それぞれの夢 3
続きです。
向こうの世界において他国の重要人物を御迎えする場合、大規模な式典やら物々しい警備が付くシーンを御覧になった方も多い事だろう。
また、それ以外にも、一国のトップ、あるいは大臣相当の者達には、所謂“SP”が張り付くものだ。
何故ならば、そうした者達は強い影響力を持つが故に、それ相応に命を狙われる可能性も極めて高いからである。
そんな者達が、特に他国の要人が、自国でトラブルに巻き込まれたとあっては国の威信や外聞にも関わるので、何事も起きない様に全力を挙げるのは当然の措置である。
また、自国の上層部すら守れないとあっては、これもまたその国の治安維持機関の面目に関わる。
そうした思惑も手伝って、そうした重要な立場の人間を迎えるに当たって、彼らを守る者達を派遣するのはある意味当然とも言えるのである。
それらと同様に、特にこの世界の危険度が高い事もあって、ナタリーの様な特権階級者は独自に護衛を付けるのが当たり前となっている。
ナタリーは、更に対外的には“代官代行”と言う肩書きを持っているので、公式な視察などの際には小規模ながらも護衛部隊を従えている。
それともう一つ。
そうした者達を迎えるに当たって、ルダの街側からも、出迎え兼案内役の人物と警護に当たる者達を派遣するのが通例となっていた。
で、今回その出迎え役兼案内役に抜擢されたのが、ルダの街の代表でもありトーラス家の現・当主でもあるハロルドの実弟であるリベルトであった訳だ。
ナタリーの件にもある様に、その血族の者が名代となる事は何ら不自然な事ではない。
更には、リベルトはユストゥスらの指導を受けているので、政治的にも武力的にも“外”で活動をする上で、これほど優れた人選もなかったのであった。
残念ながら、ナタリーらを襲撃した盗賊団の連中は、そんな“常識”すら知らず、結果的には自ら火中に飛び込んでしまった訳であるがーーー。
・・・
突然のリベルトの登場に、盗賊団の者達はしばらく驚いたものの、相手がたった一人である事を確認すると、リベルトがどの様に登場したかも頭から抜け落ちて、勝ち誇った様な表情を浮かべていた。
「おいおい、にぃちゃん。たった一人で現れて、俺らに敵うつもりかよ?」
「「「「そーだ、そーだっ!!!ギャハハハハッ!!!」」」」」
ナタリーも、とりあえずの窮地を脱したものの、盗賊団の言い分が間違っていない事を理解していた。
この急に現れた男性が何者かは知らないが、自分の優秀な護衛達を一蹴してしまった盗賊団の連中に対抗するのは、数の上でも圧倒的に不利であると悟っていたからである。
しかし、生憎それは見当違いである。
リベルトは、レイナード達と同様に、すでにS級冒険者クラスに迫る実力を有している。
更には、その知識や頭脳においてもアキトらにすら一目置かれているリベルトは、すでにこの場に現れた以上、“仕込み”を済ませた後なのである。
故に、彼は落ち着き払ってこう述べる。
「いえ、別に私一人と言う訳ではありませんよ?と、言いますか、あなた方はすでに包囲されているのですが・・・、気付きませんでしたか?」
「「「「「・・・・・・・・・は???」」」」」
ザッ!!!
