アキトの(勘違い)伝説増える
続きです。
今回は私用の為、少し短めです。
◇◆◇
「と、言う訳だそうですわ。」
「う、うむ、なるほどな・・・。アキトは、そんな事まで考えておったのか・・・。」
「流石ですね、アキト殿は・・・。彼の手を煩わせてはいけないと詳しい事情は彼には話していなかったのですが、我々の思惑を軽々と読んでくるとは・・・。」
「それだけではありませんわ。モナと世間話をしつつ、宮殿内で働く人々の実情を聞き及び、それに対する対策をすでに思い付いている様子なのです。何でも、ぱ、ぱわはら・・・?とか、せ、せくはら・・・?とか言っていましたけど、つまり立場の強い貴族達が宮殿内に働く立場の弱い者達へと、不当な圧力を掛けたり、性的な嫌がらせをする事を指す言葉らしいのですが、そうした事をする者達に対して、何かしらの罰則、場合によっては、元老院議員としての立場を剥奪する事も視野に入れてはどうか?また、逆に宮殿内で働く人々の方が、実際に上役である貴族達の働きぶりや能力も分かっているだろうから、彼らから意見を求めて無能な方々にはご退場頂いた方が良いかもしれない、とか何とか、ブツブツと呟いておりましたわね・・・。」
「そ、そんな事まで彼は考えているのですかっ!?」
「・・・確かに、宮殿内で働く人々への配慮は必要ですね。彼らなくして、ロマリア王国の運営は成り立たない。しかし、一部の貴族達の為に、姿を消していく者達も多い。それは、そうした理由からだったのでしょうか・・・?」
「うむ・・・。一度、しっかりと実態を調査する必要があるかもしれんな・・・。」
アキトとギルバート、ノエルが何やら楽しそうに会話する中、それを遠巻きに眺めながら、マルク王達はエリス王妃からそんな報告を受けていた。
アキトの子供達への怒涛の言い訳、屁理屈は、しかし彼の『前世』での社会人経験、知識を総動員した合理的なモノでもあった。
エリス自身、彼女の負い目からくる被害妄想により、一見するとアキトが彼女の夫であるマルク王と、彼女の息子であるティオネロ皇太子が対立させた様な場面を目撃し、アキトに対して疑念を抱いていたのだが、しかし、アキトの説明(言い訳)によって、それが誤解である事を悟る。
いや、むしろ、終わってみればロマリア王国にとってもロマリア王家にとっても良い方向へと話はまとまっている。
エリスは、自身の思い違いを恥じ入る思いであった。
しかもアキトは、それを誇るでもアピールするでもなく、何処か恥ずかしそうに誤魔化しながら子供達と戯れている。
もしかしたら、彼は全て分かった上で、私達を助けてくれたのではないだろうか?
そんな事をエリスは思い浮かべていたーーー。
もちろん、それはただの勘違いである。
アキトは、子供達に嫌われたくない一心で本気の言い訳をしたに過ぎないからだ。
まぁ、結果的にそれがロマリア王国やロマリア王家に有益なモノとなったのは否定しないが、それも狙った訳ではなく結果論であった。
それに、今回の騒動で実際に動いたのはティオネロ皇太子やマルセルム公、ジュリアン候を中心としたロマリア王国の若手貴族達である。
しかし、それら一連の流れをアキトは見事に看破して見せていたし、マルセルム公らすら想定していなかったマルク王のその後の処遇にすら言及したのである。
アキトのこれまでの功績から鑑みれば、それはアキトが最初から計算していた通りに動かされたのではないか?、と彼らが勘違いするのも無理からぬ話なのである。
しかもアキトは、モナと世間話をしながら、彼女にしつこく言い寄ってくるオッサン貴族の話を聞き付け、現代日本の感覚でそうした者達を排除してはどうかと無意識に呟きながら考えをまとめていたのである。
これは、この世界の住人にとっては新鮮な発想であった。
この世界では、王候貴族達の権力は絶大で、彼らはその権力を盾にかなり好き勝手にやっていた。
もちろん、フロレンツ候らのような明らかな不正行為を働く者達もいるが、それは極一部であり、むしろこうした目に見えないパワハラやセクハラの方が深刻な問題であったのだ。
いくら王とて、貴族達のプライベートにまでは口出し出来ない訳だし、もちろんそれは同じ貴族同士でも同様だ。
