アキトの活動方針と模擬戦
続きです。
◇◆◇
「と、言う訳で、僕達の次の行き先は、ロンベリダム帝国近郊の“大地の裂け目”になりました。」
「・・・イヤイヤ、ト言ウ訳デ、トカ言ワレマシテモ、私達ハ事情ガ飲ミ込メテイナイノデスガ・・・。」(困惑)
『精神世界』から帰還した僕が、シュプールの食堂にて若干前のめり気味にそう宣言すると、困惑した様子の皆を代表して、エイルがそうツッコミを入れてきた。
・・・うん、それについては僕の完全なる説明不足でしたね、てへぺろ。
『精神世界』にて、アルメリア様からヴィーシャさんとエイルの裏事情に関する説明を受けた僕は、ついでに知らない間に僕の『精神世界』の住人になっていたルドベキア様からも情報提供を受ける事となった。
それによると、『異世界人』達の誰かが所持していた銃の情報がロンベリダム帝国側に流出し、それをもとに同国が“魔法銃”を開発、量産に漕ぎ着けたとの事だった。
更には、その“魔法銃”を専門に取り扱う部隊であるところの、所謂“銃士隊”も急ピッチで編成されており、錬度を高める為の訓練まで行われていると言うのだ。
まぁ、その他にも、何かよく分からない勉強をさせられた様な気がするが・・・。
まぁ、それはともかく。
僕の入手している情報によれば、ロンベリダム帝国は、テポルヴァ事変以降、周辺国家群とは表向き和平路線を推し進めている様子だが、しかし、この“大地の裂け目”だけは例外であった。
何故ならば、“大地の裂け目”には、ロンベリダム帝国と長年敵対している『獣人族』を中心とした種族が多数存在するからである。
“大地の裂け目”とは、ロンベリダム帝国東部に位置する人間族未踏の広大な土地の名称である。
“大地の裂け目”とは言っているが、実際には本当に裂け目がある訳ではなく、その内部には広大な大森林や渓谷や高山などが無数に存在する、手付かずの自然を色濃く残している場所である。
もちろん、そこには強力なモンスターや魔獣なども多数生息しており、そうした過酷な環境柄、人間族が住むのには適した場所ではなく、入った者は二度と出てこれないと噂される様になり、比喩的な表現として“大地の裂け目”と呼ばれる様になったとか何とか。
他にも、“悪魔の大口”、“帰らずの森”などの数々の異名を持つ、まぁ、大変危険な場所なのであった。
逆に、そうした場所であればこそ、ハレシオン大陸の長い歴史の中で苛烈な迫害を受けて来ていた『獣人族』にとっては、人間族が容易に入ってこれない場所として、一種のこの世の楽園となっていた訳である。
まぁ、基本的に人間族を越える身体能力を持つ『獣人族』にとっては、“大地の裂け目”の環境に適応する事がそこまで難しくなかったと言う裏事情もあるのだろうが。
そんな人間族が住むには適した環境とは言えない“大地の裂け目”であるが、実はロンベリダム帝国にとっても確実に押さえておきたい、軍事的にかなり重要な場所でもあった。
まず基本的な情報として、ロンベリダム帝国はハレシオン大陸の北部に位置する大帝国である。
その西側や南側は、テポルヴァ事変の折に活躍(?)したカウコネス人などの先住民族を中心とした大小様々な周辺国家群が存在する。
まぁ、先程も言及した通り、元々はこの周辺国家群とロンベリダム帝国は対立していた訳であるが、昨今は急速に和平路線を推し進められ、緊張緩和の状態であるそうだが。
これによって、ロンベリダム帝国の西南方面からのハレシオン大陸各所への進路が確保された事となった。
ロンベリダム帝国皇帝のルキウス・ユリウス・エル=クリフ・アウグストゥスの最終目標は、ハレシオン大陸の制覇、統一であるらしいから、その状況はそうした周辺国家群を一種の緩衝材としていた近隣の国々にとっては、急速に緊張が高まる事となった訳だ。
だが、ロンベリダム帝国の東側は、先程も言及した通り、天然の防波堤としての“大地の裂け目”が存在していた。
仮に、真剣にハレシオン大陸を制覇、統一を考えるならば、選択肢を増やす意味でもロンベリダム帝国側としてはこちらの方面の進路も確保したいところであろう。
