それぞれの夢 2
続きです。
◇◆◇
※リベリトの場合
「ちょちょちょ、聞きましたか、レイナード先輩っ!?」
「お、おお、急にどうした、フォード。」
その後、それぞれの担当教科(レイナードは剣術、バネッサは弓術、ケイアは『生活魔法』を用いた擬似的な魔法技術)を教える関係で、バネッサとケイアと別れたレイナードのもとに一人の訓練生が駆け込んで来た。
彼は、オックスやラッセルと仲の良い少年であり、何処の集団にも一人はいそうな情報通の少年だった。
実際、オックスやラッセルが密かに『魔獣の森』に赴く為に宿舎を抜け出したのをドルフに密告したのも彼であった。
と、言っても、これは所謂“チクリ”ではなく、フォードが正確に『魔獣の森』の危険性を認識していたが為の事だった。
ラッセルはともかく、オックスは一度言い出したら聞かないところがあった。
それ故、フォードにはオックス達の行動を止める事は叶わず、万が一の事を心配しドルフにその事を相談したのである。
その結果、速やかにレイナード達が現場に赴く事が出来た訳で、結局オックス達が遭遇した相手がたまたまクロとヤミだった事もあって大事には至らなかったのだが、これが仮に他の危険な魔獣やモンスターであった場合は、高確率でオックス達の命はなかったかもしれないので、フォードの行動は誉められこそすれ咎められる謂われはないのである。
まぁ、普段の彼は噂話やゴシップネタが好きな少年なので、端から見れば仲間の秘密を言いふらしている様な印象を受けるのは仕方のない事だが。
しかし、フォードが意外と仲間思いである事はオックスもラッセルも知っていたし、夕べのドルフやディーナードらから諭された事、先程ゴドウェル達にしごかれた事で今回の自分達の非を改めて認め、二人は誰が自分達の行動を密告したかも察してはいたものの、それを逆恨みに思う事もなかったのである。
余談だが、多少口が軽いのは考えものかもしれないが、冒険者として見た場合、フォードはかなり優秀な部類の情報収集能力を持っているとも言える。
と、言うのも、以前から言及しているが、冒険者や商人は情報に敏感でなければならないからだ。
しかし、特にこの世界では重要な情報ほど高値で取引される。
ゲームの様に、そこら辺のNPCが重要な情報を持っていて、なおかつそれをタダで教えてくれる、なんて事は現実的にはあり得ない事なのである。
それ故に、特に『掃除人』が重宝している『情報屋』なんて職業もまかり通る訳であった。
ただし、それもやり方次第だ。
冒険者や商人達も、そうした『情報屋』を頼る者達も多いが、信憑性は低いものの、また多少の労力は必要ではあるものの、それに近い情報を(タダ同然で)収集する方法があった。
それが、噂話やゴシップネタである。
人の口に戸は立てられぬ、とはよく言ったもので、案外そこら辺の奥様方や酒場でくだを巻いているおじ様方の話題の中にも、とてつもない情報が混じっている事もある。
それを精査し、しっかり裏を取れれば、それも貴重な情報に化ける事もあるのである。
まぁ、これに関しては労力に対して成功率は高くないが、色々な場所にアンテナを張っておいて損はないのである。
もっとも、冒険者同士や商人同士のネットワークによって、情報交換は頻繁に行われているので、特に駆け出しの冒険者や商人達は情報の重要性にいまいちピンと来ていない事も多いのだが、ベテラン勢はそれ以外にも大抵独自の情報ソースを持っているのであった。
そんな背景もあり、噂話やゴシップネタとは言え、いち早く情報を察知する能力を持っているフォードは、情報報収集能力に関してはすでに一定の力を持っていると言えるのであったーーー。
「いやいや、そんな呑気な事言ってる場合じゃないっすよっ!もうすぐここにガスパール閣下がお越しになるって噂なんすよっ!」
「は、はぁっ!?な、なんでまた『トラクス領・領主代行』がっ!!??」
そのフォードの言葉には、レイナードも思わずすっとんきょうな声を上げていた。
レイナード達も、ガスパールが『トラクス領』を治める『領主代行』である事は知っている。
しかし、それ故に突然『冒険者訓練学校』に赴く理由が分からなかったのだ。
向こうの世界で言えば、その都道府県の知事が電撃訪問する様なものであろうか?
