回想
続きです。
基本的に、ロンベリダム帝国、と言うかルキウスとライアド教、特にハイドラス派は協力関係・蜜月関係にあるが、これは何も相手を全面的に信頼しての事ではない。
むしろ、お互いがお互いを利用する関係である事は、ルキウスもハイドラスも重々承知していた。
これは、お互いに相手を利用する事に、当然ながら各々メリットが存在するからである。
昨今の向こうの世界では政教分離の原則から、政治と宗教などは分けて考える事が主流になっているが、過去には宗教を保護し、それをその国の国教にする事で宗教的権威の後ろ楯を得て、政治・経済・軍事、それに加えて宗教の観点から、為政者側が大きな影響力を持つ事は普通に行われていた手法である。
これは、国を支配する上で非常にプラスとなるだろう。
また、宗教団体側としても、国側から公式的に認められている事もあり、下手な迫害や妨害を受ける恐れもなく、ライアド教の教えを広く布教する事が可能だ。
この様に、宗教団体と国が協力関係を結ぶ事はお互いにとってメリットがある訳で、ルキウスとライアド教が協力関係を構築しているのも、そうした観点からである。
まさに、Win-Winの関係なのである。
ただし、先程も述べた通り、ロンベリダム帝国とライアド教では、やはり別々の組織であるから、その根本的な考え方には大きな違いが存在する。
今のところはその協力関係を崩すつもりはお互いにないが、いざと言う時はお互いに相手を切り捨てる事も出し抜く事も厭わないだろうーーー。
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元・『LOL』、現・『LOA』のメンバー達(一部例外有り)は、今現在は各々がバラバラに活動する事となっていた。
これはむしろ当たり前の話で、いくら仲の良い友人同士であろうと、仲の良い家族であろうと、常に四六時中一緒に行動する訳ではないのと似通った事情でもある。
そもそも、『LOL』は、向こうの世界初のフルダイブ用『VRMMORPG』・“The Lost World~虚ろなる神々~”を攻略する上で発足した組織である。
それ故、レイドボス攻略時に協力する事やクエストの情報を共有する事はあっても、ソロで活動する時やストーリークエストなどを進める上では、独自に動く事はままあった。
そもそも、『TLW』はあくまでゲームであって、リアルでは各々が仕事や立場がある訳だから、当然ながら生活リズムも各々違いが存在するのだ。
もっとも、『TLW』を離れて、『TLW』時のアバターと能力を受け継いだ状態でこちらの世界に引き込まれた当初は、その未知の現象や未知の世界に警戒し、やはりかねてから知り合いであり、それなりに信頼関係を構築してきた『LOL』と肩を寄せ合い、協力して自分達の置かれた状況やこの世界の情報、向こうの世界に帰還する方法などを探しだそうと固まって動く事を選択した訳だ。
しかし、『テポルヴァ事変』の折に邂逅したヴァニタスの話から、向こうの世界への帰還がほぼ絶望的であるのと情報を得る事となる。
もちろん、その真偽は定かではないが、少なくともヴァニタスがアラグニラやドリュースのリアルネームなどの情報を知っていた事は疑い様のない事実であり、その事からアラグニラはそれがおそらく事実なのだと結論付けた。
もっとも、他のメンバー達の中にはその情報に懐疑的な目を向ける者達もいたのだが。
しかし、ここで重要なのは、ある意味では『LOL』を結び付けていた最大の目的であるところの、向こうの世界への帰還方法がない可能性がより高くなった事である。
そうなれば、アラグニラの発言にもあった通り、また、先程の例からも分かる通り、『LOL』で固まって動く必要性が薄くなってしまうのもまた事実なのである。
そもそも、同じ『異世界人』とは言え、各々別々の考え方の持ち主なのだから。
その末で、アラグニラの独断専行、タリスマンの贖罪などを受けて、これ以上『LOL』の気持ちや身柄を縛り付ける事が困難と判断したティアの提案で、『異世界人』の最低限の“繋がり”は維持したまま、しかし、各々が独自の裁量で動ける形へと、『LOL』→『LOA』へと名前を改めて、その在り方を改めた訳である。
これは、言わば他の勢力に対する牽制であると同時に、仲間達に対する牽制でもあった。
