ハイドラスの方針転換
続きです。
“銃”とは、筒状の銃身から弾を発射する道具であり、砲より小型の物を指す。
火薬や様々な気体の圧力を用いて、弾丸と呼ばれる小型の飛翔体を高速で発射する道具の総称。
弾丸は高い運動エネルギーを持ち、強い殺傷力や破壊力を持つので、狩猟の道具や武器として用いられる。
弾丸を発射する火薬を最初に発明した国はいまだに確定していない。
これは、様々な国がそれぞれ自国が最初だと主張しているからである。
だが、“銃”としての形式の道具が登場し始めたのは、13世紀頃が初出であるのはまず間違えない様である。
また、火薬ではなく空気又は不燃性ガスを用いて弾丸を発射する形式の“空気銃”も存在する。
そこから時を経て、様々な技術の進歩もあって、“銃”は今現在の形態へと進化を遂げていったのであるが、その比較的簡単なシステムとは裏腹に、今現在の地球においても、戦場やその他治安維持を目的とする各所で主力として用いられる道具である。
もちろん、それは刀剣類なども同様であるが。
さて、しかし当然ながら、これは向こうの世界の話であり、過去の『古代魔道文明』時代は定かではないが、少なくとも今現在のこの世界においては、“銃”と類似した道具は確認されていない。
これは、様々な要因が考えられるが、やはり一番は魔法技術の存在が大きいだろう。
魔法技術を用いれば、それこそアキトや『異邦人』の例にもある通り、“銃”どころか、大量破壊兵器レベルの効果を発揮する事が可能であるし、まぁ、それはある意味究極的な例ではあるが、そうでない普通の『魔法使い』や『魔術師』・『魔法士』達であっても、“銃”以上の効果を発揮する各種の魔法は操る事が可能であるからだ。
つまり、“銃”以上の効果を発揮する技術がすでに存在する訳で、“銃”の存在意義が薄い傾向にあると言えるだろう。
ただし、“銃”の非常に優れた点は、ある程度の習熟までに要する時間が非常に短く済む点である。
(もちろん、銃の名手、凄腕の狙撃手となるには、やはり相応の訓練や時間を要するが。)
それ故、ある程度の訓練を積めば、誰でも戦士として戦場に立つ事も可能である。
そうした理由から、これはかなり問題視されているが、年端のいかない少年兵や若者が戦場に赴いてしまうと言う現象も起こり得るのである。
その点、武術や魔法技術は、ある程度の習熟にはそれなりの時間を要する。
そうした意味では、“銃”は非常に優れているので、発想としては割とポピュラーな事もあって、今現在のこの世界でもあってもおかしくない物なのだが、ここでも魔法技術がストッパーになっていた。
以前にも言及したが、魔法技術喪失の歴史があるので、この世界では、むやみやたらに魔法に関わらず、技術を他に流出する事は基本的にしない傾向にある。
何故ならば、それは自分達の価値や優位性を下げてしまう要因となるからだ。
それ故、実際には優秀な『魔法使い』や『魔術師』が、仮に“銃”の基本構造を思い付いていたとしても、それを世間に公開する事はなかったのである。
そして、それは国などの勢力も同様だ。
仮に優秀な『魔法使い』や『魔術師』が“銃”の類似品を思い付いたとして、それを手に入れたとしても、為政者側からしてもそれを自らの兵に与える事はリスクが高い。
先程も述べた通り、“銃”の優れた点は、習熟が比較的容易な事とともに、現物さえ手に入れれば、その腕の良し悪しはともかく、誰にでも容易に取り扱えてしまうからである。
これは、特に後ろ暗い事のある為政者からしたらリスクでしかない。
何故ならば、それが仮に平民へと流出してしまえば、今度はそれが自らの立場を脅かす要因となるからだ。
それに、魔法技術がある種の強力な力としてすでにあるし、それを『魔法使い』や『魔術師』、特権階級者などで独占している下地がある訳だから、わざわざ“銃”と言う物に頼る必要性が低い事もあった。
こうした事から、今現在のこの世界では“銃”が存在していなかったのだが、ルキウスはその現物を手に入れ、密かにその研究、生産を行わせていたのであったーーー。
◇◆◇
「まさか、こんな事になろうとはのぅ・・・。」
「僕達は皇帝を甘く見すぎていたのでしょうか・・・?」
「・・・いや、それだけではあるまい。確かにルキウスの頭脳は想定以上だ。もちろん、その政治的手腕も見事と言わざるを得ないだろう。まさか、儂らとの会話から、一足飛びで現代の向こうの世界レベルの政治的知見を有するに至るとは想定外じゃった。」
肩を落としてティアはそう感想を述べる。
「じゃが、それだけでは説明出来ん事も多い。少なくとも、“銃”に関する知識は、別ルートからルキウスにもたらされたと考える方が自然じゃ。儂らは、誰が敵で誰が味方かも分からんまま、いい様に踊らされていたのかもしれんぞ・・・。」
「すみません、すみません、すみませんっ・・・!!!」
ティアがチラリと顔を向けると、そこには力なく項垂れたN2が、贖罪の言葉を延々と呟いていたのだった。
バンッ!!!
