背景
続きです。
先日、20万PVを越えました!
読んでいただいた方々に感謝を。
今後も、マイペースで投稿して参りますので、引き続きお付き合い頂けると幸いです。
◇◆◇
以前にも言及したが、“大地の裂け目”は人間族未踏の広大な地域の事である。
それ故に、“大地の裂け目”内部には、ハレシオン大陸の方々で見られる街道の様な整備された道などは一切ないのである。
まぁ、これに関しては、あまり人の立ち入らない大森林地帯や山岳地域などにも見られる現象ではあるので、こうした場所はさして珍しくはないのだが。
つまり、そうした事情から、人が滅多に踏み入れない様な場所に挑む冒険者達の機動力・移動速度は著しく制限されてしまうのである。
まぁ、もっとも、“大地の裂け目”には獣人族が隠れ住んでいるので、もちろん馬車すらも通行出来るほど立派に整備された道ではないものの、人が通れる程度の、所謂“けもの道”と呼ばれる通路はあちこちに存在したりする。
そうでなくとも、大森林地帯や山岳地帯を歩く場合、冒険者などの旅人は、先人や野生動物などが自然に作った“けもの道”を利用する事がしばしばあった。
今回、アラニグラとそのパーティーである『ウェントゥス』も、サイファスの案内でこの“けもの道”を利用し、トロールの居場所まで移動していた訳であったーーー。
・・・
「すげぇ道だな・・・。サイファスさんの案内がなきゃ、俺らだけだったら道に迷っていたかもしれねぇ~ぜ・・・。」
「うむ、“大地の裂け目”は少々特殊だからな。旅慣れた人間族と言えど、この土地を踏破するのはかなり難しいだろうな。」
そんな軽口を叩く余裕を見せるアラニグラとサイファスと違って、カル達は終始無言で、息も絶え絶えであった。
以前にアキトも言及していたが、旅の基本は移動技術にある。
当たり前の話であるが、人は移動するだけで体力を奪われるものなのである。
それに加え、冒険者は不意な戦闘にも備え、終始一定の緊張状態を保っていないとならない。
優れた冒険者は、その強さもさる事ながら、様々な技術に精通しているものだ。
そうする事によって、この移動技術一つとっても、体力の損耗を抑える身体操作方法を活用し、なおかつ五感や気配をフル活用した気配察知スキルや、逆に自身の気配を遮断するスキルを用いて、要らぬ戦闘を避ける事が出来るのである。
だが、アラニグラはそのデタラメなスペック故に何とでもなるのだが、かなりのレベルに到達しているとは言えど、カル達はそうもいかない。
旅慣れていると豪語していた彼らだったが、それはあくまで街から街へという意味だ。
こうした未知の場所であっても、普段と変わらない状態を維持する事は、実際にはベテラン勢でも困難な事だった。
「おい、お前ら、大丈夫か?」
「はっはっはっ、な、何とかっ・・・。」
「・・・すまん、サイファスさん。少し休憩してもいいかい?」
「ふう、やれやれ。まだ小一時間歩いた程度だぞ・・・?まぁ、アラニグラ殿がそう言われるなら、仕方ないのだがね。」
「悪いな。」
仲間の様子を心配したアラニグラは、そう声を掛けて、こりゃ不味いとサイファスに休憩を提案した。
それに、少しばかり呆れた表情を浮かべながら、サイファスも渋々了承した。
・・・
その後、少し開けた場所でアラニグラ達は一旦休憩を挟む事とした。
残念ながら冒険者パーティー『ウェントゥス』には、アラニグラ以外に魔法に通じている者はいなかった。
しかし、実際にはこれは珍しい事ではなく、大半の冒険者のパーティーには、所謂“魔法使い”、“魔術師”が所属していない事の方が多かったりする。
これは、以前にも言及したが、魔法を学べる者が、現状では貴族などの特権階級者に限定されているからである。
特権階級者である者達が、わざわざ冒険者などというある意味ヤクザな商売に就く筈もない。
もちろん、中には例外もいるし、没落した元・貴族や、あるいは特権階級者ではないものの、運良く魔法を学べた稀有な者達もいるので、冒険者の中にも“魔法使い”や“魔術師”が存在するケースもあるが、やはりその数には限りがあるのである。
で、そうした存在は、冒険者パーティーからは、引く手あまたなのである。
何故ならば、これは以前にも言及したが、魔法は利便性と応用性に優れた技術だからである。
事戦闘面でも、“魔法使い”や“魔術師”が一人いるだけで、戦術の幅が劇的に広がる。
