シュプール会談
続きです。
本編とは全然関係ないですが(笑)、いよいよオリンピック開幕しましたね。
政治的・情勢的あれこれはともかくとして、スポーツ観戦の好きな作者個人としましては、各種目の選手達には、日頃の成果を存分に発揮して頑張って貰いたいと思います。
テレビの前で応援しております。
◇◆◇
その後僕らは、何事もなく無事にシュプールに到着していた。
こんな辺鄙な場所に立派な建物がある事に驚いていた『異世界人』達を促して、僕らは建物の中に入っていく。
目的の場所は、『鬼人族』にして元・S級冒険者であり、またアルメリア様の『領域干渉』を初めて突破したレルフさん(とアイシャさん)を一番最初に通した例の応接室である。
ちなみに、クロとヤミには外で自由に過ごして貰っている。
今の彼らの体躯は大き過ぎて、とてもじゃないが建物の中に入れるサイズではないからな。
もっとも、無茶をすれば入れない事はないし、相変わらず何処か甘えん坊である彼らが入れる様にと、僕の寝室に彼ら専用の出入口を設置するといった改造を施しているのだが、どちらにせよ、魔獣である彼らの立場としては、僕らと『異世界人』達との会談など興味ないだろうからね。
更にはちなみに、現在のシュプールにもあの『妖精執事』ことホブゴブリン達が、今もなお住み着いている。
それもあって、しばらく放置していたにも関わらず、人が住んでも問題ない清潔な環境が、僕が住んでいた当時のまま残されていた訳である。
それに加え、シュプールがクロとヤミの領域である事から、モンスターや魔獣が近寄る事もない。
たまに冒険者らしき者達が侵入しようとした事もあるそうだが、その時も、クロやヤミ、それに加えてホブゴブリン達が撃退していた様である。
(余談だが、僕個人としては一度放置した場所であるので、冒険者などが一種の休憩所としてシュプールを利用しても良いとは考えていたのだが、ホブゴブリン達やクロ・ヤミはそれを容認しなかった様である。)
本来、ホブゴブリン達は善性の大人しい性質であり、戦闘力には期待出来ないのが一般的な伝承の様であるが、僕やアルメリア様、クロやヤミの影響を受けたのかは定かではないが、そうした事が問題なく行える程度には強い様である。
例によって、ホブゴブリン達の存在に驚いていた『異世界人』達であったが、僕が招いた以上、彼らが『異世界人』達に危害を加える事はない。
まぁ、本来ならば、僕とホブゴブリン達との間に主従関係はないのだが、彼らは昔から僕の言う事はよく聞いてくれたし、今や僕もアルメリア様と同様に神性の仲間入りを果たしている事から、彼らとしては上位者であると認めているってところだろう。
いや、本当のところは分からんけども。
「な、何だかスゲーところだな・・・。」
「そう、だね。さっきのゴブリン(?)、達もそうだったけど・・・。」
「こんな森の中に、旅館ぐらいの立派な建物が存在するとはな・・・。」
うんうん、彼らも良い感じに驚いてくれている。
シュプールに招いたのは、こうして相手を圧倒する狙いもあったのである。
王侯貴族なんかもよく使う手だが、自身の城や屋敷に招き入れる事によって、その自身の持つ立派な建物や内装、調度品などの数々を相手に見せ付け、相手に己の持つ権力や権威を意識させる効果が期待出来る。
他には、サッカーにおいても、アウェイとホームでは、心理的な余裕に違いが生じてしまう。
一般的には、アウェイよりホームの方が、場の雰囲気やサポーターの存在により、相手側はその空気感に飲み込まれて、その実力を十分に発揮出来ないと言われている。
この様に、相手が萎縮すれば、交渉はよりスムーズに行える訳である。
もっとも、それはこちら側にとってであって、向こう側としては不利に立たされた格好だが、それも含めて戦術の一つだからな。
