環境適応力の差
続きです。
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「なるほど・・・。そういう事ですか・・・。」
「・・・うむ。我々としては、ロンベリダム帝国に対して銃の製造や使用を即刻止める様に抗議すべきなのだろうが・・・。」
「・・・おそらくそれは難しいでしょう。今の話からは、某かの『失われし神器』の力によって、データなり複製品なりを入手したのは間違いないでしょうが、N2さんの装備が現にここにある以上、それも憶測の域を出ません。証拠もなしに騒ぎ立てても、取り合って貰えないどころか、ロンベリダム帝国との関係を悪化させる恐れもありますからね・・・。」
「うむ、その通りじゃ・・・。状況証拠的には十中八九間違いないのに、物的証拠がない以上、こちらからは手出し出来ないとは何とも歯痒いがのぅ・・・。」
ルキウスらが“魔法銃”を密かに製造し、それを持たせた部隊の創設が密かに行われていた情報を聞き、キドオカは自身の見解を述べる。
それに、ティアも、そしてエイボンも同感なのか、重苦しい雰囲気のまま頷いた。
ここら辺は、ルキウスら、またハイドラスの思惑通り、ティアらに打つ手がなかったのだ。
いや、全くない事はないが、非常に困難な事だったのである。
「せめて、証拠さえ掴めればのぅ・・・。」
「・・・いえ、おそらくですがそれも限りなく不可能に近いでしょう。一応、情報の専門家としての意見ですが、調査対象の幅が広すぎます。状況的にはウルカさんが最有力の容疑者ですが、彼女は我々からの『DM』を拒否する可能性が高いでしょうし、仮に直接彼女のもとに赴いたとしても、彼女の方も全力で逃げるかもしれません。彼女は純粋な『戦闘職』ではありませんが、それでもこちらの世界では並外れた使い手ですし、全力で抵抗されれば、それだけ捕まえるのに時間が掛かるでしょう。首尾良く捕らえる事が出来たとしても、証言は得られるかもしれませんが、証拠はとっくに他の者に渡っているでしょうし、更に突っ込んで調べるならば、ライアド教やロンベリダム帝国全体にまで手を回さなければならない。そうこうしている内に、ロンベリダム帝国側は着々と準備を進めてしまい、それが公に公開されれば、それこそ打つ手がなくなってしまいます。」
「・・・やはり、キドオカ殿もそう思われるか・・・。」
「ええ、上手い手ですよ。これを画策した者が何者かは知りませんが、稀代の詐欺師の才能があるでしょう。」
技術や製品の面白い(と言うのもアレだが)点は、先に出した方が有利である点である。
仮に、似た様な製品をA社とB社が同時期に発売する為に活動していたとして、先に出した方がその製品の代表的な企業である事を各所に対して印象付けられる。
それがA社だった場合は、B社がそれよりも優れた製品を後から発売したとしても、二番煎じ感はやはり否めないのである。
まぁ、長期的に見ると、より優れた製品の方が売れる可能性も否定出来ないが、そうしたイメージの力は後々にも有効なのである。
仮に、それがA社がB社から機密情報を奪って売り出していたとしても、それで騒ぎ立てたとしても、確かな根拠がなければ相手を貶めようとしてB社が嘘を言っていると思われる可能性もある。
この様に、先に出し、周囲を味方に着けられると、そこにどんなに事実が有ったとしても、一度植え付けられたイメージを覆す事は困難なのである。
今回の場合は、ロンベリダム帝国側が“魔法銃”を世間に対しては公開する前に、ティアらは証拠を押さえて抗議や製造中止を求められれば、まだこの世界で銃が蔓延する事を防げた可能性はあったのだが、状況証拠だけではその勢いを抑える事は困難なのである。
肩をすくめてお手上げのポーズを取るキドオカに、ティアとエイボンも落胆の表情を浮かべていた。
リアルのキドオカの職業は知らないが、『TLW』では『忍者』の『職業』を持ち、実際に重要なクエストの情報や敵クリーチャーや敵勢力、様々な情報に通じていたキドオカの情報収集能力にはティアとエイボンも一目置いていた。
そのある種の情報の専門家とも呼べる者から、打つ手なしの見解が示されてしまえば、二人が落胆するのも無理からぬ話であった。
「まぁ、ここは様子を見てみるしかないでしょうね。仮にそれを用いて大がかりな戦争を仕掛けると言うのであれば、我々としても黙っている訳にはいきませんが、何せ、N2さんの持つ装備から開発された武器ですから、端から見ればまるで『異邦人』がその開発に関与した様な誤解を受ける恐れもありますからね。ですが、魔法技術がある以上、それも遅かれ早かれ時間の問題だったかもしれませんよ?ですから、N2さんもあまり気に病む必要はありませんよ。」
「・・・。」
「うむ、まぁ、それはそうかもしれんな・・・。」
「ええ。」
一際暗い表情を浮かべているN2に、キドオカはさりげなくフォローをする。
それに、ティアとエイボンも同調する。
〈・・・のぅ、『隠』よ。何故こやつらはこんな浮かない顔をしておるのだ?其方はこの世界の出身ではないのであろう?なれば、こちらの世界の住人達がどうなろうが知った事ではないだろうに・・・。いや、其方の持つ技術を盗まれたのは腹立たしい事かもしれんがの?〉
(ちょっ、ソラテス様っ!?こんなところで『念話』を使わないで下さいよっ!)
