魔物の心【モンスターズハーツ】
続きです。
ゲームにおける『スキル』とは、特殊な効果を発揮する技や技能を指す場合が多い。
自身の特性に関連するスキルを、経験や積み重ね、所謂“レベルアップ”をする事によって自然に覚えるモノもあれば、あるいは特定の職業になる事やクエストを受ける事、体験をこなす事で習得するモノもある。
また、スキルの中には、常時発動するタイプの『パッシブスキル』や、特定の状況下、大半が戦闘時に任意に発動するタイプの『アクティブスキル』なども存在する。
この様に、ゲームにおいてスキルは、魔法と並んで物事を優位に進める事が出来る要素だったりする。
一部では、このスキルが(あるいは魔法やアイテムなども同様だが)ぶっ壊れ性能過ぎて、バランスブレイカー、公式チートになる物やキャラクターなども存在する。
もちろん、現実の世界でもスキルは存在する。
スキルは元々は、“技能(技術的な能力)”を意味する語であり、とりわけ“訓練や学習によって培われた高度な能力”を指す意味で用いられる表現である。
また、身体的能力を駆使する技術・能力の他、所謂コミュニケーション能力や、知識や教養なども、スキルとして扱われる事は多々ある。
そしてそれは、もちろんこの世界にも存在する。
分かりやすいところで言うと、レイナードが得意としている剣術も、ある意味『戦闘系スキル』の一つとして数えられるだろう。
バネッサの得意する弓術もそうだし、他にはリサやドニ、アイシャが習得している鍛冶職人としての金属加工技術は『生産系スキル』と呼べるモノだろう。
ただし、こちらはどちらかと言うと現実の世界に則した“技能(技術的な能力)”である場合が多い。
それ故に、この世界におけるスキルの認識は、“訓練や学習によって培われる高度な能力”を指す、本来の意味合いに近いモノとして捉えられている場合が多い。
この様に、この世界では、様々な人々が様々な生き方や生活、職種によって、多種多様なスキルを習得しているのである。
しかし、向こうの世界でもゲームにおけるスキルに似通った先天的に備わっているタイプの特殊な能力も存在したりする。
例えば、絶対音感とか瞬間記憶能力とかがこれに該当する。
こちらは、どちらかと言うと後天的な訓練や学習では習得しずらい能力である場合が多い。
言うなれば、『ユニークスキル』に該当する能力であろう。
そしてそれは、もちろんこの世界にも存在する。
しかも、この世界では、向こうの世界とは明らかに異なる要素があるので、更にゲームっぽい能力が存在するのである。
その要素とは、『魔素』の存在である。
この世界の魔法とは、この魔素という外部のエネルギーを利用した技術の事である事は以前から言及しているが、その魔素の運用方法は当然魔法だけにとどまらない。
例えば、この魔素を用いた身体機能の強化を行うアイシャやクロ、ヤミが習得している『魔闘気』や『覇気』は、その運用方法の一つである。
もちろん、系統的には魔法技術にも近しい事もあって、基本的に『魔法使い』であるアキトも習得しているが、こちらは魔法技術を学んだ事のない人間でも習得出来る可能性があるのだ。
これ以外にも、魔素に関連した能力は複数存在する。
ティーネ達『エルフ族』が種族固有のスキルとして持っている『精霊魔法』も、アキト達が操る魔法技術とは異なる体系ではあるが、当然ながら魔素を用いている。
もっとも、彼らはそれを『精霊』と呼んではいるが。
また、リサや『ドワーフ族』の者達が種族固有のスキルとして持っているのが『魔工』であり、これは魔素を利用して道具に特殊な力を付与する技術の事である。
そして、ニコラウスが発現していた『魔眼』などの様な、一部の者達しか持ち得ないレアな能力も存在したりするのである。