何せ、基礎四大属性である火・水・風・土だけでも、魔獣やモンスターと言えど生物である以上、それらが弱点と成り得るからである。
更には、こちらも以前に言及したが、旅の必需品である荷物を減らせるのが、やはり大きいのである。
人が活動する上で、必ず必要なのが、食糧と水である。
食糧に関しては、流石の魔法とは言えど作り出す事は出来ないので、こちらに関しては携行する必要が生じるのだが(まぁ、ベテラン勢ならば、現地調達で済ませてしまう猛者達もいるので、主食となる食糧だけを用意しておく者達もいる)、水に関しては、“魔法使い”や“魔術師”がいれば、わざわざ携行しなくて済む利点があるのだ。
人が1日に必要な水分量は、最低でも2リットルと言われている(もちろん、個人差があるし、その人の活動内容によっても変動するが)。
2リットル=2キロである。
仮に、5日間活動するとなると、水だけで単純計算で10リットル=10キロを携行する必要がある。
それに加えて、食糧や装備品や消耗品などを合わせれば、重量は更に重くなる。
もちろん、先程の食糧の例と同じ様に、水場で水を確保する事もあるので一概には言えないのだが、どちらにせよ、水が荷物になる、嵩張るのはこれは間違いないのである。
重量が重ければ重いほど、移動速度や機動力は更に制限される事となる。
それに、単純に体力を奪われてしまうのだ。
しかし、“魔法使い”・“魔術師”がパーティーに一人いれば、水を出して貰う事が出来るので、一番重要かつ一番の荷物になる飲料水を携行する必要がなくなるのである。
これは、やはり大きいアドバンテージとなるだろう。
もっとも、昨今ではこの“魔法使い”や“魔術師”がパーティーにいる事による上記のアドバンテージも、主に単純な移動や生活においては、そうした人々が所属していないパーティーでもあまり差がなくなってきていた(もちろん、戦術の幅を広げる利点など、“魔法使い”や“魔術師”自体の価値が下がった訳ではない)。
これは、こうした旅や魔法に精通していたアキトが、上記の問題点を解決する一手として、更には自身や『リベラシオン同盟』の活動資金、あるいはその他関係団体に利益をもたらす為の一手として、ロマリア王国の魔術師ギルドと共同で、『生活魔法』という『魔道具』を開発、発表し、販売を始めたからである。
『生活魔法』とは、これも以前から言及しているが、基礎四大属性のみに限定しているものの、それらを特別な学習、修行をなしに一般人にも扱える様にした道具の事である。
これが、ロマリア王国を中心に大ヒットし、旅を生活の一部としている冒険者や商人に限らず、ロマリア王国では(もちろんそれなりに裕福な家庭に限定されるものの)、一般にも広く浸透してきていた。
もっとも、今のところ、この『生活魔法』の正規品は、ロマリア王国の魔術師ギルドのみからしか手に入れる事は出来ない。
まぁ、ロマリア王国は最近は隣国であるヒーバラエウス公国やトロニア共和国との交流が盛んになりつつあるので、それを足掛けに後数年も立てば、この『生活魔法』がハレシオン大陸中に行き渡る可能性もあるが。
しかし、そこはそれ、人の世の事であるから、こうした大ヒット商品の噂を聞き付けて、方々でその模造品や粗悪品が現れるのはよくある事である。
そもそも、基礎四大属性は、魔法技術の基本中の基本であるし、ロマリア王国の魔術師ギルドが正式に採用している所謂『刻印魔法』の大元は、元々ロンベリダム帝国が開発したものである。
それ故に、魔法発動体に基礎四大属性の術式自体を刻み込む事は、いとも容易く模倣する事が出来る。
もっとも、それだけでは不十分であり、それだと『刻印魔法』の域を出ない。
『生活魔法』のキモは、誰にでも扱える点にある。
つまり、魔素の収束という、“魔法使い”や“魔術師”ならばごく当たり前に出来るが、一般人には出来ない事も自動で行える必要があるのである。
正規品の『生活魔法』には、アキトが組み上げた理論によって、もちろんそれなりに高価な鉱石は必要とするものの、少し無理をすれば一般人の手に届く価格帯での販売を実現する事に成功しているが、模造品や粗悪品はそうもいかない。
そもそも、一般人が魔法を扱うという発想自体なかったので、魔素を自動で収束させる理論や技術がなかったのである。
