悪意と善意
続きです。
◇◆◇
「あの、ヴァニタス様・・・。当初の予定とは大分食い違ってきておりますが・・・?」
「アッハハハッ~!!!まぁ、そうだねぇ~!けど、この展開も案外面白いんじゃないかなぁ~?」
例によって例の如く、『失われし神器』の『模倣品』である『神の眼』を使用して、アラニグラの動向を観測していたヴァニタスと『セレスティアの慈悲』のエルファスが、“大地の裂け目”内のとある拠点にてそんな会話を交わしていた。
まぁ、正確に言うと、彼らが観測していたのはまた別件であったのだが、それにアラニグラが関わってきてしまった、といった方が正しいのだが。
「いやいや、しかし、わざわざ用意した手駒を、例のアラニグラさんに潰されてしまった訳ですが?それでもよろしいと?」
「うん、まぁ、そうだねぇ~。確かにキドオカくんに教わった術儀を僕なりにアレンジしてトロール達を大量発生させた訳だけど、やっぱり生物にはあまり効果がなかったのか、思ったほど増えなかったからね。まぁ、それだけだったらただの失敗だけど、結果的にはそれでも良かったのかもねぇ~。何せ、アラニグラくんを意図せず巻き込む事が出来たからさぁ~。」
「・・・はっ?・・・おっしゃってる意味が分かりかねますが・・・。」
ーむしろアラニグラが関わってきてしまったのは、自分達の計画的には不利な事ではないか?ー
エルファスは、あいかわらず考えの読めないヴァニタスに困惑しながらそう言葉を返した。
(ちなみに余談だが、サラッと言っているが、所謂『霊能力』関連の専門家たるキドオカの術儀を模倣どころかアレンジまで加える事など、通常の人間では不可能な話であるが、ヴァニタスは神性の一柱であるから、事も無げにそれをやってのけた。
その事に、キドオカは軽く自信を喪失したのだが、それはまた別の話である。)
「あぁ~、つまりねぇ~?ボク達の当初の目的は、ロンベリダム帝国と“大地の裂け目”に住む獣人族達との関係を悪化させるのが狙いだった訳じゃない?」
「まぁ、そうですね。しかし、それも先程も述べた通り、アラニグラさんに潰されてしまった訳ですよね?」
「まぁ、結果的にはね。けど、さっきも言ったけど、術儀自体がショボかったから、アラニグラくんが介入しなかったとしても、ボクらの狙いは果たせなかった可能性も高い。せいぜい、少し緊張状態を高める事が出来たって程度が関の山だったかもしれないねぇ~。けど、ここで本来はイレギュラーであったアラニグラくんを上手く利用出来れば、ただの失敗は大成功に変わるかもしれないって事さ。」
「と、申しますと?」
「うん。何か知らないけど、アラニグラくん、ダルケネス族と仲良くなってるみたいじゃない。お母様からしたら、これってかなり喜ぶべき事態だと思うんだよねぇ~。何せ、お母様の他種族贔屓は筋金入りだからねぇ~。」
「・・・つまり、アスタルテ様のご機嫌を取れたので、それでよしとしようと?」
「いやいや、そんなんじゃないよぉ~。君もまだまだ悪巧みが下手だなぁ~。それに言っておくけど、一応ボクはお母様に仕えているけど、別にお母様とボクの間に主従関係はないんだよ?だから、お母様のご機嫌を取れたからって、ここで身を引くつもりもないよぉ~。」
「はぁ・・・。申し訳ありません、ヴァニタス様。私では貴方のお考えが分かりかねるのですが・・・。」
つらつらと今回のあらましを説明するヴァニタス。
この事から、トロール大量発生の原因が彼らである事が分かる。
その目的は、ヴァニタスが言う通りロンベリダム帝国と“大地の裂け目”内で繁栄している獣人族達との関係を悪化させる事にあった。
もっとも、エルファスの言う通り、アラニグラが介入した事によって、その目論見も泡と消えた訳だ。