アルメリア、セレウス、アスタルテの例に漏れず、ソラテスも自由神であり、突如としてリンクの繋がっているキドオカに疑問に思った事を聞いて来た。
〈ちょっとぐらい良いではないか、ケチくさいの・・・。其方が我との同化を拒むモンだから、我はほの暗い海の底に今も一人ぼっちなのだぞ?まぁ、我には時間も空間も関係ないからそれでも問題ないのだが、ぶっちゃけると暇なのだ。故に、其方を介した今現在のこの世界の様子を眺めても良いだろう?〉
(・・・最悪、それは許容するにしても、『念話』は勘弁して下さいよ、いや、マジで。)
〈なんだ?こやつらは其方と違い、『霊能力』には通じておらんだろう?ならば、我の存在に気付かれる恐れはないと思うが・・・。〉
(い、いえ、まぁ、普通ならそうなのでしょうが・・・。)
「・・・うん?何か変な感じがするが、どうかしたのか、キドオカ殿?」
〈(っ!!!)〉
「い、いえ、少し考え事をしていただけですよ。」
「ふむ・・・、そうか?」
それにキドオカは内心焦り、ソラテスとの『念話』を切ろうとするが、その前にティアが何かに違和感を感じて、キドオカの様子を窺った。
慌てて誤魔化したキドオカだったが、訝しげな表情のティア達に、半ば強引に話題を元に戻した。
「た、ただ、まぁ、乱暴な手で良ければ、何とか出来ない事はないのですが・・・。」
「・・・と、言うと?」
思わずポツリと呟いたキドオカの言葉に、ティアはピクッと反応した。
ティアらの興味を惹く事に成功したキドオカは、本来ならば言うつもりはなかったのだが、ソラテスから気を逸らす為に現状を打開出来る術がある事を仕方なしに伝える事とした。
「最初に断っておきますが、やるつもりはありませんからね?ただ、どうしても悪い状況になった場合は、こうした手段もある事は頭に入れておいた方が良いかもしれませんよ、と言う事で・・・。」
「一体どういった手段で・・・。」
「簡単ですよ。関係者全員、殺してしまえば良いのです。その後で、銃を回収し、封印してしまえば良い。」
「こ、ころっ!?」
「な、何をバカげた事をっ!!!だ、第一、そんな事をすれば、各方面と全面的に対決する事になってしまうぞっ!!!???」
「まぁ、普通であれば、そうですね。どれだけ計算を重ねても、完全犯罪を目論んでも、普通ならば足がついてしまうモノです。しかし、我々だけは、それが可能なのですよ。」
「な、何っ・・・!?」
突拍子もないキドオカの発言に、ティアとエイボンのみならず、憔悴していたN2でさえ、驚いた表情を浮かべていた。
「結構単純な手なんですけどね。私が『邪神』に使った手を覚えていませんか?」
「っ!そうか、“毒”だなっ!」
「その通りです。」
「しかし、それでは、確かに混入した経路を誤魔化す事は可能かもしれないが、被害者の体内に“毒”の痕跡が残ってしまうと思うが・・・。」
「う~ん、まだまだですね。経路なんてバレませんよ。体内に痕跡は残るかもしれませんが、ね。」
「・・・何っ!?」
自信満々に答えるキドオカに、ティアらは更に困惑した表情を浮かべる。
「まず前提条件として、『異邦人』の扱う魔法やスキルと言った技術は『TLW』に由来するモノです。これは御存知ですよね?」
「うむ、まぁ、そうじゃな。リアルの儂は、こんな力を持っておらんかったから、そう考えるのが自然じゃろう。」
もはや今更感が否めない『異邦人』の力の秘密についてキドオカが言及し、確認の意味でもティアはそう答えた。
「そうでしょうね。私も、リアルではこんな力を持っていませんでしたし、それはエイボンくんもN2さんも、他の皆さんも同様でしょう。」
そのキドオカの言葉に、キドオカとティアのやり取りを黙って聞いていたエイボンとN2も無言で頷いた。
もっとも、キドオカだけはその言葉は嘘である。
彼は他の者達とは違い、向こうの世界時代にも、すでに『霊能力』と言う特殊な力を扱う事が出来る能力者であったからである。