まぁ、それはともかく。
「さて、まずは改めて自己紹介しておきましょうか。それでは、僕達の方から。先程も名乗りましたが、僕の名前はアキト・ストレリチアです。僭越ながら、冒険者パーティー・アレーテイアのリーダーを務めております。以後お見知りおきを。」
イチロー(ホブゴブリン)達の給仕が済むと、タイミングを見計らって僕はそう切り出した。
ここは一応僕の生家であり、言わば僕がホストとなる。
であれば、ホーム云々の利点とか、出会い云々のいざこざはともかくとして、彼らを招いた以上は僕がリードするのが筋と言うモノだろう。
まぁ、場の主導権を取っておきたいという思惑もあるんだけどね。
そう自己紹介をして、ペコリと一礼する。
続いて、仲間達の紹介も済ませてしまう。
「続いて、アレーテイアのメンバーであり、『鬼人族』のアイシャ・ノーレン・アスラです。」
「はじめまして。『鬼人族』の『アスラ族』族長・ローマンの子、アイシャ・ノーレン・アスラと申します。よろしくお願いいたします。」
「続いて、アレーテイアのメンバーであり、『エルフ族』のエルネスティーネ・ナート・ブーケネイアです。」
「御初にお目にかかる。『エルフ族の国』・十賢者の一人、グレンフォード・ナート・ブーケネイアが孫娘のエルネスティーネ・ナート・ブーケネイアと申します。以後お見知りおきを。」
「続いて、アレーテイアのメンバーであり、『ドワーフ族』のリーゼロッテ・シュトラウスです。」
「はじめまして。『ドワーフ族』の『偉大なる達人』・バルドゥルの娘、リーゼロッテ・シュトラウスです。」
「続いて、えーと、エイルです。」
「チョットチョット、オ父様ッ!私ダケ紹介ガゾンザイデハアリマセンカッ!?」(心外)
「い、いや、けどさぁ~。エイルの事は何て説明すれば良いか分かんないし。」
「ソコハソレ、“僕ノ娘デス。”デ良イノデハナイデスカ?」(提案)
「それだと、余計ややこしくなるだろっ!!はぁ~、まぁ、いいや。じゃ、エイルの自己紹介はエイルに任せるよ。」
「了解シマシタ。皆様御初二オ目二カカリマス。私ハ、『魔道都市ラドニス』製造ノ、『魔道兵量産計画』ノ『試作機』。正式名称ハ、『自律思考型魔道人形 試作13号機』、愛称ハ、“エイル”デス。今ハ、対外的ニハ“エイル・ストレリチア”ヲ名乗ッテオリマス。以後オ見知リオキヲ。」(ペコリ)
「え、えぇ~とっ・・・?」
「まぁ、皆さんに分かりやすく言いますと、彼女は所謂“ロボット”なのです。もっとも、今や完全なる自由意思と自我を持っていますので、それこそ人と何ら変わりはありませんがね。」
「「「「なっ・・・!?」」」」
うん、やはりエイルの存在は、今現在のこの世界より遥かに発達した向こうの世界の科学技術を知っている彼らにとっても衝撃である様だ。
残念ながら、完全自律思考型のロボットは、今現在の向こうの世界でも実現は不可能だろうからな。
いや、フルダイブ型のVR技術を持っている現在の向こうの世界ならば、もしかしたらそれも可能かもしれないが、彼らの驚き様を見るに、少なくとも一般的には存在しないのだろう。
「最後に、アレーテイアのメンバーであり、『獣人族』のヴィーシャ・フックスです。」
「何や、エイルはんの後だとやりにくいなぁ~。私は『獣人族』、その中でも『妖狐族』と呼ばれる者達の一人で、ヴィーシャ・フックスと申します。一応、元・トロニア共和国の外交使節団団長をやってたんですけど、今は一介の冒険者です。よろしゅうたのんます。」
うん、確かにヴィーシャさんの言う通り、エイルの衝撃が強すぎてヴィーシャさんの存在が霞んでしまう印象かもしれないか。
一応、加入順に紹介してみたのだが、それも少し改める必要があるかもしれないかな?