アラグニラの発言の通り、目的の共有、すなわち向こうの世界への帰還の望みが薄いのであれば、『LOL』で動く理由もなくなる。
何故ならば、その先は各々の人生だからだ。
何をしようと、何処へ行こうと、それは他人に束縛されるべき事ではない。
しかしながら、ティアとしては、その末で仲間達が何処かの組織に利用されてしまう事を懸念したのである。
それも、極論を言えばその人の自由ではあるが、この世界の人々に迷惑を掛けたくないと言うある種の道徳的観点と共に、ぶっちゃけると自身や仲間に要らぬ火の粉が飛んできてしまう事を憂慮したのである。
これは、『異世界人』の力が、この世界では飛び抜けて優れている事をしっかり認識しているが故の事だった。
優れた力を持つ者達は、重宝されると同時に、嫉妬されたり、その力を付け狙われる可能性が高いのは、まぁよくある話であろう。
その末で、結果として仲間同士で争う事となってしまった場合を想定し、彼女は仲間達との最低限の繋がりを維持しようとしたのである。
『LOL』、改め、『LOA』の発足意義は、自分達の権利と人権を他の勢力から守る意味合いが強い。
それ故、そこに属している事によって、他の勢力への牽制ともなるし、ある意味では、仲間同士でお互いを監視し合う意味合いもあるのである。
その裏の意味をしっかりと理解していたアラグニラ、キドオカ、ククルカンらは『LOA』本体とは距離を置いた独自に動ける立場を主張しながらも、『外部協力者』として、対外的には『LOA』に属している立場を取る事に同意していた。
ただ、ウルカとアーロス、そしてタリスマンは各々の事情から立場を明確にする事が出来ないでいた。
そんな訳で、『異世界人』達は、微妙なバランスのままバラバラに行動する事を余儀なくされた訳であるがーーー。
・・・
『LOA』の『外部協力者』と言う立場を取っているククルカンは、今現在もウルカ同様に以前と変わらずロンベリダム帝国のライアド教本部に出入りしていた。
と、言っても、ククルカンはウルカと違い、ハイドラスの洗脳を受けてはいなかった。
何故ならば、ククルカンは、別にライアド教を信仰している訳ではないからである。
むしろククルカンの思惑的には、ライアド教が独占している『回復魔法』の技術を、他に公開する事を目標に掲げていた。
これは、アラグニラと同様にある種の『不治の病』、“厨二病”を患っているククルカンなりの美学に基づくモノであった。
アラグニラとククルカンに共通するのが、所謂“ダークヒーロー”に魅力を感じている点である。
向こうの世界に置いても、法側、体制側ではどうしても取り零してしまう事は思いの外多い。
例えば、明らかに重い罪を犯したのに、人権の問題、法体系の問題から、それに対して罰が軽すぎるなどといった現象がしばしば見られる。
もっとも、これは個人によって解釈はそれぞれ異なるので、何を持って正しいとは一概には言えないのであるが。
“ダークヒーロー”とは、フィクション作品における主人公または準主人公の分類の一つである。
常識的なヒーロー像である「優れた人格を持ち、社会が求める問題の解決にあたる」という部分から大きく逸脱していることが多い。
典型的なヒーローの型とは異なるが、ヒーローとして扱われるものも多い。
大まかな区分として以下の9つ、およびこれらの複合に当てはまると“ダークヒーロー”、あるいは“アンチヒーロー”に該当すると言われている。
1、自分自身の目的を達成するためには、手段を選ばない。
2、復讐を目的とし、自身の行為が悪行であると理解しながら、非合法な手段を採る。
3、社会から求められている正義を成すために、非合法な手段を採る。
4、性格が人格者とは言い難い。行動様式に人格者とは考え難いものがある。
5、法律や社会のルールよりも、自分自身で定めた「掟」を優先し、「掟」に従う。
6、外観や能力が本来的には「悪」に属するものを源とする。
7、行為も目的も悪であるが、一部の生き方などが読者や視聴者の共感を呼ぶ。
8、ストーリーの主たる部分で称賛される行動を採るが、普段は侮蔑されるような行動をしている。
9、現状の体制が良い物だとは考えておらず、反体制の姿勢を選択する。
向こうの世界に置けるククルカンらの立場は、あくまで一般人のカテゴリーに含まれていた。
いや、キドオカの様に特殊な事情を抱えている者もいたが、どちらにせよ、大きな力や影響力、権力を有する体制側、組織などに抗う術など持たな者達であった事は間違いない。