ただ、魔法先進国でもあり、高い技術力を持つロンベリダム帝国ならば、ただ単に“大地の裂け目”の危険な場所を避け、東側方面へと向かう進路を確保する事はそこまで難しい事ではなかったが、ここに先程の問題が浮上してくる訳である。
すなわち、そこに住む者達がそれを許さなかったのである。
まぁ、当たり前の話として、自分達の領域を侵されたら反発するのは当然の話であろう。
例えるならば、自分の家の庭先に勝手に動線を通される様なモノである。
そんな事が許容される筈もない。
そんな訳もあって、“大地の裂け目”に進路を確保したいロンベリダム帝国側と、自分達の領域を守りたい『獣人族』とで、その地では長年散発的に衝突が起こっている状況であった訳である。
ただし、先程も述べた通り、“大地の裂け目”は非常に過酷な環境であった事から、魔法先進国かつ高度な技術力、軍事力を持つロンベリダム帝国と言えど、この地の攻略は今もなお進んでいないのが実情だった。
いや、言葉を選ばずに言うのならば、ロンベリダム帝国は一方的に負け越していると言っても過言ではなかったのである。
以前にも言及したが、『獣人族』達は、基本的に人間族を越える身体能力を持っており、なおかつ、種族特有の特殊能力を持っている。(まぁ、ヴィーシャさんでいう、『幻術』の様なモノだ。)
更には、天然の要塞として機能する“大地の裂け目”の地形を巧みに利用した一種のゲリラ戦術は、彼らの有利に働いていた。
いくらロンベリダム帝国が強国と言えど、軍事力には限界がある訳で、更には魔法部隊も、その特殊な事情故に容易に人員を増やせる状況にはない。
だと言うのに、この地に派遣された部隊はことごとく壊滅させられる訳で、貴重な戦力を失いたくないロンベリダム帝国側としては、攻略したいのは山々だが手出しも難しいと言ったジレンマに陥っていた状況であった訳である。
そうした事もあって、ロンベリダム帝国側としては“大地の裂け目”の住人達には、長い事随分煮え湯を飲まされる状況であった訳である。
(余談だが、そうした事もあって、ロンベリダム帝国の者達は、“大地の裂け目”に住む者達を、私怨も含んで、“悪魔”と呼んでいるそうである。
更に余談だが、西南側の周辺国家群との事情、この“大地の裂け目”の住人達との事情から、大国、強国として名高いロンベリダム帝国が、いまだにハレシオン大陸の覇権を争った本格的な進出が出来ていない、という裏事情も存在する。)
さて、そんな軍事的に重要なポイントでありながらも、攻略の進んでいなかった“大地の裂け目”であるが、ここに“魔法銃”が登場するとなると状況は一変する。
以前にも言及したかもしれないが、銃の優れた点は、その威力も然ることながら、他の技術に比べて習熟が容易な点である。
少なくとも、習得に長い年月の掛かる魔法技術に比べれば、銃を専門に取り扱う部隊であるところの銃士隊は、ある程度の訓練期間を経れば即座に戦力となり得る。
もちろん、それ相当な使い手や凄腕を育成する為には、やはりそれ相応の期間を要する事になるが、ロンベリダム帝国側が求めているのは、あくまで“大地の裂け目”に住む『獣人族』達に対抗出来る手段の確保であった訳だ。
ロンベリダム帝国は、大帝国故に人口も他の国に比べて多く、ただ単に人員の増強をするだけならば比較的容易な状況にある。
その状況と、銃の存在は、非常に相性が良かった訳である。
遅々として進まなかった“大地の裂け目”攻略に、この銃が登場すれば、当然ロンベリダム帝国側は、ある種の私怨も含んで、本格的なこの地の攻略に乗り出す事は想像に難くない。
しかし、それだけならば、テポルヴァ事変時もそうであったが、冷たい様だが、ロンベリダム帝国と“大地の裂け目”に住む者達の当事者間の問題である。
正義の味方でもなければ、自分に関係のない物事にまで顔を突っ込むほどの行動力のある方ではない僕としては、それに介入するつもりは基本的にない、・・・筈だった。
そこに、古代魔道文明の遺産の存在がなければ、であるが。