この様に、この世界には通常のスキルに加え、魔素に関連した、先天的な、中には事故などによって後天的に発現する者達もいるが、特殊なスキルも存在するのである。
さて、長々と説明してきたが、テオが体得していたのも、この魔素に関連した特殊な能力であったーーー。
・・・
向こうの世界においても、動物を扱う、あるいは信頼関係を構築出来る人々が存在する。
ペットとしての動物との信頼関係。
飼育員と動物との関係。
見せ物としての動物と調教師の関係。
こうした動物と心を通わす能力。
それも一つの才能であろう。
中には、動物の言葉が分かるなどという眉唾な話もあるが、言語を理解しているかどうかはともかく、ある程度の意志疎通を可能としている事例は枚挙に暇がなかったりする。
こちらの世界では、これが魔素という物質が存在する関係で、実際に動物と意志疎通を可能とする特殊な能力が存在するのである。
それが、『魔物の心』と呼ばれるスキルである。
これは、特に森との関係の深い狩人系の職業を生業としている者達が発現する可能性の高いスキルである。
狩人と一言で言っても、何もモンスターや魔獣をやたらと乱獲する人々の事ではない。
むしろ、優秀な狩人ほど、生態系への影響、希少生物の保護など、自身が与える自然環境への影響に人一倍敏感だったりする。
何せ、そうした人々は森の恵みによって生活の糧を得ているのだ。
その仕事場である森を荒らすなど、彼らにとっては死活問題であり、ある意味では自殺行為に等しい愚かな行為である。
そうした関係からか、時には敵対関係ともなるのだが、意外なほど狩人は動物に好かれる人々が多いのだ。
狩りをする関係で、魔獣のパートナー(向こうの世界の猟犬などと似通った存在)を持つ者達もいるくらいである。
もっとも、そうした自然環境への影響を一切気にしない冒険者なども多いし(そもそも、そうした知識を持っていない可能性が高いが)、『掃除人』の中にはある種の密猟者の様な存在もいる。
それ故、善良な狩人もひとくくりに、悪い存在と捉えてしまう人々も思いの外多く、彼らにとってはいい迷惑であるなんて事情も存在するのだ。
まぁ、それはともかく。
そんな、森との関係の深い狩人達は、当然ながらモンスターや魔獣などの生態、薬草や危険な植物など、森に関連する造形が深い。
そうした知識の中で、ある程度のモンスターや魔獣の行動パターンや出現パターンを分析したりする能力に長けており、それが未来予知や言語を理解している様な能力に見える事も往々にしてある。
ここら辺までなら、まだ一般的な狩人のレベルにとどまる。
しかし、例えば“森の民”の異名を持つ『エルフ族』のティーネ達の様に、モンスターや魔獣達のある程度の言語や喜怒哀楽を読み解ける狩人も存在する。
以前にも言及したが、魔素はこの世界の生物に微弱ながらも様々な影響を与えている。
とある研究では、そうした全く異なる生物の意志や言語が理解出来るのは、その魔素が一つの触媒として、そうした感情や言葉を受け手に伝えているからではないかとの分析結果も出ている。
まぁ、その本当のところは結局今だ解き明かされてはいないが、そうした中でもとりわけテオの様に、モンスターや魔獣と完全なる意志疎通を可能とする者達が存在するのは確かな様だ。
(余談だが、アキトがクロやヤミの言葉を理解しているのも、普通ならば絶対に習得不可能な『竜語魔法』を習得しているのも、彼の持つ『英雄の因子』の能力、『言語理解』によるモノであり、テオが発現している魔素に関連したスキル、『魔物の心』とは全く異なる。まぁ、こちらの世界では『エルフ族』並に森の中で育ったアキトならば、それを発現していても何ら不思議はないが、そうした意味では、純粋なこの世界由来のスキルに覚醒しているのは、アキトの知り合いの中では、ティーネ達『エルフ族』を除けば、テオだだ一人であった。
