々であっても意図的に扱ったり鍛えたりする事が可能である。

また、『肉体〈フィジカル〉』よりは多少ハードルが上がるのもの、『精神〈メンタル〉』についても同様に修練が可能である。

これらを高いレベルで習得している者達が、分かりやすく“強者”と呼ばれる者達なのであった。


しかし、この『霊魂』に関しては、誰にでも扱う事が難しい力なのである。

もっとも、矛盾している様だが、先程も述べた通り、『人間種』(だけではないが)は『肉体』・『精神』・『霊魂』の3つの要素から成り立っている訳だから、本来ならば誰しもがこの『霊魂』の力を扱う事が可能な筈である。

だがしかし、実際はそうではなく、この『霊魂』の力を扱える者達は、極限られた特殊な才能を持つ者達や、先天的、あるいは後天的に何らかの要因によって覚醒した者達しか扱えないモノだったのである。


さて、ではこの『霊魂』の力とは、先程述べた『霊子力』とも、あるいは『霊能力』、『超能力』、『異能力』、『神通力』などとも呼ばれる力の事である。

まぁ、言うなれば、科学では説明出来ない不可思議な、オカルトチックな力の総称の事であり、上記の例はその中の種類やカテゴリーの様なモノで、一見違うモノに見えて、実は根源的には全て同じ『霊魂』の力の事なのである。


そして、『精神』と『霊魂』は3次元的な『時間』や『空間』の『制約』を受けないし、その内包するエネルギーは強大であるとされているので、上手くそのエネルギーを取り出す事が出来れば、理論上は資源を必要としない、更には無限のエネルギーを確保する事が可能なのであった。


もっとも、先程も述べた通り、その『霊子力』を少しでも扱える者達は本当に極限られた人々しか存在しない。

故に、地球においても、地球よりも遥かに高い科学技術を持つテルース人達にも、その詳細が解明されていなかったのである。

そもそも、科学とは様々な仮説や実験の果てに、様々な現象などを解き明かす学問である。

故に、サンプルがなければ、解明しようがなかったのである。


ところが、テルース人達には、以前にも言及した通り、自らの母星の資源を食い潰した影響で、残された資源を奪い合う泥沼の争いに発展していた。

これは、ただの戦争とは訳が違う。

まさしく、自分の生き残りを懸けた争いであり、勝利条件は自分以外の者達を全て滅ぼす事なのであった。


しかし、何が功を奏するかは分からないものだ。

生存を懸けた争いであった為に、地球でいうところの世界大戦なんてレベルを超越した人数が争う事となった訳だ。

また、まさしく極限の争いであった為に、普通ならば表に出てこない様な力、すなわち先程述べた、『霊魂』の力を扱える者達が確実に観測される様になったのである。

つまり、偶然にもそうしたサンプルを集めやすい環境が整ったのである。


すでに極限状態であるから、テルース人達の科学者達には、倫理観も道徳観念も吹っ飛んでおり、そうした者達を捕らえ、あるいは様々な方法で協力させた末に、テルース人達は、ついに『霊子力エネルギー』の理論を確立させたのであった。

もっとも、皮肉な事に、資源やエネルギー問題に端を発した争いの果てに得られたこの『霊子力エネルギー』の理論を確立する為に、テルース人達は尋常ではないほどの犠牲を払う事になったのであるが、結局、やはり何かを得る為には、それ相応の代償を支払う必要があるのだろうーーー。



◇◆◇



突然だが、以前にも言及した通り、この世界(アクエラ)の通信技術は、向こうの世界(地球)に比べて大分劣っている。

まぁ、今現在の向こうの世界(地球)では、“インターネット”というとんでもない技術が普及した為に、電波を受信・送信出来る環境が整ってさえいれば、それこそ世界中何処にいても、情報を発信する事も、欲しい情報をすぐに取得する事も出来るレベルであるから、それと比べるのは少し酷かもしれないが。