更には、実際にそうした被害に遭っている弱い立場の者達が訴え出られる訳もなく、そうした事は半ば黙殺されるのが常だった。
ここら辺は、向こうの世界でも起こり得る現象だ。
いや、今現在ではそうした“ハラスメント”という概念が周知されるに至ったが、そうなったのも実は近年に入ってからである。
故に、実態的には今現在でも大手企業でも日常的にそうした現象は起こっている。
まぁ、ここら辺は人間関係や相互関係に類する事であるから、無くなる事は永遠にないかもしれないが、それでも比較的マシになった向こうの世界に比べれば、そもそもそうした概念すらないこの世界では、その発想は新鮮なモノだったのである。
以前にも言及したが、宮殿内、あるいは貴族の屋敷に仕える人々は、自身も貴族であるとか、あるいは平民ではあるが、高い教養を身に付けている人々であった。
これは、こうした場所で働く為には専門的な知識を必要とするからであり、それ故に絶対数としてはどうしても少なくなってしまうのである。
そこら辺を是正するには、平民に向けた大規模な教育改革が必要となるだろうが、その話は一先ず置いておこう。
とは言え、一言に貴族とは言え、そこには当然階級の上下があり、言い方は悪いが宮殿内や貴族の屋敷で働く人々はいわば下っ端貴族なのである。
平民は言わずもがな。
故に、仕事上の上下にプラスして、身分の上下もそこには存在するのである。
さて、そんな社会構造となっている場所でどんな事が起こり得るだろうか?
一つは、非常に分かりやすいだろうが、所謂“セクハラ”である。
男性が若い女性、美しい女性に惹かれるのは、まぁ、仕方のない側面もあるが、そこに権力などが介在すると、男達は途端に余計な事をし始める。
自身に逆らえない事を良い事に、性的な嫌がらせ、あるいはもっと直接的に性行為を強要するのである。
それをのらりくらりと上手くかわせる女性達もいるが、当然全員が全員そうではない。
それ故に、なし崩し的にそれを受け入れるしかない。
その結果、愛人契約を結べたら実は良い方で、実際は散々弄ばれた挙げ句に少しのはした金と共に捨てられる事がほとんどなのである。
女性達も拒めば良いではないかと言われるかもしれないが、それは実際には難しい注文だ。
そうした場所の給金は、専門職でもある事からも非常に高水準なのである。
あるいは、立場の上下から無言の圧力を掛けられる事もある。
故に、家族の事、社会的立場、職場上の立場など様々な事を考慮すると、上手くかわすスキルがないのなら、その職を辞するかそうした事を受け入れるしか選択肢はないのである。
一つは、こちらもよくある事ではあるが、所謂“パワハラ”である。
貴族と一言で言っても、先程も言及したがここら辺は結構複雑である。
実際に、公・候・伯・子・男の所謂『爵位』を持っている者達は、貴族家の代表、つまり当主である事が大半だ。
実際、ジュリアンはフロレンツから侯爵の地位を(半ば無理矢理)譲渡されている訳だが、それ以前のジュリアンの立場は“侯爵家の長子”であり、対外的には、これはオレリーヌも同様だが、フロレンツ同様に“侯爵相当”の待遇を受ける事はあっても、彼個人には何の権限もなかったのである。
もちろん、ジュリアン自身は非常に優秀であり、フロレンツの後継者という立場があったので、ジュリアン自身を軽んじられる事を彼は経験しなかったが、そうした次期後継者とは別に、次男、三男以下の若手貴族達も当然いる訳だ。
そうした者達は、何とか功績を挙げて、自身の地位向上を夢見ていた。
宮殿内には、そうした『爵位』を持たない所謂官僚貴族が多く存在するのである。
しかし、当然ながら上にいる連中からしたら、そうした者達は目障りな存在でもある。
何故ならば、いつか自身の席を奪い取られるかもしれないからだ。
故に、優秀であればあるほど、冷遇されたり目の敵にされる事も少なくない。
ここら辺は、向こうの世界の企業でも起こり得る現象だ。
若手の台頭に、上の連中が様々な圧力や嫌がらせを講じるのである。