慌てて辺りを見渡すと、そこにはルダの街駐留の憲兵隊一個小隊規模の者達が、静かに盗賊団の連中を取り囲んでいた。
「ば、バカなっ!?い、いつの間にっ・・・!!!???」
「あ、あわてんじゃねぇっ!こっちには人質が二人もいるんだっ!!奴らも迂闊には手を出せねぇよっ!!!」
「・・・人質?はて、誰の事を言っているのですかね?」
「スカしてんじゃねぇよっ!オメーだよ、オメーっ!」
「いえいえ、生憎あなた方に捕まるつもりは毛頭ありませんよ。もっとも、あなた方では、私達に触れる事すら叶わないでしょうがね?」
「ほざけっ!」
アキトよろしく、会話によって相手を挑発しながら、相手を興奮させて冷静さを奪い、思考力や意識を誘導するリベルト。
激昂してナタリーとリベルトに詰め寄ろうとする男達からナタリーを庇いつつ、リベルトは冷静に“呪文”を唱える。
「“土”よっ!」
「「「「「な、なんだっ!!!???」」」」」
次の瞬間、盗賊団の連中の周りの足場、地面が微かに陥没する。
とは言え、流石に大規模な地殻変動を起こすレベルではない。
影響としては、せいぜいちょっとした地震程度のレベルである。
しかし、一瞬バランスを崩させるには効果覿面である。
案外、人間のバランス感覚と言うのは脆いものだ。
ちょっとした段差程度でも、十分に人を転ばせる事も可能なのである。
それに、盗賊団の連中はリベルトの挑発を受けて、リベルトとナタリーを捕らえようと二人に殺到しようとしていたタイミングだ。
相手の体勢を崩すには、これほど絶好のタイミングもないだろう。
「“風”よっ!」
次いで、リベルトは次の一手を素早く仕掛ける。
その“呪文”と共に、少し強めの風が盗賊団をそよいだ。
それだけでは、何の意味もないが・・・。
「ぎゃあぁぁぁぁっーーー!!!」
「め、目がぁぁぁぁっーーー!!!」
「鼻がぁぁぁぁっーーー!!!」
「ゴホッ、ガハッ!!!」
「!!!???」
「今ですっ!!!」
「「「「「応っ!!!」」」」」
“仕掛け”が上手くいった事を確認すると、リベルトは憲兵隊に合図を送りナタリーを連れて素早く後退した。
その後、呆気なく捕まった盗賊団の連中の足元には、いつの間にか仕掛けられていた『催涙薬』の入った袋が転がっていたのだったーーー。
・・・
公式な訪問の為、事前にナタリー側からこの日にルダの街へと向かう事を告げられていたハロルド側は、ナタリー一行を出迎える為にリベルトと憲兵隊を派遣していた。
ただ、ここら辺の出迎える場所と言うのは正式に決まりがある訳ではない。
例えば、先程も向こうの世界の例にも挙げたが、他国の重要人物が自国内に到着したタイミングで大々的に出迎える事もあれば(大抵は空港で出迎える)、要人ではあるが、大統領クラスや大臣クラスとは数段落ちる局長クラスや職員クラスでは、逆に目立たない様に案内役と極少数の“SP”のみを派遣して、代表者などは会合する施設(大使館や領事館など)で出迎えるケースも存在する。
つまり何が言いたいかと言うと、自国から案内役や“SP”を派遣するにしても、わざわざ相手国まで行く事はあまり一般的ではない、と言う事だ。
そちらはそちらで、独自に“SP”が付いているからである。
ナタリーのケースの場合は、彼女は普段は『トラクス領』の中央都市(日本における県庁所在地、その地方の中心都市)であるルベルジュにいるのであるが、ハロルド側はそこまでリベルト達を派遣する事はなかったのである。
本来であれば、ルダの街にナタリー一行が到着した際に出迎えるのが一般的であった事から、ハロルドも当初はそうするつもりだった。
しかし、リベルトは冒険者や商人のネットワークから、ルダの街発展の弊害ではないが、物資や人材の流通が活発になった事を狙って、ルダの街周辺の街道にて盗賊団が密かに暗躍しているらしい情報を聞き付けていた。
それ故、万が一の事を考えた上で、ルベルジュとルダの街の中間辺りまでナタリー一行を出迎える事を提案していたのだが、その悪い予測が見事に当たってしまった形であった。
微かな異変を感じ取り、憲兵隊から先行して木々の上から盗賊団の襲撃を確認していたリベルトは、そんな事を考えていたーーー。