だが、ヴァニタスは、それでも問題ないと言う。
エルファスには、ヴァニタスの考えが全然読めなかったのである。
(ちなみに余談だが、キドオカが今回の件でヴァニタスに一部協力していたのは、彼自身にもメリットがあったからである。
もし、上手くロンベリダム帝国と獣人族達との関係が悪化すれば、悪感情、すなわちソラテスを復活させるに足る『負のエネルギー』を集める事が可能だったからである。)
「つまりだね。人って、天国から地獄に叩き落とされた方が、絶望感はハンパないでしょ?今回のケースも、そんな風に上手く誘導出来るって事さ。」
「なんですってっ・・・!?」
「上手くトロール達を退治して、更にはアラニグラくんの介入によって、ダルケネス族、引いては獣人族達とロンベリダム帝国側との関係が改善されるかもしれない。アラニグラくんは、その架け橋に成り得る存在に今回の事でなった訳さ。そうなれば、彼も悪い気はしないよね?人って何だかんだ言っても、頼られると弱いからさぁ~。」
「・・・まぁ、否定はしませんが。」
「更には、獣人族達の立場が改善する事は、お母様にとっても喜ぶべき事態だ。だけどね?上手く関係を積み重ねていっても、それを悪化させる事なんて一瞬の事なのさ。まぁ、今回はお母様の手前回りくどい手を使ったけど、実はアッサリ戦争状態に持っていく事も可能だったんだよ。」
「い、いやいや、流石にそんな単純な話ではないでしょう?」
「いやいや、結構簡単な話だよ?例えば、仮にアラニグラくんの仲介によって、ロンベリダム帝国と獣人族達が和平交渉の席に着いたとするよね?まぁ、おそらくその前段階、カロンの街とダルケネス族との和平交渉、ってか交流が現実的な話かもしれないけれどね。で、その場面で、もしどちらかの勢力が、相手の勢力の誰かを殺したとしたら、その後キミはどうなると思う?」
「・・・あっ・・・。」
「ね?まず間違いなく、交渉は決裂さ。それどころか、そんな話にまで進んだ状態での裏切り行為は、相手側のメンツを潰す事になるし、プライドも傷つけられ怒り心頭だろう。まぁ、分かりやすく言うと、激しい憎悪を相手に覚えるって訳さ。」
「た、確かに・・・。」
「そうなれば後は簡単さ。すぐにロンベリダム帝国と“大地の裂け目”の獣人族達は、全面的な戦争に突入するだろう。ロンベリダム帝国側にはそうしたい理由はいくらでもあるからね。で、そうなれば、メンツを潰されたアラニグラくんはどう動くんだろうね?あるいは、お母様の怒りはどれ程のモノになるだろうね?」
「なるほど・・・。確かにそれならば、戦火は更に拡大するでしょうな。アラニグラさんの力とアスタルテ様の力が介入するならば、我々の想像を遥かに越える規模になるやもしれません。」
「だろ?逆に、アラニグラくんが介入しなかった場合、そこまでの戦火は期待出来なかった。せいぜい、小競り合い程度の規模でしかなかったかもしれないからね。流石のアラニグラくんも、自分と関係のない争い事には首を突っ込む事もないだろうしね。」
「そういう事ですか・・・。」
ーだから、ヴァニタス様はアラニグラさんの介入を歓迎した訳か・・・。ー
エルファスはそう思った。
それと同時に、そんな悪巧みを即座に思い付くヴァニタスの無邪気な悪意に、エルファスはひそかにゾッとしていた。
何故ならば、ヴァニタスはそこまで人の心理を理解していながら、同時に人の事など心底どうなっても構わないと考えているからである。
「フフフッ。怖いかい、エルファス?」
「い、いえ・・・。」
エルファスは、ヴァニタスに内心を見透かされた様でドキッとした。
「いやいや、別に構わないとも。だけど、キミも復讐の為には、くだらない倫理観なんて忘れるべきじゃないかな?まぁ、とは言っても、すでにカウコネス人達を弄んだキミには、言うまでもない事だろうけどね?」