もちろん、古代魔道文明時代の技術力ならば、今現在の向こうの世界(地球)と同程度、あるいはそれを凌駕するレベルの通信技術があっても不思議ではないのだが、それも失われて久しい。

故に、今現在のこの世界(アクエラ)の通信技術は、かなり前時代的なのであった。


具体的には、一般的な通信手段は、手紙のやり取りが大半を占めていた。

それによって、商会、商人、あるいは冒険者など、他の村や街、国などを移動する者達を介して、遠く離れた者達とコミュニケーションを取るのである。


もっとも、それはあくまで一般的なレベルである。

情報の伝達スピードが重要なのは、今さら言うまでもない事であるが、特に防衛の観点から、軍やそれを管理する為政者にとっては、これは更に重要性が増す訳だ。

それ故に、もちろん早馬や飛脚、伝書鳩の様な存在がいる一方で、もっと早く情報を伝える為に、狼煙や太鼓、手信号や旗振りなどが考案されたのである。


ここら辺は、かつての向こうの世界(地球)においても、類似した技術が存在する。

向こうの世界(地球)においても、全く異なる文化や文明を持つ世界各国の人々が似た様な考えに至る事からも、人間が考える事は似通ってくる事が証明されている。

そしてそれは、この世界(アクエラ)であろうと、向こうの世界(地球)であろうとも、やはりそう大差ないのかもしれなかった。

まぁ、それはともかく。


で、ここロンベリダム帝国においても、ほぼ帝都・ツィオーネにいる事が大半であるルキウスのもとに、いち早く情報が伝わる様に様々な工夫を凝らした通信網が敷かれていた訳である。

その日も、ルキウスのもとには、ロンベリダム帝国(この国)の内外で起こっている事が素早く知らされた訳であったがーーー。



・・・



「陛下、ルキウス陛下っ!」

「何事だっ、騒々しいっ!陛下は、今、私達と会議をしている最中だぞっ!!」

「も、申し訳ありませんっ!!!」


ルキウスの居城であるイグレッド城の一室、大会議室とも言える広間に一人の兵士が飛び込んで来た。

その無作法な様子に、ルキウスの右腕の一人にして、ロンベリダム帝国(この国)の政務を補佐する役割を持った“宰相”であるルドルフがその兵士を叱責する。


「まぁ、待て、ルドルフ。その慌てぶりは、火急の用だと見える。良い、申してみよ。」

「は、ハッ!」


が、ルキウスは何かあるといち早く察知して、ルドルフを制し、その兵士に報告を促したのだった。


「陛下も御承知の通り、帝国東部、ソラルド領・カランの街にて、本日、カランの街の冒険者ギルドと、あのダルケネス族(悪魔共)が会合を開いておりました。」

「うむ、それは確かに承知しておる。流石の余とて、基本的には冒険者ギルドには不介入な不文律があるからな。まぁ、もちろん、帝国に仇なすならばその限りではないが・・・。して、それがどうしたのだ?ただの交渉であろう?」


以前にも言及した通り、冒険者ギルドは“国”という枠組みの外の武装集団である。

本来ならば、そんな組織が存在するのは国の為政者にとっては厄介極まりないのであるが、この世界(アクエラ)の環境や事情を考慮すると、冒険者ギルドは絶対に必要不可欠な組織であるから、そうした勝手が許されているのである。


もっとも、ルキウスも言及した通り、国に仇なすのならば叩き潰す必要があるが、それ以外の場合は、例えルキウスと言えど、冒険者ギルドには手を出せないのである。

単純に、冒険者ギルドから不興を買えば、ただちに冒険者ギルド(彼ら)ロンベリダム帝国(この国)から撤退するだけの事。

つまり、魔獣やモンスター、盗賊団などの対処を自ら行わなければならないのである。


もちろん、ロンベリダム帝国の軍事力であれば、国内のそうした存在を駆逐する事は簡単な話なのだが、しかし、そうした存在にはルールも何もないので、国外へと逃亡してしまう事も往々にしてある。