普通ならば、そうした要人がパフォーマンスの一種として表敬訪問するにしても、少なくとも教職員クラスには事前に情報が行っていて然るべきだ。
でなければ、訪問を歓迎する式典を開催するなり、彼を守護する為の防衛体制の準備を整えられないからである。
「そ、それは分かりませんけど・・・。それより、いいんすか、レイナード先輩?ガスパール閣下が本当にお越しになるのでしたら、先輩達は出迎える必要があるんじゃないっすか?」
「そ、そうだったなっ!と、とりあえず、その真偽を確かめてくるわっ!ああ、後、剣術の訓練はとりあえず自習って伝えておいてくれっ!」
「うっす、了解しましたっ!」
フォードに促されて、レイナードは矢継ぎ早に伝言を頼み、急いで踵を返すのだったーーー。
・・・
「いやぁ~、すまないねぇ~、ドルフギルド長。」
「い、いえ、こちらとしてもガスパール閣下のご訪問を拒む理由はありませんが、些か急すぎやしませんか?最近のルダの街周辺は治安が良いとは言え、大事な御身を危険に晒すなど・・・。」
「いや、それに関しては十分に注意をしているとも。それに、案内役である彼がいれば、私の護衛達よりも安心だからねぇ~。・・・それにここだけの話、こう言ってはなんだが、『冒険者訓練学校』への訪問はついでに過ぎんのだよ。彼を取り込む為にも、多少目を瞑ってくれまいかっ!?(ヒソヒソ)」
「は、はぁ・・・。」
レイナードがフォードから情報を聞き付けた頃、ドルフはガスパールの突然の訪問に驚き戸惑っていた。
以前にも言及したが、この『冒険者訓練学校』の今現在の『出資者』は『リベラシオン同盟』と『ノヴェール家』である。
それ故、『ノヴェール家』の代表代行でもあるガスパールが『冒険者訓練学校』を視察に訪れたとしても何の不思議もないのである。
ただまぁ、先程も述べた通り、また、ドルフも苦言を呈した通り、『トラクス領』の最重要人物の一人であるガスパールが、急にフラッと現れるのは流石に看過出来ない事態だ。
来るにしても、事前に知らせて貰わなければ、ガスパールの身の安全は保証出来ないのだから。
ただ、ガスパールとしてもそれは十分に理解しているのだが、彼としてもルダの街訪問はどうしても外せない事情があったのだ。
それは、ガスパールの娘、ナタリー・フォン・ノヴェールの為、ひいては『ノヴェール家』の為であったからである。
「あ、あの、ナタリー様・・・。その、申し上げにくいのですが・・・。」///
「はい、何でしょう、リベルト様?」
「その、些か近い様な気がするのですが・・・。」
「まあまあ、これは申し訳御座いませんっ!ですが、リベルト様も御存知の通り、私はあまり身体が丈夫ではありませんので・・・。」
「は、はぁ・・・?」
いや、嘘つけっ!とは思ったものの、ガスパールの手前それを口にする事はリベルトには出来なかった。
それ故、まるで恋人の様に寄り添ってくるナタリーに、リベルトは困った様に立ち尽くすのだったーーー。
・・・
以前にも言及したが、『ノヴェール家』本体として見た場合、それを統括する代表はフロレンツに成り代わり、ジュリアンがその地位に就いた訳である。
それによって、ジュリアンは侯爵の地位と『トラクス領』の領主としての地位、元老院議員としての正式な地位を譲り受ける事となった訳である。
もっとも、それ以前からジュリアンは元老院にて活躍していたにはいたが、それはあくまでフロレンツの名代として、と言う体だったのである。
まぁ、ここら辺はややこしいので説明は割愛するが、そんな訳で、『ノヴェール家』本体としての後継者問題には一応の終止符が打たれた訳であった。
しかし、実は『ノヴェール家』には、もう一つの後継者問題がまだ残っていた。
それが、『トラクス領・領主代行』、つまりガスパールの後継者をどうするか、と言った問題である。
先程も述べた通り、『トラクス領』の領主としての地位と仕事、ロマリア王国の中央政治の元老院議員としての地位と仕事を併せ持つジュリアンだが、実際にはその仕事量の多さから、彼一人でそれらをこなす事は現実的には不可能である。