その事からも、『魔物の心』は、かなりレアなスキルである事の証左と言えるだろう。)
◇◆◇
「ワンワンッ(へぇ、驚いたなぁ~。)」
「ガウガウッ(君、僕らの言葉が操れるんだ。アキトくん以来じゃないかなぁ~。)」
「(いえ、むしろアキトが異常なんですよ。アイツ、マジで何でも出来るんですね・・・。)」
テオはクロとヤミの言葉に、苦笑気味にそんな言葉を返した。
元々食べる事が大好きだったテオは、かなり早い段階から狩人を志望していた。
ここら辺は単純な子供にありがちで、狩人になれば大好きなお肉が、しかも滅多にお目にかかれないお肉を腹一杯食べる事が出来ると考えたからである。
もっとも、今現在は純粋な狩人は数を減らしており、重複する部分の多い冒険者へと併合されつつあるが。
ここら辺は、一つの職業が台頭する事によって、他の職種がその存在意義を失う事例に近いかもしれない。
まぁ、それはともかく。
それ故、テオは狩人系の冒険者を志して、幼少の頃より自分なりに件の秘密基地にて訓練に勤しんでいた訳である。
と、言っても、彼は元々ぽっちゃりした体型だったので、その弱点を補う為に罠を考えたりしていく内に、自然と頭を使った頭脳派への階段を登っていった訳である。
そして、彼の人生の中で、これまで二つの大きな転機があった。
一つは、むしろ旧・『ルダ村』時代からこの土地に暮らす人々にとっては、大なり小なりその後の人生に影響を与えた出来事であろう『パンデミック』である。
これによって、テオ達子供達も、それまで知らずにいたこの世界の現実を思い知る事となった。
もう一つは、『掃除人』襲撃事件だ。
これによって、基本的におひとよしで能天気なこの街の人々と違い、人間の中には悪い人々が存在する事に、テオ達は改めて気付かされる切っ掛けとなった。
どちらも、ある種アキトが遠因となっているが、もちろんアキト自身もある種被害者側だ。
そもそも、テオ達にアキトが悪いという認識はないが。
それらを契機に、テオ達自分達の力量不足を痛感し、この世界で生き抜く為にはやはりそれなりの強さがいると思い至り、ユストゥスを始めとしたアキトらの指導を受けて、今現在の様な猛者へとなったのである。
だが、当然であるが、幼馴染みとは言え、また切っ掛けは同じとは言え、それぞれそこに至る原因みたいなモノは違う。
レオナードの場合は、単純に父への憧れと、そこに至れていない自分自身の未熟さを痛感しての強さへの渇望だった。
ある意味、もっとも男の子っぽい理由かもしれない。
もっと皆を守れる力が欲しい。
ある意味レイナードは、物語の主役の様な立ち位置の少年だった。
バネッサやケイアは、方向性は違うが好きな男の子の為だ。
バネッサは、夢に向かって邁進していくレイナードに置いていかれない為で、ケイアはアキトの負担になりたくないとの思いからだ。
聡明なリベルトは、ある意味もっとも周囲に流された印象も強いが、実際はかなり計算高い思惑が存在していた。
リベルトは、トーラス家の次男で、つまりはダールトンの息子に該当するのだが、次男故に家督は兄であるハロルドが継ぐ事を幼い頃よりしっかりと理解していたのだ。
もちろん、トーラス家は名門と言う訳でもないし、兄弟仲はいたって良好だが、それに次男とは言え、スペアやサポートとしては貴重な存在である事も理解していた。
しかし、場合によっては、言わば将来の職業が未定である曖昧な状態でもあったのだ。
それ故、レイナード達と共にユストゥスらの訓練を受ける事により、ある種その可能性の幅を広げていたのである。
仮にハロルドからサポートが必要ないと言われたとしても、ある程度の強さがあれば冒険者として生きていける。
逆に、ユストゥスらの訓練には、様々な知識も内包していたので、サポートをする上でも受けておいて損はないのだ。