「まさか、『領主家』の者を狙っちゃう人達がいるとはねぇ~。彼らの練度からも、ナタリー様を狙った暗殺者の線は薄そうだし・・・。単純に“常識”を知らない人達の暴走、ってところかなぁ~?」
絶賛危機的状況にあるナタリー一行を尻目に、リベルトはそう冷静に分析していた。
出迎えるべき、また警護すべき対象が危険な目に遭っていてその態度はないだろうと思われるかもしれないが、ここで何も考えずに憲兵隊と共に突入したとしても乱戦は必至となり、場合によっては今以上の被害が出かねない。
緊急事態時こそ、冷静に対応すべきである事をリベルトはよく理解していた。
それに、ユストゥスらから散々指摘されていた“別の脅威”も無視出来ないのである。
ナタリー一行が移動手段として使用している以上、ここは当然街道沿いではあるものの、周囲は森に囲まれたポイントであり(それ故、盗賊団側からしたら絶好の襲撃ポイントだった訳であるが)、魔獣やモンスターの横槍の可能性もあるし、この盗賊団の別動隊が潜んでいる可能性もあるのだ。
それを見逃してしまい、事態が更に悪化したら目も当てられない。
故に、リベルトはそうした存在の有無を素早く確認し、情報を分析しながらもっとも被害の少ない鎮圧方法を素早く模索していた訳である。
ユストゥスらの指導により、散々修羅場を経験し、なおかつレイナード達の参謀役として散々戦術や戦略を練ってきていたリベルトとしては、この程度の事態はもはや慣れたものだった。
「よしっ、別動隊や魔獣やモンスターの脅威は確認出来ず、と・・・。彼らの単独行動だな。んじゃ、あの手で行きますかね・・・。」
ブツブツと素早くプランを練ると、スッとリベルトは消え去ったのであった。
その後は、前述の通りだ。
まず、憲兵隊には軽く事情を説明して盗賊団に気付かれない様に包囲線を形成する様に指示を出し、リベルトは単独でナタリーの安全を確保。
リベルトがあえて憲兵隊が包囲している事を盗賊団に伝えて混乱や困惑を誘導しつつ、その隙に盗賊団の足元に『催涙薬』を投擲。
更に、『生活魔法』の“土”の魔法によって、盗賊団達の体勢を崩しつつ、ダメ押しとして“風”の魔法によって、投擲した『催涙薬』の効果範囲を広げたのである。
視界を一時的に奪われ、呼吸すらままならぬ状態の盗賊団の連中は完全にパニックとなり、その隙に憲兵隊が彼らを苦もなく捕らえられる、と言う寸法である。
“風”の魔法は、『催涙薬』の効果を広げると共に、時間経過によって薄れさせる狙いもあった。
それ故、距離を取っていた憲兵隊には盗賊団に迫っていた頃にはその『催涙薬』の効果はほぼ無いか、微々たるものとなる訳である。
相手側には何もさせず、終始味方側に優位な状況を瞬時に作り出したのである。
リベルトが、如何に優れた戦術家であるかが分かると言うものだろう。
もちろん、リベルトがいくら優れた戦闘能力を有するとは言え、彼一人ではここまで上手く事は運べなかった。
作戦を素早く理解し、実行出来る憲兵隊の存在も大きいが、やはり一番は『生活魔法』の恩恵が大きかった。
リベルトは、所謂“平民”なので、残念ながら特権階級者やアキトらの様に通常の魔法技術を扱えない。
しかし、そんな者達にも『生活魔法』を使えば、極初歩であるものの、基礎四大属性である“火”、“水”、“風”、“土”の魔法を使用する事が可能なのである。
ここで、改めて『生活魔法』の詳細を説明しておこう。
一口に『生活魔法』と言っても、実は複数の種類が存在する。
具体的には、ヴィアーナが使用していた宝玉などの様な“携帯用のタイプ”と、家庭内などで使用する事を想定した“据え置きタイプ”が存在するのだ。
据え置きタイプは、基礎四大属性が全て内包されているタイプであるが、それ故に『魔法陣(魔法式)』を刻み込む関係上、大型化しやすい欠点が存在する。
もちろん、持ち運び出来ない程ではないが、個人で持ち運ぶ場合は当然結構な荷物になるので、冒険者や商人が手荷物として携帯するには明らかに不向きであった。
具体的には、『魔鉱石』と呼ばれる魔素との親和性の高い鉱石を加工したバスケットボールぐらいの大きさの“水晶玉”をイメージすると分かりやすいだろうか?
