プロローグ
「お兄ちゃん、入るよう、って寒っ〜。」
冷房がかかった部屋にパソコンのファンの音とキーボードの叩く音が鳴り響く。規則正しく並べられたフィギュアと本棚の陰に隠れて大きなパソコンが置かれている。
「おー美沙、悪い。朝飯、そこ置いといてくれ。」
「そろそろ外出でもしないとカラダ鈍っちゃうよ。」
「夏休みというものを知らないのかい、妹よ。まだ始まって一週間だ。」
「バカ兄っ。」
不機嫌そうに扉が閉まる。
葉山陽平には目的があった。
「そう、スティーブ・ジョブズも言っていた。時間は有限であると。限りある時間で成し遂げられることは1つしかない。待ってろ。必ずオレの理想の嫁を作り出してみせる。」
彼の目的は、二次元の世界に理想の嫁を作り出すことだった。
携帯に着信が入る。
「何だ浩介、大会ならでんぞ。」
「陽平、開口そうそうそりゃないだろ。お前が書いた論文が今すごい事になってんだから。」
「だから、何度も言ってるだろ。あれは理想の嫁を作る為の基礎理論を纏めただけで、浩介が面白がって投稿しちまったんだろう。」
「あー、まさか審査通るとは思ってなくてさ。世間は若き天才現るとか期待のプログラマーとか大混乱で、うちの教授からも是非大会に出てもらいたいってさ。」
浩介はネットで知り合った東京に住む大学生だ。色々なプログラミングの基礎は浩介から教わったのが大きい。
「おい、それより、例のコードは組めたのか。」
「…まあ、なんだ。アップはしてあるが、俺にこういうのは厳しくないか。」
何だか怪しい香りがする。
帰宅時のレパートリーを増やしてくれと言っただけなんだが。
恐る恐るサーバー上にあるフォルダを開いて嫁コードをコンパイルして起動してみた。
「お、お、お、お帰りィィィィ!!」
嫁が暴走していた。
「なんじゃこりゃぁ!」
よく見ると顔のポリゴンがやけに歪んで右手が骨折している。
「お前なぁ、どうやったらこうなるんだ!」
浩介は不器用である。
この嫁プログラム、通称エルシーは葉山陽平が設計した自立型AIが基になっている。つまり、葉山陽平は、独自にAIを開発した天才である。
思えば、3年前に基礎構造の単純なプログラムと適当なポリゴンデータをSNSにアップして、有志を募りながら少しずつ改良してきたのが始まりだった。
「 最初はバグ子だのエラ美だのフリーズ王女だの散々な呼ばれ方だったのに。」
すかさず開発チャットに返事が入る。
みぽりん3号(今もバグ子だろ。)
イーグル(完成度まだ3割、キャラデザをもう少し何とかした方がいいのでは?)
山田さん@無職(キャラデザはあと一週間待ってくれ。最高のうpする。)
もっちー(みぽりん〉確かにバグ子だな。)
「みんな好き放題言いやがって。あと一行っと、できた。」
陽平は、完成したコードを嫁フォルダにアップロードする。
「これこそ、長年の夢。さあ、真の姿を見せろ。」
陽平は声高に宣言すると振りかぶった右手でクリックする。
「お帰りなさい。今日はどうだった?楽しい事あった?私は、そうね、あなたが帰って来てくれたことが嬉しいの、てへ。」
イーグル(これ、ロムさんが言われたいセリフなだけなんじゃ。)
みぽりん3号(もれ、意外とキュンと来たコレ)
もっちー(男の子だねー)
陽平は悶絶していた。
理想の嫁完成度、30%である。