もちろん、それはそれで特に不満もなかった。
少なくとも、『異世界人』達は普通に暮らす分には困る様な状況ではなかったからである。
それに、何かを変えたいと思う様な明確な強い意思も能力も持っている訳ではなかったし。
しかし、期せずしてこちらの世界に来る機会に恵まれて、なおかつ自分達の力がこの世界では飛び抜けて優れている事が露見してからは、ある種の自身の“理想的な生き方”が出来るのではないかと考え始める様になっていった。
何物にも縛られない物語の主人公やキャラクターの様な生き様を体現出来るのではないか、と。
まぁ、『TLW』にハマっていた以上、『TLW』をプレイしていた大半のプレイヤーが、所謂“英雄願望”や“変身願望”の様な、現実の自分とは別の人生を歩んでみたいと言う願いは大なり小なり持っていたのである。
アラグニラ、ククルカンは、そこら辺の願望が特に強かったのである。
で、アラグニラが己自身の信念や美学の基、例え法的には悪と言われ様と、弱きを助け強きを挫く、まさしく典型的な“ダークヒーロー”的・義賊的活動を開始したのに対し、ククルカンはその中でも、ライアド教がある種の医療の要である『回復魔法』を独占している現状を打開しようとしていた訳である。
こちらの世界の住人達はその事に対して違和感を持っていない様であるが、向こうの世界の知識を有するククルカンにとっては、これは異常な事に映っていた。
もちろん、向こうの世界に置いても、医療行為をするのならば、医師免許や看護士免許を必要とする訳であるが(つまり、ある意味では技術を独占しているのに似通った状況ではあるが、こちらは十分な能力や知識を有しているかを推し量る指針でもある)、少なくとも応急処置などの知識については一般にも公開されている。
つまり、確かに正式な医療行為をするならば、それなりに知識や経験を要する事は理解しているが、仮に『回復魔法』を一般の者達も使える様になれば、もっと救える命が増えるのではないかとククルカンは感じていたのである。
もっとも、ククルカンとて頭の回らない男ではない。
ライアド教がそれをしている背景も、しっかりと理解していた。
つまり、『回復魔法』の権利や知識を独占する事により、ライアド教の対外的な立場や価値を高めている事をしっかりと認識していたのである。
心情的にはともかく、これは上手い手であるとククルカンは考えていた。
人は生まれ出づれば、いつか必ず老い、死ぬ。
その過程で、確実に怪我や病気に苛まれる事になる。
そうした心の救済を求めて、宗教に救いを求める事がままある事は歴史的にも明らかであるが、それプラス『回復魔法』を独占していれば、その価値は更に高まる事となるだろう。
つまり、身体と精神の両方の観点から、ライアド教へと依存させる様な環境が整っている訳である。
なるほど、ライアド教が世界的宗教と呼ばれるのも無理からぬ話であろう。
しかし、それはククルカンからしたら、やはりおかしいのである。
真に人々の事を思うのであれば、『回復魔法』を広く公開するべきではないのかと考える様になった訳である。
もっとも、先程述べた通り、ククルカンとて頭の回らない男ではない。
それをするのは、かなり困難な事は承知していた。
まず何と言っても、ライアド教から激しい反発がある事は間違いないだろう。
当たり前である。
これまで自分達が独占していた既得権益を、無償で公開せよと言っている様なモノなのだから。
場合によっては(ククルカンはウルカと違い『血の盟約』の存在については知らないが)、一部の過激な思想の持ち主によって、自分の命を狙われる可能性も考えられる。
しかし、当たり前の話であるが、ライアド教も一枚岩ではない。
中には、ククルカンと同様に、人々の真の救済を理想とし、『回復魔法』を広く世間一般にも公開する事を夢見ていた者達もいた訳である。
ライアド教は、大きく分けて二つの派閥が存在する。
一つは、『至高神ハイドラス』を信仰する『ハイドラス派』である。
ハイドラスは、ライアド教内に置いては、所謂『創造神』であるから、ハイドラスを信仰する者達が多いのも納得の話である。
もう一つが、こちらは『神』と言う立場ではないものの、ライアド教内に置いては重要な役割を担う人間、『慈愛の乙女セレスティア』を信仰するセレスティア派であった。