一方の携帯用としてのタイプは、その『魔鉱石』を更に小さく加工して、腕輪上にした物が存在する。
(ヴィアーナ達が使用する様な宝玉などの様な更に小さな装飾品タイプは、『魔法陣(魔法式)』のみが刻まれているだけで、魔素の収束やらコントロールは術者本人で行わなければならない。それ故、全く魔法技術の訓練を積んだ事のない者には扱えない為、そうした欠点をカバーする為にもある程度の大きさを確保する必要があった為、腕輪上の形が採用された訳である。)
ただし、先程の据え置きタイプと比べて『魔法陣(魔法式)』を刻むスペースも小さくなるので、基礎四大属性の内の一つを扱える程度となってしまう。
もちろん、同じ様な携帯用のそれぞれ別の属性が刻まれた腕輪を身に付ければ、据え置きタイプと同じく基礎四大属性全てを扱う事も可能だが、そうなるとジャラジャラと腕輪だらけとなってしまうリスクも存在するのだ。
日常生活やファッションとして見た場合は問題ないかもしれないが、基本的に戦う事を視野に入れている冒険者や商人にとっては、これは結構致命的な欠点となりうる。
激しいスポーツを嗜む人々はお分かりだろうが、そうした事をされる場合、基本的に装飾品は外すものだ。
何故ならば、何かの拍子にピアス、イヤリング、ペンダント、指輪、腕輪などが引っ掛かってしまった場合、相手はもちろん、自分自身を傷付けてしまう恐れがあるからだ。
特にラフプレーの多い団体競技では、それらを意図的に狙われる可能性もある。
それは冒険者なども同様で、そうした経験則からか、特にベテランの冒険者ほど、武器や防具以外の身に付けるものを忌避する傾向にあった。
生活や戦闘を想定した場合、どうしても利便性の良い“火”と“水”が刻まれた『生活魔法』が人気であった。
何故ならば、“火”は、暖を取ったり、調理をしたり、敵対者への直接的な攻撃手段にもなるなど応用範囲が広く、“水”は、飲料水の確保や、衛生面、生活面での活用が可能だからだ。
一方の“風”や“土”は、そうした応用に劣る印象がある。
残念ながら、どれほどの強風だろうと、風自体には殺傷能力はない。
ゲームなどでお馴染みの“風の刃”や“カマイタチ”などは、実際は風に巻き込まれた小石や砂利による物理的な現象なのである。
もちろん、これも戦闘の上では重宝するものだが、同時に味方側にも留意が必要な点が存在する。
まぁ、それに関しては他の魔法も同じだが、“風”は目に見えない事が厄介だ。
それ故に、どうしても“火”や“水”に比べたら扱いづらい印象が否めないのである。
また、“土”に関しては、実は最強の呼び声を強い属性なのであるが(何故ならば、地上に生きる生物は大半は“土”の上で生活している訳だから、その足元に影響を与える事は、正に土台から覆せる事でもあるからだ。)、それ故に影響が大きすぎて扱いづらい側面があった。
現実的に装備に制限のある中では、どうしても取り回しの良い“火”や“水”に人気が集中するのは仕方のない事だった。
それ故、特に冒険者や商人が携帯用として主に使用しているのは、この“火”と“水”だった訳である。
それに、“風”や“土”も、特に農業従事者であれば非常に重宝するものだ。
畑を耕したり、作物への種付けなども容易となるので、“風”や“土”なども活躍の機会があった訳である。
しかし、リベルトの例にもある様に、相当な戦術眼があれば、一見直接戦闘には向かない属性でも、非常に効率的に運用が可能であった。
他の道具などと組み合わせて、味方側にリスクなく、なおかつ、相手を傷付ける事なく無力化が可能だからである。
結局、その使用者の発想次第では、いくらでも応用が可能である事を、リベルトは正しく体現していたのであるーーー。
・・・
その後、盗賊団の拘束を憲兵隊に指示しつつ、リベルトはナタリーの護衛達を介抱していた。
盗賊団側の事情(襲撃が上手くいったので、無闇に相手を殺傷するのではなく、捕らえて“奴隷商”に売り払って一儲けしようとした)もあって、護衛達の怪我の程度は案外軽かった。
とは言え、本来ならばこの場で戦線に復帰する事は困難な程度の怪我ではあったが、そこはそれ、アキトとユストゥスらの指導を受け、特に薬学に関してはレイナード達の中では一番優秀だったリベルトからしたら問題のない範囲だった。