だが、それは話の本筋とは異なるし、これはキドオカの秘密にも関わる事でもあるから、あえて公開する事ないと言う事で隠していた訳であるが。
「そして、こちらの世界では、『異邦人』が扱う様な力、魔法技術が実際に存在する世界です。」
「・・・改めて言われると、やはりとんでもない世界ですよね、この世界は・・・。」
「そう、ですね・・・。」
向こうの世界では、少なくとも一般的には“魔法”は存在しない。
故に、魔法と言うファンタジーなモノが存在するこの世界は、『異邦人』にとっては、マンガ、アニメ、ゲームの様な世界である事を再認識していた。
「確かに『異邦人』にとっては夢の様な力ですが、この世界の住人にとってみたら、魔法はありふれた、とまではいかないまでも、実際に存在する力である事は間違いありません。強引に解釈すると、この世界の魔法技術は、『異邦人』にとっての科学技術とそう大差ないのですよ。」
「まぁ、こちらの住人にとってはそうだろうな。・・・で、結局何が言いたいのじゃ?」
それは、こちらの世界に飛ばされた当初に、すでに皆で共有している事だ。
故にティアは、今更何を言い出すのだろうと不思議に思っていた。
「ですから、技術なんですよ、この世界の魔法は、しっかりと体系化された、ね。ですから、魔法技術を用いるならば、何をするにしても、少なくとも魔法使いや魔術師であれば、某かの痕跡を辿る事が出来る様です。故に、仮に先程の話に戻りますが、この世界の魔法技術によって、そうした事を企てたとしても、それは露見する可能性が高い。一方で、『異邦人』の扱う力には、そうした背景がない。」
「っ!!!そうかっ!!!『異邦人』の力ならば、この世界の住人ではそうした痕跡を辿る事が不可能っ・・・!!!???」
「「っ!!!???」」
エイボンが気が付いた様にそう声を上げた。
それに、コクリッとキドオカは頷く。
「その通りです。ティアさんとエイボンくんは皇帝への牽制もあって、ロンベリダム帝国に留まっていた為にあまり気付かなかったかもしれませんし、N2さんも純粋な『魔法職』ではないから聞く機会がなかったかもしれませんが、ロンベリダム帝国やこの世界の調査の為に冒険者活動をしていた私は、その折に知り合った冒険者達との会話から、その事実に気付きました。」
「「「っ!!!」」」
以前から言及しているが、この世界の魔法は、あくまで『魔素』と言う物質によって様々な現象を起こす技術であって、超自然的な力の事ではない。
故に、この世界の住人が魔法も用いる為には、必ず『魔素』と言う物質を媒介しなければならない。
もちろん、魔法技術を学んだ事のない者達や、一般の者達にとっては魔法は摩訶不思議な現象に思われるかもしれないが、少なくとも魔法使いや魔術師達とっては普通に扱える力なのである。
で、そうした魔法使いや魔術師達が、魔法を扱う為に一番最初にする修行が、この『魔素』の感知なのである。
これが出来なければ、魔法を扱う事は困難であり、その後の『魔素』の収束、『魔素』のコントロール、更には魔法発現へのステップへと移行する事が出来ない。
もっとも、アイシャなどの例にもある通り、某かの先天的、あるいは後天的な要因によって、『魔素』との親和性が高い、あるいは高まった者達の中には、魔法技術とは異なる体系の技術、例えば『魔闘気』などは扱える様になる可能性もあるが、魔法技術に関しては、技術である以上専門的な知識やスキルを修める必要があるのである。
で、この世界の住人が魔法技術を用いる場合、先程の話の通り、必ず『魔素』を媒介する関係上、まるでパソコンなどのログの様に『魔素』に何らかの痕跡が残るのだ。
もっとも、これに関しては、時間が経つにつれて四散していってしまうし、相当に魔法技術に通じている者達でなければ見つける事も困難ではあるが、こうした事によって、魔法技術による犯行などを辿る、つまり調査する事が可能なのである。
