変わり行く夢
続きです。
◇◆◇
「いやぁ~、悪かったね、レイナードくん、テオくん、バネッサくんっ!面倒な事をお願いしちゃってさぁ~。」
「いや、別に大丈夫っすよ。それに思わぬ出逢いもありましたからねぇ~。」
「ほぉ~。それは興味深いな。差し支えなければ、何があったか聞かせて貰っても?」
「ええ、もちろんです。」
その後、オックスとラッセルを見送ったドルフ一行は、すっかり蚊帷の外にしてしまったレイナード達を誘ってルダの街の大衆食堂に足を運んでいた。
一応、レイナード達を労って、という名目だったが、まぁ、ドルフに同行していたアーヴィンの狙いは最初っから仕事仲間達と飲む事だったので、それにレイナード、テオ、バネッサが加わっただけの事なのだが。
運ばれてきた酒を片手にドルフはそうレイナード達の労を労った。
それにレイナードがそう返して、酒の肴に面白そうな話題が出たと、目敏いアーヴィンがそう水を向けたのだった。
ちなみに、レイナード達は酒を飲んでいない。
いや、この世界ではレイナード達の年齢でも普通に飲酒を嗜んだとしても何の問題もないのだが、レイナード達は前世の知識から二十歳までは飲酒をしないと決めているアキトの影響を受けて、自分達も二十歳までは飲酒しない事にしていたのである。
(飲酒が未成年(二十歳未満)に与える影響は思いの外多い。
中高生くらいならば、身体的には大人と変わらないくらいの者達も多いが、実際には脳機能や精神はまだまだ未成熟な事が多いのだ。
それ故に、脳機能障害の影響とか、性に関する機能に影響を及ぼす、内蔵機能へと悪影響をもたらす、などの身体的理由からも、特に日本では法律で未成年の飲酒を禁止していた。
他にも、成熟していない為に、急性アルコール中毒になる可能性が成人に比べて高いとか、精神面の未成熟さからアルコール依存症になる可能性が高いとか、あるいは、麻酔薬的な作用や抑圧から解放される作用から、理性的な行動が徐々に出来なくなり、暴力的になったり、非行に走ったりと、まぁ、ここら辺は非行が先か飲酒が先かなどと議論もあるだろうが、いずれにせよあまり良い影響を与える事がない事は確かな様である。
それを、アキトはしっかりと理解していたのである。)
まぁ、いずれにせよ、この年代の少年・少女ならば、酒よりもご馳走の方が遥かに魅力的だろう。
体型こそすっかりガチムチになったが、相変わらず食に関しては人一倍興味のあるテオとまではいかないまでも、レイナードもバネッサも、豪勢な食事だけですでに十分満足であった。
更にちなみに、今回のオックスとラッセルの無断外出の件は、彼らの仲間の一人からの密告から発覚した事であった。
でなければ、いくらドルフやディナード達、レイナード達が優秀であろうと、それなりの人数の集まっている『冒険者訓練学校』の訓練生一人一人の動向を把握出来る筈もない。
それを受けてドルフは、ルダの街周辺の地形に詳しく、更には実力も折り紙付きであるレイナード達に捜索を依頼した、と言う訳であった。
「フォードの話では、あの二人が英雄の、アキトの生家に興味を持っていた事が分かりました。それ故に、俺達は、今は誰もいなくなってしまった『シュプール』に当たりをつけて捜索していたんすよ。」
「ほうほう。」
フォードと言うのは、オックスとラッセルの仲間の名前である。
彼も、オックスとラッセルと同じく『冒険者訓練学校』の訓練生であった。
「そしたら、そこに二匹の『白狼』が・・・。」
「何っ・・・!?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、レイナードくんっ!も、もしや、その『白狼』は、黒く立派な毛並みをした『黒狼』ではなかったのかねっ!?」
「え、ええ。よく御存知ですね。」
