スピード解決
続きです。
◇◆◇
ーさて困ったぞ・・・。ー
アラニグラはそう思った。
いや、これまでの話からも、もちろんアラニグラもエン爺達を助ける事には同意である。
何故ならば、エン爺達が助かる事によってダルケネス族も助かる訳だし、更には遠回しにロンベリダム帝国周辺の平和を維持する事にも繋がるからである。
もし仮に、ここでアラニグラがエン爺達を救えなかったら、あるいは見捨てる事があれば、ダルケネス族は種族の存続の為にまたもやカランの街を襲わざるを得なくなるだろう。
それはつまり、ロンベリダム帝国と“大地の裂け目”に住む勢力達との緊張状態が再び巻き起こる事と同義だ。
そうなれば、ふとしたキッカケで全面的な争いに発展する可能性も高まる事となる。
いや、正直に言えば、アラニグラからしたらその争いは自分には関係のない事でもある。
だが、これは以前にも言及したかもしれないが、彼の中に現れた正義感や義侠心的には、それを見過ごす事も出来ないのである。
それ故に、彼も出来る限りの事は協力する腹積もりであった。
とは言え、アラニグラは純粋な回復魔法は使用不可能であるし、医療に関する知識も一般的なレベルであって、専門的な知識など皆無である。
故に、頭を抱えていた訳である。
ー・・・いずれにせよ、今のままでは情報が足りないな。ー
アラニグラはそう考えて、まずはエン爺達を襲った病魔の何となくの特定をする事とした。
まぁ、それには多分に時間稼ぎという意味合いも含んではいたのだが。
「あ~、何点か聞いてもいいか?」
「む・・・?何だ?」
考え込んでいたアラニグラをじっと眺めていたサイファスに、アラニグラはふとそんな言葉を投げ掛けた。
「見た限りだと、ここに寝かされているのは人間族ばかりなんだが、ダルケネス族側に倒れた者達はいないのか?」
「ああ、うむ。幸いな事に、その謎の病は、ダルケネス族にはうつらない様なのだ。故に、ダルケネス族側に倒れた者達はいない。」
「ふむ・・・。」
ー・・・となると、人間族特有の病気か何かだろうか?ー
「症状が出始めたのは?」
「先程も何となく説明したが、まだ、一月も経っていない。それ故、俺達への血の供給も今のところは間に合っていた状況だったのだよ。」
「なるほど・・・。」
ーつまり、この一月あまりの間に急激に感染が広がったと推察される。
この事から、この病がどんなものかは分からないが、何かしらの感染症である可能性が高いと思われる。
また、それが所謂“空気感染”である可能性も高まった。
でなければ、ここまで急激に感染が広がるのはおかしいからな。
・・・いや、エン爺達の生活環境も鑑みると、もちろん、サイファスさんが明言していた通り、それなりの生活が保障されていた様だが、それでも向こうの世界の少なくとも先進国ほどの衛生状況とは言えないので、その判断もやや早計かな?
・・・いや、ちょっと待てよ・・・?ー
アラニグラはフル回転で思考を巡らせていた。
「・・・なぁアラニグラ殿、もう良いだろう?すぐに回復魔法を使ってくれないか?」
そのアラニグラの様子に、しびれを切らした様にサイファスがそう言った。
「まぁ、少し落ち着いてくれ、サイファスさん。そう焦らされては、まとまるもんもまとまんねぇ~よ。それに、仮に俺の考えが間違ってなかったら、単純な回復魔法は悪手である可能性もある。何かの本で読んだ事があるが、回復魔法は外傷や単純な病気には効果的だが、ウイルスや細菌に起因する病気の場合は、それらも同時に活性化させちまうとか何とか・・・。まぁ、確証はないんだけどな。」
アラニグラのその発言は、何らかの物語からの引用だが、実際その考えは間違っていない。
以前にアキトも言及していたが、特にこの世界の回復魔法は、言わば対象者の自然治癒力を爆発的に高めたものである。
それ故、外傷などには絶大な効果を発揮する反面、体内の栄養素を大量に使用してしまう為、下手をしたら対象者自身の寿命を削ってしまい、命を脅かす可能性すらあるのだ。
また、簡単な病気であれば、自然治癒力を高める、つまり免疫力も高められので治りが早くなるメリットもあるが、ウイルスや細菌も体内に存在するので、それらも同時に活性化してしまうデメリットもあるのだ。