リベルトは、『シュプール印』の『体力回復ポーション』の類似品を護衛達に分け与え、ようやくこの場が落ち着いていた。
そのタイミングで、ようやく混乱から脱したナタリーが、リベルトに声を掛ける。
「危ないところを助けて頂きまして、誠にありがとうございます。失礼ですが、あなた方は・・・?」
薄々ナタリーもリベルト達の正体には気付いていたが、ある意味では信じがたい事も手伝って、ナタリーは恐る恐るそう確認する。
「いえ、こちらとしましても、ナタリー様方を危険な目に遭わせてしまい、大変申し訳ありませんでした。まさか、こんな連中がルダの街周辺にまだ残っているとは思いませんでしたので・・・。失礼、申し遅れました。私はリベルト・トーラスと申します。ルダの街、現・代表のハロルドが実弟にして、ナタリー様方の案内役を仰せつかっております。」
「な、なんとっ・・・!」
予想通りとは言え、ナタリーは衝撃を受けていた。
リベルトの身形は、“外”で活動する以上、そこまでキッチリしたものではなかったが、代官代行であるナタリーを出迎える関係上、正装である『宮廷服』のアレンジであった。
更には、憲兵隊は統一された立派な鎧姿であり、明らかにそこらの冒険者や盗賊団とは一線を画した見た目である。
それ故、彼らが某かのしっかりした組織である事は、ナタリーとて容易に想像がつく。
しかし、政治家としては、リベルトの堂々とした立ち居振舞いは信じがたい事である。
と、言うのも、軍属ではない特権階級者は、ある程度の知識や教養を身に付けているが、戦闘面においては素人同然であるのが普通だからだ。
それ故に、政治家としての顔(ハロルドの名代である事からも、そう認識されたとしても何ら不思議はない)とは別に、憲兵隊を指揮し、アッサリとトラブルを解決してみせたリベルトの手腕は見事の一言に尽きるし、なおかつ彼自身のそうした能力が高い事は、盗賊団拘束の起点を作った事からも想像がつく。
まぁ、そもそもリベルトは、誰にも気付かれずにナタリーの前に現れたのであるから、とてつもない使い手である事は今更語るまでもないのだが、ナタリーのそれまでの常識としては、リベルトは信じがたい存在だったのである。
「さて、とりあえずの脅威は去った訳ですが、のんびりしていては陽が暮れてしまいますし、そろそろ移動しませんか?幸い、ナタリー様方の護衛の皆さんも回復しましたし、移動に支障はないでしょう。盗賊団の移送と周囲への警戒はこちらでしますので、安心して移動を再開して下さい。」
「は、はぁ・・・。」
にこやかにナタリーにそう告げたリベルトは、ナタリーを公用車に戻る様に促しつつ、次いでナタリーの護衛であるアンソニーと何事か打ち合わせをしていた。
それをナタリーはボッーと遠巻きに眺めながら、速やかに移動は再開されたのであった。
これが、ナタリーとリベルトの出会いであったーーー。
□■□
結論から言うと、ナタリーはこの時にリベルトに一目惚れした訳である。
彼女の特殊な環境柄、生まれた時から婚約者が決まっていた訳で、彼女にはこれまで自由な恋愛をする機会を与えられなかった。
まぁ、これに関しては、特権階級者の大半の子女達がそうなのであるが。
ただ、彼女の場合は成人に達してから正式に婚姻関係を結ぶ前に婚約が御破算になったので、更に特殊な状況となってしまった。
その後は前述の通り、様々な要因も重なって、新たなる結婚話も纏まらないまま時は流れてしまっていたのである。
気が付けばナタリーも17歳になっており、これはこの世界では結婚を焦り始めてもおかしくはない年回りであった。
何故ならば、この世界は平均寿命が短い事から、早婚が一般的であったからである。
もちろん、それぞれ事情は異なるので、ケイラの様にある程度の年齢になってから結婚し、ケイアを授かるケースも存在するが。
そんな折に、魅力的な男性に、しかもかなり特殊な状況下で衝撃的な出会いを果たしたとしたら、彼女の印象に強く刻まれたとしても不思議はないだろう。
リベルトは、その戦闘能力、知識、戦術、そして政治関係にも優れた才覚を持っており、全てにおいてオールマイティーな能力を有している。
全てにおいて、次元を越える能力を有するアキトと比べるのは酷かもしれないが、タイプ的にはアキトの下位互換と言った感じである。
更には、その見た目も知的なイケメンであり、女性が心惹かれる要素をいくつも兼ね備えているのである。