と、そこに、乱雑に扉を開けて一つの影が現れる。
「何があったのですかっ!?」
「お、おおっ、キドオカ殿っ!今まで何処へ・・・?」
「いえ、しばらく野暮用で他国に赴いていましてね・・・。しかし、エイボンくんから個人宛の『DM』貰ったので、こうして取り急ぎロンベリダム帝国へと戻ってきた次第なのですが・・・。」
「・・・そうなのか?」
「ええ、まぁ。キドオカさんなら大丈夫だと踏んだのですが・・・。」
「うむ、それに関しては儂も異論はない。キドオカ殿ならば、少なくとも儂らの不利益になる行動はせんじゃろうし・・・。」
そのティアとエイボンの言葉に、キドオカは素知らぬ顔で頷いていた。
実際には、キドオカは秘密裏にソラテスと結託して、某かの企みを企てているのだが、しかし、確かにそれはアキトらには不利益な事かもしれないが、ティアらにとっては不利益な事ではないかもしれない。
「ふむ、察するに、誰かが寝返ったのですかな?」
N2の様子をチラリと眺め、ティアとエイボンの短い言葉からキドオカはそう推論を述べた。
それに、コクリッとティアが頷く。
「うむ・・・。いや、まだ断定は出来ないし、彼女がやったと言う確証がある訳でもない。しかし、状況証拠から、限りなくクロに近いと儂は睨んでおる。」
「・・・彼女?」
「ああ・・・、ウルカ殿が、おそらく“銃”の現物を帝国側に横流しした可能性がある・・・。」
「な、なんですってっ!!!???」
□■□
ウルカこと、本名仲西麗香は、ヒーバラエウス公国にてアキトと邂逅し、その末で『至高神ハイドラス』との縁を斬られる事となった。
ただし、これは『異世界人』である彼女達が、ハイドラスとの縁により将来的にこちらの世界で死亡した場合、こちらの世界出身ではない彼女達の魂がこちらの世界では帰化出来ずに、その強力な『霊的エネルギー』を持つが故にこの世界のシステムに多大な悪影響を与える可能性が極めて高い事を危惧しての処置であった。
もちろん、本来ならば安全性を考慮すれば強制送還、すなわち殺傷して魂だけ向こうの世界に戻してしまった方がより確実で安全なのであるが、特にハイドラスと近い関係性にあるウルカの価値にアキトは目を付けて、一種のスパイ、ライアド教やハイドラス派の内情を知る為の情報源として、あえて生かして帰す事を選択した訳である。
そして、その縁を斬った副次効果として、これはトリアとエネアにも言える事なのだが、ハイドラスによる洗脳を解いている。
いや、より正確に言うならば、縁を薄れさせた事によるハイドラスに対する依存度を下げたのである。
それによって、彼女達が正気に戻り、客観的に自分達にハイドラスが何をしたのかを露見させようと試みたのである。
もっとも、アキトもこれに関しては実験的であると述べていた様に、その効果がどの様に現れるかは不透明であった訳だが。
これについては、一旦はアキトの思惑通りに事が進んだ。
『魔道人形』確保に失敗し、武力ではアキトに勝てない事を察したウルカらはヒーバラエウス公国からの撤退を余儀なくされた。
これは、ハイドラスに依存しつつあったウルカには手痛い失敗だ。
何故ならば、これによってハイドラスからの評価が下がってしまう恐れがあるからである。
それに前述の通り、縁を斬られた影響で洗脳が薄れた事により、ウルカ、トニア、エネア三名には、ある種のチャンス、実際にはハイドラスに騙されてハイドラスの駒に仕立て上げられていた事実を知る機会が訪れ、場合によってはライアド教やハイドラスとの関係を改める機会を与えられたのだが、残念ながらそれは現実とはならなかった。
これは、アキトも想定外であったのだが、ハイドラスの裏には、カエデスと言う別の存在がまだ控えていたからである。
それにアキトは、これは以前にも言及したのだが、前世も含めて論理的には理解しているのだが、真の意味で心の弱い者達の気持ちや行動原理を理解する事が出来ていないと言う弱点が存在する。
それ故に、現実(真実)を受け入れられずに、むしろ自ら望んである種の夢を見続けようとする者達の心理に気付けなかったのであるーーー。
「ウソよっ!ハイドラス様が私達を騙そうとしていただなんてっ!」