向こうの世界の単一の宗教内に置いても、信仰の対象が異なる事はままある。
もっとも、これは以前にも述べたのだが、ハイドラス派は広く特権階級者の支持を得ているので、やはり勢力的にはハイドラス派の方が大きいのであるが。
それでなくとも、ロンベリダム帝国は、ハイドラス派の天下だった訳であるし。
とは言え、それでもロンベリダム帝国内に置いても、セレスティア派も少ないがいるにはいるし、ハイドラス派と言う立場にあっても、ククルカンに賛同する者達もいた。
この様に、ククルカンはライアド教に協力しつつ、裏ではハイドラス派に対抗すべく、徐々にその足場を固めていた訳であるーーー。
・・・
「ククルカンさん・・・。」
「おや、これはウルカさん・・・。珍しいですね。ウルカさんの方から声を掛けて頂けるなんて。」
見慣れた、しかし些か不気味な雰囲気を漂わせるウルカの突然の訪問に、ククルカンは朗らかに対応しながらも、内心はバクバク状態であった。
ロンベリダム帝国内のライアド教本部は非常に広い。
下手をすれば、ルキウスの居城であるイグレッド城に匹敵する程の広さを誇っているかもしれない。
しかし、考えてみれば当たり前の話で、ここはハイドラス派の本拠地であるから、ある意味ライアド教の総本部と言っても差し支えない場所なのだ。
ハイドラス派とかセレスティア派とか言った難しい事はともかくとして、ライアド教の信者であれば、そうでなくともある種の観光地として、この世界の住人であれば人生で一度は訪れてみたい場所の一つなのであった。
そうした観点から、人々を受け入れやすい様にそれなりの広さを確保しつつ、宗教画や調度品などを贅沢にあしらう事で豪華絢爛ながらも神秘的な空間を演出し、ライアド教、引いては『至高神ハイドラス』の威光を表現しているのであった。
で、ライアド教の協力者であるが、ぶっちゃけライアド教内では部外者に過ぎないウルカとククルカンであるが、しかし彼らは、類い稀な『回復魔法』の使い手であり、そして何より『テポルヴァ事変』の折に『神の代行者』として評判が高まった事により、ライアド教内でも非常に強い影響力を持つに至っていたのである。
ライアド教から正式に位階を与えられている訳ではないが、立ち位置的には、教皇に次ぐ扱いや尊敬を集めていると言っても過言ではなかった。
(ちなみに、ライアド教の聖職者の位階は、
教皇
枢機卿
総大司教
首座大司教
大司教……司教の中の有力者で他の司教を監督する。
司教 ……司教区を受け持つ。
司祭 ……日本では「神父」とも。「教区」を担当。
助祭
となっている。
その下にも色々な役割が存在するが、この様な管理体制の下、ライアド教は運営されている。)
そうした訳で、ウルカとククルカンは特別に専用の部屋を与えられており、そこで先程述べた通り、各々が独自の活動に従事していた訳である。
もっとも、ウルカがハイドラス派と懇意にしている事はククルカンも承知しており、また、『テポルヴァ事変』以降はウルカも仲間達との接触を拒む様になっていたので、彼女と話す機会も減っていた。
このタイミングでウルカが訪問する事は、秘密裏に『回復魔法』の一般への流出を画策していたククルカンにとっては、後ろ暗い事がある故に内心慌てていたのであった。
「いえ、元・仲間としてのよしみから一応御報告をと思いましてね。もっとも、ククルカンさんが何やら暗躍している事は朧気ながら承知しておりますが、そちらについては私は何も申しませんわ。ただし、その行いがハイドラス様の不利益になる様ならば、その限りではありませんが・・・。」
「・・・ふむ、何の事かは分かりませんが、御忠告は胸に刻んでおきましょう。・・・して、御報告とは何の事ですかな?『LOA』への参加の件であれば、私が仲立ちする事も吝かではありませんが?」
お互いに牽制し合いながらも、表面的には穏やかに言葉を交わすウルカとククルカン。
元々仲間同士ではあるが、今はお互いに思惑が存在し、なおかつ同じ“レベル500”同士、ある意味では一番敵に回したくない存在であった。
「いえ、それには及びません。私はもう『LOA』に合流するつもりはありませんから。アラグニラさんも仰っていた通り、ここからは私の人生ですわ。それ故に、何をしようと咎められる謂れはないでしょう?」