回復魔法には指向性がないので(と、言うより、あまりにミクロな世界での話である為、そこまでの微細なコントロールが効かない)、対象者の体内の防衛機能(例えば、白血球などの異物を排除してくれる働きをしてくれる細胞)だけでなく、体内に侵入してしまったウイルスや細菌もその恩恵を受けてしまうのである。
「な、なんだとっ・・・!?で、では、アラニグラ殿でもエン爺達を救うのは無理なのかっ!!??」
「だから、それを今考えてるんだよっ!頼むから少し静かにしてくれっ!!」
「す、すまん・・・。」
半ば怒鳴られた形のサイファスは、バツの悪い表情を浮かべていた。
焦りがあったとは言え、専門家(だと勘違いしているのだが)の仕事の邪魔をした様なものだからである。
それ故、サイファスは再び黙ってアラニグラの動向を注視する事とした。
一方のアラニグラは、思わず怒鳴ってしまった事すら意識しておらず、自分の考えに没頭していた。
何故ならば、ふと違和感を感じていたからである。
もしこのエン爺達を襲った謎の病が人間族特有の感染症ならば、一応人間のカテゴリーに所属するアラニグラも、当然感染するリスクが存在する。
そんな悪い想像を働かせていた時に、また別の疑問が浮かび上がったのである。
そういえば、この世界に来てから、自分は病気らしい病気に掛かっていないなーーー、と。
よくよく考えてみれば、これは非常に不自然な話なのである。
何故ならば、人の身体はそこまで強くないからだ。
もちろん、アラニグラは元々の肉体ではなく、仮の姿でこの世界に来ている。
この仮の姿は、“レベル500”という驚異の身体能力を有しているし、元々は『TLW』時のデータから生じた存在であるから、色々とルールが違うのも否定出来ないが、それでもこれはおかしな話なのである。
何故ならば、アラニグラらは、実際に生理活動(すなわち、生物体が生きている為に起こる様々な身体の現象や、生きていく為の身体の機能。呼吸・消化・排泄・血液循環・体温調節・代謝などの働き。または、その仕組み。)を自然と行ってきている。
つまり、色々超人的なこの仮の姿ではあるが、間違いなく生きている身体なのである。
それ故、逆に病気や怪我なんかにもならなければおかしいのである。
それなのに、アラニグラは今まで色々あってそれを意識する事もなかったし、何一つ不都合はなかったので考えてもみなかったのであるが、この世界に来てからは風邪の一つも引いてこなかった。
つまり、それにはそれなりの理由が存在する筈なのである。
「・・・・・・・・・あっ!」
「?」
そこまで思い至った時、アラニグラはとある事実に気が付いた。
いや、正確には思い出したといった方が正しいだろうか。
アラニグラは、すっかりその存在を忘れ去っていた懐のペンダントを、ゴソゴソと急いで取り出した。
「そうかっ・・・!【戦女神の祝福】っ・・・!!!」
~~~
当然ながら、『TLW』においては、様々なタイプのモンスターが存在する。
その中には、単純な物理攻撃力や、魔法攻撃力に優れたモンスターだけでなく、所謂“搦め手”を得意とするモンスターも存在した。
“搦め手”、すなわち、プレイヤー達に毒や麻痺、睡眠などといった、所謂“バッドステータス”を与えて苦しめてくるタイプのモンスターである。
実際に、この“搦め手”を得意とするタイプのモンスターは、プレイヤー達にとってはかなり厄介な存在である。
何故ならば、こうした“バッドステータス”は、通常の回復魔法では治せない事が多いからである。
しかも(まぁ、これはそのゲームにもよるが)、特に『TLW』では、これら“バッドステータス”を放置する事は厳禁である。
何故ならば、これら“バッドステータス”がプレイヤー達に与える影響は、かなり凶悪だからである。
例えば、ある種RPG系ゲームではお馴染みの“バッドステータス”の代表格、毒は、『TLW』では治さない限り永続的な“スリップダメージ”が入り続ける仕様である。
それも、かなりのダメージ量であり、レベルの低い者達や、ダメージがかなり蓄積した状態でこれを喰らえば、それだけで戦闘不能(死)に陥ってしまうほどの凶悪な代物である。