・・・しかし、それも考え方次第かもしれない。
彼女の印象が薄ければ、彼女の価値を相手が軽んじてくれるかもしれない。
彼女は、アレーテイアのメンバーの中でも新規に参入しているので、残念ながら戦闘能力的には一番劣っているのは事実だが、それを埋めて余りある貴重な頭脳担当でもある。
彼女の持ち味である策略や知性を活かすには、影に隠れる感じの方が良いのかもしれない。
まぁ、アイシャさん達も、先程は『異世界人』(まぁ、主に騎士風の青年の態度)に不快感を示していたが、それでも一応のポーズとして、常識的な対応を出来るだけの大人としての良識やマナーは身に付けている。
故に、決して知性に劣っている訳ではないのだが、まぁ、これは僕がこれまで頭脳労働を担当していた弊害かもしれないが、考えるのは他の人に任せてしまう傾向にある。
故に、仮に僕が不在の場合のサブリーダーとして彼女達を統率してくれるだろうと、ヴィーシャさんには色々と期待している訳である。
まぁ、それはともかく。
などと考えながら、僕はローブの女性に目配せする。
こちらの自己紹介のターンは終了だ。
今度は、そちらの番であると促したのである。
「けっ、ハーレム野郎かよ・・・。(ボソッ)」
「これ、アーロス殿っ!(ボソッ)」
その意図を察したローブの女性は頷き、あちらの自己紹介が始まる。
まぁ、その前に、騎士風の青年がポロリと本音をこぼして、それをローブの女性に窘められていたが。
・・・残念ながら、聞こえているんだよなぁ~。
僕らは聴力も結構優れているからね。
まぁ、クロやヤミほどじゃないけど。
それに、客観的に見た場合、ハーレムパーティーってのは否定出来ないので、嫉妬や羨望は甘んじて受けよう。
僕も逆の立場だったら、口には出さないかもしれないが、“リア充爆発しろっ!”くらいは考えると思うし。
「これは御丁寧に。では、こちらも名乗らせて貰います。まず私から。私はティア。『Lord of The Aquera』、通称『LOA』の代表を務めております。」
『Lord of The Aquera』、か・・・。
意味合いとしては、アクエラを統べる者、みたいなニュアンスだな。
まぁ、組織名を大袈裟にするのはよくある事であるし、おそらく彼女達としては、この世界を攻略していく様な意図で名付けたのだろう。
「続きまして、『LOA』のメンバーであるアーロスです。」
「アーロスだ。その・・・、さっきは悪かったな。」
・・・おや、先程とはうってかわって、ぶっきらぼうながらも一応謝罪の言葉を述べるアーロスくん。
まぁ、謝るつもりがあるのかどうかは怪しいが、おそらくティアさんが何か言い含めていたのであろう。
しかし、そうした態度から、何となく彼の人となりが見えてきた気がする。
おそらく、彼は人間関係をより円滑に進める上で大人が普通に行う、人に対してへりくだった(と言うよりは、丁寧な)態度をするのがカッコ悪いと思っているクチなのだろう。
つまり、本音と建前をまだ上手く使い分けられていない精神的に未熟な若者なのだ。
僕も、前世ではそんな頃があったから、まぁ、分からなくはないので少し微笑ましい気持ちになったのだが、またある意味では無鉄砲で向こう見ずで若者らしくもあり、ある種の物語の主人公的な資質を持っているとも言えるが、残念ながらうちの女性陣からは口には出さないが好感を得られなかった様であるし、現実世界においては、そうした我を貫く者は何かと衝突が多いのもまた事実である。
それを理解しているのか、その覚悟があるのかは知らないが、それで良いと考えているならそれは彼の自由だし尊重するがね。
そんなアーロスくんの態度にやや呆れながらも、ティアさんは紹介を続ける。
「続きまして、『LOA』のメンバーであるN2です。」
「N2です。変な名前ですが、気にしないで下さい。それと、先程の件は、誤解であったとは言え、いきなり攻撃を仕掛けてしまい大変申し訳ありませんでした。」
うん、こちらの銃を携えたエルフ風の男性は、名前こそ変な感じだが、まだアーロスくんに比べたら無難な対応をわきまえている様だ。
うちの女性陣も、彼に対しては不快感を示していない。