それ故、特にロマリア王国の内部では、水面下でオッサン貴族達と若手貴族達とで対立していたのである。
ここら辺は、ロマリア王国の体質に不満を持っていた若手貴族達が、今回の政変騒動にこぞって参加した事からも明らかであろう。
さて、しかしこうした事は、今までのロマリア王国の構造的には、是正する事が困難であったが、実際にはこうした問題は一刻も早く解決すべき事柄でもあった。
何故ならば、先程も述べた通り、そうした高い教養を身に付けている人々は数が限られているからである。
だと言うのに、年間を通して、“セクハラ”や“パワハラ”によって身体を壊してしまうとか、精神を病んでしまうとかの理由によって、一定数が姿を消していたのである。
となれば、当然、常に人材が不足している状況となる。
何故ならば、先程も述べた通りすぐに人材を補充する事が困難な職種だからだ。
これは、ひいてはロマリア王国の運営に支障を来すし、最終的には自分自身の首を絞める事となる事もあるのだが、まぁ、そんな事も分かっていない事も結構ザラである。
そこで、アキトはそうした者達を取り締まるルールを作ってはどうか?、と考えた訳である。
人材が重要な事は今更説く必要もないが、実際はその重要性に気付いていなかったり軽んじていたりする事も多い。
ならば、明確なルールを設定する事で、半ば強制的にそれらに対する意識改革を行う事も必要になってくるだろう。
まぁ、貴族達からしたら、今まで持っていた権限がどんどん制限されていく訳だから、相当な反発がある事は予測出来るが、それも時代と共に変化していくモノだ。
環境に適応出来ないのならば消えていく運命なのは、自然界も人間社会も変わらないのであるーーー。
◇◆◇
「た、大変な事になりましたな、マイレン卿。」
「フィーエル卿か・・・。」
意気消沈したマイレンは、ティオネロの宣言によって謁見の間からのろのろと退出していた。
そこに、焦った様子のフィーエルが駆け寄り、そうヒソヒソと小声で言葉を交わしていた。
フィーエルも、一応伯爵の立場にあるから、アキトと『リベラシオン同盟』の謁見に参列していた。
以前にも言及したが、フィーエル一派は元々『貴族派閥』に属していたから、ある種冷遇される立場ではあったが、それでも爵位持ちであるフィーエルは貴重な存在であり、数合わせとして声が掛かったのである。
謁見と言うのは、ある種相手に対して権威を見せ付ける絶好の機会でもある。
これは、自国の人々に対しても、他国の人々に対しても、である。
豪華絢爛な建物も装飾品も、国の力を誇示するモノであり、それによって、相手に自国(自分達)国力を示したり心理的圧迫を与える事によって、外交交渉などを優位に進める思惑が存在する。
そして、それは参列する人々の数でも表す事が出来るのである。
例えば、他国の重要人物を歓待する時、大々的なセレモニーをする事がままある。
これは、相手に対して、こんなに貴方を歓迎していますよ、これほど貴方を重要に思っていますよ、と暗に示しているのである。
逆もまたしかり。
そうした手法を、アキトと『リベラシオン同盟』との謁見でも使ったのである。
もっとも、ダールトンはともかく、アキトと(表向き)ドロテオにはこれは通用しなかったが。
アキトの力は、謁見の間に集った人々より強く、なおかつ精神力や胆力でも勝っている。
故に、どれほど国力を誇示されようと、どれほど参列者を集めようと、場の雰囲気に飲み込まれる事もなく、平常心を保っていたのである。
まぁ、それはともかく。
それ故、フィーエルも件の政変騒動の一部始終を目撃し、彼らが画策した案が盛大に空振りした事を理解していた。
いや、それどころか、マルク王が自ら王位を辞した事で、彼の政権は事実上の解散となり、フィーエル一派の頼みの綱だったマイレンも、その大臣相当の立場を下ろされた形であった。
マイレンが意気消沈するのも無理はない。
だが、まだ決定的な敗北ではない。
ティオネロ王による新政権に、マイレンやフィーエルの名が連なる事はないかもしれないが、元老院議員としての立場まで剥奪された訳ではないのだ。
「ですが、まだ終わった訳ではありませんよ、マイレン卿。」