まぁ、これは、各ゲームの設定によって大きく異なるのだが、『TLW』は世界初のフルダイブ型のゲームであり、ある種のリアリティーを売りの一つとしている。
それ故、現実の毒と同様に、ゲームでは軽んじられる傾向の高い毒の本来の恐ろしさを、その様に表現しているのである。
また、こちらも多くのゲームで採用されている麻痺は、行動不能に陥らされる“バッドステータス”であり、睡眠も同様である。
もっとも、麻痺の場合は一定時間で解消されたり、睡眠の場合は、敵からダメージを受けた場合に解除されるなどの仕様だが、低レベル帯のモンスターならばともかく、高レベル帯のモンスターの前でその状態になってしまうと、無防備な状態で一方的にボコられる事になる。
こちらに関しても、全滅の危険性の高い“バッドステータス”である。
他にも、様々な“バッドステータス”が存在するが、そのどれもが特に『TLW』ではナメてかかってはいけないほどのリスクを備えていたのだった。
もっとも、当然ながら対抗措置・救済措置は用意されている。
そうした“バッドステータス”を解消する様なアイテムや魔法やスキル、そして装備品の存在があるのだ。
先程も言及した通り、『TLW』の“バッドステータス”は凶悪極まりないものが多いので、そうした対策は必須だった訳である。
そしてアラニグラは、『魔法アタッカー』タイプとして、『TLW』時はパーティーでは要となる一人であった。
だが、残念ながら攻撃魔法を主体とする『暗黒魔道士』系は、回復魔法と同様に、状態異常を解消する魔法などを覚えない『職業』でもあった。
もっとも、『TLW』では、他の多くのゲームと同様に、パーティー内に『回復役』や『支援職』を置く事がある種必須であるから、彼自身が対策を打たなくとも何とかなってしまうのであるが、それでも、その解消の為に『回復役』や『支援職』の手を煩わせる事となってしまう。
彼らには他に回復やバッファーとしての仕事がある為、そうした対策は各自で行うのが、ある種の暗黙の了解であったのだ。
それ故アラニグラは、【戦女神の祝福】、すなわち、『状態異常完全無効化』という、破格の性能を誇る装備品を身に着ける事によって、そうした対策を打っていたのである。
これによって、彼は『TLW』時に、少なくとも“バッドステータス”の問題を考える必要がなくなったのである。
さて、こうしてマストとして【戦女神の祝福】を身に着けていたアラニグラは、こちらの世界に飛ばされた時にも、当然ながら【戦女神の祝福】を身に着けていた。
だが、あまりにも色々あったので、【戦女神の祝福】の事をこれまで意識する事はなかったのである。
まぁ、アラニグラはかなり『TLW』にはハマっていたが、流石に膨大な数のアイテムや魔法、スキルや装備品の効果を全て空で言えるほどではなかったので、忘れていたとしても不思議ではなかったのだが。
で、『状態異常完全無効化』という事は、当然ながら“病気”に関しても適用されるのである。
実際、“病気”も“バッドステータス”の一つとして数えられるゲームなんかも多い。
それ故に、アラニグラは、いくら強靭な肉体を持つとは言え、生きている者ならば誰でもおかされる危険性の高い“病気”に、こちらの世界に飛ばされてから掛かる事がなかったのである。
その事実に、ここに来て改めて気付いたのであったーーー。
~~~
「サイファス様、もう良いですじゃ・・・。この病は治る見込みが非常に低い・・・。高名な回復魔法使いや薬師の方々が匙を投げたのですぞ・・・?」
「エン爺っ!?バ、バカな事を言うなっ!!!」
エン爺は、頭を悩ませているアラニグラを見ながら、やはり無理なのだと力なくサイファスにそう言った。
どうやら、エン爺は、この感染症の正体に気付いている様だ。
この病は、向こうの世界でいうところの『天然痘』などに近い感染症である。
幸いな事に、『天然痘』はワクチンの開発が進んだ事によって、向こうの世界では完全に根絶された稀な感染症ではあるが、ワクチンの開発までは数多くの人々の命を奪ってきたし、残念ながら向こうの世界の最新医療でさえ他の様々な感染症は対処こそ可能ではあるが、完全なる根絶には至っていない。