ロンベリダム帝国へと撤退する道程で、ウルカは激しいフラッシュバックを体感していた。
これは先程も述べた通り、縁が斬られた影響で(もっともリンク自体は斬れていなかったのだが)、ハイドラスが行っていた真実(悪事)の一部がウルカらの頭に流れ込んでいたからである。
「我が主が我が一族の滅亡を画策していたダトッ・・・!?そんなバカなっ!!??」
「ウフフフフッ。我が主が裏で私を狂信者に仕立て上げようとしていただなんてェ・・・。悪い冗談だわァ。まるで性質の悪い、精神攻撃を受けているみたいねェ・・・。」
同じ様に、フラッシュバックを体感していたトニアとエネアは、フラッシュバックによる頭痛を感じながらブツブツとそう呟いていた。
そのエネアの何気ない言葉に、ウルカはハッとしていた。
「精神攻撃っ・・・!?もしや、これはあのアキト・ストレリチアの罠ではっ!!??私達にありもしない幻影を見せて、私達を混乱に陥れようとしているのかもしれませんねっ・・・!!!」
「「っ!!!」」
案外、人は簡単に騙されてしまうモノだ。
実際、向こうの世界においても、今現在に至るまで、詐欺と言う犯罪が横行している。
そうでなくとも、虚偽の情報に踊らされたり、思い込みで他者を攻撃してしまう事もある。
そして、その一番厄介な事は、皆が皆、“自分だけは騙される筈がない”と思い込んでいるところであろう。
実際、特殊詐欺の被害者が口々に口を揃えるセリフが、“まさか、自分が詐欺に遭うとは思わなかった”と言うのが、かなり大きな割合を占めている。
これは、何もその人々が特別な訳ではない。
人は、一見冷静な判断力を持っていそうな者でも、“心の隙”を突かれると、すぐに視野狭窄を引き起こしてしまうからである。
そして、そのもっとも厄介なところは、騙された事実を事実とは受け入れずに、そこから目を逸らしてしまう事である。
所謂、“事実の否認”である。
実際、それが如実に現れるのが、ギャンブルであろう。
まず、前提条件として、この世はルールを握っている方が優位に立てる様に出来ている。
故に、その前提条件をしっかり把握していないと、損を引いてしまう事はよくある。
もちろん、ただの遊びとして一線を引く事が出来るならば、合法の範囲内ならばギャンブルも有りだろう。
しかし、勝つつもりでいるのならば、それは無謀な挑戦と言わざるを得ない。
先程も述べた通り、最初から勝てない様に出来ているのだから。
そんなルールを把握せず、ギャンブルによって身を滅ぼす者達が今も後を絶たない。
そしてこれは、何にでも言える事である。
正しい情報を伝えられても、実際は本人がそうだと思わない限り、それは事実ではなくなる。
例えば、先程のギャンブルの例ならば、実際には勝てない様に出来ていると言う事実があっても、自分だけは勝てると信じて疑わないのである。
他にも、ダメな異性に引っ掛かってしまう者達も、この“事実の否認”を行う。
周囲から、“あの男はダメだから止めておきなさい”・“あの女はヤバいから止めておけ”と諭されたとしても、特に燃え上がっている時はその助言が聞き届けられる事はない。
その末で、やはりロクでもない男・女であったと気付き、傷付き、周囲に当たり散らしてしまうのだ。
“何で教えてくれなかったのだ”、と。
これは、ハッキリ言ってナンセンスな事だ。
何故ならば、ヒントは何処かにあったのだから。
先程の例ならば、周囲の者達の言葉の方が正しかった訳だ。
しかし、それを否認したのは、他ならぬ自分自身なのである。
人の世では基本的に全て自己責任と言うキーワードが重要になってくる。
これはもちろん向こうの世界でもこちらの世界でも当てはまるルールである。
基本的に自分を守れるのは自分しかいない。
それ故に、情報を取捨選択し、吟味し、時には失敗をして、それを一つの指針として生きるしかない。
状況が最悪でも、どんなにキツい環境でも、真実から目を背けても何も良い事はないのである。
もっとも、真実から目を背けずに、ありのままの現実を受け入れる事は誰にでも出来る事ではない。
残念ながら、ウルカやトニア、エネアはそれが出来るほど強くなかった。
それ故、事実を受け入れずに、もっともらしい理由を見付けては、事実から目を逸らしてしまったのであるーーー。