が、国が介入する以上、他国に軍事力を展開する事は、当然外交上の問題になるので調整が面倒であり、なおかつ貸しや借りの話に発展しかねないので、外交カードを握られるリスクが存在する。


では、国外の事は無視すれば良い、という訳にも行かず、魔獣やモンスターはともかく、盗賊団はその事によって調子に乗る可能性が高いのだ。

国という組織だからこそ、ナメられたらおしまいである。

故に、これは各国も同様ではあるが、冒険者ギルドはそうした者達の相手をする特殊な組織として、独立性を維持していられるのであった。


もっとも、その考え方や在り方は各冒険者ギルドによっては対応がまちまちである。

積極的に国と協力・協調している冒険者ギルドがいる一方で、やはり国とは一定の距離を保っている冒険者ギルドもいる。

ロンベリダム帝国の冒険者ギルドは後者。

国とは一定の距離を保つ方針であった。


それは、もちろんルキウスも承知しており、しかし、ルキウスほどの切れ者が“はい、そうですか。”と野放しにする筈もないので、冒険者ギルド(彼ら)の動向には常に監視を付けていたのである。

故に、カランの街の冒険者ギルドと、“大地の裂け目(フォッサマグナ)”勢力のダルケネス族が独自に交渉を行う事も知っていたのであった。


「いえ、それが・・・、どういう経緯かは分かりませんが、カランの街の有力者一派も、そこに同席しておりまして・・・。」

「ふむ・・・。大方美味しい話だと察知して、何かしらの理由をつけてその場に居たのであろうな。あの()()がやりそうな事よな。」


ルキウスはパリスの事も知っていた様だ。

その人物像も、その能力についても。


しかし、ルキウスほどの男が、敵性貴族を容赦なく粛清した独裁者が、そんな小物を野放しにしているのは違和感があるかもしれない。

だが、それにももちろん理由があった。


「その一派の者の一人が、その席でどうやらダルケネス族(悪魔共)の一人を殺害してしまった様なのですっ!」

「・・・何?」


その兵士の報告に、ルキウスは内心驚いたものの、表向きは眉一つ動かした程度で素早く思考を回し始める。


ー・・・どういう事だ?

今回の件はただの交渉に過ぎないと思っていたが、何故その様な暴挙に・・・?

・・・うむ、この件に関しては某かの、誰かの思惑が存在しているのかもしれんな。

それが何かは知らんが・・・、いや、今問題なのはこの後の展開の方か。


そんな事になれば、当然交渉は決裂。

いや、最悪あのダルケネス族(悪魔共)が報復に動くかもしれん。

少なくとも、余ならそうする。


しかも、あのダルケネス族(悪魔共)には『異邦人』の一人が味方に付いていると報告を受けている。

それ故に余も手出ししづらい状況だった訳だが、アラニグラ()からしたら今回の件は面子丸潰れだろう。

以前から御しにくい男であったが、今回の件でロンベリダム帝国に敵愾心を一層強めた可能性が高くなった訳、か。

くそっ、誰かは知らんが厄介な事をしてくれたわ。


さて、では、余はどう動くべきだろうか・・・?


・・・。ー


策士には、様々なタイプが存在するが、大きく二つのタイプに大別される。

一つは、全ての流れを読み切り、あるいはコントロールして、自らの思い描いたシナリオ通りに事を進めるタイプ。

一つは、もちろん流れや読みを重視するものの、もっと現実的な観点から、様々な保険を掛けておいて、その都度その都度場当たり的に対処するタイプである。


ちなみに、アキトは前者。

ルキウスは後者であった。


もっとも、本来は後者が大部分を占めているのが現実である。

何故ならば、前者は神憑り的な読みの鋭さに加えて、偶然などをも味方にしてしまう、言うなれば普通とは一線を画しているタイプだからである。


俗に言う、英雄や偉人と呼ばれる者達がこれに該当する。

アキトも、かなりの切れ者ではあるが、やはり幼い頃より策謀を巡らせてきた歴戦の猛者であるルキウスには経験値の差から劣るのだが、その身に宿した『英雄の因子』の影響によって、何故かやる事成す事上手く辻褄を合わせてしまうので、ルキウスをも越える権謀術数の使い手であると認識されていた。