魔法は極めて強力な力であるが故に、悪用されれば極めて危険な力とも成り得る。
そうした事への牽制や抑止として、こうした『魔素』を利用した調査手法も研究され、ある程度確立している訳である。
故に、仮にこの世界の魔法技術を用いて、暗殺や犯罪行為を行った場合、もちろん、向こうの世界と同様に完全とまでは言えないまでも、犯行を行った者のある程度の足跡を辿る事が可能なのである。
ところが、キドオカも言及した様に、『異邦人』達が扱う魔法やスキルは、この世界の魔法技術とは異なり、『TLW』の設定をベースにしている。
つまり、『魔素』を媒介しなくとも、発現する事が出来るのである。
これは、ティア達はあまり気付いていないが(そもそも彼女達は強すぎるが故にマトモな戦闘にもならないと言った理由もあるのだが)、実際にはとんでもなく脅威な事である。
この世界の住人が、仮に魔法技術を使用しようとした場合、魔法使いや魔術師ならば、『魔素』の感知スキルから、ある種の予兆を事前に知る事が出来る。
魔法使い同士、魔術師同士であれば、この読み合いによって、戦闘を優位に進めたり、ブラフを仕掛けたりする。
しかし、『異邦人』は、何の予兆も予備動作もなく、いきなり魔法やスキルを放つ事が可能なのだ。
これは、魔法による戦闘に長けた者達ほど面を食らってしまうだろう。
更には、先程の話の通り、『魔素』に何の痕跡も残らない。
つまり、もし仮に『異邦人』達が犯罪行為を行った場合、S級冒険者すら凌駕する身体能力、そして特殊な魔法やスキルなどによって、誰にも気付かれずに、またその後も何の痕跡も残さないままに完全犯罪を遂行する事が可能なのである。
「か、仮にそうだったとしても、誰かを殺めるなどと言う事はっ・・・。」
キドオカから説明を受け、ティアは更に困惑した表情を浮かべていた。
まぁ、それはそうだろう。
完全犯罪が可能であるからと言って、出来る事と感情は別問題だからである。
「ですから、最初に私もやるつもりはないと言いましたよね?しかし、この世界は我々がいた世界と違い、治安が良いとは言えませんし、ロンベリダム帝国は陰謀渦巻く国です。すでに『異邦人』の権利や立場も脅かされる可能性は極めて高いのですから、いざと言う時は、躊躇しない方が良いと私は思いますがね?」
「「「・・・。」」」
キドオカがそう話を締め括ると、ティアとエイボン、N2は顔を見合わせていた。
そこには、葛藤が読み取れる。
キドオカは、“甘いな・・・。”と内心考えていたが、まぁ、それも仕方のない事だった。
ティア達の中で、ある意味現実をしっかりと受け止めて、ある種の覚悟を決めているのは、キドオカの他はアラグニラとククルカンくらいのモノだろう。
この三人は、ある意味“大人”なのである。
それ故に、自分の信念を通す為には、他の誰かが損を引く可能性が高くとも、そこに迷いがないのである。
何故ならば、躊躇すれば、今度は自分の不利益となるからである。
世界が平和であれば文句はないが、しかし、残念ながら向こうの世界もこちらの世界も、平穏とは程遠い世界である。
自分達に何ら非がなくとも、何らかの要因によって、自分の権利や生活を侵害される可能性が常に存在している。
モンスターや魔獣、盗賊団などが跳梁跋扈するこの世界ならば、まだその脅威となる存在は分かりやすいが、向こうの世界の比較的治安の良い地域でも、実際は敵となる存在は多いのである。
例えば企業の経営陣と労働者の関係も、敵対関係に成り得る可能性がある。
まず前提条件として、企業の経営陣の第一目標は、企業全体の利益を守る事である。
一方の労働者の第一目標は、自身や家族の生活を守る事にある。
このそもそもの考え方の違いから、時として敵対関係に成りやすいのである。
安定した成長を続け、安定した利益、収入を得られている時はお互いに文句はない。