軍事的に重要なポイントであると同時に、“大地の裂け目”は人間族が未踏の地である事から、手つかずの資源も大量に存在している可能性が高い。
更には、遺跡や遺産を捜索する探索者系の冒険者の調査報告によれば、“大地の裂け目”には、古代魔道文明の遺産が無数に存在すると言うのだ。
これは、僕としても見過ごせない事態であった。
ロンベリダム帝国側やハイドラス派に、これ以上の力を付けられては厄介だし、何より、『失われし神器』が彼らの手に渡るのは何としても阻止したい。
また、個人的にも古代魔道文明の遺跡や遺産を荒らされる事は許容出来ない事態だ。
そうした個人的な事情とリベラシオン同盟やブルーム同盟の(一応)一員としての立場から、僕は“大地の裂け目”に赴く事を決めたのであったーーー。
・・・
「なるほど・・・。じゃあ、アキトとしては、その“大地の裂け目”の住人達に協力するつもりなんだね?」
「ええ。もちろん、事前に争いを回避出来ればそれに越した事はありませんが、色々と工作している時間もありませんし、歴史的経緯から見ても、おそらく衝突は免れないと思います。故に、現地の住人達と友好を結びつつ、協力しながら、同時進行で解決方法などを模索する必要があるでしょう。いずれにせよ、ブルーム同盟としてもハレシオン大陸の緊張が高まるのは懸念すべき事態ですし、それ故自由度の高い僕達が先行して現場に赴く必要がある訳ですね。」
かいつまんで説明した僕に、アイシャさんがそう確認した。
それに、僕は頷き、皆も納得した表情を浮かべていた。
「“大地の裂け目”をロンベリダム帝国が押さえたら、いよいよ本格的な戦乱がハレシオン大陸を包む事になる・・・。ウチとしても、トロニア共和国の一員として、何よりハレシオン大陸に住む者として、それは見過ごせん事態やな・・・。」
「同感だね。ボクはドワーフ族だけど、ロンベリダム帝国がボク達ドワーフ族との友好関係を守るとは思えないよ。ロンベリダム帝国は、何処か他種族を見下している風潮にあるからねぇ~。」
「それは、おそらく歴史的経緯とライアド教の影響も色濃いのでしょうね。ライアド教では、基本的に(ハイドラスを除いて)人間族を最上の存在として定義しています。優れた種族である人間族が、他種族を管理するべきであると考えられているのですね。もちろん、中には他種族とも友好に接するべきだと考える者達もいるでしょうが、それらはどうしても少数派意見になってしまうでしょう。むしろ、そうした人間至上主義の考えがあるからこそ、ロンベリダム帝国もライアド教を国教として受け入れている側面もあります。他種族を攻撃する格好の大義名分になりますからね。」
「せやなぁ~。ライアド教が広く受け入れているのも、そうした考えが根底にあるからやしなぁ~。」
はぁ~、とウンザリとした様な溜め息を吐くヴィーシャさん。
まぁ、彼女が僕達の中で一番そうした現状に晒されて来た人だから、色々と思うところもあるのだろう。
「トコロデ一ツ疑問ナノデスガ・・・。」
「ん?どうしたエイル?何か問題でも?」
しばしの沈黙の後、エイルがポツリとそう呟く。
それに、僕は何か問題でもあるのかと問い掛ける。
「イエ、ソウ言ウ訳デハアリマセンガ、タダ、ロンベリダム帝国ハ、何故ソンナトコロデ建国シタノカ気二ナッタモノデスカラ・・・。」
「・・・ん?」
「イエ、ロンベリダム帝国ノ拠点ハ周辺国家群ヤ“大地の裂け目”ナドト言ウ厄介ナ存在ヤ地形二囲マレタ土地デス。モシ私ガ為政者デアッタナラ、モット条件ノ良イ場所デ建国スルト思ッタモノデスカラ・・・。」
ああ、なるほど。
確かにそれは、僕も歴史なんかを学んだ時に疑問に感じた事である。
エイルは、『魔道人形』として、ある種の機械としての価値観から、それはあまり合理的ではないと判断したのだろう。
・・・しかし。