ある種、要領の良い、バランス感覚に優れたリベルトならではの選択と言えるだろう。
そして、テオは、レイナードが父と同じく人々を守る為に強さを求めたのに対して、彼は人々とモンスターや魔獣との間を仲立ちする為に強さを求めたのである。
当初は単純な子供の夢から始まったテオの夢は、大きな経験を経て、そして『シュプール』にて知識を得る事で少しずつその方向性を変えていった。
色々と知っていく内に、いつしかモンスターや魔獣に対して強く興味を惹かれていっていたのである。
ここら辺は、エルフ族であるユストゥスらの影響も受けたのかもしれない。
森に暮らす生命達は、当然だがそれぞれ同じ時を生きる別の生き物達だ。
時にはその生命を奪う事で自分達の生きる糧ともするが、そうした食物連鎖のサイクルを回って、一つの秩序、一つの世界を形成しているのである。
エルフ族も自身がそうしている様に、当然だが狩りによって獲物を捕らえる事を否定はしないが、その一方でそうした生命達に感謝や尊敬の念を同時に持っている。
これは、ある種森に生きる者達ならば常に持っていないといけない心持ちだ。
先程も述べた通り、自分達もその一部だからである。
必要以上に獲物を乱獲する事は、回り回って自分の首を絞める行為であるし、その事を理解し、自然と調和して生きるのがエルフ族の精神であり、また狩人達が持つべき精神であった。
その事を理解し、真摯にそれと向き合った事で、テオは『魔物の心』のスキルを体得したのであった。
ここら辺は、テオには元々そうした素養があった事も関係しているのだろう。
似た様な経験を経たとは言え、レイナード達の中でそれを体得したのはテオのみであった。
「ワンワンッ(まぁ、アキトくんは特別だからねぇ~。)」
「ガウガウッ(そうそう、あんま気にする事はないよ。アキトくんと自分を比べても意味ないしさぁ~。)」
「(・・・確かに。)」
フッと空気が弛緩する。
共通の知り合い、それも、人間にとっても、白狼にとっても、“非常識の塊”たるアキトの事を思い出したからである。
「ワンワンッ(僕はクロ。)」
「ガウガウッ(僕はヤミ。君は、えっとテオはどうやらアキトくんの知り合いの様だね?)」
すると、警戒感を少し解いて、クロとヤミが自己紹介をしてきた。
「(ええ。一応アキトとは、幼馴染みですよ。そこのツンツン頭の少年と、そっちの元気少女も同様です。また、しばらくこの『シュプール』でもご厄介になった事もあります。)」
「ワンワンッ(ああ、思い出したっ!たまにアキトくんから聞いた事があったなぁ~。)」
「ガウガウッ(ああ。君達が例のアキトくんの幼馴染み達かぁ~。)」
「(どういう話をしていたのかは激しく気になりますが、御承知ならば話は早い。私もアキトからお二方のお話は伺っております。しかし、確かお二方は随分前に『シュプール』を巣立った筈では?)」
「ワンワンッ(ああ、それも知ってるんだ。)」
「ガウガウッ(まぁ、さっき僕らを『偉大なる白狼の黒双王』って呼んでたし、『魔獣の森』の事にはそれなりに詳しいみたいだねぇ~。)」
ウンウンと頷くヤミ。
ちなみに、レイナード、バネッサ、オックスとラッセルは完全に蚊帳の外である。
言葉が一切分からないからだ。
故に、そこで何が起こっているかは全く分からないが、警戒だけは継続しつつ、テオにその場を預け、様子を見守る事とした様だ。
「ワンワンッ(だけど、ちょっと情報が古いかな?僕らはすでに『白狼』達のボスを引退しているんだ。)」
「(・・・は?)」
「ガウガウッ(これでも僕ら、人間族で言えばかなり高齢に差し掛かってるからねぇ~。もっとも、多分アキトくんやアルメリア様の影響だろうけど、普通の『白狼』に比べたらまだまだ元気なんだけどね?)」
「ワンワンッ(もしかしたら、後10年は余裕で生きるんじゃないかなぁ~?)」