しかし、そんな事がずっと続く事などありえない。
栄枯盛衰は世の常。
これは、歴史が証明している。
故に、いつかは何らかの壁にぶつかる時が来るだろう。
経営陣側としては、全体の利益を守る為には、時として大を活かして小を殺す必要もあるだろう。
それは、考え方としては理解出来るが、しかし、切り捨てられた側としては堪ったものではないだろう。
こうした事を回避する為に、労働組合や労働基準法などが存在し、デモやストなどもルールを守った上で容認されているのである。
だが、時として人は、そうした事すらせずに泣き寝入りする事もある。
これは、ハッキリ言ってナンセンスな事だ。
実際の世の中は、選択や戦いの連続である。
何度も言及しているが、自分の身を守れるのは自分しかいない。
それと同様に、自分の権利や生活を守れるのも自分自身だけなのである。
自分の権利や生活を守る為に戦ったとして、その結果として相手が被害を被るかもしれない。
自分の主義・主張が、時として誰かを傷付けるかもしれない。
しかし、相手にどんな事情や背景があろうと、究極的には自分には関係のない事だ。
何かを守る為には、何かを犠牲にしなければならない場面もあるだろう。
その現実や覚悟は持っておくべきである。
少なくともこの世界は、優しさとは程遠い世界なのだから。
「まぁ、それはそれとして、アキト・ストレリチアの捜索は如何しますか?」
「う、うむ・・・。しかしこの状況ではな・・・。」
「ですが、こうなってしまえば、我々に打つ手はありませんよ?ここで雁首揃えて事の経緯を見守っていたとしても、あまり意味があるとは思えませんが?」
「う、うむ、それは確かにそうじゃが・・・。」
色々と衝撃的な話をあえてする事で、ソラテスとの『念話』の件をティアらの頭から完全に忘れさせた事を確信したキドオカは、当初の予定通り、その後の流れについて言及する。
「そこで提案なのですが、予定通り、ティアさん、アーロスくん、ドリュースくん、そこにN2さんを加えて、ロンベリダム帝国を出立しては如何でしょうか?」
「・・・何っ?」
今、この場面でロンベリダム帝国を空けるのは悪手ではないか?
ティアはそう考え、キドオカの発言に訝しげな表情を浮かべる。
「もちろん、何の対処もなしとは申しませんが、先程も言及した通り、雁首揃えていても現状が好転しない可能性も高い。ならば、事態を打開する可能性に懸けて行動を起こすべきだと考えます。その代わりではありませんが、私とエイボンくんでロンベリダム帝国に留まり、出来得る限りの情報収集に努めますよ?」
「う、うむ。正直、キドオカ殿の情報収集能力には信頼を寄せておるが・・・。」
「・・・それに、あまり言いたくはありませんが、N2さんをロンベリダム帝国から遠ざけたい狙いもあるのですよ。一度騙されたとは言え、彼の今の様子を見るに、再びウルカさんが近付いて来た場合、彼はまた騙されるかもしれません。まぁ、これに関しては憶測に過ぎませんが、彼をこのままロンベリダム帝国に留めておいてもあまり良い事は起こり得ないでしょう。ならば、体の良い理由をつけて、彼をロンベリダム帝国から遠ざけた方が、我々としては結果的に良いと思いますが?(ボソボソ)」
「・・・ふむ、なるほどな。(ボソボソ)」
エイボンとN2には聞こえない様に、キドオカがティアに小声でそう伝えると、ティアもそれに同調した。
ウルカの件はともかくとしても、N2の変調の原因は彼自身の見た目に寄るモノだ。
それ故、当初はロンベリダム帝国から移動する事をあえて無視した訳であるが、事ここに至ればこのままロンベリダム帝国に留めておく方が危険かもしれない。
キドオカも協力してくれると言うし、N2だけでなくアーロスの事も考えると、ティアとしてはアキト捜索を予定通り敢行した方が良いかもしれない。