「それは、前提条件が間違っているよ。そもそも、当初のロンベリダム帝国は、ハレシオン大陸の制覇や統一を視野に入れていなかった可能性もあるからね。国という共同体を造る上で、むしろ一番最初に考えるべきは安全な場所を確保する事だ。特に人間族は他種族に比べたら身体能力は低いので、水場を中心とした平地に集落を築く事が多い。もちろん、色々な地形に人々は点在しているけど、中心地となる場所は大体利便性の観点からも似た様な土地になる。しかし、当然ながらそれは他の者達も考える事であり、他の土地はすでに他の者達に取られた後だったのかもしれない。もちろん、それを奪い取る事も可能だろうけど、ロンベリダム帝国はそうせず、現在の帝都・ツィオーネに腰を落ち着けたんだろうね。しかし、そこはエイルも言及した通り、中々厄介な場所だった。けど僕は、今日のロンベリダム帝国が魔法先進国であるところから、むしろ狙ってそこに拠点を構えた可能性の方が高いんじゃないかと思うよ。周辺国家群には現代魔法とは異なる体系の技術も細々と残っているそうだし、“大地の裂け目”には古代魔道文明時代の遺跡も無数に遺されているそうだしね。ロンベリダム帝国を建国した者達はそれを知っていて、あえてそこに拠点を置いたのかもしれないよ?言うまでもなく、魔法技術が発達した方が、様々な点でより有利であるからね。まぁ、つまり、何が言いたいかと言うと、特に歴史的な事は多面的に考えなければならないって事さ。一見すると不利な状況であるかもしれないけど、それがあればこそ伸びる事もある訳で、もっとも条件が良かった場所が最適解ではない、という可能性もあるんだ。」
「フム、ナルホド・・・。」
「それは有りそうやなぁ~。」
いや、完全に僕の個人的な想像だし、実際のところは知らんけどね。
けど、これは向こうの世界でも同じ事であるが、今を知っている僕達は、それこそエイルの言った様にもっとより良い選択肢があったと思えるかもしれないが、それは結局結果論である。
人は未来を見通す事など出来ないので、その時に最適だと思った選択肢の連続が今日の歴史を紡いでいる訳だ。
それが、仮に今の僕達から見たら見当違いなモノであっても、それがあるからこそ進んできたモノもある訳で、何もかもベストな選択をする事が、必ずしも正しい訳ではないのである。
「さて、話が少し逸れたけど、そんな訳だから、ヴィーシャさんの訓練がある程度形になったら、僕達は“大地の裂け目”に赴く事とする。皆、異論はあるかい?」
「異議なぁ~しっ!」
「主様のお心のままに。」
「ボクはダーリンに着いて行くまでだよ。」
「私モ異論ハ有リマセン。」
「ウチもや。っつか、そんなのんびりしとって大丈夫なんか?いや、ウチが言える立場にはないんやけど・・・。」
改めて、アレーテイアのリーダーとして皆の意見を聞く僕。
それに皆賛成してくれたが、ヴィーシャさんは自分の訓練に費やしている時間があるのかと聞いてくる。
「確かにあまりのんびりしている時間はありませんが、神の代行者も出てくる可能性もありますからね。今現在のヴィーシャさんでは、残念ながら少々心許ないのが正直なところです。」
「そうか・・・。」
パラメータにバラつきが出ない様に気を付けながら、なおかつかなりハイペースでレベリングしているヴィーシャさんであるが、アイシャさん達の協力にシュプール式トレーニング方法を総動員しても、今現在はようやくS級冒険者相当になったくらいである。
ぶっちゃけると、それだけでもこの世界ではとてつもない強さを手にした事になるが、僕らと同様に“レベル500”に至っている『異世界人』達と相対した場合、どうしても不安が残る。
いや、もちろん必ずしも敵対する訳じゃないと思うが、ウルカさんの例もある様に、楽観的な考えは禁物でからね。
・・・しかし。
「しかし、必ずしもレベルの差は絶対ではありませんし、そもそも、一対一の状況に陥らない様にすれば良いのです。元来、人は“群れ”で動くモノですし、そうした意味では、ヴィーシャさんの知能と能力、才能を十全に発揮すれば、十分にそうした脅威と対抗、どころか圧倒する事すら可能だと僕は考えています。ただ、それをするには、もう少々仲間同士の錬度を高める必要があると思うのですよ。」
「・・・はい?」
少し暗い表情を浮かべていたヴィーシャさんは、僕の言葉にポカーンッとしていた。
・・・自分が足手まといになるとか考えていたのだろうか?