それほどまでに、病気を克服する事は困難を極めるのである。
残念ながら、医療においては向こうの世界に劣るこの世界では、感染症を治療するのはほぼ絶望的であると言わざるを得ないだろう。
それを、経験として知っていたエン爺は、そう諦めを口にしたのである。
だが、エン爺は知らなかった。
そうしたモノさえ、有無を言わさずに治してしまう物が、今現在のこの世界にはある事をーーー。
「何だ、エン爺はこの謎の病を知っていたのか?」
エン爺の口振りが気になったアラニグラは、思考を一旦中断してエン爺にそう尋ねた。
「ええ、まぁ、一応。と、言っても、詳しい事は分かりかねますがね・・・。この『斑病』・・・、まぁ、身体に謎の赤白の斑点が出てくる事から儂らが勝手にそう呼んでいるだけなのですが、は、儂がまだ若い頃に故郷を襲った事があるのですじゃ。その時は、病魔におかされた者達を隔離する事で儂らは助かったのですが、それにおかされた者達はほぼ全滅でした。中には運良く助かった者達もいたのですが、目が見えなくなったり、身体に麻痺が残ったりと、助かったとしても散々な有り様でしたな。もちろん、儂らも金を募って高名な回復魔法使いや薬師の方々に治療を依頼したりしたのですが、結局のところ治す方法は見つからなかったそうですじゃ。もっとも、隔離する事で難を逃れられる可能性が高い事はその時の経験から分かっておりましたので、今回もこうして症状の現れた者達を集会所に隔離する様に指示しました。それ故、他の人間族にうつる可能性は低いと思われますので、全滅の危機は免れるでしょう。」
「ふむ、なるほどな・・・。」
「・・・だが、その為にエン爺達がっ・・・!」
「フォッフォッフォ、人はいずれ死ぬものですじゃ、サイファス様。それが、早いか遅いかの違いでしかありません。儂はもうかなり長く生きた。もはや、あまりこの世界に未練はありませぬよ。・・・まぁ、儂はともかく、前途ある若者達までもが死んでいく事は、残念でなりませんがね・・・。」
「っ・・・!!!」
再び考え込んだアラニグラを余所に、何やら盛り上がっていくサイファスとエン爺。
まぁ、本来ならば、ここは今生の別れに近いシーンだから、ある意味悲劇的なシーンであるだろう。
だが、次のアラニグラの言葉で、そのシーンは一転して茶番に成り下がる事となる。
「・・・症状が目に見て分かるなら、治った事を簡単に判断出来そうだな。試しにエン爺、【戦女神の祝福】を首から下げてみてくれないか?」
「「・・・・・・・・・へっ???」」
「・・・ん?何だ、二人して変な顔して?」
「い、いや、アラニグラ殿・・・。今、治った事、と言ったのか??」
「な、治せるのですか、お若いのっ!?」
「あ、ああ、多分な。いや、まぁ、まだ確証はないから、試してみたいってだけなんだがよ。」
さもありなんと頷くアラニグラに、サイファスとエン爺はもはや脱力気味であった。
いや、万が一に懸けてサイファスはアラニグラを頼った訳だが、まさか本当にわずかな時間で解決策を出してくるとは思わなかったのである。
まぁ、そうなればいいな、という希望はあったのだが。
半ば呆けていた二人を余所に、いそいそとアラニグラはエン爺の首から【戦女神の祝福】をぶら下げる。
もし【戦女神の祝福】が有効だとしても、残念ながらアラニグラは【戦女神の祝福】を一つしか持っていない。
先程も述べたが、ここに寝かされている人々かなりの数存在する。
それ故、もし有効だったとしても、この手順を何回も繰り返す必要が生じてくるのである。
まだ深い時間ではないとは言え、その事を考慮すると時間が惜しいとアラニグラは考えた訳である。
「これでよし、と。」
「ほ、本当に効果があるのかっ!?」
「いや、それを今確かめようとしてるところなんだけどよ。とりあえず、エン爺。その、斑点?、のある位置を見える様にしてくれないか?」
「は、はぁ・・・。」
アラニグラの勢いに飲まれる様に、サイファスとエン爺は半信半疑ながらアラニグラの指示に従う。
そして、その効果に驚きを浮かべるのだった。
以前にも言及したが、『TLW』時の装備品類の効果は、この世界でも有効である。