「・・・うむ、ではそうしよう。儂らに加え、N2殿はアキト・ストレリチア捜索に、キドオカ殿とエイボン殿はロンベリダム帝国での情報収集、場合によっては干渉を行って貰おう。」
ティアの結論に、エイボンとN2も異存はないのか無言で頷いた。
「一応、アラグニラさんとククルカンさんにも一報を入れておきましょう。・・・タリスマンさんとウルカさんは・・・、残念ながら連絡しない方が無難でしょうが、ね。」
「・・・うむ。」
最後に、キドオカがそう締め括って、その場の打ち合わせは終わるのだったーーー。
・・・
その後、ティアとの打ち合わせが終わると、キドオカは一人イグレッド城を歩いていた。
〈ふぅ~、焦ったわい。まさか勘付かれるとは思わんかったの。〉
(先程も申し上げた通り、おそらく『異邦人』の力は、この世界の魔法技術体系とは異なり、どちらかと言うと『霊能力』寄りの力なのですよ。ですから、『念話』に気付かれる可能性も高いと考えていた訳ですが・・・。)
〈ふむ、其方が慌てた理由が分かったわい。・・・しかし、先程も言ったが、その力には反して、何とも頼りない印象を受けるの、其方の仲間達は・・・。〉
(まぁ、それに関しては否定しません。擁護する訳ではありませんが、我々は争いとは無縁の世界で過ごして来ましたからね。ですから、どうしても甘さが抜けきれていないのですよ。)
〈争いと無縁の世界?そんなモノ、ある筈がなかろう。〉
(それに関しても否定しませんが、そう教育・印象操作されて来たのですよ。ですから、現状や危機に関しての見積もりも甘いのです。それ故、思い切った行動も起こせない。場当たり的な対処だけをして解決した気になり、ゆくゆくはその甘さが自分達の首を絞める事になったとしても、ね。)
〈ほう。何とも不可思議なモノよな。〉
(ええ、全くですよ。)
一人になった事を見計らって、ソラテスは再び『念話』を繋いだ。
それに、キドオカも、今度は慌てる事なく返答する。
〈さて、それで其方の思惑通り、事は進んだのか?〉
(ええ。まぁ、想定外の事もありましたが、大筋ではそれも許容範囲内でしょう。むしろ、このイレギュラーは、負のエネルギー集めの為には格好の材料となるかもしれません。)
〈お~お~、恐ろしいの。其方は他の者達と違って、こちらの世界の住人がどうなろうと知った事ではないのだな?〉
(その言い方は語弊がありますが、その人達にはその人達の思惑があるのですから、一々そんなモノ気にしているだけ損なのですよ。私は私の目的の為に邁進するだけです。まぁ、ティアさんらの考え方も分からなくはないのですがね?)
〈ふむ・・・。〉
人は、生きる為にどうしても他の者達に迷惑を掛けるモノだ。
赤ん坊などは、人の手を借りなければ生きていけないし、子供も同様である。
成人しても、そこには周囲との関わりが存在するし、老後には介護して貰う必要もあるかもしれない。
その事実から目を背けて、誰にも迷惑を懸けたくないと思うのも分からなくはない話であるが、それは時として傲慢でもある。
ティアやエイボンは頭が良く様々な知識にも明るいが、実際には物事の本質に気付いていない事も多々ある。
だからこの世界においては、アラグニラやククルカン、キドオカらに一歩劣った印象が否めないのである。
これは、先程も言及したが、覚悟の差でもあった。
まぁ、それはともかく。
(まぁ、それはともかく、これから忙しくなりますね。)
〈ふむ。まぁ、其方が誰と何をするつもりかは知らんが、せいぜい楽しませて貰う事としようかの。〉
(・・・。)
そう締め括ると、ソラテスの言葉に内心ドキリとしながらも、再びキドオカは何食わぬ顔でイグレッド城を歩いて行くのだった。
こうして、様々な思惑が渦巻く中、ロンベリダム帝国を起点として、戦乱の足音が静かに迫っていたのであったーーー。
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