一方のルキウスは、世に天才と称されるほどの知謀の持ち主ではあるが、やはり人間の限界を越えている訳ではない。

それ故に、よく分からない偶然や運命みたいなモノは極力排除し、各地に様々な布石や保険を張り巡らせているのであった。


「・・・うむ、状況は分かった。誰か、マルクスを呼べ。」

「ハッ!」

「そなたもご苦労であった。引き続き、任務に励むが良い。」

「は、ハッ!」


考えが固まったのか、ルキウスは、もう一人のルキウスの右腕である軍事方面の最高責任者、“軍務長官”であるマルクスを召集する様に命じる。

それと、一報を届けた兵士にも労いの言葉を忘れない。


世には冷徹だ冷血だと言われるルキウスではあるが、以前にも言及した通り、ロンベリダム帝国内の評判はすこぶる良い。

それもこれも、彼がそうした人間関係の基本にして奥義とも呼ばれる人心掌握術をしっかり認識し、適切なタイミングでそれを行えるからであったーーー。



・・・



「お呼びでしょうか、陛下?」

「うむ、来たな、マルクス。もう、カランの街の状況は知っておるな?」

「ハッ、もちろんであります。」


ほどなくして、大会議室にマルクスがやって来る。

ルドルフらとの会議は、一旦中断である。

何故ならば、今回の案件は極めて重要な案件だからである。

少なくとも、ルキウスはそう考えていた。


その大会議室には、ルキウスとルドルフ、そして今やって来たマルクスしかいない。

他の者達は、全員人払いをしたのである。


これは、ルキウスの何時ものスタイルである。

いくらルキウスが人心掌握に長けているとは言え、何処に“目”や“耳”があるかも分からないからだ。

故に、特に後ろ暗い事がある時は、それを知らせる者達は選別していたのである。


打てば響く様に答えるマルクスに満足気に頷きながら、ルキウスは次いでその対応を語り始める。


「ならば話は早いな。では、その対応についてだが・・・、マルクス。カランの街の駐留軍に指示し、ダルケネス族の集落を襲撃させよ。」

「ハッ、了解しましたっ!」

「なっ!!!ちょっと待って下さい、陛下っ!!今、そんな事をするのは悪手ではありませんかっ!?ただでさえ、すでにロンベリダム帝国側(こちら側)ダルケネス族側(向こう側)に手を出した状況ですぞっ!!??マルクス、貴公も何故即座に頷くっ!」

「ルドルフ殿、陛下の命は絶対だ。それに、陛下の為さる事には深いお考えがあるに決まっておろう?」

「う、うむ、それは分からんではないが・・・。」


この二人はロンベリダム帝国の両軸とも成り得る存在であり、両者の関係が悪い訳ではないが、やはりそこに政治家と軍人としての意見の隔たりがあった。


「いや、ルドルフの言はもっともである。ロンベリダム帝国側(こちら)から手を出しておいて、更に追い討ちをかける様にダルケネス族(奴ら)を叩くのは、少なくとも帝国民によっては心証が悪いであろうし、他国、特に周辺国家群に格好の口実を与える事に成りかねん。経済()で飼い慣らしてはいるが、まだまだ周辺国家群(奴ら)の中にはロンベリダム帝国(我等)に敵愾心を抱いている者達も一定数いるからな。」

「そ、その通りです。」

「・・・。」

「かと言って、ここで損害賠償を支払う事で手打ちにする策も、これまた他国や周辺国家群を増長させる恐れがあるのでありえない選択肢だ。ならばどうするか?答えは、この一件に()()()を持たせる事である。」