貴族の子女が、平民の男性に恋をする物語は枚挙に暇がない。
実際、ナタリーも、このある種の初恋に心踊らせながらも、一方で身分の違いを何処かで自覚していた。
ただ、ナタリーとしては幸運な事に、リベルトはただの平民ではなかったのである。
年頃の娘が男親に恋愛について相談する事は滅多にない事だろうが、ルダの街における一連の襲撃騒動や視察の件は代官であるガスパールに報告する義務がある訳で、ナタリーも自らの秘めたる思いは隠しつつ、その件はガスパールの耳にも入った訳である。
と、同時にナタリーの護衛を務めているアンソニーらからも報告を受け、ガスパールはリベルトに強い興味を惹かれていた。
と、言うのも、身分の事を差し引けば、自身の後継者候補にこれ程適した人材もいないからである。
リベルト、と言うよりも、その父親であるダールトンは、ガスパールとも知己の間柄であるが、長い付き合いがあるものの、お互い何処かビジネスライクに付き合う関係性でもあり、また、貴族と平民の身分の差もあり、これまでそのお互いの家庭の事には触れてこなかった。
それでも、ダールトンが優秀な男である事はガスパールも認めていたが、そこに更にダールトンが躍進する事態が訪れた。
そう、『リベラシオン同盟』の存在である。
地方の一村長から、急発展を遂げる注目の地方の町長になり、更には『リベラシオン同盟』の盟主と、ダールトンは平民としてはありえないほどの出世コースを歩んでいる。
『泥人形』騒動時の活躍を受け、今や『リベラシオン同盟』はロマリア王国の誰もが知る勢力であり、実情はともかく、対外的には“救国の英雄”とまで呼ばれる様になってしまったアキト・ストレリチアが属している組織でもある。
更には、ティーネ達を介して、『エルフ族の国』や『トロニア共和国』とロマリア王国の仲介役を務めた組織でもあり、その価値は日に日に高まっている。
一度は、政治的な思惑によって、アキトに『爵位』を与える話も持ち上がっており、まぁ、それに関してはアキトが断ったのであるが、その実質的な長たるダールトンにも、高い地位を与える話が実は持ち上がっていたりする。
ここら辺は、まぁ、少し嫌らしい話だが、それほどの働きをした者に何かしらの褒賞やらを与えないと、ロマリア王国が他国から舐められると言う事情もある。
更には、その者が平民であるならば、ロマリア王国の特権階級者は何をしているのか、と言った面子の問題もあるのだ。
それが周知の事実であったとしても、表向きの批判を避ける上で、“いえいえ、この者はロマリア王国の誇る優秀な貴族なんですよ?”と言う名分(言い訳)のもと、しれっとダールトンに『爵位』を与えてお茶を濁そうとする、なんて事は意外とよくある話なのである。
まぁ、今はその話は重要ではないが、つまり何が言いたいかと言うと、ダールトンが『爵位』を与えられた場合、対外的には『トーラス家』も特権階級者の仲間入りを果たす事となるのである。
となれば、当然階級の差はあれど、リベルトとナタリーの婚姻はより一層現実味を帯びた話になる。
『トーラス家』、と言うよりも、『リベラシオン同盟』との関係性がより親密になれば、『ノヴェール家』としても当然利がある話だ。
そうした政治的な思惑から、ガスパールはリベルトに強い興味を惹かれていたのであるが、今回電撃的に『冒険者訓練学校』の視察と言う名目のもと実際にリベルトに面会したガスパールは、良い意味でそうした思惑を覆された。
こう言ってはなんだが、ある種の“繋ぎ役”としてリベルトを見極めようとしたのだが、報告にある以上に、またガスパールの想定以上にリベルトは優秀だったのだ。
アキトをして『前世』の知識なしではもはや追い付けないと言わしめたほどの優秀な政治的・経済的知見を有するリベルトは、ガスパールの後継者としてはこれ以上ないほど申し分ない能力を有していたのである。
更には、自分の娘もどうやらリベルトを非常に気に入っている様子。
と、なれば、『ノヴェール家』の未来の為にも、娘の幸せの為にも、また、ある意味他家に先んじる上でも、ガスパールがリベルトを取り込む為に、本腰を入れたとしても何ら不思議ではなかったのであるーーー。
誤字・脱字がありましたら、御指摘頂けると幸いです。
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