94 伝説の歌姫
次の更新は2/21(水)です。
由香たちがステージ上に姿を表すと、椅子に座っていた人が立ち始めた。
俺たちも皆んなに合わせて、立ち上がる。
全ての人が期待を込めて、ステージに臨んでいた。
まずはじめに、4人に当てられていた照明が全て落とされた。
そして、いきなり曲が始まった。
ギターの乾いた音から始まり、その流れに続いてベースとドラムも入ってくる。
少し長めのイントロが終わると、由香にだけ照明が当たり、彼女の可愛らしくも力強い声が一瞬にして全ての人を魅了した。
彼女が歌い始めた瞬間、先ほどよりも大きい歓声が湧く。
ノリのいい人は既に体を揺らしたり、手を振ったりして盛り上がっている。
曲もサビに入る頃には、ステージもすっかり明るくなり、全員の表情や仕草がよく見えるようになった。バンドメンバーの全員が楽しそうに演奏している。
キャッチーな曲調で一発目からかましてくれる。
脱帽だ。確かにルックスも声も可愛いが、何よりも格好良い。
俺は、初めて見る由香の姿に言葉を失うほど魅せられていた。
「どうだ? これが黒坂の歌だ」
「凄いですね……。いや、凄いを通り越してますが、とにかく凄いです」
「ははは。彼女の実力に驚いているようだな」
佐々木部長が話しかけてきたが、俺も気の利いた返事はできなかった。
もっと良い表現があるかもしれないが、俺の語彙力の無さが悔やまれる。
隣の里沙を確認すると、俺と同じ気持ちのようで、ステージへ釘付けになっていた。
そして何よりも一番はしゃいでいるのは笹川だ。歓声を上げながら手を振っている。完全に由香のファンになったな。
1曲目が終わると拍手が起こり、ようやく由香が喋り始めた。
「ありがとうございました。今日はこんなにもたくさんの人に集まっていただいて感無量です。最後まで楽しんでいってください!」
それだけ言うと、2曲目に突入した。
「聞いてくださいっ! 『Fから始まる恋の話』!!」
おお! 飛ばしまくってるな。
これまたノリの良い曲だ。少し激しく荒っぽいリズムと、乙女が書いたような歌詞とのギャップが面白い。
本当に高校生のバンドか? 贔屓目なしでもクオリティが高い。
俺は、もうすっかりお前たちのファンになったぞ。
2曲目が終わると、バンドメンバーの紹介が挟まれた。
どの人たちもキャラが濃く面白そうな人たちだ。
特にギターの人、絶対に面白くて良い人っぽい。
由香もこの人たちとバンドができて、満足だろうな。
メンバーの自己紹介が終わると、由香が再び喋り始めた。
「さあ、あと2曲やろうと思うのですが、次の曲はなんと、今日、急遽演奏することにしました!」
「えー!?」
「何々ー?」
由香の突然の発表に会場がざわつく。
「私のわがままかもしれないんだけど、メンバーは快く引き受けてくれて……! はぁ……緊張する……」
由香は溢れる気持ちをこぼすと、大きく深呼吸をした。
一体どうしたのだろうか?
「実は今日、この会場に私の愛する人が来ています!!」
何いっ!? 愛する人って……つまりそういうことだよな!?
こんなところで言って大丈夫か? そして誰なんだ!?
「えー!!」
「誰だーーーー!!」
「きゃー!」
「嘘だと言ってくれー!!」
様々な声が入り乱れる。
「皆んなごめん! ファンクラブもあることは知っているけど、私は皆んなに隠し事をしたくないし、音楽に全てを乗せて、ぶつけたいの!!」
由香の力強い決意表明に会場は静かになった。
「そんな由香も好きだーーーーー!」
前方からファンクラブと思しき人の声が響き渡ると、一気に会場は湧いた。
「そうだー! 俺たちは応援するぞー!」
「私もそんな由香が好きーーーーー!」
「このままプロデビューまで突っ走ってくれーー!」
良かったな。皆んなお前の味方だ。
俺は、この会場の一体感と、全員に認められていることに感動して胸が熱くなった。
それにしても由香の好きな人か……。ふふふ、あいつも隅に置けないなぁ。
おっと、自然と顔が綻んでしまう。今度会ったら聞いてやるか。
「みんなありがとっ!! 3曲目は愛する人に捧げます!」
うおおお! 頑張れ由香! 想いよ届け!
全く、やりやがったな。あえてこの舞台で宣言するとは。
賛否両論あるだろうが、俺は応援しているぜ。
「宏介! どう思う!?」
里沙は少し興奮気味に聞いてきた。
「由香の愛する人って、検討はつかないけど、熱いな!」
「うん。とっても素敵」
由香はメンバーと相槌を打つと、マイクに口を近づけた。
「私の想い、聞いてください。『愛の証は赤い糸』!」
その曲は今までより、少し落ちついており、由香の歌声がより一層目立った。
曲に入る前の告白もあり、心に染みる。
これが嵐ヶ丘高校の歌姫。遠い存在のように思えてしまう。
それでも、由香、きっとお前の想いは届いているさ。俺でさえ、こんなにも心を打たれているんだから。
続く