「そうか・・・。いや、昔少し会った事があるだけだよ。アキトの兄貴とアイシャの姐さんに迷惑を掛けた時に、ね。」
うんうんと当時を思い出して、何処か感慨深げな様子のドルフ。
しかし、一方のディナード、アーヴィン、レオニールの反応は、むしろこちらの方が、この世界では常識的であった。
「いやいや、『白狼』ってだけでもヤバいのに、更に黒い毛並みをした『黒狼』と出会ったってのかっ!?『魔獣の森』って、そんなにヤバいところなのかよっ!?」
そうなのだ。
(しっかりと注意を払えば)事前に回避が出来ると言う意味で、冒険者ギルドの定義する危険度はそう高くはないが、一般的な冒険者にとっては、『白狼』は強力な魔獣としてよく知られていた。
更には、その変異種である黒い『白狼』、通称『黒狼』は、『白狼』よりも更に強力で、凶暴性や攻撃性も高い事でも知られていた。
そんな存在がそこらを闊歩しているなど、想像以上に『魔獣の森』はヤバい場所なのではないかとディナード達は考えたのである。
「いやいや、ディナードさん。もちろん、『魔獣の森』は難易度の高い領域ですが、普通は『白狼』はもちろん、『黒狼』に遭遇する事なんてありませんよ。『白狼』の縄張りはもっと『魔獣の森』の深部ですからね。ただ、クロさんとヤミさんは英雄の弟分でして・・・。たまたま『シュプール』で余生を過ごしていた折に、そこへオックスとラッセルが誤って縄張りに入ってしまっただけなんですよ。」
そこに、レイナードよりも森の事情の詳しいテオが助け船を出した。
「こ、『黒狼』が弟分っ!?英雄殿は、まさか強力な魔獣を従えていたとでも言うのかっ!!??」
「え、ええ。アキト本人が言うには、幼い頃に捨てられていた二匹を保護して育てたとか何とか・・・。その後は、『白狼』達の社会に戻したらしく、僕達も話は聞いていましたが、実際に会ったのは今回が初でしたが・・・。」
「テオくんの証言は間違いありませんよ、ディナードさん。先程も言いましたが、私自身、昔に一度その場面を目撃しておりますからなぁ~。」
「な、なんともまぁ・・・。」
アキトとの関わりが薄いからこそ、ディナード達『デクストラ』の衝撃は計り知れなかった。
アイシャの師匠でもあり、かつては『トロニア共和国』でその名を轟かせていた『S級冒険者』のレルフでさえ、アキトやクロ、ヤミに直接会った時は衝撃を受けていたモノである。
と、言うのも、以前にも言及したが、『狩人』系の冒険者ならば、魔獣をパートナーとして持つ者達もいるのだが、それもせいぜい下位の魔獣に限定される。
これは、魔獣を使役する為には力関係が重要になってくるからだ。
魔獣を使役する者達を、一般的に『魔獣使い』と呼称されているのだが、当然『魔獣使い』は使役する魔獣よりも強くなければならない。
まぁ、その“強さ”も、言わば“序列”であったり、あるいは信頼関係などに置き換わるので、一概に肉体的な“強さ”とも呼べないのだが(ここら辺は、所謂ペットとして品種改良が施されている犬などに見られる傾向だ。小型犬ならばともかく、中型・大型犬などは、その敏捷性や瞬発力、人間にはない牙や爪などの武器により、“強さ”としては成人男性を上回る者達も存在する。しかし、“序列”や信頼関係をしっかり構築する事によって、飼い主に大人しく従う様になるのである。そこに“強さ”は関係ない。)、この世界では魔獣と言えば、普通は野生に生きる事が大半である。
故に、人に従う様に家畜化されたペットとは違い、相手よりも“強い”事を知らしめないと、相手を従わせる事がそもそも出来ないのである。
もちろん、アキトの例にもある通り、幼い頃より共に過ごす事で信頼関係を構築するケースも存在するが、こちらの方が稀なケースである。
魔獣やモンスターは強力な為に、人間の生活圏で飼い慣らすのは危険が伴うからだ。