「・・・。」
「確かに、マイレン卿の現在の職からは解かれた状態になってしまいましたが、元老院議員の立場まで剥奪された訳ではありません。このまま、何とか功績を挙げる事が出来ればっ・・・!」
「ハッ、ハハハハハッ!楽観主義者だな、フィーエル卿。いや、あるいは私を気遣っているのかね?確かに君の言う通りだ。私は死んでいないし、爵位も家も、元老院議員としての立場もまだ残っている・・・。・・・だが、それが何だと言うのだ?」
「・・・・・・・・・はっ?」
だが、残念ながらフィーエルは、臆病なほど慎重な性格ではあったが、その一方でマイレンほど現状を理解していなかった。
いや、あるいはアキトの恐ろしさを理解していなかったのかもしれない。
「君は何を見ていたのだ?彼の英雄、アキト・ストレリチアが、我々の様な存在を放っておく訳がなかろう。」
「だ、だとしてもですよ。どの様な理由で我々を排除すると言うのですっ!?我々が彼の英雄の力を利用しようとした事は否定しませんが、それだけです。我々に特に大きな落ち度はありますまいっ!!??」
「さてな・・・。確かに我々は、処罰されたフロレンツの様な不正行為はしていないが、彼の英雄の考えは全く読めん。まさか、武力にものを言わすとも思えんが、さりとて、何も無しとは私には思えんがね・・・。」
「・・・。」
もはや、心が折れたマイレンはそう自嘲気味に呟く。
それを、困惑した様にフィーエルは見据えるのだったーーー。
「正解ですよ、貴方、正解っ!残念ながら貴方達は、今持っている権限を全て剥奪されるわっ!!さっすが、我が愛しのセレウス様をその身に宿しているだけあるわね、あの子っ!!!素敵な罰を思い付くものだわ~!」
「な、なんだっ!?」
「っ!!!」
と、そこへ、絶世の美女と言い表すのもおこがましいほどの女性が、興奮した様に二人の会話に割り込んできた。
それ程の容姿をしていると言うのに、今の今までマイレンもフィーエルもその存在に気付かずに、まるで突然発生したかの様な現象に思わず二人は面食らってしまっていた。
「じ、侍女、かっ・・・!?」
「じ、侍女風情が、な、何用だっ!!!」
「あらやだ、私ったら、少し興奮してしまったわね。これじゃ、あの子にも気付かれちゃう。」
存在感を極限まで薄めていたと言うのに、嬉しさのあまり二人の会話に割り込んでしまったその侍女は、ペロッと悪戯っぽく舌を出すと、再びその存在感を消すのだった。
「き、消えたっ・・・!?」
「な、何が何やらっ・・・!?」
「あ、最後に一言。女性を軽く見ていた貴方達には相応しい罰だわ。せいぜい、震えて眠りなさい?」
が、その前に何もない中空からそんな声が聞こえる。
慌てて辺りを見回す二人だったが、今度こそ完全にその侍女の姿を見失っていた。
まるで狐につままれた様な出来事に、しばしマイレンとフィーエルは困惑していた。
が、先程の侍女の最後の言葉が気になり、再び再起動を果たした。
「な、何か不気味な事を言っていましたね・・・。」
「う、うむ・・・。と、とにかく、何が起こるか分からん。お互いに注意した方がよさそうだな・・・。」
「ですかね・・・。」
だが、それももはや後の祭りであった。
後日、アキトの提案したセクハラ・パワハラ対策を法案化したティオネロ新政権の最初の大仕事、宮殿内や貴族の屋敷で働く人々の保護の為の法案、『ロマリア労働基本法』によって、マイレンとフィーエル一派の権限や元老院議員としての立場は剥奪される事となったからだ。
これも、アキトを利用しようとしたり、悪感情を向けた者達に対して発動するアキトの能力、『事象起点』の力だと思われるが、まぁ、そうでなくとも、立場の弱い者達に対して彼らが何かしらの迷惑行為をしたからそうなった事は否定出来ない。
つまりは、その結果は彼らのこれまでの行いの報いであり、自業自得でもあったのであるーーー。
誤字・脱字がありましたら、御指摘頂けると幸いです。
ブクマ登録、評価、感想等頂けると幸いです。是非、よろしくお願いいたします。
また、もう一つの投稿作品、「勇者の師匠は遊び人っ!?」も、本作共々御一読頂けると幸いです。