「・・・っ!!!」
そうなのだ。
まだかろうじて人の心が残っているエルファスだったが、彼が今更ここで躊躇う事などただの日和見なのである。
何故ならば、すでに間接的とは言え、カウコネス人達の大量虐殺(まぁ、一応紛争鎮圧という名目はあったものの)に関わったエルファスには、戻れる道などないのだから。
それに、復讐。
その言葉の前には、エルファスの内側に残っていた倫理観などちっぽけなモノだった。
「・・・フッ、愚問ですな、ヴァニタス様。」
「おや、これは失礼。」
顔付きの変わったエルファスの表情を見やり、ヴァニタスはニヤリと笑った。
「で、この後はどう動くのですかな?」
「そうだねぇ~・・・。件の実行犯はいくらでも用意出来るけど、それまでの間に、せいぜいお互いを仲良くさせたいところだねぇ~。って事で、『セレスティアの慈悲』は、何時もの様に、“大地の裂け目”内の獣人族達の懐柔を頼むよ。とは言っても、今回は楽だよね。何せ、アラニグラくんが活躍したからさぁ~。」
「なるほど・・・。人間族に対する悪感情や敵意を薄れさせて、油断を誘うのですな?」
「そうそう。むしろ人間族に対して好意的になるほどならば言う事なしだね。そういうのは得意だろ?」
「了解しました。」
「ああ、ただ、一応アラニグラくんと鉢合わせしない様に注意してね?まぁ、ボクの方でも逐一報告するけどさ。」
「ふむ。なるべくなら、彼に『セレスティアの慈悲』の存在を悟らせたくない、と?」
「そうそう。まぁ、アラニグラくんがボクらの企みに勘付く事もないだろうけど、『異世界人』達の力は侮れないからさぁ~。」
「なるほど、留意します。して、ヴァニタス様はどうするので?」
「ボク?ボクの方は、まぁ、お母様のご機嫌を窺いながら仕込みを済ませてしまう事にするよ。なるべくなら、ライアド教信者だと面白いんじゃないかな?」
「フッ、恐ろしい御方だ・・・。分かりました。お任せします。」
先程と違って、エルファスもヴァニタスの悪巧みに怯む事はなかった。
こうして、アラニグラの活躍の裏で、確実にヴァニタスらの悪意が“大地の裂け目”を包み込んでいくのだったーーー。
◇◆◇
この世界は、娯楽に乏しい世界である。
いや、もちろんこの世界にも娯楽は存在するのだが、向こうの世界の様な多様性に富んだ娯楽を身近に過ごしてきた者達にとっては、やはり娯楽に乏しいと言わざるを得ないのが実情なのである。
何故ならば、この世界には、テレビもラジオもインターネットなどもないのだから。
しかし、逆に娯楽に乏しいからこそ、人々は他の事に所謂“生き甲斐”を見出だすものなのである。
極論を言えば、生物の究極的な目的は種を残す事であるから、本来娯楽などといったある種生産性に欠ける事など必要ないのだろうが、そうした論理だけで生きられるほど人間の精神は単純ではないのである。
故に、娯楽、あるいは“生き甲斐”は、特に人間種にとっては重要な要素なのであった。
(余談だが、向こうの世界でも娯楽関連が乏しい地域、日本における地方では、都市部に比べて婚姻年齢が引き下がる傾向にあるというデータもある。
刺激に飢えた若者達は、それを性交渉に求めた結果であるかもしれない。
逆に言うと、娯楽関連の充実した都市部では、婚姻年齢が引き上がる傾向にある。
婚姻が遅ければ、その分子供を成す機会も遅くなるので、少子化が加速する事となる。
皮肉な事に、娯楽関連が充実した事によって、日本における少子高齢化が進んだとする研究結果もある。
もちろん、他にも様々な要因があるので一概には言えないのであるが。)
さて、では様々な娯楽に囲まれて過ごしていたアラニグラら『異世界人』達は、この世界に飛ばされ、どう感じたのであろうか?