しかも、『白狼』はその中でも強力で、なおかつ警戒心が強く、プライドも高いので、一般的には飼い慣らすのは不可能と思われていた種なのである。
それ故、レルフやディナード達が驚いたとしても無理からぬ話なのであった。
「以前に会った時にも、一目でただ者ではないと分かったが・・・。」
「改めてお話を伺うと、色々と驚くべき事実が出てくるものですねぇ~。」
半ば遠い目をしながら、現実逃避気味にそんな感想を言い合うアーヴィンとレオニール。
「しかし、『黒狼』と出逢って、よく君達無事だったねぇ~。そういえば、あの坊主達も特に怪我らしいものもしていなかったが・・・。」
「っつか、あまりの衝撃に聞き流しちまったが、何でその二匹が英雄の弟分って分かったんだ?まぁ、『白狼』ならともかく、『黒狼』は珍しいから、それで分かったと言われればそれまでなんだが・・・。」
「ああ、それはテオが実際にその二匹の話を聞いたからですね。」
「「「「話を聞いたっ!!!???」」」」
「え、ええ・・・。あれ?これ言っちゃ不味かったか、テオ?」
「いや、別にいいさ。まぁ、普通は信じられない事だろうから俺もあえて誰にも言ってなかったけど、皆さんになら問題ないでしょ。」
更にとんでも発言が飛び出した事で、今度はドルフも含めて4人分の驚愕の声が重なった。
それに、他の席の人々が訝しげにレイナード達を見やり、レイナードも軽率な発言だったかとテオに水を向ける。
当のテオはあっけらかんとしていたが、騒がしくした事に少々バツが悪くなりながらも、レオニールはヒソヒソと話を続けた。
「も、もしかしてテオくんは、『魔物の心』のスキルに目覚めているのですかっ!!!???」
「え、ええ、まぁ。俺自身、今回の事で改めて自覚したところはあったんですけど・・・。」
「なんとまぁ・・・。」
小声なんだが、異様な雰囲気のレオニールに、テオもやや押され気味にそう言葉を返した。
「何だよ、レオニール。その、『魔物の心』ってのは?」
「『魔物の心』と言うのは、魔獣やモンスターと意志疎通を可能とする特殊なスキルです。『狩人』系の冒険者が、時折発現する事があるみたいですね。しかし、それもせいぜいある程度の情報を伝達する程度。感情などを伝達出来る程度なのです。しかし、それだけでも相当に有用なスキルですね。例えばこれによって、お互いに敵対の意志がない場合は仮に偶然遭遇してしまった場合でもそれを相手に伝えられるので、要らぬ争いを回避出来ますし、好意や信愛の情を伝える事も可能ですから、上手くすれば飼い慣らす、従属させる事が出来ます。今では数も減ってはいますが、魔獣を使役する者達、『魔獣使い』達は軒並みこの『魔物の心』のスキルを持っていると言われています。しかし、精密な意志疎通、つまり、今現在の我々の様に、言葉や言語を駆使して種族の壁を越えて対話を可能とする者達はいないと聞いていましたが・・・。伝承や伝説にはそうした事が出来る者達もいた様なんですがね・・・。」
「では、テオくんはその常識を崩した存在、と言う訳か・・・。」
「そりゃ、公には言えないわなぁ~。下手すりゃ、魔獣やモンスターと話せるなんて、人によっちゃ、気味が悪いモノに見られちまうし。」
「・・・それに、場合によっては珍しいスキルを持つ者は方々から狙われる可能性もあるしな・・・。」
「「「あぁ~・・・。」」」
「ええ、まぁ・・・。」
レオニールの早口の言葉に内心面食らいながら、テオは何とかそう言葉を絞り出していた。
ディナードとアーヴィンは、そのオタク的早口に慣れているのか、レオニールの興奮は軽くスルーしていたが。
「それでっ!その『黒狼』とはどんな会話を交わしたんですかっ!?」
「は、はぁ・・・。それはですね・・・。」
・・・
「ねえねえ、英雄殿はどんだけふざけた存在なの?聞いただけでも相当レアなスキルまで持ってるなんてさぁ~・・・。」