それは大きな勘違いであるーーー。
◇◆◇
「さて、今回は本気で行かないと、僕達でもやられちゃうと思うよ?準備はいいかい、クロ、ヤミ?」
「ワンワンッ(OK、何時でもいいよっ!)」
「ガウガウッ(うん、油断はしないよっ!)」
「結構!じゃあ、模擬戦を開始しますよっ!!!」
「りょうかぁ~いっ!」
「了解ですっ!」
「OKだよっ!」
「何時デモドウゾ。」
「はぁ~、緊張するわぁ~。」
それから数日後。
しばらくのヴィーシャさん達の訓練の後、僕らは僕、クロ、ヤミチームと、アイシャさん、ティーネ、リサさん、エイル、ヴィーシャさんのチームとに分かれた模擬戦を行う事とした。
ルールは単純で、『魔獣の森』内を自由に使い、相手を全滅させるか、相手の指揮官を撃破する事が勝利条件となる。
もちろん、これは模擬戦であるから、本気で殺し合いをする訳ではないが、実戦を想定している訓練でもあるので、ある程度の相手への攻撃も認められている。
具体的には、各々が身に付けている鉱石(あまり利用価値のない屑鉱石を活用。これが一種のライフとなる)を破壊する上での攻撃は認められているのだ。
この鉱石を破壊されると、その人は戦闘不能扱いとなり、それ以降の戦闘には参加不能となる。
つまり、お互いにこの自分達の鉱石を守りつつ、相手の鉱石を如何に素早く破壊出来るかによって勝敗が決すると言う訳である。
また、チームの振り分けがアンバランスではあるが、これはあくまでヴィーシャさん達の訓練でもあるからだ。
僕抜きのパーティーを、ヴィーシャさんがどの様に円滑に率いる事が出来るかを試すモノでもあった。
しばらくお互いに好きに『魔獣の森』内に散らばった後、僕は合図の為に、空砲代わりに空に爆裂魔法を放った。
パァンッ!!!
「行くよっ!」
「ワンワンッ(応っ!)」
「ガウガウッ(了解っ!)」
その合図の後、僕、クロ、ヤミはひとかたまりとなって一斉に動き出した。
こちらのチームの指揮官は、必然的に僕となる。
本来ならば、全滅か指揮官が倒されたら終わりである事から、僕とクロ、ヤミは別々に行動するといったリスク分散も作戦として考えられるが、頭数の上ではこちらの不利である事から、場合によっては各個撃破される恐れもある。
それに、リアルタイムでの連携が上手く行かない事は更に不利である事から、必然的に僕らは固まって動く事を選択した訳である。
これは、向こうも同じであろう。
向こうの指揮官は、レベルや経験を抜きにして考えると、性格や性質を考慮すれば、ヴィーシャさんがベストの選択肢となる。
っつか、その為の訓練だしね。
しかし、彼女が一番レベルが低い事から、彼女を孤立させる事はこちらに取ってはチャンスに、向こうに取っては弱点となり得る。
故に、必然的に向こうも彼女を守りつつ、ひとかたまりで動くのが基本方針になると考えられる。
さて、向こうはどんな感じかな?