「と、申しますと・・・?」

「・・・。」

「うむ、それはな・・・。」



ルキウス・ユリウス・エル=クリフ・アウグストゥスは野心家である。

その目的は一つ。

いまだかつて、誰も成し遂げられなかった偉業である、ハレシオン大陸を統一する事であった。


今や、ハレシオン大陸(この大陸)一の強国にして大国となったロンベリダム帝国を手中に収めてなお、ルキウスの野心は衰える事はなかった。

これは誰の言葉か、権力者と言うのは、どれだけ大きな権力を手にしたとしても、次第にそれだけでは満足出来ず、更なる権力を求めるものなのである。

それは、ルキウスとて例外ではなかった。


ただ、彼は野心家ではあるが、別に戦闘狂ではない。

もちろん、過去のルキウスも、ハレシオン大陸統一には、武力が一番の近道であると考えていた時期もある。

それ故に、着々とロンベリダム帝国の軍事力を増強させており、それは今もなお続いていた。


しかし、『異邦人(地球人)』召還から『テポルヴァ事変』勃発、その後、それを鎮圧し、ロンベリダム帝国南西部にある周辺国家群を掌握するに当たって、彼はそれまでとは一線を画した政策に踏み切った。

それが、すでに言及した通り、武力によらない(もちろん、武力が背景にある事は否定しないが、それを全面に出す訳ではない)『経済的支配』、表向きは『宥和政策(ゆうわせいさく)』であった。


これは、向こうの世界(地球)においても現役の政策である。

つまりは、発展途上国に対する『経済的支援』をする事によって、ロンベリダム帝国に対する良いイメージをその国に植え付けると同時に、新たなる市場の拡大はもちろん、当然『経済的支援』もタダではないので、借金による実質的な『属国化』が可能となるのである(もちろん、場合によっては借金という形にはならない事もあるが、どちらにせよ、貸しになる事には変わりないのである)。

上手くすれば、軍事衝突による国力の低下を招く事なく、勢力の拡大を図れる政策である。

合理的かつ柔軟な思考の持ち主であるルキウスが、ティアやエイボンから得たその新たなる政策に乗らない筈がなかった。


そしてそれは、そのまま“大地の裂け目(フォッサマグナ)”勢力にも仕掛けるつもりであったのだ。

周辺国家群へのその『経済的支配』が上手くいった事で、この政策の有用性を改めて理解したからである。


もちろん、ロンベリダム帝国内には、周辺国家群に対する“蛮人(バルバロイ)”差別や、“大地の裂け目(フォッサマグナ)”勢力に対する“悪魔”差別の様な、どうしても埋まらない意識の違いは存在するのだが、ルキウスにとってはそれは重要ではない。

相手が誰でもあろうと、自分にとって有用であるならば、そんな意識を持つだけ無駄だと考えていたからである。


まぁ、そうした事もあって、もちろん、アラニグラが介入していた事や、冒険者ギルドの独立性などもあって、カランの街の冒険者ギルドとダルケネス族との交渉、協議を黙認していたのである。

もし仮に、それが上手く纏まったのならば、それを足掛かりにロンベリダム帝国も介入し、ゆくゆくは“大地の裂け目(フォッサマグナ)”勢力を掌握、表向きは友好関係を結ぶ腹積もりであったのである。


そうすれば、国力を温存したまま、自身の周辺をクリアに出来る。

その後、ハレシオン大陸統一に打って出るつもりであったのである。


だが、その矢先にロンベリダム帝国の者が、ダルケネス族を殺害してしまうという事件が起こる。

ルキウスからしたら、さぞ苦虫を噛み潰した様な心境だったであろう。


自分の計画を邪魔された事により、その水を差した相手も気になるところではあったが、その前に、ルキウスにとってはその対応が重要になる。

ここで下手な手を打てば、ダルケネス族、引いては“大地の裂け目(フォッサマグナ)”勢力全体、どころか、ロンベリダム帝国内外に存在する反ルキウス派を調子づかせる事になる。