「はははっ・・・。」
「「まぁ、アキトだからなぁ(ですからねぇ)~。」」
その後、クロとヤミとの間で交わした会話の内容をかいつまんでテオが話した。
もちろん、ドルフにクロとヤミから依頼された、冒険者などが不用意に『シュプール』に近付かない様に警告していた事も伝える。
ドルフはそれにしっかり頷いたが、「ただ、言う事を聞かない連中もいるだろうけど・・・。」とも漏らしていた。
それに関してはテオも同意見だったが、冒険者ギルド側から忠告すればある程度の抑止力にはなるだろうとスルーする事とした。
クロとヤミに実際に会った感想から、あの二匹ならばそこらの冒険者程度では相手にならない事を理解していたからだ。
故に、それを無視して『シュプール』に突撃したとしても、それで痛い目に遭ったとしても、それは冒険者のルールに則ってその者の自己責任だと考えているからである。
まぁ、それはともかく。
で、その流れから、アキトも『白狼』達の言語を理解していた様だと思わず漏らしてしまったのだ。
それにアーヴィンは驚きを通り越して呆れ果て、バネッサが渇いた笑いを漏らし、レイナードとテオが、ある種の定型文を口を揃えて呟いたのだった。
「ですが、ある意味納得も出来ますね。愛情を持って接した事もあるのでしょうが、お互いの意志疎通が可能だったからこそ、『黒狼』などと呼ばれるほどの危険種が、凶暴性も攻撃性を持たずに済んだのでしょう。ここら辺は、孤児院に保護される少年・少女にも見られる傾向ですが・・・。」
「ふむ・・・。案外、魔獣やモンスターも、我々人間種と根っこの部分は変わらないのかもしれんな・・・。」
『デクストラ』内では一番の知識を有するレオニールが、細かい手掛かりからそう推察する。
それに、ディナードが同調する。
家庭環境が荒れていれば、当然その家庭の子供も荒れた子供になる。
苦労を重ねているディナード達は、その事を熟知していたのだった。
・・・
話が一段落した事で一旦小さな沈黙が訪れたのだが、そこで良い感じに酔っぱらっていたアーヴィンは、ふと小さな呟きを漏らしていた。
「・・・しっかし、もったいねぇよなぁ~・・・。」
「あん?急にどうしたんだ、アーヴィン?」
「いやいや、ディナードもそう思わねぇ?英雄殿は、まぁ、別格としても、レイナードの坊主達の事さ。」
「お、俺達っ!?」
急に水を向けられて、レイナードは思わずすっとんきょうな声を上げていた。
「そっ。まぁ、テオの坊主のスキルはまたアレだけどよ。レイナードの坊主も、バネッサの嬢ちゃんも、とんでもねぇ使い手なワケじゃんか?こんな田舎街で、こんな事してんのはもったいなくねぇか?」
「「あぁ~・・・。」」
それは、かねてから『デクストラ』が思っていた事だ。
これまで散々言及しているが、レイナード達の功績はともかく、その力量は『デクストラ』とも遜色ないレベルであった。
つまり、すでに15歳にして、ロマリア王国トップクラスの実力を持っているのである。
同じ臨時講師の立場から、『デクストラ』はその事を理解していたのである。
それに加え、テオなんかはレアスキルまで持っているし、アーヴィンは年上の立場から、もっと世に出て活躍すればいいのに、なんて事を朧気ながらに考えていたのである。
まぁ、ここら辺は、案外面倒見の良いアーヴィンならではのお節介であった。
「ちょちょちょ、田舎街はひどくないですかっ!?」
「そういうドルフの旦那も、少しは思うところがあんだろ?」
「まぁ、多少はそう思わないではありませんが・・・。」
そこに割って入ったドルフに、逆にそう返したアーヴィン。
その言葉に、やはり思うところのあったドルフも、尻すぼみに言葉を濁した。