まぁ、名前に少し違和感を持っている様だが。
だが、おそらく彼らが名乗っている名前は、所謂『プレイヤーネーム』だろう。
一般的に、ネトゲなどにおいては、自身のアバターに本名を設定する事はよろしくないとされている。
何故ならば、リアルの身バレの恐れがあるからである。
故に、個人情報保護の観点から、全く別の名前をつけるのが一般的なのである。
しかし、そこはそれ、名前をいちいち考えるのは面倒な側面もあるので、自身の本名の一部をもじって使うとか、自分の好きなモノから名前をつけるとか、中には流行っているマンガ、アニメ、ゲーム、ドラマなどのキャラクターの名前をつける者達も多いのである。
もしかしたら、N2ってのは、何かのキャラクターの名前かもしれないし、単純に自身のイニシャルが偶然にもN・Nで、N2としたのかもしれない。
まぁ、本当のところは分からないが、そうした背景が分かる僕としてはあまり気にならなかったのである。
「最後に、『LOA』のメンバーであるドリュースです。」
「ドリュースです。僕からも先程の件は謝らせて下さい。ただ一つ、言い訳をさせて頂くならば、アーロスも決して悪気があってやった事ではないのです。彼は、その、人一倍正義感が強くてですね・・・。」
「こ、これ、ドリュース殿っ・・・!」
最後に、民族衣裳っぽい服を纏い幾何学的の刺青の入った青年が、挨拶もそこそこに先程の件の仲間の行動を謝罪と見せ掛けた擁護をする。
・・・うん、まぁ、言わんとする事は分かるんだけどね?
「まぁ、それに関してはもう良いですよ。こちらは気にしていませんから。」
「そ、そうですかっ・・・!」
「「・・・(ホッ)。」」
「っ!!!」
・・・うん、僕の言葉の裏の意図を察したのは、どうやらティアさんだけの様だな。
これは、僕の経験に由来する事ではあり、多少冷たいとか人を突き放している様にも自分でも感じるが、基本的に僕は他者に対して過度な期待をしない、というか出来なくなっていた。
いや、向上心を持って事に当たる人物にはその限りではないが、ロマリア王国の政権交代のゴタゴタの時にも述べたが、現状を鑑みて、自身の行動や言動を反省や改善をする気がない人達にまでいちいち付き合っていられないのである。
故に、この言葉の裏の意図は、彼らを許した、と言う事ではなく、彼ら、ティアさん以外の『異世界人』達の浅慮さにある程度の見切りをつけた、と言うのが正しい。
親が何故、子供を叱ったりしつけたりするのか?
それは、子供により良い大人になって貰いたいからである。
親としては、少なくとも、子供が他人に嫌われる様な人にはなって欲しくはないだろう。
つまり、怒ると言う行為は、一種の愛情の裏返しなのである。
だが、残念ながら、同郷とは言え、僕は彼らの身内でもなければ、先生でも親しい友人でもない。
故に、彼らをより良い方向に導く義務も責任もない。
一応、彼らとは協力を前提に付き合うつもりだったので、すでに一度反省のチャンスは与えたが、それをどう受け止めるか、活かすかはその人次第である。
この世界(だけではないが)の、特に冒険者の大きなテーマは“自己責任”である。
“自分達は正しいので、これ以上直すところはない。”と考えてるなら、それはそれで良いし、それまででもあるーーー。
・・・
「さて、とりあえずお互いの自己紹介(と、一応の謝罪)が終わったので、そろそろ本題に入らせて頂きたいのですが、その前に、皆さんに僕の言葉を証明する為にも、また、少し気になる事もありますので、一度、その指輪を外しては頂けませんか?」
「・・・なに?」
「何故そんな事を・・・?」
「あっ、なるほどっ!とりあえず皆、アキト殿の言う通り、指輪を外すのじゃっ!!」
「「「・・・?」」」
先程の証明云々の続きではないが、僕もすっかり忘れていた『言語』による証明が可能な事に今更ながら僕は気が付いていた。
一応の彼らの信用を勝ち取る為、また、僕の言葉の信憑性を増す為にも、少し遠回りだが、このプロセスは外せなかった。
・・・それに、先程の述べた通り、少し気になる事もあるからな。
[・・・これで良いのか?]