故に、これは他の領地を持つ『領主家』も同様であるが、特に領地経営に関しては、領主の代わりを務める『領主代行』、所謂『代官』を立てる必要があった。
で、そうした場合は、その立場に就く者は当然ながら自身の血族の中から選出される事となる。
これは、権力を『領主家』に集中させる狙いもあるのだが、ぶっちゃけると学力や能力的な問題もある為だ。
向こうの世界ならば、国会議員であろうと、地方のトップであろうと、もちろん様々な障害はあるものの、民間、一般市民からそうなる事も不可能ではない。
これは、誰もが高度な教育を受けられる下地が出来ている為であり、もちろん家庭によってはそれぞれ事情は異なるし、相応の学力・能力、あるいは職歴や人脈は必要だし、実際には世襲制に近い事も多いのだが、それによって権力の一極集中を未然に防いでいる、と言う体になっている。
まぁ、ここら辺はややこしいのでこちらも割愛するが、だが、この世界においては、その学力や能力においては、特権階級者や一般市民では大きな開きが存在する。
当然であるが、力なき者がその領地を治められる筈がなく、いや、下手をすればその領地の財政や治安を大きく乱す事となるので、やはりそれらを治める者達にはある程度の高い学力や能力は必須になってくる。
それ故、残念ながらこの世界の現状では、どうしても要職を務めるのは高い教育を受けられる特権階級者に限定されてしまうと言った事情があるのである。
さて、話を元に戻そう。
で、『ノヴェール家』ではフロレンツの様な本家筋の人間が、代々領主を務めており、分家筋の人間が『領主代行』・『代官』を務めるのが通例となっていた。
また、それ以外にも『ノヴェール家』に連なる者達がそれぞれ要職を務め、領地運営が成り立っていた訳である。
ただ、近年ではそこに問題が生じていた。
元々そうした家系だったのか、何処かでそうした要素が追加されたのかは定かではないが、今現在の『ノヴェール家』は所謂“女系家族”、何故か極端に女性が多く生まれる家系だったのである。
実際、フロレンツの兄弟も全員女性であり、ガスパールも同様、ジュリアンに至っては、運良く男子が生まれた事も手伝って、フロレンツとオレリーヌの夫婦仲が元々よくなかった事もあり、他に兄弟がいなかったりする。
この世界では男子が様々な役割を受け継ぐのが基本であるから、これはかなり大きな問題であった。
実際、過去の向こうの世界においても、所謂“お世継ぎ”が生まれずに頭を悩ませていた偉人達も多いのである。
ただ、これに関しては一応の解決方法はあった。
分家筋の中から男子の養子を本家に迎えたり、単純に本家筋に連なる女性の婿養子を取ったりすれば良いのだ。
もっとも、ここら辺はその家によって考え方はそれぞれ異なるだろうが、それに他家に主導権を取られてしまう懸念もあるが、政治的な思惑もあって、ガスパールの後継者問題は、彼の娘であるナタリーがフロレンツの息の掛かった貴族家の者を婿養子に迎える事で、とりあえずは決着していたのである。
この様に、婚姻に関しても大きな発言権・決定権を持つほどには、フロレンツの『ノヴェール家』における影響力は強かったのである。
しかし、ここに『リベラシオン同盟』が介入した事によって、様々なところで変化が訪れた。
フロレンツの悪行の数々を握られたガスパールやオレリーヌ、ジュリアンらは、まずは『ノヴェール家』本体を守る為にフロレンツを排除する事にしたのである。
そうするとフロレンツが関係していた数々の予定にも変化が生じた。
ナタリーの婿養子として迎えられる予定だった彼女の元・婚約者も、当然だがフロレンツの息がかかっていた事もあって所謂“粛清”の対象になってしまっていたのだ。
故に、ナタリーにとっては生まれた時から決まっていた政略結婚が、土壇場でお流れとなってしまったのである。
まぁ、元々彼女自身が望んだ婚姻ではないから、それに関しては彼女としても文句はなかったのだが、彼女の将来が『リベラシオン同盟』の介入の末に、急に白紙になってしまったのは事実であった。