「ガウガウッ(それは流石にない、とは言いきれないか・・・。)」
以前にも言及したが、『白狼』の平均寿命は10~15歳前後だ。
クロとヤミの実際の年齢は、彼らを保護したアキトでさえ正確には把握していないが、アキトが6歳の頃には、もう成体に近いほど大きくなっていたので、『シュプール』を巣立ったのは、おそらく4~5歳であったとみられる。
それから、すでに6~7年の時が経過している。
つまり、どう低く見積もっても、クロとヤミはすでに10歳を越えているのである。
向こうの世界の定年の様に、スポーツ選手の引退の様に、『白狼』のボスにもやがて引退の時が訪れる。
まぁ、『白狼』の社会では、ボスは絶対的な強さが必要不可欠であるから、体力の低下による交代劇は致し方のない事だ。
もっとも、クロとヤミはかつての偉大なるボスであったジン同様に、ある程度高齢に差し掛かっていても、まだまだ他の『白狼』達とは比べ物にならないほど若々しく、強さも健在であったが。
「(では、なんでまた引退を?)」
「ワンワンッ(う~ん、まぁ、それでも若手も伸びてきたし、子供達も成長したしねぇ~。)」
「ガウガウッ(あんまり上がのさばっていても、若者にとっては良い事ばかりじゃないでしょ?)」
「(あぁ・・・。)」
そこら辺は、人間の社会も『白狼』の社会も同じだ。
組織、あるいは社会を長く継続していくには、常に新陳代謝を促す必要があるのだ。
まぁ、ここら辺は、年老いたから悪いとか、若いから良いという事ではないが、あまり力の強い者が長く留まっていたり、あるいは引き際を間違えると、組織や社会が悪い方向へと行ってしまう可能性が高いのは歴史が証明している。
それを、クロとヤミはしっかりと理解していたのである。
「ワンワンッ(まぁ、そんな訳で、ボスは次世代に譲って、僕らは悠々自適に定年ライフを楽しんでいるって訳さ。)」
「ガウガウッ(・・・言っておくけど、僕らが抜けたからって、『白狼』が弱体化したなんて思わない方が良いよ?)」
「(それは分かっています。それに、森は弱肉強食の世界。森に一歩足を踏み入れる以上、全ては自己責任ですよ。郷に入りては郷に従え。私もその理に異論はありません。例えそれで同胞がやられたとしても、それはその者の責任です。あなた方を責める様な事はしませんよ。)」
「ワンワンッ(分かってるならいいんだよぉ~。森に入るなとは言わないけど、僕らにも生活があるからねぇ~。縄張りに入られたなら、当然こちらも迎撃しなきゃならない。その覚悟はちゃんと持っていて欲しいよねぇ~。)」
「ガウガウッ(お互いの領分を守っていれば、まず争いにはならないからね。まぁ、実際はそれも難しい話なんだけどねぇ~。)」
「(その通りですねぇ~。)」
テオは、普通にコミュニケーションを取りながらも、クロとヤミの高い知能に内心驚いていた。
「ワンワンッ(で、そんな訳で引退後は元々住んでいた『シュプール』を僕らの縄張りにしてるって訳さ。)」
「(なるほど・・・。しかし、すでにアキトやアルメリア様は『シュプール』にはおりませんが?)」
「ガウガウッ(それは当然分かってるけど、まぁ、僕らにも少し事情があってねぇ~。それに、君達なら問題ないかもしれないけど、そっちの坊主達みたいに、好奇心や悪戯心で『シュプール』を荒らされたくはないんだ。君も、自分の“思い出の地”を無遠慮に汚されたくはないだろ?)」
「(・・・なるほど。)」
テオにとっても、『シュプール』は色々な想いが詰まった場所だ。
クロやヤミにとっては、ある意味生家の様な場所かもしれない。
『シュプール』を、ある程度の年齢に差し掛かった事で、終の棲家と定めたとしても、それは納得出来る理由だった。