また、それは当然ながらこの世界の住人達にも適用される。
まぁもっとも、今までアラニグラら『異世界人』が、自らの装備品類を誰かに預ける事はなかったので(アラニグラがカル達に杖を預ける事はあったが、その効果はINTとMINをアップされる効果であり、それと同時に、所謂『キャストタイム』・『リキャストタイム』を早める効果が付与されているというものであり、魔法を扱う事の出来ないカル達に、その効果が適用される事はなかったのである。)、その事実に気が付く事も今までなかったのであるが。
そして、アラニグラら『異世界人』達の持つ装備品類は、この世界の常識を遥かに越える性能でもあったのである。
一部では、もしかしたら『失われし神器』に匹敵するレベルかもしれない。
「な、何とっ・・・!」
「こ、こんな事がっ・・・!?」
「うっし、成功みてぇ~だなっ!!!」
瞬く間にエン爺の身体に現れていた斑点が消え失せる。
それは正に、“奇跡”としか表現出来なかったであろう。
本来の仕様であれば、【戦女神の祝福】の効果は先程も言及した通り『状態異常完全無効化』ではあるから、確かに新規の“バッドステータス”を防ぐ事は可能であるが、一方で【戦女神の祝福】を身に付ける以前の“バッドステータス”は適用外となる。
それ故、それまでに受けた“バッドステータス”は、状態異常を解消させるアイテムや魔法、スキルなんかで治療する必要があるのだが、こちらも以前にも言及したが、『TLW』から持ち込まれたアイテムや魔法、スキル、そして装備品類などは、この世界に飛ばされた時点で、本来とは異なる仕様に変化している。
その中には、『TLW』時に比べたら、明らかに弱体化したものもあれば、その一方でむしろ強化されたものもあったりするのである。
で、【戦女神の祝福】はその後者、むしろ強化されたものの一つであったのである。
この世界における『状態異常完全無効化』の概念としては、毒、ウイルス、細菌などの人体に悪影響を与える異物を、完全に無効化する事ではなく、完全に無害化(無毒化)する事なのである。
何故ならば、こちらも先程も述べたが、人は生きている限り、日々様々なウイルスや細菌が体内に侵入する事となるので、それらを完全にストップする事など実質的に不可能だからである。
それ故、そうしたものが体内で蓄積する事で悪さを働く様になる訳だが、そもそもそうしたものが体内に入ったとしても無害化(無毒化)するのであれば、どの様な病気にも成り様がない、と言う訳である。
その様にして、アラニグラは今までこの世界で病気などに掛からなかったのだ。
そして、先程も述べた通り、そうした効果はこの世界の住人にも適用される。
故に、エン爺を蝕んでいた病魔も、ただちに無害化(無毒化)される事となったのである。
「よっし、じゃあ、この調子で次々行こうぜっ!数も多いからなっ!!」
「う、うむっ!!」
「おおっ、ありがたやありがたやっ・・・。」
成功した事に内心安堵していたアラニグラは、続けて他の患者に対しても同様の処置を施していく。
彼の発言通り、その場に隔離されている人々はかなりの数に上るからである。
一瞬呆けていたサイファスも、アラニグラのサポートをするべく彼に続いた。
一方、“奇跡”によって完治したエン爺は、アラニグラを思わず拝みながら、感謝の言葉を呟くのであったーーー。
・・・
「ふぅ、やれやれ。とりあえず一段落、ってところだな。」
「うむうむ。本当に助かったぞ、アラニグラ殿っ!」
「いやいや、俺は何もしちゃいねぇ~よ。それに、一応出来る事はしたつもりだが、本当に治ったかどうかは、しばらく様子を見てみない事にはな・・・。」
その後、施設、エン爺曰く集会所に集められた人々の治療が完了したアラニグラとサイファスは、アルカード家への帰路に着いていた。
アラニグラの発言通り、一応治療は完了したものの、それ以上は彼に出来る事はないからである。
それ故、本当に治ったかどうかはしばらく様子を見る事として、夜もふけてきたので、一旦アルカード家で休む事としたのであった。
「ああ、うむ。確かにそれはそうであるな。しかし、エン爺達の様子からは、問題なさそうに思えるが、な。」