・・・
「ほな、僭越ならウチが指揮官を務めされて貰いますわ。」
「了解だよ。私は、あまり頭を使うのには慣れてないからねぇ~。」
「ボクもだよ。まぁ、基本的にボクは、戦闘が本職じゃないしねぇ~。」
アキトの予測通り、アイシャ達のチームでは全会一致でヴィーシャが指揮官となる事が了承されていた。
それに、ある意味脳筋であり、アタッカータイプのアイシャとリサのコンビがそう応えた。
残りのティーネとエイルは、ある意味指揮官に向いたタイプではあるが、ずる賢さ(もちろん、悪い意味ではない)と言う点ではティーネはヴィーシャに劣るし、またいくら模擬戦とは言え、自ら主と戴いているアキトにティーネが本気を出せるか不安である点もあった。
エイルも、基本的には指示をするより指示される事を前提とした『魔道人形』である事から、今では自我を持ち、指揮官としての高い適性も持っているが、やはり使われてこそ輝くタイプである事は間違いなかった。
「私もです。ヴィーシャさんは、元々戦闘向きではなかったかもしれませんが、人を率いる事にかけては、我々の中で一番経験と適性がおありでしょう。それに、お聞かせ頂いた作戦も見事と言わざるを得ません。主様以外では、ヴィーシャさんが我々を一番上手く活用出来ると思われます。」
「同感デスネ。マァ、相手ハ権謀術数二長ケタオ父様デスシ、騙シ合イノ勝負デハ、ヴィーシャ・サンガモットモ適性ガアルト私モ思イマス。」
「何や、素直には喜べんのやけど・・・。ま、まぁ、ええわ。ほんなら、作戦通り頼むでっ!」
「「「「了解!!!」」」」
・・・
「捉エマシタッ!」
「了解っ!アイシャはん、リサはん、頼むでっ!!」
「「了解っ!!」」
それからしばらくのかくれんぼの末、エイルはアキトらをアッサリ見つける事に成功していた。
本来ならば、『魔獣の森』の地形を熟知し、なおかつ隠密スキルに優れたアキト、クロ、ヤミを捉える事は非常に難易度が高いのだが、『魔道人形』であるエイルには、通常の気配感知スキルに加え、マテリアル、アストラル、熱源などを感知する為のセンサーが搭載されている。
故に、彼女の前ではこっそりと近付く事は、いくらアキトらに取っても容易ではないのであった。
「げっ、もうバレたんかいっ!」
それはアキトも承知していたが、改めてエイルを相手にした場合の厄介さにアキトは軽く顔を歪めていた。
そこに、数の上では不利であるアキトらを更に分断させるべく、クロとヤミにそれぞれアイシャとリサが強襲を敢行する。
「チッ!」
「ワンワンッ(クッ!)」
「ガウガウッ(クソッ!)」
アイシャとリサの今現在のレベルと経験値は、クロとヤミのそれを軽く上回っている。
故に、一対一の状況に追い込まれると、防戦一方となってしまうのだ。
もちろん、それはアキトも理解している。
故に、二匹のフォローをしつつ、隙をついてアイシャ、リサを各個撃破するのが理想ではあるが・・・。
「させませんっ!」
「ハッ!!!」
「だよねぇ~!」
それは叶わない夢だった。
ティーネの弓矢による牽制とエイルの魔法攻撃により、誘導される様にアキトはクロとヤミから引き剥がされる。
アキトも、御返しとばかりに魔法攻撃を加えるが、来ると分かっている魔法はヴィーシャにすら容易に回避されてしまった。
そうこうしている内に、クロとヤミはアイシャとリサによって追い込まれて行く。
いや、むしろ魔獣種特有の体力と瞬発力、反射神経によって、二匹は善戦している方であろう。
だが、頼みの綱であるアキトが足止めを食らっている状況では、ジリ貧である事は間違いなかった。
以前にも言及したが、戦闘は基本的に長々と続くモノではない。
特に強者同士の戦いの場合、わずかな隙によって、一瞬で勝敗は決してしまう。
そこに、ヴィーシャは目を付けていた。
「ワンワンッ(逃げられないっ!?)」
「逃がさないよぉ~!」
絶え間なく続く攻防と位置取りの確保。
しかし、その足場が、本物ではなかったら、どうであろうか?