場合によっては、その混乱に乗じて、ルキウスの寝首をかきに来る恐れもあった。

それ故に、ルキウスは、この流れを()()()させる事としたのである。


あらすじはこうである。

この件の、()()()の首謀者はパリスであるーーー、という事にする。

先程述べた通り、ルキウスほどの男がパリスの様な小物を泳がせていたのは、まさにこうした時の為なのであった。

言わば、(てい)のいい“身代わり(スケープゴート)”に利用出来る為に、彼の好き勝手を許していたのである。


こうした存在は、ロンベリダム帝国各地に存在する。

彼らはそうとは知らず、この世の春を謳歌している訳であった。

まぁ、それはともかく。


だが、これだけでは当然不十分であろう。

誰がやったのか、誰が指示を出したのかを明確にしたところで、ダルケネス族の者が殺害された事実は変わらない。

ならば、下手人とその黒幕が分かったのならば、その者達をダルケネス族側に差し出す様に求められるだけである。

それで手打ちとする案もあるが、先程述べた通り、この件を契機に反ルキウス派を調子づかせる可能性もある。


そこで、もう一歩踏み込んで、ルキウスはこの件をうやむやにする事としたのである。

その為の策が、先程述べた、ダルケネス族の集落を襲撃する事なのであった。


もっとも、ここにも当然思惑が存在する。

それを指示したのも、パリス、という事にするのだ。

もちろん、カランの街の町長とは言え、地方の、それも街の一つを運営する程度しか権限のないパリスに、駐留軍を動かすほどの力は存在しない。

故に、偽の指令書を発行し、不当に駐留軍を動かしたーーー、事にするのである。


その狙いは、ダルケネス族の集落に存在する()()()()()を浮き彫りにする事。

そう、襲撃はただのフェイクで、その目的はエン爺達の存在を駐留軍がしっかり認識する事にあったのである。


もっとも、これは言いがかりも甚だしい理論である。

そもそも、エン爺達を追放したのは、他ならぬルキウス自身であるからである。

だが、それは政治的パフォーマンスとして大々的に行った事とは言え、それがエン爺達であると知っているのは極一部である。

その様に、情報統制をさせていたからである。

ここら辺は、様々な保険を掛けるタイプのルキウスの作戦勝ちであろう。

この様に、追放したエン爺達でさえ、ルキウスにとっては都合の良い“駒”に早変わりするのである。


それに、エン爺達が(一時的にでも)帝国民であった事は事実。

更には、ダルケネス族達がエン爺に行っている事は、端から見れば、搾取以外の何物でもない。

もちろん、それらはすでに語った通り、両者の間で合意が為されている事ではあるが、重要なのは、()()()()()()()()()()()、なのである。


もし仮に、それが帝国民に知られる事があれば、ダルケネス族に対する悪感情が高まる事は想像に難くない。

その先にあるは、報復に次ぐ報復、つまりは戦争である。


故に、その外交カードを使い、今回の件を不問とする様迫るつもりなのである。

ルキウスにしても、この策はあまり使いたくない手である。

何せ、得にならない争いを回避する為、パリスに罪を着せる為とは言え、自身の傘下である駐留軍を勝手に動かされた事実が残ってしまうからである。


そうなれば、当然、ルキウスを軽く見る者達も出てきてしまう。

まぁ、ルキウスならば、それを逆手に取って道化を演じる事も訳はないが、自身がバカにされるのもあまり面白くはないであろう。


とは言え、この策は上手く行く目算が高い。

ダルケネス族からしても、エン爺達の事は説明しにくい事だからである。

両者の同意が為されているとは言え、ダルケネス族がエン爺達に血を提供させているのは事実。

故に、なるべくならばそこは攻められたくないのは、これは人の心理であろう。

ならば、十中八九、今回の件は、お互いなかった事にするのが利口である。


表向きは、ロンベリダム帝国の者がダルケネス族の一人を殺害したのは事実ではあるが、その下手人と黒幕は速やかに逮捕、拘束され、ダルケネス族に対する謝罪と共に、ロンベリダム帝国の裁量によって処理する事を、先程の拉致被害者の件をちらつかせて同意させるのである。