「そうだとありがたいんだけどなぁ~。」
「それに、アラニグラ殿から教えて貰った呪い、手洗いとうがい、だったか?も、今後徹底させるとエン爺は張り切っていたぞ。どうやら、アンタにすっかり心酔してしまった様だな。」
「いや、呪いじゃねぇ~んだけどな・・・。まぁ、いいけどさ。」
「俺達ダルケネス族も、今後エン爺達から血を貰う時は、その消毒だったか?を、徹底させる事とするよ。」
「そうしてくれると助かる。」
治療が完了してから軽く雑談を交わしていた時、アラニグラは改めてこの世界の衛生観念の低さに頭を抱えてしまった。
聞けば、彼らは日常的に手洗い・うがいをする習慣がないそうなのだ。
まぁ、これに関しては、実際に向こうの世界においても、文化や風習によってはそうした習慣がなかったりする地域もあるので一概には言えないのだが、これらが感染症や食中毒などの予防に効果があるのは、データとしてハッキリ出ているのである。
それ故、アラニグラは、手洗い・うがいの重要性を説き、実践する様にと説得した訳である。
もっとも、こうした習慣のなかったエン爺達は、アラニグラの示した行為を、何かしらの呪いであると誤解したものの、実際にアラニグラが『斑病』を治した事から、その事を徹底させると約束した訳であった。
アラニグラとしては、若干誤解が生じている事に頭を悩ませたが、少なくとも結果としては変わらないので、そこはスルーする事とした。
懇切丁寧に微生物、ウイルスや細菌の除去の為であると説明したところで、ちんぷんかんぷんなのは目に見えていたからである。
そして、サイファス達である。
この世界には、今現在のところ注射器に該当する道具がない。
それ故、彼らダルケネス族が他者の血を摂取する際は、刃物や吸血鬼よろしく、直接腕などから吸うのが普通であるそうなのだ。
が、当然ながらその時に、アルコール消毒などを施す事などないので、唾液や刃物から微生物やウイルス、細菌が侵入してしまう恐れが高い。
もっとも、傷自体は回復魔法や、効果の高い薬草などによって治ってしまう為、それについて問題視する事もなかったのであるが、ミクロの存在を知っているアラニグラからしたら、これもかなり衝撃的な話であったのだ。
アラニグラは口にこそ出さなかったが、もしかしたらエン爺達に『斑病』が広がったのは、そうした不衛生な行為によるものではないかと疑っていた。
例えば、感染が起こっていなかったからダルケネス族には発症しないのかもしれないが、その『斑病』を引き起こすウイルスや細菌を、ダルケネス族が無意識の内に持っていた可能性も否定出来ない。
それが、血を吸う、という行為の際にエン爺達に感染したのかもしれないのである。
とは言え、確証はないし、それを確認する方法も知識もアラニグラにはなかったが。
それ故、こちらも対処、予防をする事によって、ある程度防げるのではないかと考え、消毒についての知識をサイファスに与えた訳である。
もっとも、アルコールはあれど、それを消毒液にする方法など知らないアラニグラには、直接吸う方法を廃止し、刃物を熱湯処理して殺菌し、それを用いて血を採取する方法に切り換える事を推奨する程度であったが。
こちらも、専門家(ではないが、実際エン爺達の『斑病』を治療したのは事実である)であるアラニグラの意見を素直に取り入れ、実践する事をサイファスは約束した訳であった。
「しっかし、今日は色々あって疲れたなぁ~!」
「ああ、大活躍だったな、アラニグラ殿っ!俺もまさか、今日中に問題を全て解決して貰えるとは思わなかったよ。」
「まぁ、今回は運が良かっただけだけど、役に立てたのなら、俺もしても嬉しいぜ。」
「で、今更野暮だとは思うが、謝礼は受け取って貰うぞ、アラニグラ殿?断られたら、こちらとしても立つ瀬がないからな。」
「あ~、まぁ、分かったよ。けど、それなら今はぐっすり寝たい気分だなぁ~。」
「なるほど・・・。ではまず、今宵は極上の宿屋へとご案内する事としようか?」
ニヤリと笑うサイファスに、アラニグラもニヤリと笑みを浮かべて頷くのだったーーー。