その後、当然ながらその問題を解決する為にガスパール達は尽力した訳であるが、フロレンツを排した直後は何処の貴族家も『ノヴェール家』を腫れ物扱いし、表向きの政治的な繋がりは無くならなかったものの、ナタリーの元・婚約者がいなくなり、『ノヴェール家』と言う名門貴族へと取り入るチャンスであったにも関わらず、彼女との新たなる婚姻話は一切持ち込まれなかったのである。
まぁ、これに関しては仕方のない側面もある。
フロレンツを排した事で『ノヴェール家』本体の存続は成り立ったが、『ノヴェール家』の評判は地に落ちてしまったのだから。
誰も沈み行く危険性のある船に、わざわざ乗り込もうとする物好きはいないだろう。
もちろん、『ノヴェール家』は『リベラシオン同盟』と協定を結んでいたので、実際にはそんな心配は皆無なのであるが、端から見たらそう思われたとしても無理からぬ話なのであった。
まぁ、その後は、ジュリアンらの活躍によって『ノヴェール家』は名誉挽回し、かつての、いやそれすら越えるほどの存在感を示すに至っていたが。
故に、昨今では手のひらを返した様に婚姻話が舞い込んでいたのだった。
ではその話は解決したじゃないか、とはならなかった。
そうした態度が、まぁ、政界に身を置く者としては理解出来たものの、ガスパールもオレリーヌもジュリアンも、そして当のナタリー自身も嫌気がさしてしまったのである。
これに関しては理屈ではなく、もはや感情の問題であった。
それに、要因としてはこちらの方が大きかったのだが、ナタリーがリベルトを見初めた事が、やはり一番大きかったかもしれないーーー。
・・・
『ノヴェール家』と『リベラシオン同盟』の関係が深くなっていくと、もちろん名実ともにトップであるジュリアンが王都・ヘドスに常駐しているし、『ノヴェール家』上層部の一人でもあり、ジュリアンの後見人でもあるオレリーヌが今現在では常にジュリアンの傍らにいるとは言え、もう一人の大きな役割を持つガスパールも、頻繁ではないもののトラクス領を離れ、ヘドスにて様々な協議をする機会が増えていた。
しかしその間もトラクス領における政務は溜まってしまう訳で、その代行として、執務面においてはガスパールのご自慢の部下達がその手腕を発揮していたのだが、何もそれだけが政務ではない。
例えば、何処其処に視察に赴くとか、(貴族とは別の)有力者の会合やら夜会に出席するとか、そうした活動を通じて人脈や各方面へと心証を良くしておく必要もあるのだ。
当然ながら、そうした事は、優秀とは言え部下達には務まらない事である。
それ故、ガスパール不在の場合は、彼に成り代わってそうした実働面での政務はガスパールの名代としてナタリーが担当していたのである。
まぁ、本来であれば、ナタリーの他に元・婚約者が付き添い、ある種の御披露目、後継者の存在を喧伝して回る思惑も存在したのであるが。
まぁ、それはともかく。
そうした活動の中には、当然だが、トラクス領地内のルダの街も含まれた訳だ。
ナタリーとリベルトは、そうした関係から出会う事となった訳であるがーーー。
□■□
「はっはぁっ~!!!中々金回りの良さそうなお嬢さんじゃねぇ~かっ!!!」
「くっ!ナタリー様に近づくなっ!!!」
「へいへい、まぁ、アンタは黙ってなよっ!」
「ガハッ!!!・・・くっ、お、おのれっ・・・!」
「アンソニーッ!!!」
ルダの街周辺の治安はよくなってはいても、当然だが全ての無法者がいなくなった訳でもない。
運の悪い事にナタリーは、ルダの街に視察に赴く道中でそうした無法者達の襲撃を受けていたのだった。
もっとも、トラクス領の要人の一人でもあるナタリーには、当然ながら優秀な護衛が常に付き従っている。
更には、彼女が公務用に用いる車両(馬車)には、『ノヴェール家』の紋章がデカデカと掲げられており、よほどの命知らずでなければ、普通ならば手出しをする者はいないのだ。
そう、普通なら。
盗賊団と言う無法者達であろうと、また『掃除人』や、更にダークな“裏側”の人間だろうと、組織を形成する以上実際にはある程度の秩序やルールが存在する。
その中の一つで、暗黙のルールとして存在するのが、ロマリア王国の要人には手出ししてはならないと言うものがあった。
何故ならば、これは遠回しに自分達の首を絞める行為に他ならないからだ。