[ええ、結構です。]
[・・・これが何だって言うんですかね?]
[皆、もう忘れてしもうたのか?この『同調の指輪』は、儂らがこの世界の『言語』を話す為に必要なアイテムじゃ。つまり、今の儂らは日本語を話している訳じゃが・・・。]
[[[あっ・・・!]]]
[どうやら、問題なく通じる様ですね。僕自身、もう15年も日本語を話していなかったので、すっかり忘れているモノと思っていたんですがね。]
当たり前の話だが、この世界には、少なくとも現在僕が知る得る中では、日本語を操る人物、それに近しい言語体系を確認していない。
つまり、日本語が通じると言う事は、少なくとも向こうの世界に通じている存在である事の何よりの証左なのであった。
[これで一応、僕が元・『異世界人』である事の証明になったのではないですかね?]
[・・・ああ、間違いなさそうだな。]
[確かに。私達も、仲間以外だと日本語を話せる者達に会った覚えはないですからね。]
[どうやら、貴方が元・『異世界人』である事は疑い様がありませんね。]
その事は、アーロスくんもN2さんもドリュースさんも納得してくれた様だ。
[それとティアさん、一つ訂正があります。確かに、この『同調の指輪』には、副次効果としてこの世界の『言語』を操る効果がある事は否定しませんが、本質的にはそれとは全く異なる事を目的とした『魔道具』なのです。皆さんをこの世界に喚んでしまった『召喚者の軍勢』という、今現在のこの世界や向こうの世界を軽く凌駕する古代魔道文明が産み出した遺産である『失われし神器』はその最たる物ですが、この世界には、脅威の技術力によって、信じられない様な効果を発揮する『魔道具』が、今現在においても多数存在するのです。その一つに、『隷属の首輪』という、読んで字の如く無条件で相手を隷属させてしまえる『魔道具』なんかもあるのですが、『同調の指輪』はその下位互換に当たる物なのです。]
[な、なんじゃとっ!?]
[[[っ!!!]]]
続く僕の言葉に、ティアさん達は驚愕の表情を浮かべていた。
[幸いな事に、あなた方にはある程度の『抵抗力』が元々備わっていたので、その効果も限定的ではある様ですが、もし仮にこれが『隷属の首輪』だった場合、あなた方の自由意思は完全に奪われて、文字通り所有者の操る操り人形になっていた可能性も否定出来ませんね。もっとも、『隷属の首輪』は、国際法上、非人道的観点から規制を受けている物品であり、製造も販売も禁止されていますが、そこはそれ、どんな社会にも表があれば裏もありますから、色々と抜け穴はありますからね。]
[そ、そうじゃったのか・・・。危うく、儂らは知らない内に儂らの力を好き勝手に使われとった可能性もあるんじゃな・・・。]
[・・・ちょっと待って下さい。と、いう事は、この指輪はその『隷属の首輪』の下位互換であるにも関わらず、規制は受けていないという事ですかっ!?]