近年稀に見る発展を遂げているルダの街ではあるが、また、学問や技術に関しては都会を越える部分も存在するが、やはり『ドワーフ族の国』・『ヒーバラエウス公国』との交易の窓口であるダガの街や、王都・ヘドスに比べたら田舎街である感は否めない。
冒険者であれば、特に年若い者達であれば、都会に出てみたい、名を上げたいと思ったとしても不思議はないのである。
かくいう『デクストラ』も、今より若い頃はそうした野望があった。
まぁ『デクストラ』は、結局そうした事を叶えた訳だが、その弊害ではないが、『傭兵』系冒険者の常として、一つの拠点、ダガの街周辺に縛られる事となった訳だ。
それに特に不満はないが、自分が仮にレイナードと同じ年頃で、なおかつ今現在のレイナード達と同じくらいの力量があれば、見聞を広げる上でも、もっと色々な“世界”を見て回ったのに、とアーヴィンは考えた訳である。
ここら辺は、知的好奇心や、未知への“冒険”を夢見ていたアーヴィンならではの感想だろう。
「確かにそう思った事はありますが・・・。」
ある意味、自分が朧気ながらに感じていた迷いを、ズバリと言われた様で、レイナードはギクリとした。
と、言うのも、レイナードは今現在、ある種の『燃え付き症候群』に近い心境にいたからである。
そもそものレイナードの“夢”は、父親・バドへの憧れから、騎士や憲兵など、言わば人を守れる人になる事であった。
それ故、その為には強さが必要だと考えて、バドの手解きを受けて剣術を学び始めた。
それに加え、『パンデミック』や『掃除人』襲撃事件を経て、ますます強さを求める傾向が強くなった。
その結果として、ユストゥスらの指導を受ける事となる。
しかし、その弊害ではないが、レイナード達は強くなりすぎてしまった。
ここら辺はややこしい話になのだが、組織として考えた場合、あまり突出しすぎた人物は扱いにくくなる。
特に、騎士団や憲兵などの治安維持部隊は、軍隊などと同様に、組織としての機能が優先される。
そこに、あまりに突出しすぎた人材が入ってしまうと、部隊全体の士気が下がってしまう恐れもあるのだ。
“アイツには何をしても敵わない”なんて考えて、周囲の者達がやる気をなくしてしまうのである。
ここら辺は、西嶋明人時代のアキトが、高校時代の時に経験したサッカー部での一幕と似通った状況かもしれない。
そうした事もあって、レイナードは騎士団や憲兵への道がある意味閉ざされた形になった。
もちろん、それも絶対ではないのだが、例え入団が可能だとしても、高確率で周囲と軋轢を生んでしまう可能性をアキトに指摘されていたのである。
それで、レイナードが躊躇してしまった、と言う訳である。
それに、この世界ではその力を活かす場がまだまだあった。
そう、冒険者である。
“夢”の方向が変化する事はよくある事だ。
事実、レイナードも騎士や憲兵の他にも、冒険者になる事も一つの方向性としては有りだと考えていた。
しかし、思わぬ形での騎士団や憲兵への道が閉ざされた事で、レイナードの中でその“夢”が宙ぶらりんな感じになってしまったのである。
更には、すでにバドを越えてしまったレイナードの、身近に常に存在していたとてつもない高い壁であるアキトがルダの街から去ってしまった事も大きな要因だったかもしれない。
つまり、目標を見失っていた心境なのだ。
そんな折に、ドロテオから臨時講師の話が舞い込んだ訳だ。
“夢”の方向性を見失っていたレイナードは、何かの切っ掛けとなるかもしれないとそれを承諾した、と言う流れであった。
そうして、様々な冒険者の卵達や、ドルフ達や『デクストラ』達との交流を経て、レイナードは徐々に冒険者として活躍する事を夢想し始めていたのである。
いや、彼の今の力量ならば、確実にロマリア王国の、いや、下手すればハレシオン大陸にその名を轟かすほどの冒険者になれる事だろう。
それを改めて指摘された事で、レイナードの中で、燻っていた炎が確かに燃え上がるのを感じていた。