「しっかし、必要な量が少なくて済むとは言え、自分達を襲って血を吸うダルケネス族を、帝国はよく追放で済ませたなぁ~?考えてみれば、今は違っても、過去には襲った事もあるカランの街のギルド長ともギスギスした感じじゃなかったし、何か取引でもしたんか?」
「あぁ~、それなんだがな・・・。」
再び歩き始めた時に、アラニグラはふと気になっていた事をサイファスに尋ねてみた。
ダルケネス族が所謂“吸血種族”であれば、向こうの世界の吸血鬼伝承と同様に、本来ならばかなり忌避されて然るべきだと考えたからである。
まぁもっとも、昨今のファンタジー作品では、吸血鬼は魅力的なキャラクターとして描かれる事も多いのでそのファンも多いだろうが、この世界でもそうなのかもしれないな、とアラニグラは考えていた。
しかし、サイファスの返答はアラニグラの想像を越えていた。
「実は先程は中々言いづらかったのだが、我々は血を吸う以外にも、他の方法でもその行為の代わりが可能なのだよ。」
「ほぉ~・・・。で、その方法ってのは?」
「まぁ、その、これはダルケネス族の女に限定されるんだが、人間族の男から精液(精子)を体内に受け入れる事さ。」
「・・・あっ!あ、あぁ~、なるほど・・・。」
向こうの世界の吸血鬼伝承では、生命の根源とも言える血を吸う事によって栄養源にしている、と言われている。
ダルケネス族の場合は、栄養源としてではないものの、ある種の治療薬として、やはり生命の根源として人間族の血を必要とするのである。
もっとも、生命の根源と言う意味ならば、よりその条件に適したものが人間には備えられているのだ。
それが、男性の精液(精子)である。
これは、要は生命のもとであるから、生命の根源という意味合いにはもっとも近いと言えるだろう。
実際、向こうの世界における数々の伝承にも、男性の精液(精子)は、魔術的に重要な要素として位置付けられる事も多い。
もっとも、そうした意味ならば、女性にも卵子が存在するので、そちらも同様に狙われてもおかしくはないのだが(実際、そういう伝承も多い。)、ただ、精液(精子)の場合は、入手が容易な点がやはり大きいのだろう。
それ故、男性の精液(精子)がよく登場する様になったのかもしれない。
で、よほど潔癖な男性でない限り、性交渉は歓迎すべき事であろう。
更には、ダルケネス族の女性は、かなりの見目麗しさを誇っているのだ。
そんな女性に求められて、嫌な顔をする男も中々いないのだ。
むしろ、美味しい思いが出来てラッキー、って感じなのである。
また、これは所謂“子作り”とは別の話だ。
まぁ、以前にも言及した通り、異種族間の“子作り”では、人間族側に相当なレベルがなければ上手い事いかないし、そもそもダルケネス族の女性の場合は、彼ら特有の病の治療や予防という意味合いが強いので、通常の性交渉とは違い、受精する可能性も極めて低いのである。
それは、男性側から見れば、ある意味都合が良い事でもあるのだ。
「そうした相手の中には、有力者や権力者もいたんだよ。で、そうした者達はむしろ我々の擁護に回った訳さ。もっとも、美味しい思いをするのは極一部であるから、最終的には追放って形にはなってしまったが、それでも帝国内でも我々を滅ぼしたい者達と、我々を守りたい者達とで意見が対立してる、って訳さ。」
「な、なるほどねぇ~・・・。」
ー男ってバカだねぇ~・・・。ー
まぁ、気持ちは分からんではないアラニグラも、苦笑気味にそう納得するのだった。
「あっ・・・!って事はもしかしてカル達も!?」
「うむ、今頃お楽しみの最中じゃないかな?まぁ、これに関しては、自由恋愛だからな。」
「まぁ、そりゃそうだけどよ・・・。」
アルカード家を出る前に、中々良い感じだったカル達とアルカード家の家人である女性達の様子を思い出して、アラニグラはそう言った。
まぁ、サイファスの発言通り、これは自由恋愛であるからアラニグラに口出しする権利はないが、自分が働いている時にカル達がよろしくやってるっていうのが、何となく腹正しいアラニグラなのであったーーー。
誤字・脱字がありましたら、御指摘頂けると幸いです。
ブクマ登録、評価、感想等頂けると幸いです。よろしくお願いいたします。