81 愛の加速と心の重力変化
次の更新は1/24(水)です。
俺は緊張を解くかのように息を深く吸い込み、出だしを勢い良く歌った。
しまった。最初の音を外してしまった。
歌詞の表示された画面から目を離し、チラリと秋葉を見るが特に笑っているわけでもない。
曲も中盤に差し掛かる頃にはなんとか音程も合ってくるようになった。
俺は歌い終わると一呼吸おいて椅子に座った。
「ふぅ……」
「上手! さすが宏くん。惚れちゃった」
「そりゃどうも」
秋葉は小さく拍手をしながら俺を褒めた。
画面には85点という数字が表示されている。
100点満点だよな? 俺って結構まともに歌えるってこと?
「じゃあ次は私が歌うね」
そう言って秋葉はソワソワしながらリモコンを操作して曲を入れた。
「私の大好きな曲です」
画面には俺たちが小学生の頃に流行ったJ-POPの曲名が表示された。
てっきりアニソンでも歌うのかと思ったら、定番っぽい曲じゃないか。
秋葉の歌は、飛び抜けて上手いというわけではなかったが、とても可愛らしい声だった。
地声とはまた違った感じの印象を受けるようなアニメ声。いい声してるぜ!
秋葉は歌い終わると恥ずかしそうに俺の隣に再び座った。
マイクを机の上に置き、俺とは目を合わさずにしゃべり始めた。
「やっぱり宏くんの前で歌うとドキドキが止まらないよ。ほら、確かめてみる?」
秋葉は俺の腕を掴み自分の胸元に持って行こうとした。
「待て待て! 落ち着くんだ!」
俺は力づくで腕を戻した。
あぶねぇ! 危うく秋葉の胸を触ってしまうところだった。
これじゃあセクハラ、あるいは痴漢になってしまう。
ん? 待てよ。この場合、触らせられそうになったということは、痴漢ではないよな。
あくまで不可抗力だから、仕方なかったのでは?
というか、秋葉は痴女なのか?
「はぁはぁ。そうだよね。私どうかしてたかも……」
なぜそんなにはぁはぁ言ってるのか。
少し頬も赤いし、熱でもあるんじゃないのか?
「大丈夫か?」
俺は秋葉のおでこに手を当てた。
「ひゃっ!」
「おっと、すまん。驚かせてしまった」
「ううん。大丈夫」
触った感じ熱はなさそうだ。
だとするとこれは一体……!?
秋葉は深呼吸すると、無事に落ち着いたようだった。
「はぁ……。ダメだね。興奮しちゃった……」
「えぇ!?」
予想外の発言に俺は戸惑った。
前にも増して大胆になってきたのでは。
「最近ね。関野さんとか、笹川さんとか、色んな女の子と絡んでいる宏くんを見ると胸が苦しくなってたの。たぶん嫉妬だと思うんだけど、それも乗り越えちゃった」
「えっと……秋葉……さん……?」
とんでもないことを話し始めたぞ。
しかも目の焦点が合ってないような気がする。
「だって私が世界で1番宏くんを愛してるから。そう思うと皆んなもまだまだだよね」
「そ……それは良かったな……。ははは……」
「私は宏くんの彼女でもペットでも愛人でも、何でもなれるから。何でも言うこと聞くから。何でも命令して♡」
うわあああああ!
誰か助けてくれえええええ!
秋葉は俺に全体重を預けるかのようにもたれかかってきた。
俺の心臓も高速のビートを刻みだす。秋葉に聞こえてしまう。
一体どうしたというのだ。いつもの秋葉らしいようならしくないような。
ええい! このままでは俺の気も狂ってしまう!
「とにかく歌いまくろう!」
俺は素早く曲を入れると、再び立って歌い始めた。
脱出成功!
「あ、この曲知ってるよ。私も一緒に歌うね」
秋葉はもう一つのマイクを手に取ると、俺の真横に来て一緒に歌い始めた。
全然脱出成功じゃなかった!
この空間にいる以上、俺は秋葉の愛から逃れることはできない!!
それからも数曲歌ってみたがどの曲も秋葉とくっつきながら歌うことになった。
しまった。カラオケへの誘いは秋葉の罠だったか。
別に嫌じゃない。素直に嬉しいことだが……。
俺はこのままでは秋葉のことも好きになってしまう。
そんな俺の心を見透かすかのように、秋葉はより一層大胆になるし。
俺の心は秋葉の愛の重力に引っ張られつつある。
だって、高校生になるまでこれほど積極的にされたことなんてなかったから。
俺だっておかしくなってしまうさ。
続く