「こらこら、アーヴィン。彼らには彼らの考えがある訳だし、あまり無責任な事は言うな。すまなかったな、レイナードくん達。今は臨時講師の件もある訳だし、これはアーヴィンの酔っ払った上での戯れ言だ。あまり気にするなよ?」
「は、はぁ・・・。」
と、そこへ、レイナードの内心を見透かした訳じゃないだろうが、ディナードがそうフォローした。
確かになし崩し的に臨時講師の件を引き受けていたところもあるが、一方でこれも案外理にかなってもいた。
冒険者と言えば、旅から旅への根なし草の様なイメージもあるが、当然だが、それをするには纏まった資金が必要になってくる。
また、当初はその方向性が定まっていない、あるいは、自分達がどのタイプに属しているのか把握出来ていない事もあって、駆け出し冒険者は、資金を集める上でも、経験値を積む意味でも、一つの拠点である程度過ごす事が普通である。
レイナード達は少し事情が違うが、資金がないと言う意味では、他の冒険者と事情は変わらない。
その意味では、今後の活動資金を稼げるので、一時的に臨時講師の職に就いているのも、あながち的外れの選択肢でもないのである。
ちなみに、『冒険者訓練学校』の受講期間は、“学校”とは言っているが、そこに集った冒険者の卵達も何も遊びに来ている訳ではないので、実際はそこまで長く設定されていない。
訓練生達も、一刻も早く冒険者になり、金を稼いで自分達の生活を安定させたいからである。
そこで、前世の記憶を持つアキトが、“職業訓練校”や“自動車教習所”を参考に、6カ月、つまり半年に設定していたのである。
冒険者を、ある種の“資格”や“免許”の一つとして考えた上での設定であった。
まぁ、以前から述べている通り、実際にはこの世界では、犯罪者でなければ、“資格”や“免許”無しでも、誰でも冒険者になれてしまうのが実情であったが。
(ちなみに、『冒険者訓練学校』を受講するのは無料である。
その活動資金は今現在はアキトのポケットマネーや『ノヴェール家』からの支援で賄っているが、将来的には『冒険者訓練学校』の有用性をアピールして、各方面からの寄付やロマリア王国の税金などで賄う予定である。)
臨時講師とは言え、レイナード達もその半年間は拘束される形となる。
しかし、その後は自由だ。
引き続き臨時講師をするのか、活動資金がある程度集まった事で別の街、別の国に行くのかは、それは本人達の選択次第である。
まぁ、『デクストラ』は以前にも述べた通り、ある種の休暇でもあったので、これくらいの期間の方がちょうど良いのだ。
今の訓練生達が卒業したら、『デクストラ』は自分達の拠点に戻る事を検討していた。
そこで、もう一つの懸念材料でもあった、人材不足の解消に有力な人材を独自にスカウトしていたとしても不思議な話ではなかったのである。
当初は、訓練生の中から声を掛ける予定だったが、レイナード達と言うとてつもない人材に出逢った事で遠回しに彼らをスカウトしてみたのである。
一方で、ドルフとしてもレイナード達は貴重な人材だった。
何せ、今現在の『冒険者訓練学校』のカリキュラムに一番精通しているのはレイナード達だ。
もちろん、共に教える事で、ドルフ達もそのノウハウを学んでいたし、彼らが臨時講師である事から、今現在の訓練生達が卒業したら、とりあえずレイナード達との契約が終わる事も理解していた。
その後はレイナード達の自由だとは分かっているが、本音を言えば彼らには引き続き臨時講師を務めて貰いたいと考えていたとしても不思議はないだろう。
まぁ、いずれにせよ、それを決めるのはレイナード達自身だ。
そんな、思わぬ方向へと話が逸れつつも、その夜は更けていったのであるーーー。
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