「それについては、否定するつもりはありませんが・・・。」
ククルカンとしても、ウルカの主張は分からなくはなかったので曖昧に頷く。
自分の人生に置いては、個人の意思や考え方は尊重されるべきである。
実際、ククルカンも『LOA』本体とは合流せずに、あくまで『外部協力者』としての立場を取っている。
これは、ある意味ではウルカに近い立ち位置であろう。
「まぁ、それについてはもはや私の中では結論が出ているので、これ以上議論するだけ無駄ですよ?別に私も、あなた方に牙を剥くつもりはありませんから、お互いに不可侵・不干渉を貫いた方が軋轢もなくて済むでしょう?」
「・・・確かに。」
それが本当であれば、だがな。
ククルカンは、内心そう考えていた。
「まぁ、それはともかくとして、御報告と言うのは、実は私達以外の『異世界人』についてなのです。」
「・・・えっ!?い、今、何とっ・・・!!??」
突然の重要な情報に、ククルカンも一瞬耳を疑い、思わず聞き返していた。
「ですから、私達以外の『異世界人』です。とある件で、私はしばらくロンベリダム帝国を離れ、ヒーバラエウス公国へ赴いていたのですが、その折に邂逅致しました。」
「そ、それは確かな情報なのですかっ!?」
「ええ、おそらく間違いはないかと・・・。彼自身もそれは認めていましたし、対話の様子からも、あまりにも向こうの世界の事情に詳しかったですからね・・・。」
「そうですかっ・・・!!!」
ククルカンは、そのもたらされた情報に、大きな進展を感じていた。
自分達がこちらの世界に飛ばされた現実がある以上、ククルカンも他の『異世界人』が存在する可能性は考慮していた訳である。
しかし、この広い世界で、なおかつ情報分野ではひどく劣っているこちらの世界では、そうした人物がいたとしても、探し出すのは困難を極めるだろう。
まさしく、干し草の中から針を探すかの様な、ほとんど不可能に近い事だと考えていた。
それでなくとも、その人物も、自身の正体を隠しているかもしれないし。
いや、自分なら間違いなくそうするだろう。
ククルカンはそう考えていた。
しかし、そのほとんど諦めていた情報が、今、ウルカの口から語られたのである。
「私としては、まぁ、どうでも良いのですけれど、元・仲間のよしみで、その情報は共有しておこうかと思いましてね。もっとも、先程述べた通り、私は皆さんとは疎遠になっていますから、ククルカンさんから皆さんにお伝え頂けると幸いなのですが・・・。」
「は、はぁ・・・?」
しかしククルカンは、その冷めた様子のウルカに違和感を感じていた。
ククルカンやアラグニラは、ある意味では空虚な日々を過ごしていた向こうの世界への帰還を早々に諦め、夢にまで見た“ファンタジーな世界”であるこちらの世界に魅力を感じていた訳だが、少なくとも自分の知っているウルカは、仲間達の中でも人一倍向こうの世界への帰還に執着していた様に考えていたからである。
しかし、今の口振りから行くと、その『異世界人』も、向こうの世界への帰還方法を知らなかったのだろうか?
「・・・やはり、その人物も向こうの世界への帰還方法を知らなかったのですか?」
「いえ、本人は送還の方法を知っている様な口振りでしたよ?」
「そ、それならっ・・・!」
「けれど、私には彼が本当の事を言っているとは思えませんでしたので、そこで別れましたけれど。こう言っては何ですが、中々に油断のならない人物でしたからね・・・。」
「・・・なるほど。」
確かに、同じ『異世界人』だからと言って、それすなわち自分達の味方であるとは限らない。
少なくともウルカは、その人物を警戒し、一時撤退したのだと考察出来た。
「ですが、何を信じるかは人それぞれですから、私は彼を信用出来ませんでしたが、あなた方がどう判断するかはご自由にどうぞ。」
「なるほど、事の経緯は分かりました。して、その人物の名前は・・・?」
「かなりの有名人ですよ。少なくとも、こちらの世界の一部地域では、ね。アキト・ストレリチア。ロマリア王国の英雄と呼ばれている人物です。」
「アキト・ストレリチア、ですか・・・。」
ウルカの言葉を反芻し、そのまま深く考え込むククルカン。
その様子を見ながら、微かに、本当に微かにウルカは微笑を浮かべていたのだったーーー。
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