その後、良いタイミングを見計らって、再度協議を再開するーーー、というのが、ルキウスが思い描いたシナリオであった。



「もちろん、余は、すでに追放者達がダルケネス族に合流していた事を知っておる。だが、ここで重要なのは、()()()に知っている事の方なのだ。ならば、ここに、ダルケネス族殺害はともかくとして、ロンベリダム帝国がダルケネス族に争いを仕掛ける為の()()()理由が出来る事になる。()()()()()()()、という、な。もちろん、それをしたい訳でもないし、戦争を仕掛けるつもりはないが、自分達にも非があった事を認めさせる事が出来る訳だ。それ故、ダルケネス族殺害に目をつぶる事を引き換えに、拉致被害者の事もこちらは目をつぶるーーー。と、いう筋書きだ。」

「な、なるほど・・・。あいかわらず、よく先程の今でそんな策を思い付かれますな・・・。」

「ルドルフ的にはどうだ?余の策に穴があれば、遠慮なく申してみよ。」

「そうですな・・・。」


ルキウスが、ルドルフにそう水を向けた。

マルクスは、先程も述べた通り、ルキウスに絶対の信頼と忠誠を誓っており、また、軍人として政治方面には疎い。

もちろん、軍務を司る関係で、全くの無知ではないが、やはりルキウスとルドルフほどの政治的知見は有していないのである。

故に、ここは自分の出る幕ではないと、ムッツリと黙り込んでいた。

ルキウスも、それは承知しており、政治方面での見識の広いルドルフにだけ意見を求めたのである。


「・・・いえ、問題ないかと思われます。ダルケネス族(奴ら)も、今回の件で全て御破算にする事もありますまい。もちろん、多少のしこしは残ってしまうでしょうが、一応はそこが良い落としどころだと判断されるでしょう。ただ、不安要素は『異邦人』ですが・・・。」

「それも問題あるまい。アラニグラ()は頭の良い男だ。同じ『異邦人』であるティアとエイボンもそう称していたしな。まぁ、少々自由過ぎるきらいはあるが、流石に感情だけでは動くまいよ。そんな事をすれば、自分だけならばともかく、周囲をも巻き込んでしまう事が分からん筈がないからな。」

「で、あるならば、問題ないかと思われます。」

「ふむ、であるか・・・。ならば、そういう流れで進めていこう。・・・マルクス。」

「ハッ!」

「今聞いた通り、目的は拉致被害者の確認だ。故に、先程は襲撃と称したが、その真の狙いは斥候に近い。あまり派手にやりすぎない程度にな。また、拉致被害者の二、三人は確保した方が、何かと話を進めやすい。まぁ、そちらについてはお前に任せる。」

「ハッ!お任せ下さい。」


マルクスが政治方面に疎いのと同様、ルキウスとルドルフも無知ではないが、軍事方面には明るくない。

故に、軍務の専門家であるマルクスに、そこは丸投げする事としたのである。


「なお、これは時間との勝負だ。ダルケネス族(奴ら)が何か仕出かす前に決着をつける必要がある。頼むぞ、二人とも。」

「「ハッ!!!」」


こうして、素早く火消しに動いたルキウス。

だが、そんな彼をしても、()()()()()()()()がいる事を、この時のルキウスは知るよしもなかったのであるーーー。





















「・・・お・・・お・・・・・・おのれーーーーーーーーーー!!っああああああーーーーーーーーーーーーー!!」



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