まず第一前提として、ロマリア王国、いや、これはこの世界全体に言える事だが、法体系があってない様なモノなのである。
つまり、特権階級者や一般市民ならばともかく、犯罪者、悪人にまで適用される人権など存在しないのである。
そうなれば、仮に重要人物に手出しした場合、そうした無法者達は苛烈な報復措置を受ける事となる。
組織力においては、無法者達が特権階級者以上の者達に敵う筈がない。
となれば、組織壊滅や自身の身の破滅は火を見るより明らかである。
また、命辛々他国へと逃げ延びたとしても、“裏側”のルールすら守れない者達に居場所などない。
何故ならば、先程も言及した通り彼らには元々人権などないのだから、それを契機に“裏側”を一掃しようとする力が働いたとしても不思議はなく、つまり、全く関わりのない事柄で自身にまで火の粉が飛んで来てしまう事態になりかねないからだ。
どんな世界でも、頭が回らない、危機管理能力に劣る者達は淘汰されていく運命にある。
そうした意味では、“裏側”に生き残っている者達は、一般市民よりも更にシビアな価値観を持っていると言えるだろう。
ただし、どんな事にも例外はある。
ナタリーらを襲撃した連中は、そんな事は全く分からないほど愚かな連中だったのだ。
故に、『ノヴェール家』の紋章も意味を成さず、彼らからしてみれば金回りの良さそうな獲物がやって来た、程度の認識だったのである。
だが、頭と引き換えに彼らの武力は中々のモノだった。
(先程の暗黙のルール云々もあり、ナタリー側の者達が油断していた事ももちろんあるのだが)数においては優位だった事も手伝って、ナタリーに付き従う優秀な護衛達を排除する事が出来たからである。
今後の彼らの命運はともかく、この場においてはナタリーの生殺与奪の権利は彼らが握る事となったのであるーーー。
「・・・ナ、ナタリー、様・・・。」
「ちっ、しぶとい奴だぜっ!」
「待てっ!せっかく首尾よく襲撃が上手くいったんだ。何も殺す事はねぇ~さ。何せ、そんな事しても一銭の価値にもならねぇ~。そんだったら、奴隷商に売り渡しちまった方がなんぼかマシだぜ?」
ナタリーの側付きの護衛であり、最後の要でもあるアンソニーを打ち据えて排除した盗賊の連中だったが、アンソニーは案外タフであり、満身創痍ながら盗賊の一人の足元に追いすがっていた。
それにイラついた男は、反射的に腰の得物でアンソニーに斬り付けようとしたが、それをこの盗賊団の頭らしい男に止められた。
「ちっ、わぁ~った、よっとっ!!!」
バキッ!!!
「ガハッ!!!」
「っ!!!」
それに渋々従いながらも、その代わり顔面に強かな蹴りを御見舞いした。
アンソニーはそれをマトモに食らい、今度こそ昏倒するのだった。
頭の男も、それくらいは容認したのか、軽い溜め息と共にその光景を目の当たりにし、声にならない悲鳴を上げ青ざめているナタリーに再び向き合った。
「ぶ、無礼者っ!あ、あなた方は誰に手を出したのか分かっているのですかっ!?」
が、気丈にもナタリーは頭の男をキッと睨み付けてそう口火を開いた。
「はっ、中々気の強そうな娘さんだ。だがすまねぇな。何せ俺らは学がねぇモンでよ。アンタの事なんかこれっぽっちも知らねぇのよ。」
「で、ですが、流石に『ノヴェール家』の名くらいは聞いた事があるでしょうっ!?私はそこに連なる者です。つまり、あなた方は、今、『ノヴェール家』全体を敵に回そうとしているのですよっ!!??」
こう言ってしまえば、本来ならばどんな学のない者達でも、どんなに凶悪な連中でも、尻尾を巻いて逃げ出す、筈なのである。
先程も言及した通り、ここでナタリー達の命を奪う事は出来たとしても、後々は彼ら自身にも苛烈な報復措置が待っているからである。
しかし、それがどうしたとばかりに男達は嘲笑を返した。
「アンタこそ、自分の立場が分かってねぇようだな?今、この場においてはそんな事は何の意味もねぇのさ。それに、仮にアンタがとんでもねぇお嬢様だったとしても、こんな場所なら何の痕跡も残らねぇよ。つまり、俺らがその『ノヴェール家』、だっけ?を、恐れる必要なんかねぇのさ。」
「なっ・・・!!!」
ギャハハハハッ!