最初は戸惑いが勝ったであろう。
当たり前だ。
ある日突然、自分の意思とは関係なく、今までとは全く異なる世界、生活環境へと連れてこられたのだから。
故に、戸惑いながらも、その世界、生活環境で生き抜く為に、現状の把握、情報の収集、自分達の置かれた立場や何が出来るかの把握など、確認すべき事は多岐に渡り、娯楽関連を求める意識など皆無であっただろう。
あるいは、アラニグラやアーロスの様に、夢にまで見たファンタジーな世界観に大いに興味を惹かれたかもしれない。
しかし、それにも慣れてくると、やはり彼らも元の世界が恋しくなってくるものだ。
冷静に考えれば、どれ程強力な力を有していようとも、この世界の生活は色々と不便だからである。
特に、向こうの世界の便利な生活に慣れきっていた彼らにとっては、やはり不満も多かったのである。
つまり、ある種のホームシックを感じる事となっていったのである。
そうなれば、ウルカやアーロスの様に、元の世界に帰りたいと考える様になるのも自然な流れであろう。
特にこの二人は、元・『LOL』の中でも年若い若者だ。
もちろん、家族に会いたいとかの理由もあるのだが、刺激に満ちた元の世界への強い郷愁にかられたとしても不思議な話ではないのである。
ところが、残念ながら元の世界に帰還する事が実質的に不可能であると分かる。
いや、アキトも言及した通り、帰還自体は可能だった。
もっとも、それは魂のみの帰還であり、元の世界に戻る=元の生活に戻ると同義ではないのであるが。
こうして、『異世界人』達の一番の望みが断たれる事となった訳である。
そうなれば、彼らはこの世界で生き抜く他選択肢はなくなる。
いや、もはや自暴自棄となり、ある種の自殺を選択する事もありえただろうが、幸いと言ってもいいか分からないものの、それを選択する者達は現時点ではいなかったのである。
その代わりではないが、彼らはある種の代償行為に没頭していく事となった。
例えば、ウルカの例にある通り、何か(ハイドラス、あるいはライアド教)に依存する事によって、己の満たされなかった欲求を別の事で補填しようとしたり、タリスマンの様に、ルキウスに付き従う事で(こちらもある種の依存、あるいは現実逃避)、己で考える事を放棄したりした(つまりは、ルキウスのやる事は正しいと、思考停止させてしまったのである)。
あるいはもう少し健全に、ライアド教の外部協力者としてこの世界の医療の現状を目の当たりにしたククルカンの様に、社会的弱者に対しても医療が受けられる事を目指して、ライアド教の内部から意識改革に努めようとしたり、ティアやエイボンの様に、ロンベリダム帝国の内政に干渉し、政治・経済の観点から、戦争の回避などに尽力したりし始めたのである。
先程も言及した通り、この世界は娯楽に乏しい世界だ。
故に、別の事に彼らも“生き甲斐”を見出ださざるを得なかったのである。
そして、今回の件で、アラニグラもその“生き甲斐”を改めて見出だした訳である。
元々アラニグラは、所謂“ダークヒーロー”に憧れ、己の中の正義感に従って冒険者活動を通じて様々な困っている人々を助けて回っていた。
それだけでも、彼はある程度満足であったのだが、サイファスと知り合った事で、ダルケネス族や獣人族の、あるいはこの世界の本当の現状を知る事となった訳である。
元々ダーク寄りの考え方であるアラニグラは、ダルケネス族に対しても偏見は持たず、むしろ“吸血鬼”をある種カッコいいと感じていた彼は、ダルケネス族に対してもシンパシーを感じたのは無理からぬ話であり、サイファスの方もアラニグラに何か近しいものを感じていた。
それがエン爺達を助ける過程で、その距離が一気に縮まった訳である。
また、アラニグラは一度引き受けた以上、中途半端を嫌う傾向にもある。
故に、トロール討伐、エン爺達治療の後も、カランの街に拠点を移して、ダルケネス族との交流やエン爺達の様子見を繰り返していたのであった。
一方の、アラニグラの仲間である冒険者パーティー『ウェントゥス』のメンバーであるカル達も、それには反対しなかった。
いや、むしろ件のアルカード家の家人である女性達との一夜の後は、彼女達に夢中になっていたのである。
元々冒険者は、様々な事に精力的である一方、その情熱をもて余す事も多い職業でもある。
特に、まだまだ年若いカル達が、魅力的な女性に惹かれるのは致し方ない事だろう。
それが、大手を振って彼女達と会える理由があるのならば、文句などあろう筈もないのである。