「ワンワンッ(君が僕らの言葉が分かるならちょうどいいや。他の人達にも伝えておいて貰える?さっきも言ったけど、森に入るなとは言わないけど、『シュプール』を荒らそうとした場合は、僕らも容赦するつもりはない、ってさ。)」
「(それは、その、相手を殺傷する事も辞さない、って捉えても?)」
「ガウガウッ(いやだなぁ~。そんな生易しい事、僕らがする訳ないじゃないか。)」
「(・・・・・・・・・へっ???)」
「ワンワンッ(むしろ殺さない程度に延々といたぶり続けるよね?)」
「ガウガウッ(そうそう。そうしたトラウマを植え付けた方が、他の人達も躊躇する様になるって、アキトくん言ってたし。)」
「(何を教えとんのじゃ、アイツはーーー!!!)」
アキトの教えに、テオは頭を抱えた。
「ワンワンッ(まあまあ、冗談だよ。・・・半分くらいは。)」
「ガウガウッ(そうそう。けど、残り半分は本気さ。これは、僕らも同じだけど、案外オスって見栄や外聞で生きているトコってあるでしょ?人の話を聞かない奴ってのは結構いるけど、それで死んじゃったらまだ格好はつくけど、その結果手も足も出ずにおめおめと逃げ帰ったとなると赤っ恥じゃない?場合によっては、仲間内でバカにされてフェードアウトしてっちゃう事もあるだろうし。)」
「(・・・なるほど。)」
「ワンワンッ(それを繰り返していれば、自然と人は近寄らなくなるって訳さ。そもそも何の意味もないからね?僕らに懸賞金が懸かってる訳じゃないし。)」
「(確かに・・・。)」
確かに、クロとヤミ、または『白狼』に懸賞金は懸かっていない。
盗賊団と違って、モンスターや魔獣に対する懸賞金は扱いが難しいのだ。
もちろん、極めて危険度が高ければ、あるいは例の『パンデミック』でも起こったらその限りではないが、モンスターや魔獣は基本的に自分達の生活圏を出る事はない。
故に、襲われたとしても、それは襲われた側が彼らの縄張り内に入ってしまっていた可能性が高いのだ。
テオも言及している通り、森は弱肉強食の世界、彼らの領分だ。
そこで仮にモンスターや魔獣に襲われたとしても、それはその人の自己責任である。
逆にそんな事も理解せずに森に分け入り、モンスターや魔獣と遭遇して命辛々逃げ帰ったとして、「アイツら討伐してくれっ!」なんてわめき散らしたとしても、特にこの世界では鼻で笑われるのがオチだ。
「そりゃ、おめぇがわりぃ。」って訳である。
特にシビアな世界に生きている冒険者達は、その傾向が強い。
まぁ、場合によっては、貴族などの特権階級の者達がある種の逆恨みによって特に危険度が高い訳でもないのに懸賞金を懸ける事例も存在するが、それも極めて稀な例であろう。
故に、特に旨味のない話なので、よほどの命知らずでない限りは、二匹に手を出す者達も少なくなっていくという寸法だ。
正直な話、割に合わないからである。
逆に、下手に殺傷してしまった場合は討伐対象になる可能性もある。
向こうの世界でも、人が殺害されたとなると猛獣を殺処分する事もあるからだ。
それを理解しているアキトが、クロとヤミに人間族を下手に殺傷しない様と言い含めていたのである。
人間の心理(恥や外聞)と損得勘定を利用した、ある程度の効果を見込んだ対処法と言えるだろう。
「ワンワンッ(けど、まぁ、そこの坊主達はともかく、君達は『シュプール』とも縁深いみたいだし、特に君なんか僕らの言葉を理解出来るから、いつでも歓迎するよ?)」
「ガウガウッ(もう君達のニオイは覚えたしね。)」
「(そ、それは光栄ですね。)」
若干、アキトに似た飄々とした雰囲気と高い知能を持つクロとヤミに圧倒されつつも、テオは何とかそう応えるのだったーーー。
誤字・脱字がありましたら、御指摘頂けると幸いです。
ブクマ登録、評価、感想等頂けると幸いです。是非、よろしくお願いいたします。
また、もう一つの投稿作品、「勇者の師匠は遊び人っ!?」も、本作共々御一読頂けると幸いです。