もちろん、正規品の『生活魔法』を入手し、それを研究・解析する者達もいたのだが、そこはそれ、割とクレバーで強かなアキトが、そこに何の対策も打っていない筈もないので、その解析はほぼ不可能に近かったのである。
何故ならば、そのキモとなる部分に、実質的にはアキト以外には誰も完全には理解出来ない、『古代語魔法』による処理を施していたからである。
これは、リリアンヌと共同で開発した『農作業用大型重機』の心臓部である『魔素結界炉』にも施した手法であった。
もっとも、ルキウスのお抱えであるランジェロなどの一部の優秀な魔法研究者の中には、不完全ながらもその理論のある程度の答えに辿り着いた者達も中にはいたが、それ以外のほとんどの者達は早々にアキトの理論を理解する事を諦め、別の方法でそれを再現する事にしたのである。
それが、『精霊石』を用いた方法であった。
アキトもよく多用するこの『精霊石』の特徴は、魔素を自動で収束させる性質にある。
実はそれと他の技術を組み合わせる事によって、とてつもない現象を引き起こせるチート染みた鉱石であったのだが、残念ながら普通の“魔法使い”や“魔術師”にとっては、魔素を収束させる事は誰にでも行える事であり、なおかつ魔素を蓄える事が出来る訳でもなかったので、結構軽んじられていた不遇の鉱石でもあった。
ところが、一般人が扱う事が前提の『生活魔法』ならば、この不遇の鉱石が、一転して非常に重要な意味を持ってくる。
何故ならば、“魔法使い”や“魔術師”ならば誰にでも行える魔素の収束が、一般人には不可能であるからだ。
何に利用すれば良いのか分からず、扱いに困っていた素材が、技術の発展によって陽の目を見る事は実はよくある事だ。
こうして、『生活魔法』の模造品や粗悪品には、『精霊石』が利用される事となったのである。
ただし、これもアキトが以前に言及していたが、『精霊石』は他の鉱石類に比べても非常に採掘量の少ない、それ故に非常に高価な鉱石でもあった。
そうした事もあり、正規品以外の『生活魔法』は、とんでもなく高額でやり取りされる代物となってしまったのである。
まぁ、『生活魔法』の模造品や粗悪品を販売している闇業者から言えば、それだけのコストが掛かっているので割と適正な値段なのであるが、そもそも論としては、所謂“パクり商品”であるから、それはあまり誉められた行動ではないが。
さて、長々と説明してきたが、その『生活魔法』の模造品を、アラニグラとそのパーティーである『ウェントゥス』は所持していた訳であった。
その事から、アラニグラ達が割と裕福な冒険者である事が窺い知れるだろう。
(ちなみに余談だが、ロンベリダム帝国が“大地の裂け目”の土地を狙っているのは、以前にも言及した政治的・軍事的・経済的な意味合いでのこの地での通行の確保と同時に、この人間族未踏の地に眠っているだろう、数々の手付かずの資源も狙いの一つであった。
それが、“魔法銃”や『生活魔法』の模造品や粗悪品の登場によって、それらを大量に生産する為に鉱石類の需要が急速に高まっていた為に、むしろそちらの意味合いの方が今では大きくなっていたのであった。)
・・・
「ぷはぁっー!生き返るぅっー!」
「ホンット、『生活魔法』様々だよなぁ~!」
「まぁ、かなり高い買い物だったけど、実際便利だよなぁ~。」
ワイワイと言いながら、先程まで死にそうになっていたカル達は、『生活魔法』によって飲料水を生み出し、喉を潤していた。
「確かに、水を持ち歩かないで済むのは、画期的な発想だと思うよ。これを開発した人は、きっと俺らみたいな旅人の事がよく分かってるんだと思うぜ。」
割と何て事はない雑談ではあるが、これは的を射た意見である。
実際、『生活魔法』を開発したアキトはよく方々を移動していたので、その時の教訓から『生活魔法』の開発を思い立っている。
同じ境遇を体験しているからこそ見えてくるものもある訳で、冒険者や商人の様に旅をする事のない(したとしても、護衛などをつけてガチガチに固めているし、装備品や食糧なども豊富に携行する)今現在の特権階級者や魔術師ギルド所属の“魔法使い”や“魔術師”が、この発想に至れないのも無理からぬ話なのである。
まぁ、そもそも魔法技術を基礎四大属性とは言え、一般人にも扱える様にしようとする発想自体が皆無だった事もあるのだが。
「ほう、人間族の世界には、中々便利な道具があるものだな。」
「確かに、魔法が使えない者達にとっては便利なモンだよなぁ~。」