カル達も、ある意味ダルケネス族との交流に、彼らなりの“生き甲斐”を感じていたのかもしれないーーー。
・・・
「よぉ、サイファス。」
「おお、アラニグラ。また来てくれたのかっ!」
すでに知り合って時も経ち、彼らはお互いを呼び捨てにする関係性にまで発展していた。
「ああ、まあな。っつっても、クエストの途中に立ち寄ったんだけどよ。」
「あぁ~、なるほどな。」
トロール討伐の件、そしてエン爺達の治療を経て、アラニグラ達はダルケネス族達から感謝されると共に、色んな事を認められる様になった。
元々“大地の裂け目”内には、所謂『国家』が存在しないので、そこへ誰が侵入しようと咎められる謂われは一切ないのだが、やはりそこに住人がいる以上、何らかのトラブルになる事も多い。
それに、単純に“大地の裂け目”内に生息する魔獣やモンスターはかなり強力でもある。
それ故、ベテラン勢の多く集まるカランの街の冒険者ギルドとは言え、仕事という口実であっても迂闊に冒険者を“大地の裂け目”の深部に送り込む事も出来ないのである。
もっとも、これは以前にも言及したが、個人的な繋がりによって、“大地の裂け目”内に住む獣人族と交流を持つ冒険者達はそうした制約が少ない。
もちろん、魔獣やモンスターの脅威は無くならないものの、獣人族とトラブルになる事も少ないのである。
故に、そうした者達の稼ぎは、カランの街の冒険者ギルド(だけではないが)にも多大な恩恵を与える事となっていたのである。
そして、アラニグラ達が正にそれに該当する訳だ。
いや、ダルケネス族は別に他の獣人族達の代表という訳ではないのだが、以前にも言及した通り、ダルケネス族は一足先に“大地の裂け目”に追放された関係で、この地に住む為の下地を築いていた経緯がある。
で、ロンベリダム帝国との関係の悪化によって“大地の裂け目”に逃げ込んできた他の獣人族達が、その時にダルケネス族に世話になったのである。
つまり、他の獣人族は、多かれ少なかれダルケネス族に借りがあるのである。
故に、ダルケネス族の認めたアラニグラ達が“大地の裂け目”内をいくらうろついたところで、他の獣人族達からとやかく言われる事はないのである。
もとを正せば、自分達も似た様なモノだからである。
で、そうした貴重な人材を放っておくカランの街の冒険者ギルドや有力者達ではない。
特にアラニグラは、トロール討伐の件も素早く解決し、ダルケネス族との関係も良好であり、正に『神の代行者』の名に恥じないほどの傑物であった。
カランの街の冒険者ギルドのギルド長とサイファスは個人的な繋がりはあるものの、それをもう少し広く、間口を広げたいとカランの街の有力者達は考える様になっていったのである。
ロンベリダム帝国本体は“大地の裂け目”内の獣人族達とは敵対関係にあるが、必ずしもそれにカランの街が付き合う必要はないのだから。
まぁここら辺は、向こうの世界でもよくある話であるが、国の政策とは裏腹に、密かに相手国と協定を結ぶ事もしばしばある。
特にカランの街は“大地の裂け目”に面する地域であり、“大地の裂け目”の住人達と仲良くした方が、様々な点で有利なのである。
逆にロンベリダム帝国の政策に付き合っても、もちろん駐留軍はいるものの、何かがあればまず矢面に立たされるのは自分達であり、損な役回りを押し付けられる事もしばしばあるだろう。
ならば、積極的に獣人族達に取り入る方が利口というものである。
しかも、自分達には、今やそれを成せるだけの人材がいるのだから。
そんな訳もあり、ある種の使者として、クエストを通じて獣人族達との仲介をアラニグラは頼まれた訳である。
そして、アラニグラもそれを快く了承したのであったーーー。
「まぁ、それはそれとしてよ、サイファス。ちっとこの植物を見てくれねぇ~か?」
「む?これが何なのだ、アラニグラ?」
今、アラニグラとサイファスはアルカード家のすっかりアラニグラ専用となった部屋にいた。
ちなみに、カル達は、アルカード家に着いた途端、そそくさとアルカード家の家人の女性達のもとに消えていった。
まぁ、アラニグラもサイファスもそれはすでに承知しているので、カル達の行動を咎める事もなかったが、内心若干呆れていたのは内緒である。
「ああ、薬草採集のクエストの時に見つけたんだよ。俺らもアンタらに認められたお陰で、かなり深部へも行ける様になったからよ。その時に、な。」
「ほう、どうりであまり見掛けない植物だと思ったよ。で、それが何だというのだ?アンタの事だ。ただの珍しい植物、ってだけじゃないのだろう?」