ーよくぞ看破した。そなたらの真の信仰、我は嬉しく思うぞ・・・。ー
「は、ハイドラス様っ!?」
「「我が主よっ!!??」」
と、そこへ、アキトによって縁を斬られた影響で、しばらく声が聞こえなくなって久しいハイドラスの言葉が、三人の脳裏に響き渡った。
その声に、三人は安堵の表情を浮かべ、目頭を熱くする。
ーすまぬな、ウルカ、トニア、エネア。まさか彼の英雄が、我にまで影響を及ぼすほどの存在になっておろうとは我も想定外であった。彼の英雄が我とそなたらとの“繋がり”を断ち切り、そなたらを混乱の渦へと貶めようとしたのだ。ー
「や、やはりそうなのですねっ!?」
ーうむ。おそらく、彼の英雄の企みによって、我とそなたらとの“繋がり”を一時的に断ち切り、そなたらにありもしない幻影を見せ付ける事によって、そなたらの不安、あるいは不信感を煽ってライアド教の内部分裂を狙ったのであろう。ー
「な、何と卑劣なっ!!!」
「「っ!!!」」
ギリッと下唇をかみ、三人は悔しげな表情を浮かべる。
もちろん、これは嘘である。
内部分裂を狙ったのはある意味当たっているが、それはありもしない幻影ではなく、ただの純然たる事実であったからだ。
ただ、先程の述べた通り、本人達が信じない限り、それは事実ではなくなり、ハイドラスの言葉によって、その“偽りの事実”の方が本当であると彼女達は再び思い込む。
案外、事実から目を背けてしまう者達は、同じ事で何度も騙されてしまうモノである。
先程の詐欺然り、ギャンブル然り、異性関係然り。
まぁしかし、そうした精神性を持つが故に、ハイドラスからしたら操り易い訳で、だからこそ彼女達はハイドラスの駒としてが選ばれていた側面があった。
そうした意味では、ルキウス同様に、ハイドラスは相当な詐欺師である事が窺える。
ーだが、逆を返せば、彼の英雄にとっても、我らの存在が脅威であると言う事だろう。あるいは、この世界を支配する為には、我らが邪魔なのかもしれん。ー
「支配ですってっ!?」
まさかーーー。
流石のウルカも、アキトがそこまで企んでいたとは思いもしなかったのである。
しかし、同じ『異世界人』でありながら自分達すら大きく越える力を有し、訳の分からない力によって自分達はおろか、高次の存在であるハイドラスにまで影響を与え、更には『魔道人形』を自分達から奪っていった事から、意外なほどそれらの符号が“世界征服”と彼女の中で噛み合っていた。
「そうか、そういう事ですかっ・・・!!『魔道人形』を狙っていたのも、そうした理由からですねっ!!??」
ーおそらく、だがな・・・。それ故、此度の『魔道人形』の確保の失敗はかなり痛い。彼の英雄に、更なる力を与える切っ掛けとなってしまったからな・・・。ー
「「「も、申し訳御座いませんっ!!」」」
ハイドラスにその事を触れられ、悪いテストの点数が見付かった子供の様に、ウルカらは怯えた表情を浮かべながら謝罪する。
ーよい。過ぎた事だ。それにこれは我の失策でもある。よもや彼の英雄が、これ程の力を持つに至っていようとは、我とて想定の範囲外であった。ー
「「「っ!!!」」」
ハイドラスからの叱責、あるいは見捨てられる事に怯えていたウルカらは、そのハイドラスの言葉にホッと胸を撫で下ろすと共に、ハイドラスをしてそう言わしめる英雄に、改めて薄ら寒いモノを感じていた。
ーだが、まだまだ勝敗は決しておらん。どうやら、彼の英雄はそなたらの信仰心を甘く見ていた様だ。先程も述べた通り、そなたらにありもしない幻影を見せ付ける事によって、そなたらの不安、あるいは不信感を煽ってライアド教の内部分裂を狙ったのであろうが、あるいはライアド教の内部情報を掠め盗ろうとしたのかもしれないが、そなたらの信仰心と言う抵抗と、我の力によって、それは未然に防ぐ事が出来た。ー
「「「っ・・・!!!」」」
遠回しに、ハイドラスから信仰心を誉められた事で、ウルカらは内心有頂天であった。
もちろん、顔に出す様な野暮な事はしないが。
「我が主よ、彼の英雄は危険ですわァ。このエネアに、彼の英雄の排除をお命じ下さいませェ。」
「我が主よ。その役目、私にもお与え下さいマセ。」