カル達から少し離れた場所で、自身の携行している水筒にて水分補給をしていたサイファス、そして、自らの魔法によって生み出した水を飲みながら、そんな感想を言い合うアラニグラとサイファス。
それに遅まきながら気が付いたカルは、バツの悪い顔を浮かべながらサイファスに問い掛ける。
「あっ!サイファスさんもお水いりますか?」
その質問に、一瞬意外そうな顔を浮かべたサイファスだったが、すぐに表情を作り直して答える。
「いや、気遣いは無用だ。俺には、自分の携行している水筒があるからな。」
「あ、そ、そうですか・・・。」
物腰や言葉自体は柔らかいが、明らかな拒絶に一瞬気まずい雰囲気が漂うが、レヴァンが上手い事話題を変えて、その雰囲気を払拭した。
「と、ところで、トロール達の居場所までは、まだまだ時間が掛かりそうですか?」
「あ、ああ、うむ。トロール達は機動力はさして高くないからな。俺が確認した時からはかなり時間が経ってはいるが、それを踏まえた上でも、後小一時間ぐらいすれば、ヤツらに遭遇出来ると思う。」
「そうですか・・・。と、いう事は、割とカランの街に近付いている印象ですね。」
「うむ、そうだな。ヤツらは知性はそう高くないが、強敵の存在ぐらいは分かるのだろう。“大地の裂け目”はヤツらの食糧となる物は豊富に揃っているが、それと同時にトロールを脅かす魔獣やモンスターなんかも無数に存在する。まぁ、その中でもトロールはかなり厄介な存在ではあるし、今回は大群で現れているから、ヤツらの優位性は高いだろうが、逆にそれ故に、今度はそうした存在達は姿を隠してしまうからな。となれば、食糧のある方に移動するのがある種必然だろう。それ故、小動物や植物を食い荒らしながら、ヤツら自身も知らず知らずの内に人間族の街を目指しているのかもしれん。ヤツらは、獲物のニオイを探す嗅覚に優れている様だしな。」
「なるほど・・・。って事は、割とカランの街がピンチって事だな?」
「ああ。アンタらが動かなかったら、そう遠くない内に人間族の街にヤツらが出没していたかもしれんな。」
「マジかよ・・・。」
カランの街の冒険者ギルドと冒険者側が、水面下の策謀を巡らせている間に、事態はかなり切迫していたらしい。
まぁ、もっとも、アラニグラ達が現れなかったら、冒険者側の思惑通り、複数のベテランパーティーの合同討伐によって、そのピンチを回避する事自体は可能であった訳だが。
「と、いう訳だから、休息ついでに装備品の点検はしておいた方が良い。おそらくだが、次に行動を開始したら、そのままヤツらに遭遇する可能性が高いからな。まぁ、出来ればそうなる直前で上手い事一息吐ければ上々なんだが、さっきも言った様に、ヤツらの嗅覚は中々侮れないからな。」
「なるほど・・・。了解です。それと、ついでにもう一つだけ。」
「む?どうかしたのか?」
「サイファスさんのお仲間の方々は、この討伐に参加されるのですか?」
サイファスが話をまとめ掛けていた時、レヴァンはもう一つだけと、再度質問をサイファスにぶつけた。
「ああ、その事か・・・。残念ながら、ウチの部族は動けない。それと、“大地の裂け目”内には、俺達とは別の獣人族も多数存在するが、彼らの力もアテに出来ないだろう。一応、同じ土地に暮らす者達故に、それなりに仲間意識はあるんだが、それでもやはり自分達の集落を守るのが最優先事項だからな。つまり、実質的にはアンタらに協力出来るのは、現時点では俺一人って事だ。まぁ、色々と事情があるのさ。」
「そうですか・・・。」
「まぁ、多少筋が通らない話だとは思うが、その代わりではないが、俺達は高い依頼料を支払っている。とりあえずは、それで納得して貰うしかないな。」
「ああ、いえ、不満がある訳ではありませんよ。あなた方の部族内にも、戦いに不向きな方々もいらっしゃるでしょうからね。ただ、仮に別働隊が動いていた場合、連携が上手くいかないと、返って混乱を招いてしまう恐れもあるかと思いましてね。」
「ふむ、なるほど。そういう事なら、まぁ、今言った通りだ。納得したか?」
「ええ。大丈夫です。」
そうか、と言って、再度サイファスはカル達とは距離を取り、押し黙ってしまった。
人間族とは馴れ合わないと本人が明言していた通り、そこには見えない壁の様なものがあるとアラニグラには感じられた。