N2さんは、その事実に気が付き、驚いた様にそう問い掛けてきた。
[まぁ、そうですね。そこら辺も、少しややこしいのですが、そもそも『隷属の首輪』も、この『同調の指輪』も、使い様によっては、少なくとも我々『人間族』の利となるモノでした。例えば、皆さんもすでに御承知の通り、この世界には危険な生物、モンスターや魔獣といった存在がいます。中には、そうした存在と意思疏通を取る事が出来る特殊なスキルを持つ者達も存在しますが、大半の場合は彼らとコミュニケーションを取る手段はありません。そうした場合、それすなわち、そうした存在とは最初から敵対する事が前提の話になってきますよね?]
[・・・なるほどっ!!そうした存在と、敵対しなくて済む方法があれば、少なくともそれらが関連する被害を抑える事が出来るっ・・・!?]
[その通りです。もっとも、それをする為に考え出された手段が、隷属化であったのは多少皮肉ではありますがね。他にも、今現在ではそれなりに人権が認められている側面もありますが、過去のこの世界では他種族、『ドワーフ族』は別ですが、『鬼人族』や『エルフ族』、『獣人族』は危険視される傾向にあった。それらの種族を強制的に従わせる方法として、この『隷属の首輪』や『同調の指輪』が利用されていたのですよ。ただ、どんな事でもそうなのですが、便利な技術やアイテムはそれを悪用しようとする輩が一定数出てきてしまうモノです。例えば、モンスターや魔獣を大量に捕獲して、この『魔道具』を利用する事によって、一種の“魔獣軍団”を作ろうと考えた者達もいましたし、また、これらのアイテムは、当然『人間族』にも使えますから、仲の悪い民族や部族に使用するといった事件が多発したのですね。その末で、これらのアイテムは先程述べた通り規制を受ける事となったのですが、ただ、『隷属の首輪』に比べると、『同調の指輪』はその効果が極めて曖昧な事から、見過ごされる事となってしまったのです。]
[な、なんだってまた、そんな事態に・・・?]
[うぅ~ん、それに関しては完全に推測になってしまいますが、リスクより有用性が勝った結果でしょうね。『隷属の首輪』が言わば“強制的な隷属化”であるのに対して、『同調の指輪』は周囲に同調するのが主な効果です。]
[・・・なあ、それの何処が『隷属の首輪』の下位互換になるんだ?]
[仰りたい事は分かりますが、同調とは、ある種の洗脳の様な事も可能なのですよ。こちらも、半ば強制的ではあるのですが、そうでなくとも普通人というのは、自身の所属するコミュニティーに馴染もうとする力が働きます。これは、自身の身を守る為の本能的な作用ですね。そうしたコミュニティーから外れてしまうと、途端に攻撃されてしまう可能性がありますからね。『同調の指輪』は、その作用を増幅したモノであって、半ば強制的にそのコミュニティーに帰属意識をもたらすモノなのです。あなた方の場合は、その指輪を与えた者、すなわちロンベリダム帝国に馴染もうもする作用が働く、筈でしたが、先程の述べた通り、あなた方の『抵抗力』が思いの外強かった事によって、最低限の力しか発動しなかったのです。周囲に同調するという事は、すなわち、『言語』も統一されるのが望ましい訳で、先程述べた通り、副次効果としてこの世界の『言語』を話せる様になる効果が現れた訳ですね。どちらかというと、その意思疏通が可能になる効果の方が注目されている事から、『同調の指輪』は規制を免れたのだと推察されます。]
[・・・なるほどのぅ・・・。]
向こうの世界でもしばしば見られる現象であるが、全く別の『言語』を話している者達は、周囲に馴染む事が困難となる。
ところが、カタコトでも、少しでも同じ『言語』を話そうとする人には、途端に親しみを感じたり、好意的に見る様になる。
“郷に入りては郷に従え”ということわざもある通り、言語体系、文化、風習、価値観に差違があれど、その土地に行ったのならば、周囲に同調するのが賢い生き方なのである。
まぁ、『同調の指輪』は、それを半ば強制してしまう訳であるが。
余談ではあるが、『隷属の首輪』も『同調の指輪』も、実際にはその形状は様々だ。
先程言及した通り、場合によってはモンスターや魔獣に用いる事もあったからである。
もっとも、これは技術的な問題により、『隷属の首輪』は、腕輪以下の大きさにする事は不可能である事から、注意すればいきなり隷属化されるリスクは低いが、『同調の指輪』と同様に、何の知識もないと、ただのアクセサリーとして身に付けてしまう恐れもある。
この様に、いくら“強さ”があっても、その世界における知識が不足していると、思わぬ落とし穴があるモノだ。
人の(悪)知恵を、あまり侮らない方が賢明だろう。
[なあ、『同調の指輪』はこのまま身に付けていても大丈夫なのか・・・?]