「ご名答。」
ニヤリ、とアラニグラはサイファスの答えに頷いた。
「実はこの植物、そうしたモンに詳しいレイの話によると、世にも珍しい『吸血植物』なんだとよ。」
「なんだとっ!?」
この世界には、向こうの世界にはない生物や植物が多数存在している。
これも、その一つであった。
(ちなみに、以前にも言及したが、カル達はアラニグラがパーティーに参加した事によって、戦闘面で活躍する機会が少なくなっていた。
しかし、その代わりではないが、事務面、特に情報面に関する知識に詳しくなっていたのである。
当たり前の話であるが、冒険者達がクエストを受ける際、ある程度の情報は冒険者ギルド側から伝えられるが、流石にその詳細までは教えてくれない事もある。
例えば、“~という薬草を取ってきて欲しい”、と言われても、その植物がどういう見た目をしているのか、どこに自生しているのか、それには何が必要で、それにはどんなリスクが存在するのかなどの詳しい情報は冒険者側で調べるのが暗黙の了解なのである。
以前にも言及したが、ただの脳筋に務まるほど冒険者は単純な職業ではないのである。)
「しかもどうやら、対象者に痛みは全くないそうだ。まぁ、ある種宿主に寄生する様なものだから、血を抜かれるリスク以外にも害があれば、そりゃ抵抗されるからなぁ~。っつっても、それでも危険な植物には変わりないが、これって、上手く利用出来ると思わねぇ~か?」
「ふむ、なるほど・・・。」
言うなればこの植物は、ある意味注射器の代用になるとアラニグラは考えた訳だ。
確かにアラニグラの提案によって、今現在のダルケネス族の感染対策やその後の処置はしっかりしているものの、それでも刃物で傷付ける方法はやはり対象者の負担が大きい。
しかもエン爺達は、普通の人間族に比べて肉体に様々なトラブルを抱えている者達なのだ。
しかし、この植物を利用すれば、まさしく向こうの世界の献血と同様に、対象者に負担が少なく、安全な採血が可能となる。
もちろん、感染症などのリスクがない事はアラニグラも確認済みである。
「これなら、エン爺達だけでなく、他の人間族からも広く採血が可能となると思うぜ?まぁ、もちろんそれでも色々とハードルは高いんだけどな。」
「しかし、アラニグラ。以前にも議論したと思うが、我々にはエン爺達もいる訳だし、わざわざリスクを犯して人間族に取り入るのはどうなのだ?」
「いやいや、サイファス。その考えは間違っているぜ?確かに今はいいけど、アンタらもずっと引きこもっている訳にもいかねぇ~だろ?エン爺達だって、いずれいなくなる。その時になって、また人間族を襲うのか?それじゃ、いつまで経っても対立が続く事になる。ならば、どこかで勝負を仕掛けなきゃなんねぇ。幸い、アンタらにはその為の武器がある。そうやって相互理解を深めていって、ダルケネス族の事を人間族に認めさせていく時期だと俺は思うぜ?」
「う、うぅむ・・・。」
これは、ぐうの音も出ない正論である。
以前にも言及した通り、見た目や生活様式などは人間族とほぼ変わらないダルケネス族ではあるが、その特殊な種族的疾患を持つが故に人間族から忌み嫌われる様になった。
しかし、エン爺達の例にもある通り、正しくお互いを理解すれば、上手く共生する事が可能なのである。
もっとも、この世界には献血という概念が存在しないので、そこに対するハードルは高いし、当然であるが、それをするメリットも提示出来ないとならない。
何にでもいえる事であるが、都合よくタダでやって貰う事など通常は不可能なのである。
逆に、そうしたトラブルを嫌って、ずっと交流を拒んでいれば、いつまで経っても状況は改善しない。
それは、最終的には種族の緩やかな衰退に繋がるだろう。
ならば、どこかで攻勢に打って出る必要がある。
そして、それが正に今なのである。
「まぁ、俺も強制はしねぇ~けどな?それに、流石のアンタでも、ダルケネス族の今後に関わる話を独断では決めらんねぇ~だろうしよ。ただ、まぁ、ダチのよしみで、やるっつ~なら俺も協力するし、よ。ま、まぁ、考えてみてくれや。」
「アラニグラ・・・。ありがとう。」
「おう。」
そうぶっきらぼうだが確かな優しさを感じるアラニグラのセリフに、サイファスは改めて感謝の言葉を口にするのだったーーー。
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