と、下卑た笑い声を上げる盗賊団の連中。
確かに言っている事は半分は当たっているが、半分は見事に見当外れであった。
と、言うのも、ナタリーの使用する公用車には、特別な処置が施されている。
具体的には、『ノヴェール家』と協定を結んでいるアキトが、要人用にと開発した『魔道具』が搭載されているのだ。
以前にも言及したが、この世界にはまだ画像や映像を記録する媒体、所謂“カメラ”が存在しない。
まぁ、これに関しては、向こう世界における写真の実用化もかなり近年である事からも不思議な事ではなかったりする。
もちろん、エイルの様な向こうの世界の技術すら凌駕する存在がいる以上、『古代魔道技術』ならばそうした発明はあったとしてもおかしくはないが、現存する技術においてはそうした物が無かったのである。
ただ、アキトはすでに『精霊の目』と彼自身が名付けた、遠く離れた場所の画像や映像を映すアイテムを実用化させている。
その流れで、“監視カメラ”も開発していたのである。
ただし、流石のアキトと言えど、その『魔道具』に“ドライブレコーダー”ほどの性能を持たせる事は叶わなかった。
故に、ナタリーが用いている公用車に搭載されているモノは、“映像”を記録するモノではなく、“静止画”・“写真”を納める程度の性能に留まっている。
だが、そうした物証に乏しいこの世界においては、これだけでも画期的は発明と言えるだろう。
少なくとも、目撃者が皆無な場合、こうした事態に見舞われたらそれこそ迷宮入りしていたのであるが(故に、この盗賊団の主張は一部正しい)、その襲撃者の記録が残っていれば、特に特権階級クラスの情報収集能力があれば、下手人を特定する事が可能だからである。
ただし、この『魔道具』に関しても、まだ一般に流通させられる段階ではない。
何せ、まだ実験段階のモノである故に、これにかかる費用を抑えられていないからだ。
それ故、とりあえず要人が使用する公用車などの移動手段に限定して搭載が進んでいる。
今後の発展は、様々な人々の発想次第であろう。
と、まぁ、こうした事もあって、この盗賊団の目論見も半分見当外れなのである。
そして、もう一つーーー。
「さぁ~て、んじゃ、コイツら引っ捕らえて、“拠点”に戻るぞっ!このお嬢さんの身体検査は、その時までお預けだぜ?」
「「「「「う~すっ!!!」」」」」
「くっ、下郎がっ!!!」
下卑た視線をナタリーに向け、いやらしくそう宣う盗賊団の連中に、嫌悪感と羞恥心、悔しさを込めてナタリーはそう蔑んだ。
それに、盗賊団の連中はニヤニヤと余裕の表情を浮かべていた。
アキトの発明があろうとも、この場においてはナタリー自身の身を助ける事にはならない。
だが、盗賊団達は、襲撃した相手が要人である事を正しく認識しておくべきであった。
「へっ、本当に気がつえ~お嬢さんだっ!まぁ、それが泣き叫ぶところを見れんのも時間の問題だけどなっ!!」
「っ!!!」
そう頭の男は言うと、おもむろにナタリーに掴みかかるが、それがナタリーを捕らえる事は叶わなかった。
「すいませんが、この方に汚い手で触るのは遠慮して貰って構わないですかね?」
「「「「「・・・・・・・・・はっ???」」」」」
「・・・・・・・・・へっ???」
何故ならば、そこにはいつの間にかナタリーを庇って一人の男が立っていたからであるーーー。
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