僕の説明に、アーロスくんが不気味そうにそう質問する。
まぁ、その感覚はもっともだが・・・。
[現状では、身に付けておく方が無難でしょうね。あなた方には『抵抗力』があるので、もちろん、流石に全くの無効化が可能とまでは申しませんが、それでも『言語』を操る事が出来るのは大きなメリットでしょう。まぁ、他にも対処法はなくはないのですが・・・。]
[どんな方法なんですか?]
[一つは、単純にこの世界の『言語』を自力でマスターする事です。ただし、当然ですがそれは一朝一夕で出来る事ではありませんね。それに、あなた方に対して『言語』を教える人も必要になりますし・・・。]
[あまり現実的な方法ではないのぅ・・・。]
僕の言葉に、ティアさんは渋い顔を浮かべる。
『言語』の習得が難しいのは今更言うまでもないが、この世界ではそもそも日本語が存在しないので、(便宜上この世界の公用語をアクエラ語とするが)アクエラ語を日本語に翻訳する術がないのである。
翻訳出来ないのであれば、理解する事はさらに困難になる。
まぁ、両方理解している僕がいるので、教える事は出来なくはないが、まだ、僕らと彼らはその様な信頼関係を結んだ間柄ではないからね。
[それともう一つの方法は、『同調の指輪』を別の者から贈り直させる事ですね。言わば、所有者を変えてしまうという裏技です。これは、『隷属の首輪』にも使える手なのですが、まぁ、実際はかなり難しい方法です。当然ですが、自分の持つ所有物を簡単には他者に譲渡する筈がありませんからね。あなた方が身に付けているこの『同調の指輪』も、今現在はあなた方が一見所有している様に見えますが、その所有者は、今現在でもロンベリダム帝国の関係者となっている筈です。でなければ、『言語』が通じているのはおかしいですからね。おそらくですが、あなた方がこれを受け取った時、その人物は、明確にあなた方に『同調の指輪』をあげる、とは言っていないのでしょう。あるいは、“貸している”状態なのだと推察されます。本来ならば、その所有者自身が、その所有物を譲渡する以外、例え奪ったとしても、その所有権が他者に移る事はないのですが、僕ならばそれを強制的に奪う事も可能です。ですが、その場合は、今度は僕らに同調する事になってしまいますから、今はまだそれは止めた方が無難でしょうね。]
[・・・なるほど。]
隷属化ではないものの、彼らの帰属先がロンベリダム帝国から僕らに変わるだけの事。
彼らがそう望んだのならば話は別だが、彼らとはまだ出会ったばかりである。
故に、その後どうするかは、僕の話を聞いてから彼ら自身に判断を任せる事としたのである。
[と、まぁ、この辺りですね。この後どうするかはお互いの理解を深めてからでも遅くはないと思います。それでは、僕が日本語を話せる事も御理解頂けた様ですし、これ以上僕の仲間達を蚊帳の外にしておくのもしのびないので、再度『同調の指輪』を身に付けてから、本題に移りたいと思います。]
[・・・了解した。]
[[[・・・。]]]
僕がそう締め括ると、彼らも僕の仲間達をチラリと見てから、コクリと頷くのだったーーー。
誤字・脱字がありましたら、御指摘頂けると幸いです。
ブクマ登録、評価、感想等頂けると幸いです。よろしくお願いいたします。