「ワンワンッ(えっ!?)」
「ここだっ!」
あると思っていた足場が急になくなり、思わずバランスを崩すクロ。
その隙を見逃す様なアイシャではなかった。
パリーンッ!
「ワンワンッ(しまったっ!)」
「オッケーッ!」
「ナイスやっ!」
アイシャの渾身の一撃が、クロの鉱石を捉えた。
ここに、クロの戦闘不能が確定した。
「ガウガウッ(クロッ!?)」
「ほらほら、よそ見をしている暇はないよっ!」
「ガウガウッ(チッ!)」
クロが戦闘不能になった事で、ヤミにわずかな動揺が広がる。
しかし、それが落ち着くのを待ってくれるほど、リサは優しくなかった。
同じアタッカータイプではあるが、手甲を用い格闘戦を得意とするアイシャに比べたら、大きな鎚を用いるリサはやや素早さの上ではアイシャに劣る印象がある。
故に、ヤミの方がクロに比べたら、まだ回避も容易であった。
しかし、それがそう誘導されていたモノであったら、どうであろうか?
「ハァっ!!」
「ガウガウッ(当たらないよっ、って、えっ!?)」
すでに見切っていたヤミは、リサの隙を作り出そうとかなりギリギリでその鎚による攻撃を回避する。
しかし、目算を誤ったのか、直撃とはいかなかったが、ヤミはわずかに衝撃を受けて空中に放り出されてしまう。
「チャンスッ!」
「ガウガウッ(クッ!?)」
とてつもない反射神経と瞬発力によって、それでも体勢を整えようとしたヤミだったが、リサの方が早かった。
鎚を片手で持ち上げると、アイシャよろしく、拳による攻撃がヤミ(の鉱石)を捉える。
パリーンッ!
「ガウガウッ(ああ、クソッ!)」
「やったっ!!」
「オッケーやでっ!」
元々、アイシャと同様に並外れた膂力の持ち主であるリサは、ただの打撃攻撃でも十分な破壊力がある。
鍛治職人として鎚を好んで使用してはいるリサだが、戦闘時には臨機応変に攻撃手段を変更する柔軟性、プラスそれを可能とする技術を高いレベルで身に付けていた。
まぁ、そんな訳で、ティーネとエイルの妨害によってアキトが動けない事を良い事に、アイシャとリサは、クロとヤミを一気に戦闘不能に陥らせる事に成功していた。
「・・・お見事です。役割の最適化。チームプレーによるお互いの連携。『幻術』による即席のトラップ。どれも、ヴィーシャさんの作戦ですね?」
「そうだよぉ~。もちろん、最後は皆で話し合って決めたんだけどねぇ~。」
「けど、ここまで上手く行くとは思わなかったよ。ヴィーシャさんは、人の特性を上手く活用するのが得意なのかもしれないね。」
アキトが一人になった事で、ティーネとエイルの攻撃の手が止んだ。
もちろん、油断なくアイシャとリサがアキトを包囲しているが、アキトは反撃するでもなく、感嘆しながらヴィーシャ達の作戦を分析していた。
「さぁ、後は旦那はんだけやでっ!」
「ヴィーシャさん、ゆめゆめ油断なされませぬ様に。主様ならば、ここから逆転する事も可能でしょう。」
「エエ。オ父様ノ悪知恵ハ天下一品デスカラネ。」
「・・・何か、えらい言われ様だが、まぁ、その通りだね。勝負は最後の最後まで分からないモノさ。相手にトドメを刺すまで油断しては行けませんよ?」
「何をっ・・・!」
パリーンッ!
パリーンッ!
「・・・えっ?」
「・・・はいっ?」
「・・・なっ!?」
「・・・ソンナッ!」
「・・・何やっ!?」
アキトの意味ありげな言葉に一瞬気を取られていた隙に、アイシャとリサの鉱石が突如として割れる。
そこには、戦闘不能扱いとなった筈のクロとヤミが悠然と佇んでおり、アキトは少し意地悪な微笑みを浮かべてこう言った。
「・・・ね?」
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