「わ、私もですっ!」
次いでエネアが、名誉挽回の機会を求めてハイドラスにそう進言する。
それに便乗して、トニアとウルカもエネアに続く。
ーそなたらの献身、まことに嬉しく思うぞ。しかし、それはならん。彼の英雄は、我にすら影響を及ぼすほどの力を有しておる。いくらそなたらの力と言えど、すでに人間では彼の英雄を排除する事は叶わないであろう。我とて、みすみす可愛い我が子らを失う様な事はしたくないのだ。ー
「「「っ!!!」」」
ハイドラスの優しげな言葉に、三人は絶頂状態であった。
今の心理状態であれば、玉砕覚悟の特攻とて、彼女達ならば喜んで引き受けたであろう。
しかし、戦士としての冷静な判断力では、確かに我彼の戦力差が大きい事は理解出来てしまっていた。
だからこそ、彼女達はアキトに出会っていながら、すごすごと退散した訳であるし。
「では、彼の行動を捨て置けとおっしゃるのですかっ!?」
ー・・・いや、そうではない。彼の英雄と正面から戦り合うのは得策ではないと言う事だ。しかし、これは彼の英雄とて同じであろう。でなければ、わざわざライアド教の内部分裂を狙う様な回りくどい手段は用いないであろうからな。そこに反撃の芽がある。ー
確かにハイドラスの発言は正しい。
アキトとその仲間達は、もはや複数の国に影響を及ぼすほどの存在感や影響力、規格外の強さを兼ね備えているが、それでもこの世界最大の宗教団体に正面切ってケンカを売る事は得策ではない。
それ故、ライアド教を切り崩す事でハイドラスの力を徐々に削ぐ事を選択している訳で、これを逆に利用してやろうハイドラスは画策した訳である。
ー幸い、我の力によって、彼の英雄がそなたらと我の“繋がり”が復活した事は気付かれておらんだろう。何故ならば、彼の英雄が密かにそなたらに付けた眼を、我はあえて残しつつ、虚偽の情報を送り込んでいるからである。逆にそれらを断ち切ってしまうと、我とそなたらとの“繋がり”が復活した事を彼の英雄に露見してしまう事となる。そなたらにとっては不快な事かもしれんが、我慢しておくれ。ー
「おおっ、そんな事がっ!?」
アキトに良い様にやられてしまっていたウルカらは、それすら出し抜き利用してしまうハイドラスに溜飲を下げると共に、再びハイドラスへの信仰を厚くするのだった。
ーそれともう一つ。彼の英雄の眼を誤魔化している間に、こちらも更なる力を蓄える必要がある。幸い、その目処は付いているのだが、それにはライアド教の力だけでは困難であろう。何故ならば、それらの力を自分達だけで独占し、秘匿している輩が存在するからである。故に、ライアド教の言葉は通じないし、かと言って、我は争い事を好まぬ。そなたら我が子らに、その手を汚せとも言いたくないしな。ー
「そ、その様な事はっ!!!」
これは今更ナンセンスな事だ。
何故ならば、少なくとも表向きのライアド教やウルカはともかく、その暗部の組織である『血の盟約』の者達は、ハイドラスの命により、すでに数多くの人々をその手にかけている。
しかし、彼らに罪悪感は存在しない。
何故ならば、それは“正義の行い”だからである。
彼らからすれば、ライアド教に、いや、ハイドラスの意向に従わない者達は“悪”であり、そんな者達を殺めたとしても、それはむしろ当たり前の話だからである。
だが、表向きのライアド教としては、彼らを主体として戦争などの行いをする事は悪手である。
故に、ハイドラスは協力関係にあるロンベリダム帝国を利用すべく、ウルカらに暗躍させる事とした。
こうした思惑が存在しての発言にも関わらず、ウルカらはハイドラスのこの心優しい慈愛の言葉に、再び盲信して行く事となるのだがーーー。
ーよい。こうした事は、出来る者達、やりたい者達に任せるべきであろう。それよりも、そなたらには頼みたい事があるのだ。ー
「「「はっ!!!」」」
ーでは、・・・・・・・・・。ー
「お任せ下さい、ハイドラス様っ!!!」
「「承りました、我が主よっ!!!」」
こうして、再びハイドラスの駒に収まったウルカらは、ハイドラスの命を受けて暗躍し始めるのであったーーー。
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