まぁ、カル達も多少やりにくい感じはあるが、色々と事情があるのだろうと、さしてそのサイファスの態度を気にしてはいなかったが、ここでアラニグラは、彼としては珍しくお節介を発動させた。
「なあ、サイファスさん。要らぬお節介だとは思うが、もうちょっとカル達と仲良く出来ねぇ~かな?少なくとも、水くらいで恩を売るつもりなんか、アイツらにはねぇ~ぜ?」
「ああ、うむ。多少気分を害してしまった事は自覚しているが、さっきも言った通り、俺は人間族とは馴れ合うつもりはないのだよ、アラニグラ殿。これは、何も意固地になっている訳ではなく、むしろお互いの為だ。今回は協力して貰っているが、元々俺達と人間族は敵対関係にある。つまり、今回の件が終わった後、何らかの要因によって俺達は争う可能性がある。」
「そりゃ分かるけど、俺らは別に軍人って訳じゃ・・・。」
「同じ事だよ、アラニグラ殿。俺もアンタら冒険者の立場は分かってるつもりだが、仮に帝国から強制されれば、アンタらはそれに従わざるを得ないだろう。もっとも、アンタは他の人間族とは違う雰囲気があるし、納得出来ない事には、今みたいに否を突き付ける事が出来るだろうし、また、それが出来るだけの実力があるだろう。しかし、彼らはどうかな?それと、これは憶測にしか過ぎないが、冒険者とは言えど、彼らは帝国出身者だろう?」
「ああ、そう言っていたが・・・、分かるのかい?」
「いや、ただの勘だ。だが、それならばなおの事だ。俺は、家族や部族に危機が迫っているのならば、今回の様に行動を起こすだろう。そしてそれは、アンタらにも言える事だろう?」
「あぁ~・・・。」
アラニグラは、この世界に身内と呼べる存在はいない。
まぁ、それに限りなく近い存在として、ティアら『異世界人』がいるが、逆に彼らとは考え方の違いから、絶縁した訳ではないものの、多少距離は置いている。
それ故に、アラニグラには、ある種の弱点となる存在がいないのである。
しかし、カル達は違う。
カル達は、サイファスの指摘通り、帝国内にその家族がいる。
仮に何らかの要因で、カル達に何かを強要しようと帝国側が画策したとして、高確率で彼らの家族は人質に取られる可能性が高い。
アラニグラから見た印象だと、ルキウスは目的の為には手段を選ばない強かさと冷徹さがあった。
まぁ、これは、アラニグラの厨二病的思考から来る、ある種の権力者に対する偏見ではあったが、これについてはあまり否定出来ないだろう。
と、なれば、家族の為に、カル達が帝国の言いなりになるしかない未来もあるかもしれないのである。
本来、冒険者は自由度の高い職業であり、国同士などの争い、所謂戦争に加担する事はないのだが、そこはそれ、どんな事にも抜け道はあるものなのである。
「分かり合える未来が来れば良いが、あるいはお互いに過度な干渉を避けて共存・共生出来れば良いが、特に俺達の様な存在は帝国も認めはしないだろうからな。そんな訳もあって、俺は人間族と馴れ合わない様にしているのだよ。」
「・・・そうか・・・。」
若干遠い目をしながらそう締めるサイファスに、アラニグラは何も言えなくなってしまった。
これは根深い人種差別や種族差別の類いなのである。
個人レベルでは、別にサイファスもカル達も、多少距離はあるものの、交流する事自体は可能であるし、その過程で分かり合える事もあるかもしれないが、これが国単位、組織単位になるとそうもいかない事も多々ある。
最終的には、お互い仲良く出来ればそれに越した事はないが、それが難しいのは、他種族や異種族が存在しない向こうの世界であっても周知の通りだ。
アラニグラにどれほど優れた力があっても、そうした事を変える事は容易ではない。
その事を、アラニグラは改めて突き付けられたのである。
「さて、まぁ、そんな事はつまらない話だ。今は、目の前の問題に対処する事としよう、アラニグラ殿。」
「あ、ああ、了解した。」
以前にも言及したと思うが、シビアな世界であるこの世界では、その住人達も精神的にシビアで頑強である。
割と平和で、(表向きは)人種差別とは無縁の世界で生きてきたアラニグラとは、その点で大きな違いがあるだろう。
その後、一定の距離感を保ちながらも、再びトロール討伐に向けてサイファスとカル達、そしてアラニグラは何事もなかったかの様に行動を再開するのだったーーー。
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